2019山賊庵絵日記(春)   いよいよ卯月4月となり、新年度も幕開けです。
                                                     で、項を改めました。親爺66回目の春です。
                                                                     2019/04/01 親爺 拝


4/25
 又軽い鼻風邪を引いてしまったようだ。鼻水と、喉のわずかなイガイガが気になる。が、特に食欲がない訳でもなく、熱も
無いのだから、掛かりつけの医院でもらった風邪薬が残っているので、それを服用している。
 今回はオカカと、臨月で里帰り中の次女も鼻水が出て同じような症状なので、オカカが近くの耳鼻咽喉科へ次女と連れ立
って出かけた。
 風邪と馬鹿にしていると、大変な目に会う事は昨年末から正月にかけて、十分学習したので、かなり気を付けている。
 まあ、親爺など転ばぬ先の杖である。用心に越した事は無い。
 今日は立山もほとんど見えない。


 桜が一晩で花を落とし、葉桜となり、気付けば向かいの山も新緑が萌出ている。


4/24
 暖かいが雨が降ったり、どうにもぐずついた天気の今日だ。
 オカカが、次女を連れて買い物に出かけたので、親爺は一人留守番だ。
 少々風邪気味で、鼻水がタレ、喉が僅かにイガイガする。昨夜もイソジンでうがいをし、葛根湯を飲んで寝たが、今朝も
まだ鼻水が続く。で、前回貰った、かかりつけ医院で頂いている風邪薬の残りを服用しておいた。
 閻魔堂石段わきの桜が散り始めた。遅ればせながら山里も葉桜の時期になって来た。間もなくGWだ。


 大日も今日は、上部が姿を隠している。


4/23
 夕日の中に雷鳥が佇む。まだ冬羽で、寒いから丸々と膨らんでいる。
 ついこの前まで、人間など見ることも無い太古のままの立山に、ひっそりと息づいていた雷鳥だが、小屋開けに入山して
来た人間をチラホラ見る様になった、これは又騒がしくなるのかなと思っている事だろう。
 剱御前小舎の営業は4月27日から。それ以前は泊まれない。
 立山もシーズン幕開けだ。


 山里は閻魔堂石段わきの桜が少し散り始めた。 今朝の山里から見る大日岳も気温上昇に伴いアイが掛かりぼやける。
 


4/22
 一昨日トモちゃんが入山したお陰で、剱御前小舎からの写真を送ってもらえることになった。嬉しく懐かしい夕景が届いた。
 孫が来ていたので、孫と遊ぶのに忙しくて、昨日は更新できなかった。今日も17:00を過ぎてからの更新だ・・・。
 山里から見上げている大日岳が足下に横たわる高所からの写真。富山湾が写っている。


 剱御前小舎や剱岳はこのうらがわにある。山里から見上げる大日岳。


4/20
 快晴に恵まれた土曜日だが、10連休を一週間後に控えているからか、そんなに多くの車が立山に向かって上がっていない。
 山里も朝から気温がぐんぐん上がり、もう居間のストーブは消した。
 今日は黒部で何だか大きなイベントが利用で、ぱぱの旅館も忙しいらしいので、ママと孫はジジババの待つ山里に来る。
 ジジは朝から心待ちにしているのだが、まだ今から出るよとの連絡もない。
 オカカは買い物に出かけた。
 孫が来ると一気ににぎやかになる我家だが、ジジもババも一気に忙しくなる。でも一週間孫の顔を見ないとジジは寂しくて堪ら
なくなるのだ。幸いいい天気が続きそうだ。
 ドローンの一枚も空が青いと奇麗だ。


 礼拝残もすっかり雪が無くなって、間もなく新緑の季節となる。


 鍬崎からスキー場軍がある稜線が続き、その裏側に白く見えるのは恐らく鳥ケ尾辺りだろう。


4/19
 雨が降ったり止んだりの今朝で薄暗く、やや気温も低い山里だ。
 折角満開になった閻魔堂脇の桜が雨に濡れて寒々としている。親爺は雨に濡れた桜を目にするたびに、半世紀程前に恩師
から頂いた「雨に打たれた桜ほど悲しげなものはない。」と云う一文を思い出す。高校を出て、大学に入り、上京して本駒込の
アパートで独り暮らしを始めたばかりの頃だった。親爺の若い感性がこの一文から得たものは大きく、還暦をとっくに過ぎた未
だに、濡れた桜を見るたびに瑞々しい当時の感性が一瞬ではあるが蘇る。
 閻魔堂の石段わきの桜が満開だ。今朝は雨に打たれ悲しげだが・・・。


