2021山賊庵絵日記(春)  新年度を迎え項を改めました。2021/04/01



4/23
 良い気候になって、ついに暖房が一切不要になった。
 室温が22℃、湿度が36%、何とも快適だがやはり親爺には少し肌寒いので、Tシャツの上に薄手のフリースを羽織
っている。フリースほど着やすい上着はない。1年のうち約8か月はフリースで過ごす親爺で、オカカにはずいぶん嫌
われているが、親爺にはこの上ない衣装である。
 スーツなどという代物は、肩が凝っていけない。ましてやその下にワイシャツまでは許せるが、ネクタイなどという無用
の長物で首を絞めるとなると、半日が限界である。
 これでもう少し暖かくなれば、作務衣になり、真夏は甚兵衛で、また作務衣からフリースに戻る。イヤイヤ親爺の理想
的衣替えで、勤め人時代は夢に見たし、山小屋親爺時代からその夢は半実現し、隠居生活の今こそ完全である。
 剱御前小舎時代にはダウンも良く着ていた。
 大日の雪庇が大きいが、剱御前小舎直下の雪はすこぶる少ない。


 別山もこの時期としては雪が少ない。


4/22
 今日も天気が良い。スノータイヤをノーマルい履き替えに行って来る予定だ。
 ここ二日ばかり急に暖かくなって、夜の眠りがおかしくなっている親爺だ。同にもぐっすり眠れぬ。寝つきは極めて良い
のだが、小用に起きてしまい、何時だろうと時計を見ると未だ1:00頃だったりする。しかもよく夢を見て、昨夜などは我
が爺様と、婆様が階下の部屋で、何やら言い争っている夢を見た。何だかまあかつてに爺様婆様がやっていた通りの
仲良い喧嘩で、あったが・・・。
 寒かった時は本当にぐっすり寝て、やや寒いと目覚めるときは殆ど明け方だったのに、暖かくなった今は2度も目が覚
めてしまうとは、親爺はやはり北方志向の人間なのだろうか・・・。まあ、そのうち慣れるだろう。
 トモチャンが入山し、さっそく写真が送られてきた。ありがたい話だ。このHPの立山の写真の90%はトモチャンが送って
くれる写真である。早速、御前山にさっそく行ってきたらしい。


 我が家からは少し愛がかかり大日が見えている。


 庭の垣根のバラが芽吹ている。


4/21
 今日もいい天気の立山だ。山里も暖かく、我が家の居間は床暖も停止、ストーブも消して、9:20現在21℃もある。
 もちろん立山も良く見えているが、春山特有のアイがかかって、ボーっとして見える。
 親爺は最近干し肉に凝っているが、昔の猟師が作った干し肉ではなく、中国土産の甘い香辛料のきいた猪肉乾という
スナックのようなもの。昔は台湾辺りで買って、袋詰めになっていたものは持ち帰れたのだが、最近は検疫が厳しく肉類
は、たとえパッケージ済みの工場製品でも駄目だとか。缶詰やレトルトのパックごと高熱滅菌してあるものは辛うじて持ち
込めるそうだが・・・。興味のある方はこちらを→
 で、色々調べてみたら、自分で出来そうなので張り切って、試しに二度ばかり作ってみたが、やはり本格的なバクワと呼
ばれるひき肉で作る物を作ってみたくて更にいろいろ調べている。
 今日も好天。アイがかかるが大日も見えている。


