2017親爺のずぼら絵日記(春)  もう4月です。新年度になりますので項を改めました。
                                                    



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 今、HP更新している間に大相撲の関脇高安の大関昇進伝達式が放送されており、これで正式に大関高安が誕生した。
 先々場所の稀勢の里横綱昇格、そして今度は高安の大関昇格。田子ノ浦部屋の兄弟弟子そろっての横綱、大関だか
ら、田子ノ浦部屋はもちろん、嬉しいことだろうが、これまでモンゴル勢に席巻されていた大相撲に、日本人の力士のさら
なる奮起を期待したいものだ。
 別段モンゴル人だからと差別する気はさらさらない親爺だが、オリンピックの競技で日本人選手先ずを応援する程度の
身びいきは大相撲のみならず、どんなスポーツを観戦していてもアリアリの親爺である。国技である相撲の大関横綱を外
国勢に席巻されていた時代は、親爺には暗黒の時代であった。更にモンゴル風土俵入りや、感情むき出しのだめ押しや
もろ手を挙げての勝利アピールなど・・・これはもう武士道に裏打ちされた相撲道の、敵を敬い全力を尽くして戦い、勝敗
の決した後は礼を以て相手に敬意をささげる、と云う精神を遠く離れたものであって、相撲が廃れてしまうのではと心配
で仕方なかった。
 格闘技である相撲だが、心がない、技と体だけの格闘技ならそれはもう相撲ではない。心技体がそろって初めて日本
国技の相撲となる。礼節を貴び、我が力と技を心により自在に操ることが出来るからこそ、技も力も正しく用いられ、品格
を持つのだ。縛りのない強いばかりの力と技は、危ういだけで迷惑な隣国のミサイルのようなものだ・・・。
 これから育つ若い力士たちも、この武道の精神だけは日本人の心として受け継いで、強い精神力を以てしかコントロール
できぬほどの、強い力と技を、日々の稽古の中で培って欲しいものだ。大相撲ファンの一人としての切なる願いである。
 大日の雪がずいぶん減った。今日も暑い日だ。


 オカカが還暦祝いにもらった60本のばらの一部を、ドライフラワーにした。玄関わきの壁にかけて、いい感じだ。


5/30
 すっかり夏めいて、朝晩こそはまだヒンヤリとするが、日中は30℃にまで気温が上がる。今年は素晴らしい新緑だっ
たが、その新緑もかなり色を濃くし、いよいよ季節は夏へと向かう・・・とは言えまだ真夏となるには、梅雨を経なければ
ならず、梅雨冷の日ともなれば、今まだ片付けていない、居間のストーブに火を入れ暖を取る事になる。
 今日明日で五月も終わり、いよいよ6月。光陰矢の如しである。本当に月日が矢のような速さで流れて行く。
 今更そんな時の流れの速さを嘆く事もあるまい。唯いつも通りの日を重ねて行くばかりだ。
 随分緑が濃くなった。
 

 スーパー店頭にはアメリカンチェリーが出始めた。梅雨の到来も近いのだろう。


5/29
 良い天気だ。五月も余すところ4日しかない。
 親爺とオカカは、親爺の妹夫婦の長男に男児が生まれたと聞いて、細やかなお祝いを届けに妹夫婦の住む八尾町
に出かけた。甥っ子は神奈川の平塚に居るので、赤子の顔は見られなかったが、写真を見せてもらい馬鹿話をして帰
ってきた。
 心平が今日から3泊4日ほどで、真砂沢ロッジの偵察に入った。テントを持っての単独行だが、この時期は幸い、
剱御前小舎だけではなく剱沢小屋もしばらく開けているので、心強いことだろう。さっき雷鳥沢を登っていると連絡があ
ったので、老婆心ながら、アチコチ危険個所など伝えておいた。ロッジの状態も心配だが、被害はさほどあるまい。
 山小屋経営者としての初年である今シーズン、辛いことも多いだろうがナ〜ニ、皆そんな苦労を苦労とも思わずやっ
てきているのだ。心平なら悠々とやりぬけると信じている。
 山間地切り捨て主義の富山市の管理になる瓶岩橋は未だ通行止めのまま・・・。もうかれこれ2年間の放置にはあき
れるばかりだが、その代わりというのだろか、横江頭首の堤頂部分を通ることが多くなった。で、その結果今までは何
十年間も見たことも無い、富山地方鉄道立山線の横江駅を久々に見た。昭和にタイムスリップしたような佇まいのまま
横江駅はそこにあった・・・・・。


 瓶岩橋を通る代わりに、この横江頭首の堤頂を通る車が多い。富山市は何をやっているのだろうか?


5/28
 やや肌寒い朝だ。ちょうど先週の日曜、東北に向けて、旅に出たのだと一週間前を振り返っているが、あの日は随分
暑く到着した米沢でも30℃を超えていた。今日は20℃足らずだから10℃以上の温度差である・・・。
 親爺もオカカも暑いのは苦手で、四泊五日の旅行中の三日間が夏日だったのが随分こたえた。移動中は車で空調が
効いているから左程でもないが、さていよいよ目的地で、見学しようとするや暑さに出鼻をくじかれる。
 まあ、それでも何とか予定通りの旅を終え、家に帰りつき、普段に戻った。
 旅から帰りついた我家から見る不動山や閻魔道の木立など、見慣れた景色が今はとても心地よい。


 日光からの帰路、群馬の伊勢崎町で購入して来た鶏飯弁当は、親爺の好きな高崎の鶏飯弁当とはちょっと違っていたが、群馬県では一番
ポピュラーな鶏飯弁当なのだそうで、包み紙には「上州御用鳥めし」とあった。好みもあるが、親爺は高崎の鶏弁の方が・・・・・。
 


5/27
 山形蔵王を出て、親爺とオカカは日光へと向かった。別段日光に行きたかった訳ではなく、本当は桧枝岐に行ってそこで
一泊し、翌日は魚沼から帰宅しようと思っていたのだが、桧枝岐から魚沼までの道路が、6月にならぬと通行できないとの事
で、日光にコースを修正したのだ。
 で、日光は何度か言っているし、東照宮はどうにも好みではないのでさてと思っていたら、田母沢御用邸が見学できる事が
判り、そこに焦点を絞り見学することにした。
 御用邸内部、庭園とすべて見学可能で、しかも先だって陛下がご訪問されたばかりで、非常に整備が行き届いていて、小
雨がぱらつく中ではあったが、雨に洗われた新緑が美しく、世が世なら近づけもしない御用邸をじっくり見学させて頂いた。
 ご学問の間から望む枝垂桜の新緑が素晴らしい。


 謁見の間も、陛下が太陽を拝まれる間である、御日拝所なども全て公開されていた。
 

 紀州徳川家の中屋敷の一部を移築したと云う御用邸だが、百数室の部屋がある。
 

庭園は素晴らしいが、先の大戦の辛い思い出も残っている。


5/26
 東北・日光の旅から昨夕無事山里の我が家に戻って来た。
 旅の途中何度もこのHPを更新しようと試みたが、トップページを置いている、www.net3-tv.netのサーバーがどこの宿の
提供しているWi-Fiサービスでも繋がらず、全く閉口した。今朝このことをNET3の技術担当者に電話で問い合わせると、
Net3の提供しているHPサービスは無料サービスであるため、この会社の接続を利用している時でないと繋がらぬそうで、
成程、そうなのかと納得をした。が、これはちと不便だ。トップページもしばらくしたら、こちらに移動しよう。
 移動するにも直ぐと云う訳にも行くまいから2か月の猶予期間を設け、本年7月31日までは両方で掲載したままにしよう。
 という事で、お気の早い皆さまは今日からこのHPのトップページを http://sanzokuan.web.fc2.com/ にご変更下さい。

