2021山賊庵絵日記(夏)  6月となり梅雨入りも間近です。項を改め夏といたします。



8/31
 葉月も今日まで。親爺の頭の中では夏も今日まで・・・。明日からは秋である。
 今夏は天気に恵まれず、立山もさんざんであった。コロナ禍で大変なところへこの悪天候で追い打ちをかけられ、昨年
よりは幾らかましだろうと思っていたのだが、どの山小屋もかなり苦しい状況だろう。
 コロナ禍もなかなか収束には向かわず、日本中が我慢を強いられている。とにかくコロナが治まらぬと如何ともならぬ。
 下界は田んぼに黄金色がみなぎる。稲刈りも行われている。人間の営みも粛々と続く。


 そこはかとない秋の色も目に見えるようになった。


 昭和の山小屋を思わせる真砂沢ロッジの出入り口。


8/30
 今日は薄暗く今にも雨が来そうな空模様だ。昨日のような爽快感はなく、なんとなく暑い気さえする。
 立山も天気は良くない。雄山の山頂カメラで見るとガスに覆われている。暫くはこんな天気が続くだろうが、9月に入り、
一週間もすると安定期と呼ばれ、晴天が続くことがよくある。今シーズンもいい天気になってほしいものだ。
 昨日池波正太郎氏の「鬼平犯科帳」全24巻を電子書籍で購入した。勿論古い池波氏ファンとしては文庫本で全巻既に
持っていて、事あるごとに読み返していた。が、今また最初から読み直そうとすると車庫裏の隠居所?の壁一面の書架か
らそれを家まで運んできて、一冊ずつ読むことになるが、人とは易きに流れやすいもの、電子書籍にすっかり馴染んでおり
その気になれず、8000円程を奮発して、合本という形で全巻を購入した次第。小さな文庫本サイズの電子書籍リーダー
には、池波氏の剣客商売も、仕掛人藤枝梅安も、食卓の情景に代表される数多の随筆集もたっぷり入っている。
 池波氏のほかも勿論、数多の作家の作品がこれでもかというほどに入っており、この秋はたっぷりと鬼平を読みふけろう
と思っている。
 僅かながら黄ばんできたような気がする、あたりの木立。


 昨日は遊びに来ていた孫とジジが並んで「オシゴト」。可愛いくて堪らぬ孫に、ジジの手は止まりっぱなし。


 山女のトモちゃん。仙人から剱御前小舎まで、何人を追い越してきたのだろうか?


8/29
 夏の快晴日というより、秋晴れのような空だ。湿度も低いし、朝がただから気温も26℃程だろうか。
 立山も良く見えている。さっき雄山の山頂カメラを見たが、快晴なのに登山者は少ない。室堂の辺りも観光客らしき人影
が結構目立つものの、例年の平日にも遠く及ばない。やはりコロナ疫の未だ鎮静できぬ結果かもしれない。
 立山もこれから秋の山となる。天気さえよければお客様が来た、親爺の現役時代はコロナ前のことである。
 連日の団体グループに疲れ果てた、9月から10月はじめが懐かしい。想えば良い時代だったのだ。
 一刻も早いコロナ禍退散を願うばかり


 1泊して仙人を後にしたトモちゃんは健脚の山女。一気に真砂沢ロッジに・・・


 久々の晴天で外仕事中の心平を訪ね、写真を撮って送ってくれた。元気そうで安心!!


8/27
 山里は朝から良い天気だ。上手くいけば今週末は立山も少し良い天気になって、お客様も増えるかも知れない。室堂周
辺の山小屋も、大分困っている様だ。兎に角忌々しいコロナの所為で、立山の山小屋も大変なダメージを受けている。
 山小屋など、お客様がお見えになってこそのものである。この時代にこんな疫病が蔓延し、こんなダメージを社会に与え
ている事が信じられぬくらいだ・・・。
 親爺やオカカはとっくにワクチンを接種し終わったが、今度はそのワクチンの抗体が、3か月やら4か月で半減するとか。
 まあ、難しいことは分からぬが、何となくこれで安心はできぬなと思い始めている。
 今日は辛うじて大日も峰部まで見えている。


 トモちゃんがたくさん写真を送ってくれた。欅平から入山し、阿曽原、仙人、真砂沢ロッジを経て剱御前小舎に帰って来た
そうだ。日電歩道と仙人ダムだ。
 


8/26
 山里は夏が戻った。陽射しは夏の暑さを未だ持っていて、居間のクーラーを稼働させている。
 雄山の山頂カメラを見たがガスで、それでも2,3人の登山者の姿が見えた。山里からも大日は見えず、おかしな雲に
覆われているから、恐らく室堂から上はガスの中で、不安定な天気なのだろう。
 数日間稼働させなかった居間のクーラーを入れ、高校野球の準々決勝を見ている。流石にここまで勝ち上がったチー
ム同士の試合で、見ごたえがあり普段は決して野球など観ない親爺とオカカも、高校野球だけは観る。
 同時間にパラリンピックの中継もやっているので、たまにチャンネルを切り替えてそっちを覗いたりもするが、パラゲー
ムは馴染みがないものが多く、やはり観戦の楽しさと云えば高校野球の方が大きい。
 正直な親爺の感想で、他意はない。ゲームの好き嫌いは誰にでもある。又柔道など始まれば力が入り応援するだろう。
 今日は暑くなりそうだ。


 シャインマスカット大好きな黒部の孫と、ピザの味を覚えた東京の孫。二人とも旺盛な食欲だ。ジジに似たのだろう
 

 ジジとヒージーチャンとオオジーチャンの足跡が残っている剱。
 


8/25
 かなり涼しく、クーラーの要らない今朝だが薄暗い曇り空だから、当たり前だろう。昨夜はかなりの雨が降っていたらしく
常願寺川の水音が聞こえる。かなり遠くなった親爺の耳にさえ聞こえるのだから、かなり増水している事だろう。
 今は昔の話だが、親爺が嘗て勤務していた地元建設会社の社長は、親爺をとてもかわいがってくれた。総務部にいた頃
雨が激しく降った日は必ず、「おーい、カズ、川を見てきたいから車を出してくれ。」と親爺を名指しで呼んで、常願寺川の水
量を川沿いに見て回ったものだ。この社長は常願寺川や、山々の地形に詳しく、昭和44年の大災害の時にも大活躍をした
方だ。温厚で、若い人々の面倒もよく見た方で、一言でいえばおおらかな人格者だった。増水時の河川偵察の時も、色々な
話を聞かせてくれて、親爺はいろいろなことを教えられた。
 親爺の叔父と同級生で親友だった社長。やがて現社長に席を譲られ、会長となられたが叔父が亡くなると落胆され、元気
をなくされた。しかしその後、90歳の齢を全うされた。
 常願寺川の轟轟という川音を聞くと、懐かしい社長(会長)のことを思いだす。
 河床からの標高差は70mほどもあるが、この木立の向こう側が常願寺川だ。


 不動の山は見えているが、大日は山裾しか見えない。


 隣の庭の片隅にススキが秋の先ぶれをして揺れている。



8/24
 今朝突然、亡き同い年タクの弟O君の訪問を受けた。「兄の遺品のドローンを貰ったが飛ばし方がさっぱり分からない。」
との事で、生前のタクから親爺とのドローン遊びの話を聞いていたらしい。
 O君は親爺より4歳下なので、子供のころからよく知っている。タクの思い出話8割に、ドローンの操作方2割といった具合
だったが、もう実家も富山市に引っ越しているので、実家を継いでいるタクの兄Kさんや、タクのすぐ下の弟H君などの消息
も聞けて、非常に懐かしかった。
 O君もすでに65歳、既に勤めを辞め悠々自適、体調を少しだけ崩しているらしいがまだまだ元気そうだった。
 思いもかけぬ懐かしい顔に、嬉しい気持ちの親爺だった。
 タクが何度も落としたらしく、ドローンはかなりくたびれていたが、タクのことを思い出し懐かしかった。
 今朝の山里は高曇りで涼しいが、視界は良い。大日も良く見えている


 別山乗越から見る大日は山里から見る大日の裏側。


 冷凍しておいたスープを溶かし、昼に食うつけ麺も美味い。


8/23
 高校野球が悪天候やコロナにたたられ、開幕後ずいぶん経っている今日もまだ、3回戦である。
 球技は好まぬ親爺だが、高校野球はよく観る。今は近江VS桐蔭という好カードで、面白い。この野球につられ暑さも又戻っ
て来たようで、親爺はTシャツ一枚の格好でテレビの前に座っている。
 この写真は黒部の初孫がよちよち歩きを始めたころ、3年前の今日のもので、足蹴く孫の顔を見に黒部に通っていた頃の
道中で剱を撮ったものだ。上市町の何処かからだろう。


 そのよちよち歩きの初孫も、もう一月経てば4歳。可愛い盛りのオシャマになっている。ママにチョコバナナを作ってもらって
お行儀よく食べたけど、お顔はママの想定内のお鬚がついている。元気ですくすく育っている。
 

 もう一人の東京の孫は砂遊びが大好きな2歳。豪快な砂遊びで、玄関からお風呂直行!!でも着替えて松本の叔母ちゃんにもらった
Tシャツがお気に入り。砂場とは打って変わっておしゃれなナルシスに変身!!こっちも元気だ。
 


8/22
 天気も良いがそれなりに暑い日だ。9:00過ぎから町場へ買い物に出、車の給油などもして帰宅したが、10:30頃帰宅した
時には、山里の気温も28℃を超えていただろう。町場はすでに30度を超えていた。
 家に入るとさほど暑さは感じないが、何となくムワーッとしている。堪らずクーラーを入れた。クーラーを入れても親爺でさえ
Tシャツ一枚で過ごしている。何やら暑さが戻ってきたような気がする。
 立山は残念ながらガスのようだ。山頂カメラにも人はまばらだし、室堂もガスで、人影は少ないようだ。
 盆明けだし、この天気だし、コロナもまだ治まっていない。仕方あるまい。
 山里の今朝だ。今はもう少し雲が増えた。


 剱岳も今日はガスに覆われている様だ。雲海に浮かぶ剱の夕景。
 

 去年石段の縁に並べていた日日草の鉢植えのあとから、種がこぼれて花が咲いた。


8/21
 暑い様な涼しい様な、何となく中途半端な葉月後半の日だ。青空が見え陽が射したかと思うと又曇りどんよりする。まだ不安
定な天気が続いている様だ。
 盆明け週末の土曜故、室堂には人影も少なくないが、天気が今一つさえない。
 今年は夏山前半の天気は良かったように記憶しているが、後半は全く天気に恵まれていない。
 山々を際立たせるこんなガスも悪くはないが・・・。


 松本在住の末娘が、お土産に持ってきた懐かしい「おむすびころりん」。野沢菜茶漬けのフリーズドライだ。
 小屋開けを大町側から入っていた昭和の終わり、大町あたりのドライブインか何かでこれを買い込んで山に入った。
 親爺には小屋開けに結び付く春の味だった。
  


8/20
 孫たちの声も足音も聞こえぬ今朝だが、これが親爺とオカカの普段なのだ。そう自分に言い聞かせつつ洗面台に向かうと
白髪頭がぼさぼさの爺様が眠そうな目をして立っている。
 そういえば五輪ゲーム観戦に夢中になって、床屋へ行かずお盆を過ごしてしまった親爺だ。これはいかん。ますます気が滅
入る。せめて床屋で髪を切りそろえて貰ってスッキリして来ようというわけで、朝食後すぐに川向の理髪店に電話を入れ、出か
けた。両サイドと後頭部を短く刈り上げて、夏用の短髪にしてもらったが、昔の様に角刈りというのも躊躇われるので、オール
バックのカリアゲ君という次第。いや実にすっきりした。
 山里は今日はすっきりと晴れていて、昨日のような風もなく、気温もぐんぐん上がっている。
 10:30現在たまりかねて、ついにクーラーを稼働させたが、夜ともなれば気温は一気に23℃くらいまで下がり、窓を開けて
網戸越しに寝室に冷気を通せば、十分快眠できる。一足早く夏の暑さに解放された山里の夜だ。
 真夏というよりちょっと秋めいた空の山里だ。


 カンカン照りはもう過去の話。陽射しは耐えられる暑さと云った処。


 喉がイガイガするとすぐ飴が欲しくなる親爺に、次女がお土産の高級キャンデー。


8/19
 今朝目が覚めると、親爺とオカカの普段に戻っており、寂しい気がした。早寝早起きで、ジジより早く目を覚まし、トットットット
と、廊下を駆け回る孫の足音がしない。そうか、昨日でみんなそれぞれの生活の場へ戻ったのだ。
 寂しい気もするが、ホッとしたのも正直なところ。昨夕には無事帰宅したとそれぞれに連絡をよこし、それぞれの普段に戻っ
て行った。
 お盆を中心にした夏季休暇もこれで終わり、黒部の長女夫婦も孫も加わって、しょうらい迎えもできた。気付けばお盆も終わ
っている。殆ど雨にたたられたお盆だったが、一番暑い日が続く日々は涼しいどころか肌寒く、却って過ごしやすかった。
 今朝は久々に雨も降らず、少しフェーンぽい様な青空が広がって、風もざわつていた。
 親爺とオカカの普段がまた始まる。


 可愛い孫たちと過ごした日々が親爺とオカカの心に残った。孫とはただただ可愛い存在である。
 

 運動公園などは立ち入り禁止だが、役場裏の小公園は遊べる。   パパの経営する宇奈月の宿で、お風呂堪能の孫。
 


8/18
 今日は立山山頂カメラの朝の写真をお借りした。
 雄山のお社が辛うじて見えている天気で、登山者の影も見えぬ。このカメラ冬季もほぼ稼働しており、レンズが凍結して見
えぬ日も少なくはないが、厳冬期の雄山からの剣岳が望める日も多い。
 親爺も、剱御前小舎親爺現役のころから、このカメラにはリンクさせていただいている。素晴らしい技術だ。
 お盆も終わって、皆それぞれの生活に戻り、親爺とオカカの静かな生活が戻ってきた。
 オリンピックは理屈抜きで楽しませてもらったし、この後のパラリンピックもハンディを負いながらも超人的な力を発揮する
アスリートたちの姿に声援を送りたいと思っている。
 今日は暑さが戻るとか。それも富山市内の話だろう。山里はさほど暑くはならぬだろう。
 このまま秋が来るとも思えぬが、時は確実にめぐって行く。
 今日の雄山の社である。


 剱御前小舎直下剱沢に延びるハマグリ雪渓。未だ三田平まで残っている。


 山里もこんな天気で涼しい。

 