 垣根のバラの木も葉が青々と生気に満ちてきた。


4/20
 快晴の今朝、昨日トモチャンから久しぶりの連絡を受けた通り、東邦のヘリが春一番の空輸作業に芦峅寺HPに飛んで
きた。
 嘗て、10数年前までは、このヘリポートからの荷揚げが立山の山小屋の小屋開け営業再開を告げる一寸したイベント
の様になっていて、当時は五軒余の山小屋への荷揚げが一気に行われたものだ。テレビ局、新聞社の取材も毎年これ
を取材に来たし、このヘリ便で入山するメンバーも結構いたものだ。
 が今や、ここを利用する山小屋は剱御前小舎の一件のみとなってしまった。一の越山荘もヘリポートを川向のスキー場
に移し春の荷揚げを行ってはいるが、GWの営業を行わなくなった山小屋も何軒かあり、今や立山小屋開けの風物誌とな
っていた、春一番の空輸作業もかなり寂しくなった。
 まあ、それでも今年も大きな荷物をぶら下げたヘリが、芦峅寺HPから立山に飛ぶ姿を見た。親爺には小屋開けの情景
が目に浮かんだ。


 芦峅寺中央、雄山神社の上手に立山博物館がある。親爺のドローンでそのとんがり屋根がみえた。


4/19
 コロナ禍のせいで、いろいろと世の中は変わってきた。いや、幸い親爺には現役引退後のことだったので大したダメージ
もなかったのだが、孫息子の五歳の誕生日に行ってやれなかったことだけはいまだに悔しい。まあその程度のことで文句
を言っていたら、あちらこちらからお叱りを受けるだろう。商売が成り立たず、生活の基盤が崩れた方、大企業の自粛等で、
雇用を切られた人・・・我が山小屋仲間たちも大変な日々を過ごしているようだ。
 今や体力とともに、他の能力も日々減退の一歩をたどる親爺、こんな未来を予知して立山を仕舞ったわけでは毛頭ない
が、これも運というのだろうか?
 イヤイヤ親爺とて、山小舎を火災で失い、大きな借金を背負い苦労したこともあったが、爺様健在で実務の90%は爺様
が受け持ってくれた。が、まったくの苦労知らずの親爺もそんな爺様の背を見ながら、できる限り頑張った。そしてその借金
を完済し、山小屋営業も完全に元に戻した事は、親爺の人生にとって、大きな自信となった。爾来30数年、順調な山小屋
営業を続け、64歳で立山を仕舞った親爺である。もちろん順調とは言え、その場その場の苦労もあったが、小さなことには
怯まぬ肝は、件の山小屋焼失というアクシデントから立ち直ったことで、十分練れていた。
 このコロナ禍からも、きっと立ち直る日が来るはずだ。その時の日本人は、より一段と利口で強くなっているはずだ。
 今日はそんなことを考えている親爺である。
 立山には新雪が降ったように見える。


 蕨を折りよせた。炭酸を振りまき熱湯を注ぎ、重石の落し蓋をかぶせ、半日ほど放置してあく抜きをしておく。
 

 後は流水で、半日ほどさらし、細かく切って、醤油、酒、みりん同割のたれに漬け込み、好みで昆布も放り込んでおく。蕨醤油漬け。
 


4/18
 半月ぶりと云うか、二週間ぶりと云うか昨日から孫が来て賑やかな日曜日だ。
 親爺の寝室まで、ジジを迎えに来て、朝から忙しいことだが、おしゃべりが楽しくておかしくてオカカと二人笑い転げる。
 3歳半、言葉も随分覚え、お話ができるのが面白い。
 が、そろそろジジババでは物足りないようで、いろいろと外に出たがり、体力不足の年寄では相手が務まらなくなりつつあ
る。ジジババの処へ行こうというと大喜びするのも後しばらくかもしれない。
 雨に濡れる我家の庭。日曜日。
 

