2022山賊庵絵日記(冬)     新年おめでとうございます。項を改めました。 2022/01/01
                                                            今日で3月31日。冬が終わりましたので最終更新と致します。 

                                                                                       親爺 拝           



3/31
 何時になれば雪がなくなって、春が来るのだろうかと待ち詫びていたが、今日はもう弥生晦日となった。
 年度という、よくわからぬ区切りでいうと、今日は令和三年度大晦日となるのだろう。明日からは令和四年度が
スタートするわけだ。
 新年の様に祝いはせぬも、新年度の初めの日が四月バカで始まるのだから、十分めでたいのだろう。
 隣の謙ちゃん宅の庭にある桃の老樹に花が咲いた。咲いたとたんに雨に打たれ、かわいそうな気がするが、雪
に降られるよりはましである。
 可成りの豪雪に見舞われた今冬だったが、雪はほとんど解け切った。
 喉もとすぎれば何とやら、親爺とオカカも現金なもので一気に天気予報への関心が薄れた。タブレット、携帯電話
PCと気象情報を四六時中気にして見ていたのだが、もう、一日に一回見ることもない。
 雪のない有難さもだんだん薄れ、当たり前になってくる。そして、ついには晴天時の暑さに悪態をつく・・・。
 ああ人間など自分勝手なものだ。
 とにかく、この豪雪の冬を親爺もオカカも何とか又乗り越えた。
 さてしばし、春を楽しもう。
 山里の 弥生晦日や ももの花


 「春となる夜ごとの雨よ降り濡れて木の芽は緑のともしびのごと」いくら検索をかけてもこの歌が出て来ぬ。確かに中学か高校
の教科書に掲載されていたはずだが。
 今日の山里は雨である。
 


3/30
 今日は暖かい。快晴だ。
 外にいて近所の人と立ち話をしていたオカカは、暑い暑いと、家に飛び込んできたし、親爺もストーブを消して
床暖だけで過ごしている。
 もう次の冬が来るまで、当分雪の心配はいらない。
 待ちわびた春になったのだ。もう少しすればオカカとヨモギやフキノトウでも摘みにでかけよう。
 桃の老樹の花蕾、膨らみ、色づいてきた。どうやら今年も花を咲かせてくれそうだ


 今日は大日がすっきり見えている。


 我が山里の村には春が来ても雪は残る。


3/29
 今朝も肌寒い朝だ。天気こそ高曇りで、雨も風もなく穏やかだが。
 一昨日の暴風で、雪の解けた庭がどこから飛んで来たのか知らぬが、薄汚れた木の葉をまき散らし、庭の南天
の枝をへし折って行ったので、オカカが掃除をして、南天も折れたところで切り取り、いいさなごみ袋2杯に詰めた。
 にははまだ残雪がわずかに残るも、ほぼ復旧した。これまで融雪散水にも言いていた山水も、元の手水鉢に落
ち込むようにして、これで無雪期の庭となった。
 

 庭の隅の残雪の下からミニ水仙が顔をのぞかせた。
 

 雪融けが結構進んでいる第二里が見えている。



3/28
 風もなく、雨も降らぬ、穏やかな高曇りの月曜日だ。弥生三月も余すところ三日、いよいよ山里も卯月四月を迎え
残雪こそいくらか残るが、春を迎える。
 親爺の頭の中の暦は3月が折り返し点で、4月から始まる。所謂新年度のスタートに準じていて、それでも12月に
も折り返し点があって年が変わり、1月2月3月の冬を過ごし三月の終わりで年度の折り返しを迎えるという、何やら
ややこしく怪しい変則ループによりイメージされている。年と年度という二重性を持つ区切りがそんなイメージによっ
て、親爺には理解されている訳で、そこに季節の移ろいが更にかぶせられる。が、明確な季節の区切りなど実際に
は有ろうはずもなく、暦の上で便宜上区切っているだけだ。だから親爺は勝手に、1〜3月冬、4〜6月春7〜8月夏
9〜12月秋とこのHPでは括っている。随分いい加減ではあり、6月は梅雨のイメージで夏に近いし、12月は雪が降
り既に冬のイメージだが、細かいことを言い出すときりがない・・・。
 で、長い暗い冬をどうにか過ごした親爺とオカカ、来るべき春にホッとしている。そして掛け声だけは旅に出ようと勇
ましくあげるのだが、腰がちっとも上がらない。


 東京ではもう桜が開いて暖かい。黒部でも雪はなくなって暖かい。山里だけがまだ雪を残している。
  


3/27
 昨日吹き荒れた、春の嵐と言うには可成りひどすぎた暴風は、富山県内のあちらこちらに倒木やら家屋の被害や
らと痛い爪痕を残していった様だ。
 立山の暴風でも、剱御前小舎の辺りは風の通り道で、風速20m/sなどと云うのはざらだったが、これが30m/sを超
えると、防風石垣で覆われた山小屋でも小屋が揺れた。
 昨日は平野部で、30m/s〜35m/sの風速を記録したそうだ。
 今朝は穏やかな霞に包まれた朝だ。辺りを見回すと雪がほとんどなくなっている。昨日の暴風のおかげだろう。
 山里では昨日の風で被害が出るより、雪融けが進んだ。
 我家の車庫の屋根の雪ももうほとんどない。


 我が家の庭にもドッサリ残っていた雪が、わずか一日できれいさっぱり解けてしまった。
  


3/26
 今日は暴風が吹き荒れている朝だ。常願寺川に沿って、吹きあがってくる風だが、我が山里は河岸段丘の上にあ
りほぼ盆地状に山々に囲まれているので、南風だといっても、あちこちにぶち当たって吹く風なので、方向は定まら
ない。雨も混じり出したからそろそろ風は治まって来るだろうが、雪が一気に少なくなった。
 今日は大婆様(祖母)の月命日、仏壇に燈明を上げお参りした。若いころは仏壇のお参りなどは、婆様(母)に言わ
れ、特定の日にちょっと手を合わせるだけだったが、親爺20代初めに祖母が旅立ち、40代半ば過ぎには母が旅立
ち、仏壇のお参りはオカカの手に委ねられた。そして親爺の3人の娘たちも大学進学で、一人ずつ家を離れ、仏間を
今の座敷にまとめ、それまでの仏間は完全に爺様(父)の隠居部屋に作り直した。爺様の寝室兼仏間では、お参りし
難いという事もあったからだ。仏間を改装し仏壇を移動したその頃から、親爺も仏壇をお参りするようになり、祖父母
や母の月命日などには大体仏壇に燈明を上げ手を合わせるのが習慣になった。で6年前には爺様も90の齢で大往
生し、仏壇に母と二人並んだ位牌に納まり、先祖の列に入った。こう考えていくと次にこの仏壇に納まるのは親爺自身
であり、今から仏壇にも馴染んでおかねばなるまい・・・。
 立山にある弥陀の浄土やら高天原に、わがご先祖様たちは居るという。立山なら長くそこに過ごし、その一帯は良く
知っている親爺だが、ご先祖様たちの居る立山は、立山でも次元が違うようで、ついぞ知らぬ。だが父母や祖父母を
はじめ、数多の親戚縁者がそこに穏やかにいるそうだから、いよいよ親爺が行く時にも、皆で出迎ええくれるだろう。
 今日も立山は見えぬが、見えぬ立山にこそ、確かに我がご先祖様たちが居るのだろう。


 ひらがなを練習中のお姉ちゃん。 お絵かきの最中もアンパンマンマントは手放せないおいら。
 もう10年、この宝物たちの行く末を見たいジジである。
 


3/25
 最近買い込んだ、青柳裕介氏の「土佐の一本釣り 全25巻」を残りを惜しみながら、頗る丁寧にゆっくり読んでい
る。昭和40年代半ばから始まった、純平と八千代の物語は、当時に青春真っ盛りを過ごしていた親爺たちの世代
には、先ず懐かしさが先立つ。
 鰹の一本釣り船という当時でも十分マイナーな世界に、当時でも通用し難い男の理論を通そうとする可笑しさが、
何とも痛快に見えてくる。もちろん半世紀も前の時代だから許された、”青柳節”の物語なのだ。
 しかしその一見豪快な物語には、頗る繊細な伏線があり、それが読者に読み捨てを許さない。人生の喜怒哀楽、
人間の計り知れない心の動き、時にはシリアスに、そして主にコミカルに物語が展開する。
 これが漫画の力なのだろうか?文章だけでは表現しにくい部分を、視覚に直接訴える絵で伝える。もちろんそれ
には圧倒的な画力が不可欠だが、青柳作品は絵が先ず素晴らしい。素晴らしい物語を展開する手段としての漫画
は、今の世界にも十二分に通用している。コミックは、日本が世界をけん引している・・・。
 ごたごたと書いているが早い話、親爺は若い頃に読んだ漫画を、老いた今又読み返し楽しんでいると云うだけの
事で、今更ながら漫画の価値に気付いたという事だ。
 読み始めると2巻程は読んでしまう。慌てず時間をかけて熟読してもである。 
 立山も良く見えている暖かい日だ。


 お姉ちゃんは絵本が大好き。ひらがなの拾い読みができる。 俺様はアンパンマン一色だ〜!カッコいいだろう!
 可愛い孫たちからの便りが、ジジババを喜ばせてくれる。
 


3/24
 富山市内のかかりつけ医院へ薬をもらいに行ってきた。月一の親爺の仕事である?
 山里も雪はずいぶん減ったが、下界と云うか平野部は、僅か400m足らずの標高差で、全く雪などなく、山里から
めったに平野へ降りぬ親爺には別世界だった。が、埃っぽくていけない・・・。
 帰路車の燃料補給のついでに、村内のGSによって、2月3月売分の灯油の支払いを済ませてきた。寒くドカ雪に
見舞われた今冬で、更に燃料も高騰しているので、結構な金額だった。一年分の灯油だけの支払いが20万円を超
える。1/2は屋根の融雪で、後が部屋の暖房である。我家の風呂や床暖はLPGなのでこのうちには入らず、光熱
費総体は、結構な額になるだろう。恐らく親爺の細やかな年金額の2〜3割に及ぶ金額だ。堪ったものではない。
 細やかな年金の不足分は、ささやかな預金の取り崩し。いやいや老後の生活も貧乏を楽しむほどの気持ちがなく
ては楽しく過ごせない。
 まあ細かいことは考えぬ事にしよう。住家もあり、明日の糧にも事欠かぬ日々に不足はない。
 桃の花芽の膨らむ遅い春が来た。


 最近よくやるライスペーパーのガレット。生春巻きよりもこの食べ方が気に入っている親爺だ。


 平野ぬから立山を見たが、往路は良く見えていたのに、帰路は全くガスに包まれていた。
 


3/23
 昨日は朝から、14:00頃まで雪が弱々しく降り続いたが、その痕跡はどこにも見られず、降ったそばから融け消え
て行ったもののようだ。気温は相変わらず低く、せっかく雨戸が開けられるようになった縁側で、温かい陽射しでも浴
びて転寝しようという目論見は、まだまだ無理なようだ。
 昨日やはり青柳裕介氏の代表作、「土佐の一本釣り」全25巻を電子書籍で全巻購入した。
 小遣いの残高を計算し、25%引きのクーポンを利用した。11,340円なりだから、そんなに迷うほどの金額ではない
のだが、今や老いの身の年金生活者である。まあ凡そ一月分を使ったか?暫くは我慢だな。
 今日は姿を見せている大日を見上げ、そんなことを思っている。立山も雪解けが進んでいる。


 青柳裕介氏は昭和19年の生まれで、56歳で亡くなられた。その作風は豪快でありながら繊細である。素晴らしい画
力を持たれ、ハッキリした奇麗な線を、太く、細く、用いられ画面を作って行く。
 コミカルで独善的な風を装いながら優しさにあふれた繊細な内面が随所ににじみ出る。昔の日本の男を描き、昔の日
本の女を描いておられる。
 以下の作品の一部をご覧いただければ、親爺の言ってることが出鱈目ではないことがお判りいただけるだろう。
 漫画といっても、このクラスになると今は昔の昭和の世の中を語る、大きな文化遺産である。
 青柳氏に感謝しながら、再読させていただこう。電子書籍で。
 

 


3/22
 又雪だ。まあ落ちた先から融けてしまうような弱々しい雪だからあまり気にもならぬ。
 久々に巡り合った昭和の漫画家、青柳裕介氏の作品群にハマっている。レンタルで読めるのだが、所謂名作として
大ヒットした「土佐の一本釣り」「純平」などはレンタルできず、購入で読むしかない。まあ、電子本だから保管場所に
苦労する様な事もなく、購入もあっと言う間に終わるし便利この上ないが、結構な値段である。で、しばし考えるのだが
結局は何とか小遣いをやりくりして、購入することになるだろうが、今はその考え中だ。
 最近の漫画も読まぬではないが、昭和の時代の漫画にどうしても軍配を上げてしまうのは、親爺の年齢のせいだろう。
 立山は今日も見えぬ。


 近くの公園で自転車の練習。もう楽しくてうれしくて・・・。剱御前小舎のバンダナのストックがお気に入り。アンパンマンのマントだい。
 二人の孫の元気な写真が届く。
 

 あれだけうずたかく積もっていた庭の雪ももうわずかになった。


3/21
 昨日親爺は慣れぬ電子マネーを購入しようと、一寸した勘違いで5,000円ばかりの不要な電子マネーを購入してしま
った。大きな金額ではないが、今や年金生活者の貴重な小遣いである。何とか有用な使い道をと、ネット上を探して見
たが、偶然、昭和の有名な漫画家であった、青柳裕介氏の作品の幾つかに巡り合った。
 青柳裕介と云えば土佐の「一本釣り」がすぐ思いうかぶ。豪快な海の男の世界を描いた、大傑作だ。あの時代のコミ
ックには、劇画という言葉がふさわしい深みと重みもあったように思う。劇画と漫画の違いは何か、いまだに判然とはせ
ぬが、その辺のことは専門家に任せて、親爺も若い時から氏の作品にはなじんだ。
 純平と八千代の二人の世界に、一緒に遊ばせてもらったものだ・・・。
 青柳裕介の画力は、素晴らしく、その一コマ一コマが風景画になりそうだった。昭和の情景が息をのむような精緻な筆
で描かれている。とにかく昭和を代表する漫画家であった。そして今回、親爺には未読だった、初期の氏の作品に巡り合
った。初恋というタイトルの3冊で、これが青柳流に描かれている。イヤイヤ驚いた!!晩年の氏の豪快な土佐の男の
姿がこの繊細なタイトル、初恋には馴染まぬ気がしたからだが、一読して納得した。
 永島慎二、矢口高雄の両氏を混ぜ合わせた様な作風も見えるが、また違う。太く力強い線が描くのはもっと繊細な人
間の本質かもしれぬ。
 昭和の漫画も電子書籍化されて保存されている。素晴らしい事だ。今や日本のコミックは世界を席巻し、けん引する文
化となっているが、その土台となっている昭和の漫画家達の作品をもっと読みたい。昨今のコミックには見えぬ、人間の
生々しい悲しい姿が、詳細に描かれている。もちろん玉石混合ではあるが。
 漫画と馬鹿にされ、大学生が漫画を読むと新聞や週刊詩に書かれた日々。それでも漫画は手放せなかった。
 今でも親爺は漫画も本も同じレベルで大好きだ。
 今日は暖かくなってきた。またゆっくり青柳氏の本を探そう。


