2022山賊庵絵日記(冬)     新年おめでとうございます。項を改めました。 2022/01/01



1/18
 コロナワクチン接種の予約ができたので、ちょっとホッとしているが、我々ロートル組よりも若い活動の活発な人々への接
種も急がねばなるまい。つらつら県内を見回していると、規模の小さな自治体ほど接種時期が早い様だ。物理的に手の回り
が早くなるのは当然で、小回りが利く。
 市町村合併という、合理化一辺倒の政策で、数多な山間へき地迄OX市に組み込まれると云う今日、そのOX市中心部は
十分な当局の目が届き、何かと優遇されはするが、へき地においてはますます切り捨てられ、遂には廃村などと云う末路を
辿るのは目に見えている。
 過密都市東京に全てが集中し、地方都市でも都市と名付けられた中心部のみに全てが集中していく。
 利便性を追い求め、易きに流れる人間の政情は如何ともしがたい。それ故現在の文明社会はあるのだから・・・。
 雪が降りすぎて、少々気が滅入ってばかりの冬暮らし。日記にまで訳の分からぬ愚痴を書き始めた。老化の一環か?
 昨日と同じような写真だが、我が車庫の雪の量を見て頂きたい。約30p嵩マシだ。


 モリヤに開けてもらった我家の石段。雪の廊下状態。         窓の外では雪が降り続いているのがよくわかるが、もう見たくない景色。
 

 屋根は融雪が効いている。隣の家の融雪装置は新しいタイプで、効率が良い。


1/17
 今朝は立山町で、第3回目のコロナワクチン接種の予約受付開始だった。親爺もオカカも携帯電話を手に手に、開始
の9:00丁度にコンタクト、若干の手違いがあったものの、1月31日の予約が取れた。前回と同じ医院で同じ日同じ時刻
だから二人そろって接種を受けて来るつもり。それまで風邪などひかぬよう、重々気を付けておらねばならない。
 雪が一段落したかとホッとしていたが、今朝から又雪だ。カルデラ博物館の雪氷学者飯田さんが、前回のようなことはな
いでしょうと言っていたそうだから、多分大したことはないと思うが、もういい加減うんざりしている。
 漸く傘を減らした雪に、又雪が降り積もる。


 向かいの高橋家も屋根が軽くなった。イッチャン一日がかりで大変だった。  こんな雪だったのだから。
 


1/16
 昨日一日雪は降らず、お日様が照ってくれたおかげで、我が山里も雪が沈み嵩を減らした。MAXで160cmあった
積雪も、9:00現在130cmとなり、目にはさほど減ったとは見えねど、確かに溶けてきている様だ。
 我が家はずいぶん昔に、屋根の融雪装置を付けた。村でも初期の頃で1軒か2件が取り付けていて、それが羨まし
くて爺様に相談し、親爺の新し物好きの遺伝の元たる爺様である、よしという事で、やった記憶がある。
 これのお陰で雪囲いも要らず、ずいぶん助かったことは否めない。また今でも助かっている。
 が、燃料費の問題だ、嘗てはリッター50円にも満たなかった灯油が、リッター100円に喃々としている。我が家は融
雪装置のほかに、ストーブや温風ヒーターも灯油であり、風呂だけはガスなので、恐らく年間1600リッターから2400
リッターを使うのだが、そのうちの2/3は融雪装置の燃料だろう。全く雪が降らず、一度も融雪を入れなかった、多分
一昨年は、年間900リッターほどの消費で済んだものだ。
 今冬はさてどうなる事やら、燃費を考えると大変だが、背に腹は代えられぬ。
 今朝の我家。日が照ると残雪も落ちてくれる。もう融雪のスイッチは切ってある。


 来拝山も遠く見える。若いころは野ウサギを追って、一冬に数度は登ったものだが・・・。


1/15
 漸く昨晩から雪も止み、今朝から日が射し、青空も広がって来た。新雪に覆われた山里に陽が射すと、一気ににぎ
やかになる。陽光が雪面に弾け散り輝くからだ。
 また土曜日なので、スキー場に向かう車も多くなるし、老人ばかりの村だが、外に移り住んでいる若者たちを呼びつ
け、屋根の雪下ろしをしている家も数件見え、何とはなしに、賑やかな雰囲気が広がるのだろう。
 我が家も、親爺の若い友人モリヤが、今朝朝一で車庫前と玄関前の落雪を除雪してくれた。有難いことだ。
 心平は雪下ろしの声がかかり忙しい。それでも心平にしかできぬ我家の裏の屋根の除雪と、車庫の大屋根の雪庇
崩しはもう頼んである。
 イヤイヤ高齢になると屋根の雪下ろしもままならぬし、除雪も同様だ。既に雪国に暮らす力はなくなっているのだろう
が、愛着深い我が山里芦峅寺、息が絶えるまでここに住み暮らすつもりだ。