8/17
 昨日だけ雨が小休止、今朝にはまた雨が戻って来た。立山も雨が降って、盆明けのことでもあり、室堂のライブカメラには
人の姿がまばらだ。
 秋雨前線はまだ居座り続け、南下したと思うやまた北上、大陸からの冷たい空気はなかなか南下できないようだ。
 それでも山里では気温も低く、一年で一番暑いはずのお盆の時期も、涼しいを通り越し肌寒かった。昨日が山里の墓参の
日で、お盆の終わりの日だったが、例年なら墓参りを終えて家に帰るや、服を脱ぎ捨て、クーラーガンガンの部屋で涼むのだ
が、昨日は全く暑さを感ずることもなく墓参を終えた。
 親爺などこの時期は素肌に甚平がユニフォームなのだが、今年に限って、合いの作務衣で過ごしている。涼しいのは良い
のだが、何やら一ヶ月ほど季節が早く巡っているようで、少々気味が悪い。
 今も止み間なくシトシト雨が降っている。


 コバイケイソウが黄色く色づいて、剱岳も秋の気分が漂ってきた。


 雲海に沈む夕日も今シーズンはなかなか見られないようだ。


8/16
 今日でお盆も終わる。今朝久々に雨の止んだ朝に、オカカと二人墓参に出かけ、ご先祖様たちも帰っていった。
 帰宅してお盆のお供えを下げ、これで普段に戻ったわけだが、未だ孫と次女と三女が二日ほどいるので、寂しくはならない。
 ご先祖様は帰ったが、我が家には大きな仏壇があり、そこにも確かにご先祖様がいて、いつも通りの生活が続く。
 昨日立山は山里より一足早く晴れたそうだ。残念ながら今日は又ガスに覆われているが、この後しつこい秋雨前線が南に
消えれば秋がやってくる。立山にも秋の安定期と呼ばれる晴天の日々が遠からず戻るだろう。今年は秋も早い気がする。
 昨日午後、ガスが切れ僅かながら青空ものぞいた立山だ。剱が顔を見せた。


 今朝の山里は久々に雨が上がって明けた。庭に薄日が射してきて、気温も幾分高くなりそうだが、10:30現在まだ25℃程だろう。
 


8/15
 1945年8月15日は終戦の日だったが、あれから既に76年の年が流れた。
 親爺などまだ生まれる前のことだが、様々の戦争の悲惨さを教えられ、戦後民主主義の中で育った親爺ももうすぐ69歳
来年には70歳となる。
 今や戦争を、実際に戦った人たちは極めて少なく成り、戦争の悲惨さを体験した人でさえ少なくなっている。
 勿論戦争など嫌だ。決してするべきではない。だが、世界のどこかでは今なお戦争が続き、理不尽で悲惨な事態が継続
し続けている。
 それが何故か、おそらく誰もわからない。分っていれば戦争など起きるはずもない。
 今孫たちと楽しく遊んでいると、フッとこの子らの未来に何が待っているのだろうかと、自分の力の及ばぬことまで心配に
なってくる。これは何も親爺だけのことではあるまい。自分の孫やこの幸せを願うのは人間の本能である。
 戦争の愚を二度と繰り返さぬよう、祈るしかあるまい。
 特に今日のこの日は、特別の日なのである。
 76年前の今日は暑い日だったそうだ。でも今日は雨、肌寒いほどの山里だ。


 孫たちを遊ばせようと準備したささやかなビニールプールも使えずに終わった。


 ずっと咲き続けている桔梗。まだ元気だ。


8/14
 秋雨前線が停滞し、日本にどっかり居座っている。昨日も雨、今日も雨でこのお盆は秋の長雨にたたられている。
 昨夕、雨のやみ間を縫って長女夫婦が我が家の墓迄たいまつをもってご先祖様をお迎えに行ってくれた。何時もなら我
が家の家の前を通る、旧立山道には村人のたいまつの列ができるのだが、昨日は雨のせいで車で出かけた連中も多か
った。
 このお盆は、コロナ接種の終わった、東京の次女と松本の末っ子もやって来た。勿論東京の孫も来た。
 黒部の長女も夫婦でやって来て、孫も当然やって来て、3人の娘と、二人の孫に婿殿一人。いつも二人の生活に6人が
増えたのだから、大賑わいであった。
 オカカは疲れ果て、菩提寺の和尚が我家の仏壇をお参りしてくれた後、1〜2時間お昼寝である。
 東京と、松本は未だしばし滞在するが、黒部は今日はお帰りで、明日は旦那の実家の墓参りだそうな。
 イヤイヤ賑やかで、実によろしい。
 ご先祖様も賑やかな家に戻って、ほっとしているだろう。


 食事時も大変賑やか。二人の孫とジジと。


 大人の本番が始まる前に、孫二人の食事。昨夜は特製ピザと混ぜご飯。優起オバチャンにおそろいのTシャツを買ってもらってご機嫌。
 

 シャボン玉でも大はしゃぎ。まるで兄弟のような従姉弟だった。
  


8/13
 秋雨前線が動かず、大雨警報が出っぱなしの我が山里だ。
 今日はしょうらい迎え(精霊迎え)日なのだが、大きな松明に火をつけ、墓前までご先祖様を出迎える習慣があるもの
だから、この雨は気になる。
 我が家は旧立山道の分岐を過ぎ、すぐの所に建っているので、松明の列が墓地に向かい、我が家の前を通り過ぎる。
 が、この雨では今日はちょっと無理かもしれぬ。傘をさして提灯を持ち、墓前まで出迎える方が良いかも知れない。
 たまにはそんなこともあったのだろうが、余り記憶にはない。
 もう数年前から親爺はこのしょうらい様の出迎えは、長女夫婦に肩代わりしてもらっている。婿殿は力強く松明をかか
げ我家のご先祖様をお迎えしてくれるのだ。
 まあ、こんな日だから傘をさして提灯を持って出迎えても良いだろう。提灯の火にのってご先祖様が我が家に戻る。


 草花も雨に打たれ過ぎてぐったりしている様だ・・・?




8/12
 明日から盆休みで、親爺の現役時代でもまだ30代のころには、この期間はお客様が多く一稼ぎできたものだ。が、高
齢化が言われるようになり、若い登山者が減り始め、いつの間にか旅行会社によるグループ登山が増え始めたころ、平
成も10年頃からだったろうか、お盆の登山者がめっきり減り、盆明けの予約がびっしり入るようになった。
 お盆は家で、帰省する子や孫と過ごし、盆明けから又山にでも入ろうかと云う訳だったのだろうか、そんな時期が少しあ
った。やがて高齢化が定着、その反動で山に若い人たちが戻り始め、山ガールなどと云う言葉が生まれたりした。
 まあ、山にもいろいろな流行りがあったのだろう。山を離れてもう5年ほどたち、最近は殆ど山へも出かけなくなったが、
コロナの去年今年には、親爺も経験はなく、どんな山だったのかはよく知らない。
 さて、明日からお盆だ。ご先祖様をお迎えする用意もほぼできた様だ(オカカ任せである)。
 山里も立山もこのお盆は天気が悪いようだ。
 だんだん雲が多くなってまた午後からは雨の予報だ。


 雄山山頂のライブカメラの画像だが。今朝の山頂である。


 一日か二日でもこんな天気になってほしいものだ。


8/11
 昨日心平から電話があった。凄まじい雨だった様だが、ロッジも被害はなく、お客様もぼちぼちお見えになっている様だ。
 去年よりは入れ込みも多く、キャンプ場にも夏合宿らしい学生山岳部がちらほら幕営しているそうだ。
 あいにく、携帯電話の不通エリアである。ロッジは衛星電話での連絡ができるが、夏合宿に参加している学生の親から、
安否?を問う電話が日に3度も入るとか。親御さんの気持ちもわかるが、登山合宿に入っている学生に場所によれば毎日
でも連絡が取れるエリアも多く、どこにいても連絡が取れるのが当たり前な時代だ。が、取れぬ地域もあるのも当たり前だ。
少人数で営業している山小屋には、このような電話極めては迷惑なものだ。
 迷惑と云えば非常識なテレビ局の取材、下調べも何もないトンチンカンな質問や、お笑い芸人にでもするようなぶしつけな
質問など多く、無許可の厨房侵入、忙しい食事時の取材・・・。穏やかな心平が切れたようだ。
 恐らく親爺現役時代なら怒鳴りつけて追い出していただろう。取材も良いが、礼節ある態度、相手の都合を慮る気持ちが
なければいけない。
 高校野球が開催されている。午後地元高岡所業が試合するらしい。またテレビ観戦だ。
 今朝は青空が広がっていた山里だ。


 雪渓を過ぎて目にいるはなばたけ                          落日に見とれて寒さ忘れ居り別山乗越夏の宵
 

 トモちゃんから届く山の写真のお陰で、山里にいながら親爺には山の様子も手に取るようにわかる。
 台風の直前、不安定な空に低い虹がかかった山里。


8/10
 台風が熱低になって、日本海を進んでいった。その影響で昨夜は風が強く吹いて、親爺は雨戸を閉め、停電に備えて、
携帯電話や、タブレットに接続できる大型バッテリーも準備して寝についた。
 が、少しは風も吹いたようだが大したこともなく、雨の朝を迎えた。雨は今も断続的に降っており、涼しい日だ。クーラー
も要らない。
 天気予報では暫く雨マークが並んでいるが、気温だけは高そうだ。
 もうお盆である。山里の習慣で、13日の夜松明をもって墓にご先祖様を迎えに行き、家にお迎えし、16日に墓参りに
行き、お盆の行事が終わる。
 ここ数年は長女の夫、つまり黒部の婿がそのたいまつでのご先祖様迎えをやってくれており、親爺もオカカも楽をさせて
もらっている。
 職域のワクチン接種を終えた東京の次女も、松本の三女も今年は帰省し、お盆を家で過ごす。
 勿論二人の孫も来る。
 孫たちと遊ぶお盆が楽しみな親爺だ。
 涼しいが不安定な天気。立山は見えぬ。


 今朝の雄山山頂。(山頂カメラより)


 山里も断続的に雨が降り続く。


8/9
 あ〜終わった終わった!!2020(+1)東京五輪が終わった。昨日の閉会式を見ながら、寂しくなるとは思ったが、菅首
相の本当に疲れ切っておられるような姿には同情の気持ちしか浮かばなかった。
 世界を巻き込んだコロナ禍、そのまがまがしい騒ぎの未だ治まらぬ中、開催された五輪だった。
 首相はその大任をよく果たされた。苦学の末政治家となった努力の人だ。地味かもしれぬしさえないところもあるかも知れ
ぬが、その分世間をよく知っておられ、苦しみぬいて疲れ果ててでも為さねばならぬことを為した。その功績は大きい。
 この逆境の中、あえて五輪を開催し、世界の選手団を受け入れ、大きな問題もなく次回のフランスに五輪を引き継いだ事
は讃辞に値することだと親爺は思う。と同時にホッとして、大きな重荷を下したなと云う気も禁じ得ない。
 何やらクライミングのレイアウト迄旭日旗に見えるらしい隣国の、吠えれば吠えるほど情けない恥さらし、そもそも旭日旗に
こんなにヒステリックに反応したのはつい最近のことだ。それ以前は旭日旗など全く意に介さなかったお隣さんなのに・・・。
 まあ、寂しくなったが五輪祭りは去った。
 今日からは親爺とオカカも夜更かしをやめ、平常の生活に戻ろう。
 別山乗越から望む夏の夕景。


 山里も嵐の前の静けさか、ざわざわした天気だ。


 日本海方面の稲妻に浮かぶ剱岳。


8/8
 今日は一年遅れのオリンピック東京大会最終日だ。全世界を襲ったコロナ禍の中、1年遅れとはいえ、よくぞ開催し次の
フランス、パリ大会につなげる所まで来たものだ。関係者は無能呼ばわりされ、ごたごたも確かに多かったし不手際もあっ
たかも知れぬ。でも十分やり切った。色々思いもかけぬ海外からのクレーム、難癖、規則マナー違反のバカ騒ぎ等にもよく
耐え、冷静に対応し、ともかく2020五輪東京大会を最終日の今日まで見事に運営しきったではないか。親爺はまずこのこ
とに大きな感動を覚え、大会関係者の方々に最大級の敬意を捧げている。本当にありがとうございます。
 親爺とオカカにとっては、開会式の良しあし等さほど重要とは思えず、先ずは柔道の阿部兄妹の試合観戦から始まった。
 先ず詩ちゃんが金、一二三お兄ちゃんも金!!嬉しくてうれしくて、ティッシュで目頭を拭きながら喜んだものだ。
 そのあとに続く各クラスの選手たちも奮戦、勝負は時の運、最善を尽くし団体戦でもフランスに敗れ、課題は残したものの
素晴らしい成績を残した。新競技の、スケボーや、サーフィンは中々なじみがなく理解できなかったが、若い人たちが異質の
文化のの中で良い結果をおさめたことも嬉しかった。レスリングも乙黒拓斗が男子フリー65s金、グレコローマンでも二人
銀、銅を取ったし、女子に至っては昨日のレスリングフリー50sで須崎優衣が有終の美を飾り金、しかもこの子の試合は4
試合とも全てテクニカルフォールを取っている。その他の階級も、53s向田真優、57s、62sでは河合姉妹が全て金だった。
 これらの試合を毎日毎晩、予選から見続け興奮しながら応援(何の役にも立たぬが)してオリンピックの日々を過ごしていた
親爺とオカカである。
 イヤイヤこのほかにもソフトボールも、野球も、いい試合を見せてもらったし、水泳で一人気を吐いた大橋選手の金二つに
も驚いた。その他にもボルダリングや空手型など素晴らしい戦いぶりは数多い。
 最終日の今日もバスケ王国アメリカに女子チームが挑む。
 閉会式が終われば明日から海外選手団も48時間以内に帰国する。日本はお盆の季節へと移ろう。
 台風前の静かな山里。気温も低く今のところクーラーいらず。


