2018年山賊庵絵日記(春)    本日より新年度です。項を改めました。・・・2018/04/01 親爺 拝



4/23
 良い天気の月曜日である。
 親爺もオカカも、平日にもたっぷり自由時間があるので、今日は長女と孫を誘って、入善のフラワーロードへドライ
ブし、チューリップの花でも見て来ようと思っている。
 嫌われること覚悟で、早朝の電話で娘の都合を聞く。孫のあせもの薬をもらい、その後は時間があるよとの事で、
昼ころに長女宅で待ち合わせた。
 イベントがあったらしいがそれは昨日で終わっている。打からゆっくり見られるだろう。
 朝不動山を見たら、山桜の花が一斉に咲き誇っていた。


 立山もこんな青空が広がって、八峰のかなたには後立の峰々もくっきり見えている。


4/22
 今日も暖かい日になりそうで、朝からまぶしい陽射しが居間の中まで射し込んでいる。
 快晴の日曜日で、雪の大谷目当ての観光客も多そうだが、中国語や韓国語と言った言葉が飛び交う”雪の廊下”
であるそうな。ここ十年ほどにもなるだろうか、立山にも外国の登山者が急激に増え、最近はこの雪の廊下目当て
の外国の団体さんが急増している様だ。まあ、結構な事である。
 山里も見る見る新緑が輝き始め、まだ五月には一週間以上あるが、例年よりは一週間早く季節が移ろっているよ
うな気がする。
 昨日と同じような写真だが、今朝も良い天気だ。

 剱御前小舎の荷上げも、無事終わったそうだ。芦峅寺HPからの荷揚げだが、ちっとも気付かなかった。
 


4/21
 あたりの木々に若葉が芽吹き、閻魔堂の桜もすっかり葉桜となり、一気に青青として来た山里である。
 何せここに三日は天気が良くて、まだ4月半ばを過ぎたばかりだと云うのに、ポカポカ陽気が続く。親爺とオカカも
居間に続く物干場のサッシを開け、網戸だけにしてそこから居間へ外の暖気を取り込んでいる。
 こうすると、夕刻までストーブが要らない。流石に夕食時間直前から肌寒くなるので、又ストーブを炊くがまだ4月
半ばを過ぎたばかりだと気付けば、当たり前の事なのだ。



 大日も良く見えている土曜日の今朝だ。


4/20
 山里も暖かくなって、居間のストーブを炊かずに日中を過ごすことが多くなって来た。が、夕刻となり戸外の気温
が急激に下がるや、もちろん居間も肌寒くなり、ストーブを炊かねばいられない。
 昼夜の寒暖差もさることながら、日々の寒暖差も大きい。だから体調を崩しがちになるが、親爺は何とか元気で
毎日をずぼらに徹し過ごしている。
 現役時代と比べると、テレビを見る時間がすごく増えている。一日に恐らく4〜5時間は見るだろう。が、集中して
見るという訳ではなく、本を読んだり、PCを弄ったりしながら、何気なく耳から入る音を聞いていることが多く、ちょっ
と気になると目をやるという事で、集中してみる時間はもう少し少ないだろう。
 考えてみると情報があふれている世の中なので、テレビに頼らずとも、PCのネット上で殆どの情報は足りる。が、
災害時などのライブでの中継となるとテレビには及ばない。
 トモちゃんが送ってくれた写真。雄山の稜線が夕日に映えている。御前山からの一枚。


 親爺がこんな孫の写真ばかり載せているものだから、山のお客様Sさんからプレゼントをお送りいただいた。
 下の歯が2本生え、むず痒いらしくなんでも齧る孫は、爺のPCコードがお気に入り。もちろんコードはコンセントか
ら外し、ジジババの見守る中でのいたずらだ。Sさんありがとうございます。
 


4/19
 まだ冬毛の雷鳥の番。ガスの下なら天敵の猛禽類に襲われる危険性がずっと下がる。だから人目に触れる場所
へも出て来、人はあまり恐れない。
 観光客や登山者がおらず、太古の姿に戻った立山で、一冬を過ごし、春となり又人影が見えるようになった山を
そっと伺うかのように佇む。この写真からは這い松の匂いがするようだ。