 孫と久々にパスタを打つジジ。珍しものは大喜び。             窓の外では虫も雨宿り・・・。
 


4/17
 口開けの土曜日が雨で、一寸気勢をそがれたアルペンルートだが、コロナ禍の未だ終息が見えぬ今年だから、自粛営
業を続けざるを得ず、後しばらく辛い日々が続きそうだ。
 そのアルペンルート、全線開通から50年たったという。実に半世紀だ。
 昭和46年夏の終わり、親爺は大学1年生で、営林署の高山植物保護指導員のアルバイトをしていた。現在で言うグリー
ンパトロールの前身だろう。室堂が拠点で、幾つかの班に別れ、あちこちに散るのだ。親爺たちは芦峅寺出身者4人で、広
範囲な薬師岳、エリアを担当したが、黒部五郎、三俣、水晶、野口五郎、烏帽子、戻って雲の平、高天原、薬師沢等々を
いくつかの重点箇所では数日以上滞在しながらのパトロール行で、太郎小屋や水晶、雲の平の小屋では随分お世話になっ
たものだ。
 まあそれやこれやで一月ほどはあっと言う間に経ち、やがて室堂に呼び返され、当時はまだ古い室堂山荘の時代で、その
付近に建ち並んだ、富山県(警備隊や厚生省)、営林署の官舎が長屋の様で、とにかくその営林署の官舎にいたころ、今の
室堂ターミナルも完工間近で、大きな浴室が出来あがり、山岳関係者に入りに来ていいという、お触れが回った。
 親爺たち、山乞食風の薄汚れた連中も、その恩恵に浴し、いくらかは奇麗になった覚えがある。
 考えてみればそれがアルペンルート開通の年だったわけで、今や記憶も随分ぼやけているが、その後数年後には自分が
剱御前小舎の経営者となり、40年を立山に過ごそうとは夢にも思わなかった。
 親爺の立山はもう仕舞ったが、アルペンルートは健在で、立山を広く世に広めるという使命を今なお遂行中だ。これから先
のアルペンルートが、どのようになっていくのか、今しばらく親爺も見てゆけるだろう。


 せっかくの土曜日が、雨になってしまった。


4/16
 10日にドローンを壊し、ネット上でメーカーのサポートセンターに修理申し込みをし、壊れた機体を送った。その翌日夜
に、修理詳細と見積書がネット上で提示され、合計金額が予想の1/3の10,000円余りだったので、ネット決済で料金を支
払い、修理委託した。機体は予備バッテリー込で60,000円程だったので、此の侭捨てるに忍びなかったし、親爺なりに判断
したわけである・・・。で、何と昨日、修理を終えた機体が我が家に届いた。驚くべき速さである。
 修理を終えた機体を確認。完全に作動する。サポートセンターで、別のコントローラーでテストして戻ってきているため、
元のコントローラーとの再バインディング(リンク)を行ったが、それが終わると室内での軽い飛行、撮影、すべてうまく行え
た。で、今朝は朝食後一番でテストフライトを行い、すべて完全に修復されていることを確認した。
 事故、修理申し込みが10日。一連の修繕作業が終わって、我が家へ到着したのは15日。何と迅速な対応だろう。
 親爺は本当に驚いてしまった。
 今朝朝食後朝一番で、ドローンを上げる親爺。ドローンは完全復帰。



 

 主に機種部分、一番重要なカメラジンバル部分が折損。表カバーも微妙に欠損。修理前にセンターで撮影して送ってくれた。
  

 閻魔堂の桜も散り、葉桜となっている。


4/15
 今朝までは肌寒さを感じていたが、9:30を回った今、気温はぐんぐん上がっているようで、襟元迄上げていたフリースの
ジッパーを半分ほど下した。フリースはパタゴニアの良いものだったが、10数年着続けているお気に入りで、考えてみると
このフリースを脱いでいるのは、年3〜4か月で、後の8〜9か月は洗濯時にぬいているくらいだ。世の中にこんな楽な上着
はない。が、流石にこれだけも着込むと、生地は薄くなり防寒性能はかなり低くなっていて、肘や袖口などは生地が透けてい
る箇所もある。でも、もう隠居の身の上、めったに他人前に出ることもないので、快適な着心地だけが重要だ。
 さっきジッパーの開け閉めでは調整できぬほど暖かかったのは、冬着を脱ぎ忘れていたからで、今脱いでちょうどいい具
合だ。薄手のオーロンの下着に、薄くなるまで着古したフリース一枚。実に快適である。
 今日は非常に良い天気である。家の屋根越しに大日が見える。


