2023山賊庵絵日記(冬)       新年を迎え項を改めました。



03/31
 弥生三月も今日まで、親爺の頭の中でも冬は終わる。明日になれば卯月四月で、春が始まるし年度も変わる。
で、今日はスノータイヤも入れ替えてきた。そして帰り道では今が満開の常願寺公園の桜並木を車の中から見て
親爺もオカカも大好きな、旧大山町上滝地区にある、常西合口用水沿いの桜並木に回り、車を停めゆっくりと花
を見てきた。
 水の流れに覆いかぶさるように咲く桜は本当に美しい。散る花も水に流れ、微かな花の香が漂う。
 「暖かき水の流れにさくら舞う」と、下手な一句も口をつく。
 いい気持ちで足回りを無雪期仕様に整えた車で、軽やかに帰宅した。


 この用水路の両岸に桜を植えた人たちに感謝。  親爺の足取りも珍しく軽やか
 

 実にいい花見だった。車に乗り込もうと足下を見るとタンポポも咲いていた。
 


03/20
 今日も良い天気だ。昨日あたりから4月のドライブ旅行の計画を立てているが、全国旅行支援のお陰でなかな
か決まらない。旅行前にくたびれる始末だ。何やら不公平感を感じて、どうしても旅行支援をしている地域を探し
て宿を予約しようとするからだ。
 いっそのこと割引や、地域クーポンなどすべて民間に任せ、全国旅行支援など止めればよい。その方が自由に
不公平感も持たず、旅が楽しめるかもしれない。嘗て麻生総理がやったように、高速道路料金の無料化あるいは
大割引の方がありがたい。
 庭のミニ水仙がきれいに花を咲かせた。去年はまだ今頃は雪があった庭だった。


 オカカが摘んできた葉ワサビで作った醤油漬け。爽やかに辛い。    不動山も雪は全くなくなって、春の山になってきた。
 


03/29
 昨日オカカがあまりの天気の良さに、去年見つけた我が家と母の実家の地続きのワサビ田?を見に出かけ、
葉ワサビを採って来た。
 早速去年のメモ書きに従って、葉ワサビの醤油漬けを作った。夕刻に頂いてみたが結構辛くなっている。今朝
も頂いたが、辛みが強くなっている。やはり一晩おいた方が良い。大成功だ。
 で、これに気をよくしたオカカはまた今朝、葉ワサビを一袋ほど採集してきたので、今度は親爺がやってみよう
と思っている。
 春と云うのはやはり良いものだ。
 眩しくて手元コントローラーの画面が見にくいので日陰から操縦・・・。これもドローン写真。


 買い物で上滝方面へ足を延ばしたオカカが、桜の絵を送ってきてくれた。親爺家にいながらの花見である。
  

 親爺はドローン写真で春の立山と雪が解け切り水がぬるみ始めた常願寺川を撮影。長閑だ。
 


03/28
 3月も、今日を入れて4日となった。今日は天気が良くなって青空が広がっている。
 4月になったら、どこかへドライブ旅行に行こうと、それを楽しみに長い冬を乗り切った親爺とオカカだったが、
この冬は雪も少なく、比較的楽な冬であった。
 で、そろそろ旅の予定を立てようと思っているのだが、、例の全国旅行支援クーポンが使えるところと、使えな
いところがあって、なかなか予定を立てづらい。親爺たちのような年金生活者は豪華な宿は左程使いたくない。
ビジネスホテルか公共の宿でよい。ところがこの旅行支援のお陰で、やたら値段が上がった。あらかじめ割引分
を上乗せした料金設定で、これも便乗値上げの一つである。
 それが良いとか悪いとか言う訳ではないが、こういう現実を知ったうえでの旅行支援なのだろうか。まあ、これ
が経済活動を刺激し、停滞気味の流通を促す事になるとの判断はあるのだろう。
 でも上がった料金は下がらない。だから収入も増えねば生活の苦のみが庶民の身に降りかかる・・・。
 学者の考えることが至上のお役人頭。現実の経済効果等をしっかり把握して欲しいものだ。
 偉そうに国民サービスの一環などと思ってもらっては困る。全てが我々庶民の血税なのだ。
 などと云いながら、少しでも条件のいい宿を探しまくる親爺とオカカだ。
 今ちょっと陰ってきたが、今朝はいい天気だった。


 川向かいのスキー場続きの稜線も雪が無くなった。             庭のミニ水仙が陽射しを浴び元気になってきた。
 

 数年前に作ったYS−11、全日空旅客機と日本エアーコミューターの旅客機。埃をかぶっていたので掃除ついでに撮影。
 


03/27
 相撲も昨日、霧馬山の優勝で千秋楽となった。WBCはとっくに終わっている。高校野球も郷土の氷見高校は
1回戦敗退した。
 楽しかったスポーツ観戦の日々も終わった。
 そして3月ももう終わり、山里も春4月となる。
 もうこれで長い冬は終わったわけで、親爺などもう二度と雪の立山に戻ることもないから、温かい春を十分堪
能しながら日々を過ごせばいい。
 4,5日の旅も計画しても良い。東北へ行こうと思っていたが。全国旅行支援などという支援やクーポンを当て
にする様になって、なかなか本当に行きたい場所も選びづらくなって、有利な割引を求めて流れてしまう。
 こんなことを言うのも何やらいやらしいが、旅館もクーポン利用を見越し、料金を上げて高いプランで売ろうと
する、客は財布のひもが固くなっているから高いプランは有難くない・・・。
 政府も其あたりを苦慮するのだろうが、旅行支援の予算などあっという間に底をつく。で、中止・・・継続中と
地域により大きな格差が出て、不公平感が大きくなる。
 まことにありがたい旅行支援なので、全国に支援が均等にいきわたるように継続してほしい。
 今日は旅を計画してみようかな。
 とにかくいい季節になってきた。
 庭のつくばいに山水が戻って、春が来た。


 イチョウはまだ冬枯れの姿をとどめているが、隣の欅は心持青々としてきたような気がする…。


 オンバ様像が8体も帰ってきて少々窮屈になった閻魔堂。仏像や彫像が苦手な親爺はまだ、
ご挨拶にもいっていない。



03/26
 今日も雨、少し肌寒い朝だ。
 が、我が家は賑やか、昨日から黒部の孫が来ているからだ。
 今日は祖母の月命日。孫と一緒に仏壇をお参りする。孫はろうそくを立てたいし、鈴を鳴らしたいのだ。
 ろうそくを立てると「明かりをつけましょぼんぼりに・・・」と歌いだす。思わず吹き出すが、仏壇の向こうでは
祖母も、目を細めて喜んでいるように思えた。純粋な無邪気な歌は名僧の読経に勝る。いいお参りができた。
 晴れていれば外での遊びもできようが、寒い雨の春先、屋内で一生懸命遊んでいる。
 明日辺りからは晴れるそうだが、寒くて親爺はまた冬用のごついフリースを着こんでいる。
 雪は全くなくなったが、今朝の山里は肌寒い。


 閻魔堂の当たりも雪は全くなくなった。                    ミニ水仙が早く咲いてくれると嬉しい。
 


03/25
 朝はガスに包まれ昨夜からの雨もまだ降っていたが、10:00現在少しずつガスも切れ始め、雨も上がった。
ただ、気温は昨日などと比べ低い。8℃あるだろうか。
 黒部の孫が来るので、昨夜ジジにリクエストされた、お昼のクッパと、夜のラーメンを準備している。気まぐれ
お姫様ゆえ、直前で変わることも有るが、大甘ジジには全く苦にならない。なんでも作ってやる。
 夜はまたジジの寝床に潜り込んできて、オオカミと7匹の子ヤギの絵本を読ませるだろうし、可愛いおしゃべ
りをしてくれるだろう。
 もう到着が待ち遠しいジジである。
 庭のミニ水仙が、雨ぬ濡れながら花のつぼみを膨らませている。
 ”春となる夜ごとの雨よ 降り濡れて 木の芽は緑の灯のごと” 
 確か中学の国語の教科書に出ていた和歌だが、いくら検索しても出てこない・・・・・。