 日中は風雪で荒れたらしいが、夕刻から天気が戻ったのだろう。夕日に染まる昨日の剱岳だ。


4/18
 山里も雨で、立山も天気は悪そうだ。小屋開けの連中も外仕事は難しいだろう。こんな日は小屋の中の細々した
仕事をしながら、少し休養すればよい。
 親爺は月一の通院日。特に日を決めているわけではないが、30日分貰う薬が無くなる前後に薬もらいを兼ね通
院することにしている。と、言いながら今朝の薬の飲み忘れに気付いて、今飲んで来た。これで30日分を飲み切っ
たことになる。
 我が家に界の親爺部屋からは、大日も良く見えるが、今日は生憎の雨でガスっていて、眼前の不動山にすらガス
が架かっている。


 一昨年まで、剱御前小舎の親爺部屋から真正面に見ていたのがこの景色だ。
 トモちゃんが、「この角度が一番落ち着かれると思って」、撮ってくれた昨日の御前山の一枚。確かに懐かしい。


 この景色も今朝の悪天候で、こうなっている。新雪が来た。今朝、トモちゃん撮影。
 トモちゃん寒いのに有難う。


4/17
 まーくん達小屋開け部隊が昨日無事入山した。連絡をくれたタケチャンによれば大きな被害はなく、小屋の外壁ト
タンが少し捲れた程度だったらしい。トモちゃんも早速写真を送ってくれた。
 こうやって、昔のスタッフだったり、山仲間だったりした連中から、引退親爺にも少しずつ山の便りが届く。
 現役中の我が身には、常に責任がくっついていたので、山の便りと云えど全てが業務の延長線上に有ったのだが
現在の様な気楽なわが身に届く山の便りは、懐かしく心楽しいばかりのものである。人間とは身勝手なものだ。
 今シーズン初めての剱だ。トモちゃん撮影。
 

 小屋もわずかに外壁がめくれているが、直ぐ補修できるだろう。稜線部の雪は少なめだ。


 この日親爺は、お座りできるようになった孫と、一日中遊んでいた。


4/16
 下の写真は4年前、2014年の剱御前小舎小屋開けの時の写真だが、マー君達も今日入山し小屋開けするそ
うだ。昨日久しぶりに、今年も剱御前小舎に入るというトモちゃんから連絡があった。
 山小屋親爺業を引退してもう2年目の親爺は気楽なもので、小屋開けの時期だなぁとは思っても、全てから解放
されている身の上を謳歌しているばかり。
 昨日から泊りがけで来ている孫と朝からコロコロ遊んで居るのが仕事である。
 4年前、親爺はすでに小屋開け第一陣には加われず、下界で報告を聞いているばかりだった。
 心平が支配人、ヒデ釜長、クミチャン辺りが中心メンバーだった頃。雷鳥沢最下部。


4/15
 立山アルペンルートは悪天候で開通イベントが中止になった。いくら頑張って人間側の都合に合わせ様としても
立山の事は、立山の神様のご機嫌次第で、中々都合よくは運ばない。まあ、明日からはその後機嫌も治りそうだ
から・・・・・。
 山里も昨日から風が強く、今朝は雨も降り、風もまだ思い出したように吹き付けている。
 やや肌寒く、あまり外出はしたくない日だが、この後長女が孫と一緒に里帰りし、今夜は泊まって行くそうだから
又孫と遊んで時を過ごそう。これが最近のジジババ無上の楽しみだ。
 我家の庭にも舞い落ちて来た桜の花びらが、雨に打たれている。


 春の雨が降る。


4/14
 明日はアルペンルートが全線開通するそうだが、年々この開通が早まっており、逆に閉鎖は遅れている。
 立山ブランド化等と云う話がいつの間にか出ていて、山をあまりよく知らない親方が、むちゃな旗振りをして煽り
通年営業なども視野に入れたおかしな計画を立てている様だ。
 立山は今更ブランド化などして頂かなくとも、既に十二分な知名度があり、これ以上喧伝して大量の観光客を呼
び込むと、そのキャパシティを超えてしまう事になり、これは自然破壊につながること間違いない。
 富山県はなぜ、立山ブランド化等と云う、イコール立山の観光開発に拘るのだろうか。このエリアは国立公園で
あり手出ししてはいけないサンクチュアリなのではないか。増してや中部山岳国立公園と云う、最も険しい山岳地
帯である。山に精通せぬ人たちの、机上の空論では通用しない厳しさを十分認識して欲しいものだ。どうか現場で
生きる人たちの声に、もっと耳を傾けて頂きたい。
 今朝は秋空の様な雲が浮かんでいた。
 