 可愛い孫たちは、それぞれに優しい両親たちに見守られ、幸せな日々を送っている。ジジババは送られてくる写真が楽しみ。
 

 我が孫たちよ、これがジジが40年過ごした剱御前小舎だ。そしてこれはヒージジが建てた山小屋で、そばで雷鳥も遊ぶ山小屋だ。
 


8/7
 親爺は韓国が日本に無茶苦茶な難癖をつけていることが、不愉快で、馬鹿馬鹿しい。
 親爺個人としては、韓国の友人も数多くおり、韓国にも何度も出かけているが、そこで日本人だから云うことで、嫌な差別
を受けたり、不愉快な思いをしたことは一度もない。それどころか心温まるもてなしを受けたり、暖かい対応に嬉しく思ったり
したことばっかりだ。流石に共通の文化圏に暮らす一番近い外国である。仲良くなって分かり合うにも時間がかからぬ。
 辺りのハングル文字さえ読めれば、日本にいると錯覚する。
 韓国民俗村だったか、遠足の小学生グループと一緒になったことがある。流石儒教の国、親爺とオカカの老夫婦に対し、
皆が、「アンニョンハセヨ」と声をかけてくれる。嬉しくなって「アンニョンハセヨ」と返すと、「日本人だな」とわかるらしいが、笑
顔でにっこり笑ってくれる。万国共通、子供の笑顔は心にしみる。
 漬物がダメな親爺だからキムチの類は一切だめだが、タクシーの運転手に連れて行ってもらった、豚焼肉の店など、実に
美味く、ゴハンと貝の潮汁など素晴らしかった。キムチは食わねば良い。
 兎に角一番近い文化を持つ隣国だ。いちゃもんをつけてばかりいる最近の韓国は、政治家のあおりに乗った一部の人たち
だけ。大半の一般庶民は、日本の一般庶民を嫌うわけがない。
 早く何かきっかけをつかんで、韓国とも仲良くなりたいものだ。
 明日には終わる五輪。寂しくはあれど何かホッとする。だが、こんな状況で五輪など良くなしえたものだと、日本政府の底力
を見直しもした。
 山里から15分ほど車で下ったあたりは富山平野の端っこだ。
 稲が色を帯び、盛夏の暑さが辺りを抑え込む。


 色づいた稲の間を車で走る。アスファルトがまぶしい・・・。


 余りの暑さに冷たいものばかりほしくなる。ざるラーメンが美味い盛夏の昼飯。


8/6
 暑い日が続き、クーら無しでは過ごせない。今日は薬貰い日で、富山市内へ出かけたが、山里とは比べようもない暑さ
に驚き逃げ帰ってきた。軽4WDのクーラーはMAXで、それでも暑かった。
 流石に野良仕事の人もあまり居らず、こんな日に無理に野外作業をすれば熱中症で倒れる事請け合いである。
 親爺など軟弱の塊のようなもので、もう外へ出る気もうせている。帰宅して冷たいお茶で一息ついて、あとは又くーらーの
効いた居間で、テレビの五輪観戦である。
 イヤイヤ暑い暑い。トモちゃんから山の写真が届くと、無性に懐かしくなる。
 下界は炎天下、アスファルトも解けそうな真夏日だ。


 我家の甥に、待望の女の子が生まれ、六花(りっか)と名付けられた。健やかに育てと祈るのみ。
 


8/5
 今朝も良い天気だが少し雲が多い。気温はなかなか下がらぬが、強い陽射しは降りそがない。
 親爺もオカカも今朝は、空手の型を見ている。日本人選手の空手型はやはり物まねではない重々しさと速さがあり、外国
人選手には失礼だが、一朝一夕で身につ受けられるものではないような気がする。
 潔い恥の心というのは、その対極に有無を言わせぬ強烈な力を備えていてのものだ。一々難癖をつける隣国の対極にあ
る我が日本人の魂の発露が、武道の型に凝縮している。
 この、空手のみならぬ武道型というものがも少し国際的になれば、その型を貫く精神性にも考えが及び、それから真の型
の奥義に触れていけるのだ。
 気持ちよくテレビの画面を見ている。
 朝焼けの別山。


 マケドニア選手の胸には自国の国旗。我が旭日旗にとても似ている。


8/4
 毎日同じことを言っているが暑い。山里でもこれだけ暑い日が続くのは珍しいかも知れない。雨が全く降らない・・・。
 寒い冬は大嫌いになってしまったお爺さんだが、夏の暑さは昔から大嫌いだ。クーラーの効いている場所で、じっとしてい
るしかない。早く涼しい秋になって欲しいものだ。
 毎晩五輪ゲームの観戦で、寝る時間が極端に遅くなっている。テレビ観戦で、目も疲れる。しかも興奮した状態で寝ようと
するものだから寝つきも悪い。
 夏の日の日本での五輪は、もともと無理なのだ。日本での五輪は10月以降に限る。
 それにしても海外の選手たちの刺青が目に付く。前回のリオでもそうだったのかも知れぬが、頗る安易に刺青を入れてし
まう若者達の気持ちがわからない。
 嘗ては刺青をしたままではプロのリングに上がれなかったボクシング、ある日本人ボクサーはどうらんを塗って刺青を隠し
リングに上がっていたというう記憶があるのだが、今は昔の話のようだ。
 耳は当然臍や鼻にまでピアス、ネックレス等はおとなしいものだ。それでもコンマ単位のタイムを競うスポーツで、どんどん
記録を更新してゆくのだから、文句のつけようもない。
 風潮とはいえ、礼節もなくし悪乗りし勝手気ままなパフォーマンス。整然とした入場行進も今は昔の話となるのだろう。
 そろそろ、五輪大会も基本に戻り、礼節を尊ぶ心を育成することに重点を置くべき時に来ているだろう。
 今はおかしな話が出るたびに、早く終わればいいと思う気持ちが強くなる。
 剱が幻想的なガスに包まれ雲海に浮かぶ。


 山里は熱帯の朝!


 久々に鍬崎もすっきり。


 剱御前小舎では布団の日光消毒。


8/3
 プロ野球は全く好まぬ親爺だが、昨夜の五輪の日米戦は面白く観た。
 一気に勝負がつく類の競技、例えば格闘技などは何でもよく観るのだが、球技は何にしろ比較的時間がかかるから、そ
して親爺自身が得意ではないので、バレーボール、野球、卓球、などなど、更にサッカーやバスケットも好まぬ。
 唯一格闘技的要素が加わる、ラグビーは、親爺自身経験はないが大好きだ。
 だから若いころから、野球の話など全くついて行けず、全てが興味のほかだった。が、昨日の野球日米戦は面白かった。
 延長10回の裏の攻撃は見事で、最後の打者となった、甲斐選手の長打は一気に勝敗にけりを付けた。
 野球も観方があるのだろう。緊迫のシーンまでに至るプロセスが、親爺には待てないだけの話だ。
 お陰で昨夜もベッドに入ったのは23:00を大きく回っていた。
 今朝も暑い。


 元剱御前小舎のバイトだった、シマチャンが立山に来て、剱御前小舎でトモチャンに会い、翌日は真砂沢ロッジに心平
を訪ねた。昨日も夕刻家へ顔出しし、帰京した。
 懐かしい東京土産、都電最中をもらった。シマちゃん有難う。


 硯が池はこの雪渓が解け切ると消滅する。消滅は大体8月の終わりから9月初めだ。


8/2
 今朝も暑い日だ。夕べは意外と涼しく、湿度も低かったので窓を開け網戸で安眠した。
 自然な外気が網戸で蚊や虫を遮られ、冷たい夜気だけとなって部屋に流れ込み、中にこもった暖気を中和する。部屋の
中はたちまち心地よい温度となり、宵っ張りの親爺もついつい眠りに引き込まれてしまう。朝の目覚めも心地よい。
 が、日中はそうはいかぬ。部屋を閉め切り、暖気の侵入を防ぎ、クーラーをかけっぱなしで過ごさざるを得ない。設定温
度27度、微風にしておけば、15畳ほどの居間は十分涼しくなる。まあ山里は標高400m余りなので幾分涼しいのだろう。
しかも居間は一階にあるから、二階ほど気温は上がらない。
 さて、本日も五輪ゲーム観戦だ。涼しいクーラーの効いた部屋で、50インチ高画質テレビで観戦すれば、臨場感あふれ
素晴らしいアスリートたちの世界を十分堪能できる。
 大日も熱気にかなたに見えている。


 洗車ホースで水遊び解禁になってこれで1時間は遊ぶ黒部の孫と、保育園で覚えたのか、ドミノを並べる東京の孫。
 


8/1
 今日からは8月だ。親爺の感覚でも、何といっても8月が夏の真ん中、暑さも真ん中だ。
 イヤイヤ今朝も雲がちな空だが、雲の切れ間から射してくる光は、暑い夏の熱気を容赦なく放出している。オカカがお盆に
備えて、我家の墓の掃除に行ってくれた。敷石の上に桜の葉などが散ってこびりついていたのが、今ならカラカラで箒で掃け
るからだ。
 こんなに夏らしい夏は、久々だと思うが、暑い日盛りに外へ出ることがほとんどなくなって、出ても冷房の効いた車でばかり
だから、車の乗り降りの刹那に外気温の暑さを知る程度だ、もうこの暑さには耐えられない。
 五輪の柔道が終わった。かつてない見事な成績だ。昨日の混合団体こそフランスに負け、銀メダルにとどまったが、それと
て激闘の末であった。3年後に五輪開催が決まっているフランス、この悔しさはそのフランス大会にむけ、稽古する励みへと
して欲しいものだ。
 まだまだ、レスリングやらボクシング等々後半に向かい感染が楽しみな競技も多い。サッカーも楽しみだし野球も楽しみ。
 今日も競技をテレビ観戦しながら、合間に食事の支度や雑用をかたずけよう。
 もう居間はクーラーを稼働させた。
 皆さんにも涼し気な別山山頂硯が池の写真をまたお見せしよう。 標高2880m気温は20℃以下。


 山里は暑い。屋内に引っ込んでいないと病気になってしまいそうだ。 庭のカモシカ除けネットに自然薯の弦が巻いている。
 


7/31
 この23日に開催された東京五輪の競技観戦に、親爺とオカカは一生懸命の声援やらボヤキやら万歳やら、実に忙しい。
と、気付くと五輪も半ばを過ぎ、7月は今日で終わる。
 大量のメダルを取った柔道などのお家芸も、すこぶる好成績で、今日の混合団体戦でさて、有終の美を飾れるか!?
 期待された競泳はやや失速、そんな中で大橋選手の金二つが光った。卓球も男女ダブルスで金、親爺には理解できない
新ゲームだが、スケボーストリートでの金2つにも驚いたし、昨夜のフェンシング・エペ団体の金も見事だった。
 その他ソフトボールの金も印象的だったが、阿部兄妹の同日金メダル獲得が、親爺とオカカには一番印象的だ・・・という
より感情移入が凄く、力が入ってしまった。くたびれるほど応援し(テレビ前でだが)、結果が出た時には涙も出てしまった。
 これから後半にかけて、女子レスリング、陸上リレーなどに注目し、終わるまで楽しもう。
 今日は暑くなるだろう。
 別山山頂お社の前には硯が池がまだ雪解けの水をたたえている。日本最高所の池である。


 山里は青空が広がる。


 我家の居間、7月最終日の朝。


7/30
 昨日も柔道の100kg級と女子78kg級で、ウルフ選手、浜田選手が激闘の末、金メダルを取った。親爺とオカカも放送
された全試合を観戦、拍手、声援で、疲れてしまった。決勝のウルフ、浜田の勝利は素晴らしく、ウルフの奇麗な一本には
大喜びした親爺とオカカだし、浜田の寝技の素晴らしさにも驚いた二人であった。
 毎日が五輪ゲーム観戦で忙しい。食事の準備も放送の間を縫ってだし、食事もそうだ。イヤイヤこの年になって夫婦そろ
ってこんなにじっくり楽しめる競技会があるとは!流石五輪である。
 今は陸上競技、3000m障害を観ているが、陸上競技はシンプルルールだから、面白い。勝敗が明白なのだ。
 やや疲れながらも、今日も楽しみな五輪観戦だ。
 別天地立山からの涼し気な(本当は寒い)夕景が届いた。


 夏空が戻ってきた山里だ。日中の気温は30℃を超えるかも知れない。立山は見えていない。
 


7/29
 昨日はわが郷土出身の、柔道90kg級の向井選手が3回戦で敗退した。勝負は時の運致し方ないが、敗れた後のイン
タビューがいけない。ヘラヘラと悔しさを隠すつもりか自分で「仕方ないです。」とはいただけない。解説の穴井氏も、少し
苦言を呈していた。しかしそのあと控室に戻った向井は、号泣したそうだ。インタビューでも率直に、その悔しさを出して、
笑顔など出すことはなかったのだ。
 後刻、井上康生監督の「団体でちゃんと金を取らせて帰します。」と云う、温情溢れる談話を読んで、次は頑張れ向井と
親爺も思わずエールを送った。気持ちを切り替え団体戦ではいかんなく実力を見せてほしい。
 女子70s級の新井選手の準決勝には親爺とオカカも汗をかく思いだった。ちょっと納得できぬレフリングもあって、せっ
かくの優勢の腕ひしぎを解かされ、再度組み合ったが、最後には送り襟じめで相手を落とし(気絶させ)見事な一本をとっ
た。激闘17分余の壮絶な試合で、決勝戦はどうだろうと心配したが、決勝戦でも見事技ありをとり、文句なしの金を射止
めた。
 競泳の本田は銀、大橋は2個目の金。体操総合で橋本が金・・・・・
 日本選手団の頑張りに、親爺も観戦疲れ?
 さて今日もテレビの前に釘付けだ。
 雷のあと、雨になった山里。今は雨も上がったが・・・。


 庭の草花が雨で一息。


7/28
 毎日毎日興奮して、居間のテレビにかじりつき、とにかく日の丸を応援している。
 ゲーム内容がさっぱりわからない、サーフィンやスケボーも、日の丸の選手が出るととにかく見入ってしまう。ましてやル
ールも良く理解できる競技は言わずもがなである。
 昨日力が入ったのは無シートながら金を撮った長瀬選手の柔道81s級、面差しが親爺の好きな漫才師の別府ちゃんに
似ているように見えて、別府ちゃんそこだ、とばかり声援した。耐えに耐えて、スッと自分の技をかけ、決める姿は、別府ち
ゃんがえらく賢くなったような気がして、嬉しくなった。変な観方もあるものだと我ながら可笑しかった。
 今日の新聞一面(読売)はソフトボール。もう39歳になったピッチャーの上野が監督采配により有終の美を飾れたのが気
持ちよかった。スポーツにもこの程度の人情采配は認められるだろう。ルールに抵触する行為ではない。
 毎日メダルラッシュで、親爺も目が回る忙しさ?
 今日は郷土富山から、柔道90kgに向井選手が出る。結果はどうあれ応援しなくては。
 山里は南側も山。でもこっちが太平洋側になる。