 で、親爺とオカカの東北旅行その後だが、23日朝、宿を早く出て、遠野ものがたりの館を小一時間ほど見学したが、ここは
想像以上に良い施設で、じっくり見る気なら半日では足りない。
 


 開通したばかりの自動車専用道路、遠野インターから東北
自動車道を経て、秋田自動車道に入り、横手インターから山形県新庄市に向け南下、途中お目当てのそば屋つる子が定
休日だと気づき、ごく普通のそば屋で天ざるを一枚ずつ食べた。一寸がっくり・・・「そういえば今日でお昼の蕎麦は三日目。」
とオカカが言う。喜多方で田楽とざる蕎麦、平泉では藤原三代そば、そしてまた・・・。
 と云っているうちに車は蔵王温泉の高見屋へ到着。ここは去年剱御前小舎のスタッフ一同からプレゼントされた宿クーポン
で宿泊を選んだ宿で、今回の旅では断トツの高級旅館。明治期の建物は重文指定を受けており、素晴らしい。そして親爺
の苦手な石段のかなたに建ち、駐車場からそこまでは歩かざるを得ぬ・・・。

 
 高見屋は建物内部も階段だらけで迷路状・・・。親爺の印象では階段迷路の宿・・・。エレベーターなしだ・・・。
 

          もちろんしつらえは立派で、それは風情豊かだが、息の切れる宿である…。
         

           料理、スタッフの接客対応は流石に老舗旅館である。美味しかった。         
         

 でその翌日24日、親爺とオカカは元気を取り戻し、会津を経て日光は田母沢御用邸に見買ったのだが、続きは明日・・・。


5/23
 一昨日の朝から東北の旅に出ている。真夏日が二日続き一寸ばて気味。
 平泉は何度か来ていて、中尊寺は2度ばかり見たが、隣の毛越寺を見ていなかったので、今回は毛越寺を参拝し、世
界遺産に登録されている庭園をじっくり見学した。
 そこから遠野に向かい、十数年ぶりの河童淵を訪れたが,、暑いのなんの・・・親爺はここでダウン。
 這う這うの体で宿に飛び込み、昨夜は語部のお話を聞き、熟睡。
 今日は村山市の蕎麦や、つる子のそばを食べ、山形蔵王温泉で泊まる予定。
 毛越寺の庭園は流石に素晴らしかった。


 藤原三代蕎麦を頂き、遠野に足を延ばし訪れた河童ぶちでは暑さに親爺ヘロヘロ・・・・・。
 


5/20
 昨日と同じすっきり晴れた朝。気付けばもう土曜日だ。
 あっと言う間だったが振り返れば今週もいろいろあった。何曜日に何があったとはすらすら思い出せぬ親爺だが、この
絵日記を読み返せば大凡の事が思い出される。そんな意味でも日記と云うのは大変役に立つ。
 で、今日もせっせと日記を書いているわけだが、これも日課となると全く苦にならない。もちろんその日その日で、書け
たり書けなかったりはあるが、継続は力なりとも云う。
 書けぬ日は短く、書ける日はこれでもかと・・・・・。
 大日が良く見える。


 この新緑の山里を御覧じろ。


5/19
 すっきりと晴れ、立山も良く見えている山里の朝。このすっきりして緑輝く朝につられ朝食後、庭からいきなりドローン
を上げて見た。一応フルハイビジョンのカメラはついている機体だが、ズームとか、カメラの角度調整などは一切できず
機体を動かしてアングルを決めるという極めてシンプルな撮影となるので、思う様な絵はなかなか撮れぬ。
 それでも寝ぼけ眼をこすりながら庭先に居て、上空からの画像が撮れるなど、考えてみれば夢のような話だ。
 30代の若い頃、大きなグローエンジンを搭載したラジコン機飛行機に、自動巻き上げ機能付きの小型カメラを搭載し、
シャッター用のサーボモーターにカム状のサーボホーンを取り付け連写可能とし、河川敷の広場で飛行させ撮影した航空
写真の感動を思い出す。高度50m前後からの目測撮影で撮った写真は、機速がある割に高度が低いので、かなり流れ
た様なものが多く、10枚に1枚くらいしか見られる写真はなかったものだ・・・・・。
 隔世の感がある。確かに30年と云う年月も経ってはいるが。
 で、今朝のドローンで撮った航空写真がこれだ。閻魔同上空約60mから立山を望む。 動画はこちら


 昨夜、機体部分だけ組み立てたFujiT−3。機種に鉛の重りを入れないと尻もちを搗くそうだ・・・。


5/18
 曇り日が多いとHPのトップページに書いたところだが、今テレビのお天気解説で「卯の花曇り」と云う言葉を聞いた。
成程そう云う言葉があるくらい、この時期は曇りが多いのかと納得した。
 我が山里は立山信仰の拠点として、古くから栄え、今なお博物館や、往時を偲ぶ史跡なども残っているので、見知ら
ぬ顔の方々が、カメラをぶら下げ村内を歩いていることが珍しくないし、どうかすると賑やかな遠足の子供たちが我が家
の前を列をなして歩いてゆく。春や、秋の良い気候の時が特にそうで、真冬などは全くそういう人たちは姿を消す。
 昨夕、ドローンを上げようと村はずれに出かけたら、細い町道をふさぐように停車した軽四輪車がいる。見ると紅葉マ
ークも燦然と、迷惑駐車・・・。何とか徐行しその横を通り抜け姥堂基壇跡の駐車場でドローンを上げた。オカカもまた蓬
摘みだ。高度150mくらいまでドローンを上げ、視界没となったので、操縦器のFPV画面を見ながら降下させ、手元に誘
導している最中に、さっきの軽四がよろよろと駐車場に入って来た。親爺は駐車場の片隅で操縦中、駐車場の車は親爺
の一台のみで、後はガラガラでどこにでも止めればよいのに、わざわざドローンを操縦している親爺の目の前にまで車を
寄せてきて、「やばいなこの爺ィ、惚けてるのか・・・。」と思いながらも漸く視認したドローンから目を離せず、着陸誘導に
入っている親爺に、「わしの車写真撮っているのかい?」とトンチンカンに声をかけてくる。操縦器がカメラに見えた様だ。
面倒だし、ドローンから目を離せぬので、上空を指さし「操縦中。」とぶっきらぼうに答えると、今度は傍らで蓬を摘んでい
るオカカに、何やら話しかけている様子。後で聞くところによれば「クマが出るから気をつけろ」とか云っていたそうだが、
「地元の者ですから、ご心配なく。」と答えておいたという。
 まあ、それだけの話だが、妙に人懐っこいご老体、今少し余裕のある状態で声をかけて頂いたのなら、いくらも話し相
手にもなっただろうに・・・一寸間が悪かった。
 タンポポが黄色い花を咲かせている村はずれ。
 


 上空150m、村の上手からの撮影。戸数約150戸、人口は400人に満たぬ。限界集落。
 それが常願寺川河岸段丘の村、我が芦峅寺である。


 今度は1/72Fuji T-3航空自衛隊の古い練習機。まだ手を出したばかり・・・。
 


5/17
 今朝は暖かく、晴れている。
 オカカが昨日も、我が家の竹やぶから筍を採ってきた。今迄採ったことがないオカカだが、一度採って食べてみたら、
意外と美味しかったので、味を占めたのだろう・・・。もう全部で10本ほども採ったかもしれない。(因みに親爺は食べは
しても採りに行く気など、はなから全く無い。)
 で、昨日はついに村内の常さんの缶詰工場へ、その筍を持ち込んでオカカは缶詰まで作る事にしたのだ。
 狭い竹林故、缶詰など作っても数本も出来ぬのだが、二人では食べきれぬ分は缶詰が一番確実な保存法だ。
 筍どころかまだ雪に覆われた立山でも、雷鳥の羽がようやく夏羽に変わり始めた。