 ヘリの荷上げが行われた昨日は快晴だった。 桜も心地よさそうに春を謳歌していた。
  


4/18
 この春一番の空輸作業が終わった。先発隊が一昨日入山している剱御前小舎に、芦峅寺不動山ヘリポートから、約500kg
の荷物が送り込まれた。
 親爺が現役の若い衆だった頃は、剱御前小舎、剱沢小屋、剣山荘、一の越山荘、早月小屋、五色小屋などの山小屋が皆
ここから第一回目の荷上げをしたもので、毎年の立山開山の歳時記となっていた。新聞社、テレビ局も何社も取材に来て、かな
り賑やかだったものだ。
 勿論その頃は立山アルペンルートはこんな早く開通せず、大町から室堂までのラインが開いているだけで、完全な全線開通
はGWにかかるか、終わりころであったと記憶している。
 まあ今年も無事、第一回目の荷物が不動山から空輸された。


 相変わらず元気に東邦航空のヘリが侵入して来た。親爺部屋の窓から真正面だ。
 

 しばしして荷を積んで、ヘリが飛び立った。


 立山を目指し、ゆっくり高度を上げてゆく。


4/17
 今日も良い天気で、アルペンルートも全線開通しているから平日ながら車の通行量が多い。
 山里でも桜が咲き始め、暖かい日が続いている。暖かくなっていいのだが、カメムシの発生が凄い。クサギカメムシ、別名
ヘコキムシである。平べったいどこの隙間にでも潜り込む虫で、厄介なことに極めて不快なにおいの体液を噴射する。この
匂いが外敵から身を守る手段なのだろうが、下手にやられると2時間くらいは臭い。独特の何とも不快なにおいである。
 で、見つけるごとに捕らえるのだが、その捕らえ方でベストと思われるのは、ガムテープ捕りである。
 5cm程に切ったガムテープで、虫の真上から押さえる。臭い屁は羽の間から噴き出すので、羽を広げさせぬよう上からテ
ープで押さえるのだ。これだと後は虫を包むようにテープを閉じればよいので、臭くはならぬ。
 親爺とオカカで今朝からもう10匹以上を捕らえた。で、匂いの被害は無しだ。
 山里も、一足遅れだが、きれいな花盛りである。
 閻魔堂の桜の向こうに雪の鍬崎が見えている。


 我が孫も昨日は、家の近くの公園でママと一緒に楽しんできた。    我が家の庭にもつつましやかな花が咲き始めた。
 

 山里も暖かい春が来て、家の屋根越しには真っ白な立山がそびえている。
 


4/16
 昨日からアルペンルート全線開通の予定だったが、天候が悪く、弥陀ヶ原から室堂の間、バスが不通になったそうだ。
 でも今日は素晴らしい天気。全線開通も恙無くおわり、奥地の小屋開けの連中も入った様だ。朝からヘリの音が上空を通る。
報道関係のヘリだろう。立山もいよいよシーズン開幕だ。
 親爺現役時代の剱御前小舎もだいたい17日前後に小屋開け入山していたが、この前マー君に会ったら確か今日入山との
事だった。小屋開け入山なら一番良い日になった。
 隠居親爺は普段通りののんきな生活。立山や山小屋の様子も少しは気になるが、何せ責任のない身故、気楽なものだ。
 こんな青空の下、閻魔堂石段わきの桜が咲いた。


 閻魔堂の石段とりつき。この石段の上に桜が一本覆いかぶさるように枝を広げている。


 閻魔堂の桜も比較的つつましやかな咲き方だが、一足前に咲いた隣の桃の老木もまだ頑張って青空の下に花を開いている。
 

 ドローンで見た今朝の立山連峰。                      庭先から親爺が一生懸命操縦している。
 


4/15
 昨日から孫が来ていて、ジジもババも大忙しだ。でもまあ、ジジババ馬鹿で可愛くて楽しくて仕方ない。
 と云いつつももうすぐ黒部へ帰るのだが、最近は後追いが定着し、別れを嫌がる。大泣きするのだ。本当を云うと爺も泣きた
いのだが、そうもいかずじっと我慢をしているのだから、いや結構辛い・・・。
 一歳半、かなりしっかりしてきたような気もするが、まだ話してわかる年齢ではない。おやつででもつって車に乗せるしかない。
 閻魔堂の桜が花を開いた。
 これから暖かい日が続く様だ。