 花わさび(葉わさび)を頂いて来た。流水できれいに洗い、細かく刻んで80℃のお湯で10秒ほどゆでる、というか湯につける。
それを取り出して軽く絞り(熱いので気を付けて)ボールにでも入れ、暖かいうちに、塩と砂糖をわずかずつ入れも見込み、密封
容器に入れ、封をし、2〜3時間放置し、好みの味をつける。
 

 親爺は醤油漬け。濃いそばつゆ程度の汁を作り、容器に入れ密封、一晩おけば辛い花わさび醤油漬けが出来上がる。


4/14
 心平と緑の一粒種、ヨータローは親爺とオカカにとって、初孫のようなもので、数か月の時から二人で預かって面倒を見た
ものだから、今でもジイチャンバアチャンである。まあ最近は小学校3年生にもなって、ひょろひょろだが背も伸びて、もう赤
子でも幼児でもない少年だ。家も近いから、ごくたまに遊びに来るが、中々ユニークな少年になってきて、心平に似たのだろ
う器用なところがあり、まだペーパークラフト専門だが、拵えるものがおかしい。
 過日は昔の武士の装束である直垂を、しかも鎧下に着こむやや小さめの直垂を、新聞紙とセロテープで作り、ジジババに
見せに来た。太刀や、脇差、果ては草鞋(ビニール紐製)まで拵えて。
 で、今度は鉄砲足軽の具足一式(段ボール製)等々を作ったそうで、その写真を送ってきた。何とも、物のない昭和の時代
の子供の様で、親爺は目を細めてみている。
 今朝はこんなガスの中の村である。


 何とも器用なヨータローである。火縄銃はジジやお父さんの影響だろう。でもペットボトルロケットも面白くてたまらぬ小3だ。
  

 風で吹き散らされた埃、も今朝は奇麗に、雨に流されていた。


4/13
 親爺は今、PCはMOUSEコンピューターを使っている。SSDタイプの252Gのもので、もう3年程たっている。昨今、前のシャ
ープ製のテレビが故障して、やむを得ずテレビも入れ替えたが、これはハイセンスというメーカーだ。二つとも中国のメーカー
で、そう言えばスマホも親爺のはファーウェイという中国製だし、タブレットも同メーカーのものだ。
 なぜ中国製のものをこんなに使っているのか、親爺とて標準的日本人でミーハー代表の庶民で、中国が特段好きなわけで
はない。それは唯一、コストパフォーマンスに重きを置いて品物を選んだからだ。
 日本メーカーには確たる製品管理に裏打ちされた信頼があるし、アフターケアーもそこそこ徹底しているが、しかしその分
価格が高い。親爺たちが子供のころのメイドインジャパンは、安かろう悪かろうの代名詞だった。それがいつの間にか、世界
一信頼される高級品になった。それには徹底した品質管理、消費者の声を取り入れた商品改良、新技術の開発と、日本人
の製造業に携わる人たちの、血のにじむような苦労があった。更に、徹底したアフターケアも確立された。故に、日本製は世
界のブランドとなった。が、昨今、そのテクノロジー生産システムなどが海外に流出し、今や中国は電子製品の分野では安い
豊富な労働力に頼るだけではない、高度なテクノロジーも開発し、それを製品として体現する高度な生産システムも作り上げ
ている。そしてついには自社製品のアフターケアという領域も確立してきている。
 ドローンなど親爺は中国製品で入門し、中国製品を現在も使っており、DJIというメーカーの機種を操縦トラブルで壊し、サポ
ートセンターへ修理に出したが、オンラインの申し込みで、対応も早く修繕費用も良心的だった。正直言うと日本メーカー以上
の製品に対するアフターケア体制に、舌を巻いたのだ。
 これでは日本の多くの大メーカーが、電化製品の様々な部門で撤退している現在が良くわかり、且つ心配になる。
 ハングリー精神を忘れたこの国は、嘗て斜陽国と呼ばれた英国へと近づいている。まだ一部の分野でだけではあると信じて
いるが・・・。
 散りゆく桜もまた華やかに花を咲かせる日が来る。


