2019山賊庵絵日記(秋)             本日より秋山の幕開けです。で、項を改めました。・・・9/1



11/21
 良い天気で昨日よりは暖かくなりそうだ。
 朝見上げた大日はかなり白くなっていた。雪も少し下まで,1900m位まではおりてきているようだ。
 今日はオカカと二人、富山市内の映画館へ行く予定。特段見たい映画があるわけでもないが、ターミネーターの最新作が
面白そうだから、それを見てこようと思っている。
 上映開始が13:00だから、その前にどこかで食事をして、映画館に入ればいい。が、親爺最近は昼食後小一時間ほど昼寝
をするのが癖になっていて、まさか寝てしまうことも無かろうが、ちょっと心配・・・。
 オカカのプリウスが車検に出ているので、親爺の軽4WDで出かけるつもりだ。
 山は冬枯れの色に変わり、彼方の大日はすっかり雪をかぶった。
 


11/20
 いよいよ寒くなってきた。居間のストーブ、床暖を入れて2時間、まだ室温が20度にならない。20℃どころか15℃だ。
 初雪が来るか、雪に覆われねば雪国育ちの親爺には冬という実感はない。唯晩秋と云う感じである。
 が、年々身体は温度変化に弱くなってきており、暑いとばてるし寒いと動きが鈍くなる。年齢のせいだろう。
 さっき窓の外を見たら、近所の銀杏が殆ど葉を落とし、閻魔堂階段脇も紅葉も真っ赤になっていた。あとは雪だけで冬だ。
 さてさてタイヤでも履き替えて、冬支度とするか・・・。寒々とした風景だ。


11/19
 いよいよ今日から寒くなるとの事だったが今朝はまだ寒くは感じない。何でもこれからどんどん寒くなるのだそうだ。
 山里も雨で、立山も全く見えていない。山頂では雪が舞っている事だろう。
 こんな薄暗い朝は気がめいりそうになるが、なに、本でも読みながら一日過ごそうと腹をくくると、却って気楽で楽しくなって
くる。親爺の場合、殆どゴロゴロと過ごしているので、こんな風な気持ちの切り替えなども要らぬのだが・・・。
 ガスで視界は利かず、雨も降っている山里だ。


 0.5歳(6ヵ月)のバースデーは東京の孫。    保育園児(未満児)になった黒部の孫。二人は大事な爺の宝である。
 

 この二人を連れて、立山を散策するのがジジの夢なのだが・・・。


11/18
 三日ほど、旅の話ばかりだったが、神戸南京町からは、交通量の多い都市部が高速道路でも混みあい渋滞するので大阪
京都を避けて、若狭道へ向かい、北陸道に出て帰宅した。
 昨日今日になって、漸く旅の疲れ?もぬけ切り、日常へ戻った。
 今朝は少し風でざわついているが、やたら暖かい。
 昨日は日曜日ながら、立山町内のU医院ではインフルエンザの予防接種を、9:00〜10:00の一時間だけ、摂取してくれ
ると云うので、オカカと二人行って来た。わざわざ日曜を狙うことも無い身の上だが、インフルの予防接種に特化しての診療
だから、極めて効率よく行われ、待合室もごった返すくらいの盛況だった。問診表に記載し、5分、最後に先生の問診で、チク
リッと来て終わりである。恥ずかしながら生れてはじめてのインフル予防接種であった。

 これで多分今冬は風邪をひくまい!?
 大日山頂部の雪が少し溶けた。


 旅行からの帰路、富山に入って虹が出迎えてくれた。                     近所の銀杏は今日あたりで葉を落とすだろう。
 


11/17
 高知で朝を迎えた日は、徳島の祖谷峡を見て、神戸まで行く予定だった。
 ”祖谷のかずら橋”で名高い祖谷峡は今や立派な観光地。細くカーブだらけの道ながら、観光バスも行けるように整備され
ていて、とても秘境と云う感じはなかった。
 大きな土産物屋の駐車場に車を停め、早速かずら橋を見に向かった。何とも商魂たくましく、土産物屋の内部を通らぬと
かずら橋へ行けない。まあどこの観光地も似たようなものだが、何となく不愉快になる。しかも台湾からの団体に巻き込まれ、
かずら橋を渡り切るまで、同行してしまった・・・・・。うるさくて、でもこのグループの中に入ると何となく楽しくなって来た。
 一寸話しかけるも、日本語も、英語もあまりできない様で、会話は成立しないが、ワイワイガヤガヤの陽気な雰囲気が親爺
もオカカも飲み込んでしまい、何となく一緒に橋を渡った仲間?みたくなって、面白かった。


 かずら橋と云ってももちろん確り整備され、よく見るとかずらの色に染めたスチールワイヤーが基部に用いられている。
 でもこんな橋を渡る事は一般人には先ず無いだろう。生憎とこれ以上のつり橋を、日本の奥山や、ネパール奥地などで
経験している親爺には普通の橋なのだが、冷静なオカカにしても揺れや、足下の隙間は気味悪かった様だ。
 台湾の皆さんはけたたましく、橋の真ん中で立ち往生。凄まじい渋滞となっていた・・・。
 

 紅葉真っ盛り祖谷峡は賑やかだった。


 祖谷峡を離れ、親爺とオカカは神戸南京町に至る。ここがこの旅行最後の泊地、早速南京町の
豚饅頭の名店、「老祥記」の行列に並ぶ。
 



11/16
 四国では土佐の高知が今回の目的地。親爺は何度か行っていたが、オカカには足を踏み入れたことのない地だったので、
「お〜い龍馬」(原作:武田鉄矢、作画:小山ゆう)と云う漫画の大ファンでもある事だし、是非にも訪れたい地だったのだ。
 移動も短いきょうの行程だし、道路も整備されているので、昼ころには桂浜に到着。
 先ずは龍馬像に挨拶だ。土佐の高知の第一人者は、山内一豊でも長曾我部元親でもなくもちろん山内容堂などではない。
 才谷屋のドラ息子事、龍馬なのだ・・・と、漫画であのややこしい時代を把握した、親爺もオカカもそう思っている。
 まあこれでよい事にしておこう。息を切らしながら龍馬像まで石段を登り、桂浜を散策し、酷く不味いうどんを喰ってっ桂浜
を離れた。(土産物屋の二階レストランで食った冷やしうどん、昭和のやる気のないドライブイン以下の味だった・・・。)


 予約していた宿が、いわゆる公共の宿で、高知城前の一等地で、駐車場もしっかり利用できるのだが、チェックインが16:
00とやや遅めで、15:00頃に着いてしまったので荷物を預けお城見学と相成った。
 城と云うのは石段がつきもので、その城を見学するには最低、天守の建つ最上段迄登らねばならない。が、これは親爺に
は堪える・・・。何時ものようにオカカに叱咤激励されながらの見学であった。
 オカカはまだ元気だが、親爺はへたり込んでばかりだった・・・・・。
 

  が、高知城を後にし向かった「ひろめ市場」で親爺は生気を取り戻す。まめかんてんや白玉善哉の美味かったこと。
  


11/15
 一週間ぶりの更新だ。
 親爺とオカカは旅に出ていたのだ。結構この時期になるとどこかにウロツクことが多いのは、山小屋時代の名残かもしれ
ない。
 立山を仕舞い、打ち上げやら、事務整理やらの目鼻を付け、ホッとして旅に出るのが今頃だから。
 で、今回はかつて2度参拝に出かけながら、社が工事中で、仮社の参拝しかできなかった出雲大社にお参りしようと言う
大きな目的もあった。
 が、何と、陰暦の神在月である出雲大社で、11月11日は特に縁結びに霊験あらたかな日だとか、嘘か誠かは知らぬが
異常な混雑で、車での移動故先ず駐車場にすら入れず、異国の言語が飛び交う人混みには近寄り難い・・・。
 で、潔く諦め、渋滞する車中から本殿方向に向け参拝、当日の泊地、尾道に向かった。
 松江〜尾道には自動車専用道が開通しており、ほぼ無料で快適な速度で移動できた。が、この町も車で移動し観光する
のは極めて不適切。道が狭く急な坂道にカーブだらけ。で、ここも早々に宿に入ることにした。
 尾道の竹村家と云うお宿は、築100年を超えている老舗で、映画「東京物語」の撮影では、原節子や香川京子と云う往年
の大女優たちが滞在した宿としても有名だ。で、ミーハーな親爺とオカカにはこの宿に泊まる事も大きな目的だった。
 いやいや、素晴らしい宿である。そのロケーションも、時間だけが与えうる風格も、圧倒されつつもゆったりと抱き込まれ一
夜を過ごした。素晴らしかった。
 という次第で、まだ旅は続くのだが、今日はここまでの報告で。
 帰宅し迎えた朝の大日は白く雪衣を纏い、不動山も紅葉が終わっていた。


 たまたま開いていた駐車場は割後そばの名店。10分ほど並んでそばにありついたが、店を出た時はもう長蛇の列ができていた。
 這う這うの体で、人混みの出雲大社から退散、尾道に向かい、老舗旅館竹村家に投宿。
 