 ヒメニチニチソウらしいが、親爺は知らない。確かオカカがそんなような名を・・・・・が咲いた。



4/13
 青空も広がり陽も射しているのだが、雲がちで立山もあまりよく見えていない。気温もほどほどで、9:00で10℃
と云った処だ。昨日よりやや気温は下がるのだろう。
 一寸写真を取ろうと、又愛用の軽ジープでウロウロして来たが、やや例年より雪解けが早いといった感じで、アチ
コチ桜が目に付いた。
 例年は小鳥の被害やら天候の不順で、それこそ細々とまばらな花を咲かせるだけの桜が、3月半ばから続いた
温かい晴天の所為か、今年は結構勢いよく咲いている。
我家の墓の脇に一本桜の木があるのだが、手入れが悪く咲かない。八重桜だから咲く時期も遅いのだが、花芽も
無い様だ。もう枯れたのだろうか・・・。
 立山大橋から大日が辛うじて見えていた。


4/12
 朝村はずれに写真を採りに出かけたら、布橋の上に髪の毛の黄色い外国の夫人が立って、何やらその周りには
カメラを回している人たちが見える。どこかの外国のテレビかなと思ったが、折角の静かな情景の中で何やらリポー
トしている様なので、停車してじろじろ見つめているのも悪いと思って、アクセルを踏みさっさと通り過ぎた。
 その後、オカカと二人街まで買い物に出かけ、白エビを買い込んで帰り、かき揚げにすることにしたので、山里に
帰着してもう一度村はずれに回り、蕗の薹を摘んだ(オカカがである)。今日は蕗の薹の天麩羅も作るそうだ。
 で、家に向かい布橋の脇を通り過ぎ、閻魔堂から続く妙念坂に差し掛かると、件の外人女性と思しき方がそこを降
りてくるのに出くわした。撮影スタッフは見えなかったが、まだ取材でもしているのだろうか。
 今夜の我が家の夕餉は、白エビのかき揚げと蕗の薹の天麩羅、ウドのきんぴら、鰯の梅煮の予定である。春の山
海の恵みを頂くのだ。
 山里のまんだら遊園駐車場わきの桜が散り始め、その後ろに不動山の円城寺壁が見えていた。


 青空の下、花を散らす桜。その桜の木の下の萱原で、オカカが蕗の薹を摘む。
 


4/11
 曇天で穏やかな朝だが、昨夜半はかなり強い風が吹いていたし、今も思い出したように木立の枝が揺れている。
 昨日心平が電話をかけてきて、真砂沢ロッジのHPの更新が上手くできないとの事で、今日はこの後心平宅へ出
かけて、手伝いの予定だ。
 ホームページビルダーが悪いから、新しいバージョンを購入しようかと云っていたが、それは使い方がわかって
いないだけだから、教えてやると言った手前、出張家庭教師となった訳だ。
 まあ、まだ少しでも手伝いができる事がある中は、親爺も元気で、頭もさほど狂ってはいないという証拠だろう。
 閻魔堂の桜が花盛りである。


4/10
 天気が回復し今朝は朝から快晴だ。
 7:00頃起きだし、ベッドの横で着替えていると、オカカが孫を連れて来た。爺様の3回忌に来て2日間の里帰り
をしていた長女は当然孫同伴で、今朝は早起きしたらしい孫はもうご機嫌である。すぐ着替えた親爺が抱っこして
大きなベッドに入れてやると、大喜びで、泳ぐような這う様なしぐさでじたばた遊び始める。親爺も洗顔もせずひと
遊びした。
 で、親爺も身づくろいを終え、孫をコンビラックに座らせ、横においての朝食。イヤイヤ今朝は朝から孫一色だっ
た。が、10:30にはその孫も帰宅。ちょっと寂しく見送って、普段に戻った親爺とオカカである。
 鍬崎が今日はすっきり見えている。