 朽ち倒る 老い桃の枝 手折り来て 花瓶にさして 花二輪咲き        まだ肌寒い山里の春、立山は全く見えない。
 


03/24
 昨日はWBCも終わった後で、何となく気抜けした状態だった。
 相撲でも郷土の力士、朝之山が情けない相撲を取り、幕内とは言え、調子の悪い若手の王鵬にまさかの敗北。
勝った王鵬自身が「どうして買ったのか記憶にない」と云うほどあっけない負けを喫したのだ。
 自分の相撲が取れないと云っていたが、まわしこだわりすぎ、立ち合いの当たりも弱い。まわしを取りに行く事ば
かりに気が行っているから、わきが甘くなり、早い相撲を取られるともろ差しを許したりしてポカをする。
 いい体を生かし、かち上げから出足をつけ土俵際へ追い詰めれば、ちょっとやそっとでは負けないはずだが、こ
の人はバタバタすると直ぐミスをする。落ち着いてここぞという場こそ一気に行け。その緩急自在を身に着ければ
横綱は間違いないはずだ。
 夜半には雨が強く降りだし、少し気が滅入る。
 久々に数年前に買って読まぬままにしていた、光人社の戦記物を取り出し読み始めた。文庫本で、最近愛用の
電子書籍ではない。活字が細かい。が、十分読めるし、目が慣れてくると快適に、読み進める。
 内容が面白い。敗戦を知らず昭和30年までニューギニア山中でサバイバル生活をした方たちの記録だ。
 昨夜はというより、今朝は午前2時まで読みふけってしまった。
 久々の本、活字が細かいのは狭い紙面に大量の情報が入っているという事。たっぷり残っている未読ページの
量感を手に感じながら、「本」を読んでいると、若返った気分になる。
 氷見が一回の表、1点を先取した。
 ヤンジーがくれた桃の枝に、一輪花が開いた。
 

 山里は濃いガスに巻かれ薄暗い。                       窓際の過敏に射した桃の枝に、次々と花芽が膨らむ。
 

 久しぶりに文庫本を読む。活字の細かさに驚くも、苦にならぬ。   頂き物の豆を挽き、コーヒーを淹れて飲む。文庫本に珈琲・・・良いね!!
 


03/23
 昨日でWBCも終わった。日本の優勝、何と14年ぶりだそうな。嬉しい幕引きだったが寂しくなった。
 3年後を待とう。
 今日は予定通りなら、春の選抜高校野球、富山の氷見高校の試合がある。楽しみにしていたのだが悪天候で中
止になってしまい、オカカは早々と買い物に出かけた。親爺は留守番で、BS番組を淹れたら丁度「大草原の小さな
家」をやっていて、大人のローラーが出てくるシリーズの終盤ごろのもので、見ると話しに見ていたら何時の間にか
引き込まれ、最後まで見てしまった。
 ローラー・インガルス・ワイルダー原作のこのアメリカの開拓時代の物語は、原作は本で、親爺もほぼ全巻読み漁
り、楽しんだものだが、テレビでマイケル・ランドンが作成したドラマシリーズもほぼすべて見た。
 実に心休まる良き時代の物語なのだが、実際の開拓時代の生活は苦労の連続だったようだ。日本のドラマの名作
「おしん」の山形少女時代の実家の生活にも共通する部分が多い、食うや食わずの生活の中、父さん母さんの苦労
は凄まじいものだったろう。
 少女時代の思い出を書き綴った作者は、すでに50歳を過ぎていて、自らの生活も安定してきていたからだろう。
 楽しい思い出ばかり、例えつらくとも、辛いとは感じない少女の目で見た当時の生活が綴られていて、やがてベスト
セラーとなってアメリカのみならず、諸外国でも読み継がれて行くことになった。
 懐かしい昔の思い出とは、そう言ったものかもしれない。
 天気が下り坂になってきた。大日はまだ見えているがめっきり雪が減っている。


 ヤンジーが持ってきてくれた、折れてしまった桃の老木の枝を水を入れた花瓶にさして置いたらもう花芽が膨らんできた。
 これは部屋の中で桃の花が見られそうだ。
 


03/22
 WBC決勝を見ながらの更新だ。日米対決は実力伯仲、気が抜けない。5回表が今始まる。米国先行で、今の処
3体1と2点先取している日本だが、気が抜けない。5回の表、何とか切り抜けた。裏は攻撃だ。
 もう更新の余裕がないのでここまで。山里はいい天気だ。
 心平撮影の剱御前小舎。小屋の裏にも雪がない。


 昨日となりの優しいヤンジーが、折れた桃の枝を切って持ってきてくれた。赤いつぼみが沢山ついている。
 オカカが水を入れた花瓶に立ててくれた。窓際に置こう。
 

 天狗平から室堂平。全般に雪は少なめ。                   窓際に置いた桃の切り枝。赤い芽が確認できる。
 


03/21
 WBCの準決勝を朝から放映しているものだから、気が散って仕方ない。
 今日の山里は高曇りながら山も見える。
 親爺はテレビにくぎ付けで、予想以上に強いメキシコに瞠目している。3点を先取されて4回の表に入った。
 メキシコも大リーガーが沢山いる。日本有利との下馬評だが・・・。
 野球観戦に集中しよう。


 何ともぼんやりして天気だが、又青空が戻ってくるだろう。          WBCゲームの観戦で何も手につかぬ。
 


03/19
 快晴の日曜日だ。例によって物干場との仕切戸を開け、温室効果で温まった暖気を居間に入れている。温風
ヒーター一台分の温かみが居間をじんわり温めてくれている。室温21℃、もちろんストーブと床暖も稼働中。
 芦峅寺観測点では9:00現在の積雪0、気温4.5℃といったところだが、陽射しが強く気温もぐんぐん上がって
いる。最高気温こそ12,3℃だろうが実際はもっと温かく感ずる。
 東京で孫の子守をしているオカカだが、さっきテレビ電話がかかって来た。
 腕白小僧は3歳児、今がオシリ、チンチンの面白時期で、ご飯何食べた等と聞くとウンチ食べたと返ってくる。
そのたびに何か反応してやるとゲラゲラ笑って機嫌が良い。
 高校野球の選手が1塁に出て、ペッパーミルパフォーマンスをやって、塁審に注意されたと云う記事を読んだ。
親爺など何を固いことを言ってるんだ石頭高野連の審判はと思ったが、よくよく読んでみると相手のエラーで得
た1塁だった様で、なるほどこれは審判の注意は当たっていると思った。
 が相手は高校生、3歳児の下ネタ時期にもさほど変わるまい。自分の運の良さにガッツポーズ代わりのペッパ
ーミルパフォーマンスをやっただけだ。
 WBCの大会でオールジャパンが大活躍、ヌートバーの在籍チームで流行っていると云うペッパーミルパフォー
マンスがそのオールジャパンチーム内でも流行った。
 日本の野球ファンが大喜びの中で何ら他意なくそれをまね、喜びの表現としたに過ぎない。
 高校生がそれを真似たとしても、可笑しくは無いと思ったが、何より心身鍛錬と礼節を重んずる日本高校野球
連盟様である。
 時代は変わっている。いつまでも石部金吉では、そのうちに胡椒挽きで挽きたての胡椒をぶっかけられ皆にそ
っぽを向かれるかもしれない。
 立山は今日は最高の天気だ。


 食い意地の張った親爺に、オカカが留守中のおやつ、揚げかきもちを作っておいていってくれた。


 去年まで親爺を楽しませてくれた桃の老木はついに力尽きた。      青空にイチョウや欅の木々ものびのびと枝を伸ばす。
 


03/18
 いやいや寒くなった。9:00の気温が4℃しかない。居間も床暖にストーブを焚いて19℃である。
 暖かさに慣れた体が寒さに縮こまる。
 今日オカカは上京。孫の子守である。東京の次女がどうしても外せぬオンライン会議があって、8:00〜13:30
までかかるので、千葉のお義母さんに子守をお願いすることになっていたのだが、お義母さんが体調不良で来れ
なくなって、婿殿も外せぬ勤務があり、オカカが上京する事になったのだ。
 次女は我が家でもWIFIが使えるから孫を連れて帰省すると云ってきたが、僅か2泊するだけに孫を連れての長
距離移動は大変だろうし、オカカが行くことになった次第。
 その間親爺が留守番だが、こっちは全く問題ない。
 あいにくの雨、余り一人で上京したことがないオカカ故、大変だろうが次女が孫と一緒にホームまで迎えに来て
くれる予定である。


 雪ではないが冷たい雨。気温も一気に低くなった。間もなくオカカを乗せて駅に向かう。
 


03/16
 これから天気が下り坂になるそうだ。今朝も陽こそ射しているが高曇りの空である。が、気温は9:00で15℃
程もあり、温かい。
 昨日大相撲で、郷土力士の朝の山が、逸ノ城に敗れた。二人とも今は十両に下がっているとはいえ、幕内
優勝の経験者である。土俵際で最後の詰めが巨漢逸ノ城の捨て身の打っちゃりに敗れた朝之山だ。下手な幕
内の取り組みよりも予ほど迫力があり、面白かったが、負けは負け。が、朝之山には開き直って頑張ってほしい
ものだ。
 綱を狙っている貴景勝もやはり不安定ですでに2敗。昨日こそ星を落としたが復活したような生き生きした相撲
を取っている、正代から目が離せない。
 今夜はまたWBCの準決勝。イタリアを相手に日本がどう戦うのか、大いに期待している。
 自分はもうほとんど身体を使う遊びはできぬので、見る方に回って楽しんでいるが、相撲などは若い頃村相撲
によく引っ張り出されたので、テレビの前で夢中になっていると自分の身体が動いてしまう親爺だ。スズメ百まで
踊り忘れず・・・よく言ったものだ。
 立山は見えている今朝だ。


 可愛い孫二人、黒部はいちご狩りでお顔と上着が・・・。東京は葛西海浜公園でお魚釣りごっこ。二人とも元気!!
 