 建物は大正4年に建てられた文化財指定を受けている。時間だけが作り得た風格は、至る所に漂う。親爺などその風格に大いに圧倒
されつつも、知らぬ間にゆったりと暖かくこの宿に抱かれている気分になり、すっかりくつろいだ・・・・・。
 


11/8
 今日は立冬。朝から気温があまり上がらない。
 隣家の銀杏の木が一晩で色付いた。例年よりかなり遅いような気がする。
 この木の葉が暫くの間キラキラと黄金色に輝き、やがて地面に散り落ち気が裸になると、あの嫌な雪がやって来る。


11/7
 今朝も良い天気で、大日も良く見えているが、やや雲がちで陽射しは眩しくない。
 それでも温かく、風がやや吹いている。気温だけを言うと小春日和だが、風がこれについている。でも強い風ではなくて
そよ風くらいだろうか・・・いずれにしろ穏やかな日だ。


 親爺とオカカにとってはもう一人の孫である、ヨータロー。
 最近は小学生で、我が家を訪れる事もめっきり減ったが、来れば小さい時から出入りしているのですぐ慣れる。
 そのヨータローが村の文化祭に、軍艦三笠のペーパークラフトを出した。小1の作品だ。


 叔母が作った里芋を、従兄弟が掘り、洗い、奇麗にしたものを貰った。オカカが早速塩ゆで、
衣被に仕上げた。甘く美味い。


11/6
 やや雲がちながら青空が広がる朝だ。窓から見える不動山が紅葉の真っ盛りだ。
 今称名が紅葉の盛りだと新聞に奇麗な写真が載ったからか、沢山の車が称名を目指し上っていく。平日でも結構な車が
行くのだが、これは曜日拘束を卒業した我が身同様の方々が多いのだろう。結構な急こう配の道が続くので、精々気を付
けて安全運転で楽しんで下さい・・・。
 今山里も紅葉が盛りを迎えている。雪をかぶった立山が、見えた今朝である。


 居間の窓から見える不動山もきれいな紅葉だ。 


11/5
 恥ずかしながら昨日は誕生日で、親爺も67歳になった。
 別に何も変わらず、66歳が67歳になっただけの話だが、オカカと3人の娘たちはアマゾンクーポンをたっぷりとプレゼント
してくれたし、可愛い二人の孫からはそれぞれの親がかりで、自らの笑顔を写したバースデーカードが送られてきた。
 いやいや、良き日であった。誕生日は良いものだ。
 が、この年になると当然、誕生日は冥土の旅の一里塚であることを意識し、来るべき日に近づいているという覚悟を新たに
すべきでもある。平均年齢がいくら伸びたところで、我が未来は過去よりはるかに短いのだ。
 まあ、実はそんなことも殆ど考えず、日々をだらだらと過ごしているのだが、その何気ない日々が一番尊いのだろう。
 今日は立山も良く見える快晴。陽射しが温かい秋の日だ。


 お寿司屋さんで順番待ち。もう大概のものは食べられる。   タオルで遊んでいたらいつの間にかぐるぐる巻きに・・・。
 この二人の孫が現在の爺の大事な宝物である。昔から言われる通り、孫の可愛さとは何とも格別なものだと思い知った。
 


11/4
 孫が帰って、寂しい朝だ。昨日は親爺より早く起きだして、ババの電話でたたき起こされたジジだった。
 夕方まで、ジジババと遊び、機嫌良く帰って行った孫。喋りっぱなしだが、大半は意味不明・・・。それでも覚えたての言葉
を片言の発音で並べ、何かを表現しているらしいことは良く分かる。そしてそれがまた可愛いのだ。
 今朝はのんびりしているが、静かすぎて一寸淋しいし、不動山にもガスが掛かっているような天気で、肌寒い。昨日までは
立山や称名へ向かう車の流れが凄く、うかうか外出もできなかったが、流石に曇天の連休最終日ともなれば静かなものだ。
 イヤイヤ連休の多い今年だった。
 ガスに覆われた錦秋の衣を着た不動山。


 剱の雪もほとんど解け切って、昨日の晴天で無くなっているだろう。 11月のカレンダーは、五式戦である。
 


11/3
 昨日は24時間心電図の取り外しと、その結果を聞き、その他診察も受けるため病院に行った。土曜日だがほぼ通常の一
日勤務で開業している医院は大変だ。
 結果大きな所見は無く、午後に家に帰ったら、孫がお泊りに来ていた。保育園に通い始め、ママも職業婦人に逆戻りしたた
め今迄の様に頻繁には来れぬが、月に二度くらいは顔が見たいと長女に行っている親爺だ。
 言葉は半分ほどしか分からぬが、四六時中しゃべっていて、仏間のご先祖様の写真がお気に入りで、写真を見ながら話し
ている。一人遊びの延長だろうが楽しそうで、可笑しい。特に爺様の写真はニコニコ笑っているからか、お気に入りの様だ。
 「何か見えるのかね。」とママが言う。「何が見えてもあの部屋で見えるものは守護神たちだよ。」と親爺・・・。
 とにかくこの小さいのが一人いると、随分暖かく、明るい家になり、そして帰宅するころジジババは疲れ切っている・・・。


 黍餅をついた。8合のもち米に300g程の黍を載せ餅についた。


 餅つき機だから、あっという間に餅になる。一晩米と、黍を水に漬け込んでおくだけで、後は蒸しから搗きまで機械で。
 


11/1
 いよいよ11月、山里の付近の山々も良い色に染まってきて、今度秋晴れの青空が広がると奇麗な事だろう。
 今日は晴れてはいるが雲がちで、立山も見えてはいないが、山頂カメラを見ると青空が広がって、剱までよく見えている。
 親爺は今日は24時間心電図の装着に、掛かりつけの医院まで行って来たが、後は例によって自由時間。
 先だってオカカと小旅行の時、長野で買って来た黍で、黍餅を搗こうと頑張っている・・・と云っても餅つき機に浸しておいた
糯米と黍をセットすれば後は待っているばかりだ。
 以前、爺様が元気なころ、爺様の友人のマタゾーさんに、粟餅を頂いたことがあって、それがとても美味しかった。で、爺様
曰く、粟餅も美味いが、黍餅も美味いもんだぞ〜。
 それが親爺の耳に残っていて、食い意地が人一倍の親爺はオカカが道の駅で黍を見つけた時、もう黍餅を搗こうと決めて
いたのだ。
 8年ほど前の今日、ブナ坂付近で。


 今朝の不動山。随分色が濃くなって来た。


10/31
 今朝は快晴、不動の山の秋色もきれいだ。
 陽射しがずいぶん低くなって、我家の居間には、南東向きの物干場出入り口から眩しい朝日が射し込むようになった。
 朝の気温は12、3度なので、ストーブを炊いているが、この低い日差しが射し込むと室温も上がるような気がする。
 今朝も我が家の庭にはイノシシの跡。被害など何もなく、僅かに家の周りの地面をほじくり返されているだけだが、野生
の獣が徘徊する家の庭など物騒なものだ。考えて見ると、猟銃を所持していたとしてもこんな村中で発砲する事も出来ぬ
し、罠をかけることも不可能だ。
 昨日オカカが、イノシシの嫌うという唐辛子のみじん切りを撒いたところは、確かに避けて通っているようなので、今朝は
親爺の大量に買い込んでいる、カイエンヌペッパーをまき散らして来たそうだ。
 朝の一時、眩しい陽光が射し込む我が家の居間だ。


 イノシシも立派な害獣だが、このヘコキムシ(クサギカメムシ)も招かれざる客。どんな隙間からも侵入する。


10/30
 今朝はオカカが庭にイノシシの足跡を見つけた。まあ、猿や、カモシカが現れ、親爺が玩具のエアガンなどで脅して追
い出した事は今までもあったが、イノシシは初めてである。
 親爺は学校を卒業し富山に戻った年に猟銃を所持し、約40年間銃猟をしていた。だから狩猟動物の事ははなり詳し
いと自負している。そして、爺様(父)もその仲間たちも我が山里を代表する猟師だったから、その武勇伝を聞きながら
育ったし、叔父やその仲間たち等、優秀な猟師が身の回りに沢山いて、そんな大先輩たちから厳しい指導を受けて猟に
勤しんだ。
 が、残念なことに、名ガイドにして名猟師だったという祖父や、80歳にして100kg超の熊を仕留め周りを驚かせた爺様
の様に、周りから称賛される様な優秀な猟師には程遠い、いわゆるヘッポコ猟師にしかなれなかった親爺で、今はとっく
に猟も止め、銃も全て返納している親爺である。
 まあ、話が長くなったが、我が山里に嘗ては30人以上もいた猟師が、今や心平と他二人になって、ほぼ絶滅状態なの
だが、その分、もともと狩猟獣ではなく天然記念物として保護されていた、カモシカやニホンザルが頗る増え、狩猟獣だっ
た熊も増え、最近の温暖化により十数年前から姿を見せる様になったイノシシも、我が家の庭にまで出て来る様になった
という訳である。
 で、イノシシと云う新顔が一番いけない。捕って食うには一番うまいが、そこいらを掘り起こし、作物などもめちゃくちゃに
してしまい、更にはトンコレラまで媒介する。
 我が家の庭には作物がなく、大半は砂利とコンクリートで覆ってあるので、掘り起こしも殆どないが、隣の謙ちゃんの家
は随分庭を掘り起こされた。で、その対策だが、イノシシについての知識が殆どない元ヘッポコ猟師よりもオカカがネットで
調べた、「カプサイシンや、ハーブの匂いを嫌う」という情報を頼りに、使いきれぬほど大量に収穫した鷹の爪を細かく切り
庭の周りにまいてみた。
 さて、その効果は?色付いた不動の山が見下ろしている。