 オカカが作った筍の味噌煮。親爺が作った筍の佃煮。佃煮も冷蔵庫で4〜5日しか保存できぬ。
 


5/16
 今朝は天気が良く、気温も高めで過ごしやすい日となっている。
 9:00過ぎに、叔母を連れて、富山市内の眼科委員に出かける。親爺も叔母も白内障の治療だ。一緒の病院へ通って
いるので、ほぼ50日に一度、一緒に通院している次第。60半ばの親爺が80半ばの叔母と一緒に通院。此れも高齢化
社会の縮図を見るようだ・・・。
 青空は出ているが、雲がちで、ややはっきりせぬ空模様。辺りは新緑がかなり、緑濃くなってきている山里だ。
 剱御前山から眺める夕景の剱。去年より雪は大分多い。


5/15
 一昨日の午後から、オカカと身重の長女を車に乗せ、久々に帰省した二人の娘を富山駅に出迎え、全員そろった処で飛騨
古川へ向かった。オカカの還暦祝いだ。長女の婿も、仕事が終わり駆けつけてきて、総勢6人で馴染の宿に投宿した。
 このお宿、八ッ三館はもう10年に渡ってお世話になっている。オカカと二人の息抜きが主だが、たまには友人を誘ったり、
山小屋の打ち上げでも何回かお世話になってもいる。
 女将さん以下、兎に角こまやかな心遣いの行き届いたお宿で、又料理が素晴らしく、お湯も良い。しかも建物がまた素晴らし
く、明治期に建てられた、一部は国の登録有形文化財の指定を受けている。
 夕食が始まり、女将さんの大サービスで、素晴らしいケーキや、赤いちゃんちゃんこに頭巾などもご用意いただいて、にぎや
かに娘たちからのプレゼントもオカカに贈られ、いやいや、それは姦しく楽しいお祝の宴となった・・・。が、写真などは完全に
封印され、特に親爺のHPへの掲載は一切不許可となっている・・・。
 往路、富山平野の水田には早苗が行儀よく整列し、春風に揺らいでいた。


早苗が植わる水田の隣では、麦が伸び、もう色付いている。麦秋とはよく言ったものだ・・・。


 で、かろうじて許可されたのはこの程度の写真だった。女将さんからのケーキのプレゼントや、頭からいける絶品の岩魚の塩焼き。
 

 そして60本のバラと、更にプリザーブドフラワーの写真額。かなり奮発した様だ。


5/13
 役所仕事に辟易した経験を持つ方々は多いと思うが、かつて親爺も納得のゆかぬ多くの役所仕事に腹を立てたものだ。
 事細かな事々を一々列挙する事は到底できぬが、未だに役所とか、役人と云うと虫唾が走るほど嫌いだ。
 もちろんすべての役人(公務員)がそうだとは言わぬが、実るほど首を垂れる稲穂かなの諺通り、どうも木っ端役人程質
が悪く、ふんぞり返るようだ・・・まあこれは親爺の個人的印象ではあるが・・・。
 で、今なぜこんなことを思い出したかと云うと、ある若者の新規事業許可に関わる手続きの流れを見ているからで、嘗て
親爺たちもなじみのある、某役所の担当者が、話を聞く限り典型的な質の悪い木っ端役人タイプのようだ。
 あまり事細かに書く訳にもゆかぬが、大きな希望を持ち新規事業に取り組もうとしている、実績も信用もある若者に、現場
を知らぬ役人が、何もわからぬくせに法律やら、規則の教条主義的解釈(杓子定規)のみを以て全く役にも立たぬ事々をさ
せている様にしか見えぬ。
 今はここまでとしておこう。
 我が家の庭先の、ビオラと云う花だそうだが、今が盛りと咲いている。


 少しガスっているが、新緑の志鷹谷。


 今度作ろうと思っているプラモは、自衛隊の練習機、Fuji T-3。


5/12
 山里も新緑が奇麗な時期になって来た。一昨日の夕方からの雨で、木々もすっかり洗い流され、緑は一層鮮やかに
なっている。
 親爺とオカカの日々は、この時期世間より一足遅くすすむ。また逆に晩秋から冬へとの速度は、一足も二足も早くなる。
 そんな訳で山里は今新緑の盛りだ。
 


 村内に住んでいる同級生、ツネがウドをくれた。自家の畑で栽培しているのだそうで、随分形の良い立派なウドだ。
 親爺はこれをきんぴらにして食うのが大好物。早速オカカにきんぴらを作ってもらった。


 オカカもウドのきんぴらは好物らしく実に上手に作る。で、昨晩は早速、美味しいウドのきんぴらを頂いた。ツネ、有難う。
 


5/11
 ヒデが撮ってきてくれた立山の写真がまだ一、二枚あるので、小出しにそれを使わせてもらっている。
 今日掲載するのは、見下ろす大日とさらにその下の雲海である。
 山里に居ると天気のいい日は、居間の出窓から見上げている大日であるが、剱御前小舎に居る期間はずっと足下に
ある大日だった。


 YS-11日本エアーコミューターJA8766便は、YS-11の40年間にわたる定期航路就航の最終便となった機体で、2006年
9月10日鹿児島空港に最後の着陸をして有終の美を飾った・・・そうな。
 

 そう云う由来を知って眺めていると、単なるプラモにも想いがこもって来る・・・。ようやく完成。


5/10
 昨日心平が顔を出し、いろいろと話をしていった。
 剱御前小舎の手伝いも終わり、さていよいよ自分の真砂沢ロッジの営業開始に向け、様々な準備をせねばならない
心平だ。本人も今までのような支配人ではなく、自らが経営者として山小屋運営に乗り出すので、少々勝手が違い、種々
な書類仕事や、関係者との交渉等々幾分戸惑いもあるようだが、能力は高く、あとは慣れだけのことである。
 山が好きで、山に寄り添い生きてきた心平に、山小屋経営者としての欠落点は無い。立山の山小屋の経営者としての
心平のこれからに、大きな期待を寄せる親爺である。
 別山北尾根から朝陽が上る。


 ヨータローに「まだできてない」と云われた親爺のYS-11、今度は「すこしできてる。」と云わせたい・・・。


5/9
 これもヒデの写真だが、GWの雷鳥平のテント場と雷鳥沢の登りだ。
 親爺にはなじみ深すぎる景色だが、まあ、この斜面を登ることはもう二度と無さそうである。


 昨日オカカと我が家の所有する山林に通じる林道を通ってみた。意外ときれいに林道が開いており、気を付けて通れば
全く問題ないが、所々落石、倒木などがある。
 我が家の山林からさらに林道を奥に進むと、我が山里一番の山林地主が所有する石臼平(イシウスダイラ)に出るが、
現在そこはライオンズの森と云う公園施設になっており、かなり整備されている。
 で、親爺はそこでドローンを上げて見たりしたが、昔ここは親爺たち銃猟をする者のフィールドだったところでもある。
 尤も、銃猟は主に積雪期なので、藪漕ぎをしてここで猟をした記憶はない・・・・・。
 山桜が奇麗に咲いていた。ドローン動画はここ。


5/8
 ヒデが山の写真を送ってくれた。
 少し夏色に変わりつつある雷鳥のペア。GWが終わり静かな山に戻ったので、このペアもホッとしていることだろう。


 我が家の3軒ほど隣の空き地は、父方の祖母の生家跡で、村一番の豪農だったらしいがいろいろな事情があって、祖母
はそこでは育っていない。祖母が育ったのは我が家の隣、宝伝坊と云う一山の家で、曽祖母の実家である・・・。
 現在、その豪農家はすっかり途絶し、跡地は父が買収して我家のものとなっていて、その跡地の南側斜面には竹藪があり
筍が出るらしい。
 親爺は全くその辺りの事には興味がなく、オカカもさほど興味を持っておらず、叔父か、妹が来て掘って我が家へも持って
きてくれるらしい・・・・・。
 が、今年は雪解けが遅く、なかなか筍が顔を出さない。妹も2度も来て空振りだったのが、昨日になって顔を出していて、
たまたま叔母の家に遊びに行った帰り道、近道をしたオカカがそれを発見・・・。
 で、2,3本を掘ってきた。掘ってきたはいいが後が大変。キレイに皮をむいてゆでて・・・・・。
 

 ついでに傍らに生えていたエラ(深山イラクサの新芽)も摘んできて、これもゆでて下処理を終えた。
 恐らく今夜は、為の事えらのごちそうが我が家の食卓に並ぶだろうが、食材の調達から始めるのだから大したものだ・・・?
 