 ジジババの家も雪が無くなった。


03/15
 今日も暖かい。10:00現在で気温は15.4℃、積雪もゼロとなった。もちろんこれは観測点での話。日陰や吹き
溜まりにまだ雪はたっぷりある。しかし今冬はなんと潔く終わったことだろう。3月の半ばに、雪が殆どきえたの
だから。
 立山の山小屋商売ともすっかり縁が切れて、小屋開けの春山入山も全く縁遠くなった。
 小屋は大丈夫だろうか、入山ルートの雪の具合はどうだろうか、スタッフの確保は・・・・・と云う心配も全くなく
なった。
 身体にしみ込んだ習い性で、全く余計なことながら日々山を眺め、あれこれ考える。気が付くと山を眺めている
事も多々ある親爺だが、これは旅立つ日まで、続くだろう。
 今日も立山はきれいに見えている。
 天狗山の向こうに雄山主稜線。


 我家から見える大日岳。                            村はずれから見える鍬崎山。
 


03/14
 快晴で、温かい日だが10:00現在の気温は6℃弱だ。それでも観測点の積雪は10cmを下回り、いよいよ春
だ。だが日陰や、吹き溜まり、排雪場ではまだ雪がたっぷりある。
 大いに楽しみ、冬のうっ憤を晴らしてくれたWBCの侍ニッポンだが、明後日の準決勝まではまだ時間があり、
にわか野球ファンになった親爺とオカカは台湾で行われる準決勝を楽しみにしている。相手はイタリア、ここも
中々の曲者らしい・・・。
 今は大相撲に集中しているが、郷土の力士朝之山は、今の処取りこぼしもなく調子が良さそうだ。実力は十分
あるのだが、お人よし好人物らしい取りこぼしが多いので心配もある。気を抜くなよ!
 まだ二日目だが、令和の怪物、落合が大相撲入り初の黒星を喫した。相撲は負けて強くなる。たかが1敗でへ
こんではいけない・
 瞠目したのは正代。大関、三役という荷が重すぎたのだろうか、平幕に落ちた今場所の出足の良さはどうだ。
霧馬山、豊昇龍というモンゴル出身の、伸び盛りの強い関脇を二日続けて粉砕した。
 熊本の皆さん、特に正代おばあさんの喜びは大きいだろう。
 綱取りと騒がれる貴景勝、心情的には綱をつかんでほしいと人一倍願う親爺だが、如何だろうか。
 貴景勝の相撲は押し相撲特有の不安定さに加え、貴景勝の直ぐに引いたりいなしたりする癖が気になって仕
方がない。強い時は相手を瞬殺する馬力が目立つが、ちょっと長引く相撲は、もういけない。
 同じアンコ体形でも北の湖の相撲は強かった。ぶちかましから変幻自在、押して良し、組んで良し。実に多彩な
技も持ち、大横綱と呼ばれるまでになった。
 貴景勝には横綱になってほしいのだが、横綱になった貴景勝の相撲生命は決して長くはない・・・。
 ああ、だれか絶対安定した真の実力を備えた、日本人横綱は出ないものか。
 朝之山に過重なペナルティを与え、力士生命を短くしてしまった、相撲協会の保身だけの愚かな親方衆に腹が
立つ。大関と云えど若者が、夜の巷に誘い出され、見つかり、嘘をついたとはいえ、1年の出場停止など馬鹿らし
い。親方衆が若い時分は皆聖人君子然と、協会の指導通りに、規則やぶりはしなかったのか、嘘はつかなかった
のか?「時代が違う」と逃げ口上は決まっている。思い出せば本当に腹が立つ。理不尽ここに極まれり。
 朝日を受け大日岳が聳える。まさに朝之山だ。


 庭に出て探したら、ミニ水仙が葉を延ばしていた。


 大日の山頂から早乙女岳に伸びる稜線が見える。この稜線は文登研前進基地のある人津谷上部に続く。
 そして人津谷から続く稜線を経て大辻山に至り、やがては目の前の不動山にも続く。
 

 昨日の雨で杉木立の花粉は皆流されたと思うのだが・・・。


03/13
 今日は婆様(母)の月命日。仏壇に燈明と香を上げお参りする。
 閻魔堂では姥尊像の「お召替え」だ。尊像にせかけてあった古い衣を、着せ替えるのだ。
 女衆が閻魔堂でさらしをを裁ち、縫い上げたばかりの新しい衣は、尊像に着せる前に雄山神社にある開山堂
でお祓いを受ける。閻魔堂では僧侶が来て仏事を執り行い、開山堂では神官が神事を執り行う。
 立山信仰の本来の姿をとどめる行事である。
 きょうはあいにくの雨だが、杉花粉で並行していたオカカなど、ちょっとホッとしている。花粉も雨に流されるの
だろう。
 昨日でWBC第一次リーグが終わった。日本は圧倒的な全勝で準決勝に進んだ。
 4日間続いた野球中継を愉しんだ親爺とオカカだが、準決勝は16日まで無いので、少し寂しくなった。が大相撲
3月場所が昨日から始まり、我が郷土力士、朝之山は余裕の初日白星発信である。
 十両東筆頭だが、実力はこの辺りに置いておくのがもったいない大関クラスである。”身から出ました錆ゆえに
・・・”と、一年間の出場停止を喰らい、めげそうになる自分を周りの力強い励ましで、特に現高砂親方(朝赤龍)
に諭され、励まされ、ここまで戻って来たのだ。
 実力はあるのだからここから再スタートだ。大関ではない、横綱を目指せと現八角理事長にも言われている。
 ここはいかんなく実力を発揮し、白星を重ねてゆくしかあるまい。
 何もできぬが、オカカと二人、テレビ桟敷で手に汗握って応援している。朝之山頑張れ!!
 雨の降る月曜日の朝だ。


 雨が雪を溶かし杉花粉を洗い流し落ち着かせてくれる。閻魔堂は姥尊のお召替えで朝から明かりがついている。
 

 オカカのバックが可成り傷んだそうで、新しいのを買ったから捨てるのかと思ったら、きれいに洗い、これから
底の四隅を補修するのだそうな。女性でも気に入った道具は捨てがたいのだろうか・・・。


03/11
 昨夜もオカカと二人、WBC日韓戦を見た。
 先発のダルビッシュの調子が上がらず、3点を先取された時には、流石下馬評通り韓国は強いと思った。が、
なぜか負ける気はしなかった。そしてその裏、直ぐに4点を返し逆転した。
 まあ、23:00過ぎまで続いたゲームは、あわやコールドゲームかという処まで韓国を追い詰めたが、13対4と
云う決着を見た。
 日本チームは強い。そのチームを鼓舞し、引っ張りファインプレーを見せるヌートバーは素晴らしいガッツマン
だ。ファイトむき出しのプレーが気持ちよい。父上がアメリカ人、母上が日本人。中国との初戦には母上のご両
親である、お爺様、お婆様も試合観戦にいらしていて、親爺やオカカなどそれを見ただけでヌートバーの好プレ
ーを祈ったものだ。
 昨日の韓国戦でもヌートバーは好プレーを連発。ヒーローインタビューを受けるに至った。
 ご両親こそ昨日も来ていらしたが、ご老体二人は姿が見えず、恐らくどこかでテレビ観戦しておられたのだろう
と推察したが、孫の晴れ姿にどれだけ嬉しい思いをしたことだろう。
 今夜もチェコ戦が放送される。少し昼寝しておかねばなるまい・・・。
 雪は随分解けたが、村はずれにはまだこんなに雪が残る。