 ある日の剱。今日はこんな感じかもしれない。


7/27
 競技が始まって4日目の五輪だが、日本は快進撃を続けている。競泳の大橋選手の金獲得に、幸先良しと期待した競
泳は振るわず、こればかりは時の運の勝負ゆえ致し方あるまい。
 新種目のスケボーストリートが、全く馴染みもなく悪ガキどもの危険な遊びという認識だったが、まあこれも時代、こんな
物でも競技になるらしい。そして日本が男女ともに金を取り、女子に至っては御年13歳の可愛い少女。ふっくらした童顔
の実にあどけない笑顔に、この競技に対するイメージも少し払しょくされた。
 さてお家芸の柔道に至っては得意とする軽量級の3クラスで、男子はオール金、女子も金銀銅と取ってくれている。これ
からまだまだ続くが、この流れで楽しませてほしいものだ。
 さて、昨日のハイライトは卓球。マイナースポーツの代表の様に言われてきた卓球で、中国が嘗ての大会でメダルを独占
してきていたらしいが、その辺りにはほとんど興味のない親爺たちで、余り観戦することもなかった。が、昨日の男女混合
ダブルスは面白く観戦した。そして日本が金を獲得した瞬間には拍手を送ったものだ。
 で、昨日も寝についたのが23:30、でも観戦疲れでよく眠れた。
 大きな血税を注ぎ込んで大きなリスクを負わされ行われている五輪。せめて楽しませてもらわねば・・・。
 さて今日も観戦だ。山里は涼しい。雨もポツリぽつりと落ちたりしている。


 五輪テレビ観戦の合間をみて、食事の支度をする親爺とオカカだ。芋サラダとポークチョップが今日の夕食。
 

 夕べの夕食後のハイライトはこの卓球だった・・・。


7/26
 昨日は忙しく、くたくたに疲れた。冷房の効いた居間で、五輪のテレビ観戦をしていただけなのに、疲れた。
 これだけ疲れたのは、頗る集中して観戦していたからに相違ない。開幕式がごたついて、評判もあまり良くなかったよう
だが、オリンピック大会の本命は何といっても競技そのものだと思う。
 近年の風潮で、例えばボクシングなどの格闘技でも入場セレモニーに余分な力が入り、帰って見苦しい。
 まあ、人それぞれの考え方、批判も別に構わぬ。
 昨日は午前中の競泳女子400m個人メドレーで、大橋選手が見事に金メダルを獲得したところから、親爺は興奮集中
しての観戦で、次いで開幕前から注目し楽しみにしていた阿部一二三、詩兄妹の柔道では、2回戦から出場したが、そこ
からズーッと観戦していた。試合の合間合間に食事をし、他の競技もつまみ食い観戦しながら、内容がよくわからないスケ
ボー・ストリートでも堀米選手の金メダル獲得に感心したり・・・で、圧巻は何といっても阿部兄妹の準決勝、決勝だった。
 イヤイヤ感動した!!力が入って親爺迄汗をかきながらの観戦だった。
 結局そのあともサッカーも観戦、親爺は23:00迄目をしょぼつかせながらも起きていたのだ。
 開会式など多少ショボくとも、競技内容が素晴らしければ素晴らしい五輪となるのだ。
 今日も忙しい。さあ観戦だ。
 連休明けの立山は見えぬ。一休みだろう。


 今朝は比較的涼しい庭にバラが咲く。


7/25
 いろいろ批判のある五輪が開幕し、ごたごたしては居るらしいがあまり気にせずテレビ観戦を楽しんでいる。まあ、批判
は自由だろうが、ちょっと気に食わないというか、嫌な記事を見た。
 首相が、ファイザー社の社長か代表が知らぬが、そんな方を過剰にもてなし、土下座外交のような事をしているとか、冗
談ではない。土下座してでもワクチンを入手しようという首相を、なぜからかうような批判をするのか?
 有難いことではないか。一国の首長たる身を国のため、国民のために辞を低くして、ワクチン製造会社の代表を接遇す
るのがなぜ悪い。
 最近の風潮か、SNSなどでの身元を隠しての無責任な発言が少し過ぎる様な気がする。
 この五輪東京大会、せいぜい楽しませてもらおう。
 真夏の朝の庭。


 雲がちな空で立山も見えぬが、暑い朝だ。


 立山も今日はガスが出やすいだろう。


7/24
 昨日東京五輪が開幕した。
 令和天皇陛下の開催宣言時に、菅総理、小池都知事が遅れて規律したのには多少驚いたが、これはその前の無駄に
長いバッハIOC快調のスピーチのせいである。橋本聖子氏も長かったが、バッハ氏はいつも以上に長いのだ。恐らく激務
のせいでこのロングスピーチは眠り歌以上の催眠効果があって、ご両人とも寝てはいなかったろうが、ボーっとなっていた
ことだろう。しかも陛下の宣言はバッハ氏の「天皇陛下の開催宣言をお願いします」というリクエストをうけ、ほぼすぐに始ま
った。陛下が宣言しますという直前の二人が慌てて立ち上がる姿が、全世界に放映された。
 まあ、今の時代左程の問題でもないが、世が世なら取り返しのつかぬ大失態であった。
 質素でまあ良い開会式だった。海老蔵とジャズピアノのコラボレーション、パントマイムによる各競技ロゴの表現。なるほど
関係者は非常に頑張って下さった。
 大阪直美が聖火の最終ランナーだったのは意外だったが、かつてのON砲と呼ばれた王貞治氏、長嶋茂雄氏の中継には
長嶋氏の姿を久々に見て、心にグッと来るものがあった。
 さて、今日から各種目観戦がテレビの前で始まる。
 今日も良い天気、我が家の裏手の家々の頭上にも青空が広がっている。


 夏風邪が癒え元気が出てきた東京の孫。  さて人生二回目の花火、脚を焼けどせぬよう長靴をはかされたが面白かった様だ。
 
 


7/23
 今日は黒部の孫が来る。4連休で、どこへ行っても混んでいるから、ジジババの処へ行って一晩過ごそうと決めた様だ。
 で、オカカは三日ほど前から庭にビニールプールを用意して、今朝見たら傘迄さしかけてある。途中の公園で遊んでくる
との事だったが、暑いからそう長くはおれまい。我が家へ着くや、プールを見つけ、早速水遊びだろう。
 東京の孫はちょっと風邪気味。保育園で風邪が流行って、医者の診断を受け、ママも4連休だから一緒に過ごしている。
 今までテレビ電話で話していたが、そんなにぐったりしておらず、微熱があり咳がある。夏風邪が大流行。
 今夜はごたごたを繰り返す、五輪の開会式。コロナ化での強硬開催される五輪がどうなるか心配だが、楽しみでもある。
 人間のやる事。様々なトラブルもあるかも知れぬが、こうなれば早く終わってほしい。
 楽しみだが、心配でもある。


 立山は快晴。お客様も結構多いようだ。


7/22
 山里、9:40現在、居間のクーラーは稼働させず過ごしているが、汗がにじむようなことかない。。因みに室温は28℃、
扇風機を弱くして首振りさせてあるだけだ。
 体が少し暑さに慣れたのかもしれぬが、寝室が二階なので夜は一晩中クーラーの世話になっている。
 とか何とか云っているうちに、雲がちだった空が割れ、暑い日の光が射して来た。もうそれを見るだけで汗ばんで来る様
な気がする。
 今年は梅雨明けが早く、梅雨明けからすぐ暑い日が続いている。こんな年は、来月お盆の声を聴くと、急に秋風が吹き出
してかなり涼しくなったりする。夏も意外と短いかも知れぬ。が、これは親爺の希望的観測。
 今日は立山が混んでいる。立山駅で2時間待ちだそうな。こんな話を聞くと少しほっとする。
 立山の山小屋も、そこそこ賑わってほしいものだ。
 ハイマツの斜面に雷鳥が遊ぶ。
 

 我が庭の水仙は伸び放題。


7/21
 冷房を効かせなければ眠れぬ夜なので、ほぼ24時間冷房の中にいて、方は凝るし僅かな頭痛もある。これは冷房病
なのだろう。さりとて冷房を切る気にはならない。
 立山もいい天気が続いている様だ。お客様もぼちぼち戻ってきているようで、明日からの4連休、少しはにぎわうかもし
れない。それでもコロナ前というわけにはまだ行かないだろう。
 それにつけても恨めしいのはコロナだ。明後日開幕の東京五輪も1年遅れ、しかもまだコロナにおびえながらの開幕だ。
それどころか、このせいで仕事を奪われ、生活が立ち行かなくなった人々、大きく人生を狂わされた人々、通トイ命まで奪
われたひとびと・・・・・。余計なことは考えまい。
 立山ではまた空輸作業があった様だ。
 まるでスポットライトを浴びるように、別山乗越に荷を下ろす東邦航空のヘリ。


 人影はないが夏山は始まっている。


 山里の夏の朝は、暑い。


7/20
 東京五輪の開幕まで今日を入れて4日となった。昭和39年の東京五輪は親爺は小学校6年生だった。あの頃は外国
人がまだ少なく、世界からの選手団の受け入れにまず苦慮したらしい。終戦からまだ19年、世界の日本に向ける目も、
第二次大戦の敗北により、多くを失ない、しかし凄まじい勢いで発展途上にある東洋の小国という認識だった。
 五輪の模様を伝えるマスメディアと云えば、14インチ程度のブラウン管テレビが最先端で、我が山里でも殆どの家にテ
レビは有ったが、勿論新聞や雑誌も五輪一色だった。そんな中で日本中が沸いた。五輪一色になった。
 あれから56年、当時とはくらぶべくもない発展をし、経済大国に上り詰め、アジア諸国に発展の種を分け与え、世界に
冠たる日本で再び行われる五輪のはずだったが、コロナ禍に襲われ、世界中が大惨事になってしまい、一年見送られた。
 そして4日後に開会式を迎える57年ぶりの東京五輪なのだが、未だコロナ禍中であり、多くの問題を抱えたままの五輪
開催である。全ての設備、受け入れ環境、57年前とは比べられぬだろうが、このコロナ禍の中、試練ともいえる環境に打
ち勝ち、無事五輪を開催し、終えることができるだろうか。
 ミーハー親爺とオカカは、競技を楽しみに観戦する予定だが、全てテレビでである。50インチの大型4Kテレビはあの頃
には想像もできなかった。恐らく会場で観戦するより高精細な画面を楽しめるのだ。
 心配は決して払しょくされたわけではないが、楽しみの方が勝る。世紀のイベントである。せいぜい楽しませていただこう。
 朝から暑く陽光が射しこむ真夏の居間。でもここは快適な親爺とオカカ専用五輪観戦BOX席となる予定だ。


 このBOX席に山の涼気を流し込めればどんなに良いだろう・・・。 


 真夏の庭にバラも居間を盛りと咲いている。


7/19
 今はマー君が経営している剱御前小舎は、五年前の2016年までは親爺が経営していた。約40年間である。
 その経営も最後は若い人たち、心平や、ヒデ達に支えられての経営だった。そしてそのころ、周りの山小屋はどんどん
新しく立て直された。
 昭和56年の火災で焼失し、昭和57年に父佐伯宗弘により再建されたのが今の剱御前小舎なのだが、所有は芦峅寺
の村であり、村人の共有財産として現在も管理されている。そしてその経営権は村人同士の競争入により移動するのだ
が、どうしても設備投資は後手に回ってしまう。
 我が家では父宗弘が昭和30年代の終わりまで5年間経営しており、10年余りの間を置き、昭和53年から親爺がその
後の39年間を経営した。
 石垣の積み替え、屋根の改修、トイレの全面改修と大きな工事はその期間に3回経験している親爺だが、小さな改修工
事は数え切れな。山小屋は実に手のかかる建物なのだ。
 その小さな工事の中でも携帯電話の電波中継というのがある。ドコモを筆頭に3社の電波は室堂の電話基地から発信
されるが、これを剱御前小舎で中継し、剱沢の2件の小屋、山岳警備隊詰所、登山研究所前進基地に中継するのだ。
 勿論剱岳別山尾根一般ルートや、剱沢キャンプ場なども範囲内で、立山は剱岳エリアの通信事情に大きな貢献をして
いる。小さな改修工事だったが、これはある意味非常に大きな工事だったともいえるのだ。
 剱御前小舎剱沢側外壁に取り付けられた、携帯3社のアンテナ。内部中継器は小屋の中。


 山里の真夏の朝は暑い。


7/18
 今朝も真っ青な空が広がる真夏の空だ。
 暑くて暑くて、親爺はすでにヘロヘロで、例によって甚平姿でクーラーのきいた居間からなるべく出ぬように心掛けている。
 今や気楽な隠居の身故、訪ねてくる人も少なく、時間を切られてせねばならぬ事も殆どない。
 ゆっくりと、けれどあっという間に流れる時の中で、惚けてしまわぬよう可能な限り好きなことばかりして過ごせばよい。
 さて今日は何をして暮らそうか。
 剱御前小舎のトモちゃんが昨日送ってくれた、ハマグリ雪渓の写真。7月半ばとしてはかなり融け方が早い。


 今朝も大日が良く見えた。


7/17
 何と日の経つのが早いことだろう。ついこの前7月になったかと思ったばかりなのに、気づけば7月半ばを過ぎている。
 今朝は雲一つない朝。土曜日でこの天気は当分続くらしいので、立山もどんなにたくさんの人が訪れる事だろうと思って
いるが、やはりコロナの影響で・・・。こんな天気なのに立山駅では整理券発行状態にもなっていないようだ・・・。
 昨日、ネット上で剱沢下部二股のつり橋架設、ハシゴダン乗越ルートへの橋も架かったと知った。暫く人間に会っていな
いと電話をかけてきた真砂沢ロッジの心平も、これで一安心、夏山シーズンの始まりだ。
 どの山小屋も去年より今年と、期待はしていることだろう。全世界的規模のコロナ禍、こんなことは本当にまれなのだ。
 早くコロナ禍以前に戻りたい!!
 真夏快晴の朝。


 立山では雷鳥が砂浴びをしている。


 シナノキンバイの一叢。


7/16
 今日も朝は青空が広がる。少し眠りが浅かった親爺は、6:00には目覚めていたが、眠気が残っている様な目覚め方
で、ボンヤリしていた。
 起き出して庭に目をやると桔梗の花が朝日に映え輝いて見えた。少し清々しい気分になる。
 目を上げると、久々に大日がすっきり見えている。今日は立山も雲がち乍ら、見通しがきいている様だ。
 お陰様で親爺もオカカも、コロナワクチンを接種して、もう一月以上経つ。ホッとしているが、ここにきてワクチンがなか
なか入ってこないという事態で、せっかくの集団接種などもちょっと足踏み状態。残念だが自国でワクチンを生産する力が
ないようだから、これはおとなしく順番を待つしかないのだろう。が、こうなるとちょっと鼻についてくるのは強硬開催?のオ
リンピック・・・。東京での新規感染者が1000人を超えて増え続ける傾向なのに、たかが五輪ゲーム、本当に開催して良
いのだろうか?
 そんなことを言いながらも五輪競技を楽しみにしている親爺である。
 朝日の中に桔梗が奇麗だ。