 ババのお手伝いは良いのだが、タオルを巻いて先ず濡れ止め・・・。ババの仕事は倍増する。
 


4/14
 松本の三女を迎えに行ってくるまで連れて来たが、ちょっと風邪気味で咳をしていた。ご本尊は我が家近くの医院で受診薬
ももらいかいふくしたようだが、ほぼ3時間車に同乗させていた親爺は、例によってその風邪をうつされた様で、今朝から鼻水
が止まらない。どうにも年を取ると免疫力が低下する様だ。
 昨日次女の婿を富山空港に見送った帰路、久々に富山平野真ん中からの立山を見た。いやいや薬師から剱、毛勝、赤谷
まで実に雄大な立山だった。


 右は薬師左のピークは鍬崎。


 旧上新川郡大沢野町に差し掛かったところで、どこかの町内のお祭りに出くわす。立派な山車や屋台が横断するまで
交差点で止められた。
 


4/13
 昨日は松本の末娘を迎えに行って来た。別に電車でも来るつもりだったらしいが、来い来いと云いだしっぱの親爺なので、
迎えに行ってやった次第。
 行きは安房トンネル経由だったが、奥飛騨は雪、親爺はスノータイヤなので全く問題なかったが、早々とスノーを外してい
る車もいて、危なっかしかった。8:45には松本に着き、9:00には末娘を乗せて松本を出発、今度は大糸線経由で帰途に就
いた。で、途中で食事をし帰宅したのが13:00頃、まだまだ運転なら大丈夫だと、自信を持つも、午後は約1時間昼寝をして
しまった。
 昨日はほぼ曇天だったが、今日は朝から快晴である。朝食後車でそこいらを一回り、ドローンも持参してワンフライトさせて
きた。画質の悪いトイドローンの方での撮影なので絵は良くなかった・・・・・が、もちろんカメラも持って出たのでソコソコの写真
は撮ってきたつもり。
 先ずは新雪の大日。


 やはり新雪を纏いなおした鍬崎。


4/11
 関東地方に寒波が入り、箱根や東京奥多摩でも雪が降ったし、日光辺りでは積雪まで・・・。春の寒波襲来である。
 雪には馴染み深い我が山里だが、今回の寒波からは外れたようだ。
 今朝も寒く、冷たい雨が降っている山里だが、朝目覚めて川向かいのスキー場上部に新雪が来ているのを見た。が、
村はずれの桜が蕾を膨らませているし、閻魔堂石段わきの桜も赤い蕾を膨らませていた。
 雪が来るくらい寒くなっても時はやはり春なのだ。


 閻魔堂の石段わきの桜も、間もなく華が開くだろう。


 3月に乾し上げた”まいだま”をオカカが油で揚げてくれた。最高のおやつである。


4/10
 寒く、冷たい雨の降る山里の今朝だ。
 親爺は昨夜、何時もは半分しか飲まに睡眠薬を一個飲んで寝たため、朝まで熟睡、目が覚めて夜具から出てもまだ
薬が効いている様な感じで少しふらついたりしている。
 酒にも弱いが、麻酔、睡眠薬にも滅法弱い様だ。24時間心電図を撮ると夜間熟睡していないそうで、それで先生が
睡眠薬を進めてくれたのだが、まあ少し量を減らす方が良いかもしれぬ。
 庭も表通りもすっかり雨に濡れている。


 閻魔堂の前に立つ家が、無住となり取り壊される。(写真右端)元は営林署の建物で、その後保育所にもなっていた。
 居間を去ること62年前には親爺もこの保育所に通っていた・・・。


4/9
 今日は我が家の2代目、父宗弘の祥月命日だ。
 父が90歳の天寿を全うし旅立ってから、丸三年になる。その三年の間に親爺は立山を仕舞い剱御前小舎を離れたし、
孫が生まれ、賑やかになったし、今は早次女が出産を控え里帰りをしている。
 爺様(父)の写真が座敷兼仏間の鴨居に、祖父母や婆様(母)の写真と並びかけられているが、にこにこ笑っている写真
だからか、孫がこの写真が好きで、何時も下から見上げ笑い返したり手を振ったりする。
 「何か見えるのかな?いや、曾爺ちゃんや大爺ちゃんの笑顔の写真が嬉しいのかな。」とジジとババたる親爺とオカカは
そんな孫の様子を見て微笑ましく思っている。
 きっと高祖父母曽祖父母たる大爺様大婆様、爺様婆様も高見からそんな玄孫、ひ孫を優しく見守っていてくれるのだろう。
 我が孫は仏壇にペットボトル入りのお茶を供えたり、鈴(リン)をならして腰をかがめお参りをする風を見せ、手を叩いて喜
んでいる。
 今朝はありあわせの酒をオカカが仏壇に供え、親爺と一緒に灯明と香を上げ手を合わせた。里帰り中の次女もお参りを
した。爺様安らかに。午後の買い物でもっといい酒を買ってきてお供えするよ。
 ”山里の桃は卯月に散り初めて慈父旅立ちし朝思いいず”