 今夜もWBCを楽しみにしているが、観戦するには少し昼寝しておかねば身体が持たぬ・・・。
 


03/10
 昨夜はオカカと二人、テレビで野球観戦をした。
 親爺もオカカも野球にはほとんど興味はないので、高校野球くらいしか観ることは無いのだが、各国代表で競う
国際大会WBCには興味がある。
 しかも二人とも可成りのミーハーなので、たまにニュースで観る、大谷や村上等の有名な選手にはそこそこ興味
を持っており、しかも国際大会という事でテレビで観戦したのだ。まあ、五輪競技を見る愛国者となる訳だ。
 いや面白かった。実に面白かった。
 大谷という投打二刀流のスーパースターの存在を、試合を見ながら再認識した。この選手は生来の才能と努力
によって獲得した実力もさることながら、神がかった様な運にも恵まれている。
 満塁の状態で打順が巡って来ること、そしてそんな中でホームランこそなかったが2塁打を放ち力を見せつける
こと、投手としても4回投げて塁に出した相手選手は一人のみ・・・。
 生まれながらにスポットライトを浴びる機会に恵まれているのだ。実力とそれを発揮する輝かしい舞台が、何時
の間にか巡りくる強運はこの人の力なのだ。
 すべてが大谷という野球選手の不断の努力とそれで備わった実力だけの結果ではない、と確信した。
 もちろんチームプレイの野球、他の選手のファインプレーも枚挙に暇ないのだが、ホームランを放った牧、素晴
らしいファインプレーとファイトを見せたヌートバー、守備の神様の面目躍如の源田・・・・・野球音痴の親爺とオカカ
だから初めて見た選手なのだが、顔も名も覚えてしまった。
 今夜も韓国との試合だ。冷え切った両国関係とは関係ない処で、良い野球を見せて欲しいものだ。この後直ぐに
両国の首脳会談も予定されていることだし、オカカと二人で二度ほど訪れた韓国では、嫌な思いなど一度もしなか
った。むしろ親切に友好的にお世話を頂いた思い出ばかりだ。
 今夜はやはり日本チームを応援するが、韓国では韓国チームを応援するだろうから、それは五分五分。
 面白い試合を期待しよう。
 昨夜の雨で、親自宅の車庫の屋根にも雪が無くなった。


 車庫だけではない。庭の雪もほとんど消えてしまった。春だ。オカカが玄関先に干支のウサギと艶やかな花を飾った。
 

 向かいの、高橋家も屋根の雪は完全に消えてしまった。


03/09
 爺様(父)の月命日なので、仏壇に燈明と香を上げお参りした。その後、オカカから閻魔堂にオンバ様(姥尊像)が
8体、元立山博物館の学芸員だった福江氏の尽力で戻ったと聞いた。地元紙北日本新聞に出ていたらしいが、生憎
我家は読売新聞なため、見ていなかった。だが、ネットで紹介されていたため、オカカがそれを見て親爺に教えてくれ
たのだ。
 そういえば、明治の廃仏毀釈では、それまではごく当たり前だった神仏混淆が、時の政府により罷りならぬとなった
訳で、立山信仰などもこの神仏分離令にひっかかり、それによって生きてきたわが村もずいぶん泡を喰った事だろう。
 で慌てていろいろ手を打ったがらしいが、立山信仰は衰退し、村も貧乏をし、背に腹は代えられずで、仏の範疇に入
るオンバ様像(姥尊像)をあちらこちらへと叩き売った・・・らしい。
 その後、立山信仰も登山という概念が西洋から入り、立山は信仰修験の場、サンクチュアリーから、信仰抜きの登山
の対象の山岳エリアへと移ろい、立山信仰の村は立山の登山基地、立山の山案内人の村と移り変わって行った。
 そして現在、我が芦峅寺の山里も少子高齢化により人口300人を割る限界集落となってしまった。
 立山に関わり生計を立てている者もわずか、立山信仰の事々も大半が忘れ去られている。
 そんな最中のオンバ様のお帰りである。村人の末席にあるものとして嬉しくないはずはない。
 しかし、三昔ほど前に同様の事があり、まだ元気だった村は、村を上げて大々的なお迎え行事を行ったものだ。
 そんなことを思い出すと、現在の村の衰退へと想いが飛ぶ。
 ああ、限界集落・・・・・デアル。
 さて、この冬は雪が少なく、予想外の暖冬だったが、ここ数日、実に暖かい晴天が続いている。この天気も明日には
崩れそうなので、オカカと二人一寸ドライブをして、庄川に鮎を食べに出かけた。
 いつも鮎を食べに行く店が3月1日から営業を再開したとニュースでやっていたのを見たからだ。
 11:00の開店を待ち入店。早速美味い鮎を頂いてきた。
 まだ口開けで、焼き始めたばかり。いつもはぐるりとこの炭火の回り一杯に鮎の串が並ぶ。


 焼き上がって来た鮎を、親爺とオカカ各5匹ずつ、大満足して頂いてきた。
 

 まだ食い気は衰えていない親爺だが、流石に量が食えなくなった。でも今日は完食!!
 


03/08
 今日も暖かいそうだ。昨日は青空がすっきり出ていたが、今朝は何やら黄砂が来たかと思わせるような、黄色っ
ぽい靄に包まれている山里だ。
 でも黄砂はまだ来ていない様だし、黄砂なら辺りの雪も少し黄ばむはずだがそれもない。
 では、やはり杉花粉だろうか。オカカは事前に耳鼻科から薬をもらってきて対策しているので、今の処大丈夫だが
親爺は少し目がかゆく、鼻水も出ている・・・。
 またPM2.5等という超微細粒子などもある様だがこれが大気の色を変えるとなるとちょっと怖すぎるし・・・。
 と、考えると今朝の山里の黄ばんだ様な靄は、杉花粉かもしれない。
 まあいずれも有難くない代物だが、閻魔堂の杉木立が赤っぽくなっている。
 ”待ちかねし春は気にけり山里に杉の木立の息吹とともに”


 高度40mから望む今朝の山里。杉のじつに多い集落だ


 春は来たが、隣家の桃は折れてしまった。


03/07
 天気予報を見ると、まだ6日もお日様マークが続き、気温も最高気温は15℃を超える日ばかりだ。
 今冬もラニーニャ現象で、寒く降雪量の多い厳冬になると予想されていたが、12月半ばから1月にかけてはかなり
の寒さだったし、それなりの雪も降った。が、1月末以降は比較的単発的な降雪があっただけで、長く降り続くことが
少なかったため、雪に降り込められるような状況も、物流が途絶えると云うような状況も殆どなかった。
 予報はいい方向に外れてくれて、我が山里でも屋根の雪下ろしなどする家は殆どなかった。
 そして、もう弥生7日である。あと二日もすれば「山の神様の祭り」だ。
 昔からこの祭りが終われば、奥山に入ってもいいと云われている。
 雪も落ち着き、雪崩の危険もぐっと低くなるからだろう。しかしこれも今は昔の話、立山アルペンルートなどは一月
も前から大きな機械力を導入して、除雪作業に入っている。
 世の中は変わり、山の神様もなかなか居所が無くなってきているのではなかろうか。
 今日の大日だ。雪は少ない。


 庭も少しずつ雪が開いて来た。もうどのくらいしたら、ミニ水仙や勿忘草が出てくるのだろうか?
 


03/06
 今日もまた良い天気で、春が来たとしか思われぬ。が、雪はまだまだいたるところに積もり残っているし、気温も
山里ではせいぜい12〜3℃止まりだ。
 今朝はオカカと二人で、村はずれにフキノトウを探しに行った(親爺は写真撮影だけ)が、収穫ゼロ。そのまま立
山駅(千寿が原)、川向に入って原集落(旧極楽坂スキー場)を巡り立山大橋を渡って帰ってきた。
 昨日は少し賑わった様だが、月曜の今日はもう賑わいは無くひっそりしていた。
 大日が良く見えたが、少し靄っている。


 親爺の孫たちは昨日途中で別れ、黒部は列車に、東京は自宅へ着くやお昼寝。
 二人とも無事それぞれの家に帰り着き、ジジババにテレビ電話や音声メールで「楽しかったよ〜。」と報告。
 

 ジジババのお家も雪が殆どなくなったよ。お休みには二人ともまたおいでね。鍬崎もすっきり。
 


03/05
 良い天気が続いている。今日も快晴で温かくなって、弥生初旬の天候とは思えぬ山里だ。
 昨日から合流して楽しい時を過ごしている孫たちだが、写真やら動画が次々送られてきて、ジジババも居なが
らにして、一緒に遊んでいるようだ。
 ジジがやった100円玉各30個は恐らくママたちが確りコントロール、普段の倍以上は遊ばせてもらっているだろう。
 孫たちは愉しんでいればそれでよいが、ママたちはかなり大変だろう・・・。
 山は一寸もやったように見えている。春の山だ。


 お姉ちゃんはスイミングスクールの蛸組さん。 お兄ちゃんは常磐ハワイ仕込みのベテラン。楽しいね。
 

 たっぷり泳いだ後はゲームセンター。軍資金はジジからもらってある・・・。


 部屋の正面に花火が上がった。お姉ちゃんは大喜び。お兄ちゃんはちょっと引いてしまった。
 


03/04
 祖父と義母そして叔母の月命日だ。仏壇を開け燈明と香を揚げお参りする。
 朝方は高曇りの空で、やや肌寒かったが10:00前後から青空が広がり、かなり高い位置になった太陽から暖かい
陽光が射してくる。
 寒いと思って又ごつめのフリースを着こんだら、とんでもなく暑い。着替えるのが面倒なので前ジッパーを大きく開
けて胸をはだけている。
 孫たちが合流して、これから早速プレイランドへ向かうらしいが、もう仲良く競り合っている動画が送られてきた。
 2歳ほど年上なので、お姉ちゃんが譲っているが、3歳は今が腕白盛り。それでも楽しそうにしている孫たちだ。
 こちらもオカカが買い物から帰って来た。土曜日が特売の日なので、混んでるが頑張って買い出しに行くオカカだ。
 昨日は雪乃花が咲いていた木立も好かり雪を落とし、雲間から射す陽光を受け様と目いっぱい枝を伸ばしている。 