 隣の桃の老木の寝方が掘られている。足跡を見ると子連れのイノシシの様だ。
 

 唐辛子を刻んで撒いてみたが、効果のほどは良く分からない。
 


10/29
 さっき車の保険が満期になったので、オンラインで更新をした。
 Sony損保の自動車保険で、元銀行員で我が家に出入りしていたKさんが、独立し、代理店を開いたので我が家では
2台の車と、末娘が乗り始めた車を全部この保険に入れた。
 Kさんは若いが、とても生真面目な方で、色々お世話をしてくれる。保険も満期時期になるとわざわざこの山里まで来
てくれて、親爺のPCから更新をしてくれていたのだが、一寸やってみると非常に簡単にできるので、自分でやっておいた。
 この損保、実は親爺一回、オカカ一回で、計二回、お世話になっている。幸い自損事故で、ドアを2枚傷つけた親爺と
同じく自損事故で、ドアをやったオカカであるが、電話連絡一本で頗る丁寧に処理してくれた。また、娘が任地アパートの
駐車場で、ルームライトの消し忘れでバッテリー上がりをやってしまった時も、電話で提携業者を派遣し、無料で対応して
くれた・・・と、兎に角迅速丁寧な対応をしてくれる保険なので、助かっている。そこへもってきて気軽に自宅PCから更新
手続きも出来るのだから、便利な世の中になったものだ。
 昔の損保会社の煩雑な手続きやら、遅い対応を知っている世代だからそれが分かるのかも知れないが、この便利さ
手軽さが当たり前の世の中に、少々の戸惑いを覚えるのは、親爺の年齢のせいなのだろうか。
 今朝は曇天の山里だ。


 昨日は平野部からも山が良く見えた。


 孫が大好きなトーマスの仲間?こんな玩具についつい手が出る。これはメルカリで。


10/28
 不動の山もガスに隠れていた昨日だが、今日は素晴らしい秋晴れの朝だ。明け方は少し冷え込んだが、立山も雪が
室堂、天狗と降りて来たようだ。
 不動の山も少し色付いてきて。山里の秋も深まり、親爺のフリース生活も定着した。これで来春4月まではフリースで
過ごす親爺である。勿論真冬はその下にインナーダウン・・・?
 今日は今からオカカと買い物。わずか三日明けただけだが、冷蔵庫は随分隙間だらけになっている。食品を買いだし
てくれば今日の仕事はほぼ終わり。ジジババの気楽な日々である。


 まだ稼働している山頂局カメラの写真を拝借。揺るぎも新雪を纏っている。 我が家の庭もオカカがすっかり冬支度。
  
 


10/27
 昨夜は流石に慣れた夜具の有難さが身に染みた。で、当然朝までぐっすり寝込んだ。が、今日は曇天、ガスが掛かって
不動の山も見えない。
 まあ、今回は高が2泊三日の旅だったので、旅の疲れも殆どないが、災害のあとの生々しい千曲川や、富士川に沿って
走るコースを通ったものだから、その被害の大きさに驚き、被災された皆様のお気持ちを思うと、暗い気持ちになりがちで
あった。
 そんなちょっと重い旅だったが、山里に帰り着けば直ぐ日常に戻ってしまう親爺とオカカである。
 山里は曇天、ガスが流れている。
 

 雨も又降りだしそうだが、静かな日曜日の朝だ。


 日蓮宗本山身延山久遠寺を参拝し、甲府に一泊した一昨日、旅の二日目である。花籠膳と云う軽めの夕食が良かった。
 

 甲府から長野に戻り、白馬を経て帰宅した。孫のあだ名と同じお菓子を見つけ思わず購入・・・。


10/26
 一昨日は軽井沢の万平ホテルに投宿した。クラシックホテル独特の重厚感があって、親爺もオカカも初めてのホテルだ。
 到着した頃はもう雨だったが、3時過ぎのチェックインだったので、ゆっくり喫茶室でコーヒーを頂いた。窓外の木々はもう
すっかり色付き標高1000mの高原は、頗る風情が有った。
 こんな落ち着いた気分でコーヒーを飲むのは実に久しぶりだ。喫茶室の雰囲気も良いのだ。
 コーヒーを運んできたウエイトレスのお嬢さんが、「この席は、ジョンレノンとオノヨーコが何時も好んで座っていた席です。」
と教えてくれた。コーヒーの香りがひときわ高くなった。


 実にゆったりとコーヒーを頂いた。コーヒーも美味いのだが、このホテルを囲む周りの木々が良い。
  


10/24
 生憎の曇天だが、今日はオカカと二人一寸小旅行に出る。高岡のオカカの実家は日蓮宗で、義父も檀家寺の世話をよ
くした人だった様だ。その義父のちょうど一周忌を過ぎたところで、オカカと二人日蓮宗本山身延山の久遠寺をお参りして
くるかとなった訳だ。我が屋は天台宗で、本山が比叡山延暦寺なので、父の時、母の時もお参りに行った。
 親爺もオカカも特別信心深い訳ではないが、こんな時にはちょっと自家の宗旨などという事も気にかけ、各々の本山へ
参拝に行き、一つのけじめを頂いてくると言ったつもりだ。まあ、往路は軽井沢の万平ホテルで泊まり、帰りも甲府でゆっく
り泊まってくるつもりなので、古の日本人の観光旅行のルーツ、「〇〇詣で」に準じた旅と云うべきか・・・?
 立山の布橋のひざ元を発って、今日は信州長野に向かい、明日は山梨へ越え、身延山を詣でる。


 剱の殿軍、真砂沢ロッジから心平が下山し、人跡も絶えた、冬間近の剱岳。


10/23
 昨日立山には初雪が降り、富山平野からもそれが見えたとの事で初冠雪となった。
 令和天皇の即位礼正殿の儀の日の初冠雪、何やら有難くなってくる。
 親爺は今朝快晴の山里で、朝日がまぶしく、やや逆光となるのは分かっていたが、恐らくすぐに解ける初雪を何とかカメ
ラに収めたいと外出した。が、残念ながらすっきり白い峰は撮れず、よく見て雪だなと判断できる程度の写真になってしま
った。で、それがこれ。


 雄山から富士の折立への稜線。これなら雪が付いているのが分かる。



10/22
 令和天皇の即位礼正殿の儀の日である。
 が、親爺がこれに気付いたのは昨晩の事、この儀式が有ることは知っていたが、台風19号の大きな被害や、ラグビーワ
ールドカップの日本善戦で、そちらにばかり気が行っていたミーハー親爺である。昨夜になって孫が遊びに来ると連絡が有
り今日が、国民の祝日であることに気付いて、「え〜っと、明日は何の日かな?」と云っていたら「天皇の即位礼の日だよ。」
とのオカカの一声が返ってきて、で、全て思い出した・・・・・。
 成程そうだった。一年限りの国民の祝日だ。サンデー毎日の身分の親爺にはどうもその辺りのインパクトが弱い。だから
薄ぼんやりと忘れるのだと反省。
 で、今朝は朝から、テレビで即位礼の儀式を見ながら、孫の到着を待っている親爺だ。
 東京は気の毒なほどの土砂降りだが、我が山里は穏やかな高曇りである。剱御前小舎も昨日小屋閉めしたようだ。


 部屋にはストーブを炊いているので、湯も沸かせるし鍋も欠けて煮込み料理も出来る。
 で、昨日は焼きリンゴを作ってみた。芯を抜いた紅玉に砂糖とバターを詰め、シナモンもちょっと差し込みアルミホイルに
包んで焼いた。一寸ジュースがこぼれたが、凡そうまくでき、美味しく頂いた。
 