 目を上に移せば、大日も今日は顔を出している。


7/15
 昨日、暑い暑いとほざいていたら、梅雨明けしてしまって、今朝も朝から良い天気で暑い!!
 親爺ですら半袖Tシャツ一枚で過ごしている朝である。
 青空が広がりそこからは強い陽射しが降り注ぎ、暑い!云いたくないが暑いのだ。夏が来てしまったのだ。
 夜が寝苦しく、シーツをタオル地のさらりとしたものに取り換え、夏布団もタオルケットにしたが、何やらよく眠れない。仕
方なくクーラーで室温を下げ、寝たがこれでは何やら体のあちこちがきしみ、快眠とは行かない・・・・・。
 出来れば窓を開け、網戸から流れ来る冷えた外気を部屋に通し休みたいものだ。熱帯夜などまずない山里である。
 梅雨明けの山里に青空が広がる。


 国見HPでは昨日ガスを縫って空輸作業が行われた。東邦のヘリが大活躍。


 この時期の空輸は天気との闘い。今回は上手く行った様だ。         浄土側にも橋が架かった。この橋がかかると夏山だ。
 


7/14
 使いたくない言葉だが、暑い日だ。まだ11:20だが、気0んは28〜29℃、午後には30度を超すのではなかろうか?
 今日はオカカの運転手をかって出て、実は新車の運転もしてみたかったのだが、町場のスーパーまで行ってきた。山里
と比べると、暑い。遮るものの少ない平野部は照らされるままである。車もパーキングで10分も置いておくと暑くてドアを
開けて、2,3分空気を通さなければ、乗り込む気にもなれない。使いたくない言葉だが暑い。
 良い鯵が有ったので、一匹買い込んで、オカカが奇麗にさばき、身を柑橘酢に漬け込んだ。みょうが、大葉、生姜などを
あしらった押しずしを作る予定だ。オカカは魚の扱いが実に上手だ。子鯵も20匹ほど頭を落とし腹を出しておいてくれた
ので、これは親爺が南蛮漬けを作る予定。今夜は久々の魚料理だ。
 今日はこのほかにも、豚バラブロック(チャーシュー用)や、炭焼き豚丼用の豚肉のほかに、孫が大喜びで食べた飛騨
牛のモモ肉の炭焼きを作ってやろうと少し買ってきたが、今度来るのはいつのことやら、はっきりせぬので親爺とオカカが
頂く事になるだろう・・・・・とこの辺りまで買って親爺は車へ追いやられた。
 立山はガスに覆われて全く見えぬ。それでも青空がこんなに広がる山里だ。暑い!!


 もう午後からは家に籠って暑さを避けよう。


7/13
 今日は我が母の祥月命日。が、昨夜は何やら寝付けず、本を読みふけって3:00になってしまった。
 これは少し寝ておかねばと、睡眠導入剤を半分に割って飲み、目を閉じたのが3:30頃だった様だ。すぐ寝てしまって
今朝はオカカからのラインで、7:00頃目が覚め、未だボーっとしているので、一応歯を磨き、洗面を済ませて起き出した。
 一番で仏壇に燈明を上げ、線香も炊いてお参りした。
 オカカと朝食の膳に着いたのは7:30過ぎ、食事をしながら親爺は薬の影響か、眠りそうになっていたらしく、オカカに言
われ、2階の寝室に戻って一眠りしてきた。
 余り中途半端な時間に、睡眠薬は飲まぬ方が良いと、学習したが、10:30過ぎ現在漸く頭が普通の状態に戻って来た。
 青空が広がる、夏の朝だ、
 明るく優しい人だったおふくろを、夏の久々に見た青空に思い出した。


 青空が見えていると心穏やかになる。朝はそこそこ涼しく、快適に過ごせる今朝だ。


7/12
 一昨日から孫が来ていて、昨日の夕刻帰っていった。
 孫と過ごした24時間余りは、疲れもするが実に心暖かく、面白い。語彙が増え、上手に喋り、その一言一言が可愛さ
に溢れている。まあ相変わらずの爺バカである。
 で、もちろん忙しくて、このページの更新もさぼってしまったのだが、孫と一生懸命過ごした後は、体力的にかなり疲れ
ていて、他のことにそそぐエネルギーが無くなっていると云うのが本当かも知れない。
 が、孫の可愛さに抗うすべを持たぬ爺バカである。
 黒部の孫は間もなく4歳になり、東京の孫は2歳2か月になる。
 今しばらくは無条件に甘いジジババで過ごしたい。
 今日も梅雨空。雨は落ちていないがムシムシとしている山里だ。間もなく降り出すだろう。


 オネエチャンはタブレットでアンパンマンに没頭。   おいらもアンパンマン大好きだけど、泥んこ遊びがもっと好き!
 
 
 ジジの家の桔梗が、カモシカに花芽を食われながらも、力強く今を盛りと咲いている。

 


7/10
 梅雨らしい梅雨と云うか、かなり大きな水害があちこちで起こり、人家を巻き込む土砂崩れなどの大災害も起きている。
 この時期になると、何時も大騒ぎになり、必ず災害が発生する。これまで経験したことのないXXXXXという言い回しで、
警戒、避難を呼び刈るのが当たり前になって、ついには自分の命、大切な人の命を守るために、と云う言い回しに続く。
 これをどう受け止めるかは千差万別だろうが、「天災は忘れたころにやってくる」と云うことも昔から言われており、考え
て見ればこれほど不気味な言葉もない。
 警戒するといっても、せいぜい避難に備える準備をして、辺りに気を配るという程度しか思いつかぬ親爺だが、自然災
害の前の人間など実に無力なものだ。
 人を助けるどころか自分の身がおぼつかない年になっていることをよくわきまえ、万一の時は決して人に迷惑をかけぬ
よう常々心がけてはいるが、親爺の住んでいる山里は、暴れ川として名高い常願寺川の河岸段丘にあるので、河床から
70〜80m前後上にあるため、先ず水害というのは聞いたことがない。が、その分豪雪地帯で、雪には毎年悩まされてい
るから、決していいことばかりでもない。
 集中豪雨下の皆様に、お見舞い申し上げます。
 今朝も雨の山里。


 庭の桔梗も雨に打たれている。


7/9
 新日本風土記という番組がある。昔からこの手の番組は好きで、よく見ていたが新日本紀行という番組もあったやに記
憶している。昔ながらの地方の生活を取り上げ紹介していくといった番組だ。
 今度我が山里、芦峅寺が取り上げられるそうだ。
 で、1,2か月前に、心平からの紹介ということで、番組制作会社のMさんという方が我家を訪れた。芦峅寺の昔のこと
等を参考までに聞かせてほしいとの事だった。気楽に話を聞いて、知る限りの話もして、2時間も経ったころ、Mさんが隣
村在住の、親爺の古い友達の甥っ子であることが分かった。
 そんなことで、不断から気楽な親爺の、歯止めが完全に外れ、何時ものようなバカ話に方向転換、親爺自身も楽しい時
を過ごしたものだ。
 で、昨日午後に電話が入り、少しだけインタビューしたいとのこと。行きがかり上やむを得ず、普段着の作務衣のままで
インタビューを受けた。まあ、よろよろと爺さんが傘を片手に散歩(徘徊?)、閻魔堂に来て軽く一拝、何やら喋った後、又
よろよろ帰っていくと云ったシーンだった。
 そうかあの、大好きな新日本風土記に、例え爺様の散歩姿とはいえ親爺も少し登場するかと悪い気はしなかった。
 BSプレミアム8/20、21:00からの放送だそうだ。皆さんご照覧のほど。
 相変わらずの雨。梅雨らしい梅雨だ。


 漸くマンゴーが美味しくなった。400g程のメキシコ産マンゴー500円前後で取り寄せた。ちょっと前の分は
スジが多く美味くなかったが、これは美味いマンゴーだ。ネパール暮らしの長かった親爺、マンゴーにはうるさい。


7/8
 昨日は午前中は良い天気だったが、午後には崩れ夜半には雨。今朝も雨ふりの山里だ。
 朝から用事があって、オカカと川向の小見集落へ行った。村の規模としては我が芦峅寺の方が大きいが、昔から小見駅
という富山地方鉄道立山線の駅があり、芦峅寺には簡易郵便局しかないのに、ここには普通のATM迄備えた郵便局があ
るし、なぜか理髪店も3軒ほどあり、仕出しを頼める魚屋、電気屋まである。又、薬師岳の登山口、有峰へのバスもここか
ら出ていたし、昔は有峰へ向かう登山者めあてのTAXIも駅前に待機していたものだが、今はどうなのだろうか・・・。
 恐らく昭和30年代以前の、鉄道の駅が有ると云うロケーションは、極めて重要なことだったのだろう。今は我が芦峅寺に
負けず劣らずの限界集落ではある。
 この村には知人友人も多い。嘗て親爺たちが中学生のころ、ここには大山町他一町組合立立山中学校と云う中学校が有
り親爺たちはそこで学んだ。芦峅寺、千垣、小見、本宮、原、粟巣野、和田、中地山等々の小集落から生徒たちが通ってい
たが、小学校は、芦峅寺、小見、千垣、牧の3校だった。同じような村々の子供たちすぐに仲良く喧嘩して(トムとジェリー?)
打ち解けあっという間に仲間となった。
 まあ、ほとんどの幼馴染が村々を離れ、今ではあまり顔を合わせることもないが、これは山奥の村に住んでいる者にとって
決して珍しいことではないし、特段山奥の村に暮らしていなくても、幼馴染がいつも顔を合わせ、楽しくやっているエリアなど、
今の日本にはほとんどないかも知れない。
 たまに訪れる隣村だが、昔遊んだ場所などが残っている。今は水辺の公園となっている小見堰堤の下から、芦峅寺不動山
を見上げる。雨は降っているが増水はさほどしていない。


 小見と芦峅寺に架かる芳美橋の上から、小見堰堤を見る。その奥は立山大橋だ。


7/7
 今日は七夕だ。そんなことを朝オカカと話したが、高岡市出身のオカカは8月7日が七夕だとかなり長ずる迄思っていた
そうだ。高岡は比較的盛大に七夕を祝う土地柄だが、8月7日がメインだったようだ。そんなことで8月7日を七夕と思って
いたらしい。我が山里はというと七夕など小学校、保育園の行事で子供が騒ぐものだから、父親が自家の竹やぶから手頃
な竹を一本切って来て、それに短冊などを飾らせた程度で、それほど騒がぬので7月7日の物だと思っていた親爺である。
 まあ明治になって、陰暦からグレゴリオ暦に切り替わった時の混乱が、いまだに尾を引き、こんなことはちょくちょくある日
本であるから珍しくもなんともないが、親爺など子供時代の思い出としては、不断嫌いな給食で、七夕の日には寒天たっぷ
りのプルーツ蜜豆が出たので、それが楽しみだった。だから「笹のはさらさら」と軒端に揺れる竹飾りよりも、アルマイトの食
器に入った、色とりどりの寒天とわずかなフルーツの入ったフルーツ蜜豆を思い起こすのである。昭和30年代の話だ。
 さて立山の空輸作業はどうなっただろう。朝は見えていた山はもう隠れて見えぬ。
 大日岳の雪はもうほとんど見えない。


 コイワカガミが朝露に濡れてひっそりたたずむ 我が家の庭の桔梗は一度カモシカに軟らかい花芽を食われたが、又花を開き始めた。
 


7/6
 白石一郎氏の十時半睡という一連のシリーズ、は親爺も持っているが、向かいの車庫裏にある親爺部屋書庫まで取りに
行くのが面倒だ。で、一寸金はかかるが、どうしても読み返したくなって電子書籍で購入しなおした。これだと全7巻全てが
軽いブックリーダーに重量ゼロで入るし、読み終わっても片付ける心配もない。購入しなおしたといっても合本という形で、
全巻がひとまとめ、しかも2割引きのクーポンが使えたから何となく買いやすい。
 昔から読み慣れた種々の名作も、青空文庫などでダウンロードすれば無料で読めるし、翻訳者の別により読み味の違う
のも面白い。電子書籍というのは実に手軽で、内容は変わらぬところが良いし、どんなところでも周りに迷惑をかける事無く
読める。読むための明かりは不要だから。
 山里は今日も雨が降ったりやんだり。


 親爺のブックリーダーは楽天KOBOだ。これ一台に、二、三百冊分が楽に入る。


 ゴロゴロ本を読んで、昼は焼きそばでも食って、まるで学生時代だ。


7/5
 今日は我が立山町も大雨警報が出ていて、昨晩からずっと、雨が降ったりやんだり強く降ったりを繰り返している。
 庭の和紫陽花は雨に打たれ、誠に梅雨の風情がそこに集約されているように見えるのだが、この雨が大きな災害に繋が
らぬよう祈るだけだ。幸い、暴れ川で名高い常願寺川の水音は聞こえない。川幅一杯になるような水量にはなっていないよ
うだ。若い時に勤務していた建設会社の社長が、こんな雨の日には心配して、必ず親爺に運転させ、常願寺川の状況を自
ら確認していたことを思い出した。常願寺川の砂防のエキスパートだった社長は、数多の経験を有しておられ、戦後の常願
寺川の治水事業に、建設業者として多大な貢献をした方だ。何時ものゆったりした語り口で、実にいろいろな話を語り聞か
せてくれたものだ。今から思うと、あの時間の何と貴重だったことか。
 大雨の外を見ながら、懐かしい大先輩を思い出した親爺だ。
 少し雨が上がって、空が明るくなってきた。大雨警報は未だ解除されぬ。
 雨の中の紫陽花。


 西洋アジサイも雨に打たれている。                    取り寄せたトウモロコシ。甘く美味い。
 


7/4
 今日も梅雨最中の空模様。山里は昨夜良く降って、今は上がっているがまたいつ降ってくるか怪しげな空だ。立山は雨が
降っている。
 この先の天気予報も傘マークが並ぶ。梅雨だ、梅雨だと声に出して、このじめじめした嫌な湿気を耐えている。
 この程度なら恵みの雨、慈雨などと治まりかえっていられるが、昨日熱海で発生した大きな土石流の映像を見て、腰が抜
けそうになった。瞬間のことである。家々を何軒も巻き込み、猛烈な勢いで土石流が流れる。気付いて建物の陰から、消防
関係の人か警察官か、走ってこの土石流を避けていた。ギリギリセーフだったように思うが、そうであってくれと祈る。
 家屋流失は勿論、人的被害も多く出ていて、関係者の方は今も全力で救助活動をしている事だろう。この方々の献身的努
力には何時も乍ら頭が下がる。
 梅雨の真っただ中、頭も相当じめじめして、カビが生えるかも知れぬ・・・。