 列車で移動中のお姉ちゃん。退屈せぬようにタブレット持参。     明日のプレイランド行が嬉しくて喜びの舞を舞うお兄ちゃん。 
 


03/03
 今日はひな祭り。我が家のお雛様は仕舞ったままで、顔を出さなかったが、黒部のお姉ちゃんはお雛様を飾って
貰い大喜びだった。
 今日はお出かけだそうで、昨日の晩に前倒しで、雛祭りをしたそうだ。
 大喜びしている写真や、お雛様の歌を上手に歌う動画が送られてきた。東京のお兄ちゃんもお雛様を描いたそう
で、その力作が送られてきた。3歳児としては上出来である。
 お雛様もこの位のサイズが一番良いようだ。
 もう嬉しくてたまらぬ我が家の姫である。


 明日は正月に会えなかったので、合流して遊ぶ予定だそうな。二人とも楽しみにしている。
 

 東京のお兄ちゃんも上手にお雛様を描いた。未満児としては上出来だ・・・。

 
 今朝の山里は凍てついている。でも雪はもう解け始め又すぐに春めいてくるだろう。
 


03/02
 昨夜、食事を終え居間に戻って来るや、ドーンと大きな音を立ててものが落ちた・・・。一瞬なんだと身構えたが
何と立山の絵が、壁から落ちたのだ。
 大きな木製額に入れられた油絵で、爺様(父)が、昭和32年、南極観測隊員に選抜された時、東京芦峅会と云
う、我が芦峅寺出身の東京在住者の会から送られたものだった。
 何時しか親爺の勉強部屋?に掛けられ、家を改築後は、居間に掛けられていたもので、馴染み深い絵であった。
 ガラスが割れたが、額もわずかに傷ついただけ、そして肝心の絵は無傷だった。下でストーブを焚いているので
吊りひもがいつの間にか劣化、切れたらしい。一旦片付け、しまい込んだが気になる。
 何分爺様ゆかりの絵であるし、無いと寂しい気がする。で、オカカが自分の刺繍を入れていた額縁を提供してく
れ、絵のサイズがピッタリなので、入れ替えた。
 額縁はかなりスリムなステンレス製、前面ガラスも特殊なアクリルボードだ。かなり軽量になったし、下げひもも
専用の劣化しにくいものに取り換えダブルにしておいた。
 部屋に絵が戻ったのは昨晩の中。これで落ち着いた。件の木製額縁はしまい込んでおいたが背板に由来書き
がある。やがて復元できればしてみよう・・・。
 でも孫たちが遊びに来て遊んでいる上に落ちたのではなくてよかった。
 重い額は当分使わないでおこう。


 今朝からまた雪になった芦峅寺の山里である。寒の戻りとも言えぬ、一過性の天気の崩れだろう。
 

 雪降りはもう十分見飽きている・・・。



03/01
 待ち焦がれた三月となった。今日もいい天気で温かい。立山もよく見えている。
 朝食後庭へ出て、早速ドローンを上げて見た。屋根の雪を見るともう薄くへばりついているばかり。落雪の心配
ももう無さそうだ。
 三月の山里の様子を撮っておこうと、ドローンを地上高度5〜60mまで上げ撮影した。
 昔なら航空写真など珍しく、大騒ぎしてみたものだろうが、ドローンの出現で実に楽に撮れる。
 オカカと二人、親爺がラジコン飛行機をやっていたころの話になった。「大きな飛行機にコンパクトカメラ積み込
んで飛ばしてたね。」「それも一枚シャッターを押すたびに着陸させて、フィルムの巻き上げしてたな・・・。」
 墜落大破を考えると使い捨てカメラ(ウツルンデスなど)を搭載することしか出来ず、かなり上空まで上げて撮ら
ないと、落ち着いた写真は撮れなかった。シャッター速度も一定だったから絵が流れた・・・。
 それでもそんな写真が現像から上がってくると、1枚か2枚はそれなりに見られる絵になっていた。皆で大喜びし
て見たものだ。いやいや隔世の感がある。懐かしい。
 で、これが今朝撮った「弥生朔日の山里」である。


 物干場の仕切り戸を開け居間に暖気を取り込む。室温はあっという間に23℃になった。


 打越山も雪は無くなった。


 常願寺川も開いて、雪代水が流れる。今日からイワナ解禁だ。


02/28
 早朝こそ放射冷却で少し凍てついていたが、如月晦日の今日は、山里ですら暖かく感ずる。10:00現在の気温
が11.6℃・・・観測点の温度計が壊れたのではなかろうかと疑った。が、ごついフリースを着ている親爺、薄いフリ
ースに衣替え?せねばならぬ程の温かさだ。
 今堪らずフリースを脱いだがまだ十二分に温かい。普段は20℃程の室温がすでに22℃だ。


 今冬の最大積雪は120センチ余りと記憶しているが、それも瞬時の事で、大体が90センチほど、実際には60セ
ンチ前後だった様だ。観測点では70センチ余りの数字が出ているが、それより実際は10センチほど少ない。
 積雪量は一概に言えぬものだ。山小屋現役時代に、お客さんからどのくらいの積雪ですかと聞かれて困ったも
のだ。剱御前小舎の前などコルの風の通り道だから雪は少ないが、剱御前小舎の裏は吹き溜まりで3〜4mは積
もっているのだから、室堂平で8mなどと気軽に言うことはできないのだ。複雑な地形で大きく変わる。
 まあ、明日から弥生三月。雪の心配も余りせぬでも良さそうだ。
 大日が美しく光っている。




 我が山里の如月晦日。なんと11℃を超える気温となっている。我が家の車庫の屋根の積雪もわずかだ。
 


02/27
 快晴の朝は、放射冷却現象で凍てついた。が、10:30を過ぎたころから気温もぐんぐん上がり始めている。多分
外気温は5℃を超えているだろう。
 朝一で、朝之山再入幕ならずのニュースを見たが、悔しいがこれはこれでよい結果かもしれぬ。なにせ6場所も
の相撲協会の気まぐれとしか言えぬ、理不尽な出場停止を喰ったのだから、いくらその実力が衰えてはおらぬと
証明しても、たまの取りこぼしもあるし、決して盤石な状態ではない。もうひと場所再起に向け身体ならし、相撲勘
の戻りを待つ機会を得たと考えればよい。
 一番伸び盛りの、横綱筆頭候補の1年間を奪われたのは何とも取り返しがつかぬ。小汚い親方連中の利害優先
の裏取引でもあったのではと勘ぐらせるに十分なスキャンダルがあちこちから噴出している。そんな中での朝之山
の大しくじりであった。若いのだからと許してくれる度量のない相撲協会の自称幹部連中。自分が若かった時を思
い出してみろ・・・。
 3月場所こそのびのび相撲を取って、実力を発揮し、堂々と5月場所に再入幕をしてほしい。体調管理、怪我だけ
は十分気を付けて。そして夜遊びはさらに十分気を付けることだ。
 毎日またドキドキしながら、親爺とオカカ二人で朝之山の相撲を応援することだろう。朝之山の実力は十分あるの
だが、相手を土俵にたたきつけてやるぞと云った、闘志がもう少しむき出しになっても良い。
 とにかく応援しているのだ。頼む関取、負けない相撲を取ってくれ。
 縁側の雨戸をすべて繰った。外は雪ばれ、春は近い。


 昨日の孫たち。孫娘はジジババの家の庭で雪遊び。孫息子はママとトレインカラオケ?とかに行って大喜び。
 

 今朝のドローン撮影。久しぶりだったのでバッテリーがすぐ低下、寒さもあったのだろうが余り撮れなかった。
 

 とにかく気持ちの良い晴れの日である。


02/26
 昨夜から孫が来ている。我が家はとにかく孫中心に動いている。外が雪降りだった昨日は外遊びができず家の
中でゴロゴロ遊んでいたが、今日は雪が止んだらもう聞かない、ババが引っ張り出されて、屋根雪が落ちない車庫
の前で遊んでいるはずだと思ったら、オカカが屋根を見て判断し、すでに雪の落ち切った庭のエリアで遊んでいる。
 まあ小一時間も遊んだら満足するのだ。外で小一時間付き合うオカカは大変だろうが・・・。
 寒くて氷柱が下がり、外は完全な雪景色。