 


5/7
 GW最後の日曜日は良く晴れている。それでも長い連休に遊び疲れたか、山里を散策する見慣れぬ顔の方々は姿を
消して、顔見知りのジジババばかりの山里に戻った。
 ここ4,5日、親爺は軽い頭痛に悩まされていたが、昨夜は比較的よく眠れたのと、肩こり、眼精疲労に効くというビタ
ミン剤服用でずいぶん楽になった。オカカがいろいろ調べて、頭皮神経痛?ではないかと云うが、まあ軽い頭痛で全く
その他の不都合はないので、風邪だろうと思っている・・・。
 山里も新緑が鮮やかな季節になった。
 


5/6
 昨日は親爺の妹の孫、2歳になるタイガが我が家を訪れ、ひと騒ぎしていってくれたので、楽しい時間を過ごせたのだ
が、その後ヒデが来て、泊まって行った。
 ヒデとは去年の小屋閉め以来だが、現在は松本に拠点を置き、あれこれやっているらしい。一晩馬鹿話に付き合わせ
親爺もオカカも楽しい時を過ごせた。
 今日は雨で、久々に肌寒いがストーブを炊くほどでもない。あれだけ賑やかに列をなし、立山に向かっていた車も、ぴっ
たりと列が途絶えた。恐らくGWももう終わったのだろう。
 昨日までは良い天候に恵まれた連休だった・・・。


 訪ねて来たヒデをドローン飛ばしに連れ出した。


 心平のご両親が富山に来ておられ、そのお土産に長芋を頂いた。 オカカが揚げたかき餅も美味い。
 
 


5/5
 昨夕も、観光客の居なくなり時間を見計らって、親爺とオカカは村はずれの姥堂基壇跡まで出かけた。
 例によって親爺はドローンを上げるため、オカカは又蓬摘みが目的である。前日も同じことをしている訳だ。が、この蓬
で、一昨日は草団子を作ったのだが、今回は昔から山里に伝わるお焼き状の「ヤキツケ」を作る事にした。
 オカカが下りてきたドローンにも気づかず、せっせと蓬を摘んでいる・・・。


 オカカの傍らでは親爺がドローンを飛ばして、こんな写真を撮っている訳で、前日も同じことをしていた・・・。
 

 さて話は今朝に移る。オカカが下処理の終わった蓬で、今朝からヤキツケ作りを始めた。
 材料はこれだけ。下処理の終わった蓬と麹味噌、もち米の粉である。これをボールに移しこね合わせる・・・
 

そば打ちの水回し宜しく、僅かずつ水を加え、捏ねてゆくのだが結構な力がいるようだ。で、まとまった種を成形し・・・
 

 こんな風なお焼き状に作って行くのだ。で、後はこれを油を引いたフライパンで焼いて行く。この工程が”焼き付ける”で、
つまりヤキツケと云う名の由来であろう。
 

 味噌が入っているから適度な焦げが香ばしく、素朴な軽食「腹ふさぎ」であったことだろう。昔から味噌が苦手な親爺は余り
好まぬ食べ物であったが、最近はこんなものが美味いと感じられるようになって来た・・・・・。
       


5/4
 今朝はオカカが久々に揚げかき餅を揚げてくれた。これはどんなおやつよりも良い。紙袋に入れ、更にジップロックに
入れて保存しておけば当分楽しめる。が、これも食いすぎに注意。気付けば胸焼けするほどになって、胃薬の世話にな
る事が多い・・・・・。
 一昨日の夕刻、オカカと二人で姥堂基壇跡の駐車場へ行った。親爺はドローンを上げに、オカカは傍らの草原の蓬が
目的だ。
 親爺の方はドローンを上げて、奇麗な立山を撮影。オカカもかなり大量の良い蓬の新芽を摘んだ。
 その時の親爺の撮った写真がこれで、地上高度130mからの一枚。


 で、ドローン着陸時にオカカが蓬を積んでいる姿を撮ったのがこれ・・・。


 で、その翌日つまり昨日はその蓬を使って草団子づくりと相成った。
 先ずは蓬をきれいに洗い茹で・・・・・ ミキサーにかけて細かくし、白玉粉に混ぜ・・・
 

 蓬が全体に行き渡るように良くこね、団子に丸める・・・・・これ全部オカカの仕事だ、親爺は湯を沸かすくらい・・・
 

 で、鍋に沸かした湯で、グラグラと茹で上げれば、色鮮やかな草団子が出来上がる。
 

 蓬白玉団子は、薫り高く、あんこを絡めていただくと春の香りが口中いっぱいに広がった。美味い。


 親爺のYS-11もコクピットにキャノピーが入りちょっといい感じ・・・。


5/3
 今朝の読売新聞に、貝原益軒の養生訓が取り上げられていて、還暦過ぎ古希までの時の流れの速さについての件
に触れてあった。いやいや全くその只中の親爺はに同感する事々ばかり。が、ただ益軒先生の様な賢者ならぬ身には、
とても一日を一月、一月を一年と心得て充実した時を過ごすなど、そもそも思い付きもしない。
 さて、GW本番と云える今日からの五連休、立山は天候にも恵まれそうだ。未明から山へ向かう車の音が続いた。
 親爺は昨夕ドローンを飛ばしに、オカカはヨモギ罪がお目当てで、村はずれの姥堂基壇跡に出かけた。ちょっと肌寒
かったが新緑が奇麗で、夕日に輝く立山の白い峰々も荘厳な美しさだった。
 昨日は立山も素晴らしい天気だったらしく、夜になってトモちゃんからすごい写真が届いた。御前山から望むモルゲン
ロードとその中を一息にパウダーを蹴立て滑走する爽快感が伝わってくる写真だ・・・・・。


 モルゲンロードに輝く稜線から、パウダーを蹴立て一気に滑走したシュプール。スキーパトロールを冬の仕事にしているトモチャン、このファストトラック
の爽快感は、帰路の登りを考えさせない。


 親爺のYS-11も大分出来上がってきた。

 


5/2
 今日はやや霞んではいるが、陽射し感じられる晴天だ。
 わが山里も漸く新緑が萌え、遅い八重桜が満開になっている。昨日雨の止み間を見て姥堂基壇跡でドローンを上げた。
 曇天で今にも雨の落ちそうな空模様だったが、雨に洗われた新緑は美しく、八重桜の濃い桃色が際立っていた。
 が、この直後また大粒の雨が落ちてきて、親爺もドローンを下ろし、這う這うの体で逃げ帰った。
 

 帰宅後すぐに、元研修生のミンマがひょっこり訪ねてきた。息子のツェリンちゃんと、甥っ子を連れての訪問だった。
 ミンマは今日本人と結婚して愛知県に住んでおり、甥っ子も日本人と結婚しているそうだ。研修生時代はワルガキで、何時
も親爺に叱られていたミンマだが、すっかり落ち着いて立派になった。息子のツェリンはまだ4歳、ヨータローと同い年だが、
大人しくはにかみ屋の様だったが、時折見せる笑顔がかわいい坊やだった。立山で雪が見たいというツェリンにせがまれて、
こちらを訪ねてくれたらしい。天狗の賢輔にこの連中の投宿を依頼する。
 その後、30数年前のオカカ手作りのベストにマシを14cm入れてもらって、着られるようにしてもらっていたのが完成、試着。
 

