2018年山里から立山から(春)         新年度で項を改めました。  親爺 拝



4/23
 雷鳥沢上部から室堂乗越と大日岳を望む。


4/21
 昨日は午後には立山もすっきり晴れていた。別山乗越から室堂平、天狗平方向を望む。右上部鍬崎もうっすら見えている。


4/20
 夕暮れの剱岳。一昨日、トモちゃんの撮影。


4/18
 山が山水画の様に見える。今朝の山里。


4/17
 トモちゃんが送ってくれた、雷鳥沢剱御前小舎直下の一枚。
 今は向かって左の小尾根を通り稜線に出るルートが多いが、親爺現役の若い頃は小屋直下のブルーアイス部分を直登する
ルートが最短なので、そこばかり通っていたものだ。


4/16
 2014年春、小屋明けを待つ剱御前小舎ヘ向かう。雷鳥沢最下部から別山乗越を望む。


4/15
 19の春、大学に入り上京した本駒込の下宿先に、高校時代の恩師水野先生からの分厚い封書が届いた。
 その素晴らしい手跡の中の「雨に打たれた桜の花ほど悲しく見えるものは無い」と云う文章が、今でも親爺の心の中に深く残っている。
 親元を離れた山家のワルガキが花のお江戸で、野放しの一人暮らし。先生には元気で大学生生活を始めたと、お知らせしておいたのだが、
この野放しにされたワルガキの身と素行が、可なりご心配だったのだろう。身を慎むことを諭し、励ます暖かい言葉の籠ったお手紙であった・・・。
 今からほぼ半世紀前の話である。
 19の春、ワルガキではあったが多感で瑞々しい感性も持ち合わせていた様で、この一分から受けた印象は何とも表しようがない。
 先生にはずいぶんとお世話になった。かなりのワルガキだった当時の親爺を、事あるごとにまだお若かった先生が導いて下さった。
 親爺の高校時代など、今思い出しても脂汗が出る事ばかりであったのだ・・・。
 で、60半ばを超えた今でもこの時期の、雨に打たれた桜を見るたびに、”雨に打たれた桜ほど悲しく見えるものは無い”という一文が親爺の心を
過ぎる。
 閻魔堂の桜が散り始め、遂には”雨に打たれた桜”になって、親爺の心に19の春が甦る。


4/13
 幽冥界を分けるという姥谷に架かる布橋。その先には我がご先祖様が眠る墓地があり、更にその奥に立山が聳えている。
 布橋の向こうだから、幽界にある桜なのだろうか、如何やら向こうも今は花盛りなのかもしれない。


4/12
 今朝はこんな曇天だった。芦峅寺字大門の布橋脇に咲く桜も間もなく終わる。立山は見えなかった。


4/11
 昨日町場に買い物に出た時の一枚。春ならではのやや霞んだ立山。水田の耕作が始まった。


 剱も岩肌をみせ聳えていた。


4/10
 もう春。立山に黄砂はまだ来ていないようだが・・・。


4/8
 山里の桜も開いたばかりだが、そこへ雪が降り積もった。又雪景色に戻った山里だ。


4/5
 桜満開


桜満開


4/3
 数年前の空撮写真。雄山と剱のそろい踏みだが、今年は偵察飛行に入れないそうだ。


4/2
 立山町、常願寺公園の桜。例年より10日ほど早い見ごろである。


4/1
 今日も大日が温かい春の日差しの向こうに聳えている。

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