 今回はお世話をしてくれるババにべったり。          東京はどこかへママと遊びに出かけ楽しんだ。
 

 鉄道模型が大好きな孫息子。        ジジに作らせたポップコーンを独占・・・。
 

 この雪景色も今シーズン最後かもしれない。


02/25
 今日は黒部の孫娘が、お泊りに来る。流石に5歳を過ぎたからか、昔ほどの頻度では来ない。もう一月ぶり
以上ではなかろうか。
 ジジは顔が見たくて堪らぬのだが、先々週は保育園で流行った胃腸風にやられて来れなかったし、先週も
ジジババにうつすと大変だからと大事を取って来なかった。で、今日来ることになったのだ。
 顔は頻繁に送られてくるSNSの動画や、写真で見ているし、電話もしているが、やはり膝に乗せた抱っこした
り、一緒に食事したりしたいのだ。
 朝から雪降る空を眺めながら、待っている。
 あいにくの雪の土曜日だ。


 

 オカカは車庫前の除雪をし、いつ来てもいいようになっている。


02/24
 三日ほど前、森爺さんが例によってひょっこり顔を見せた。北海道土産のバタークッキーを土産に頂いた。
 我が家居間に引っ張り上げて、久々に山の話に時を忘れた。楽しかったし、気も若返った。
 昨年我が兄のような山の大先輩が旅立って、がっくり来ていたせいもあって、長い間、古い山の話をする機会
がめっきり少なくなった。
 親爺が若く元気だった頃、一緒に山を歩き回っていた連中は、身近にめっきり少なくなった。
 そんな中での森爺さんは貴重な存在だ。
 昭和50年代から平成初めの頃の、一緒に歩き回った山々の記憶が蘇る。馬鹿話ばかりだが、今から思うと考
えられぬコースタイムで歩き回っていた。
 まだ立山アルペンルートの高原バスに、バスガイドが乗り込んでいたころ、その新人バスガイドの実地訓練バ
スに、天狗から美女平まで便乗させてもらい、偉い脂汗をかいてしまった時の事など、すっかり忘れていたのに
森爺さんと話しているうちに鮮やかに思い出した。
 あの時は確かGWの直前、剱御前小舎をスキーで出て、室堂に回り、まだ除雪中で天狗までしかバスが通って
いなかったので、室堂からも天狗に向けスキーで降りたのだが、丁度来合わせたバスに、お願いし、乗せてもら
ったら、それが前述の新人バスガイド実地訓練バスだったのだ。
 実地訓練の先生が親爺や森さんの顔見知りだったのか、天狗平山荘の当時の親爺、守サンがいたずら半分
に顔を利かせ乗せてくれたのだったか、もう40年以上前のことで、判然と記憶にないが、アルペンルートの全線
開通もGWには間にあわなかった時代の話だ。
 そんな頃の話ができる山仲間は、殆どいなくなった。時の流れは実に早い。
 我が家の周りもすっかり雪解けが進んできた。


 黒部は久々に会ったお友達と大はしゃぎ。                  東京は自分の小さなお城を作り始めた。
 

 川(常願寺川)もずいぶん開いて来た。これで雪虫の立つ日には毛バリでもイワナが釣れる。弥生朔日が解禁。
 

 鍬崎もすっかり雪解けの姿になって来た。


02/23
 天皇誕生日はどんよりとした曇りだが、雪も降っておらず気温も徐々に上がっている。10:00現在で2.7℃だから
暖かい日ではないが、朝の凍みは解けている。
 暦の上の冬ならぬ、我が山里の冬は立春を過ぎた今もまだ続いているが、積雪は85cm(観測点)で、例年1m
を超えていることが多いのだが、それから見るとかなりの小雪であろう。
 まあ、親爺とオカカにとっても比較的楽な冬であった。
 それでもどこかへ遠出して、ゆっくりしようという気にはなれず、それはやはり冬であるからであった。恐らくもう
大きな雪は無いだろう。如月もあと5日で終わり春の弥生となるのだから、心は軽やかで気も晴れてくる。
 オカカと二人で、春になったらどこかへゆっくり遠出をしようと計画を立てている。が、なかなか計画は立たず、
振出しにばかり戻っているが、それがまた楽しい時間になってもいる。
 さて、今少し越冬は続く。


 今朝の山里はこんな様子だ。                          立山は全く見えていない。
 


02/22
 如月の20日過ぎというのは、割と大雪の降りやすい時期で、去年もこの時期に170cm台まで降っている。
 我が山里の積雪は、現在90cm代らしいがこれは観測点での話で、実際は60cm前後(60±15cm)と云った
処だろう。
 親爺などこの冬は小雪で、寒さはそれなりだったが楽な冬だと思っている。が、その割に毎日着こんでいるのが
厚手のフリースなので、自分で可笑しくて笑ってしまう。
 もう半世紀も前の話だが、二十歳の学生だった親爺に、祖母が良くそんなに薄着で寒くないかと聞いたものだ。
 そういう祖母は寒すずめのごとく、着ぶくれて丸くなっていた。夜具にも敷き電気毛布と、掛け電気毛布をダブル
で使ったりしていたが、当時の祖母の部屋は座敷づくりの和室で、欄間などもビニールシートをかけ塞いであった。
 ストーブも入れてあり、祖母が寝に着く頃は部屋も暖めておいて、母が祖母が寝た頃を見計らって消していた。
 若い親爺はそんな祖母に「寒がりだなぁ。」と良くからかったが、今はその祖母の年に近づいて(もう3歳と違わぬ)
祖母の寒がりがわが身にも及んでいる事を痛感している。
 祖母の使っていた座敷はリフォームして、爺様(父)の隠居所にしたが、今は欄間は塞ぎ、トイレと洗面所を作り付
け、床や壁には断熱材がびっしり入り、当時の寒さとは程遠い。やがては親爺の隠居所だろう・・・。
 兼好法師が徒然草で言っている、”家は冬の寒さをしのぐより、夏の暑さをしのげる造りにするべき”と云うのは我
が山里にも当てはまるのだろうか?冬の間、親爺はそんな疑問を抱く・・・。夏になれば兼好法師は利口な人だと納得
することだろうが・・・。
 天気が良いと気持ちも穏やかになる。大日もよく見えている。


 昨日の夜まで雪が降っていた。


 今朝は快晴だが、凍てついて辺りの木々もさわれば折れそうな気がした。不動山の木立もすべて凍り付いていた。
 


02/21
 昨日は松本零士氏の訃報に、ああついにと云う感を受けた。「大学生が漫画を読む」と冷たい非難を含んだ声を
聞いた世代の親爺である。氏の数々の作品にも思い出が尽きない。
 でも、一番馴染んだ漫画は、銀河鉄道スリーナインや、宇宙戦艦ヤマトでは無い。
 「元祖大四畳半物語」である。当時昭和40年代後半の、東京の四畳半のアパートを舞台に、九州から大志を抱き
上京したその名も大山昇太(おおやまのぼった)の支離滅裂な四畳半生活は本当に身近で、学生時代の自分の住む
アパートも四畳半だったことで、大きな共感をもって読んだ。
 今から思えば何とも言えぬペーソスに満ち溢れた、悲しい漫画だったのだが、それをギャグに仕立て読ませた。
 かなり理屈っぽい当時の青尻大学生たちが、それを読んでどんな反応を示したか、人それぞれだったろうが、親爺
は単純なギャグマンガとしては読めなかった記憶がある。
 それと氏の作品で忘れがたいのは、コクピットのシリーズものである。戦場を舞台にそこに登場する飛行機やら戦車
銃から大砲に至るまでをテーマとして取り上げ、克明に詳細まで描き込み、それに振り回される人間の姿もペーソス溢
れる細やかな描写で物語を綴った名作だと思っている。
 氏の大出世作はヤマトやスリーナインだろうが、親爺には大四畳半物語とコクピットの方が心に残っている。
 今朝、もう一つの訃報に接した。親爺の中学校時代の先生である佐伯房一先生が94歳で、旅立たれたそうだ。
 長男の暮らす富山市内に同居され、ここ数年は姿を見ることもなかったが、我が家の3軒隣に住んでおられた。
 ご冥福を祈るのみ。合掌
 山里は雪景色である。


 閻魔堂もまた雪に埋もれた。                           春はまだ来ないようだ。
 


02/20
 今朝は雪が降り寒かった。寒さで目が覚めて起きだした。
 歯磨きしながら外を眺めると、昨日の雨が嘘だったような雪で、辺りはもう真っ白だ。と、思っていたら、何やら
薄明るくなってきて、10:00直前になるころは青空が広がり、陽が射して来た。今朝僅かに降った雪がもう解けて
屋根から滑り落ちている。
 考えて見ればまだ2月、降ったとすれば雪が当たり前の山里なのだが今冬は我が山里では小雪と言えるだろう。
雨が降り、雪が解け、雪となれば「おお」と驚く山里の2月である。
 今朝親爺が歯を磨きながら「おお」と声を上げ眺めた雪景色。