 で、更にそのあとはプラモを組み立てて、一日が終わったのだ。いつも通り平和だ。
 


5/1
 もう皐月となった。
 昨夕、心平から剱岳の死亡事故発生との連絡があった。で、その直後我が山里の上空をヘリが通過していった。
 そんなことがあったからか、今朝の山里の天気はガスに小雨、やや肌寒い。
 いつの間にか焔魔堂の桜も葉が茂り、はるらしい新緑が、ガスの中にも初々しく見えている。
 明日からは又晴天に恵まれ、よいGWとなるだろう。
 隠居で、GWにもあまり関係のない身の上、普段通り過ごそうと思っている。そして親爺やオカカのこの時期の外出は控
えた方が良いだろう・・・。


 不動の山も霞んでいて、小雨がぱらつく山里だが、庭にはそれなりに緑が萌え始めている。
 

 心平が昨夕送ってきた写真。防災ヘリが剱の遭難現場へと向かう。


4/30
 剱御前小舎もGWに入ってこれからが忙しくなる事だろう。マー君の初年度故、親爺なりに気にかかる。
 昨日の写真を見ると、警備隊も入り、剱御前小舎がGW期間の臨時派出所となったようだ。
 天候も昨日まではあまりパッとしなかった様だが、今日あたりからは良くなりそうだ。まあ春の天気はことに不安定で
まだ積雪期でもあり、気を付けぬと痛い目にあうことは間違いない・・・。
 警備隊の見慣れた顔が妙に懐かしい。


 マー君を中心に剱御前小舎に新しい時が刻まれてゆく・・・。


4/29
 今日は犬の日だとの事で、妊娠5か月に入っている長女の安産祈願を、雄山神社祈願殿にてしていただくとの事で、
今、オカカと長女が出かけて行った。
 親爺はもちろん留守番で、ちょうど30年ぶりくらいに連絡のあった、友人夫婦が訪ねてくるとの事なので、その連絡
待ちだ。
 一寸うすぼんやりとガスがかかったような状態だが、大日も良く見えていて、良いGWの開幕だ。
 親爺からマー君に渡った剱御前小舎も、順調にお客様が入ってくれるだろう。老婆心だろうが気にかかる。


4/28
 今朝も晴天で温かい。朝陽が差し込む居間はストーブを切った。
 立山もGWの始まり間近で、賑わう事だろうが、外国人観光客が多く、一昨日も遭難騒ぎを起こした人騒がせな外国
人がいた様だ。
 天候次第では穏やかな顔を見せる山も、いったん荒れると真冬で、観光客や、ビギナー登山者の手に負えるような
自然環境ではなくなる事を、もっともっとアピールして注意を喚起せねば、穏やかで光り輝く情景だけ見せて誘客する
ばかりでは、これは考えものである。
 まあ、山小屋を離れた親爺が今更心配する事でもないがこれもやはり雀百まで踊り忘れず・・・か?
 昨日は親爺はオカカとアユを喰いに、庄川の水の公園まで足を延ばした。
 職人さんが付きっきりで焼く若鮎は、美味い。


 一人当たり塩焼き5匹がついた鮎定食が2700円。アユの天麩羅や背越しの入った酢の物などなどもついている。
 

 庄川合口ダムの傍にある水の公園。料理店「鮎の里」はここにある。


 満腹になった親爺はここでもドローンを上げたが、中々いい動画は撮れない・・・・・。
 


4/27
 筋肉が落ちたからか、寝すぎるからか、親爺は最近首を寝違えてばかりいる。昨日も左首が痛くて、ゆっくり振り返
らぬとその都度アイタタ、となる。まあ一日二日で治ってしまうからあまり気にかけてもいないが、この3か月で数回こ
んな寝違えがあった・・・。
 さて今日はオカカと二人、高岡の義父を見舞い、その足で庄川峡へアユを食いに出かけることにした、ちょっとした
ドライブだが、たまには出歩かぬと、本当の出不精になってしまう。
 剱御前小舎で手伝っている心平が、写真を送ってきた。自分の真砂沢ロッジHP用だが、親爺も拝借。
 剱御前小舎前からの落日だ。



4/26
 ついこの前4月になったばかりなのに、もう月末となっている。なんだこの時の流れの速さは・・・・・。
 小雨ぱらつく今朝もおやじは、居間のいつもの場所に陣取りPCに向かいHPの更新をしている。傍らのテレビからは
北朝鮮情報やら、お粗末な大臣辞任やらと世の中の事々が流れてきて、親爺は主に音声でそれを拾い、時々目でも
それを見ながら時を過ごしている。昔流で云うなら「ながら族」という訳で、集中力は分散するものの、慣れれば何とい
うことも無く、同一時間でより多くの事をすることが出来る・・・・・。多分。
 まあ、今や隠居身分なので、そんなにガツガツした時間の過ごし方をする必要もなく、のんびりとじっくりと時を使えば
良いのだが、自分に残された未来の時間の少なさを想うからか、どうにもこの「ながら」癖は止まない。
 だから、ドローンを飛ばしながら写真もビデオも撮る???
 昨日の午前中はまだ下界から立山が良く見えた。




 名古屋の古い古い友人、ヒーチャンから甘夏とマーマレードが届いた。有難うヒーチャン。


4/25
 今の処物騒な隣国は何も事を起こしてはいない。だから正義の大親分が振り上げた鉄拳も振り下ろされてはいない。
 我が国日本は、親分の鉄拳の行方と、迷惑隣人の動きをにらみ続け、とにかく多少怪しくとも正義の大親分の側にピッ
タリ寄り添い続けるしかない。何しろ親爺も含めほぼ99パーセントの日本国民は、平和を当たり前と心得るノーテンキな
善人ばかりなのだ。
 善人なのは衣食が足りているからで、衣食が足りているから礼節も弁えたクールな日本人で居られる。
 が、世界には衣食足りず、それ故礼節を知らぬ人々がひしめいていることを忘れてはいけない。
 そんなことを考えながら、立山の山里で、今日営業を始めるマー君の剱御前小舎に想いを馳せる親爺だ。
 絶対、我が国に害をなすような変事は起きぬ。全く根拠はないがひたすらそう信じる。
 信ずるものは救われると言うではないか・・・。南無立山大権現、南無大日如来!!!大日が穏やかにたたずむ。


 こんな平和な日本。そのどこが悪い!?


4/24
 世の中は何やら物騒な空気が立ち込めている。
 常軌を逸したお坊ちゃまが世襲し、やりたい放題のまことに物騒な隣国に、自由主義社会の正義の大国の、かなり怪し
い大親分がが怒りの鉄拳を振り上げて、「俺は本気だぜ}とばかりに迫っているからである。
 そんな中でわが日本は、もちろん正義の大国に守られ、寄り添う事で生き延びてきたのだから、今度もかなり怪しいなが
ら正義の大国の大親分とスクラムを組んで、降りかかる火の粉を払わざるを得ぬ立場である事だけは明白だ。
 現在の日本人の大半は、実に幸せなことに戦争を知らない。もちろん親爺も知らない。だからこんな危機に対して実感
が伴わず、全く根拠のない楽天的な気分でいる。「なにもおこらないさ。」・・・。
 さてどうなる事やら。神のみぞ知る明日である。いたずらに騒がず普段通り日を送るしかあるまい。
 明日、マー君の経営となった剱御前小舎が営業を再開する。マーくん頑張れ。
 春となった山里で、ノーテンキ親爺は立山に思いをはせる。根拠はないが、「ナニモオコラヌサ。」