 黒部が自転車を買ってもらった。補助輪付きで、ママパパ監視の下で練習。気を付けてがんばれ〜!!
 東京もすっかり元気になって、この格好でお散歩だ。いつものママのスタイルをまねているらしい。じゃあ、
抱っこひもで抱っこされてるアンパンマンは、自分自身だな・・・。
 

 隣の桃も又花芽を膨らませ始めた。もう雪は不要だ。


3/20
 寒くなった・・・と、この期に及んでいうとは情けない。
 昨日夕刻から雨が氷雨に代わり、ついには雪になったのだ。今朝までの積雪は1〜2cmもあったろうか、それでも
辺りの木々や家々の屋根は、粉砂糖を振りかけられた様に白々としている。更に気温が低い。寒くて堪らぬ。
 弥生も後半に入り雪に見舞われることは、ちっとも珍しくはない我が山里だが、寒いのには閉口する。
 年とともに、耐寒力は低下するものらしい。
 昨夕の雪には憮然として外を眺めるしかなかった。


 そんな親爺に娘たちから可愛い孫の写真が届いた。
 ママと遊び場という遊戯施設に行って、半日過ごして来た黒部と、お熱が下がって元気になって、剱御前小舎のバンダナ
をマントにして、アンパンマンになりきる東京。
 この孫たちの写真が親爺には最高の薬。嬉しくて何度も何度も見ては花の下を伸ばしている。
 

 今朝は又冬景色に戻った山里だが、この程度ならびくともせぬ。ただ寒い・・・。


 花芽を膨らませている桃の老樹も何やら可哀そうだ。


3/19
 昨夜もまた岩手県で大きな地震があった。震度5強と云えば、何かにつかまっていなくては歩めもせぬ揺れだと言う。
昨晩も一昨晩とほぼ同じ時刻に地震では、被災地の方々はゆっくり休むこともできぬ。心よりお見舞い申し上げます。
 さて我が山里は比較的災害の少ない所だ。大きな地震も、水害も、台風被害もほとんど無い。とは言え、記録に残る
安政の大地震は立山の大鳶崩れという大きな地滑りにより、富山平野、常願寺川流域に大きな被害をもたらしたし、昭
和44年の集中豪雨による被害も44災害として語り継がれてはいる。が、幸いなことに我が山里芦峅寺は常願寺川の河
床より60m以上の標高差があり、大きな被害はなかった様だ。
 が、しかしその代わりという訳でも無かろうが、毎冬、豪雪という自然災害ではないかもしれぬが、限りなくそれに近い
ものに襲われる。雪下ろし、除雪作業は3か月にわたり続く・・・。
 が、突如来る地震や津波などと同次元で語る災害とは程遠いだろう。
 雪が融け、積雪も1mを切った。隣の桃の老木の花芽が気がかりでしようがない親爺だ・・・。


 トランポリンが大好きな孫娘。上手に跳ぶ。お熱を出したが今朝は平熱。アンパンマンになり切った孫息子。
      

 解け切る寸前の車庫の屋根の雪。                      雪に押されていた生垣もすっかり元に戻った。
 


3/18
 昨日名取市にお住いの知人Fさんにお見舞いのメールを差し上げたところ、お返事を頂いた。
 やはりひどい揺れだった様で、家にも相当な被害があった様で、サンダル履きで屋内の清掃に追われていらっしゃ
るとの事。当夜は11年前を思い出し、胸はバクバク高鳴り、警戒を呼び掛ける緊急車両のサイレンやら、飛び交うヘ
リの音で、まんじりとも出来ぬ一夜を過ごされたそうだ。幸いご家族にはけが人もなく、それだけが救いのご様子だった
が、親爺もホッとした。しかし家の片づけは勿論、日常に戻られるにはまだ時間がかかるだろうし、11年前の大震災が
大きなトラウマとなって、残っている事は想像に難くない。政府が主体となった救援、物はもとより心への労わり慰めも
忘れぬ支援をお願いしたい。
 山里は雪が融け、いよいよ春が来そううだが、今日は少し肌寒く、昨日までの暖かい日々との温度差の所為か、辺り
の山にはガスがかかり、全てがボーっとしている。親爺の頭の中の様だ。
 隣の桃の老樹が花芽を付け、小雨の中に花芽は赤い灯火の様に濡れて輝いている。


 金毘羅の社の木立霞立ち


 我が庭の雪もかなり融けて、外に向け押し倒されていた生垣も、何とか自力で起き上がり、或いはオカカに引っ張られ復旧した。
 


3/17
 雪融けが急ピッチで進み、山里の周囲をとり囲む山々も、霞立ち靄っているが、雪が融け山肌の地色が増えている
のが良くわかる。
 過日,11年前の3/11の午後起きた大震災を悼む式典が被災地東北のそこここで行われたばかりだが、昨深夜
また東北を中心とする大きな地震が発生した。範囲もかなり広範囲で、北海道から東北全体、北関東、上信越、北陸
さらに首都圏、静岡・・・。
 23:36に発生した地震だったが、オカカの携帯の緊急地震速報が鳴って、親爺もすぐに枕もとのタブレットで地震
の情報を収集し始めた。
 孫の住む東京が震度4で、停電が広範囲で広がっている様だが、Lineで連絡すると長く揺れたけど被害はない。孫
は目も覚まさず寝ているとの事で、幸い停電もなかった様だ。
 深夜なものだから被害情報は中々入ってこないし、起き出してストーブを点火し、寝室隣の親爺部屋でテレビで様子
を見た。が、此れとてネット情報と大差ないようだ。時刻は1:30を過ぎた。心配ではあるが夜具に戻り、携帯やタブレ
ットを枕元に置いて、寝についた。
 で、今朝だが、相当に被害は出ている。テレビを中心に情報をが入ってくる。
 そのうちに東京の次女からテレビ電話で、孫息子がジジババに電話すると言うからとのこと。次女は出勤で、孫も保
育所へ出勤?である。首都圏は平常に戻っている様だ。可愛い孫息子とお話をして、テレビ電話で出勤を見送った。
 ウクライナへのロシア侵攻も大変だが、この大地震はより身近で心痛む。
 前者は人為的な脅威、後者は大自然の脅威である。
 どちらも、心平安な日常に、一刻も早く戻れますようにと祈るしか術がない親爺だが、冬の終わり春の始まりに来て、
何ともつらい出来事ばかりだ。
 ライフラインの復旧などで、昨夜から不眠不休で働いておられる皆々様に感謝申し上げます。
 目の前の山すらアイがかかり霞む。


 時間がゆったり流れている有難さを、日常の有難さをかみしめる日。揚げあられとラスクが美味しい。


 我家の居間の入り口には、この笑顔の面が人を迎え、邪気を払っている。


 庭の雪もこんなに急ピッチで融けている。明らかに冬は去り、暖かくうららかな春が来ているのだ。
 

 


3/16
 長く豪雪に閉ざされた冬も終わり、山里は今雪融けが進んでいる。
 コロナ、北京五輪、ロシアのウクライナ侵攻と色々なことがあった冬だが、親爺とオカカには降雪が最も身近で気
になる話題だった。
 もちろん孫たちの、ほとんど毎日のように送られてくる写真や動画、そしてテレビ電話も楽しみで、長い冬の親爺と
オカカには一番の慰めだった。
 その長い冬も終わった。待ちわびた春が目前に見えている。
 が、コロナもまだまだ不安だし、ロシアのウクライナ侵攻と云う狂気の沙汰も終わりが見えない。
 核攻撃をチラつかせた脅迫などあってはならぬ事なのだが、それを抑え込める力は対抗する核攻撃力しかないの
が現実だ。
 広島と長崎に核攻撃を受けた日本は、もっともっと核の悲惨さを伝えなければならない。「遺憾の意」や「抗議」より
核攻撃による被害と悲惨さを、人類すべてに克明に伝えることが重要なのだと思う。
 また一人の絶対権力者、独裁者というものを許すような制度や国はあってはいけない。そんなもの一人によって無
差別に無数の命が奪われるなど考えられもせぬ。
 ああ、文明の発展は寂しいジジババも慰めてくれるが、無限の恐怖もまた内包する。クワバラクワバラ!!
 我家の屋根も雪がほとんどなくなった。


 約4週間前の我家の車庫の雪はかなり凄まじい量だったがけさはもう1/3以下に嵩を減らした。
 

 隣の桃の老木もようやく深い雪から解放された。去年は花が咲いていたのだが・・・。

 


3/15
 床屋帰りに家の玄関先の石段で、こけた。スッキリした首筋に風がひんやりと爽快だったので、しかも重い長靴で
はなく、軽いサンダルを履いていたので、歩みが軽やかに感じられ一段とばし石段を駆け上がった(気持ちだけ)ら
最後の一段にサンダルのつま先が引っ掛かってしまったのだ。
 誰かに見られたのではと、あたりを見回すも誰もいない。そそくさと家へ逃げ込んだ。
 躓いて石段に手をついただけなので、膝をすりむいただけ。オカカがすぐに消毒してバンドエイドを貼ってくれた。
 玄関から出ようとするたびに「転ばれんな(転ばないでね)、気を付けて歩かれ。」と声をかけるオカカには、親爺が
よろよろして見えるのだろうか?と、常々思っていたが、どうやらかなり危なっかしい歩きを方をしている様だ・・・。
 まあ、やむを得ぬ。未だ杖を曳くこともなかろうが、爺様が残していった杖が何本もある。そのうち世話になるかも
知れないなと、思った。
 雪が減った。車庫の2mほどもあった雪ももう最大60〜70p程だろう。


 一昨日の休みに来ていた孫は4歳半。爺の作るポップコーンが大好きで、抱えて食べている。
 「でも、バァバに二つあげたし、ママにも一つやったよ。」だそうだ。


 庭の雪もかなり嵩を減らした。オカカの山水消雪装置が凄い。倒れ気味の生垣も簡単に治るそうだ。
 


3/14
 曇りの予報だったがやまざとは9:30頃から青空が出て、温かい陽射しが降り注いでいる。積雪は120cm前後
だろう、雪融けがぐんぐん進む時期は、観測点の機器が大分アバウトになるようだ。木立などからの落雪を降雪と
と捉えたり、百葉箱に雪がかかるのだろう気温もあなりアバウトに変化する。まあ、この後この記録を見る頻度も、
下がって、しまいにはネット表記も3月一杯で終わる。雪道情報という、季節限定の素晴らしいページである。
 我家のはす向かいにある車庫の屋根の雪は、最高時2m程も積もったが、もうすっかり嵩を減らし7〜80p程も
あるだろうか。全く人手をかけず、屋根の上で溶かすのが最高の融雪方法だと云うある雪国人のネット上の記事に
同感して、鉄骨の耐雪構造の車庫にした。我家の車庫は3mの圧雪に耐える様に作られた。で、雪庇などが出る分
は落とすが、それ以外は何もせず今年の大雪を過ごした。車庫は何ともなく、屋根の上の雪を徐々に減らしている。
 焔魔堂もいろいろ行事があるのだが、人も減り、高齢化が進む中で更にコロナの追い打ちを受けた。
 で、行事は細々と村の女性たちの手で継承されているが、規模を縮小し簡素化をしているのは当然のことだ。


 座敷縁側の雨戸が開いたので、家の中は画期的に明るくなった。春だはる。


 不動山の斜面の雪のひび割れは遅く、小さい。寒かったのだ今冬は。 川向のスキー場は昨日もにぎわっていた。
 

 生春巻き用のライスペーパーでガレットを作った。昼飯に丁度良い。


3/13
 今日は我が婆様(母)の月命日。仏壇に燈明を上げお参りした。座敷(仏間兼)の縁側の雨戸が開いているので、
明るい光が射し、晴天ではない高曇りの今日だが、雪が多いので明るい。
 今日は又焔魔堂のオンバ様(姥尊)のお召替え(姥尊像は白い衣を召している)で、雄山神社開山堂(立山開山を
した佐伯有頼が祭られている)で、神式のお祓いを受けた新しい衣装にお召替えしていただく行事の日でもある。
 立山信仰が神仏習合で、誰もそれを不思議おはおもわなっかった。明治の廃仏毀釈以前は日本全国どこでも、神
仏は共におわすのが当たり前だったのだ。(その辺りの神仏混淆については、立山博物館にてお調べ願いたい。)
 まあ雪も徐々に減っているし、我が山里も春にまっしぐらだ。


 車庫の屋根の雪も、玄関前の石段も雪はぐんぐん減って行く。でも例年と比べると極めて多い残雪量である。
 

 


3/12
 弥生も半ばに差し掛かって来た。どうかするともう雪もすっかりなく、となりの桃の老木に花が咲いていると云う年も
あるのだが、今年はまだ雪が多く残っていて、135p程の残雪量だろうか。隣家の老木もとても花どころではない。
 今朝起きて外を見た時は立山も全く見えず、大日が輝いて聳えているはずの方向も薄暗いガスに覆われていた。
 が、徐々に薄日が射してきて、気温が上がり出して薄曇りが青空に代わってきつつある。今日も快晴となりそうだ。


 親爺は暇に飽かせて料理を楽しみだした。暖かくなると体も動きやすくなる。で、先ずはアサリの佃煮だ。余勢をかってオイル漬けも。
 佃煮はあまり甘くしない、醤油と酒とみりんだけで砂糖は使わぬ。オイル漬けはアサリとガーリックをオイルの中で低温調理塩コショウなどで
味付けし、好みの香草なども適宜加え、瓶詰めにしておく。1か月は持つ。
 

 オカカがメルカリで塩蔵蕨を取り寄せた。丁寧に塩抜きし、醤油漬けにした。これは美味い。殆ど生蕨に近い出来だった。
 ただし、日持ちは冷蔵でせいぜい5日間ほど。少しずつ作ってさっさと食べる方が良い。
                   

 庭の雪も随分オカカが融かした。山水散水融雪だ。 車庫屋根の雪も激減。もう最大で1mはない。これは自然融雪。
 


3/11
 今日は暖かい。物干場との仕切り戸を開けて、温室効果で温められた暖気が、居間に入って来るのでストーブを消し
て床暖だけで過ごしている。今日は町場で18℃程まで気温が上がるそうだ。我が山里も単純計算で、15℃以上迄気
温が上がるだろう。結構なことだ。
 春となる頃に、必ず頭に思い浮かぶ歌が幾つかある。”春となる夜ごとの雨よ降り濡れて木の芽は緑の灯火のごと”
や、白秋の”碓井嶺の南表となりにけりくだりつつ思う春の深きを”とか、”目さむれば命ありけり露ふふむ山桜額にふ
れいて”などである。いずれも中学校の頃の国語の教科書に出ていた歌であり、往時の頭脳のすばらしさを、半世紀以
上過ぎて尚記憶してると云う、一点からのみでも思わずにはいられない。
 古希を目前にした今は、1,2時間前に何を食べたかさえ忘れている。これが同じ頭脳だとは・・・。
 しかし考えて見ると、あの頃と云うのは全てにおいて経験が少なく、触れるものが凡そ全て新鮮な発見を見出す余地
に溢れていたはずだ。故に経験を重ね人生にスレ、なれの果ての老いを迎ええた今、頭脳と云うより、感受性の強い心
に深く刻まれた、若き日の事々が、例えばそれが歌であった場合でも鮮やかによみがえるのだろうか・・・。
 暖かくなって、頭の回転も少し滑らかになった様だ。人生の深淵に触れるようなことまで考えられるではないか。
 さて、今日はこれから牛筋を煮込み夕餉とする仕事にとりかからねばならぬ。
 美味いものを食うという命の根源的な部分が、心を占め始めたので、もうキーボードを離れよう。
 立山も鍬崎もきれいに見える。