 昨日の花まつりの写真はオカカ撮影。やはり釈尊の像に甘茶をかけて花を飾る。
 

 我が家の庭のミニ水仙も漸く三つの花を開かせた。


4/8
 孫が昨夜ママと帰って寂しくなった。
 今朝はお釈迦様の誕生日で、閻魔堂で仏事と、花まつりが行われ、参拝者に甘茶が振舞われる。その当番にオカカが
当たっていて、朝は8:00から閻魔堂に入っている。
 甘茶と云えば甘いお茶なのだが、その甘みと云うのは甘茶蔓を煮だした甘味で、砂糖の甘みなどとは全く異なるものだ
が、親爺はそれが大嫌いである。甘いと云うよりいがらっぽい、何とも言えぬ代物だ。
 穏やかな薄日の射す温かい山里である。


 親爺の操縦するドローンが上空から親爺の操縦通り降りて来て、我が家の庭に着陸する。
 


4/7
 暖かいが、高曇りの朝だ。東京の次女が5月半ばの出産を控え里帰りしている我が家に、昨日から長女と孫が来てい
るので、それはそれは賑やかな我家だ。
 次女は富山市内の病院で出産予定で、検診を受け異常なし、孫も1歳半検診を受け頗る健全な発育を褒められたそう
で、ジジにとっては嬉しい事ばかりであった。
 去年より約1週間遅れで、庭にミニ水仙の花が咲いた。
 

 朝から庭のお掃除に忙しい孫。一人つききりでいないと危ないので・・・・・。
 

 開園したばかりのカモシカ園に遊びに行った。動物は大好きな孫である。
 


4/6
 今日も良く晴れた暖かいを通り越して暑い日だ。
 昨日の昼ころ、ヨータローが訪ねてきた。入学式があったそうで、ヨータローはピッカピカの一年生である。その晴れ姿
を「カズジイ」にも見せようと我が家へ立ち寄ってくれたのだが、生憎とオカカが外出中で、会えなかった。
 いやいや可愛い姿だ。
 ランドセルを背負っているのだが、学校で配布された教科書が全部入っているそうで、「重い!」のだ。
 親爺と並んで写真を撮ったが、何とも可愛くて初々しくて・・・。親爺の涙腺が緩む。
 ランドセルが歩いているような姿が、何とも胸に迫る。おめでとうヨーチャン。


 将来は航空機設計者になりたいのかな、或いは操縦者になりたいのか。とにかく船や飛行機が好きな一年生だ。
 

 芦峅寺の山里で、すくすく育つヨータロー。元気で大きくなれよ。爺ちゃん楽しみにしてるぞ。



4/5
 大日が明るく輝いて見えている。山里は晴れて、気温もぐんぐん上がって来る。
 昨日夕刻、出産のため帰省した次女と、付き添って来た婿殿を富山駅に出迎えた。その時たまたま休みが取れ、家族
サービスに一生懸命だった長女の婿殿と長女、孫が富山駅近くで食事をしていたらしく、オカカに電話して出迎えに参加
した。親爺は孫の顔を見たいが、顔を合わせると別れる時に孫が後追いするので、駐車場で待っていることにしたのだが、
オカカが孫を連れて駐車場まで来てしまった。「エ〜イ、余計なことを」と思ったが、爺を見つけて飛びついてくる孫を抱い
たら、もうメロメロで、後は野となれ山となれ。孫を抱っこしてやにさがり、手をつないで改札口で、次女夫婦の到着を待った。
 15分ほども待っただろうか、次女たちが着て、挨拶も早々に、さて孫と別れねばならぬ。後追いさせぬよう、駅に乗り入
れてくる市電に、孫が夢中になっている間を狙い、駐車場へ向かった。
 何とか機嫌良くごまかし別れてきたのだが、長女夫婦はその後大型銭湯に出かけ、孫も大はしゃぎだったそうで一安心
した爺馬鹿であった。
 明けて今朝、輝く大日の見送りを受け、オカカと紹介状を携えた次女は、富山市内の病院へ診察を受けに行った。
 5月半ばの出産予定までまだ一月余りある。母子とも健やかならんことを祈るばかりだ。