10/21
 静かな月曜日の朝。
 昨夜オカカとテレビの前でラグビー観戦をし、今朝は少々疲れている?欲を言ったら切りはない、あまり強くなかったラグ
ビーがワールドカップでベスト8に入る善戦をし、ベストフォー入りこそ南アチームに阻止され出来なかったが、まあよく戦っ
たものだ。
 親爺もオカカもミーハーだから、ワールドカップなんぞと云うと直ぐに興味を示す。そして終わりとともに忘れてしまうのだが
、今回のラグビーについてはそのゲームの面白さに瞠目した。
 サッカーも面白くない事は無いが、ラグビーはとにかく真正面からぶつかり合い、スクラムで押し合う、如何にも正々堂々と
した、駆け引き要素の少ない格闘球技である。
 男くさいというか、単純明快と云うか、ぶつかり押し合う、複数で取る相撲の様相さえする。
 それを見ていただけで疲れたのだ。が、敗北決定後の日本チームの姿が心に残った。スタンドの応援に来ていた、家族
に駆け寄り、小さな子供を抱きおろしグランドに連れ出し、良きパパぶりを見せた何人かの選手、試合中では想像できない
穏やかな慈愛に満ちた姿が、心を打った。
 勝敗は時の運、この次のあるスポーツだ。更なる鍛錬をすればよい。負けて負けてまた強くなれ。
 いやいや、見事だった。ワルドカップ参加全チームの皆様に、楽しませてくれてありがとうと、心からお礼を言いたい。
 大日が、平和な山里を見下ろす。
 

 久しぶりにアップルパイを焼いた。オカカにも評判が良かった。     紅玉のコンポートには皮も一緒に入れて、ピンクに染める。美味い。
 

 山里も周りを見れば秋色が濃くなっている。周りの山々も、不動山もボチボチ色付いてきたし・・・・・
 

 閻魔堂の周りもいつの間にか秋色になっている。


10/19
 10月も半ばを過ぎ、朝晩はストーブを炊くようになった山里だ。親爺のフリース姿も村内をウロウロする時にはもう、全く
違和感がなくなった。
 昨日室堂まで心平を迎えに行って来たが、昨日は午後から雨が降りだしたので、丁度良かった。
 さて今日は特にすることのない日曜日。たくさん買い込んである紅玉リンゴを使って、ジャムでも作ろうか。アップルパイも
又良かろう。
 まあ、こんな静かな日には、何もせずに寝転んでいるのが一番だが、それではいつもと一緒になってしまうから・・・。


 山里の紅葉はまだ早いが、立山有料道路のブナ坂から上ではかなりきれいだった。


10/18
 昨日は心平の下山が遅れ、室堂山荘で世話になったそうで、今朝一番で親爺が室堂まで迎えに行って来た。
 立山有料道路の桂台ゲートは、18:00で閉まるので遅くとも室堂は17:00には出なくてはならない。しかし昨夕心配が
16:00に親爺に電話を入れた時はまだ、剱沢だった。で、今日は間に合わぬと判断し、今朝の出迎えになったのだ。
 小屋を閉め、下山してくるときの気持ちは、かなり満ち足りたものだ。少し稼げた年も、余り稼げなかった年も、まあ、気
にする事は無い。兎に角立山を仕舞い、里に下りるのだ。
 家族も待ちわびているし、子供や妻と一緒に久々の食卓を囲みゆっくり休めばよい。
 山小屋親爺を卒業した親爺だが、心平の安堵感が良く分かる。
 有料道路沿いの木々も色付く。ブナ坂辺りだろうか・・・。


 滝見台から見た称名も、紅葉が奇麗だった。


10/17
 今日は心平の出迎えで、山里にある心平の車で、室堂まで行ってくる予定。
 この前の台風で車を室堂に置いておくと被害が出る恐れがあるとの事で、わざわざ下山し、車を置いて入山したからだ。
 今シーズンは親爺も美女平までも行っていないので、せめて室堂まで行って、山の空気を吸って来たい。
 午後の出迎えになるだろう。
 これは大日の落日の合がからのキャプチャー。動画もぜひ御覧じろ。
 

 山里は穏やか間朝だ。


10/16
 朝は冷え込んだが、久々の快晴で気温はぐんぐん上がっている・・・とは言え精々17℃にしかならぬ様だ。10:20現在の
気温12℃あまりか、陽光の中にいると暖かいが、日陰は寒い。
 親爺は数日前からフリース生活。長年着込んで薄くなったパタゴニアが今一番いい。これで恐らく来春4月まではパタゴニ
アのフリースをとっかえひっかえ来て過ごすだろう。いや気楽な日々だ。
 昨日サッカーの試合が流れていたのを見ると話しに見ていたが、今まであまり見たことのないラグビーを、ワールドカップ
で見つけたものだから、サッカー自体が迫力無くて面白くない気がした。
 もともと球技は、するのも見るのも得意ではない親爺で、どちらかと云えば格闘技系が好きな親爺だからだろうか、確かに
球技ではあるが、格闘技に限りなく近いラグビーは、かなり細かいルールーを知らずに見ていても面白く、又その都度開設が
テロップで出るので、何となく覚えてしまう。
 100kg超級の男たちが駆け回りぶつかり合う迫力は凄まじい。
 オカカも親爺と同じようなもので、二人で暑くなりながら見ている。何ともミーハーな平均的日本人である事か。
 大日がそんな親爺とオカカを見下ろしている。


 別山尾根に棲む雷鳥も、そろそろ白い冬羽が見えて来た。


10/15
 台風19号の被害が、だんだん明らかになってくる。伊豆半島上陸して東京を直撃・・・と今度は千葉かと、先の台風被害
の残るエリアばかりを心配していたが、何と長野の千曲川決壊で、身近なところで大災害が発生してしまった。長野はお隣
であるし、北陸新幹線と云うk大動脈が通っている地でもある。が、酷くやられてしまい、北陸新幹線も全線開通の見通しは
立たない。秋の行楽シーズンを控えた富山の観光地等、物流も含め深刻な問題となっている。
 立山の奥地の小屋はもう下山準備にはいり、大きな被害も出ていない。親爺にはそれだけがせめてもの慰め。
 山里はもうストーブがいる。親爺もフリースを着こんだ。木の葉もわずかに色付いた。


 さてさてこの次は冬の到来だ。


10/14
 朝から、父方の叔母の33回忌にオカカと二人、富山市内へ出かけた。
 叔母は僅か57歳で生涯を閉じた人だったが、親爺はに赤ん坊のころから世話になった母のような存在で、若い頃は剱沢
小屋の手伝い等もしていたことが有り、祖父宗作の唯一の娘だった。叔母を懐かしく偲んできた親爺だ。
 剱岳、我が家系にはとにかく深い縁を持つ山である。
 ある秋の日の黎明に映える剱。


 この台風19号で、外壁がやられた剱御前小舎。まあこの程度の被害は想定内であろう。
  


10/13
 台風一過の立山だ。稜線の山小屋も大きな被害は出なかった様だが、風はすごかった様だ。
 我が山里は立山の山懐と云う場所柄、大きな風には守られているエリアで、昨日は富山市、立山町などの平野部では
大風に心細い思いをした様だが、全く普段通りで、もちろん幾分外はざわついていたし、雨も断続的に降っていたが、恐
ろしいと、危機感を感じる事は全くなかった。
 今朝立山の山頂局の写真を見たら、薄っすらと青空が見えていて驚いた。室堂や弥陀ヶ原は雨にガスだった。
 写真を拝借ご紹介する。


 我が山里はと云えばまだこんなもので、今朝など静かなものだ。
 

 雨は幾分残っていて、庭もまだびしょぬれだから、我が家に来ている孫も外で遊べない。


 仕方ないからジジに本を読んでやっている・・・・・。


10/12
 大きな台風が来ると、マスコミは大騒ぎだ。特に都心部を通過するとなるとすごい騒ぎになる。
 今回の19号も心配だ。特に15号の爪痕癒えぬ千葉などでは、気が気ではないだろう。親爺も東京の孫が心配で落ち着
かぬが、ハザードマップで見ると意外にも水害には安全なエリアだし、鉄筋コンクリート造りのマンションなので、風にもかな
り強い構造らしいから、一寸安心している。次女曰く「食料も水も、孫用のその他の必需品もすべて揃えたから、携帯も満
充電にして 明日の午前中いっぱい動かない。」とのこと。パパが勤務で帰れぬ日の台風最接近故、万全を期している様だ。
 黒部の孫も、パパもパパの実家も忙しく、パパが「立山の実家へ帰っていた方が安心。」と薦めてくれたそうで、今我家に
着いた。ジジババもその方が安心だ。
 末っ子も三連休の予定をすべてキャンセルして、アパートに籠るとのこと。一応備えは皆している様だ。
 心配性の親爺で、心平にも連絡。トモちゃんにも連絡。心平の真砂沢ロッジは立地上大丈夫だろうが、剱御前小舎は風の
通り道、「出来る限りの備えはしました。」とのことだったので多少の被害は仕方ないが、大きな被害は出まい。
 昨日の夕景。嵐の前の静けさか・・・。


 雨は降ったり止んだり。ガスがかかり風はない。
 


10/11
 関東を直撃しそうな台風の接近で、警戒レベルも最高のレベルの警報が出そうだ。先の15号でやられた、千葉方面は
まだその片付けも、終えぬ状況の儘、この大きな台風に直撃されようとしている。何とも心配だが天災を相手に無力なの
は誰も一緒だ。「自分の命は自分で守ってください。」とは非常に突っぱねた言い方であるが、正直にお手上げ状態とも言
えぬお役所や、政府の本音と云っていいだろう。
 で、親爺とオカカは、風呂桶に水を張り、ローソク、ガスボンベなどを用意し、携帯も満充電を心がけ、いくばくかの食品
を買い込み、雨戸を立て、じっと家に籠り過ごすことにした。
 こんな大きな天災(大自然の猛威)の前には人間は実に無力である。
 無力であることを潔く認め、じっと息をひそめるしかない。
 山里もムッとした嫌な暖気に包まれ始めた。
 明日の夕刻から明後日朝までが、当地には一番影響が出るそうだ。