 ほぼ1年ぶりのメキシコマンゴーを取り寄せた。約4sで2800円は安い。


4/12
 今日も良い天気で、気温は町場では20℃を越すかもしれない。山里も暖かく、オカカの友達からは、ワサビ菜を採りに来
ていいよと連絡があった。その友人の日課であるウオーキングが終わる9:30頃、出かけていくそうだ。春だなあ。
 親爺はドローンの修理連絡待ち。修理費が高ければ、新機種を買おうと思っている。オカカに「自分の小遣いの範囲でなら
自由にしていいよ。」と了解も得てあるし、去年政府から出た10万円の一律支給も、少し残っているし、まあ下手の考え休む
に似たりとも言うし・・・。もうすっかり新機種購入に傾いている。
 物干場と居間の仕切り戸を開けておくと、温室効果で温められた空気が、居間に流れ込んでくる。網戸だけは確り閉めてお
かないと余計な虫も入ってくるかもしれない。それでも冬の生活の延長で、ストーブの火を消すのがためらわれる。湯沸かしも
かけてあるし、アルミホイルでくるんだ芋ものせてある・・・。少なくとも昼までは火をつけておこう。
 今朝も大日がはっきり見えている。


 村はずれの桜は、そろそろ散り始めている。


 注文しておいた台湾製の豚肉でんぶが届いた。ふわっとした口当たりの優しい味で、親爺の好物だ。


4/11
 昨日はドローンを壊してしまった。不注意といえば不注意だが、親爺には結構高価な玩具だったので、しかもDJIのカメラ
ジンバル付きの199gのトイドローンと呼ばれる機体だったので、がっくり。
 損傷個所がそのカメラ部、しかもジンバルのカメラ取り付け部が折損・・・。諦めきれず、一応修理いは出したが、おそらく
かなり高くつきそうなので、見積もりを見て諦めて、また新機種を買う事にしようと、今はとりあえずDJI サポートサービスに
機体を送り、見積もりを待っている。
 そのショックで、昨日はHPの更新もできずじまい。ラジコン飛行機歴40年以上の親爺にとって、自在に空を駆け巡る模型
航空機は、このドローンのお陰で、70歳に喃々とする現在でも、航空写真まで撮れる空ものラジコンとして認識されている。
 しかもドローンは最新技術の結晶で、操縦も楽で高齢者でも十分飛ばせる空ものラジコンなのだ。
 その最後の空ものラジコン大破・・・何ともがっくりである。まあ、親爺の事、切り替えも早い。今朝は愛車軽4WDで、あち
こち徘徊、写真撮影をしてきた。
 ドローンもいいが、自ら動き回っての写真撮影の方がいい写真も撮れる・・・でも新しいドローンは欲しい。
 閻魔堂の石段脇の桜は、今冬小鳥に蕾をついばまれ、ヤエンコに樹皮をかじられと散々だった。それでもまばら乍ら、花
は咲かせている。