 昨日はパパが休暇を取り、家族サービスをしたようだ。優しいパパと一日遊べて良かったね。
 

 我が家の庭も雪がすっかり解けて、ドローンの発着場が出来た。ミニ水仙も間もなく咲くだろう。
 


4/4
 隣の桃の木も雪を落とした。そしてその下から花が確り顔を出していた。すごい生命力だ。何せ毎年雪にやられ、ボロボ
ロの老木だ。
 山里の今朝は、木立こそ雪を落としたが、家々の屋根や庭には雪が残り肌寒い。午後に晴れ間が出、16℃まで気温も
上がるとの事だが、考えてみればもう4月なのだ。
 3月末など殆ど春で、フキノトウを摘み食べたりしていたのに、4月は雪に襲われたのだから不思議な気がする。
 明日から室堂周辺の各山小屋(ほとんど旅館、或いは山荘だが)が小屋開け入山するそうだ。奥地の小屋はまだまだ先
の話だが、そんな季節なのだなあと、今や門外漢の親爺はのんびりと構えている。


 赤い欄干のブルーシートを取り払われた布橋も、雪のじゅうたんが敷き詰められた。


4/3
 3月末日まで、雪は全くなくなっていたのに、4月になって1日午後から降り出し昨日いっぱい降った雪で、山里はすっか
り雪景色。山里はともかく、富山市内で4月に入っての積雪は23年ぶりだそうな。
 山里は寒さも結構厳しく、今朝オカカが親爺の軽4WDで家の前の坂道を上り県道に出ようとしたが、一旦停止をしたら
登れず、バックして4駆に入れ登りなおしたそうだ。もちろん親爺の車もオカカの車も未だスノータイヤを履いている。山里
ではGW直前までタイヤ交換はしない方が良い。
 見ただけで背筋がぞくぞくする景色だ。


 不動山もまた真っ白。


 もちろん我が家の庭も真っ白だ。まあ、午後から晴れるという予報だからあっという間に解けるだろうが。
 


4/2
 春になったと、昨日の年度替わりを以て項を改めたこの絵日記だが、何じゃこれはである。
 昨日朝こそ晴れてはいたものの、新元号令和が発表される頃から雪が降り出し、なんとこの雪は止むことなく降り続いて
今朝こそ少しの間止んでいたが、正午を回った今もまだ深々と降り続いている。
 とは言えすでに逃げ腰の冬将軍の最後っ屁、道路が閉ざされるという雪ではなく、雪景色に冬の名残をとどめるだけの事。
 午前中はオカカと銀行やら買い物やらと雑用を片付けて来た。
 帰宅してドローンを上げた。成程立派な雪景色のわが山里だ。


 昨晩寝しなに撮った携帯の写真。屋根にはすでに10cm、道路もそこかしこもすっかり雪に覆われていた。
 

 村の常願寺川側の猿のための畑?も村下まで真っ白。       村の真ん中を通る富山立山公園線沿いの家並も真っ白
 


4/1
 明るい朝を迎えた山里だ。新年度の幕開けに相応しい天気で、村はずれから見る立山も新雪の衣をまといなおした。
 来月から変わる元号が今日発表になる。昼ころという事だから、まだ3時間ほど先のことだ。テレビもその話題で持ち切り
だし、親爺もオカカもミーハーだから興味津々である。ミーハーでなくても日本国民なら強い関心を持っているはずだ。
 ”立山の空に聳ゆる雄々しさに習えとぞ思う御代の姿も”と詠われたのは昭和天皇である。昭和に生を受けた親爺には、
何とも懐かしい昭和だが、3人の娘を持つ父となって迎えた平成もすでに31年間を過ごし、高齢者の仲間入りをし、可愛い
初孫を授かった今、さて次の元号は何となるのだろう。5月に生まれ来る予定の二人目の孫の誕生を心待ちにしながら、初
孫は平成生まれだが、二人目の孫は新元号元年の生まれとなるのかと、二人の孫と過ごすことになる新元号に想いを馳せ
る親爺だ。
 昭和天皇の詠われた立山は、今日も雄々しく神々しい姿を見せてくれている。


 村に入り立山に向かい進むと、真正面に大日が見えてくる。

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