 この雨で、緑の木々は一層生き生きとしてきた。不動山も山肌の色を濃い緑にし、何となく生き生きとして見える。
 


7/3
 雨は降っていないが湿度が高く、梅雨の真っ盛りを思い知らされるような朝だ。幸い山里の気温はさほど高くはなく、爽快
とはいかぬも、じっとしていれば過ごしやすい。
 昨晩は蒸して、今年初めてクーラーの世話になった。設定温度を26℃にして、朝まで切らなかった。自動設定にしておい
たので切れている時間もあったかも知れぬが、比較的心地よく眠れた。
 7月の頭にクーラーを使うのは毎年の事間も知れないが、それまで快適な気候に慣れていた体が、暑さに慣れていないか
らだろう。初冬に寒さに慣れるまで、厚く着ぶくれるのと一緒で、慣れてしまえば何ということもない気温だ。
 梅雨明けのころには、昨夜のような気温ではクーラーを使う事はないだろう。
 昨日の午後からは結構降ったが、今はどんよりした空だ。立山は弥陀ヶ原から上は晴れている様だが、不安定な空だ。


 昨日の剱


7/2
 家の中はさほどでもないが、外はおそらく70%以上の湿度だろう。外の写真を撮ろうと窓を開けると、カメラのレンズが一
瞬だが曇ってしまう。ネパールのルンビニー辺りのホテルで、クーラーを聞かせた部屋から外に出た時の瞬間を思い出して
しまった。雨こそ降っていないが梅雨の日だ。
 暑さと云えばカナダ、ひどい熱波に襲われ日常生活の維持が困難になっている様だ。世界でも2番目に気温の低い国と云
われるカナダ、高温には免疫のない人も多いだろうし、想像するとぞっとする。
 原因はいくつもあるだろうが、それに対応する方法はまだ誰にも分らぬし、即対応できる事態でもなさそうだ。人類が自らの
英知で獲得し、享受してきた利便性のつけが、今まさに回ってきているのだろうか?
 今朝の外気は亜熱帯日本を強く想わせた。


 こんな日の昼飯は、つけ麺などが良い。冷たくもなし熱くもなし。


 今朝の大日は少しガスっている。


 今日は72節季の半夏生。庭の半夏生も葉に色がついてきた。

 


7/1
 水無月最終日の更新をさぼった。飛騨古川の馴染みのお宿へでかけ、久々にゆっくり寛いで来たからだ。
 コロナワクチン接種は親爺もオカカも終わっているし、車もノートEP4WDに替えたし、この車の慣熟運転を兼ねての、ちょっ
とした遠出である。
 いやいや、心軽やかだ。去年はGoToキャンペーンを利用して、2回ばかり遠出したが、今回の遠出の方が遥かに快適だっ
た。何が快適と云って、この老夫婦にコロナ疫感染の心配は、ほぼないと云う事がである。
 こんな状況下で、万一にでも感染しては、身内に迷惑をかけるだろうと云う、一抹の不安が無くなったということの快適さ、
心軽さは掛けがえのないものだ。
 我が立山町は、2回目の接種を終えたものの数が、30%を越えている。人口28,000人の小さな地方自治体ではあるが、
誠に素晴らしい実績である。舟橋町長のリーダーシップに改めて敬意を表し感謝する。
 今日も暑い朝で、空梅雨気味。流石の親爺も半袖Tシャツにベストを羽織っただけで過ごしている。
 文月朔日、大日岳も間もなく残雪が無くなるだろう。


 我が家の庭には和紫陽花、立山のお花畑にはハクサンイチゲが花開かせ、傍らにはコイワカガミが見えている。
 


6/29
 天気予報を見ると、これから梅雨らしい天気が続きそうだ。
 今朝も雨ふりで、午後から飛騨古川のなじみの宿へ出かけるつもりだが、弱い雨が降ったりやんだりしている。
 梅雨だからこれで良いと思う。庭のオカカが植えたという日本アジサイも咲きかけている・・・いや咲き始めた。昔、背戸の
婆ちゃんが植えた西洋アジサイも我家の車庫の後ろに一叢咲いている。
 梅雨にはアジサイ。本当によく合う。
 季節季節の花があり、季節季節の景色が生まれてくる。日本とは良い国だ。
 梅雨空の下の山里。


 我が家の庭の和紫陽花。                           車庫裏の西洋アジサイ
 


6/28
 昨日は内輪だけで、ささやかに父母の法要を営んだ。
 母の23回忌、父は1年前倒しで7回忌の法要だった。我が家の菩提寺は、真宗王国北陸にあっては珍しい、天台宗で
ある。立山寺と号する寺で、我が母方の祖父義道もこの寺の僧侶だったが、寺自体は後継者がなく、今年取り壊された。
で、富山市にある円隆寺がそのあとを受け、我が家も底を菩提寺とすることになるのだろう。
 が、この円隆寺も我が家には極めて縁のある寺で、親爺には母方の伯父に当たる行忍和尚が後継者と決まっていた。
 行忍和尚は、この寺の住職上出家の養子となり、比叡山高校に学んだ優秀な青年だったそうだが、兵役に就き、フィリ
ピンで戦死してしまった。
 で、後継ぎを失った円隆寺は、立山寺の住職佐伯秀胤大僧正が、あとを見ることになり、以降現住職の光昭和尚へと受
け継がれている。
 ややこしい寺の継承のことはよく分らないが、とにかく菩提寺には光ちゃん(光昭和尚のこと縁戚関係で親爺の方がかな
り年上だから、普段はコーチャンと呼んでいる。)がいて、我が家には幾代もの縁ある寺である事は間違いない。
 とにかく昨日は、母の妹の叔母(88歳)と父の弟である叔父(89歳)が一族最長老として来てくれて、親爺の妹夫婦と従
弟妹たちと、孫の代表の長女と娘(親爺の孫)とそれだけの簡単な法要だった。
 それでも久々にコウチャンの有難い読経が屋内にながれ、皆で仏壇に手を合わせ、清々しい気持ちになった。
 しかも昨夕には、父母からの「有難う。」のメッセージに違いない、虹が不動山の方にかかった。


 孫はすっかりヒーバーチャンとヒージーチャンになついてベッタリだ。


 ご機嫌の余勢をかって、マシュマロで釣って人生初の理髪店。何とか我慢できた。えらいぞ!!


6/26
 青空が広がり気温も上がってくるようだが、午後からは曇りの予報が出ている。梅雨入りはしたけれど、雨の日は続か
ず、大きな水害も我がエリアでは無いようだから、これはこれで良しとせねばならない。
 でも梅雨に降らない空梅雨などとなると、その後の天気が何やら心配だ。例えば冷夏とか例えば日照りとか・・・・・。
 が、近年の天気というのは明らかにパターンが変わってきており、異常気象という言葉も珍しくない。その道の門外漢だ
から、科学的な理由など分らぬが、長年の山暮らしで何とはなしに天気の急変や特に悪くなる時には、肌で感ずるものが
あったような気がする。まあ、山小屋の親爺などしておれば、小屋の周辺の気象上状況には自然と気を配っているもので
それだからちょっとした空気の流れやにおいでも何かを感ずるようになるのだろう。早い話が、いつも知らず知らずのうち
に辺りに目配りをしているから、僅かな変化が気になり、天気の移ろいにも予感が働くのだ。山小屋を離れて数年、今でも
窓から外を見ながら、降るぞと思っていると降ってきたり、降ってきても通り雨だとかは直ぐわかる。いくらか獣に近いのだ
ろう。
 大日を遠望しながら季節の移ろいを日々感じている。


 明日の法事に備えて、オカカは庭もきれいに掃除をした。

 


6/25
 今日も雨は降らないが、湿度を含んだ重い暖気が何となく梅雨を思わせる。さりとてさほど暑くもない。
 親爺とオカカの二人の生活は、相変わらず。変わったところは車がプリウスからノートe-power4WDに変わったこと
位で、相変わらず長閑な隠居暮らしを静かに謳歌している。
 明後日は父母の法事を行うが、本の内輪のことで、会食も何もない。極めて簡素なものだ。
 コロナのせいで、葬儀も仏事も、更には祝い事も全てが簡略化されているが、これは決して悪いことではあるまい。
今までが少し派手過ぎたのかも知れぬと考える。
 慶弔事それぞれに、それぞれの人の想いもあるだろうから、これが良いとかあれが良いとは言わぬが、少子高齢化
の世の中、左程大げさなことはする必要もない。それぞれの立場で、様々な選択肢がある。
 薄っすらと見える大日を眺めながら、親爺の時間は過ぎて行く。


 簡素な法事の支度もほぼ整った。
 


6/24
 今朝はどんよりとした朝だが、朝飯もそこそこに我家の墓へ出かけ、オカカが気にしていた八重桜の墓石にかぶり
そうな枝を切って来た。
 我家の墓は村の共有地にあり、祖父宗作の遭難碑が建っている隣だ。ここには立山で遭難した人の石碑が3基建
っており、そのうちの一つが我が祖父の碑だ。そこから尚200m程上手にはもう1基、板倉さんの遭難碑もある。
 桜の木は、村出身の代議士、立山アルペンルートの創立者、佐伯宗義さんが旧立山道に植えさせたもので、確か
芦峅寺が風土記の丘の指定を受けた頃のことで、桜並木が出来るはずだったが、いかんせん冬の豪雪で大きくなる
前に大半は折れてしまった。その中での生き残りの桜なのだが、墓をここに移した時、切ろうかどうか迷いながら、春
の遅い時期に八重の花を咲かせるので、切らずに今に至っている。が、冬の雪に虐められるのは毎年のことで、中々
まっすぐに育たず、ねじれ、様々な方向に枝を伸ばす。で、今日も小さな枝数本と大きな枝を1本切り落としてきた。
 これで墓はすっきりした。中で大爺様や爺様が「なんじゃいあの切り方は・・・」と、苦笑していた・・・。
 我家の垣根のバラは、今が盛りの様だ。


 車をノートe-power4WDに乗り換えた。色違いだがこんなミニカーを見つけて1000円で買った。
 まるでグリコのおまけサイズ。でもまあいいか・・・。


6/23
 昨日のニュースで、立山町がいち早く16歳〜64歳までの町民のコロナワクチン接種を開始した、と伝えていた。
 これは親爺の勝手な思い込みであるが、立山町町長の舟橋氏は、ご両親をこのコロナ疫に奪われ、ご自身も濃厚
接触者として、長期間の自宅待機を経て復帰された方である。その分このコロナ禍に対する対策には特段の覚悟を
もって当たって居られるのではないかと感ずるのだ。
 それが、県内に先駆け、16歳から64歳の町民のワクチン接種実現に向かわせたのではないかと思われる。
 舟橋立山町長の決断に、心より感謝し、旅立たれた氏のご両親の冥福を、一町民として祈らせて頂きたい。
 ご自身の辛く哀しい状況下での、町長のこのご英断には、ひとりでに頭が下がる。
 お陰様で親爺もオカカも、高齢者枠の接種を二度済ませ、もう二人とも2週間以上経つので多分コロナに罹患する
事はないだろう。有難いことだ。
 山里の閻魔堂の閻魔様も大きく目をむいて、コロナウイルスをにらみつけている。


 乗り換えた車での遠出を楽しみにしている親爺とオカカだ。色違いだが、ミニカーを買った。


6/22
 コロナワクチンの接種率は、高い国だと60%をすでに超えている。日本はまだ18%ほどだ。ただしこれは一回の接種
を終えた人の割合で、2回の接種を受け、完了した人の割合は日本では7%強に過ぎない。このワクチン自体取り扱い
が難しい上に、3〜4週間の間隔を置いて接種せねばならぬので、なかなか進まないのだろう。
 その上全く根も葉もない流言飛語を信じて、接種を受けようとしない人々もいる。我々高齢者が、相当の接種実績を
上げ、凡そ何ともないではないか。我々のような体力もなく、体中ガタが来ている連中が受けても大丈夫なものを、健康
な盛りの人たちが受けて何ら問題があるものか。どんどん受けてほしいものだ。
 受けたくとも中々受けられないのならやむを得ぬが、受けられるものは受けたがいい。早くコロナから解放されるのだ。
 何だか昔の学生運動のアジの様になったが、皆さん機会を積極的につかんで接種を受けたがいい。二回受けて多少
のけだるさくらいはあったが、そのあとは極めて好調である。
 やや暑い朝だ。いい天気である。


 親爺はよくわからないが、このバラだけ品種が違うのだそうだ。花びらが大きく色もややオレンジがかっている。


6/21
 オリンピックはとうとう開催の方向で、話が進んで、テレビ中継で色々楽しめるのは良いが、観客の入場をどうするか
で未だ喧々諤々・・・。
 親爺などは出不精で、いかなるスポーツもテレビ観戦が主だから、ちっとも困らず寂しくはないが、無観客もこのご時
世での競技会開催なら止むをえまい。
 菅首相はおとなしく目立たないというが、頑固おやじ的な内面を持っておられる様で、なかなか筋の通った方の様だ。
G7の会合などでは隅の方ばかりにいたというが、如何にも日本人的である。派手なパフォーマンスと自己PRばかりに
気遣いをするのは自国の国力に自信がないから。隣国の文さんの様で恥ずかしい。欧米人の社会における大げさな社
交的表現は文化の差、何もそれに迎合して日本人的な姿勢態度を必要以上に合わせることはない。G7等で下手なパ
フォーマンスに顰蹙を買うより、アジアの精神文化を代表し、穏やかに君子然と構える方が優雅だ。
 それにしても憎むべきはこのコロナウイルス。今できることはワクチンを接種し、抗体を得ること。オリンピック開催前
にどんどん接種率を上げねばなるまい。
 副作用、根拠のない流言飛語、そんなものをまことしやかに理由に挙げ接種を拒むのは、ノータリンの似非インテリ
ばかり。
 接種を拒否するならすればいい。その代わり罹患しても治療はせず、隔離だけは厳重にするというのはどうだろうか?
 雄山から富士の折立への雄山主稜線。


 昨日は我が3人の娘たち方、親爺当てに父の日のプレゼントが届いた。
 ありがたいものである。オカカ曰く「父さんの好み良く知ってるわ、三人とも。」
 

 

 娘たちのプレゼントに、心が華やぐ親爺だった。


6/20
 梅雨入りして足掛け三日。心平は今日入山し、真砂沢ロッジの小屋開けをするそうだ。応援の仲間もいて3人での入
山だから、あまり心配はしていないが、今年50歳になる心平だ、体力もとっくにピークを過ぎた。あとはだましだましの
山歩きを心がけ、無理をしないことだ。
 熊に小屋を破られ、食糧庫と台所を荒らされたようだが、被害は10万ほど。しかしこの熊公、最後にキンカンスプレ
ーの大缶に咬みつき、鼻先で破裂させたようで、相当驚き、目鼻口にも相当の痛い被害を受けているはずで、闇雲に
壁に体当たりして、穴をあけ逃げ出したようだ。これなら大丈夫、恐らく同じ熊公がこの小屋を破る事は二度とあるまい。
 心平曰、「来年からキンカンスプレーを、破られそうなか所にぶら下げてきます。」
 生真面目で、実直な心平だが、この男の周辺にはおかしくて噴き出すようなことがちょくちょく起きる。これはいわゆる
天然ボケではなく、本人を離れたところ、ただし極めて近い距離に、様々な笑い話が起こるという意味で、天与の惚け
とでも表現するしかない。心平は、まじめで、じっちょくで、極めて身近に可笑しなことを頻発させる面白い男である。
 心平もしばし、この橋の向こうの山で暮らすことになる。