 我家の屋根の残雪はもうほとんど無い。融雪装置を途中で切ったが正解だった。


 昨日午後、屋根の残雪確認ついでに上げたドローンで久々に立山を眺めた。


 眩しさに機体位置を見失い、カメラを下方に向け我家を確認し、FPV画面のみで機体を我家頭上に誘導。無事着陸。
 


3/10
 親爺は戦後の生まれで、アメリカ式民主主義教育を受け育った。もちろん日本と云う父祖伝来の国での事であるから
日本の民主主義社会で育ち、幸運なことに戦争も知らぬ、平和な豊かな世界で育ったのだ。
 だから、一時的に共産主義といううものを理解しようと、マルクスの資本論を勉強し、分かったような気分になっていた
10代後半から20代初めだったが、理屈ではない部分で、どうにも馴染み切れず、その理路整然とした価値の定義から
始まる完全無欠に見える理論全体が、何時しか嘘だと云う想いを漠然と抱き、もちろん今でも共産主義者ではない。
 共産主義を否定はしないが、共産主義国で今、幸せな平和で豊な国が
あるのだろうか?
 北朝鮮は金王国だし、中国も確かに豊かになったが習皇帝が王朝を築きつつあるような気がするし、ロシアはプーチン
皇帝が凶暴な武力を振り回し隣国を侵攻中で、それを非難する他国を核攻撃するぞと脅迫さえする。
 物騒な世の中だ。コロナより質が悪いし、恐ろしい。
 核戦争の危機など過去のものだと思っていたのだが、核のボタンを一人が握るという異常な世界が見えてきた・・・。
 山里の春は間もなく来るだろうが、冷戦の先に春は見えない。


 オカカがおやつに善哉を作ってくれた。美味いものだ。
 

 庭の雪も少しずつ融けて嵩を減らしている。まあまだ、たっぷりあるのだが・・・。
 


3/9
 暖かく良い天気になった山里だ。雪もこの間降った分は融けてしまった様で、この気温がしばらく続くそうだから、いよ
いよ我が山里にも春の足音が聞こえてきた様だ。
 座敷縁側の雨戸を、先だって開けたが、今日は爺様の月命日で座敷の仏壇に燈明を上げた時、改めてそれに気づい
た親爺だ。そういえば廊下まで明るくなっている。
 今朝は早朝から山の神様の祭りがおこなわれていたはずだが、何でも村の各組で持ち回りだった当番制が、山小屋関
係者(山荘組合)に任されることになったそうで、まあそれも時の流れの中、高齢過疎の村では致し方ないのだろう。親爺
など山荘組合も抜けて久しいので、気楽なものではあるが・・・。
 い天気で、オカカも買い物やら雑用やらを片づけに出かけた。親爺は留守番である。
 この暖かさの中ボーっとしていると、転寝が出そうな気配である。
 一昨日、約2ヶ月半ぶりに陽が射しこんだ我家の縁側。



 オカカが一生懸命山水を撒いてを雨戸の前の雪を融かした。居間側も陽が射して、明るく暖かい。
 


 今日は良い天気。気温もぐんぐん上がっている。


3/8
 ここ二日ほど夜中に目が覚めて眠れず、やや寝不足気味だった。で、昨晩はいつもの倍量の睡眠導入剤を飲んで
寝た。何時もの倍量と云っても、主治医飲んでも良いと言われて居る定量で、普段は薬の癖がつくのが嫌なので、半
量しか飲んでいないし、毎日飲むという訳でも無い。
 で、さすがに昨夜はっすりねこみ、能登の方であった地震で、携帯の緊急アラームが鳴ったそうだが、親爺は知らず
熟睡していたそうだ。そう今朝オカカに言われた。で、今10:00なのだが、少し眠気が残っている気がする。
 親爺は酒を飲まぬので、麻酔も効きやすいし、睡眠薬も良く効くのだ・・・。
 今日も青空は昨日以下だが明るい薄曇りの空が広がり、雪も全く降る気配はなく比較的暖かい。
 だから、親爺もオカカも朝から体の動きが良い。
 ごみすてをして、朝食をゆっくりとり、軽い体操をし、ドローンを飛ばし、HPの更新をしている。まあ書いて見ればごく
普通の年配者の日常と云った処で、何をしているわけでも無いのだが、まあこの程度でも親爺には良く動いてる方な
のだ。この更新作業が終われば読書をし、お昼にオカカと一緒にガレットを焼いて喰う予定だ・・・。午後はまだ陽の高
いうちに入浴を済ませ、軽くひと眠りしてから夕刻に起き、世の中のニュースをテレビで見て夕食となる。夕食後などは
つまらぬテレビなど見ていない。(お気に入りの番組がある時は見るのだが)本を読むか、タブレットでユーチューブを
見たり、SNSで可愛孫と話したり・・・。22:00前にはベッドにはいって寝るまで読書である。
 毎日こんな感じの親爺の日々、長閑だ。平和だ。
 この穏やかな日々に感謝をしながら日を送っている親爺とオカカだ。我家がまだ雪に埋まっていても感謝しながら日
を送っている。


 親爺のドローンは山里上空を飛び、雪景色を撮る。FPV 画面を見るため、車庫の日陰に入っていないと操縦できない。
 



3/7
 今冬の冬将軍の最後の悪あがき。名残雪などという生易しい雪ではなかった。山雪で我が山里を狙い撃ちしたか
のような、37p余の雪を降らせやがった!
 まあ、武器と云っても雪だけの冬将軍、家にいて籠ってさえいれば命を取られるようなこともないだろう。
 武器をもって攻め込まれたウクライナの人々に想いを馳せると、愚痴など言えぬ。
 子供を抱え避難する若い母親の姿を見て胸が痛み、手を引かれ泣きながら歩む幼い子供の姿に涙が出る。でも
何もしてやれない。
 人間とはかくも非情になれるものなのか。武器をもって他国へ攻め込み、核兵器の使用さえほのめかせるとは、こ
れはもう正常な人間とはいいがたい・・・。
 雪に埋もれながら春を待つ親爺だが、ウクライナの人々のみならず、心ならずも攻撃側にいるロシアの将兵とて、
停戦、家族のもとへの帰還は、春を待つ雪国人以上に渇望している事だろう。
 春が必ず来るように、平和も必ず来るものなら良いのだが、互いに歩み寄らぬ限り、自己の正当性などいくら主張
し続けても平和は来ない。ウクライナにもロシアにも、穏やかな日々が戻ることを願わずにはいられない。
 山里は今、陽が射してきた。


 弥生雛の節句を過ぎて大寒の景色に戻ってしまった我が山里だ。明後日には山の神様の祭りだというのに・・・。
 


3/6
 雪も減って、温かくなっていたのでフリースを薄手のものに変えたら、今朝は忌々しい冬将軍が戻って来て、雪を
降らせまくっている。折角140p代まで融けた雪が、一気に160cmを超えた今朝だ。寒さも戻って来て早速氷点
下である。親爺は背中に懐炉を入れてもらった・・・。
 まあこの雪も明日には止む。明後日からは春の気候になるとの予報だから、幾分心穏やかだ。
 でも今朝のこの雪景色にはげんなりした。


 真冬に逆戻り。「寒の戻り」だそうだ。もうもどりは要らぬのに。


 外をを見ていると雪景色ばかり。親爺は新たに購入したブックリーダーで、読書に没頭することにした。
 前に使っていたKoboGloは、落として画面が壊れた。今回のは、KoboClaraHDで、幾分新しい。
 操作速度も上がり、文字もきれいで、画面も目を疲れさせぬようオートで明暗、色調を変える。実に良い。
 SDカードを使わず、8Gのハード容量を本体に確保。十分に使える。
 


3/5
 早朝から気温は結構高い。日付が5日に代わる直前は氷点下だったのが、日付が変わってからぐんぐん上がり、
8:00には何の7.9℃もあった。これは今までの最高気温の値に近い・・・。で、今日も恐らく10度以上まで気温が
上がるのだとうと、雪の嵩を減らす事を期待している。
 世はロシアが牙をむいて、ウクライナを攻めていたり、経済大国先進国を世界に知らしめたい中国では、ウイグル
人への人権など無視した虐待があったり、信じられぬような人身売買、鎖につながれた女性が見つかったりと何とも
臭いものには蓋式の隠ぺいだらけのお国柄がさらされているし、そんな中で五輪につづくパラを開催しているのだか
ら、もう何ともやり切れぬ。
 ロシアは昔から信用ならぬ国であり、領土的野心を隠そうともせぬ。かと思うと我が爺様らの乗り込んだ第一次南
極観測隊の宗谷が南氷洋で結氷に阻まれた時これを救出してくれたオビ号はソ連(ロシア)の船であった。
 善悪併せ持つ人間。人よりなる国も善悪併せ持つのは当たり前かもしれぬが、たった一人の独裁者のために、ウ
クライナでも又攻め込んで居るロシア自体でも、無この若者が命を落としている、苦しんでいる。子供や老人や何の
罪もない一般の人々が殺されている。
 プーチンは悪の狂った独裁者として、歴史に名を遺す。立派な狂人だ。ロシアの国民よ目覚め、この狂人を一刻も
早くその座から下ろせ。
 中国の習近平爺様よ、同じ爺様として物申す。若い世代に全てを譲り、平和で平穏な日々を楽しみ給え。野心は毒
薬。台湾も香港もウイグル自治区もチベットももう手放し良好な対等な関係を築けば良いではないか。
 その時こそ世界は貴方を偉大な賢人習近平として、その名を歴史に書き込むと思うのだが。
 立山の山奥の雪に埋もれ暮らす親爺がこんな独り言を言っている。
 この親爺の時間は実に長閑に穏やかに流れて行く。平和だ。
 親爺は長閑で平和なことを感謝しながら生きている。山里の今朝は暖かい。


 我が庭の雪も少しずつ嵩を減らしてきた。ゆっくりゆっくりだが、春の足音が聞こえてくる様になった。
 


3/4
 良い天気になった。青空が広がり暖かい陽光が降り注いでいる。
 8:00前までの気温はマイナス3℃ほどで、道路はバリバリに凍り付いていた。それが徐々に気温も上がり出し、
9:30現在は2℃程にも上がっている様だ。
 とにかく陽光が強く射し、我家の物干場など温室効果で、暑いくらいだ。居間との仕切りのペアガラス引き戸を開
けておくと、温風ヒータが要らないほどの暖気が居間に流れ込み、温かい。屋根の僅かな残雪が解け落ちてくる。
 雪融けもかなり進むだろう。とにかく気温が低すぎて、雪融けが遅く、もう一週間ほど積もるような雪は降っていな
いのに、雪は融けず、山里には未だ149cmの残雪がある。
 今朝の青空は今日の雪融けがぐんとすすみそうだと期待をさせる。


 今年のひな祭りはオーロラ姫の衣装で!! ママの頑張ったお雛様プレート、そしてパパがケーキも買ってくれた。
 後ろのお雛様に負けぬよう、ティアラやネックレスもつけて、でもまだ花より団子・・・。
  

 おいらは男の子だから、お雛様は興味がないよ。オリンピックで見たクロカン選手の走り方が気に入って、家中をスイスイ・・・。
 


3/3
 暖かい朝だが曇天の雛の節句となった。
 世界情勢がロシアのウクライナ侵攻で、騒然としているが、雪に閉ざされた山里には何の変化もない。
 娘たちがオカカの実家から贈られた七段飾りの大きなお雛様は、娘たちが家を離れそれぞれに独立してからは、
親爺とオカカだけの家では、めったにフルバージョンで飾られる事も無くなったが、それでも去年までは最低、お内
裏様とお雛様だけは飾っていたのだが、今年は諸般の事情でそれも取りやめ、玄関先にミニチュアの置物を飾り
気持ちだけの雛飾りとした。
 黒部の孫娘に親爺とオカカが贈ったお雛様は、昨今の家庭事情に合わせコンパクトな三段飾りだが、四歳になっ
た孫娘は大喜びで、ママが飾ってくれたお雛様にお菓子をお供えし、毎日楽しんでいる。多分今宵は又ママ特製の
お雛まつりディナーやケーキで大喜びするのだろう。
 そんなことを想いながら、ひな祭りの今日を楽しんでいる。
 我家玄関先の雛飾り。明日にはもう片付けられる・・・。


 我家の庭先も、オカカが仕掛けた山水散水融雪装置で、雨戸敷居迄は雪を減らした。
 

 最高2m近く積もっていた車庫屋根の雪もずいぶん減った。



3/2
 昨日の朝、長い間使ってきたKOBO電子書籍リーダーをうっかり階段の手すりから落とした。落ちた場所が足元
で、1mに満ぬ、70cm程の高さだったのだが、まともに液晶面を下に落ちたからか、完全に壊れ、スリープ画面
の半分しか表示されず、何をしてもだめだ。山小屋時代からずっと使い続けた愛着のあるリーダーだった。
 二百数十冊分の本が入っており、それはSDカードで取り出せるし問題はないが、毎日使うもので、1日たりとも
無いと寂しい。
 ですぐ新たなもの発注したら今日もう届き、午前中にデーターの移し替えも終わってしまって、今は充電中だ。
 同じタイプのリーダーで、新しいタイプのものだから、使い勝手は良いと思うが、新しい機能もあるようで、それは
これから使いながら確認して行こう。
 それに微妙にサイズも違い、カバーも取り換えねばならぬ。が、本に使う金は惜しくない・・・。
 花霞に不動山がかすむ、弥生二日の朝。


 未だ、庭先にはこの雪だ。オカカの山水散水装置が功を奏し雨戸敷居迄出た。 雪はまだ至る所に残っている。
 



3/1
 待ちに待った弥生朔日となった。今朝は三月にふさわしい暖かい朝だ。
 空こそ曇っているが今朝は大日も良く見えていたし、午後は雪ならぬ雨の予報である。可成り嵩を減らした雪
に、暖かい雨が降りかかれば、雪解けは一気に進む。花霞がたち、ますます春の気分になってくる。
 が今年は庭にはまだ1m60cmの雪があり、雨戸も開けられないし、山々を流れる花霞も縁側に腰を下ろして
眺めることも難しい。今少し雪融けが進まぬと春の趣も中々味わえぬ。とは言え我が山里の春の遅さは当たり前
で、下界の桜を聞いても梅や桃すら咲きはせぬ。
 と、ここで早春賦の歌詞が浮かんでくるが、我が山里などは声を上げぬ鶯のすむ山の更に上だからこれは仕方
がない。
 不動の山が少し黒々として来た。


 我家の車庫もまだ1mを超えるy気を屋根に乗せているし隣の謙ちゃん家の庭もたっぷりの雪に埋まっている。
 


2/28
 二月も今日で終わる。二月は逃げると言われる通り、他の月より2〜3日短い月なので余計早く過ぎ去ると感
ずるのだろう。
 だがこの二月は長かった。数度にわたり寒波来襲で、これに伴うドカ雪に参ったし、北京五輪があって、その
テレビ観戦に力が入った。更に何やらごたごたした不愉快な判定などにも少々いらついた。
 そこへもってきて、ロシアのウクライナ侵攻、またドカ雪・・・気の休まらぬ日々が多く続いた。
 だから長かったと感ずるのだ。
 明日からは弥生。何か春の心浮き立つ良い話題がないものだろうか。
 と、思っていたら「花売り」だったろうか、文語体の歌詞の奇麗なメロディーを突然思い出した。中学生の頃に
音楽の授業で習ったのだったと思う。
 「みずうち清めしあさの巷に白露やどせる紅花黄花花売る乙女の涼しき瞳ものみな笑(え)舞うよ乙女の姿に」
 もう半世紀以上前に美しいメロディーと共に記憶した文語体の歌詞は、古希を迎えようとする爺様になっても尚
確り記憶に残り、湯船の中で思わず口ずさむこともある。
 今歌詞を文字にしてみても、奇麗な文語体だと素直に思う。このような歌詞、特に文語体の歌詞はもう絶滅した
ようで、全く聞くことはない。残念なことだ。平易な口語体どころか、意味の解らぬ和製英語を綴って全く日本語と
は思えぬようなへんてこな歌詞を、又とても美しいとは感じられぬ拍子に乗せてがなるような、親爺などにはとても
理解出来ぬ歌
?が流行りの昨今、感性の鈍ったロートルには騒音としか聞こえぬ。
 基より音楽など語る能力も気もないのだが、幼い時に触れた美しい文語体のメロディーが懐かしく思い出され余
計なことを書いたようだ。
 山里の雪は着々と融けてゆく。


 お姫様セットをママに西松屋で買ってもらって、ティアラ、イアリング、指輪、ネックレスを皆身に着けてポーズ。
 おれも負けてはいないぞ。ジジに買ってもらったアンパンマンラーメンセットの鍋がおれの王冠だ・・・。
 可愛い孫たちがジジババに写真を送ってくれた。元気だ。
 

 不動山の萱原の斜面にとうとう切れ目が出た。さあ融けろ融けろ!!