 胃腸炎からはもうすっかり回復して、チョコ食べましたと顔に書いたお姉ちゃん。お出かけ大好きな鉄道マニア予備軍の
お兄ちゃんも元気。ママが毎週どこかへ連れてってくれる。今週は大好きな西武線に乗って大喜び。
 

 今朝の雪景色。まだ二月なのだが、名残りの雪といった趣である。その中にまたドカンと来るかも知れぬが。
 


02/19
 考えてみると今冬は小雪だったような気がする。雪で降りこめられた日々が殆どない。
 それは、普段降らないエリアに2,30cmの雪が降ったという事で、大騒ぎになり、雪国人から見ると何てざまだと
悪態の一つも付こうかという、備えのなさ、経験のなさを暴露して高速で大停滞が起きたり、倒木や事故で停電が
発生したり、水道管凍結で断水が発生したりという事が、多々発生したことは事実だ。
 そして本来もっともっと降り積もる我が山里が、小雪で雪の一下ろしもせぬのだから、異常気象によるものなの
だろう事は何となくわかる。が、異常気象という定義は何に対しての異常なのだろう。正常気象とはどんなものな
のだろうと考えると、よくわからない。
 まあ、あまり深く考える能力はないので、これ以上は書かぬが、ネット記事か新聞記事かで読んだか忘れてしま
ったが、雪道の走行について「スノータイヤに頼るのはドライブテクニックが無いからで、ノーマルタイヤでも雪道を
走るテクニックのないやつはスノータイヤ(スタッドレス)を履け」と云うような暴言があったとか。
 まさに噴飯ものである。スノーを履いた上で、路面を観察し、走行できるかどうか考えるべきなのが雪上走行の基
本である。
 数センチの雪道しか走ったことのないレベルのドライバーの暴言だろうが、ふざけるなとだけ言っておく。
 雨降る山里、日曜日だが静かだ。


 閻魔堂の杉木立もっすっかり雪を落とした。雨が屋根の雪も落とすだろう。我が家の車庫も今年は雪の心配が殆どなかった。
 

 ひき肉と玉ねぎを炒め、レーズンも少し加え、ミートパイの餡を作る。  それをパイ生地に包み焼き上げたミートパイ。久しぶりだ。
 


02/18
 昨夜は氷点下までは下がらなかった様だが、今朝09:00で3.8℃だからやや暖かいといったところか。
 昨夜夜中に腹痛が起きて、トイレでしばらく寒い目にあったからか、腹はすっきりしたものの寒くてなかなか寝付
けず、00:30過ぎに、一旦消した寝室のストーブをまた点火した。その後、数分で部屋が温まったらようやく眠られ
た。(ストーブは1時間後に消えるようにタイマーをいれておいた。)
 で、朝まで眠ったのだが、いったん体が冷え切るとどうも何かにつけて寒さを感ずる様だ。年齢とともにこんな基
本的な体温調整の機能も鈍化しているのだろうか。昔ならガチが来るほど冷え切っても、何か温かいものでも腹に
入れ、火の気の傍でしばらく身体をこすっていれば、たいがい物の1時間もせぬうちに回復したものだが。
 まあ、今はそんなに酷い寒さに長くさらされるような事は無い日々だから、余計な心配はいらぬ。精々寒い日のト
イレなどに夜着だけで長時間座っているような愚を繰り返さぬように注意する程度のものだ。
 朝の村はずれから大日を見上げた。やはり雪は少ないが、3月にどれだけ降るか気になる。


 鍬崎も雪が少ない。  冷凍庫に仕舞い忘れていたバクワ(中国製豚ジャーキー)取り出して食べてみたが十分うまく食える。
 


02/17
 放射冷却現象で、バリバリに凍てついた朝だった。でも走路は乾燥し、埃の立つような状態だったので、よほど
下手に凍り付いた水たまりにでも乗らぬ限り、歩行も、車での走行も危なくはなかった。
 富山市内へ薬もらいで出かけたが、行きは立山がきれいで、カメラを忘れてきたことを悔いるほどだったが、帰
路から眺める立山はすっかり精彩を失いどんよりとしていた。そして寒さもずっと穏やかになって、市内では気温
が7℃程になっていた。
 我が山里はまだ雪も多いし、気温も精々4℃前後だろう。でも朝凍り付いていた場所が大分溶けていた。
 閻魔堂の杉木立もずいぶん雪を落とした。
 我が家の軒先からぶら下がった氷柱の向こうに焔魔堂が見えた。


 立山もこんな感じですっきりは見えなくなった。                 昨日の空を思い出す。
 


02/16
 雪が2日ほど続いたが、精々30cm程も新たに積もらせたのだろうか。天気は打って変わって快晴の今日である。
 もちろんあたり一面雪景色で、木立は皆クリスマスツリーの様に雪を被り、家々の屋根も、野山も真っ白い。
 が、こんな冬景色で喜んでいるわけではなく、雪景色など見飽きてしまっている身には、やはり黒々とした木立や
何か芽吹いて来た薄緑の野や、何となく華やいでくる山々が愛おしい。
 が、今、纏った雪衣に直線敵にきらめき射してくる陽光を、高音を発しながらはじき返し、砕け散らせる白い雪の
衣の何とも言えぬ煌めきに目を細めているのも、嬉しい。この雪衣が光を跳ね返す時のピンピンする金属音は決し
て耳では聞こえず、まばゆさの中に飛び交い、響き渡るように感ぜられる音のようなものなのだ。
 だから戸外のその音を見ていると直ぐに眼がちかちかするようになってしまい、長くは愉しめぬ。
 今日の大日もそんな光の音にあふれている。


 それにつけても雪降りの後の青空は美しい。


 屋根と杉木立の間に山が顔を出す。
 

 青空の下の大日岳。雪衣を着ている大日も美しい。


02/15
 昨日はバレンタインデーだったが、優しいオカカがチョコをくれた。
 親爺は前日になぜか寝付けなくて、明け方の4:00頃まで夜具の中でゴロゴロしていたから、起きだしても寝不足
状態で、全く役に立たなかった。
 体調が悪いわけではなくて、眠いので、座布団を敷き布団代わりに毛布をひっかぶって、居間の床暖の上で眠っ
てしまった。で、気付は午後、HPの更新もさぼり、気の向くままの読書と、転寝で日は暮れた。
 何位をしていても一日は一日だ。
 夕方から元気が出て、飯の用意をしたし、ふろにも入って眠けが取れて美味しく夕餉も頂いた。
 で、前日の不眠に凝りていたから、睡眠導入剤を医師の処方箋通り飲んで寝た。
 ぐっすり眠って、今朝はオカカにたたき起こされた。
 洗顔を終え、ベッドをきちんと直し、居間に降り立ったのは8:15だったろうか。
 まあこれでまた普段に戻れたわけである。睡眠薬がちょっと残ってる気もするが、キーボードをたたいていても不
便はない。
 窓外がかなり明るくなってきた。薄い雪雲が切れ、陽の光が降り始めた。青空も広がる。
 今日は明るい日になるぞ…。


 庭の雪もまた増えた。                              雨戸の動きを制約するほどの嵩は無い雪だが。
 

 オカカの山水融雪で石段だけはきれいに開いている。


02/13
 母の月命日なので仏壇に燈明を上げ、香を焚きお参りした。暖房を入れていない今朝の座敷(仏間)は寒かった。
 でも、仏壇の前に座ると妙に落ち着くようになった自分に気づく。だんだん向こうが身近になって来たのだろう。
 今朝は二月半ばだというのに雨だ。屋根にへばりついている僅かな雪を解かすほどの雨量でもないが、小雨でも
ふれば雪は確実に減ってくる。
 雪が少ないと春の温かさを待つ気分が少しずつ薄れてくる。人間とは勝手なものだ。雪に嫌というほど痛めつけ
られた年の、春のありがたさは例えようもない。が、今年のように左程雪にいじめられなかった冬は、春のありがた
さも少し希薄になるのだ。
 今はさしあたり三寒四温と云った頃だろう。夜具の中で寒さに丸くなる明けがたは確かに少なくなった。暖かい夜
具から左程ためらいもなく抜け出せる。が、どうかすると首筋から冷たい風が入って来るような寒い朝もある。
 まだ3月にもならぬのに、今年の冬がどうだったこうだったは少し早い気もするが、雪は少ない冬だった。
 黒部の孫の胃腸炎も治まった様だ。ママもうつされて高熱が出て閉口したようだが、こちらも治まりつつある。
 月曜日だがもう1日ママも孫娘も休みを取った様だ。
 ジジババは幸いどこも悪くはない。長閑な時間の中を穏やかに過ごしている。
 融雪を途中で停めたので、我が家の屋根にはまだわずかな雪が残る。