 立山にもそろそろシナノキンバイが咲くころだ。


 我が庭はバラの花盛り。


6/19
 昨日梅雨入りした。今朝はさっそく雨の土曜日である。
 立山も開店休業で、それでも元気な人たちは雨をものともせず、車を走らせ立山へ向かって上がって行く。台数はず
いぶん少ないが。
 梅雨時と云うと、外で遊べぬので、休みの日などは何となく鬱陶しくつまらぬと思っていたが、そんな時は普段日中は
田畑へ出かけ、家にはいない母と祖母が家にいて、家の中の仕事をすることが多く、何となく嬉しかった。
 梅雨のある日、障子の張替えをしている母にまとわりついて、ふざけたり、昔話をしてもらったりして過ごした半日ほど
の情景が、今でも鮮明に目に浮かぶ。60年という時を経過してもなおその情景は鮮明だ。
 まあ、母と祖母はなるべく交互に田畑に出て、下校してくる親爺たちを寂しがらせないようにしていたのだろう。なにせ
父ちゃんは春先に立山に行って、山小屋の仕事でほとんど帰ってこないのだから。
 でも毎日雨が続き、じめじめした梅雨も、親爺には母と過ごした思い出があり、未だに好きな季節である。
 梅雨の庭にも、その折々の風情がある。


 雨に打たれるとバラはすぐに花を散らす。せっかく咲いたばかりなのに。


 山里の家々も雨にけぶる。


6/18
 北海道札幌市内でヒグマが市内を闊歩し、3人の人が襲われけがをしたという。未だにこの熊は駆除されてもおらず、
警察、自衛隊まで出動する騒ぎになっているようだ。
 本州以南の熊なら月の輪熊であるが、北海道の熊は羆(ヒグマ)である。その大きさ、凶暴さはツキノワグマとは比べ
ようもない程大きく、凶暴なのだ。
 吉村昭氏の、「羆嵐」は大正初期のドキュメントだが、その内容は羆の恐ろしさを如実に克明に描写している。さらに
もう一冊「羆」という、本もあるので、是非一読いただきたい。
 動物は可愛いと云う、余りにも偏り過ぎた現在の風潮に、親爺はずーっと不満を持っている。愛玩動物ならぬ野生動
物の怖さを認識したうえでの動物愛護ならまあその一里を認めるが、毎日牛肉を食い、豚肉を食い、鶏肉を食い、何が
「かわい〜ぃ!!」だ。
 この偏った動物愛護への、上っ面だけの理解が今日の害獣騒動の根源であることを忘れてはいけない。
 人間の生活があまりにも利便性に富み、毎日の生活を支えるのにどれだけの手がかかっているのかを見えなくしてい
る。野生動物の危険から守られている、この安全な住環境も、毎日の不断の誰かの活動があってのことだ。
 さて羆、結局は地元猟友会が仕留めるしかないはずだ。間違えても可哀そうとか、自然破壊とか云わぬように!!
 雪が少なくなって来た立山だ。


 いやいや、我が家の庭はバラの花盛りだ。


 近所の欅も葉を茂らせる。
 

 布橋も緑に覆われている。


6/17
 気象庁が一般国民に対し、気象情報を提供するときに、より強いインパクトを与え危機感を持たせるために、ここ何年か
色々な表現をするようになった。
 かつて経験のない強風、とか集中的なゲリラ豪雨だとか、自分の命は自分で守ってくださいという言葉まで。昔はあまり
気象庁発表の気象情報では聞かなかった言葉だと思う。
 世の中が高度に情報化し、色々な情報が、気象情報ばかりではなく何か所からも収集できる世の中だ。それ故視聴者に
強いインパクトを与え、予防措置を取らせようとする意図においては十分わかる気がするが、今朝の読売新聞のコラムで
取り上げられていた「線状降水帯」という言葉は、気象関係の専門家や、かなりその方面に詳しい人には分るだろうし、強い
インパクトを与える言葉なのだろう。が、ミーハー代表の親爺にはこんな言葉はちっとも意味がない。ましてやいかなるイン
パクトも受けず、予防措置を撮ろうとも思わない。
 そういえばこのコロナ禍で、パンデミックやらクラスターやらと随分耳慣れぬ言葉も最近は耳慣れ、たまには自ら用いる様
にもなった。しかしその意味は何となく理解しているものの、なぜ、世界的大流行、集団感染と普段使いの言葉に置き換えて
使う必要があったのだろうか?
 先ずマスコミがこれらの言葉を使い始め、それが定着するまでは時間がかかる。これを別の視点で見ると、マスコミの母国
語(日本語)能力の不足、語彙力の欠如が見えてくる。
 日本語能力がないものだから、外来語を世界共通語の様に、生半可にそのまま使うということは恥ずかしい。
 漢字文化圏で、日本語という素晴らしく細密な言葉を築き上げ今日に至るも、その言葉が十分に使えぬ人が増えている。
 そんな意味からは「線状降水帯」などという気象庁の言葉遣いは、未だましなのかもしれない。
 梅雨入り前の北陸、今日も山里はいい天気だ。


 におい経つようなバラの開花。


 婆様が好きだった琵琶。今年は取り寄せ仏前にお供えした。


6/16
 もうずいぶん昔の話だが、初の女性南極観測隊員となったYちゃんは、剱御前小舎でひと夏をハマグリ設計の調査をした。
 恐らく専門が雪氷学で、筑波大の大学院生だった。小屋での立場は居候で、第1次観測隊員だった爺様が仲間の紹介で
頼まれ、引き受けたらしい。あの頃は親爺もまだ若く、支配人だったカマジ以下若い連中ばかりだった。
 Yちゃんのあだ名は「ヤクタタズ」、剱御前小舎で手伝いをすることを条件に居候していたのに、一番忙しい、朝晩の食事準
備時間が、雪渓観測時間とかぶったからで、そのヤクタタズのあだ名に悪意はなかった。小屋のスタッフにもすっかり溶け込
み、おっとりしながらも人懐こい娘だった。
 である日、親爺が出張先のホテル(当時親爺は二足の草鞋で勤め人でもあった)でテレビから流れてくるニュースで、「初の
女性南極観測隊員に、MYさん(Yちゃんのフルネーム)が決まり・・・」と、Yちゃんが南極へ行くことになったのを知った。
 今は女性観測隊員も多いと聞くが、やはり初めてと云うことに値打ちがある。
 で、昨日のニュースで、初の女性山岳警備隊員が訓練に参加すると聞いた。今から10年ほど前に、山ガールという言葉が
流行り、タイツに短いスカートをはいた女性登山者の姿が目立つようになった。女性登山者は別に珍しくはなかったが、若い新
しいスタイルの女性登山者がかなり増えた頃だった。
 当時剱御前小舎支配人をしていた心平が、フィギュアに山岳警備隊の服を着せ、リュックやナイフ、ピッケルまで装備させた
一体を作り、帳場の奥に飾っていた。親爺ももとより模型好きだが、物は大概ノーマルな飛行機や車だ。でも心平の作りこみ
の細かさや、器用さには驚かされた。
 あれから10年の時が流れ、今度はフィギュアならぬ本物の女性山岳警備隊員の出現だ。心より健闘を祈りたい。


 せっせと制作に励む当時の心平支配人(現真砂沢ロッジ親爺) その精度の高さには驚く。ザックにはピッケルとえんぴ、腰にはナイフ。
 

 我家の庭のピンクのバラの奇麗なこと!!                 忘れていたテッセンも咲き出した。
 


6/15
 最近またメルカリで、物を売ったり買ったりしている。
 周りを見ると結構不要なものがある。最近手放したのは、全く野積み状態のトイガン4丁と、MOディスク、8oフィルムコン
バーターで、割と順調に完売した。で、果物や、ワラビなどを取り寄せ、ついでにイタリア製の履きやすそうな靴も1足買い込
んだ。靴は勿論新品である。最近はイタリア製の靴でも3E程度の幅広にも対応している。馬革だ。
 靴にはそんなにこだわらない親爺だが、履きやすく軽いことが最近の必須条件で、デザインなどはどうでもよい・・・。
 今日はオカカと買い物に行ってきて、帰りに初めて新車の給油をした。満タンにして走行可能距離は560kmと表示された。
プリウスは750kmだったから、200q程短いが、燃料タンクの大きさはほぼ同等、やはり走行距離ではトヨタに及ばない。
 それでも走行安定性、走行時の静かさはコンパクトカーとは思えない。
 オカカと一緒に末永く安全走行に心がけたい。今日も晴れの山里だ。


 垣根のピンクのバラが愛らしく奇麗だ。我家の庭は一気に華やいだ。
 


6/14
 昨夕、山から下りてきたと、久しぶりにタケチャンが寄っていった。相変わらず元気そうにしていて、長男ももう4歳になっ
て保育園に行っているらしい。我家の孫とは7か月違いで、学年は一つ上になる。やがて友達になrかも知れない。
 タケチャンがアマナを持ってきてくれた。お陰で今年もアマナを頂くことができた。
 アマナはユキノシタ科の植物で、茹でて食べると甘く、独特の淡い味が美味しい。我が山人がこれを食べだしたのはそん
なに古い話ではないらしいが、少なくとも戦前の、昭和初期からは食べていたようだ。
 佐伯吉次郎さんと言う親爺にも非常に縁ある古いガイドがいた。祖父宗作の一番弟子を自他ともに認めるガイドだった。
残念ながら、終戦直後の、ヌクイ谷の雪崩にやられ、体を壊してしまって晩年は親爺の経営する剱御前小舎の手伝いもし
てくれた人だ。親爺も「古老吉さん」として立山夜なべ話に書いておいたが、古の立山を知る、実にユーモラスな方だった。
 その吉さんがアマナを初めて食べた立山ガイドだそうで、「ほるまで(それまで)だるも知らんかった(誰も知らなかった)
このアマナけーるちゃ(このアマナが食えるとは)。初めはだるもおるなも信用せん(最初はだれも俺を信用しない)と、折角
茹でてやったがに、食わん。だら、本当にまいがだちが(バカ、本当に美味いのだぞ)。おりゃ、醤油かけて食うて見せてや
ったら、みんな箸つけて口に入れだいた。ほうしたらまーかった(そうしたら美味かった。)おーこりゃ美味いわ・・・。」と親爺
に何度も語ってくれた。
 立山のアマナは多分それ以来、知る人ぞ知るということになって、山小屋暮らしの人たちの食卓に乗るようになった。
 山アザミ、根曲がりだけのタケノコなどと一緒で、戦前から立山で食べられていた、数少ない食用植物である。
 今年もそのアマナを頂け、親爺とオカカはタケチャンと立山の神様に感謝した。
 雨の山里だ。


 折角のバラが雨に打たれて痛々しい。サンチュのプランターはイキイキ。  梅雨入りしたかのような空だが・・・。
 

 タケチャンにもらったアマナを湯がき、早速頂いた。茎も穂先も甘い。マヨネーズ醤油が合う。


6/13
 昨日から賑やかな時間が流れている。孫が来て、罪のない幼い笑いを振りまいてくれているからだ。怖いのはママだけ。
ジジババは何時もあまあまなばかり。これは孫にとっては天国だ。
 でも退屈だ。もっと遊びたいけどジジババでは相手不足だ・・・・・。寂しいがこれが成長だろう。
 立山も今一つパッとせぬ天気で、お客様も少ない。
 それでも今夏は去年よりはましだろう。いや、何とかマシになってほしい!!
 親爺が嘗て40年営業した剱御前小舎。その間にはこんなまがまがしい疫病は知りもしなかった。


 昨夕の剱岳。指示かな佇まいを見せている。


6/12
 ぽっと出の、田舎者の若い衆が、花のお江戸で相撲取りになって、持ち前の運の強さと強靭な体で、みるみる大関と呼ば
れる地位に就いた。周りには怖い親方、厳しい親方衆がいて、十両くらいまでは色々指導もしてくれたし、怒ってもくれた。
 処がぐんぐん体も大きくなって、力も強く持ち前の柔軟な体がものを言って、気づけば大関に上っていた。
 さて、そうなると一寸気も大きくなる。怖い親方もあまり怖くなくなるし、その下の部屋付きの親方衆なんて、挨拶さえしてお
けば何ともない。そして困ったことに、この部屋には一番大事な怖い、強い兄弟子衆がいなかった。その代わり、太鼓持ちの
ような新聞記者が周りをうろつき、いつか懐へ飛び込んできて、色々な楽しいことを教えてくれるようになった・・・。
 が世の中はコロナ禍の真っ盛り。五輪開催さえ危ぶまれる。もちろん普段からマスコミにはあまりよく思われていない相撲
協会などは、戦々恐々としている。普段なら何ともない、関取や若い衆の外食、夜遊びまで禁止した。
 これを破って出場停止を食った力士もいるが、田舎者の若い衆には強力な新聞記者がついていて、あの手この手でおきて
破りをさせた・・・で、ばれた!とぼけた!そしてついに週刊誌に挙げられ、白状せざるを得ぬようになった・・・。
 自分では思いもよらぬ大ごとになって、父上に電話して話したら「馬鹿者!!なにをしておるか!!」と大喝され、「ワーン!」
と天下の大関が号泣したという。
 出場停止6場所(1年間)という、厳しい処罰が行われた。どんな計算か知らぬが、三段目辺りまで番付が落ちるそうだ。
 大関が1年後には三段目で相撲を取らされる。身から出た錆だ、覚悟を決めてほしい。今まさに横綱を狙う照ノ富士は、序二
段までけがで落ちて、這い上がって来た。それを見習ってほしい。
 三段目から十両までは、毎回全勝優勝をしてほしい。それだけの力をキープしつつ稽古に精進してほしい。
 そうと決まればわが郷土の英雄。三段目からの出世街道ばく進を、もう一度見られるのだから、親爺もオカカも楽しみに応援
するだろう。1年は長い。その間の修練こそやがて綱を張る起爆剤となる。頑張れ朝乃山。負けるな。
 考えようによっては、いい機会だ。精神を練り養い、体もより一層鍛え込め。一から出直しできる機会をくれた相撲協会を、夢
恨むなかれ。やがて見返せばよい。
 ピンクのバラが盛りを迎えた。