 穏やかな夕景も荒れ狂う暴風雨も、いずれも大自然のなせる業。


10/10
 快晴の朝を迎えて居る山里だが、立山も素晴らしくすっきり見えており、今日は紅葉も青空の青に映え、奇麗な事だろう。
 昨日立山は凍てついたそうだ。昨朝一番で、トモちゃんが写真を送ってくれたのだが、親爺生憎の外出でHP更新が出来
なかったのだ。
 で、今ここに掲載するのは昨朝の分、今朝も一番でもらった写真は明日掲載する予定だ。
 どうぞ御覧じろ。山がフリーザーボックスの中に入ったように、凍てついた。
 御前山、剱沢方向の斜面だ。


 因みに昨朝は氷点下7度。一気に寒くなった。


 すべてが凍てついた・・・。
 


10/8
 昨日はまあまあの天気だったのだが、今日は又、山里も立山もガスが流れ雨が降ったりしている。
 涼しくなった。と、云うよりは寒くなってきた。
 昨日の剱御前小舎は、朝晩2℃だったそうだ。でも昨晩はこんな夕景が広がった。
 もう間もなく小屋閉めの時期である。
 親爺にも経験はあるが、この時期は経営者たる親爺にとっては、嬉しい時期なのだ。
 小屋を閉め下山するや、来シーズン再開までの長い休みになるのだから・・・。
 親爺も約40年間、この時期の喜びを味わったものだ。


 風呂上がりの孫が、覚えたて寝返りの術で、服を着ずに逃げ回る・・・。漸く捕まえて,婆の送ってくれた本を見せておく。
 こっちも中々どうして、今迄の様にごろりと転がっているだけという訳けには行かなくなって来た・・・
   


10/7
 今朝は青空が見え、さすがにもうずいぶん低くなり、弱まった陽光が射している。かなり肌寒くて、親爺はズボンも厚手
をはき込んだし、得意のフリースもしっかり着込んだ。まあ、フリースの下は七分袖のヒートテック素材のTシャツ一枚だ
が、フリースのファスナーの開閉で体温調整をしている。これで結構快適だ。
 熱くなったり又寒くなったりで、老体にはこれが堪える。
 昨日は夕刻まで黒部の孫が居たので、一緒に昼寝したり、遊んだり、疲れはしたが楽しかった。
 保育園に入った二歳児、片言のおしゃべりが面白くて、可愛い。爺の手を引っ張って「コイ、コイ」と別室に引っ張って
いくし、コップにお茶を注いでやると、のぞき込んで「ハッテナイネー(入ってないね)」、こぼさぬように少ししか入れない
のが気に食わぬらしい。
 ジジババの手作りの焼うどんや、お子様カレーを喜んで「オイチーネー」と食べてくれる孫がたまらなく愛おしい。
 爺馬鹿結構!婆馬鹿結構!デアル。
 今朝は青空が出ているが、肌寒い山里だ。


 ちょいピンボケは致し方ない。写真を撮ろうにも動き回って、一時もじっとしていないのだ。
 一昔前にママかおばちゃんたちが使ったキティーちゃんカメラが最近気に入っている。


10/6
 小雨のぱらつく日曜の朝だ。気温も低く室温で19℃しかないので、親爺がストーブに火を入れた。
 昨日から2週間ぶりに来た黒部の孫が、可愛くてジジババは振り回されている。
 二歳になって、保育園に入って、おしゃま振りもずいぶん進化したし、片言ながら語彙が増え、喋りまくるのが面白い。
 今朝も6時半から起きて、ジジババと遊んでいる。
 少々疲れるが、たまの事だから賑やかで面白い。ジジにとっては嬉しい日曜日である。
 外は鬱陶しい雨だが。


 秋色も深まり切った感がある雷鳥沢、室堂を俯瞰する。間もなくこの辺り一面が白くなる。


10/5
 今日の立山は晴れている。ヘリがバンバン飛んで空輸作業も見る見る捗っている。
 早朝の剱だ。


 剱御前小舎での気温は零度だが、早朝に心平が真砂から駆け上がりヘリポートに駆け下っていく。(トモちゃんレポート)
 

 ヘリは晴天化確り飛んで、真砂方面へも資材が入った。
 

 その頃、山里はこんな天気だったのだ。


 本日10:00現在の剱岳の様子。御山は晴天である。


10/4
 台風の影響やら、熱低通貨の影響やらで立山の天気も目まぐるしく変わっているそうだ。
 これは昨日の午後だが、雨が上がって虹が出て、又雨風になって止んだら虹再び・・・・・。実に不安定な空模様の様だ。
 例年ならとっくに人往き来ていて、毎朝氷が張り、上部の紅葉はもう終わるころだが、全てが遅く、剱沢の雪渓崩壊は
非常に早い様だ。
 だから、これから真砂沢ロッジや仙人を目指す人は、十分気を付けてほしいものだ。真砂沢ロッジも13日には閉鎖され
る予定だから。


 山里の我が家でも、オカカが庭の垣根のバラをかなり剪定した。親爺は余計な事は一切しない。


10/3
 今朝はこんな薄暗い朝だ。台風が熱低になって、近づいて来るらしいから、雨や風もおっつけ吹いたり降ったりして来る
のだろうが、今は暑くも寒くもなく、おさやかな静かな山里の朝だ。
 立山もまだ弥陀ヶ原では青空も見えているし、雄山山頂から剱も見えている。これなら今日の午前中に大きな崩れは無
いだろうが、後は熱低の接近でどうなるかは分からない。
 紅葉も今シーズンは余り良くなさそうだ。(親爺主観)


 二歳になったオネイちゃんは保育園の運動会初体験。4か月にして寝返り寝返り帰りをマスターしたユートン坊は危なくて・・・。
 孫たちの動画 2題 「駆け上がる」 「寝返り寝返りかえり」
 

 学生時代の仲間、大分県国東の青井が、手作りのマコモダケを送ってくれた。箱のスペース埋めに酢橘も入れたそ
うで温かい心満載の贈り物に、半世紀ほど前の学生時代を偲びながら、電話で馬鹿話をした。
 「青井ありがとう。大感謝!!」


10/2
 立山は一気に紅葉が進んだようだ。でも9月の2回の連休は悪天候に祟られ、キャンセルの記録更新ばかりしていた様
で、可愛そうな真砂沢ロッジのような小さな小屋での延べ60人ほどのキャンセルは、年間宿泊者数の1割を超える数だか
ら、心平も参った様だ。
 でも心配するな心平、身体さえ丈夫なら、金は天下の回り物、やがて必ずいい年も来るから。それを信じて頑張れよ。
 山小屋親爺など、それを信じられるほどの馬鹿でなければ務まらぬものだ。
 ずいぶん秋色が深まった。


 庭でプランター栽培していた唐辛子の葉で、佃煮を作った。しょうゆ、酒とわずかなみりんで煮込み葉唐辛子の佃煮である。
 

 唐辛子の身も好みのままに刻み込んで、香りのよい佃煮になった。ご飯が進んで、止まらない。
       


10/1
 何ともう神無月である。
 小屋閉めをし、立山を仕舞う時期であるが、山から引退した今でも、この時期は大好きで、さてオカカとどこか旅にでも出
ようかと思ったりしている。
 旅に出る出ないはともかく、何とも長閑で豊かな気分になる月で、今は毎日が長閑だが、年金暮らしで豊かになる要素は
どこにもないのだが、長年の習い性か、そんな気分にはなってしまう親爺である。
 今朝は暑くもなく寒くもなく、快適な山里の朝だった。
 ずいぶん傾いた朝日だが、眩しく射していて、垣根のバラの一輪が温まり、今にも花開こうとしていた。
 そんな今朝は、実に清々しい気分だった。


 オカカが親爺用に、青唐辛子と鷹の爪をプランター栽培してくれ、妹も一鉢の唐辛子を持ってきてくれていた。
 オカカがそれを奇麗に切り取り、収穫してくれた。親爺は身をもぎ取り、葉唐辛子の佃煮用に、柔らかい葉も気長に時を
かけ、爺仕事のつもりで、枝から摘み取った。


 立山からは、元気な山女トモちゃんの撮った写真がたくさん送られてきた。随分秋色が濃くなって来た。
 剱御前小舎の布団干しの動画、早回しで面白い。こちらへ⇒https://youtu.be/IGke_t8lnV8
 