 村はずれ、新緑と鍬崎山。


 志鷹の宮の前のつつましやかな桜並木。。


4/9
 今日は爺様の祥月命日。仏壇に燈明を上げお参りをした。旅立ってから丁度5年、神道なら五年祭りとなるが、我が家
は天台宗、来年婆様の23回忌をするので、それに合わせ爺様の7回忌を1年前倒しして執り行おうと思っている。
 すぐ近所のお爺ちゃんも長く顔を見なかったが、今日のお悔やみ欄に載っていた。葬儀はもう終わったそうだ。ちょっと
前ならうっかりしていて葬儀に顔出しもせず、不義理をしてしまったということで慌てたかもしれないが、最近はこれが普通
になりつつある。特に昨年からのコロナ禍の中、ごく近い親族だけで葬儀を終え、お悔やみ欄には葬儀は済みました、と
載せるのだ。
 コロナ禍以前からその傾向はあって、特に高齢者(おおむね85歳以上?)の葬儀は家族葬が多くなっていた。オカカの
実父も93歳だった。生前の友人関係、ご近所との交際などはほぼ絶えていたし、義兄も県外に移り住んでおり、少し寂し
い気はしたが家族葬で見送った。その後も叔父を送ったのはすでにコロナ禍の最中だったので、当然のように家族葬だっ
た。これからは、コロナ禍が収束しても、このスタイルが定着するかもしれない。
 大きな葬儀は見送る側の気持ちの現れ、決して否定もせぬが、心籠った小さな葬儀が家族葬としてこれからの中心にな
る事だろうし、それでよいのだ。
 我が爺様の祥月命日に、そんなことを考えている親爺だ。
 昨日より少し肌寒い。立山も良く見えない。


 昨日から、豚の干し肉作りに挑戦している親爺だ。ベーコンやチャーシューはしょっちゅう作るが、干し肉は初めてだ。
 うまくいくかどうか、かなり心細い。
 

 限界先の筧から、山水が勢いよく流れる。もう融雪散水は不要だ。


4/8
 今日は月一の薬貰い日。富山市内の医院へ出かけた。
 コロナのこともあって、外出はできるだけ避けているが、月に一度や二度の外出くらいしないと、出不精になってしまう。
 もともと外出してあちこちウロツクのは好きではないし、人混みが特に嫌いな親爺だから、元来が出不精なのだと言え
ばその通りだが、旅行などとなると話が違う。
 しかし今は旅行などちょっと無理だ。買い物に出かけることすら、週に1回か2回程度にしているのだから。
 行き帰りい見た立山は、春特有のアイがかかり、ボーとしていた。
 帰宅してからドローンを上げて撮ったが、やはり一緒だ。
 今日の山里から見た立山。


 パパの誕生日で、チョコケーキを頂く孫娘。        端午の節句の兜飾りが、ちょっと怖い孫息子。
 

 富山市郊外から見た立山。この時期としては非常に雪が少ない。


4/7
 今日も何事もなく長閑に過ぎて行く。そしてこのことが一番大切なことだ。
 オカカと二人の穏やかな日々の繰り返しこそ、人生の晩年を迎えている老夫婦にとってありがたいものである。
 我が家の庭の片隅に咲いた、小さな紫のご弁の花。去年も名前がわからず、何か調べた気がするが、もうすっかり忘れ
ている。親爺は植物音痴、オカカは比較的植物が好きなのだが、曽於オカカにもわからない・・・。
 まあでも春になると我が庭に必ず可憐な花を咲かせてくれるので、好もしい花である。


 垣根に絡みついて、毎年葉を咲かせるバラも、もうずいぶん花芽を付け始めている。
 

 寂しい桜だが、我が家から見える唯一の桜木、閻魔堂石段脇の桜。


4/6
 暖かい朝だ。歯磨きをしながら窓の外を見ると大日岳がすっきり見える。昨日は親爺の昼寝時間(30分間程)に、隣の
ヤンジーが来て、早月小屋のホームページが更新できないと相談に来た。
 オカカとヤンジーが二人で雑談している隣で、かなり能力も落ちたロートル親爺が、たまにそのおしゃべりに参加しながら
の作業だったので、なかなかはかどらず、夜までかかったが、凡そは管理でき、あとはアップロードする段になってアップロ
ードはするのだが、アップした場所が違うらしく、ブラウザーで確認しても見られず、今日に持ち越した。
 恐らく、/public.html のフォルダーをアップロード先として設定する必要があったのかもしれない。
 親爺もかなり怪しくなってきたものだ・・・。
 昨日はガスって見えなかった立山方面、今朝は大日がすっきり見えている。