 融雪で大屋根の雪が落ち、庭はこんな状態。比較的軽い雪だが雨戸の敷居にまで雪が被った。


 玄関先はモリヤのお陰で通工可能。                      向かいの家もイッチャンが雪を下ろし始めた。
 


1/14
 昨日は一日雪が降り続き、ほぼ24時間で、60pを超える雪が降った。近年ではまれにみるドカ雪と云っていいだ
ろう。我が山里の積雪は152cm。いよいよ雪五尺という訳だ。
 夕べは屋根の融雪が稼働し、低くボイラーが燃える音が耳に届いた。その音を聞きながら寝たのだが、雪のない暖
かい場所が恋しいと思い乍ら寝込んだ。で、今朝目覚めると我が山里は1m50cmの雪の下、もう寒くは無いが、雪の
始末はすでにわが手に余り、若い友人のモリヤに頼んでやってもらっている。モリヤも若いとはいえ、もう50歳過ぎだ
が、やはり親爺たちよりははるかに強い。今は無雪期には立山砂防の軌道保線に従事しているようだから、身体も動
くのだろう。大きなけがをして長期入院していたこともあったが、よくぞ頑張ってここまで回復したものだ。
 朝からまだ断続的に降っていた雪も、ようやく止んできた。明日あさってと気温が高くなり、日も出そうだから、雪は少
しは嵩を減らすだろうが、まだまだ寒の中である。
 ”これがまあ終の棲家か雪五尺”一茶翁我が山里も雪五尺・・・


 車庫の前の除雪は湿った雪ほど大変だ。モリヤ有難う。


 ドカ雪の下に息づく我が山の村


1/13
 山里は今日も雪。積雪は間もなく1mを超えるだろう。我が山里についてのみ言えば1mを超える積雪などごく当たり
前のことであるが、年々歳を重ねて体が衰えてくると、この雪が何とも重荷になってくる・・・。
 昔、と云っても親爺の親世代が子供だった頃の昔のことだが、冬になり雪に降り込められると、仕事というものが無く
なり、良い若い衆が日がな一日どてらを着てぶらぶらして遊んでいたそうだ。勿論生活無能者ではなく、立派な山案内
人や、猟師、杣人たちなのだが、1月2月の雪に振り込められる日々は、彼らにとって休養日だったのだそうだ。
 精々屋根の雪下ろしや、道踏み程度の除雪作業だけで、そんなものは彼らにとって朝飯前のことだった。そんな厳冬
期でも、冬山ガイドの仕事などあれば立山へも出かける事もあったが、これは極めて限定的な人たちだったし、所謂若
い衆などは、親に遠慮なくぶらぶらしていられたのだそうだ。
 雪国の冬は昔から辛いもので、暗いイメージがあるが、実は囲炉裏の火に温まりながら、皆より集まってごろごろ過ご
す事が出来た時期でもあったという事だ。
 今は昔の話である。
 そんな昔に思いをはせながら、外の雪降りを眺めていると、景色がまた違って見えてくる。


 まあ、確かにこんな雪にじたばたする事もあるまい。じっと待てばよいのだ。




1/12
 昨日余計なことを書いたので、冬将軍の気を悪くしたようで、昨夕から降り始めた雪は今朝までに30pも降り積もり、
山里の積雪は90cmとなって、今なお断続的に降り続いている。
 イヤイヤ余計なことは書くものではない。
 毎朝の除雪はありがたいが、車庫前に散水融雪でべたべたになった重い雪を積み上げてゆくものだから、これを奇麗
に川に投げ込むのにかなりの労力を必要とする。親爺はとっくにだめだし、オカカもスッテンコロリンの怪我で除雪は無理
で、頼みの綱の心平とモリヤ親分に救援要請をして、どうにかしのいでいる。
 高齢化世帯という言葉がいよいよ身に染みる様になってきた。若者が雪国、あるいは豪雪地帯を出て行く気持ちは良く
解る。政治の貧困などと云うつもりはない。安きに流れより利便性に富んだ生活環境を求めるのは、人間の本性だ。
 愚痴になってしまう。「これがまあ終の棲家か雪五尺」と一茶の様に諦め、飄々と時を過ごさねば。
 今朝の山里。積雪90p。