2/27
 昨夜から暖かく、気温は3℃前後あり、氷点を下回ることはなかった。今朝も3〜4℃の気温はあり僅かな雨が
降って来たと思いきや、霙から雪に変わり、一時的にだが大きなボタン雪迄舞い落ちて、気がめいりそうになった。
 が、今はほぼ止んで、時々霙、雨と降ったり止んだりしている。恐らく気温が上がってくるに連れ、霙や雪は止む
だろう。現在積雪165cm、1cm新たな降雪・・・。景色は雪解けごろの趣なのだが・・・。
 それにつけてもプーチンの独裁者ぶり、習近平に代表される中国のいやらしさ、それに加えて迷惑な北のロケット
馬鹿・・・。世の中はきな臭いに包まれている。
 ウクライナには平和な時間が流れていたはずだ。何故それを自分の主義主張に反すると強大な軍事力を使って
攻撃する権利がプーチンにあるのだだろうか?いくら強弁で自己正当化をしても誰も納得しない。
 また台湾という平和な島国を、自国のものだと、カビの生えた歴史を盾に主張する鉄面皮も中国の軍事力を背景
にした、思い上がり。ロシアの侵略を肯定するのも近未来のおのが姿をそこに見ているからに違いない。北のロケッ
ト馬鹿も迷惑千万な暴君だ。国民を飢えさせても火遊びを止めぬ愚か者としか言いようがない。
 親爺などが何を言っても大勢に影響はないが、なるようになるだろう。やがて独裁者は駆逐され、鉄面皮な中国の
皇帝もどきも失墜するだろう。ロケット馬鹿も言わずもがなである。
 これら唯物論者の信ぜぬ神仏に,やがては駆逐されぬわけはない。
 そんな世をつらつら眺めると、雪如きで愚痴をぐうたぐた並べるジジイが居ることが滑稽である。平和なのだ日本が。
有難いことだ。
 どう見ても雪国の、雪解け時期の今朝の景色だ。


 大雪の我家。雨戸の1/3まで雪に埋まった。山水散水融雪稼働中。 向かいのイッチャン家も2度の雪下ろしをした今冬だ。
 


2/26
 待ちに待っていた快晴の朝、気温もぐんぐん上がって、9:00で3.1℃だが、残雪もまだ172pと大きい。
 それでも山里には漸く春の足音が聞こえ始めた気がする。この後暖かい雨の日も何日かあるようだし、雪は半減
するだろう。今日は黒部の孫娘が顔を見せに来る。日帰りだが、半日ほどかわいい声が我が家にあふれるだろう。
 親爺とオカカも何とかこの冬も越せた様だ。いやそれも、記録的な大雪の冬を越せたのだ。
 もちろん、心平やモリヤと云った若い友人たちに助けてもらってのことだが・・・。有難う若い衆!!
 久々に大日を見て、立山への想いが飛んだが、もう小屋開けや雪のようすを心配する必要もない身分なのに、色々
なことを考えてしまう。
 長年の習い性はなかなか消えない。我が爺様も、四季さえはっきり分らぬようになっても、「今年の山は、雪が危な
いぞ。」等と寝言の様に突然言い出したりしたものだ。身体に山が染み通っていたのだろう。
 今日は祖母の月命日、仏壇に燈明をあげ、お参りしたが我家のご先祖様は皆この中にいる。皆皆安らかに寛いで
いる。爺様もいて、「おい、おかしなこと書くなよ。お前も一緒だ!」とボソッと言ったような気がした・・・。
 待ちわびたこの青空。暖かい日だ。


 オカカの庭先山水散水融雪がかなり効いている。 でも閻魔同の杉木立の上で輝くお日様の力がやはり桁違いに強力だ。
 


2/25
 高曇りの空で、今日は一日曇りの予報。気温は昨日より3℃高くなるとのこと。が9:30現在−0.2℃だ。しかも
雪花がちらほら舞ったりしている。それでも昨日の最高気温が2〜3℃あったので、きょうは5〜6℃にはなるそうだ
から少し暖かくはなりそうだ。
 身体が寒さに随分慣れて、おそらく今が一番耐寒力のあるころだろう。だから室温が17℃位でも左程寒いとは思
わぬが、間もなく3月だというのに今年は寒い。
 余り予報も当たらぬのだが、事に良い方の予報に裏切られることが多いので、あまり期待はしていないのだが、明
日からは例年並みの気温に戻り、一時に春めくそうで、やはりこれは信じたい。
 まだ終わったわけではないが、今冬は長く寒く大雪の冬だった。何とも質の悪いしつこい冬将軍だった・・・と書いた
らプーチンの顔がよぎり、習近平の顔もよぎった。もう終わったと思っていた共産圏が、自己の信奉する主義の一番
大切な芯を捨て、取り入れた資本主義により大きな富を得たとたん、指導者が唯我独尊の独裁者に豹変、他国の侵
略に手を染め始めている。どんな悪事も、自己中心的な強弁をもって正義とする面の皮、恥を知る者たちではない。
 こんな連中が核を有し、それを背景に他を脅し正義を主張する。何とも恐ろしい。
 もし神仏あらば、この悪魔どもに天罰をと思うが、奴らの精神構造の中に神仏など薬にしたくてもない。
 とにかく独裁者の唯一に全てが集中されることは危険だ。
 日本の国会を見るがいい。みな平等の立場で好き放題をほざき、独裁者などどこにもおらぬ。内容のあまりない議
論を喧々諤々とやって、それでも国はちゃんと回っている。少なくとも平和だ。
 なんか、これでいいんじゃないかなぁ、と思ってしまう。
 庭の山水融雪装置が復活した。


 氷柱が垂れてきた。雪が屋根の上で溶けているしょうこだ。春への通過点が目に見えてきた。
 


2/24
 雪はようやく止んで、今日もこれから晴れてくるはずだ。
 待ち続けた、春への入り口、否、まだ道しるべくらいだろうか、天気予報では晴れマークが並び3月に向かってる。
 が、今朝もちょっと雪がチラつき、気温もまだ氷点下3.8℃だし、積雪(残雪)は199cmもある。春へはまだまだ
道半ばである。
 親爺今日は薬が切れて、富山市内の医院へ薬貰い。道路はまだ凍ってるだろうが、軽4WDが車検で出ているの
で代車にのってお出かけである。代車も軽だが4wdではないので、気をつけねば・・・。
 さてそろそろ、お出かけの時間かな。
 まだまだ寒い山里、今冬の雪は大雪だ。昔にに戻った気がする。


 車庫の屋根もほぼMAXの雪だ。


 今日からは山水で庭の散水融雪が始まった。



2/23
 親爺など長い年月、幾度も雪の下に埋もれた日を過ごして来た。剱御前小舎の経営時代も、小屋開け入山す
れば、少なくとも2週間は雪の下の生活だった。小屋を掘り起こし、ストーブを炊き水を作り・・・・・そんな小屋開
け入山も縁がなくなったが、今冬の大雪で久々に雪に埋もれての暮らしを味わっている。
 まあ考えてみれば生まれた時から立山の雪とともに生きている訳で、殊更声を大に言うこともない雪の事だが
今年のしつこい大雪は珍しい。
 その雪も今朝未明217cmの積雪を記録して、9:30現在止んでいる。
 明日は天気予報覧にお日様マーク。そしてそのマークはしばらく並ぶ。更に気温も徐々に例年並みとなってくる。
 漸く春の足音が近づき、忌々しい質の悪い今冬の冬将軍は退却にかからざるを得ぬようになる。ザマーミロ!
である。春をこんなに待ち望んだことがあっただろうか。
 明日からのお日様が楽しみな親爺だ。
 玄関からは我が家の車庫が見えなくなって、出窓からなら見えるが今度は屋根から雪ががずり落ちてきている。


 青空が少し出てきた今朝である。


2/22
 2022年2月22日と、2がぞろりと並んだ今日だが、我が山里の積雪まで2mを超えてしまった。こんな事まで
2に合わせる事もないのにと、降り積もる雪を恨めしく見る。
 窓外は白一色。
 雪をさして「白魔」と書く事がある。この雪はまさしくそれだ。
 親爺とオカカは屋根の融雪装置を停めた。これ以上屋根の雪を下に落とすと、狭い庭に既にうずたかくなって
いる雪が小屋根に届いてしまい、遂には家が雪に埋まってしまいそうだからだ。
 こうなると雪など白魔以外の何物でもない。
 が、こんなことができるのは、この後24日辺りから暖かくなり、お日様マークが続けて並ぶ天気予報が出てい
るからで、今が如月の終わりだからだ。三月弥生ともなれば春。流石の山里でも一気に暖かくなる。それはたま
には雪もちらつくが直ぐに溶けて消える。だから今積もっている白魔は、放っておいて、来るべき暖気に任せ、自
然に融けるのを待つに限る。屋根の雪は屋根で、庭の雪は庭で、必ず消えるのだから。
 そう思いなおしたら、この白魔もやがては「名残雪」などと優し気な呼び名になって行く運命なのだと、少し気が
楽になった。
 未だ白一色の外に目をやっても、心は波立たぬ。


 故郷は白一色に埋もれたり




 


2/21
 今冬は主に山雪型で、我が山里は3度目の積雪6尺越えを記録、しかも188pという今冬最高積雪をきろくした。
もう、今冬が大雪の年だとは、我が山里芦峅寺の誰もが認めるところだろう。いや、参った!!
 雪下ろしも最低1回で耐えている家はまれで、大概の家は2回を下ろしているし、気の早い家は3回も下ろしている。
 昔の様に若い衆が沢山居た頃なら、さして苦にもならぬ雪だったろ。勤め人はしていても休日の半日もあれば自家
の屋根雪くらいさっさと下ろして、玄関先もちゃんと開ける位は皆やった。かくいう親爺も若いころはそうだった。
 が、今や我が山里も高齢化し、150戸以上あった家も130戸、人口に至っては279人だという。これは一戸二人の
熟年以上の夫婦所帯が主であることを示す数字だ。日本全国田舎に行けば凡そこんなものだろうが、自然条件が厳し
い雪国など、どんなになに懐かしく美しく穏やかな暮らしがあったとしても、冬を超える体力があっての話である。
 何度も書くが、離れがたき故郷に今暮らしていられるのは、若い友人たちの力を借りてのことである。
 果たして、もう何年ここで暮らしていられることだろうか、降り積む雪を眺めながらそんなことを考えてしまう。
 春よ来い。親爺もオカカも春が来れば元気になる、そして次の冬を越すエネルギーを蓄えるのだ・・・。
 酷い雪降りの朝だ。10:00現在、雪は止んでいる。


 居間の出窓の下、20cm程まで雪が積もっている。大雪の今冬である。


2/20
 北京五輪は今日で終幕。色んな事があったが、非常に不可解な出来事も少しあった様だ。
 まあ、一生懸命この大きな大会を運営し、大きな事故もなく閉会に導いた中国当局と、ボランティア、地元の人々に
大いに楽しませていただいた日本の一庶民から感謝を申し上げます。
 さて今日は又雪が降り始めた。
 この冬最後の雪になりそうな予報が出ているが、今日明日明後日と、少しまとまった雪になりそうだ。現在もう160p
程の残雪がある山里、この上の雪はもう限界なのだが、天に文句を言っても致し方ない。ここはただ耐えるだけである。
 その代わり、この雪が収まれば、24日辺りから天気は回復し、その後気温も上がり晴天がしばらく続くとの事。実に待
ちわびた春が一足飛びにやって来そうだ。
 「春よ来い、早く来い」と童謡のミーチャン以上に春を待ちわびている親爺とオカカだ。嬉しく気分も明るくなって来る。
 未だ三日ばかりは雪に降られ過ごすだろうが。


 

 雪の下で、餅を焼いて磯部巻きにして食べている。昼飯代わりになる。


2/19
 北京五輪も終盤、明日は閉会式だ。でもここへきてまだ、カーリング女子で、銀以上のメダルが確実となった。実に
喜ばしい事だ。ここに来て日本出場の競技はもうないと思っていたのに、最終日に決勝戦が残って、日本女子が金か
銀かを争うのだから愉快だ。
 実にいろいろ言われたこの五輪だが、IOCの威信も地に落ちた。スポーツマンシップを最上に掲げていたのがいつ
の間にかビジネスへと流れ、選手のアマチュアリズムもいつしか問われることなく、プロ選手の協議参加も認められた
のだから、金が裏に流れる状況も致し方ない・・・。
 それにつけても、東京大会、北京大会の2大会について、選手村の食事がまずくて食えぬとクレームをつけた韓国選
手には唖然とした。経済的に成長した韓国ではあるが、自国の食べなれた味覚以外は受け付けぬとは、少し情けなく
は無いだろうか。食べ物はその国の文化、それを自分の口に合わぬと非難するのは、失礼な態度だと思わぬところが
怖い。ナニサマダヨ?と不快に思った。世界からクレーマーコリアの名を冠せられぬよう気を付けた方が良い。どの国も
日本ほど甘くはない。
 とにかく北京五輪も何とか無事終わりそうだが、ロシアの(プーチンの)ウクライナ侵攻やら、中国(習近平)の台湾侵
攻やらと何ともきな臭い世界情勢。一部の権力者と云うのは権力とは無縁の世界の庶民のことを考えた事は無いのだ
ろう。日々を平和に楽しく送りたいという人々を巻き込み、おさない子供たちの命まで奪うようなことを平気で行う。
 親爺に言わせれば狂人(きちがい)である。武力に物を言わせいう事を聞かせようなど、一番低級な行動だが、これが
また一番有効だという現実がある。
 ああ、頭がおかしくなってきた。難しいことを考えるのは止めよう。
 親爺は雪の心配だけしている事にしよう。