9/30
 今朝の剱の夜明けだ。
 気温は2℃、元気なトモちゃんが撮って送ってくれた。
 立山も一気に紅葉が進んだとの事、親爺も例年と比べると遅い紅葉だなと思っていたが、こんな年は標高差に関わらず
一気に紅葉が始まり色付く。
 良い写真なのでいつもより大きく・・・。
 今朝の剱の夜明けだ。


 だんだんと明るみ、剱が大きく顔を出した。


 今の時期、別山乗越から見る朝日は別山方向から上がる。


 雷鳥沢方向を振り返ると、竜王、浄土、室堂山の広報右手に薬師が赤く朝日を浴びていた。
 薬師は親爺にとって、山小屋入門の山域であり、青春の思い出の山だ。


9/29
 しばらく更新をサボってしまった。本当はサボる気はなかったのだが、いろいろな事が重なったここ数日だったのだ。
 9/25は我が愛しい黒部の孫の2歳の誕生日。
 もちろんジジババもママに相談して、喜びそうなプレゼントを用意し、孫の家に送っておいたことは云うを待たない。
 でも9/26は東京の孫の喰い初めをするとの事で、これはジジババ揃って招かれていて、9/25に上京したので、黒部の
孫の誕生日の様子はパパママが撮影した写真や動画をlineで送ってもらい楽しんだ。
  

 ジジババの送ったプレゼントにも大喜び。パパママからのプレゼントにも大喜びの孫だったようだ。
               

 で、ホテルで一泊し翌日は、某ホテルの「分とく山」で東京の孫の「喰い初め」である。
 パパのご両親も千葉から駆け付けて下さり、何と紋付姿のベビー服を着せられた孫を囲んで、祝いの膳を頂いた。
 分とく山の祝い膳は質実剛健な男児向け。最年長の男性たるパパの父上から生まれて初めての食を口に運ばれる。
   

 ジジもババも孫を抱っこし、孫はご機嫌である。何故か我家の家紋の貸衣装で、ジジは大満悦。孫もとても良い子で泣かなかった。
  

 で、27日の夕刻帰宅した親爺とオカカであるが、在京中に既に本家の爺様の旅立ちの報を受けていたので、親爺は帰宅
した日の夕刻から、通夜に参列し、92歳の大往生をした本家の爺様に別れを告げて来た。
 新たな命がすくすく育ち、悠々たる人生を歩き続けた人は、静かに旅立つ。
 諸行無常とは云え生命は次代に繋がり、また新たな生命へと繋がって行く。
 それ故、我が次代たる子や孫が愛おしく、幼気な孫はその愛おしさも又別格なのである。
 立山の秋が深まっていた。


9/28
 本家の爺様が旅立った。我が家の爺様の従弟で、南極や幾多の遭難救助に爺様達とともに活躍した人である。
 佐伯栄治。温和な人柄で山に関しては達人、他の追随を許さぬ天才肌の人だった。我が屋の爺様が2つ年長で、我が
叔父宗信の同級生だったから、我家の爺様には何時も兄のように接していた。
 また、長姉タカノさんが「剱の文蔵」と呼ばれた文蔵さんに嫁いでいたので、文蔵さんには弟と云うよりは息子の様に可愛
がられ、山を仕込まれた人だ。
 享年92歳。大往生だった。
 晩年になっても我家の爺様達南極立山五人組の生き残りと、ネパール、韓国、北朝鮮、中国と良く出かけた。そしてその
度に親爺も添乗員兼世話係兼ガイドとして同行させられた思い出がある。
 我が山の血に繋がる本家の大きな柱だった栄治爺様だった。もう向こうで皆と再開し、楽しくやっているだろう。
 先ほど、葬儀に参列し、遺骨を拾わせて頂いてきた。合掌
 何やらかやら多忙で、三日ほど更新できなかった。 立山はすっかり秋色だ。



9/24
 台風も過ぎ去り、折角の3連休も台無しになったが、立山の山小屋に大きな被害は無かった様で、まだ何も聞こえて
こない。
 山里の空気も熱帯の暖気が消え、元通りの秋の涼気が戻ってきて、親爺はフリース姿に戻った。
 親爺が39年間経営を続けた、剱御前小舎。昭和30年代には爺様も南極から帰ったり、日本山脈縦走に参加した後
5年間この小屋を経営している。
 現経営者のマー君は親爺の長女の同級生、仙人ヒュッテのオーナーでもある。
 

 今シーズンは遅いが、立山もいよいよ紅葉が始まった。まずは草紅葉から・・・。


9/23
 台風がこちらに向かっているため、先走りの熱帯の暖気が押し寄せ、山里ももう30℃の気温だ。風が強く、走行中の
車が幾分煽られる。
 しかし家内は昨日までの涼気が残っていて、今のところエアコンなどを使わずとも快適に過ごせる。
 車庫はシャッターを下ろし、家の東西に向く縁側の雨戸も立てた。昔と違い全ての窓はペアガラスのサッシで覆われて
居るし戸外の植木鉢なども抑えをしたから、後は台風が過ぎ去るまで家でゴロゴロしていれば良いだろう。さっき冷蔵庫
は買出してきた食糧で満たして置いたし。
 それにしても今度の台風は風台風のような気がする。外壁がやや傷んでいる剱御前小舎あたりが心配だし、外の山小
屋でも風の強い平や、稜線部の小屋は心配な事である。無事大風が過ぎ去ることを祈ろう。
 今朝の山里は閻魔堂の杉木立がかなりざわざわと揺れている。


 立山は比較的良く見えているが、風が強く吹いているらしく雲足が速い。


 紅葉遅ればせながら始まって来た。この台風が過ぎれば、立山は一気に冷え込み紅葉も一度に来るかもしれない。
 


9/22
 今日は穏やかな高曇りの朝だ。連休2日目で、大日も良く見えているし、ライブカメラで見る雄山山頂も剱方面が少し
ガスっているが、主稜線も7割方視認できる。
 昨日の天気で立山へ向かう車は少なかったし、台風が接近している様なのでこれから天気は不安定になるだろうが、
今日はかなりの山歩きが出来る日ではなかろうか。登山者も少ないし脚に自信のある向きには、中日の良い山だろう。
 山里から見る大日もすっきりしている。


 ハマグリ雪渓もずいぶん小さくなった。



9/21
 昨夜から孫が来ている。保育所に通い始めて2週間ほども経つのだろうか、最初は泣いていやがったそうだが、体験
保育的に徐々に保育園滞在時間を増やし、先週頭から給食を食べ、ママのお迎えを待つようになったそうだが15:00
まで、お昼寝をしたりして待つこともできる様になったとか。
 ジジは余り早い保育所入所を快く思っていなかったのだが、まあこれも時代の流れ、良しとせねばなるまい。
 今日はいわゆるシルバーウイークの初日だが、立山へ向かう車は極めて少ない。台風騒ぎとぶち当たってしまったか
らだろう。
 立山の山小屋は、空輸も昨日全て終わって、後はお客さんが来るのを待つばかりだったのに、何とも皮肉なものだ。
 まあ、親爺の現役時代も何度もこんな目に会ったものだが、何とか乗り切って来た。年間の売り上げがこの天気周りで
大きく違ってくるのは山小屋商売ばかりでも無いだろう。
 親爺には今は昔の話だが、現役の親爺たちには辛いシルバーウイークだ。
 昨日の朝は、山里からも鍬崎が良く見えていた。


 昨日の晴天を縫って立山の山小屋の空輸作業が、一生懸命行われた。そのおかげで全ての小屋に物資がいきわたった。
  

 空輸は完了したが、明けて迎えた今日の連休初日は・・・・・雨である。


9/20
 良い天気だが、朝はかなり寒く、標高2750m余の剱御前小舎では、日陰のバケツの水が凍ったそうだ。
 立山は今日空輸日で、順調に減りも飛んでいるらしい。
 素晴らしいフットワークで、ヘリの荷物待ちのトモちゃんが写真を撮って送ってくれる。剱沢のハマグリ雪渓を撮ったと思っ
たら、雷鳥是かを駆け下って雷鳥沢方面・・・ほとんどシェルパ並みの、いや、女性だからシェルパニ並みの心肺能力だ。
 明日はその写真を整理してこのページに載せよう。
 今日はとりあえず、今朝の村はずれから見上げた大日を一枚。


 その大日も別山乗り越しからみれば足下に佇む。落日の景観は素晴らしい。


9/19
 昨日一日は、ガスったり雨だったりと、立山は悪天候だった。
 がその日の終わりに、急にこんな夕景が広がったそうだ。
 オカカとガスの掛かる夕に食卓を囲んでいた親爺に、トモちゃんから素晴らしい夕景写真が送られてきた。それこそアルプ
スの少女ハイジである。
 「お日様は夕日になって落ちる時、一番美しく輝いてさよならをする。」と、ハイジの台詞だったか、外の人の台詞だったか
はっきりした記憶はないが、そんな一文が有ったことは確かで、成程こんな感性が無ければこんな物語は書けぬのだと、痛
感したことが有った。
 で、昨夕はこの写真をケータイの画面で眺め、剱御前小舎からの夕景のおすそ分けにあずかりつつの夕食だった。