 庭には雪がドッサリ積もる。                         辛うじて通路だけは山水散水融雪でしのぐ。
 


1/11
 これで三日ほど雪が降らず、暖かい日が続いたので、山里の家々も屋根の雪が非常に減った。年末から積もった雪で、
元旦は1mあったのだが、もう60cmを割りそうだ。
 こんな屋根雪の状態では、下の方がザクザクに溶けており、屋根など危なくて登れない。勿論この程度の雪では山里の
太い柱や梁を使った伝統的な耐雪構造の家はびくともせぬ。
 大雪を計る山里の基準として、雪下ろしの回数がある。一下ろし、二下ろしと数え、例年二下ろしが普通で、それ以上と
なると「でかい雪じゃなぁ、今年は。」となる。
 正月元旦に1mなら、気の早い奴は二日から屋根に上ったりもしたものだが、11日の今日ここまで溶けるとは、我が山
人の感覚では大雪ではない。
 余計なことをほざいていると又大寒波に見舞われたりするので、口ならぬ筆は謹んで置こう。
 とにかく今夜から又雪らしい。


 今朝はe-power4WDで、医院へ向かったオカカである。この車、雪道には強いが、深い雪にはどうだか?


1/10
 今朝はやはり夜具の中で、寒いと感じながら目が覚めたが、時間はもう7:00を過ぎていた。夜具の温みから出ら
れず、ぐずぐずしていたら、朝の目薬のアラートが鳴り、点眼して起き出す。起きるともう寒さは感じなかった。身づく
ろいをし、洗顔歯磨き。外は靄がかかっているがいい天気だ。
 寒中はいつもだが、睡眠が深い。夏場などに比べると目を閉じて目を開けると朝だという程よく眠っている。
 で、体調は良いかというと、そうでもなく、年相応のガタがあちこちにある。まあ、昨日と同じなら善しとしておこうと
思うようになってきた。
 軽く朝食を頂き、玄関先からドローンを上げて、寒中の朝もやの景色を撮影。戸外で操縦しようにも低い朝日がま
ぶしくて、せっかくのFPV画面が見えなくなるので、玄関の日を遮る中まで入り、機体が目視できる位置をキープしな
がらの撮影だ。一見ずぼらに見えるが、これは仕方ない。が、もちろんずぼらもないとは言わない。
 常願寺川から靄が上がって来る。


 朝日が閻魔堂の杉木立にも降り注ぐ。


 機体高度を上げたら鍬崎も見え、遥か彼方に立山の峰々も見えている。


 庭の積雪を、山水が溶かす。我が家の融雪散水だ。


1/9
 今日は爺様の月命日。仏壇にお参りして外の様子を撮ろうと、玄関の戸を開けると暖かく感じた。しかも雨が降って
いる。未だ寒のうちに空から水滴が落ちて来るなど珍しい。この時期空からは雪が降ってきて当たり前なのだ・・・。
 だがこの生暖かい大気(とは言え2℃までは無いだろうが)と雨の所為で、木立はすっかり雪を落とし、家々の屋根
からも雪が地上に滑り落ちてくる。雪など落ちて溶けるに越したことはないが、下手に落下位置にいたりすると怪我を
する。怪我で済まぬこともあるから恐ろしい。
 半世紀以上前の話だが、雪が緩むころ、「人家の軒下に入ってはいけない」と、母や祖母から厳しく言われた。この
落雪事故で、命を落とした子供がいたのだそうだ。これは今でも一緒のことで、親爺も孫たちが雪遊びをしに外へ出
るときは「軒下危ないぞ」と声をかけるのだ。雪国には雪国のいくつかのルールがある。
 小雨降る今朝の山里。山は黒々としてきた。