 大日が見えている今日だが、雪に埋もれた我が家の庭が凄い。屋根の融雪装置で落ちた雪が堆積したものだ。
 


2/18
 二月逃げると言われるが、もう18日である。あと10日で如月は去るわけで、確かに短く感ずる。
 が、この雪は何だろう。立春寒波という可笑しな寒波で、今冬は雪もしまいだと勝手に思っていたので、この二日で
降った、僅か40cm余りの雪が堪えた。0cmに積もる40cmではなく130cm余の上に積もる40cm余である。
 この雪のお陰で、今冬の我が山里の積雪記録は見事更新され、1時的にではあるが186cmとなった。
 6尺越えの雪は大雪である。特に近年の暖冬傾向に慣れていた身には堪らない。
 屋根雪も早々と2度下ろした家は、3下ろし目を考えているかも知れず、どうせ1,2軒は3下ろしをすることになるだ
ろう。
 これではもう大雪の条件をすべて満たしていて、今冬は大雪として記録されるはずだ。北京冬季五輪の年の大雪だ。
 五輪と云えば昨夜は痛快だった。スピードスケート1000mで、高木美帆選手がオリンピック記録で金をとり、男子複
合団体では、全員が素晴らしく頑張って、特に最終奏者の山本選手が頑張って、銅を手に入れた。更に女子フィギュア
スケートでは坂本選手が優雅で美しい滑りを見せ、まるで軽業のようなロシアの若年選手には負けたが、銅メダルの栄
誉を勝ち取った。
 ドーピング問題やら、強引強硬不透明なジャッジに対する諸々の問題やら、色々と問題の多い北京五輪だったが、もう
2日で終わる。このコロナ禍の中、可能な限りの便宜を図り、選手を受け入れ大会を運営した中国に感謝しつつ、日本選
手団の皆さんにも感謝。テレビ桟敷で良く楽しませてもらった。
 漸く雪が止んで心穏やかになった親爺だ。


 長い冬だ。雪が降り続いた。


 クロスカントリーレースを見ていて、その走り方をまね、そこいらをすり足でかけ廻り、最後はドアにゴッツンコ
大泣きしていたが、この走行スタイルが気に入って寝るまでやっていたらしい。次女曰く「懲りない息子!」
 でもオシメまだ取れないから、オシメ走りも丁度こんな感じなんだよ・・・。
  


2/17
 9:45現在、1時間に5cm程も雪を降らせていた空が、突然明るくなって、雪はピタッと止んだ。気まぐれな不安定
な天気だ。これで安心はできぬ。又雪は間欠的に降り続き、明日までになお降り積もるだろう。
 実に寒い、大雪の冬だ。とは言え二月も間もなく20日、もう冬の峠は越しているはずだが。実にしつこい今冬の冬
将軍である。
 でもまあ春はやってくる。もう春一番も吹いたという事だし・・・。
 北京五輪も間もなく終わる。ツキに見放された様な競技もいくつかあったが、想像だにしないそんな規則があったの
かいと云うような、スーツの規則違反などは、他意のある意思にごり押しされたようで、気分が悪い。
 選手は潔く文句は言わず悔しい涙を流しながらも耐えた。しかしその選手を庇護すべき日本スキー連盟か何か知ら
ぬが何と腰の弱い事よ!毅然と抗議すべきだった。
 だから日本はなめられる。「怒らない国」だと、冗談ではない未だに大東亜戦争の負けを引きずり、傲岸な外国社会
に物申す事が出来ぬだけだ。
 それに反し、ドーピングしたロシア少女は明白な証拠が有りながら出場が認められている。ロシアという強国が力で
無理を通しているようだ。
 こんな事々は我々が有難がる五輪精神に反している。
 そんな五輪なら止めてしまえばよいと、腹立ちまぎれに思ってさえしまう。
 恥を知る日本人。潔しを尊しとする日本精神。美しいのかも知れぬが、外国には決して通ぜぬ・・・。
 さりとて、自己主張ばかり強い傲岸無礼な社会など、決して羨ましくはないし醜いとも思う。やはり親爺は日本の庶民
だから、日本が一番好きなのだ。
 山里は又雪に覆われる。が、春は近いぞ!!


 グランピング?ジジの送ったテントが大好きになった。おいらもグランピング風のホテルで遊んで来たぜ!
 この孫たちが大人になる日に、ジジはいられないだろうが、世の中どう変わっているだろう。
 願うのは一つ。平和で世界中のどの国とも仲良く行き来できる日本であって欲しい。
 

 早く春よ来い!コロナよ消えろ!!雪はもういらない。


2/16
 先だって20年祭(神道)を行ったばかりの我が叔父だが、今日が祥月命日だ。我が山里は元来が神仏混淆の立
山信仰の里であり、古き良き日の習い通りこだわらぬので、親爺は我が家の仏壇にお参りした。何せ親爺には父の
様な存在であったのだ。
 叔父は実に優しく、無口だが思いやりのある人だった。が半面、山に入り猟などをする時は豪胆で、山スキーや毛
鉤釣りにも高い技術を持っており、山のプロばかりが住む我が山里にあっても、仲間から一目も二目もおかれる山人
でもあった。
 我が爺様も山のプロで、猟も釣りも何でもこなす名人級の山人だったが、我が子である親爺には、何の技術的指導
もせず、放任主義だったので、親爺に直接イワナ釣りや、狩猟、山スキー(ゲレンデとは異なる棒ズリ等と呼ばれる技
術があった)などを教えてくれたのは叔父であった。呑み込みの良くない親爺に、気長にぼちぼちとゆっくり教えてくれ
る叔父の笑顔が今も目に浮かぶ。
 藪漕ぎばかりの谷を目指し沢を一本間違えたり、ツキヨタケを食って食中毒を起こしたり、実におおらかで楽しい山
行ばかりで、失敗もたまにあったが、その失敗が山を知るという事だったのだろう。お陰で親爺は64歳で立山を仕舞
うまで、大きな致命的な事故を起こすことなく、過ごすことができた。
 これは全て、爺様の背中から受けた薫陶と、叔父から受けた実践の技のお陰だろう。
 雪の降る中でそんなことを思い出している親爺だった。


 今のところまだ小降りだ。天気予報がはずれることを願わずにはいられない。


2/15
 オカカと二人、雑用のほかに玄米買いしている米を精米し、食糧も当座の分を買い込んできた。明日、明後日あ
たりから又大雪になりそうだとの予報を見て、転ばぬ先の杖と云うか必要最小限なものを揃え、外出せぬでも済む
ようにしておくためだ。これだけ備えをして置けば、ゆっくり五輪競技でも見ながらお籠りして過ごせばいい。
 帰宅して、食料もしまい込み、さて天気予報でも確認しておこうとPCを開くと、今日北陸で春一番が吹いたとの事。
 確かに風が強く、車で走行していると僅かにハンドルが取られる感じがした。気温も高い。
 まあ雪は覚悟を決めたが、備えもしたし、春一番が吹くという事は春が近づいてきた事にほかならぬ。
 来るべき大雪が、今冬最後の冬籠りになっては欲しいが。
 春一番が吹いたのに、まだ雪の心配をせねばならぬ我が山里だ。


 玄関には春らしく、お雛様を並べたオカカ。


 外にはまだうずたかく残雪が残っているのに、今年の冬将軍はまだ雪を降らす気だ・・・。
 

 まだまだどこもかしこも雪だらけ。


2/14
 昨夜もちらちらと雪が降っている中、オカカと二人暖かい居間で、スピードスケート女子500mを観戦した。
 割と早い回に出場した高木美帆選手がいきなりすごいタイムを出した。15組中4組目のスタートだったろうか、そ
後回が進んでも、美帆選手のトップタイムは越されず、日本期待の小平奈緒選手が三連覇をかけて最終回で出場
する前の回で、米国の黒人選手が素晴らしいダッシュから美帆選手のタイムを僅かに上回り、金メダルとなった。
 でも最終回の奈緒選手に期待を寄せて、観戦した。結果は残念ながら及ばず、美帆選手の銀メダルとなったのだ。
 奈緒選手が遅れたその時、会場で、涙を流す韓国人選手が写し出された。前回の平昌で、奈緒選手が金を取っ
た時銀に甘んじた選手だが、二人は親友で、一緒に各々の国旗を持ってウイニングランを見せてくれた韓国人だ。
 最近、馬鹿な政治家どもにより、両国関係は冷え込んでいるが、民間レベルでの憎しみなどあまりないはずだ。
 このシーンを見て、親爺は心和んだ。
 色々な問題の多い北京五輪競技だが、扇動者にあおられて感情を高ぶらせる事もないではない。その扇動者とは
報道の自由を振り回すマスコミであることは言を待たぬが、目に余る不正は叩いても、かも知れないで、それを事実
にする力も持っているのがマスコミでもある。
 まあ我々はそれに踊らされながら、楽しい五輪ゲームを観戦しているだけで、後はきれいさっぱり水に流せる潔い
日本の庶民である事を幸せとしよう。
 又雪が少しだけ景色を変えた。


 これから青空が広がってきそうだ。杉木立が雪を落とし始め、外がだんだん眩しくなってきた。
 

 今日はバレンタインデー。オカカが忘れずにチョコをくれた。ウイスキーボンボンは大好きな親爺。


2/13
 母の月命日と叔父の20年祭(神道)が重なった日曜日、穏やかな高曇りの日だ。
 穏やかで優しかった母、やはり穏やかで優しかった叔父、母は勿論、叔父も親爺にとっては父の様な存在だった。
 母には仏壇に燈明を上げお参りし、叔父にも久々に御霊舎に額ずき玉串を捧げてお参りした。いい気分だ。
 昨夜親爺はオカカと北京五輪を観戦。スピードスケートの500m決勝とジャンプラージヒル決勝だ。各々銅と銀の
メダルを獲得、気分よく眠れた。
 勿論かわいい孫と久しぶりに数時間を過ごせた事も嬉しかった。もう会話が成立し、意思表示も明確だ。東京の孫
にブーブーを買ってやった話を聞いていて、早速「ジジリンちゃんにプッシュポップ買ってお願いね。」と来た。ジジは
買ってやる気満々だが、プッシュポップが何だかわからぬ。ママにそのおもちゃを探してもらって、直ぐにアマゾンに
注文を入れておいた。甘々ジジであることは承知の上、兎に角可愛いだけである。
 孫と二人軽4WDで村はずれを巡って、車の中からずぼら撮影。


 久しぶりに我家で過ごす黒部の孫、4歳5ヵ月足らずとグランピング風ホテルで大喜びの東京の孫、2歳8ヶ月。
 

 杉木立の雪が落ち切った。一寸花粉が怖い・・・・・。


2/12
 今日も良い天気だ。積雪も136cmまで減ったがそれでも136cmもある・・・。
 我が山里が豪雪地帯であったことを、今冬のドカ雪の何回かで思い知らされている。近年は大雪が少ない。去年の
雪にしたところで、いわゆる里雪だったので、我が山里は全く痛痒を感じなかったのだ。人間は易きに流れる。凡人の
庶民代表である親爺ごときは、易きに流れなかったことはない。
 だから自分の住んでいる山里は、雪がさほど降らぬところだと思い込み、雪への備えはともかく、心構えなどすっかり
忘れきっていたから、たまらない。
 すっかり雪に辟易して、山里に住み続けることまで躊躇った。否、狼狽えた。
 が今、晴れた日が二日も続いて雪も嵩を減らすやたちまち落ち着いて、我が山里が一番だと思いなおしている。
 さて今日は、久々に黒部の孫がやってくる。楽しみで落ち着かぬ爺である。
 

 青空が広がり、気温も徐々に上がってくる。美しい我が山里に、今はすっかり満足しきっている親爺だ。
 


2/11
 今日は雪も降らず、青空が見えかくれして、陽も射して来る。
 木立の雪は落ちはじめ、屋根の雪もドスンドスンと音を立てて落ちている。車庫の屋根の一下ろしもしていない雪も嵩
を減らし、親爺とオカカの心も少し晴れ晴れとして来た。
 雪が昨日少し降ったのも意外だったから、今日の晴れ間が余計嬉しく感ずるのだ。
 三寒四温という言葉が頭をよぎる。
 4歳5ヵ月になろうとする孫娘が、はじめて”お雛しゃま”を飾るママの手伝いをした。嬉しそうなその写真を送って来た。
 2歳8か月になる孫息子も、ジジにブーブー買ってねと電話したつもりになってるビデオが送られてきたので、ジジは直
ぐにアマゾンで手配・・・。
 長閑に時が流れて行く。
 おお、平野歩夢が金メダルを取った。
 気分の良い建国記念日である。皇紀2681年か・・・。


 ママのお手伝い出来るよ。お雛しゃま可愛い!!  おいらジジにブーブー貰ったからそれ作るんだ、自分で!!
 

 青空と、かわいい孫たちの写真を見ながら、心穏やかな親爺とオカカだ。三寒四温の昨今か・・・・・。


2/10
 高梨選手等の不明瞭なフライングスーツの規格違反などと云う判定に、北京五輪は水を差され、今度はロシア五輪委
のフィギュア団体のドーピング疑惑まで出てき、自国以外の食事を受け付けぬ韓国チームからの相変わらずの食事への
クレーム、ジャッジへのクレーム・・・・・折角楽しみにオカカと一緒にテレビ観戦していた親爺も、一寸白けた。
 高潔なスポーツマン精神を掲げ開催される五輪大会ではあるが、競技のジャッジには人間のする事故、当然ミスもある
だろう。しかしそのミスが、意図的な場合も見えなくもない。
 多少は目をつむっても、余りにも露骨な意図が見えると何とも不愉快になる。
 今回の五輪にはそんなことが多々あるような気がする。だから素直に楽しめぬ。
 銅像を作ってもらって喜んでいる御仁よりも、そんなものを作った開催国の神経を疑ってしまう。
 と云いながら、ラージヒルの小林選手に大きな期待をもってワクワクしている親爺ではある。
 また細雪の降り始めた山里。


融けたといっても、我が庭はまだまだ大雪に覆われている。現在の積雪は約135cm。
 


2/9
 昨日のオカカの誕生日には、色々なプレゼントが届いた。もちろん3人の娘たちからである。そしてそれに追加の様に
二人の孫からもお祝いプレゼント、先ずは黒部の孫娘からハッピーバースデーの歌がライン動画で送られてきて、ついで
東京の孫息子から、「おべべとう(おめでとう)」のご挨拶動画。
 オカカはそれだけでも十分幸せなのだが、娘3人からのプレゼントがまた次々届いた。
 親爺も負けじと、リクエストのタイカレーを夕餉に作った。
 オカカには良い誕生日だった。雪やら、コロナやらで中々顔を、顔を合わせるのも難しい昨今、皆が誕生日を祝ってくれ
たのだから親爺との二人だけの夕餉もなんとなく気分が明かるくなり、美味かったのだ。
 今日もいい天気。雪が融ける。
 久しぶりに大日が全景を見せた。