 もうジジババにべったりの孫である。いやいや、孫にべったりのジジババか・・・。


 大日も良く見える。                        閻魔堂石段わきの桜も息を吹き返した。
 



4/9
 昨日三回忌法要をした爺様の、今日は祥月命日だ。90歳の天寿を全うした爺様の旅立ちからもう丸二年の時
が流れた。
 今日はオカカと二人化後の子守で、何所にも出ず過ごした。
 新米ママは一寸息抜きで、半日ほど外出したので、何もせずただ孫と半日を過ごした。
 で、今になってこのページの更新をしている親爺だが、眠ったはずの孫がまた興奮気味で寝付かず起きてきて
今隣で「いないいないばぁ」のビデオを見ている。
 夜まで一緒に孫とゆっくり過ごした今日だった。
 雪が解けて、また花を咲かせ始めた閻魔堂の桜。


 不動の山も雪が殆どなくなった。

 


4/8
 目を覚ますと雪だった。不動の山が新雪で白くなっていた。
 今日は爺様の3回忌法要を行うが、村内の叔母と、親爺の妹夫婦、富山の叔父だけで、本当に内々の法要
にする事とした。
 3月半ば過ぎから暖かい日が続き、例年より10日〜7日も早く桜が咲いて、我が山里でも早々と桜が咲き始
めた矢先の雪だ。
 室堂周辺の小屋の連中も入山したばかりで、きっと吹雪かれている事だろう。
 山里の今朝は寒かった。


 今朝の雪景色と、昨日の桜と桃の咲き比べの写真を並べてみた。自然は気まぐれである。
 


4/7
 膚寒い朝だ。薄暗い曇天で雨も降っている。
 昨日小屋明けで入った、室堂周辺の連中はどうしているだろうか。下が雨なら上は雪だろう。折角待ちわびた
春が山里に訪れたのに、又雪に覆われた立山に生活の場を移すのだから、ご苦労なことだ。
 もう小屋開けも過去のものになった親爺は、何もせず春を楽しんでいるだけの我が身の上が何となく後ろめた
い気がするが、まあこれが普通の生活なのだろう。
 不動山の奥の白い峰を探すが、今朝は何も見えない。


 閻魔堂の桜がまばらながら花開き、隣の桃も花開き、桃の花と桜の花が同時期に見られる。
 


4/6
 閻魔堂の石段の桜が早くも開花している。
 何時もウソなどの小鳥に、花芽をついばまれ貧弱な花を散発的に咲かせるばかりの桜だが、例年にない早い
開花に小鳥たちも花芽をついばみ切れなかったのだろうか。
 富山平野ではもう桜は散り始めていて、400m標高の高い我が山里でもそれに倣う様に早い開花となったのだ
ろうが、今日はフェーン気味で風が強くなってきている。
 立山の雪も、室堂辺りで去年より2mほど少ないらしい。室堂ライブカメラで見た今朝の山も、雄山の稜線部が
黒々していた。
 室堂周辺の山小屋(旅館?)は、今日明日にも入山の予定らしい。
 まだ三分咲き程だろうが、山里でも桜が花開いた。


 庭の隅っこのミニ水仙は可憐な高山植物のように花を咲かせている。手水鉢脇のワサビもいよいよ元気づいた。
 


4/5
 今朝、川向うのスキー場の雪を見ようと窓外に目をやると、ガスで何も見えなかったが隣家の桃の木が目に入
った。これは早月小屋の謙ちゃんの家の木なのだが、彼ら一家がここに移り住む前からあった老木で、もうずい
ぶん雪にいじめられ、枝が折れたりしてしまっているが、それでも頑張って新しい枝が天に向かって伸びており、
ここしばらく続いた温かさで、息を吹き返したかのように新しい枝にまで花を精一杯咲かせている。
 下界では桜が満開を過ぎ、そろそろ散りかけているが、我が家山里は水仙の花や桃の花が盛りで、桜は未だ
つぼみを持ったばかりだ。
 400m近い標高差は、僅かだが季節を少し遅れさせる。