 居間の出窓から閻魔堂石段脇の桜を見る。去年ほどの咲きっぷりではない。と思いながら出窓の棚を見ると孫達のおもちゃが・・・。
 


4/5
 孫が帰った翌日は、帰った直後のホッとした気持ちが消し飛んでいて、ただ寂しい。
 孫の遊び場用になっている、我が爺様の隠居部屋はやがて親爺の隠居部屋になるのだが、今は滑り台や、その他のお
もちゃが置いてある。廊下を通るたびに引き戸を開け放してある部屋の、滑り台が目に入りると、チビ助どもの姿が思い起
こされる・・・。ああ、親爺もジジイになってしまったものだ。
 今朝は小雨が降っているが寒くはない。でも今のストーブは焚いている。立山は全く見えない。雪かも知れない。


 東京の孫は風邪も癒えて、砂場遊び。暖かいのにこの帽子がお気に入り。黒部の孫はジジババの家に来る手前のアルペン村で一遊び。
 

 ジジババの家に着いたら御姫様。ジジババにべったり甘えて過ごすのが大好き。

 


4/4
 孫がいる朝はにぎやかだ。今朝も孫に起こされ、一緒に朝食を食べた、というかご指名で、ジジが朝食のお世話係。
 納豆に、シラスと僅かの塩こぶを混ぜたご飯に、高野豆腐と鶉の卵、かまぼこの炊き合わせが孫のスペシャルメニュー。
ゆっくりしっかりお喋りをしながら楽しく食べた。孫の手はもとより、ジジの手も納豆でねばねば・・・。甘いババのデザートは
ブドウ二粒とオレンジ半分。これも完食し、ようやく時事の朝食だった・・・。
 でももう3歳半、一人遊びも結構するが、やはりジジババを引っ張りに来て、一緒に遊びたいようだ。
 遊んでいるうちに、東京の孫からライン電話、これで又ひと騒ぎ、何とも賑やかで、普段静かな暮らしに慣れている親爺は
この辺りで疲れが出てくる・・・。
 閻魔堂石段脇の桜に花が咲いていた。今朝それに気付いた。


 ジジのトレーニングマシンは、孫のジャングルジム・・・。          桃の花も散り始めたがまだ頑張っている。
 


4/3 
 昨日はインド料理チキンマサラを作った。今日は、長女が孫の顔を見せに来るので、取り寄せておいたオックステールで
シチューを作っている。
 もともと料理は好きで、食い意地が人一倍張っているので、剱御前小舎時代もかなり怪しい料理をみんなに食わせては
喜んでいた。冬ももちろんいろんなものを料理して楽しんだが、暖かい春になって身体が動きやすくなったからか、はたまた
気まぐれか、料理が面白い・・・。
 今日はシチューを煮込んでいるが、昨日はカリーだった。インド料理のカリーは煮込み時間が少ない。だから思いついて
すぐ作れるので、そこそこのスパイスさえ取り寄せておけば簡単で美味い。昨日の分をご紹介しよう。
 庭の垣根のバラが芽吹いてきた。


 チキンマサラは北インドのオーソドックスな料理だ。親爺のこの料理の虎の巻は、某有名店シェフの本である。
 まずは玉ねぎ、ホールスパイス、パウダースパイス、ニンニク、ショウガなどを用意し、ホールスパイスを油に投入し、香
りを出す。ホールスパイスはカルダモン、クローブ、シナモンで、ニンニク生姜も加える。
 