 孫娘が書いてくれたババの絵。ケーキを食べる(作る)ばばだそうな。これは嬉しい。


 長女はサプリメント。次女は花束。三女はズワイガニ。写真は検閲で引っ掛かり載せられない。


2/8
 昨日一日はほぼ青空の下で、陽光が弾け飛んでいた。
 今朝は穏やかな高曇り。冬空としては明るい白に近い空が広がっている。もちろんそこからは、何も落ちては来ない。
 気温は9:00でまだ氷点下0.9℃だが、徐々に3℃位まで上がってくるだろう。
 今日はオカカの誕生日。朝からラインで娘たちがバースデイカードのようなものを送って来て、親爺も負けじと寅さんの
おめでとうスタンプを送っておいた。
 今夜は親爺がオカカリクエストの、タイチキンカレーを作る予定だ。午後から取り掛かろう。
 雪の心配をせずとも好い穏やかな日だ。
 雪に閉ざされた玄関先から青空に向けてドローンを上げた昨日。


 今朝の玄関先の石段は氷が着いて、ごみ捨てに出かけた親爺の足運びは慎重そのもの。 立山方面は見えない。
 


2/7
 良く降った。この立春寒波では我が山里は183pのMAX積雪を記録、暖冬傾向の続いた近年では久々の大雪だった。
 親爺が若かったころの昔、もっと雪は多かった気がする。2mを超す年もざらにあり、雪下ろしも4回くらいは記憶にある
のだが、最近どうもはっきりと思い出せない事が多くなっている。
 ただ、叔父の家の屋根雪下ろしの手伝いに行って、余りの雪の多さに大屋根で雪洞を掘って、叔父と従妹と三人で大笑
いしたことなどは割と鮮明に覚えている。
 雪国の生活も思い返せば楽しいことも多い。最近は雪を楽しむ力が無くなってしまったから、雪が煩わしいだけのものに
なってるのだ。
 さてさて、ようやく2月の立春寒波も過ぎた様だ。この後しばらくは雪も来ないだろう。
 少なくとも、春には一歩近づいた。


 大雪の下だが、青空が見える日が巡り来た。この空の青さの嬉しさは、雪に振り込められた日々を耐えて得られる。
 


2/6
 積雪が六尺に喃々とする我が山里、「一茶超え六尺の雪見上ぐ今朝」という次第で迎えた朝だ。
 別に雪の多寡を競うつもりなどないが、これだけの雪の下に振り込められてみると、我が山里が限界集落に向かうしか
無い訳が良くわかる。
 何もこんな豪雪地帯に好んで暮らさなくとも・・・・・・。
 若いころは山を離れる気など全くなかったし、雪は楽しみであって、融けるのを惜しむような気持ちの方が大きかった。
 体力があったし、それに裏打ちされた気力もあって、雪国の生活の楽しさが満身で味わえたのだ。
 が、その体力がなくなり、支えを失った気力もなくなった今。今も降りしきる雪など、邪魔物以外の何物でもない。
 今まで生活してきたこの豪雪地帯が、三、四ケ月だけ耐えれば、父祖伝来の何とも言えぬ安住の地であることも嫌にな
るほど知っているからこそ、今を耐えていられるのだが。
 今朝もモリヤと心平に、車庫前の除雪、家の玄関前の通路、等を助けてもらった。この若い友人たちの助けを得て、親爺
とオカカの冬の生活が過ぎてゆく。
 今朝の山里雪六尺。


 庭に屋根から融雪で落ちた雪がうずたかく積もる。玄関前の石段通路も閉ざされて、モリヤが救援に来てくれた。ありがとう。
 


2/5
 昨夜から降り続いた雪が、残雪120cm余りの上に積もり、我が山里は立春過ぎに厳冬期の景色となっていた。
 9:00現在の積雪は147cm、20数pが夕べから降り積もったのか…。
 立春寒波は警報クラスならぬ注意報クラスの様だが、願わくば今冬の最後の大雪であってほしいものだ。これ以上降ら
れても迷惑なだけだ。スキー場もほどほどに潤った事だろう。
 明日前半まで雪は間欠的に続きそうだが、その後は少しずつ気温が上がり、雪も霙から雨に代わりそうで、暖かい雨な
ら融雪効果も大きいので大歓迎だ。
 また春の足音が聞こえるようになるだろう。


 この景色はもう見飽きた。向かいも隣も見える家々は皆雪に覆われて、じっと耐えている。雪国の景色はもう見たくない。
 


2/4
 立春になったが、明日辺りから又一降り着そうな気配だ。でもこれがこの冬の最後のまとまった雪になるかも知れないと
自分の中でそう思い込んでおけば、後はどうなろうと知ったことではない。
 暦だけ立春来る雪の郷 御云う訳で愚痴はもう書くまい。


 雪が融けそうになるとまた空から直ぐ補給される。              もう要らぬと言っても天の耳には届かぬ様だ。
 


2/3
 節分の朝だ。コロナワクチンの接種後副作用も今朝はほぼ消えた。体幹に覚えていた何とも言えぬ不快な倦怠感が奇麗
に消えて、筋肉痛、発熱も無くなった。
 今夜は豆をまき(殻付きの南京豆だが)福だけを家内に呼び込み、厄は全て払おう。
 まだまだ拡大を続けるコロナ禍であるが、政府の指針に従い3度目のワクチンを打ち終わりこれで自らの務めを果たすし
かない高齢者の、親爺とオカカ。せめて自分たちのことは自分たちで何とかし、他を煩わせぬようにせねばなるまい。
 いよいよ復調したら、早速食い気が目を覚まし、何でもかたっぱしから口に入れている。昨夜はオカカが作ってくれたホット
サンドを2回に分けて食べたが、今日は昼飯に、カレードリアをリクエストした親父である・・・。
 10cmあまりの新雪が来たが、明日の立春とは我が山里では暦の上の話。まだ一月は冬である。
 1時間ほどだけ青空が広がった今朝。


 気温は上がらず、杉木立の雪も落ちない。


 サンドイッチの端材?パンの耳の素揚げ砂糖がけが美味い。


2/2
 コロナワクチン3度目の副作用で、親父は一寸発熱、筋肉痛と倦怠感でぐったりしている。幸い前回37.8℃の熱を出
したオカカは、今回は元気で良かった。
 昨日2月に入ったが又雪が来た。積雪は16cmほど嵩を増して、気温は氷点下1度。今はまだ寒中なのだ。
 さて、この6月から今まで200g以下という事で、登録の要らなかったドローン迄、登録せねばならなくなって、マイナカー
ド利用で登録すれば900円の登録料で済む、との事だったので早速国交省のドローン登録システムから入って登録しよう
としたが、これが難解・・・。結局親爺の使っているタブレットも携帯も対応できず、PCから入ったのだが、どうにもマイナカ
ードが読み込めず、とうとうICカードリーダーを購入した。まあ、1000円代のものだから・・・。
 でマイナカードは何とか読み込めたが、暗証IDの入力の段になってハタと困った。例によって完全に忘れている。で、幾つ
か心当たりのIDを打ち込んでみたが、全部はずれ、暗証がロックされてしまった。で、役場に電話して聞いてみると、お越し
下されば、暗礁IDの再設定をいたします。という事で、タイムリミットが6月だから、何かのついでにと思っていたが、丁度コ
ロナワクチンの3回目接種が有ったので、それに合わせて一昨日役場へ行ってきた。若いお嬢さんが親切に対応してくれて
10分もかからず新たなIDが設定できた。
 その後はPCの操作もスムースに、機体登録が完了し、900円の登録料もカード決済で行えた。
 イヤイヤ便利なものだが、暗証IDをいくつももたねばならぬのがたいへんで、それを記憶しておくことが元大変だ・・・。
 またこんな冬景色に戻った山里だ。今朝も氷点下だ。


 登録がなって、機体の固有番号を貰い、その番号を機体に明記しなければならない。親爺の奇麗な字で少なくともかっこよくない。
 


2/1
 今朝は如月朔日だが未だ寒のうちである。気温が低く家の前の石段も道路も凍っていて極めて危ない。
 オカカが怪我をしていて、重いものが運べぬので、親爺がごみを捨てに出かけ、僅か数十メートル先のごみBOXまで行
ってくるのに、流石足運びは慎重でこけはせぬも、息が上がって一仕事したような気分になる。
 1週間に二度のごみ収集であるので、親爺とオカカの二人暮らしでは、そんなに大量のごみも出ぬが、このごみの回収
日が火曜、金曜で、隣の謙ちゃんがお迎えの車で、腰痛のリハビリに出かける日と一緒である。謙ちゃんの家からも道路
に出るのに、僅かな距離ながら坂道があり、今日の様に凍っている日は大変だ。
 嘗ては親爺も謙ちゃんも、春先の立山の山域で、ブルーアイスの急斜面をアイゼンを付け、縦横に登り下りしたものだが
今は昔の話。送迎付のリハビリ通院やら、ごみ捨ての数十メートルの行き帰りも心配される様になってしまった。
 老いるとは実に無情なものである。
 幸い薄日が射したりする穏やかな天気。気温も間もなく氷点を超えるだろう。
 我家の居間の出窓と、居間に隣接の物干場からは暖かい光が眩しく射しこんでくる。


 大日岳は見えずその山裾に大辻山のピークが白く見えている。 我家のはす向かいが謙ちゃんの家の真向いで我家の車庫がある。
 


1/31
 いよいよ一睦月も今日のみ。イヤイヤ毎年の事ながら、実に長く感じた一月だった。しかも今年は久々の大雪に見舞わ
れた。この雪は山雪型で、我が山里を狙い撃ちしてるのではと思われるような、いわゆるドカ雪だった。
 一月中に160pを超えて、屋根雪下ろしをせねばならぬ様な一月だったから、よけい長く感じたのかも知れぬが、それ
も今日で終わり、明日からは如月二月となる。
 今日が明日に変わるだけなのだが、気分がぐっと違ってくる・・・。
 さて今日は夕刻に、コロナワクチンの三回目予約が取れて、オカカと二人で受けて来る。オミクロンやらなにやら良くわ
からぬが、富山でもここ数日は二百数十人の感染が続いているから、まあとにかく受けておこう。
 幸い雪が降っていないので、道路事情も良さげ、食糧の買い出しや、役場での雑用も片づけて来ようと思っている。
 で、明日二月からは又、しばしお籠りだ。
 隣家の桃の木も又三月には花をつけてくれるだろう。


 庭の山水融雪も例年よりは効きが悪い様な気がする。不動の萱原の斜面も雪が確り食いついたままだ。寒いからだろう。
 


1/30
 昨夜からまた冬型の天気になったそうで、我が山里には頼みもせぬのに8cm程の雪が来た。9:30現在の今も雪は風花
が舞うような状態で、一応空から舞い落ちてくるが、これでは積もることはあるまい。
 親爺の何の根拠もないヤマ感だが、この冬の雪のハイライトはもう終わったのではなかろうか。このまま数日後に立春を
迎え、それからもしばらくは積雪も何度かあろうが、せいぜい2〜30cmが関の山で、ずるすると2月中は寒いまま過ぎる。
 が、3月弥生に入れば、一気に春めいて、山里芦峅寺の山の神様の祭りが終わるや寒さも失せ、日一日と春に向かうの
ではなかろうか。多分に希望的観測ではあるが、そんな気がしてならぬ親爺だ。
 まあ、勝手なことをほざいていても、冬将軍は気まぐれで、巨額の予算をつぎ込んで科学的分析の元予報を出す、気象庁
さえ大した確率で天気を読めぬ。読めぬから天気なので、天は神に通じる・・・。
 親爺が暇に飽かせてごたくを並べて見ても、一月先の天気など読めるはずがない。
 閻魔堂の杉木立だけがわずかに雪が降ったと知らせてくれた。


 親爺は最近ポップコーンにキャラメルを絡ませることに何度かトライしてみた。簡単なようで結構難しい。
 コーンがべっとりしたり、幾度か失敗もあったが、ついに美味しいキャラメルコーンが出来た。一寸したコツがある。


 相変わらずの雪景色だ。気温が低い毎日なので、雪の解け方が遅い。一寸ついただけの木立の雪もなかなか落ちようとはしない。
 
 


1/29
 寒い朝だが、ちょっと外へ出て上を見たら青空が見えた。それだけで嬉しくなって一枚写真を写しておいた。
 雪の降らぬ日が1週間も続いているが、雪の減り方が遅い。160pが113cmまで47cm減っただけだ。一週間も良い天
気が続けば、この山里あたりでは雪は大概半減するものなのだが、それは気温も上がっての話。こうも寒いとやはり雪解け
もすすまない。
 朝も寒いし、夜も寒い。この冷気を何とか夏まで送り届け、夏の暑い最中の大気に混ぜ込めるものならば、ちょうどいい気
温で快適に過ごせるだろうし、この寒さも緩むと、おとぎ話のようなことを考えている。
 まあ、そんなことでも考えている中に、時は過ぎてゆく。春よ早く来い。
 こんな青空でも写真を撮るほど、鉛色の冬空に飽きた。


 パパに本を読んでもらうのが大好きになった黒部と、お利口さんで床屋に行って髪を切ってもらったコボちゃん風の東京。
ジジにとっては二人とも可愛い大切な宝ものだ。
 

 オカカが怪我を押して継続する山水融雪は絶大な威力を発揮。庭の大量の雪をグングン融かす。
 


1/28
 高曇りの空から、薄い雲を透して陽光が射してくる。良く上空を見てみるといくらか青空が見えているところもある。早朝の
気温こそ氷点下だったが、9:00現在0℃、間もなくいくらか温かみも増して来るだろうし、その分雪は嵩を減らすだろう。
 今日こそ平日だが、週末土曜の明日は又スキー場へ向かう車が列をなすだろう。昔のような渋滞こそ起きぬまでも、スキ
ー場へ急ぐあまりかなりのスピードで村内の道路を走る車も多い。融雪装置から水が出ている様な時でも、水撥ねには構わ
ず除雪する村人にバシャリとやって行く不届き者も多々いる。車の水撥ねなどマナー違反の最たるものだ。
 まあそれでも、川向の困窮スキー場が、いくらかでも潤えば良い。将来的にはよほどの資本の投入がない限り、明るい展
望は開けぬだろうが、少しでも命永らえれば世の中どう変わるか分からない。
 静かな金曜の山里、穏やかな曇り空の下、暖房の効いた部屋で隠居親爺は本でも読みながら転寝しよう。
 雪は少なくなって来た。


 庭先ではオカカの山水融雪が功を奏し、どんどん雪を溶かしている。ただ山水を撒いて、たまにスコップで突き崩してやるだけだが。
 


1/27
 このHPの更新を終えたら、富山市内の眼科医まで出かける予定だが、陽が射しているのに雪がわずかにちらついている。
僅かもわずか、スノーダストを疎らにしたような軽やかな雪が、降るというよりふわふわ舞っている。
 下の写真は、屋根の残雪状況を確認しようとドローンを上げて撮影した我家周辺。こんな角度で見ることはめったにないの
だが小型ドローンならではの手軽さである。
 山小屋商売中は良くヘリに乗ったが、民家上空を飛ぶようなことは無かったし、99%は山岳地帯だったから、こんな写真は
見た皓はなかったが、ドローンもDJIのカメラ角度がコントロールできる、現行機になって、こんな爆撃機の写真のようなものが
撮れるようになった。
 若いころからラジコン飛行機や、へりに血道をあげていたものだが、この年になってこんな遊びができるのは偏にテクノロジー
の進化である。
 話は今度のドローン規制法案に飛びそうだからやめるが、日本の役所体質は江戸時代の幕府の体質をそのままに受け継ぎ、
全く進化していない。御上の独断専横、下々はそれに従うべし・・・。クソッタレー!!
 あまり言うと打ち首になるかも知れないから止めよう・・・・・。