9/18
 雨が時折落ちてくる。曇り空なのだが、我家上空には青空もわずかに垣間見えている。気温は20度ほどで、ちょっと湿っ
ぽいが、暑い時よりははるかに快適だ。
 今日は朝一番(と云っても8:30)で富山市の眼科医院に定期検査と薬もらいに行って来た。親爺は高眼圧症があるので、
眼圧検査が必要なのだ。3か月に一度程度だからすぐ忘れ、T先生に「忘れないで通ってくださいよ」と怒られる・・・。
 最近は看護婦さんが、次回通院日時をメモしてくれるが、それを紛失してしまうのだからいけない。
 白内障手術のお陰で視力が格段に上がり、普段は裸眼で過ごしていることが多い。読書など裸眼でなくては読めない。
 車の運転と、外出時には眼鏡を用いる。いやいや本当に良く見える。この視力はずっとキープしたいから、眼科医には豆
に通おうと思っている。


 あっちを見ても、こっちを見ても重いガスが垂れ込めている今日の山里だ。
 


9/17
 昨日で連休が終わり、立山も漸く静かになった様だ。
 今朝は山里は雨。かなり肌寒くて、親爺は長そでの作務衣の下に長袖のTシャツで、完全な秋の装備。でも立山方向の厚い
ガスの向こうが明るんでいるように見えるので、立山山頂カメラを見ると、青空が広がっていて、その下の室堂も、弥陀ヶ原も
晴れていて、同も我が山里は弥陀ヶ原の下の雲海に呑まれている様だ。
 まあ、これから山里の天気も好天してくるらしい。
 一昨日東京の孫が帰り、それを送って行ったオカカも昨日帰宅した。
 黒部の孫も今日から又保育園・・・二人の可愛い孫たちはどうしているだろうと、離れているのでそんな事ばかり思っている。
 肌寒い今朝の山里である。

 


9/16
 9月も半ばを過ぎた。正しくあっと言う間で、立山はとっくに秋になっているが、山里もすっかり夏の空気が、秋の空気に入れ
替わった様な気がする。
 3連休最終日の月曜日の今日、立山の天気は何とか未だ持っている様だ。山里は朝から薄暗い曇り空だが、弥陀ヶ原下の
雲海が覆いかぶさっているのだろう。
 立山は大賑わいだっただろう。
 親爺も現役時代を思い返し、小屋の経営者には今が一番いい頃かななどと考えている。小屋閉めまでの一月を何とか頑張
って、立山を仕舞えば、来春まではゆっくりと自由な時間を過ごせるのだから・・・。
 親爺など引退して、ずーっと自由時間ばかりの生活に入っているので、今更これ以上の自由時間など不要だが、如何せん
この自由時間を有効に使う体力がなくなって、無駄にゴロゴロしているだけと云う体たらくだ。まあ、孫と遊んでいる日々が今は
親爺には一番楽しい時間ではある。
 大日岳へ続く稜線の登山道が足下に見、気持ち良く足任せに立山を歩き回った日が懐かしい。


 今はこの二人の孫と一緒に過ごす時間こそ至福の時間。親爺は爺馬鹿に徹している。
 


9/15
 親爺の夏風邪もほぼ癒えた。今朝も念のために薬は飲んでおいた。
 が、この薬を飲むと無性に眠くなってしまう。特に風邪の症状がひどいときには起きてられぬくらい眠くなる。で、今朝など
症状がかなり軽くなってくると、身体もシャキッとしてくるからか、やや眠くはなるが起きておられぬほどではない。だから何時
もかかりつけの医院でもらうこの薬は、親爺の風邪のバロメーターみたいなもので、今朝の眠気の状況から、ほぼ癒えたと
判断しているわけだ。あまり当てにはならぬが・・・。
 この写真は何年か前の、親爺がまだ現役の頃に取ったもの。


 これはロングラン散歩のトモちゃんの一枚。大走り下部から雄山を見上げた一枚。


9/14
 昨日トモちゃんが送ってくれた写真だ。
 なにせ親爺は風邪でダウン、更新が遅れた次第。
 今日も立山は良い天気。登山者が奥地の小屋を目指し賑わっている。
 もちろん室堂周辺や、稜線、剱沢の山小屋も大賑わいだろうが、心平の真砂沢ロッジも結構な賑わいだそうな。もっとも
定員20名の小さな小屋で、満室と云っても20名だから・・・。


 ハマグリ雪渓も小さくなった。


 休憩時間の散歩で、別山から大走りを駆け下り、又雷鳥坂を駆け上ったのは、山女のトモちゃん。流石だ。


9/12
 親爺早速の体調不良だ。天気の急激な変動にやられたようだ。
 いったん涼しくなって相蒲団を引っ張り出していたのに、今度は急に夏に逆戻り、クーラーガンガン・・・・・。出、親爺、早速
喉をやられてしまったようだ。黒部の孫がヘルパンギーナで、熱を出したばかり。今はもういい様だが、喉の風邪が流行って
いるそうだ。
 慌ててかかりつけの医院へ走り、受診、咽頭炎だそうな。薬を貰い帰宅、午後からは休もう。転ばぬ先の杖である。
 立山の奥地はもう草紅葉が始まっている頃だ。これは8年前の今日の御前山の斜面。


 東京の孫が自由に寝返りを打つようになった。これはますます目が離せぬ・・・。


 山里も少しずつ秋の気配が漂って来た。鷹の爪が赤く色づいた。不動山はまだまだ青いママだが。
 


9/11
 昨日の夕刻、宮城県のFさんから、大量の生秋刀魚を頂いた。Fさんは先の東北の震災で、かろうじて被災を免れた経験を
お持ちの、女性建築家だが、山小屋親爺現役時代からの知己で、何時もとてもよくして頂いている。
 で、昨夕は秋刀魚が届いたのが、夕食後だったものだから、オカカと二人で善美ジップロックに詰め、チルド室に保管し、今
夜は塩焼きで頂こうと思っている。酷い不漁のなか、貴重な秋刀魚を頂いたのだから、心していただかねばならない。
 山里は雨が上がった曇り空だ。


 いやいや大量のサンマである。近所にいるネパールの教え子たち(元研修生)にもお裾分けした。
 


9/10
 9月もあっという間の10日である。4日に来た東京の孫がまだ滞在中で、我が家の生活の中心になっているが、表情が出、
笑ったり、はしゃいだり、可愛さが際立ってきた。昨晩この孫を風呂に入れようと、服を脱がせたりしていた親爺とオカカと次女
の目の前で、この孫が寝返りを打った。
 初の寝返りだったので、三人同時に目撃したこの光景に感動、ひとしきりワイワイ騒いだ。
 3ヵ月と27日の初寝返りだった。
 今朝は昨日とは打って変わって良い天気で、朝から陽光がまぶしく、気温もぐんぐん上がりつつある。
 残暑も収束し、そろそろ涼しくなってくる時期だと思うが、今日はまだ暑そうだ。


 山里のすっきり明るい朝だが、どこからともなく秋の気配が感じられる。今日はまだ暑くなるそうだが・・・。
 


9/9
 昨日は日曜日、最高の天気に恵まれ立山も大賑わいだった様だ。
 我が家にも、里帰り中の東京の次女と孫を訪ねて、黒部の孫とママがやってきた。いやいや賑やかで賑やかで、立山に負け
ぬ大賑わいだった。
 ジジババが大奮闘したことは云うに及ばぬ・・・
 新保育園児の1歳11カ月のお姉ちゃんは、ジジババを独占するのが当たり前で、自分より小さな赤ちゃんがジジやババに
抱っこされているのが許せない、そこは手加減ナシの体当たりで来るので、ジジもババも大汗である。
 が二人とも可愛い、可愛いからどうしてもちょっかいを出して遊ばせたくなる。で、又疲れてしまう・・・・・。
 いやいや夕食が済み、黒部の孫が帰宅するまで、賑やかさは続いた。
 今朝のLineに依れば、登園見送り時にも不機嫌ではあったが、全く泣かず教室へ入って行ったそうな。少し慣れたか・・・。
 山里は台風の影響か、雨の薄暗い朝だった。


 初めてのバスに喜ぶ1歳11か月と、親爺の叔母(一族最長老)に抱かれ喜ぶ東京の孫。
 

 今朝は薄暗く雨が降っているのに生暖かく、モアーっとした暖気が不快な朝だった。庭のバラにはそれが心地よい様だが。
 


9/8
 今朝も立山に向かう車が多い。この天気なら雄山日帰り登山も容易だ。ただし室堂までの交通機関がスムースに利用でき
ればの事。整理券発行で待ち時間があるとスムースには行かぬだろうが、さて、今日は・・・。
 我が家は旧道沿いに家一軒分入っているので、県道の車の音は幾分遮られ、余り不都合はないが、馬鹿にやかましい爆音
のバイクが通ると、せっかく昼寝をしている孫が起きないかと心配になる。実に迷惑なエンジン音、警察は何故これを取り締ま
らないのだろうか?このエンジン音は、バイクが嫌われる大きな理由の一つだろう。
 立山山頂ライブカメラを見ても、今朝の快晴は素晴らしい。この分なら心平が頑張っている、奥地の真砂沢ロッジにもかなり
の入れ込みがあるだろう。
 快晴の立山である。