 明日の営業開始に向け、準備が進む剱御前小舎。 ガスが少し切れると、たくさんのスキーヤーやボーダーが上って来る・・・・・。
 

 朝一番、窓には氷の花が咲いている。


4/23
 雲がちだった日曜の朝、青空がだんだん広がって来る。桜も咲いて山里も春だがまだ肌寒く、ストーブは欠かせぬ。
 剱御前小舎からトモちゃんが写真を送ってくれた。昨日午後まで山もガスに覆われていたとの事だが、ガスが切れだす
と真っ白な冬の装いの雷鳥が一番、周りに溶け込むように佇んでいる・・・いやいや、親爺にはハイマツの匂いが感じられ
るような一枚だった。トモちゃんありがとう。


 県道立山公園線沿いのアルペン村前にはチューリップ。  わが山里に入れば遅い桜が、これでも満開と咲いている。
 

 プラモ熱再燃の親爺、今度はYS-11 を作り始める。ハセガワの比較的新しい、簡単なキットなので、組み立ても早い・・・。
 


4/22
 小雨がぱらつき、ガスもかかった薄暗い朝だが、寒さは感じない。
 折角の土曜日なのだが、立山の神様の機嫌が良くなくて、大谷の雪の吹き溜まりを掘削して通路を開けた、雪の廊下
という観光名所的見世物を見に来る観光客が可愛そうだ。
 折角、雪のない遠い国から雪を見に来るのに、あまり天気が悪いと楽しさも半減する。が、こればかりは立山の神様の
機嫌次第。祈るしかあるまい。


 オカカが親爺のリクエストで植えた、鷹の爪と、青唐辛子。  目を凝らして御覧じろ、従兄のもらった山椒の木も育っている。
 

 DC-3も完成してYS-11と一緒に並んだ。


4/21
 今シーズンの初荷となる剱御前小舎の空輸作業が、昨日芦峅寺HPから行われた。
 親爺も数個の荷物を預かっており、HPに運搬した。すでに作業が始まっていて、マー君が親爺だけでは無理と判断して
頼んでおいた助っ人がもう荷造りをしていた。モッコの位置が悪かったので、一寸センターにずらし、親爺の荷物も助っ人
氏に渡し、一寸話しているうちに立山山岳フーズの冷凍車は到着した。
 山岳フーズの埜林さん父子が来たので、荷造りはこのプロの親子が手助けし、あっという間に終わった。で、ここでマー
君から連絡が入り、ヘリの到着が14:00頃になるとのこと、天気は高曇りながら崩れぬし、ドローンを上げて遊んだりして
いる中にヘリが来た。
 剱御前小舎今シーズン初荷上げはかくして無事終わった。


 東邦航空のAS350B、ラマの後継機で力がある機体だ。


 立山山岳フーズの創始者、埜林さん。今は息子に主力の座を譲りつつある・・・が、まだ元気だ。


 立山山岳フーズ二代目。現在はこの二代目が主力の立山山岳フーズは、立山の山小屋の食品
の大半を担う。
 山小屋の荷上げのHPにこの父子は欠かせない。



4/20
 卯月ももう半ばを過ぎ、後半に入ろうとしている。昨日は空輸日で、親爺も3個ほどにを預かっていたのだがどうにも
天気が悪く飛びそうもない。こっちは高曇りだが、剱御前小舎は吹雪の中で、外には出られないとのこと。中止と判断し
昼ころオカカと二人久しぶりに、森の風(旧厚生年金会館)に風呂に入りに行った。入浴券が何枚も手元にあったからだ。
 で、同所のレストランで、軽く昼食を食って(親爺はざるそばとミニ天丼オカカは天ざる)、ゆっくりと風呂に入って来た。
 温泉なので肌がつるつるして気持ち良い。
 帰宅して、テレビを見ている中に午睡・・・・・。
 今朝は晴れているが朝一番でマー君から電話連絡が入り、空輸は午後になるとのこと。しばらく待機しておこう。
 積雪期に花芽を小鳥についばまれたのだろう、花は平板がまばらな、曼荼羅遊園の桜。


 全日空の航路を飛んでいたDC-3、ようやく完成した。親爺の畏友Hさんは小学校3年生の時にこの機体に搭乗した経験
をお持ちだが、テスト飛行か何かの便乗で、目が回る思いをされたとか…古き良き時代の楽しいエピソードだ。
 


4/19
 剱御前小舎は、昨夕良く晴れた様で、トモちゃんがこんな写真を送ってくれた。
 今シーズン目にする別山尾根側からの初の剱だ。
 去年と比べると雪がびっしりついている様だ。稜線部分の雪は少ないが、沢筋はやや多めだ、。
 

 小屋開けも順調なようで、厨房もずいぶん片付いてきた。マー君曰く「女性陣が美味しい料理を作ってくれます。」
 そうだ。小屋を支える女性陣の力は強大だぞ・・・・・。


4/18
 雪がほぼ融け切った山里の朝だ。
 昨日夕刻から風が強まり、寝しなには雨戸を閉めた。雨も交じり昨晩はやや荒れたが、剱御前小舎入っている心平から
は被害も無く皆元気でいると連絡があったし、下山して来たタケちゃんが森爺さんの入山も知らせてくれた。
 親爺と、タケちゃんはマー君から剱御前小舎の食料や資材の輸送を頼まれており、シーズン中も交互に物資をヘリポート
や室堂まで運ぶ事になっている。だから親爺もまだ立山に入る(室堂までだが)事も多く、完全に縁が切れる事は無い。
 芦峅寺の山里、不動山にも雪は全く見られなくなった。


 親爺のプラモ、デカール貼りに入っているがデカールが劣化しており四苦八苦・・・。


4/17
 日の射す温かい朝だが、夕刻からこの天気は崩れそうだ。
 昨日はマー君以下みな無事に剱御前小舎に当到着し、小屋開け作業を順調に進めているとの連絡があった。
 マー君やトモちゃんが送ってくれた写真、心平からの雷鳥沢や小屋の状況報告もあり、これでマー君による剱御前小舎
の運営も恙無く開始したことを確認。
 前・剱御前小舎親爺としては、漸くマー君への剱御前小舎の引き渡しが完了したという安堵感が大きい。もちろんその
前途をこれからも応援し続け、見守ってゆくつもりだ。
 とにかく、マー君の剱御前小舎が着実に第一歩を踏み出した。
 小屋の前の雪は殆どなく、広々と開いている。


 雷鳥沢下部から剱御前小舎を目指す。例年通りの雪だ。   沢筋の雪は例年通りだが、稜線の雪は少ない。
 

 小屋に被害はなく、小屋開け作業は順調。            いつも通りの小屋開け風景だ。マーくん頑張れ。
 


4/16
 朝一番でマー君から「今から室堂出発します。」との連絡があった。
 ちょうど親爺は写真撮影中で、二階の親爺部屋から大日を撮っていたところで、見上げる大日のその奥にある剱御
前小舎や、雷鳥沢の凍った斜面が目に浮かんだ。
 「気を付けて行けやぁ。」と言わずもがなの一言をかけ、電話を切ったが、ベテランぞろいなので小屋開けも順調に進
むだろうし、今月25日の営業再開も問題ないだろう。
 19日には芦峅寺HPからの空輸作業だが、後は天気に恵まれることを祈るのみ。頑張れーマー君。
 入山メンバーからの写真が親爺に届くことになっている。恐らく小屋明けの様子もこのHPにも掲載できそうだ。
 山小屋親爺引退の身の上ながら、少々血が騒ぐ。
 快晴の今朝の大日を、我が家に階の親爺部屋から望む。


 少し血が騒ぐも重い体はついて行かない。で、親爺はごそごそとプラモ造り・・・。
 取り付け方を間違えていたメインギアを取り付けなおした。まあ、このキットならこれでいいだろう…のレベルだが。
 