 言わずと知れた大日。


 屋根から溶けて落ちた雪で、庭は埋まっている。
 


1/26
 氷点下ではない朝を迎えた。雪の降らぬ日が5日目という今朝だ。温かい陽射しが降り注ぎ、10:00には5.1℃となった。
 屋根の残雪をドローンで見たが、まだ結構なもので、このいい天気の日に残雪処理稼働させると効率がいいと、専門家に聞い
た事を思い出して融雪装置を10:00に稼働させた。軒先でとどまっていた雪が少しづつ落ちる。
 昨日ネットでドローン登録が出来るので、トライしてみたが流石相手はお役所、今までは200g以下のトイドローンだったものま
で法律改正(改悪?)で、登録せよとなった。6月のリミットまでにドローン登録すれば良いらしいが、詳細は役所のややこしい言
い回しと、くどい手続きで、何じゃこれはというようなもの。
 マイナカードと連携しているらしいので、ICカードリーダー迄準備してトライしてみたが、マイナカードの暗証番号等記憶になく、
役場窓口まで行って、暗証番号の再登録をせねばならぬ、しかしこの航空法改正は本当に意味があるのか?とだんだん腹が立
ってきた。
 そもそも空撮などそんなに簡単にできるものではなかったのが、ドローンの技術進歩で、200g以下の軽量機で我々ロートルで
も楽しめるようになった。
 このレベルのものは玩具だ。玩具の楽しみ迄危ないと法規制!!実にくだらん!!
 何でもかんでも法律でがんじがらめ。だから素晴らしいテクノロジーを持っていながら他国に後れを取る。ワクチンでもそうだ。
 日本には役人と役所が多すぎて、此れこそコロナワクチンに勝る害悪である。
 さあ、だんだん腹が立ってきた・・・血圧が上がりそうだからもうやめる。
 今朝ドローンで撮った閻魔堂と大日。この程度の楽しみも法律で規制しようというのだから・・・。


 庭も雪に埋もれている。                             オカカ執念の山水融雪・・・。
 

 今朝の大日だが、これは通常のカメラでズームをかけて。


1/25
 怪我で重いものを持てぬオカカなので、今朝は親爺がごみ捨てに行ってきた。戸外は氷点下4.3℃で昨日よりは幾分暖かい
が、バリンバリンに凍り付いていており、オカカが親爺の心配をする。脚がよろついているように見えるのだろう。
 まあ、そこは老いたりとは言え嘗ての立山の山小屋親爺、この程度の凍結路ではこけたりはせぬ、と自信だけはたっぷりだが、
現実ははた目には危なっかしげな歩みに見えるのかもしれないし、親爺自身かなり慎重に足を運んだ。何という情けなさ、我が
家から僅かに数十メートル離れたごみ捨てBOXまでの往復だけの話である。
 やはり老いというのは皆に、余すなく訪れるものなのだと実感した。
 今日で雪の降らない日が四日目になるだろう。未だ明日迄は雪マークがないし、この後はもし降っても前回の様なドカ雪はない
のでは無かろうかと、やや楽観しているがこればかりは書いて字の如き天の配剤である。
 何とか二月の声を聴き、立春を早く迎えたいものだ。立春を過ぎての降るものは降るのだが、少なくとも今よりは春に近づいて
いるはずだ。
 今朝は大日がすっきり見えた。


 こんな雪に覆われた山里も決して嫌いではないが、老いてから住み暮らす場所としては少し雪の荷が重い。
 


1/23
 今日は昨日より最低気温で2.4℃高い。とは言え-7.9℃が-5.5℃まで上がったという事で、まだ結構な寒さである。が、
恐らく最高気温は、昨日が2.5℃だったが、今日は4〜5℃位にはなりそうだ。
 年のせいだろう、年々寒さに弱くなる。
 因みに長袖のヒートテックの下着に薄いフリース生地のトレーナーを着込み、その上に厚手のフリースを着込んでいる。つまり
薄手、厚手のフリースを重ね着している事になるが、更にその間に懐炉を背中に貼り付けている。
 それでも下半身は所謂タイツや股引が嫌いなので、やはりフリース生地のトレパンか、裏起毛のズボンを愛用知っているが、裏
起毛のズボンは重くごわつくので、普段はもっぱらトレパンである。が、やはり気温が低い今冬は部屋の中にいても足元がやや寒
いので、孫たちの昼寝用毛布を脚に掛けている。
 昔、祖母が厚着をして寒すずめのように膨らんでいるのを笑ったが、今は自分もだんだんそうなっている。
 親孝行だった爺様(父)が、祖母のために極地用キルティングの防寒服を買って来たことがあったが、流石に暖かいけれど、普段
の和服の上に羽織るものだから、可笑しいくらい丸く着ぶくれて、「こりゃ、あったかい。」と喜んでいた姿を思い出す。
 でもそれも一冬か二冬着ただけで、祖母は暑い寒いの無い国へ旅立ってしまった。
 そんなことを思い出しながら、親爺も着ぶくれ、丸くなっている。
 今も雪の下に埋もれた生活だが、昔はもっと雪が多かった気がする。


 あっちを向いても雪、こっちを向いても雪、大寒の山里は雪に埋もれている。
 


1/22
 気温が低く、今朝の朝には氷点下7.6℃まで下がった。これでは小屋開け時期の剱御前小舎の室温並みだ。大寒とは言え
今年は寒い。
 オカカが薬が切れて、医院まで薬をもらい言った。スキー客が山へ向かうのに車列が途切れなかったそうだ。下りは逆車線だ
から空いていたそうだが、電動四駆のノートは可成り雪道に強いし、アクセルワークでの制動が柔らかく効くので下りでも意外と
楽に運転できたそうだ。帰路買い物をして帰ってくるというが、もうスキー場ラッシュは過ぎているだろうか。
 オカカは幸い骨密度の検査結果もやや低い程度で、投薬で十分との検査結果が出てホッとしている。転倒時の衝撃がかなり
ひどかったのだろう、第五胸椎にダメージを受けたのだから・・・。まあ、半年はコルセットの世話になるだろう。

 昨日午後、東京の義姉(オカカの兄の妻)の訃報が届いた。めったに合うことのなかった人だったが、温和で優しく無邪気な人
だった。享年72歳、一年以上前から体調を崩して、昨春からは入院の状態だったそうだ。
 普段の付き合いは殆どなかった。年に一度か二度、オカカの高岡の実家で合うばかりだった。
 義兄からオカカに電話が入り、逝去を知ったのだが、高岡の実家が絶えた状況故、ここ2年以上会ってもいなかった事に気付
いた。義姉とは言え親爺には縁薄い人だったが、あの無邪気で優しい人柄は忘れられない。
 時節柄会葬もできぬが、オカカと二人、義姉の冥福を祈った。                    合掌

 我家の前庭も融雪で屋根から落ちた雪がうずたかく積もった。
 後3日程良い天気が続けば雪も嵩を減らすだろう。


 昨日午後になって例年より一足遅く、お供えの餅を押し切りで切り、あられを作った。今年はオカカが怪我をしている
ので親爺もぎこちない姿勢で、肩に力を入れながら手伝った。
 

 午後は青空が広がってくるだろう。


1/21
 今日は漸く雪が止んだ。しかもこのあと数日間は、天気予報に雪マークは出ておらず、比較的暖かい氷点下ではない気温が
続きそうだ。
 このことだけで気が晴れる。
 降り続く雪の下でじっと春を待つのにも、幾ばくかの気力体力が要る。その幾ばくさえ歳とともに無くなってくる。
 まあ、なんともやり切れない冬の日々である。
 隣の謙ちゃんの家も玄関先の小屋根と雪囲いの上にたまった雪がくっついた。
 今冬はやはり大雪だ。


 雪に埋まった村で何とかかんとか生きている。


 閻魔堂はもりやが一冬の通路管理をしている。やはりこの冬は大変だ。


1/20
 大寒の今朝は朝から吹雪だ。1時間に6p程の雪が降って、親爺をくさらせる。
 大馬鹿野郎の冬将軍め、もう少し間隔を置くか遠慮するか、少しは考えろ。それにもう雪など沢山だ。とっとと何処かへ失せ
やがれ。
 と、益体もない罵詈雑言を冬将軍に向けるだけだ。
 本当にこの冬は雪が大きい。わざと狙ったように我が山里に降ってばかりいる様な気さえしてくる。
 若い、気力体力が充実している頃には、全く何とも思わなかった雪。それどころか猟やスキーの楽しみに大歓迎していた雪で
あるが、今や雪などただの邪魔ものとなってしまっている。
 大寒の雪を越えずば春も来ぬ


 雪の下みな生きており春を待つ


1/19
 物干場に明るい陽の光が射し、ペアガラスの引き戸とカーテンを透って居間に入ってくる。
 昨日までの雪降りが嘘の様に青空が広がっているが、これもそう続きはすまい。又雪の日が戻ってくるだろう。何せ明日は
大寒である。
 半日でもいい晴れてくれれば、雪も嵩を減らすし雪国人も一息ホッとつける。
 早く終わってほしい冬である。


 ほんの短い晴れ間でも嬉しい雪国の寒のうちだ。


1/18
 コロナワクチン接種の予約ができたので、ちょっとホッとしているが、我々ロートル組よりも若い活動の活発な人々への接
種も急がねばなるまい。つらつら県内を見回していると、規模の小さな自治体ほど接種時期が早い様だ。物理的に手の回り
が早くなるのは当然で、小回りが利く。
 市町村合併という、合理化一辺倒の政策で、数多な山間へき地迄OX市に組み込まれると云う今日、そのOX市中心部は
十分な当局の目が届き、何かと優遇されはするが、へき地においてはますます切り捨てられ、遂には廃村などと云う末路を
辿るのは目に見えている。
 過密都市東京に全てが集中し、地方都市でも都市と名付けられた中心部のみに全てが集中していく。
 利便性を追い求め、易きに流れる人間の政情は如何ともしがたい。それ故現在の文明社会はあるのだから・・・。
 雪が降りすぎて、少々気が滅入ってばかりの冬暮らし。日記にまで訳の分からぬ愚痴を書き始めた。老化の一環か?
 昨日と同じような写真だが、我が車庫の雪の量を見て頂きたい。約30p嵩マシだ。


 モリヤに開けてもらった我家の石段。雪の廊下状態。         窓の外では雪が降り続いているのがよくわかるが、もう見たくない景色。
 

 屋根は融雪が効いている。隣の家の融雪装置は新しいタイプで、効率が良い。


1/17
 今朝は立山町で、第3回目のコロナワクチン接種の予約受付開始だった。親爺もオカカも携帯電話を手に手に、開始
の9:00丁度にコンタクト、若干の手違いがあったものの、1月31日の予約が取れた。前回と同じ医院で同じ日同じ時刻
だから二人そろって接種を受けて来るつもり。それまで風邪などひかぬよう、重々気を付けておらねばならない。
 雪が一段落したかとホッとしていたが、今朝から又雪だ。カルデラ博物館の雪氷学者飯田さんが、前回のようなことはな
いでしょうと言っていたそうだから、多分大したことはないと思うが、もういい加減うんざりしている。
 漸く傘を減らした雪に、又雪が降り積もる。


 向かいの高橋家も屋根が軽くなった。イッチャン一日がかりで大変だった。  こんな雪だったのだから。
 


1/16
 昨日一日雪は降らず、お日様が照ってくれたおかげで、我が山里も雪が沈み嵩を減らした。MAXで160cmあった
積雪も、9:00現在130cmとなり、目にはさほど減ったとは見えねど、確かに溶けてきている様だ。
 我が家はずいぶん昔に、屋根の融雪装置を付けた。村でも初期の頃で1軒か2件が取り付けていて、それが羨まし
くて爺様に相談し、親爺の新し物好きの遺伝の元たる爺様である、よしという事で、やった記憶がある。
 これのお陰で雪囲いも要らず、ずいぶん助かったことは否めない。また今でも助かっている。
 が、燃料費の問題だ、嘗てはリッター50円にも満たなかった灯油が、リッター100円に喃々としている。我が家は融
雪装置のほかに、ストーブや温風ヒーターも灯油であり、風呂だけはガスなので、恐らく年間1600リッターから2400
リッターを使うのだが、そのうちの2/3は融雪装置の燃料だろう。全く雪が降らず、一度も融雪を入れなかった、多分
一昨年は、年間900リッターほどの消費で済んだものだ。
 今冬はさてどうなる事やら、燃費を考えると大変だが、背に腹は代えられぬ。
 今朝の我家。日が照ると残雪も落ちてくれる。もう融雪のスイッチは切ってある。


 来拝山も遠く見える。若いころは野ウサギを追って、一冬に数度は登ったものだが・・・。


1/15
 漸く昨晩から雪も止み、今朝から日が射し、青空も広がって来た。新雪に覆われた山里に陽が射すと、一気ににぎ
やかになる。陽光が雪面に弾け散り輝くからだ。
 また土曜日なので、スキー場に向かう車も多くなるし、老人ばかりの村だが、外に移り住んでいる若者たちを呼びつ
け、屋根の雪下ろしをしている家も数件見え、何とはなしに、賑やかな雰囲気が広がるのだろう。
 我が家も、親爺の若い友人モリヤが、今朝朝一で車庫前と玄関前の落雪を除雪してくれた。有難いことだ。
 心平は雪下ろしの声がかかり忙しい。それでも心平にしかできぬ我家の裏の屋根の除雪と、車庫の大屋根の雪庇
崩しはもう頼んである。
 イヤイヤ高齢になると屋根の雪下ろしもままならぬし、除雪も同様だ。既に雪国に暮らす力はなくなっているのだろう
が、愛着深い我が山里芦峅寺、息が絶えるまでここに住み暮らすつもりだ。


 融雪で大屋根の雪が落ち、庭はこんな状態。比較的軽い雪だが雨戸の敷居にまで雪が被った。


 玄関先はモリヤのお陰で通工可能。                      向かいの家もイッチャンが雪を下ろし始めた。
 


1/14
 昨日は一日雪が降り続き、ほぼ24時間で、60pを超える雪が降った。近年ではまれにみるドカ雪と云っていいだ
ろう。我が山里の積雪は152cm。いよいよ雪五尺という訳だ。
 夕べは屋根の融雪が稼働し、低くボイラーが燃える音が耳に届いた。その音を聞きながら寝たのだが、雪のない暖
かい場所が恋しいと思い乍ら寝込んだ。で、今朝目覚めると我が山里は1m50cmの雪の下、もう寒くは無いが、雪の
始末はすでにわが手に余り、若い友人のモリヤに頼んでやってもらっている。モリヤも若いとはいえ、もう50歳過ぎだ
が、やはり親爺たちよりははるかに強い。今は無雪期には立山砂防の軌道保線に従事しているようだから、身体も動
くのだろう。大きなけがをして長期入院していたこともあったが、よくぞ頑張ってここまで回復したものだ。
 朝からまだ断続的に降っていた雪も、ようやく止んできた。明日あさってと気温が高くなり、日も出そうだから、雪は少
しは嵩を減らすだろうが、まだまだ寒の中である。
 ”これがまあ終の棲家か雪五尺”一茶翁我が山里も雪五尺・・・