 山里も低くはなったが強い陽光が射し、一気に暑くなってくる。


9/7
 爽やかな朝だった。気温はこれから上がりそうだが、朝の涼気は秋のものだった。
 立山も昨日、3日遅れでヘリが飛んで、全ての山小屋に物資がいきわたった様だ。今日、明日と快晴に恵まれそうな立山
である。これでいくら賑わっても各山小屋は楽に営業できるだろう。
 小屋の生命線である空輸。これも気象条件の厳しい高山では予定通りには行かない。
 晴天を縫って、国見ヘリポートに集積され、荷造りされた物資を、各小屋に送り届ける東邦航空のヘリ。


 親爺は山小屋商売から足を洗って3年目だ。国見ヘリポートにさえも今年は行っていない。
 孫と遊ぶのが何よりの仕事となっている親爺である。
 


9/6
 昨日はオカカと一緒に、夕刻から外食に出かけた次女夫婦に代わって、東京の孫の子守をした。
 次女夫婦にしても二人だけで出かけるのは3ヵ月ぶり、「まあゆっくりしてお出で。」と送り出した。
 8:00頃までは実に良い子で、ジジババも子守に自信を付けたが、さて、眠くなったその後がいけない。9:00が授乳時
間との事で、それまでに帰宅する次女夫婦を待った。
 ジジババ交互にあやし、一端は寝着いたのだがお腹が空いたらしくすぐに目を覚まし暴れ始める。その繰り返しが延々
40分余り・・・。ジジ2分にババ8分の比率の奮闘だが、慣れぬこともあって参った。
 9:00少し前に両親が帰宅し、ママがオッパイを飲ませるや、御機嫌が直った。あとはニコニコ愛嬌を振りまき、ジジババ
もほっとして寝に付いたが、奮戦のせいで腕や体のあちこちが痛んだ。
 黒部の孫が大きくなって3ヵ月の乳児の子守をすっかり忘れていた。
 今朝は上機嫌でまたジジババと遊び、今はお昼寝中の東京の孫だ。
 今朝は快晴、気温も上がり立山も良く見えている。


 ジジに抱かれ指しゃぶりの東京の孫と保育園に入っておしゃまに磨きがかかった黒部の孫。
 両方とも大事な爺婆の宝だ。
 


9/5
 昨夕から幾分暖かめで、タオルケットで寝たが、今朝まで寒さは感じず良く寝た。
 大日も良く見える今朝で、ライブカメラで見る立山もまあまあ晴れていたが、今はもうガスが大分出てきて、大気は不安
定だ。
 昨夜から東京の孫が来ていて、一月余見なかっただけなのに、大きくなっていて驚いた。昨夜は長旅の所為か機嫌が悪く
ジジが抱っこすると泣くので閉口した。ババが抱っこして寝させた。流石に子育てのキャリアが違う・・・。
 が、今朝は上機嫌で、ジジとも遊ぶし、抱っこしても喜んでいるので安心した。何せ14日まで我家でママと二人滞在する
のだから。
 今朝は立山方面も良く見えていた。


 ジジに抱っこされて上機嫌の東京の孫。首が座って随分しっかりして来た。もちもちに太っている。
 


9/4
 朝は肌寒くて、こっぽりと夏蒲団に潜り込んで目が覚めた。外は開けが降ったり止んだりしているが、少しずつ晴れて
くる様だ。
 ライブカメラで見る雄山山頂などはすっかり視界が利いて雨も降っていないようだ。
 又古いことを云う様だが、昔なら(半世紀前)この時期はもうお客さんも激減した立山で、奥地の小屋などごくまれに訪
れる常連さんを泊めるだけだった。で、紅葉の時期にもう一度賑わうエリアも無くはなかったが、立山は静かな人恋しい
頃となり、10月の声を聞くころは、奥から順に小屋を仕舞い降りて来たものだ。
 今のように11月末までの営業など、考えられなかったが、膨大な機械力の導入がそれを可能にしている今の立山だ。
 親爺が爺様(父)から山小屋を任された頃でも、剱御前小舎は11月の声を聴くや閉めて下山、剱岳エリアの営業小屋
の殿(しんがり)を毎シーズン勤めたものだが、それが今では年々早くなって、10月の20日前後には小屋仕舞をして、皆
山を下りてしまう様になって来た。つまり営業期間が延びた室堂周辺以外は、営業期間を短縮しているという事で、山の
厳しさを熟知する奥山の山小屋ほど、安全を考慮、優先し営業期間を縮小しているという事だろう。恐らくそれが立山の
山人の良心なのだと親爺は考える。
 立山に秋がまた来た。


 雄山山頂カメラの画像を拝借。今朝の立山だ。雄山から剱、後立まで視界が利いている。


9/3
 今朝もママとの別れ際には泣いた孫らしいが、何とか3時間ほどの保育園生活を過ごしてくるだろう。
 ママたる長女も、パパたる婿殿も、帰宅後の新保育園児には、愛情を注ぎ相手をしている様だ。若い夫婦が我が子の
成長に目を細めながら、愛しみ育てる姿を見るのは、実に嬉しく心豊かにさせられるものだ。
 そして日本の子育て夫婦の殆どすべてが、各々悩み苦しみながらも、育児を優先し、我が子に大きな愛を注いでいる。
 が、稀に中には未熟な精神の儘、子持ちとなり、子に注ぐべき愛情を持たず、子育てを放棄し、更には子を疎ましく思
い、甚だしきはこれに暴力を加える。
 幼気な無力な、国の宝であり、幸せな保護を得る権利を有する存在に、暴力をふるい最悪は殺してしまう。
 こんなニュースが流れるたびに親爺は背筋が凍る。
 こんなことは許される事では無い。加害者には厳罰を以て対するしかない。そして未然にこんなことを防げないのは、社
会に、地域に大きな問題がある。地域社会全体で又個々にも、大きなお世話を焼かねばならないのだ。
 困っている子供が居たら声をかけてやり、辛そうなママにも声をかけてやる。無関心に見過ごしてはいけないのだ。
 子供より、猿やカモシカや、そして最近は猪まで増えて、子供を目にすることが少ない我が山里だ。
 子供の元気な声が、つい二、三十年前までは溢れていた我が山里だったのに。
 秋雨前線直下の山里だ。


 大日も全く見えない。


9/2
 初孫が今日から保育所に入る。当分は半日保育で、特にこの一週間は11:30までの3時間保育だそうで、もう
ママがお迎えに行っている頃だ。
 今朝は泣かずに玩具でままごとをしている、子供たちの処へ駆けて行って、遊びだしたすきに置いてきたそうだが
恐らくそのあとは、ママがいないのに気づき大泣きしていたのではなかろうか?
 子も親もこの時期は我慢だ。そしてそれを何時も心配しているジジババも・・・。
 さて今日はどうだっただろうか?
 親爺はそんな心配をしながらも、月一の薬もらいの日で、富山市内の医院へ行って来た。オカカも歯医者と買い物だ。
 この写真はトモちゃんの撮影だが、御前山(剱御前山)三角点に続く小平を通る道で、子供の時分から親爺には
慣れ親しんだ場所だ。今は崩落で廃道となっているが、剱岳別山尾根の花道で、クロユリのコルに続く道だった。


 今朝、初登園直前の黒部の孫。    首が座り、指しゃぶりに夢中な東京の孫。二人とも爺の宝だ。
  


9/1
 もう9月だ。7月の名古屋場所が終わった時に、相撲大好きな親爺とオカカは、「ああ、今度は9月まで相撲も
見られないな。」と少々ガッカリしていたのだが、気付けばもう9月、秋場所の始まる月となっている。
 そして明日からは、我が初孫(黒部の孫)が保育園に入園する。1歳11カ月、2歳にはまだ少しあるが、ママの
産休も来月終わるので、予行入園と云う訳でもないが、最初の1週間は3時間保育、次の1週間は半日保育、そ
してその次からは様子見しながら、ママが復職する10月までには通常保育になるように頑張るそうだ。
 甘々の爺には一寸孫が可愛そうで、せめて3歳まで等と思うのだが、世の中は働くママたちが当たり前だから、
余計な事は云うまい・・・。心の中で「頑張れよ爺の宝」とエールを送っているばかり。泣くだろうな、暫くは・・・。
 更に、この月は、満を持して次女が孫を連れて里帰りをする。4日頃に来て、10日間ほどを我が家で過ごす予
定で、次女はともかく、東京の孫とまた10日余りを過ごせるのがうれしい。今、満三か月半、首も座り、寝返りを
打ちそうになっている。
 と、9月初日から孫の話ばかり。爺馬鹿である。
 親爺の一番好きな場所。剱御前山三角点の南東側に広がる小平だ。


 山里の我が家の庭の唐辛子。第二段目の身を付け始めた。      大日は薄ぼんやりとしか見えない日曜日である。
 

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