 此れであとはアンテナなのの小部品を取り付けて、デカールで化粧し仕上げ塗りをすればいい。全日空バー上で行く予定。
 

 庭にはいつの間にか水仙がすっかり花開き、岩陰の高山植物のように紫の花(名前不明)も咲いていた。
 


4/15
 今日の天気は曇りで、立山方面も見えぬ。マー君が今日剱御前小舎に入ると言っていたので、今朝は5時過ぎから
室堂のライブカメラを見ていたがガスで、これはいけない。と思いつつ朝食後に心平に連絡してみると、「明日以降に
順延しました。」とのこと。その方が良い。
 まあ、マー君も心平もプロだ。親爺が下手な心配をすることも無いのだが、スズメ百まで踊り忘れずである・・・。折角
気楽な身の上となったのに、やはり気が揉める。
 昨日なら良かったのにと思う。
 写真は、昨日午前中の立山。春独特のアイの掛かった立山だ。


 親爺のプラモが再開。主翼にエンジンとカウル、主脚を組み込み、機体に主翼、尾翼を組み込む。
 

 が、機体と主翼のすり合わせをきつくしたので、接着剤が固まるまで押さえ続ける…で、どうにか格好はついてきたが・・・
主脚の組み立てに大きなミス・・・。で、脚を取り外しておいたが、今日はここまで・・・。
 

 昨日は午前中外出し、その帰路に白岩川の白岩ダムに行って、ドローンを上げた。このダムはロックフィールダム(岩石
を積み上げた重力式堰堤)で、その下部が来イサナ公園になっていて、奇麗だった。動画はこちらにアップしてある。


4/14
 晴れて日も射して来たが、部屋の中はやや肌寒く、やはり床暖を入れてしまった軟弱な親爺だ。
 小屋開けから解放された親爺だが、いよいよ日が迫ってくると、色々人が訪ねて来る機会が増え賑やかになって来る。
 真砂沢ロッジの新経営者となる心平はいつもの事だが、今は森林管理署の許可申請で可なりいじめられているらしく
最近は元気がない。が、明日からはマー君の手伝いで剱御前小舎の小屋開けの手伝い入山。剱御前小舎の新経営者
となったマー君も婚約者と二人昨日は挨拶に来た。今日は午後から森爺さんが剱御前小舎に送る荷物を持ってくるし、
19日の芦峅寺HPからの荷上げも一寸顔出しせねばならない。
 引退親爺ではあるが、まあ、荷上げの手伝いや色々な相談ぐらいには乗ってやれる様に、余り惚けてもいられない。
 ドローン飛行もまあそこそこ惚け防止に役立っている・・・。


 プラモもワンステップ進捗した。これも立派な惚け防止。


4/13
 芦峅寺の山里の今朝は寒い。居間も床暖復活。
 不動山の雪がほぼ融けて、多分この次この斜面に雪が付くのはこの12月以降だろうが、今年はいつまでも寒い。一週
間前はこの斜面にも雪がびっしりついていたことを思えば、季節は着実に移ろってはいるのだろうが。
 幸い今日は雨も降ってはいない、後でドローンでも飛ばしてみよう。が、もう少し温かくなってから・・・。


 すっかりお蔵入り状態になっているプラモだが、最近また親爺の気まぐれが、こちらに移動しつつある・・・。


4/12
 ”春となる 夜ごとの雨よ 降り濡れて 木の芽は 緑の灯火のごと” と云う歌があるが、昨日、今日と降り続く山里の雨
は正しくその情景の通り。
 不思議なもので、中学か高校の頃の国語、古文などの教科書に載っていた俳句、短歌などは、60代半ばに差し掛
かった今も覚えていて、その折々にふと口をついて出ることがある。もちろんうろ覚えの事も多く、それでもその都度
調べてみると、又正しく覚えこむと云った繰り返しもあったのかもしれない。
 こんな雨の、ドローンも飛ばしに出られぬ日には、そんな歌でも思い出してぼんやり過ごすのも悪くはない。
 そういえば、"目覚むれば 命ありけり 霜ふふむ 山桜花 額に触れいて” と云う、末期の病床で詠まれた歌もあった
な・・・。春という命萌え出る季節にも、様々な情景がある。
 ”草若葉 色鉛筆の赤き粉の 散るが愛しく 寝て削るなり” とか”碓氷嶺の 南表となりにける 下りつつおもう 春の深きを”
等々、春の歌が次々と思い浮かぶ。そしてこれらの歌に初めて出会った日々などもぼんやりと・・・・・。
 オカカの刺繍、第三作目が仕上がった。趣が変わり、わざと目の粗い刺繍となっている。


4/11
 今日は雨模様。昨日桜を見に行っておいて良かった。
 わが山里の桜はまだまだ先の事だし、奇麗だなあと見上げるような大木もない。雪が多すぎて気が育たぬからだろう。
 で、昨日はオカカと二人車であちこち見てきたが、常願寺川下流の常願寺公園の土手沿いの桜並木は、ほぼ満開だ
った。あまり品の良くない提灯飾りや、土手沿いの道路の交通量が結構多いため、折角の桜越しの立山連峰の景観が
損なわれているのが残念だ。
 で、少し離れたやや高台にある立山町運動公園に移動したが、残念なことにまだ七分咲きにも満たない。
 が、人もほとんどいないし立山が良く見えるので、そこではドローンを上げて撮影した。動画はこちら・・・。
 次いで旧大山町上滝の、常西用水沿いの桜も見に行ったが、これもまだ満開ではなく残念・・・。春先の雪解け水で豊
かな水量が流れる用水脇の桜並木の景観はすばらしく趣のあるものなのだが。
 満開の常願寺公園の桜。提灯を入れずに映すのが大変だ。


 常願寺公園の提灯が結構気になる・・・。            まだ七分咲きの常西用水脇の桜。
 


4/10
 この前4月になったと思っていたばかりなのに、もう十日である。周りを見回せば確かに、雪も探さねば見当たらぬし、
地面からは青々したものも萌え出でている。
 まあ、標高400m余の北陸の山里だから、4月と云ってもこんなものだろう。
 下界の里からは、桜満開の知らせが届く。ミーハーな親爺とオカカ、今日はどこかへ花見に行くつもりだ。まあ、花見と
云っても車で一回りと云った程度だが…。
 それでも、卯月尚この残雪の山里に住む身には、十分なのである。
 常願寺川を挟んだ向こうに本宮集落が見える。


4/9
 オカカの働きと、親戚一族の力添えで爺様の一周忌法要は、昨日滞りなく終えることが出来た。
 で、今日が爺様の祥月命日となるので、親爺が起きだしたときには仏間から流れて来る香の匂いが漂っていた。
 先に起きだしたオカカが仏壇に線香を上げたのだ。だから今朝は親爺も仏壇をお参りしておいた。
 昔は法要と云えば一大行事だった。法事、会食をすべて自宅で行ったからで、先ず法事の前に僧侶も招き夕刻17:00頃
から会食が始まった。
 会食には酒が付き物でその膳に連なるのは大概が男衆ばかりだったから、肝心の法事が始まる前に亭主も、僧侶も出来
上がってしまっており、19:00頃から始まる法事が、和やかすぎる程の雰囲気で執り行われる事も多く実に気兼ねのない、
教義などには全くとらわれぬ僧侶の一杯機嫌の法話(説教と言った)など始まると、まるで寄席の落語を聞くような趣すらあっ
て、実に大らかなものであった。
 そして僧侶の法話は、大概故人に関わる思い出話が織り込まれ、故人を偲ぶという法要の本筋からは毛一筋もそれぬと云
う、見事で心優しく温かいものだった。
 時代は変わった。
 今は法事は家で行うが、会食は近くにある旅館かホテルでというのが我が、山里では定番になっている。
 勿論、先ず法事を行い、墓参も済ませ、それからの会食である。
 だから法事も、みな素面で行われ、少し厳粛なものになったが、我が天台宗では、どこかの宗派のようなくどくどした下らぬ
教義のオルグじみた下手の長談義など、薬にしたくてもない。
 読経と、焼香だけの、あっさりと清々しい法事なのだ。
 今日は濃いガスがかかり、小雨の降る山里だ。
 不動の山もガスに包まれ見えない。