 閻魔堂の杉木立も 殆ど雪が落ちた。
 

 立山は全く見えない。


1/8
 オカカは新年早々にスリップ転倒で負傷、コルセットをはめての日々がしばらく続く。
 親爺とて医者に行くのが嫌で、大したことのない腰痛と放置していて、まあ健康上の問題というのは年齢相応に多く
なるのが普通なのだ。
 さて、今朝は快晴。青空が広がり、気温もこの後少しずつ上がってくるとの予報である。恐らく雪も幾分溶けるだろう。
 今朝7:00の気温は-5.2℃だったそうだ。夜具の中でも寒さで目覚めたものだ。
 起きて靴下をはき、フリースを羽織れば親爺の身支度は完了。ユニクロのヒートテックの下着に、同じくフリースの薄
手生地で出来た部屋着の上下を着たまま夜具にもぐり込んでいるからで、外出せぬ限り、部屋着の上下に厚手のフリ
ースを着て過ごしているからで、まあこれが一番楽だ。ものぐさな話だが快適である。
 寒い寒いともう1か月、何とか我慢すれば節分だ。節分を過ぎればひな祭りを待ち、弥生の空の温みを感ずるや、立
山の山小屋の小屋開けとなる。
 数年前までは飽いたはずの雪の世界へ、またぞろ入り込んで山小屋暮らし。が、今はそれも過去の話。
 楽隠居の身の上故、春の陽だまりの中で転寝をする事もできるのだ。
 あ〜!未だ寒の中だ。春まで長いな〜!!
 今朝の大日岳。


 「ババ早く元気になって〜」とアンパンマの絵を送ってくれた黒部の孫。 氷柱の向こうは打越山。金毘羅様が鎮座する。
 



1/7
 親爺とオカカの二人の生活に戻って二日目。オカカは昨日のスリップで負傷した手首御診察を受けに町場の整形外
科へ出かけた。銀行へ寄ったり、買い物もしてくる予定だ。
 今朝は正月七日、我が山里では正月の「お飾り」と呼ぶお供え(鏡餅)を下ろし、それを七草に見立てた独特の七草
がゆを炊き頂く。
 毎年書いているが、餅、勝ち栗、干し柿、昆布、みかん等を入れ、七草に満たぬ部分は黒豆や大根なども入れ粥に
焚くわけで、味付けは塩のみ。それでも親爺などには年に一度切りのこの味が美味い・・・否、懐かしく郷愁を誘う味わ
いなのだろう。美味いと感ずる。
 昨夜は数センチの積雪があった。寒中の正月七日である。正月も今日までが松の内という山里だ。


 山里の七草がゆの湯気の中若き父母らの笑顔映りて


 寒中の山里は当たり前に雪の中。


1/6
 昨日、次女と孫息子が東京へ帰った。富山駅の混雑を避け、黒部駅へ送ったが、昨夜から可愛い足音がせずジジ、
ババと云う可愛い声も聞こえないのでさびしい。
 でもまあ、無事パパの出迎えを受け、帰宅したそうで、ほっと一安心したのも事実。
 今朝は晴天ながら気温が低い。放射冷却というやつだ。その所為で辺りはガチガチに凍てついて、慣れているはずの
オカカ迄玄関の石段でスッテンとこけた。背中まで衝撃が走って、しばし動けなかったそうだ。
 親爺の腰痛も一進一退。所謂膝崩れで、階段の上り下りがこたえる。慎重に歩を運ばぬとがっくりと膝が脱力・・・。
 年取るという事はまあそういったことの様だ。
 昨年末、旧知の友人が他界していたことを新聞のお悔やみ欄で知った。今は芦峅寺を離れているが、爺様と一緒に
第一次の南極観測に参加した、故佐伯安治さんの長男で、親爺より一つ年下だった。風の便りで聞くところによれば、
動脈りゅう破裂の急死だったそうで、時節柄家族葬だったようで、欠礼してしまった・・・。冥福を祈るのみ。 合掌
 冬の晴れ間で青空が広がるが、凍てついた山里だ。


 家に帰って、各々の生活に戻った、我が宝の孫たち。ジジの送ったアンパンマンカーやら、ユーキちゃんに貰った
ラプンツェルのぬいぐるみやら、喜んで遊んでいる姿が送られてきた。
    