 視界は悪くない。大日まで見えている。



6/11
 親爺とオカカの、もうすでに隠居暮らしという穏やかに流れていく時間の中にも、僅かずつ変化はある。
 昨日は車が変わった。親爺の4WDはそのままだが、オカカと親爺の共有の車だったプリウスは、ノートEP4WDに変わった。
 まあ車の入れ替えは別に隠居暮らしではなくとも、大きなイベントかも知れないが、やはり心楽しい。
 今日は二人で今から買い物に出かける。オカカはともかく暫くコロナ禍の世間に顔を出さなかった親爺も、車に乗りたいだ
けで出かけようという気になるのだ。
 この車にも慣れるにはそれ相応の時間が必要だ。ちょっとしたコツで運転は変わるものだ。
 当分二人でああだこうだと、出かける機会も増えることだろう。もちろんコロナ接種が終わった二人だからでもある。
 今日の大日岳。


 昨日車のお祓いをしてもらった。雄山神社祈願殿前に車を持ち込み、佐伯睦麿宮司に神事を執り行っていただく。
 立山大権現に玉串を奉納する親爺と、社殿前でお祓いを受けたノートE4DW。
 


6/10
 今日も良い天気で、暑いほどの陽気だ。
 昨日午後に新しい車、ノートEPower4WDが我が家にやってきた。今日はさっそく雄山神社にてお祓いをして頂き、清々し
い気分で帰宅した。車の中にお守りをぶら下げたらホッとするのも可笑しいが、車の保険もぬかりなく車両変更をしておい
た・・・が、一番大事な慣熟運転がまだで、これからはなるべく運転して車に慣れねばならない。
 今まで乗っていたのがプリウスだから、操作にも結構な共通性があって楽だが、アクセルワークなど大型車の廃棄ブレ
ーキ並みに効くのが少し違和感がある。かなり細かいアクセルワークがいるだろう。僅かにアクセルを緩めただけで、制動
がかかるので、一寸まごつく。これも慣れだろうが。車内はやはりコンパクトだが、狭いとは感じない。ひじ掛け位置がちょ
うどよく、これはプリウスよりいいが、走行時の音は少しうるさいと感じたが、これはプリウスに比べてであるから静かには
相違ない。走りの滑らかさはプリウス並み。ただアクセルを離した時の制動がやはり気になる。
 まだまだ10数キロ走っただけだ。何も本当のことはわからない。
 でもこれで我家の車はノートになった。
 カラーは特別塗装。プリウスと殆ど変わらない。




6/9
 今日は長年乗り続けたプリウスとお別れの日だ。足掛け12年間乗り続け、152,000q以上を走った。その走行距離には、
その長さと同じ思いでも有るわけで、オカカと二人の旅行の数々、孫たちを乗せて走った日々、毎日の買い物等々、暮らし
に12年間、プリウスが在った訳だ。まあ、そんなことを言うと、キリがないが、長年乗りなれた車を手放すのは少し寂しい。
 朝から真夏のような陽ざしが強いのだが、薄い靄がかかり立山も見えない。
 今日はプリウスの次に乗ることになった、日産のノートが来る。エンジンで電気を起こし、走行は電動モーターという車だ。
 燃費はプリウスには及ばぬが、20km/l位は走るようだし、4WDである。従兄がこの2WDに数年乗っており、すこぶる良い
と言っていたし、自動停止ブレーキや、新しい安全装置が色々具備され、親爺とオカカには転ばぬ先の杖装備車である。
 恐らくこれもかなりの年月を乗ることとなるだろう。明日は雄山神社で、お祓いをしてもらう。安全祈願である。
 やはり、お祓いをしてもらった車というのは、清々しい気持ちで乗れる。
 靄で大日も見えない。不動山すら靄っている。
 

 トモちゃんの写真、気付かなかったが薄っすらブロッケンが出ている。


 我が庭に桃色のバラが咲き始めた。


6/8
 昨日コロナワクチン接種の2回目を受けた。
 今のところ後遺症らしきものは全くなく、注射した、左上腕部にわずかにけだるい程度の痛みがあるだけだ。このまま1週
間も経てば、免疫が定着するそうだから、小さな旅行ぐらい行けそうだと、相変わらず能天気な夫婦である。
 長年乗りなれたプリウスが、すでに15万キロ以上の走行距離となっていたので、まだまだ乗れる状態ではあるが、今一つ
サイズの小さい日産のノート4wdに乗り換える事にした。車を発注して待つこと3か月、漸く明日納車となった。
 何分の人気車種、気の短い親爺がよくぞ待ったものだ。と、思う・・・。
 プリウスには親爺もオカカもいろいろな思い出があり、手放すことに抵抗はあるが、10万円という下取り価格には抗えない。
 ということで、明日から新車に乗り換えとなるが、緊急自動ブレーキ等々、転ばぬ先の杖の装備も心強い。
 で、このノートの運転慣熟を兼ねて、遠出をもくろんでいる次第。
 少しずつだが、このコロナ禍、ワクチンにより基に戻りつつある、いやそう信じたい。
 立山の雷鳥、そろそろ抱卵期に入る。


 我家の庭のバラ。まだまだ先初めだが、あっという間に花盛りを迎える。
 

 


6/7
 大日が殆ど雪衣を脱ぎ捨てて、朝から強い陽光に照らされている。
 今日の山里はいい天気だ。しかも気温も高く、外に出ると暑い。庭のバラなどを撮ろうと外に出たが、無防備な頭頂部を
陽光が手加減なく照らし、何とも暑い。早々に家に逃げ込んだ。
 今日は夕刻、16:00〜17:00の間に、親爺も第二回目のコロナワクチンの接種を受けに行く。立山町内にある医院で
何時も世話になっているいび咽喉科医院だ。先週オカカもここで2回目接種を受けて、翌日微熱が出てちょっと気を付けて
いたが、翌々日には普段通りに回復し、以降1週間を経たが全く元気だ。2回目の接種の方が副作用が出る可能背が高い
そうで、女性の方が出やすいらしい。
 親爺は前回も全く何ともなかったし、恐らく今回もほとんど副作用は出ないだろう、と、勝手に思っている。
 まあ、これで後1〜2週間もすれば、親爺もオカカも一寸した旅行くらいは出かけられるだろう。それを楽しみにしている。


 庭には、赤、しろ、そしてピンクのバラが咲きだした。もうかなりのボリュームだ。 暑い庭でか山水を受けるつくばいが涼しげだ。
 


6/6
 立山も、山里もどんよりした天気だが、視界は利いている。まあ決して多くはないが、そこそこの人が山を楽しんでいて、
山小屋などはもともとこの時期は、お客様のいないことが当たり前なので、まあこんなものなのかなと納得する。
 未だ梅雨入り前だが、この時期に晴天が続き過ぎると夏山本番の稼ぎ時に雨が続き、キャンセルの嵐がふく。梅雨は
梅雨らしく雨を降らせ、水タンクの水量を上げてくれる事に専念し、夏にはスカッとした晴天を続かせてほしいものだ。と
まあこれは、小屋親爺現役時代の想いだが、今はまずコロナ退散を願うばかりだ。
 親爺も明日夕刻、第二回目のワクチン接種である。オカカは一週間前に2回目を終えているので、親爺が接種を終え、
2週間ほど様子を見れば、小旅行にでも出かけよう。
 頭を赤く染めた雷鳥。


 うろうろと、元親爺部屋の窓の下まで歩き回って来た。


 初夏の雨上がりの剱御前小舎に虹がかかった。


6/5
 土曜日は快晴で明けた。昨日の猛烈な雨が想像できない天気だが、周りの山々も木々も雨に洗われた後だから、陽光
に輝き清々しい。
 最近またメルカリに、不要になった幾点かを出品したり、蕨やサクランボなどを購入したりしている。特段安く買えるわけ
ではないが、産直の果実や、野菜などは新鮮で飛び切りいいものに当たることもある。 
 今回はオカカが山形県の方が出品しておられた蕨を数百円という送料込み価格で購入したところ、素晴らしく太く柔らか
く高品質の蕨だったものだから驚き、2度続けて購入した。これで作った蕨の醤油漬けは絶品で、ほぼ毎日頂いていたが
いよいよ、終わりになった・・・と、親爺も未練たらしくメルカリで蕨を検索していたら、同じ方がまだ販売していらっしゃるの
を見つけ、又少量注文した。対寧な対応の方で、家内が2度お世話になってますと書いたら、ご返事をいただき、ひとくさり
チャット会話をして、山形に新たな知己を得たような気分になった。
 日常の何気ない僅かな時間でも、こんな少し心温まることもあるのだ。これがうれしい。
 清々しい朝、オカカは買い物に出かけ、親爺はHP更新作業で惚け防止。トモちゃんが送ってくれる写真も楽しみだ。
 御前山の岩場から剱沢を見下ろす雷鳥。雄山主稜線も少しガスって聳えている。
 

 山里からは大日が良く見えている。                    居間には温かい陽光が射しこむ土曜日の朝だ。
 

 昨日は一日雨に打たれたバラも、新しいピンクの花を開かせている。紅いバラ、白いバラも咲き、垣根がバラに覆われる。
 


6/4
 止んだと思っていた風が、突風の様にまた吹いてきた。何だか今年は冬の間から風が良く吹いている様な気がする。
 芦峅寺の我が山里は、周りを山に囲まれているので、昔から大風による被害はあまりない。親爺の記憶でも、昭和38年
か39年頃に、秋の台風で雄山神社の大杉が倒され、開山廟の建物がその下に入り潰れ、中に入っていた加賀前田家から
寄進された2基の神輿が破損したという記憶が、唯一の大風による被害だ。
 現在その神輿は修復され、立山博物館の裏手にある、立山風土記の丘資料館(定かな名称は度忘れ)に収納されていて
現在の神輿はやや小型に、新たに作られたものである。
 逆に親爺が嘗て経営していた、剱御前小舎は別山乗越と呼ばれる風の通路にあり、立山でも強風の年中吹く場所として
知られている。大きな暴風石垣が積んであるので剱御前小舎が守られている訳で、石垣なしには倒壊を免れない。
 高所の山小屋には大抵、暴風石垣、あるいは雪崩除けの石垣が付き物である。山岳地帯の気象条件は厳しい。
 そんな山岳地帯ゆえの景観もまたあるもので、白いマフラーをなびかせたような剱岳もたまに見られる。


 今日の山里はムーッとした暖気に包まれてる。視界は良い。


 今年最初の花はショウジョウバカマだそうな。トモちゃんが教えてくれた。撮影ももちろんトモちゃんだ。


6/3
 真砂沢ロッジの心平が、小屋開けを前に小屋の偵察に行って来た。
 幸い小屋は本立ち部分は、ほぼ傷んでおらず雪崩や圧雪による被害はなかったのだが、食糧庫と台所に熊の侵入形
跡があり、海苔や、味噌等々食品があさられており被害はまあ、10万円前後だった様だ。ラインで、写真を送ってきた。
 が、親爺少し気になって、心平に電話をした。「小屋へ入って餌にありついた熊は、味しめて又入るぞ、なんか対策せん
とならんな・・・」と、今や心平も芦峅猟師の唯一の伝承者である。話は早いが、「今回の奴は大丈夫です。色々あさってい
るうちに、キンカンスプレーを咬み破って、そのスプレー液をまともに喰らった様で、入った反対側の壁をぶち破って、外へ
逃げた様ですから、まず二度とここへは入らないと思います。痛い目にあってますから。」とのこと。親爺もその熊公のうろ
たえぶりが目に浮かび、苦笑した。
 標高の低い山小屋だから、虫も多く、キンカンスプレーも必要なのだろう。それがクマよけに変わったのだから可笑しい。
 雪が少ない。多い時は3mも雪を掘って入り口を探すことが有るのだから。


 台所食糧庫は随分ハデに荒らされている。が、ここでキンカンスプレーを味わった熊公、痛かったのだろう狼狽え、反対
側の壁を破って逃げた。
  

 洗面器や缶ビールも咬み破って、キンカンスプレーも咬み破った・・・・・・・!!!


6/2
 山形県最上郡は、おしんで、ずいぶん有名になったが、幾度か旅で訪れたことがある。
 もう遥か昔の話だが、親爺が勤め人ををしながら剱御前小舎経営をしていた頃、しかもまだ若い30代そこそこの頃、
山形県の最上郡から、田植えが終わった頃から通称山形部隊と呼ばれていた出稼ぎの人たちが会社にやって来た。
 Iさんという大きな農家のご主人がリーダーで、多いときは7,8人少ない時でも5人程の人たちが来て、普段は会社
の賄い付宿舎にいて、大概、泊まり込みの工事現場などを担当した。立山や、立山温泉辺りの工事が多くあった頃で、
親爺と同年配の人もいて、友達になった。特に酒が飲めないS君は気が合って、今でもたまに連絡がある。
 さて、その方々には剱御前小舎の石垣補修工事でも随分世話になった。専門の石工の方もおられ、崩れかけていた
剱御前小舎石垣は、城塞の石垣の様にがっしり組みなおされた。
 剱御前小舎にとってこの石垣は生命線である。雷鳥沢から吹き付ける強風は凄まじい。この石垣がなければ剱御前
小舎はほぼ毎年、大きな被害が出ることだろう。
 で、耐久性を図るため蒲団籠を使ったが、当初は景観を損ねるなどとの声もなかったではないが、20数年を経た今
大方景色になじんでしまい、今は雷鳥の遊び場である。
 トモちゃんが送ってくれた写真を見て、親爺は古い昔の山形の人々を思い出している。


 今朝の山里は高曇り。大日も辛うじて見えている。


 我家の庭は端から端までで、約7坪前後、親爺が名付けた「猫額庭」だが、そこそこいろいろなものが植えられている。
  


6/1
 親爺にとって、6月1日は夏の始まりで、7月を過ぎ8月までが夏である。子供の時の季節のとらえ方がそのまま固まっ
たのだろう。暦とはだいぶ異なる。
 尤も日本では本来、大陰暦で来たところへ明治維新以降に、世界水準の太陽暦へと改めたのだから、長い間培われ
てきた春夏秋冬の行事なども、陰暦ベースであり、現在の太陽暦とは少し異なって当たり前だ。
 あまり細かいことは言うまい。とにかく今日からは夏だ。とはいえ親爺はフリースを着て居て、立山からは雪の便りが届
いた今朝だ。御前山が雪化粧。6月初めの立山では珍しくない。


 トモチャン曰く定番写真、親爺部屋の窓に氷がついている。ここを開けて撮ると、親爺現役時代の御前山だ・・・。


 でも山里では垣根のバラがかなり咲き出した。垣根の中ほど石段脇には紅い花、垣根の北方には白い花。紅白めでたい色だ・・・。
 

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