 車庫の前の除雪は湿った雪ほど大変だ。モリヤ有難う。


 ドカ雪の下に息づく我が山の村


1/13
 山里は今日も雪。積雪は間もなく1mを超えるだろう。我が山里についてのみ言えば1mを超える積雪などごく当たり
前のことであるが、年々歳を重ねて体が衰えてくると、この雪が何とも重荷になってくる・・・。
 昔、と云っても親爺の親世代が子供だった頃の昔のことだが、冬になり雪に降り込められると、仕事というものが無く
なり、良い若い衆が日がな一日どてらを着てぶらぶらして遊んでいたそうだ。勿論生活無能者ではなく、立派な山案内
人や、猟師、杣人たちなのだが、1月2月の雪に振り込められる日々は、彼らにとって休養日だったのだそうだ。
 精々屋根の雪下ろしや、道踏み程度の除雪作業だけで、そんなものは彼らにとって朝飯前のことだった。そんな厳冬
期でも、冬山ガイドの仕事などあれば立山へも出かける事もあったが、これは極めて限定的な人たちだったし、所謂若
い衆などは、親に遠慮なくぶらぶらしていられたのだそうだ。
 雪国の冬は昔から辛いもので、暗いイメージがあるが、実は囲炉裏の火に温まりながら、皆より集まってごろごろ過ご
す事が出来た時期でもあったという事だ。
 今は昔の話である。
 そんな昔に思いをはせながら、外の雪降りを眺めていると、景色がまた違って見えてくる。


 まあ、確かにこんな雪にじたばたする事もあるまい。じっと待てばよいのだ。




1/12
 昨日余計なことを書いたので、冬将軍の気を悪くしたようで、昨夕から降り始めた雪は今朝までに30pも降り積もり、
山里の積雪は90cmとなって、今なお断続的に降り続いている。
 イヤイヤ余計なことは書くものではない。
 毎朝の除雪はありがたいが、車庫前に散水融雪でべたべたになった重い雪を積み上げてゆくものだから、これを奇麗
に川に投げ込むのにかなりの労力を必要とする。親爺はとっくにだめだし、オカカもスッテンコロリンの怪我で除雪は無理
で、頼みの綱の心平とモリヤ親分に救援要請をして、どうにかしのいでいる。
 高齢化世帯という言葉がいよいよ身に染みる様になってきた。若者が雪国、あるいは豪雪地帯を出て行く気持ちは良く
解る。政治の貧困などと云うつもりはない。安きに流れより利便性に富んだ生活環境を求めるのは、人間の本性だ。
 愚痴になってしまう。「これがまあ終の棲家か雪五尺」と一茶の様に諦め、飄々と時を過ごさねば。
 今朝の山里。積雪90p。


 庭には雪がドッサリ積もる。                         辛うじて通路だけは山水散水融雪でしのぐ。
 


1/11
 これで三日ほど雪が降らず、暖かい日が続いたので、山里の家々も屋根の雪が非常に減った。年末から積もった雪で、
元旦は1mあったのだが、もう60cmを割りそうだ。
 こんな屋根雪の状態では、下の方がザクザクに溶けており、屋根など危なくて登れない。勿論この程度の雪では山里の
太い柱や梁を使った伝統的な耐雪構造の家はびくともせぬ。
 大雪を計る山里の基準として、雪下ろしの回数がある。一下ろし、二下ろしと数え、例年二下ろしが普通で、それ以上と
なると「でかい雪じゃなぁ、今年は。」となる。
 正月元旦に1mなら、気の早い奴は二日から屋根に上ったりもしたものだが、11日の今日ここまで溶けるとは、我が山
人の感覚では大雪ではない。
 余計なことをほざいていると又大寒波に見舞われたりするので、口ならぬ筆は謹んで置こう。
 とにかく今夜から又雪らしい。


 今朝はe-power4WDで、医院へ向かったオカカである。この車、雪道には強いが、深い雪にはどうだか?


1/10
 今朝はやはり夜具の中で、寒いと感じながら目が覚めたが、時間はもう7:00を過ぎていた。夜具の温みから出ら
れず、ぐずぐずしていたら、朝の目薬のアラートが鳴り、点眼して起き出す。起きるともう寒さは感じなかった。身づく
ろいをし、洗顔歯磨き。外は靄がかかっているがいい天気だ。
 寒中はいつもだが、睡眠が深い。夏場などに比べると目を閉じて目を開けると朝だという程よく眠っている。
 で、体調は良いかというと、そうでもなく、年相応のガタがあちこちにある。まあ、昨日と同じなら善しとしておこうと
思うようになってきた。
 軽く朝食を頂き、玄関先からドローンを上げて、寒中の朝もやの景色を撮影。戸外で操縦しようにも低い朝日がま
ぶしくて、せっかくのFPV画面が見えなくなるので、玄関の日を遮る中まで入り、機体が目視できる位置をキープしな
がらの撮影だ。一見ずぼらに見えるが、これは仕方ない。が、もちろんずぼらもないとは言わない。
 常願寺川から靄が上がって来る。


 朝日が閻魔堂の杉木立にも降り注ぐ。


 機体高度を上げたら鍬崎も見え、遥か彼方に立山の峰々も見えている。


 庭の積雪を、山水が溶かす。我が家の融雪散水だ。


1/9
 今日は爺様の月命日。仏壇にお参りして外の様子を撮ろうと、玄関の戸を開けると暖かく感じた。しかも雨が降って
いる。未だ寒のうちに空から水滴が落ちて来るなど珍しい。この時期空からは雪が降ってきて当たり前なのだ・・・。
 だがこの生暖かい大気(とは言え2℃までは無いだろうが)と雨の所為で、木立はすっかり雪を落とし、家々の屋根
からも雪が地上に滑り落ちてくる。雪など落ちて溶けるに越したことはないが、下手に落下位置にいたりすると怪我を
する。怪我で済まぬこともあるから恐ろしい。
 半世紀以上前の話だが、雪が緩むころ、「人家の軒下に入ってはいけない」と、母や祖母から厳しく言われた。この
落雪事故で、命を落とした子供がいたのだそうだ。これは今でも一緒のことで、親爺も孫たちが雪遊びをしに外へ出
るときは「軒下危ないぞ」と声をかけるのだ。雪国には雪国のいくつかのルールがある。
 小雨降る今朝の山里。山は黒々としてきた。



 閻魔堂の杉木立も 殆ど雪が落ちた。
 

 立山は全く見えない。


1/8
 オカカは新年早々にスリップ転倒で負傷、コルセットをはめての日々がしばらく続く。
 親爺とて医者に行くのが嫌で、大したことのない腰痛と放置していて、まあ健康上の問題というのは年齢相応に多く
なるのが普通なのだ。
 さて、今朝は快晴。青空が広がり、気温もこの後少しずつ上がってくるとの予報である。恐らく雪も幾分溶けるだろう。
 今朝7:00の気温は-5.2℃だったそうだ。夜具の中でも寒さで目覚めたものだ。
 起きて靴下をはき、フリースを羽織れば親爺の身支度は完了。ユニクロのヒートテックの下着に、同じくフリースの薄
手生地で出来た部屋着の上下を着たまま夜具にもぐり込んでいるからで、外出せぬ限り、部屋着の上下に厚手のフリ
ースを着て過ごしているからで、まあこれが一番楽だ。ものぐさな話だが快適である。
 寒い寒いともう1か月、何とか我慢すれば節分だ。節分を過ぎればひな祭りを待ち、弥生の空の温みを感ずるや、立
山の山小屋の小屋開けとなる。
 数年前までは飽いたはずの雪の世界へ、またぞろ入り込んで山小屋暮らし。が、今はそれも過去の話。
 楽隠居の身の上故、春の陽だまりの中で転寝をする事もできるのだ。
 あ〜!未だ寒の中だ。春まで長いな〜!!
 今朝の大日岳。


 「ババ早く元気になって〜」とアンパンマの絵を送ってくれた黒部の孫。 氷柱の向こうは打越山。金毘羅様が鎮座する。
 



1/7
 親爺とオカカの二人の生活に戻って二日目。オカカは昨日のスリップで負傷した手首御診察を受けに町場の整形外
科へ出かけた。銀行へ寄ったり、買い物もしてくる予定だ。
 今朝は正月七日、我が山里では正月の「お飾り」と呼ぶお供え(鏡餅)を下ろし、それを七草に見立てた独特の七草
がゆを炊き頂く。
 毎年書いているが、餅、勝ち栗、干し柿、昆布、みかん等を入れ、七草に満たぬ部分は黒豆や大根なども入れ粥に
焚くわけで、味付けは塩のみ。それでも親爺などには年に一度切りのこの味が美味い・・・否、懐かしく郷愁を誘う味わ
いなのだろう。美味いと感ずる。
 昨夜は数センチの積雪があった。寒中の正月七日である。正月も今日までが松の内という山里だ。


 山里の七草がゆの湯気の中若き父母らの笑顔映りて


 寒中の山里は当たり前に雪の中。


1/6
 昨日、次女と孫息子が東京へ帰った。富山駅の混雑を避け、黒部駅へ送ったが、昨夜から可愛い足音がせずジジ、
ババと云う可愛い声も聞こえないのでさびしい。
 でもまあ、無事パパの出迎えを受け、帰宅したそうで、ほっと一安心したのも事実。
 今朝は晴天ながら気温が低い。放射冷却というやつだ。その所為で辺りはガチガチに凍てついて、慣れているはずの
オカカ迄玄関の石段でスッテンとこけた。背中まで衝撃が走って、しばし動けなかったそうだ。
 親爺の腰痛も一進一退。所謂膝崩れで、階段の上り下りがこたえる。慎重に歩を運ばぬとがっくりと膝が脱力・・・。
 年取るという事はまあそういったことの様だ。
 昨年末、旧知の友人が他界していたことを新聞のお悔やみ欄で知った。今は芦峅寺を離れているが、爺様と一緒に
第一次の南極観測に参加した、故佐伯安治さんの長男で、親爺より一つ年下だった。風の便りで聞くところによれば、
動脈りゅう破裂の急死だったそうで、時節柄家族葬だったようで、欠礼してしまった・・・。冥福を祈るのみ。 合掌
 冬の晴れ間で青空が広がるが、凍てついた山里だ。


 家に帰って、各々の生活に戻った、我が宝の孫たち。ジジの送ったアンパンマンカーやら、ユーキちゃんに貰った
ラプンツェルのぬいぐるみやら、喜んで遊んでいる姿が送られてきた。
    

 青空が広がりつららが下がる玄関先。気温が低く木立の雪も落ちない。




1/5
 今日はこれから、東京へ帰る次女と孫息子を黒部宇奈月駅まで送る。何故富山駅ではないかと云うと、北陸新幹線
の場合、はくたかは黒部でも停まるが、かがやきは停車しない。でも富山からだと2時間と数分で東京に着く。はくたか
は停車駅が多い分、富山からだと2時間半足らずかかるが、黒部からだと乗車時間が10数分短縮される理屈で、我
が家から、黒部へ向かうのと、富山駅へ向かうのは時間的に大差なく、正月だとか、お盆の混雑期は、マイナーな黒部
駅の方が遥かに駐車スペースも多いし、混雑によるトラブルが少ないからである。
 随分わかりにくい、長い説明だが、富山市内の混雑が嫌で、10分余でも東京に近づく黒部駅の方が距離はややある
が時間的には早く、スムースに着く。まあ、高速料金が千数百円はかかるが、一年に一度ばかりのことである。
 晴れ女と呼ばれる次女の事、青空が広がり、雪を溶かしてくれている。
 東京駅にはパパが出迎えている。


 雪遊びをする孫息子。格好は一丁前のエスキモーの息子だが・・・。    ドローンがそばへ寄ると怖いとママの背中に隠れてしまう。
 

 陽が射し青空が広がり始めた。我家の居間にも低い位置から陽光が射しこんでくる。暖かい。
 

 外はまだ氷点下の気温ではあるが、雪が降らない日は心も晴れる。


1/4
 昨日で正月三が日も終わった。我が家にはまだ東京の次女と孫息子がいるから、賑やかではあるが、二日に黒部
の孫娘と長女夫婦は帰ったし、昨日には松本の末娘も帰った。
 末娘は車での移動故、天気予報とにらめっこで、昨日の帰宅となったのだが、今日の雪を見ているとまあ正解だっ
た様な気がする。
 さりとて今日の雪も、さほどひどい雪ではなく、我が山里ならではの雪の様で、標高が200mを下がればもう雨の様
だ。
 昨日はうっかり更新作業を忘れたのではあるが、箱根駅伝の最終10区の我が母校の追い上げに、かなり興奮した
からでもある。後半、芦ノ湖スタート時は9位だったのが、アンカーの頑張りで、なんと5人抜きで4位まで駆け上がった
のだ。しかも3位の駒沢とは抜きつ抜かれつの接戦だったのだから、ロートルOBも興奮した。で、気付けば観戦疲れ、
昼寝が長かった・・・。
 雪が戻ってきたが、今日だけで収まりそうだ。積雪は80cmを割った。


 まあこの程度の雪なら、何という事もない。我が山里の耐雪力は遥かに高い。


 雪景色は本当に美しい。ただしこの程度ならである。庭の雪の大半は屋根から滑り落ちた雪の堆積である。
  


1/2
 昨夕長女夫婦が合流、孫2人を中心に大騒ぎが始まっている正月2日である。ジジババは孫二人と若い連中の
食事準備で大忙し、普段の静かな明け暮れが正月にふさわしい、目出度い喧噪の中に放り込まれた様だ。
 久々の積雪1m越えの山里、芦峅寺らしい正月だがこれ以上の雪はいらぬ。幸い昨日から雪は上がり、今日も
青空が広がっている。孫と娘たちはオカカと一緒に襲い初詣、親爺は毎年の事ながら初詣は辞退。今年は特に腰
痛を引きずっているので、またの機会に立山大権現へは参拝しよう。
 今恒例の箱根駅伝観戦中だが、母校は今年もさえず3区で6位、この後の頑張りに期待するしかあるまいが、強
いライバルが増えてきて、親爺たちロートルOBを興奮させる成績は難しくなってきた。
 今朝は新雪で化粧直しをした大日が美しい。


 玄関に靴が並ぶ。可愛い長靴も二つ見えている。


 つららに朝日が射し光る寒い朝だ。                       雪は幾分落ち着いた。    
 


1/1
 新年明けましておめでとうございます。若干の腰痛を抱えての年越しですが、親爺もオカカも元気に初春を
迎えております。
 皆様には本年もどうぞよろしく。と、一応新年に際し改まった挨拶をさせていただきました。
 で、一挙に通常の絵日記の文体に戻り、日記を続けよう。
 新年で目出度いのだが、何分ドカ雪の下。にっちもさちも行かぬ正月で、親爺などもうとっくに神社への初も
うでなど諦めて久しい。
 オカカや元気な娘たちは多分初詣もするだろうが、このドカ雪の下では・・・。
 という事で、本年もスタートを切った。
 昨年春山の別山乗越から望む日の出。


 我が家も正月を迎えた。


 子供は風の子。こんな雪を見るのは初めての東京の孫は大喜び。


 山里はドカ雪に襲われている。1mの積雪の正月は、実に芦峅寺の山里にふさわしい。
 

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