 青空が広がりつららが下がる玄関先。気温が低く木立の雪も落ちない。




1/5
 今日はこれから、東京へ帰る次女と孫息子を黒部宇奈月駅まで送る。何故富山駅ではないかと云うと、北陸新幹線
の場合、はくたかは黒部でも停まるが、かがやきは停車しない。でも富山からだと2時間と数分で東京に着く。はくたか
は停車駅が多い分、富山からだと2時間半足らずかかるが、黒部からだと乗車時間が10数分短縮される理屈で、我
が家から、黒部へ向かうのと、富山駅へ向かうのは時間的に大差なく、正月だとか、お盆の混雑期は、マイナーな黒部
駅の方が遥かに駐車スペースも多いし、混雑によるトラブルが少ないからである。
 随分わかりにくい、長い説明だが、富山市内の混雑が嫌で、10分余でも東京に近づく黒部駅の方が距離はややある
が時間的には早く、スムースに着く。まあ、高速料金が千数百円はかかるが、一年に一度ばかりのことである。
 晴れ女と呼ばれる次女の事、青空が広がり、雪を溶かしてくれている。
 東京駅にはパパが出迎えている。


 雪遊びをする孫息子。格好は一丁前のエスキモーの息子だが・・・。    ドローンがそばへ寄ると怖いとママの背中に隠れてしまう。
 

 陽が射し青空が広がり始めた。我家の居間にも低い位置から陽光が射しこんでくる。暖かい。
 

 外はまだ氷点下の気温ではあるが、雪が降らない日は心も晴れる。


1/4
 昨日で正月三が日も終わった。我が家にはまだ東京の次女と孫息子がいるから、賑やかではあるが、二日に黒部
の孫娘と長女夫婦は帰ったし、昨日には松本の末娘も帰った。
 末娘は車での移動故、天気予報とにらめっこで、昨日の帰宅となったのだが、今日の雪を見ているとまあ正解だっ
た様な気がする。
 さりとて今日の雪も、さほどひどい雪ではなく、我が山里ならではの雪の様で、標高が200mを下がればもう雨の様
だ。
 昨日はうっかり更新作業を忘れたのではあるが、箱根駅伝の最終10区の我が母校の追い上げに、かなり興奮した
からでもある。後半、芦ノ湖スタート時は9位だったのが、アンカーの頑張りで、なんと5人抜きで4位まで駆け上がった
のだ。しかも3位の駒沢とは抜きつ抜かれつの接戦だったのだから、ロートルOBも興奮した。で、気付けば観戦疲れ、
昼寝が長かった・・・。
 雪が戻ってきたが、今日だけで収まりそうだ。積雪は80cmを割った。


 まあこの程度の雪なら、何という事もない。我が山里の耐雪力は遥かに高い。


 雪景色は本当に美しい。ただしこの程度ならである。庭の雪の大半は屋根から滑り落ちた雪の堆積である。
  


1/2
 昨夕長女夫婦が合流、孫2人を中心に大騒ぎが始まっている正月2日である。ジジババは孫二人と若い連中の
食事準備で大忙し、普段の静かな明け暮れが正月にふさわしい、目出度い喧噪の中に放り込まれた様だ。
 久々の積雪1m越えの山里、芦峅寺らしい正月だがこれ以上の雪はいらぬ。幸い昨日から雪は上がり、今日も
青空が広がっている。孫と娘たちはオカカと一緒に襲い初詣、親爺は毎年の事ながら初詣は辞退。今年は特に腰
痛を引きずっているので、またの機会に立山大権現へは参拝しよう。
 今恒例の箱根駅伝観戦中だが、母校は今年もさえず3区で6位、この後の頑張りに期待するしかあるまいが、強
いライバルが増えてきて、親爺たちロートルOBを興奮させる成績は難しくなってきた。
 今朝は新雪で化粧直しをした大日が美しい。


 玄関に靴が並ぶ。可愛い長靴も二つ見えている。


 つららに朝日が射し光る寒い朝だ。                       雪は幾分落ち着いた。    
 


1/1
 新年明けましておめでとうございます。若干の腰痛を抱えての年越しですが、親爺もオカカも元気に初春を
迎えております。
 皆様には本年もどうぞよろしく。と、一応新年に際し改まった挨拶をさせていただきました。
 で、一挙に通常の絵日記の文体に戻り、日記を続けよう。
 新年で目出度いのだが、何分ドカ雪の下。にっちもさちも行かぬ正月で、親爺などもうとっくに神社への初も
うでなど諦めて久しい。
 オカカや元気な娘たちは多分初詣もするだろうが、このドカ雪の下では・・・。
 という事で、本年もスタートを切った。
 昨年春山の別山乗越から望む日の出。


 我が家も正月を迎えた。


 子供は風の子。こんな雪を見るのは初めての東京の孫は大喜び。


 山里はドカ雪に襲われている。1mの積雪の正月は、実に芦峅寺の山里にふさわしい。
 

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