 今朝はガスがかかり、大日もそのガスの向こうに姿を隠している。


4/4
 立山がほぼ毎日見える天気が続いているが、4月のこの時期にはもう立山の親爺たちは、小屋開けモードにな
っている。かくいう親爺も一昨年までは未だ現役だったので、スタッフとの打ち合わせや、一足早く室堂まで除雪
に入っている建設会社の除雪部隊などから、山の雪の情報などを聞き集めたものだ。
 そして、もうこの時期には、ヘリ会社にお願いし、約1時間ほどかけ立山上空を飛んでもらい、各山小屋の状況
や、ルート上の雪の状態など、かなりつぶさに偵察をしたのだ。が、情けない話で、若いときはさほどでもなかった
のだが、ちょっと長い間ヘリに乗っていると、ヘリコプター酔いする様になってしまい、引退する2〜3年前からは
当時、剱御前小舎の支配人だった心平にこれを任せてしまった。
 入山前に、その年々の山小屋の状態や、登山ルートの確認をしておくことは実に心強くかったものだ。が、今年
はヘリ会社の都合がつかず、偵察は出来なかったとのこと、まあ、それでも別段何ということも無いだろうが。
 数年前の偵察。


 常願寺公園の椿の向こうに桜が咲いていた。   我が家の庭の手水鉢脇に植えたワサビが10cm程に育った。
 


4/3
 暖かくて良い天気がずいぶん長い間続く。
 立山の雪は、室堂では7m程だと、立山カルデラ博物館のアルバイトで室堂に入っていた心平から情報が入った。
 かなり少なめだ。いつもは隠れている室堂山荘も屋根部分が出ている。もう室堂のライブカメラで映像が確認で
きるのだ。警備隊の詰め所もいつになく建物の露出部分が多いような気がする。
 小屋明けで室堂より奥に入る山小屋は、大体3月の降雪量でそのシーズンの雪の多い少ないが決まる。特に剱
御前小舎辺りから剱沢、真砂沢辺りまではそんな感じだ。
 だから剱沢辺りでは例年並みかやや少なめの雪だろうと思う。まあ親爺予報も親爺の頭と一緒で大分怪しいので
当てにはならないだろうが。
 4月に入って水仙が咲いたと喜んでいる山里だ。


 隣の桃の老木も力を振り絞り花を咲かせた。庭の手水鉢に水が流れ、そのわきに植えられているわさびが生き生
きとして来た。
 

 我が初孫もパパに抱かれ富山市内の松川べりの桜を見に行った様だ。人生初のお花見だ。花に触りたいのだが
パパが触らせてくれない、でも触れそうだから何度も無心に手を伸ばす。


4/2
 桜便りがずいぶん早く、富山でももう満開との事で、ミーハーな親爺とオカカは立山町の常願寺公園の桜並木
を見に出かけた。もちろん、車のタイヤの履き替え(スノーからノーマルに)や、買い物のついでではあるが、1年
ぶりに目にする桜をゆったりと眺めてきた。
 で、とにかく今年も無事”花の頃”を楽しんだ気分になり、帰宅したら、学習院山岳部OBのHさんが丁度お立ち
寄りくださった処で、久々にご尊顔を拝した。お急ぎの様で、立ち話でお帰りになられたが、「初孫の爺馬鹿」ぶり
を見に来たそうで、今日も今日とて午後から長女が孫を連れてくる予定になっており、そのため紙おむつを買い
込んで手にぶら下げて帰宅した姿を確りみられてしまった。
 長閑な温かい日である。常願寺公園の桜は8〜9分咲きだった。


 眼もすっかり良くなり、またプラモを再開しようと、タミヤから発売されたばかりの飛燕1/72を買った。
 新金型による新しいモデルだ。期待できる。
 


4/1
 年度が改まった。流石4月で実に暖かい朝である。
 今日は昨年末他界した、ヒコ叔父の連れ合い、親爺には義理の叔母の納骨で、芦峅寺村はずれのヒコ叔父の
墓にこれから参拝する。
 新しい墓なのでヒコ叔父家にとっては初めての納骨となる。49日はとっくに終わっているが、雪で埋まり今まで
日延べしていたのだが、奇しくも今日はその叔母の誕生日だそうだ。因みにその墓は、昨年春に母の実兄である
伯父が鎮まった墓のすぐ裏にある。
 血の繋がりの有無はともかく、我が縁に繋がる人たちが、それこそ櫛の歯がこぼれる様に旅立つ。
 不動山の雪もほぼ融けた。


 立山ガイド協会の面々が、イムジャツエを目指した時、当時立山ガイド協会長だった父への土産にと買ってきて
くれたアマダブラムの油絵は、父亡きあとも我が家の二階階段脇の壁に架かって、朝晩親爺の目を楽しませてく
れている。

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