 我が家の庭の水仙はもう黄色く花を咲かせ始め、隣の桃の木も、残雪の庭に頑張って花を咲かせている。
 
 


4/8
 爺様の一周忌法要の朝。
 オカカが朝から準備万端整えた。我家で法事を済ませ、近くのホテルで会食の予定。
 昔と違い外部に依頼し、事々を進めるので何とかなるが、親戚も、近所も皆高齢化して会食一つでも椅子席を指定して
おかねばならない。日本式の座っての会食は足腰に負担となるからだ…。
 親爺も今日ばかりは窮屈な礼服、もう少ししたら着替えねばならぬ。
 常願寺川の雪が大分解けて、雪解け水で、水量が大きくなっている。


4/7
 明日は爺様の一周忌の法要をするので、座敷の縁側もきれいに片付いて、小雨は降っていたが一寸縁側の戸を開け
てみた。
 ほんの10日余り前までまだ残雪のあった庭なのだが、雪はすっかり融け春めいており、しっとりと春の空気が流れ込ん
できて心地よい。ふと、庭の片隅に目をやると水仙がつぼみを膨らませていた。
 わが庭に、春の第一報が届いた様な気がして益々気持ちが和んだ。
 そうか、爺様は去年、こんな心地よい中で旅立ったのか・・・。
 ”ご機嫌の 笑顔のこして 父逝けり”     


 爺様が最後にお世話になっていた介護ホームでは、あの頃はもうこんな花が咲いていたのだろう。明日一周忌。
 


4/6
 まだ雨になっておらず、時折突風が吹く高曇りの朝。親爺の予報は外れたが、この後天気は崩れてくるだろうから、
当たらずとも遠からずで、莫大な税金を使いながら、ちっとも当たらない予報しかできぬ気象庁よりはマシであると思
っている。
 不動山のもとスキー場あとの斜面に着いた雪がようやく溶け始めた。いつもはもっと大きく雪崩状に落ち、口を開ける
のだが、・・・。
 今年の立山は室堂が約8m、澤筋もそこそこ多いらしいが、稜線はやや少なめと連絡が入っている。


 謙ちゃんの家の桃が遅い花盛り・・・・・雪のなかった昨年は、なんと2月29日にこれだけ咲いていた。一月以上早く・・・。
 


4/5
 今日は半年一回の視野検査。掛かりつけの眼科医で受信するも大きな異常なし。眼圧調整に心がけるのみ。
 白内障もまださほど酷くはなく、手術を受けるレベルではないとのことだが、この年になって禁止が進むことに驚いた。
ほぼ30年間変わらなかった眼鏡の度がぐんと進んだ。これは白内障の所為なのだそうな・・・。矯正視力はほぼ1.0
だから当分大丈夫だろう・・・。
 掛かりつけがもう一つ。肺気腫のある親爺なので、内科の専門医にお世話になっている。こちらも今日は薬を1月分
もらって、血圧、血中酸素濃度のチェックを受けて来た。大きな異常はない。
 眼下には母の妹で、親爺の唯一の叔母も連れて行った。83歳だが元気この上ないが、やはり白内障でサングラス
が手放せぬ。
 それやこれやで朝出かけ、帰ってきたらもう昼だった。大日上空に大きな傘のような雲。
 これは天気が下り坂に向かう印だ。



4/4
 間もなく、爺様の一周忌となる。
 細やかながら、内々で法要を行う予定なので今朝はオカカと二人座敷を片付け、床の間に祭壇を組み上げた。
 仏具も適当に配置し、後は当日、僧侶の持ってきてくれる掛け軸を掛け、仏壇から位牌を祭壇に移動し、花やお供え物
を並べれば良い。
 我が家は天台宗で、僧侶も親戚にあたる。親爺の母方の祖父は僧侶で、その長子、つまり親爺の伯父は神主であった
が、その弟にあたる二番目の伯父は僧侶であった。一家で、僧侶と神主が居るというのもおかしなものだが、これは我が
芦峅寺が立山信仰の根拠地であったことに依る。
 つまり、立山信仰は明治以前は当たり前だった、神仏混淆だからなのである。
 我が亡き爺様もそんな立山信仰の中で育ったので、実にその辺りは大らかで、立山の神様には大きな敬意を持ちつつ
も自らの宗旨に捕らわれるようなことは決してなく、経文も祝詞も全く意に介さず悠々と生きた。
 旧帝国海軍の航空隊員として戦火を潜り抜け、第一次南極観測隊員として南極に赴き、日本山脈縦走隊員として山を走
り、立山山岳ガイドとして幾多の遭難救助に携わり、最晩年は立山ガイド協会長を80歳過ぎまで勤め、齢90を全うした。
 我が父ながら、何と雄々しい人生だったことか・・・。
 しかしご本尊はそんなことは思ってもいなかっただろう。一杯機嫌のニコニコ顔を残し、ただ飄々と旅立っていった。


4/3
 昨日に引き続き今日も快晴だ。
 立山アルペンルートの除雪も順調なようで、室堂周辺の山小屋はもう数日で入山小屋開けである。アルペンルートも例年
より二日早く、15日には全線開通とのこと。いよいよ立山もまたシーズン再開となる。
 剱御前小舎もマー君が15日に小屋開け入山するそうで、今シーズンから真砂沢ロッジの親爺となる心平も手伝いで入山
する事になっている。心平の場合は手伝いと云うより、発電機や、バイオトイレのメンテナンス指導と云う処だろう。
 山小屋稼業完全引退の親爺は気楽なもので、今のところ寂しさはない。
 村はずれにはまだこんなに雪が残っている。降雪量こそ大した事は無かった冬だが、雪解けが遅いような気がする。


 立山にはまだ黄砂は来ていないようだが・・・・・


4/2
 伯父の50日祭が終わった。伯父は日光坊63代目当主の実弟で、岩峅寺に分家をしていたので、本家の墓の近くに新
たな墓を生前に建てており、今日は親戚一同の見送りを受け、そこに鎮まった。晴天で立山連峰が良く見えていた。
 親爺とオカカも50年祭と見送りに連なり、その後の会食を終え今帰宅したばかりだ。
 岩峅寺に分家はしていたが、故郷の芦峅寺に帰りたいと願っていた叔父である。今こそ本家のそばに帰り、懐かしい彼
の人々にも迎えられ、落ち着くべきところに落ち着居たことだろう。
 大日岳が静かに見下ろしている。


 頂き物のカレンダーをめくると4月は零戦だ。 森爺さんがひょっこり訪ねて来て、親爺に今半の牛肉レンコンをくれた。
 


4/1
 新年度の朝は少し肌寒い曇り空だ。
 それでも四月の声を聞くと、親爺ですら何とはなしに気分が華やいで来る。
 昨日、子供のころから剱御前小舎に出入りしていたS君が、スーツ姿も凛々しく我家にあいさつに来た。S君は山岳警
備隊員にあこがれ、富山県警の採用試験に挑み合格、本日より警察学校に入校して1年間の訓練を受ける事になる。
 何とも初々しい18歳のS君。ついこの前まではいたずら小僧で、剱御前小舎では心平や他のスタッフを手こずらせてい
たのだが・・・。
 一年間の訓練の後は、希望通り警備隊員に選抜される事を祈ろう。
 山里の不動山の雪は未だしっかり残っている卯月朔日である。


 山里も隣家の桃の木の花が少し賑やかになり、親爺宅の庭先の筧にも水が流れ始めた。
 
 

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