 次いで玉ねぎを加え中火の強火で炒める。色が茶位トト黒色の間位まで炒める。これが甘いとうまくない。
 

 で、トマトホール一缶を入れ混ぜ合わせ、パウダースパイスも加えここで塩一つまみで味を調える。パウダースパイスは
コリアンダー、ターメリック、パプリカ、カイエンヌペッパー。更にカシューナッツを牛乳と一緒にすりつぶして加え、鶏肉を
入れ、濃度を見ながら水も加え、15分ほど煮こめば出来上がる。塩以外の調味料は加えない。


4/2
 今朝もいい天気だ。あまり外出しないので、このHPに掲載する写真も少なくなってきた。で、今朝は久々にドローンを上
げて、あたりの景色を撮ってみた。
 あいにく、山は春特有のアイ(靄の方言)がかかり、ドローンの得意とする立山の全景は、朝方は特に光の関係もあって
スッキリとは撮れない。
 それでも撮影した映像のそこここに、春だなと思わせる風景があった。後は機材と親爺の腕の問題(つまり全て?)だ。
 素人の移す写真、被写体が良くてもそれを撮ることは実に難しい。
 暖かくなって、室温はあっと言う間に20度を超えるので、日中のストーブは消してあるが、朝晩はまだストーブが欠かせ
ない山里の春だ。
 それでも、桃の花は咲き、我家の垣根のバラも芽吹いてきている。


 孫たちも、黒部のお姉ちゃんは年少クラスに、東京のダンス大好き坊も一歳児クラスに、それぞれ進級した。
 ジジババには、元気な孫たちの成長が一番の楽しみだ。
 


4/1
 もう4月1日だ。新年度の始まりだ。
 まあ、新年度などとは、親爺にはあまり関係ないのだが、黒部の孫は年少クラスになったし東京の孫も漸く1歳児クラス
になったそうだ。孫のこととなると、そんなことまで何やらうれしい。
 黄砂の影響も止んで、大日岳が朝日の中にすっきりと見えている。春の山は比較的かすんで見えるものだが、昨日まで
の黄砂のかすみ方とはまた異なる。
 霞むといえば消費税表示。税込み総額表示が義務化される。
 過日も新しいPCを検討していて、良かったのでネット上のカートに入れ、いろいろなオプションも考慮し最終価格を見たら
4万円台のはずが、6万円台になっており、オプションも最低限しかつけておらぬのに?と、詳細を見ると、すべて税抜き
表示で、最後に税込み総額表示となる仕掛け・・・。よくよく確認せねばと、カートを空にして購入検討を中止した。
 まあ、980円表示で、1000円出すと怪訝な顔をされると云う、しゃれにもならぬ不愉快さ・・・・・。
 親爺は山小屋商売をしている間中、すべて消費税込みの表記で頑張った。こっちが細かい計算ができないからでもある
が、徴収義務を負わされる商売人側としても面倒なものだ・・・。
 何とか税がすべて、国民の血税であることを、政府にはしっかり認識して欲しいものだ。
 黄砂の抜けた後の今朝の大日。


 未だコロナワクチンの接種の通知はないが、親爺は満68歳で、前期高齢者なので早く来るはずだが、オカカは微妙な
満64歳なので、遅れるのかと思っていたら、その年度、年度で括り、今言う優先高齢者は令和3年度に65歳になる人す
べてを言うことが分かった。今日の新聞ローカル欄では、我が立山町は4月12日から通知が発送されるそうだ。
 直垂(鎧下に着る手足に括りひもの付いた小型の直垂)というか、武士の装束に興味をもって、得意の紙工作で、上下
を作成し、ビニールひもでわらじ迄編んだコスプレヨーちゃん。頭は烏帽子、大小の刀も打刀と脇差で、素晴らしい。
 オカカが面白がってカメラを構えたら、心平の「いつものポーズ」の一言で、斯くの通り。 庭の水仙も咲いた。
 ヨータローも我が孫同様である。
 

 村はずれにはまだ雪が残るが、フキノトウも少し出ていた。今夜てんぷらにするそうだ。
 

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