 さくゆうのやまざとは僅かに夕焼けになった。でもこの景色はどう見ても雪解けごろの景色である。
 


02/12
 まるで春先のような陽気だ。
 日曜日故、スキー場へ向かう車が頗る多い。今日は昨日より賑わうかもしれない。スキー場にとっては良い年だ。
 これで結構難しいもので、雪さえ降って滑れるようになればお客がどんどん来るという訳にはゆかない。
 雪も降りすぎると、スキー場へのアクセスが悪くなり、客は来なくなる。ほどほどに降り、滑れるようになったら止み
アクセス道路は確保され、平日に気温が下がり軽い雪が降り積もる…そして週末から晴れる、とまあこうなれば良い。
 今年はこんなにうまくいっているわけではないが、まあ、それに近い状態で、道路はきれいに開いていて、スキー場
は程よく雪がある。だから、ここ数週間土日は結構混んでいるようだ。
 川向のスキー場にも同級生やら、友人やら、商売をしていた連中はたくさんいるが、殆どが商売を止め、あるいは
縮小して、そして気の早いのは何人ももう向こうへ旅立ってしまって、今は知り合いもめっきり減ってしまったが、若い
人たちに代替わりしたところもないではない。
 それでも近くで営業を続けているスキー場が賑わうのは嬉しいものである。
 過疎が進むばかりの廻りを見ているので、一抹の希望という訳だ・・・。
 スキー場からも綺麗な立山連峰が見えているだろう。


 保育園で大流行の胃腸炎に罹患、ようやく少し元気になって来た黒部のお姉ちゃん。ママと一緒に常磐ハワイアンセンター
へ又泊りがけで遊びに行った元気なお兄ちゃん。こちらも保育園流行の胃腸炎に罹患し正月あけまでは大変だった。
 まあ、今は良し。二人とも健康を取り戻した。
 


02/11
 建国記念日。親爺はあえて建国記念の日などとは言わない。「の」があるのと無いのでは随分ニュアンスが異
なってくる。
 たった一文字の「の」が実に胡散臭い匂いがするのだ。
 世界に向かってなぜ堂々と我が建国記念日と云えぬのだろうか。神話に由来する日だから等とは理由になら
ぬ。世界のどの国の建国記念日でも、神話や伝説に由来するものが多い。
 堂々と我が建国記念日の由来を明記し、「の」を取ってほしいものだ。
 とまあ、蟷螂の斧を振り回し、負け犬の遠吠えを繰り返すのが親爺の建国記念日である。
 さっきまで曇っていた空が明るい青空を広げている。
 晴天の暖日は心地よい。今日もゆるゆる過ごそう。


 早朝はガスに包まれていた山里だ。                      何となく雪解けのころの趣を感ずる。
 


02/10
 今朝は雪が降り出した。2〜3cmならあっという間に積もるだろうが、雪国のこと、話題にもならぬ。
 それに引き換え、東京を含む関東に降雪が予想されるとなるとテレビなど大騒ぎだ。
 僅かな雪でなんのこっちゃ?とも思うが確かに冬への備えに、雪を計算していない大都会だから、無理もある
まい。1200万人が暮らす過密都市、すべてに余裕はない。
 それに比べ雪国の我が山里。人口が激減し、とっくに300人を割っている。余裕がありすぎて寂しくてたまらぬ。
 子供の声など、孫が遊びに来ないと聞けないし、若者の声などはほぼ聞こえない。代わりにサルの鳴き声や、
遊ぶ姿が四六時中聞こえ、見える。
 一寸村外れに出れば、ウサギの足跡などはめっきり減ったが、見慣れぬイノシシや鹿のものと思しき足跡が目
に入る。
 人は減って、見慣れぬ動物が増えて、我が山里もずいぶん変わったものである。
 村のたたずまいこそあまり変わってはいないが。
 今朝は雪だ。


 まあ、この程度の雪など屁のようなものだ・・・。


 庭の雪も山水融雪で随分溶けた。                      まあ今日も少し降ってはいるが。
 

 不動山ももう雪は少ない。


02/09
 昨日はオカカの誕生日だったので、一時にいろいろなプレゼントが届いた。3人の娘たちからだ。
 その上、かわいい孫たちも、「ババおめでとう」とお祝いメッセージをビデオで送ってくれたので、オカカは目じ
りが下がりっぱなしであった。
 が二人暮らしだし、どこか食事に行こうと思ってもなかなか良い店がない。で、華生という和食店で、弁当を注
文しておいて、15:00頃取りに行ってきた。それでオカカの誕生祝の夕食としたのだが頗るうまかった。
 今朝は雪がちらつき冬枯れの木が白く化粧し、寒さが蘇った様だった。
 軽4WDで旧道を一回りしてきたが、いいや寒々とした景色だ。
 三寒四温、居間でキーボードをたたいている今。急に薄日が射して来た。
 青空も少し覗いているが雪も舞う今朝の山里。


 冬枯れの木が雪を薄く纏うと一気に寒々とした情景となり、冬はまだすぎていないと思い知る。
 

 三人の娘からプレゼントが届き、二人の孫が「バぁバ誕生日おめでとう」と動画を送ってくれた。
   


02/08
 親爺は昨11月で古希を迎えたが、オカカも今日の誕生日で、親爺に少し近づいた。
 年相応のガタが、体のあちこちに来ているが、まだ日常の生活では人の世話になる事だけはない。とは言え
除雪作業や、強い体力を要求される作業は、親爺は持病のお陰でもういけない。オカカはまだお手伝い作業く
らいは出来るので、親爺よりは年の差だけ元気だということになる。
 若い時は一緒に歩くとオカカが遅れて、「早すぎる。もっとゆっくり歩いてよ。」と云ったものだが、今は親爺が
「おい、もっとゆっくり歩けよ。」と立場が完全に逆転している。
 連れ添ってもう40年以上、今や我が家には二人だけである。寂しくはあれどある意味自由な気ままな時間を
過ごせる、若き日に戻った様なところもある。
 今の学生とはかなり違うだろうが、自分たちの過ごした学生時代に戻ったような気分は味わえる。
 雪が解けて、春になればオカカと二人うろうろと旅に出るつもりだ。
 体力と相談しながらよろよろと旅にでるつもりだ・・・・・。
 途中で融雪のスイッチを切ったものだから、屋根の様子が気になってならぬオカカだ。


 車庫も庭ももう雪はめっきり少なくなってきた。まだ2月8日なのに、今年は雪下ろしをした家もほとんどない。
 

 玄関から飛ばしたドローンは、又玄関から屋内に戻す。こんな小さな飛行体をここまで好きな様にに操縦できるとは!!
 


02/07
 親爺が冬の寒さ、雪の冷たさばかりを嘆いてばかりいる最中、トルコで大きな地震があった。
 大規模な自然災害である。雪位の事で嘆いていては罰が当たる。いつもお守りくださる立山の神仏に、心より
感謝した。
 日本もいつも地震に怯えているが、トルコもよく地震のある国だ。4000人近いあるいはそれ以上の尊い命が犠
牲になっている。ニュースを見るのがつらい・・・。
 我が日本でも決して他人ごとではない。明日は我が身と注意を怠らず過ごさねばなるまい。
 大きな災害は世界中のどこかでいつも起きている。その大半が自然災害だろうが、ミサイルやら挙句は核爆弾
やらと、天に唾する馬鹿者が絶えない現実がある。
 昨日までの平和な生活が自然災害で突如なくなる。家族で憩っていた部屋が無くなり、家族の生命までも奪わ
れる・・・。
 人間にとってこんなに辛く苦しい事は無いだろう。
 ウクライナで、トルコで、次元は異なるが無残な結果は同じな厄災が起きている。
 実に哀しいことだ。
 親爺は立山の山里で、長閑な生活を送っている。普段が続いている。
 その有難さに改めて気付いた。
 

 庭の山水は融雪に使われていて、手水鉢には水が来ていない。 近所もずいぶん雪が解けた。
 


02/06
 暖かい日で、外が気持ちよさそうだが、親爺のようによろよろしていては、どこか日陰の凍結でもすってん
ころりんとやりそうだから、無駄な外歩きはすまい。暖かい湾側でひなたぼっこも良さそうだが、そうするとす
ぐに寝てしまう。
 まあ、普段の通りゴキブリ亭主を決め込んでいればよい。
 結構雑用もあって、(PCと電話ですむ話だが)なんとなく普段より慌ただしい今日だ。
 大日が親爺部屋からよく見える。


 二階の部屋からよく見えた鍬崎が焔魔堂の木立がのびて見えづらくなった。


 屋根の雪がずり落ちてつららが出てやがて溶けてゆく。           向かいの市っちゃんの家も大屋根の雪がずり落ちてきた。
 


02/05
 立春過ぎ一日目。大気はまだ不安定で冬の冷たさだか、時たま青空が広がり、少し強くなった陽射しが射す。
 日曜日なので、スキー場へ向かう車が絶えない。
 毎年毎年運営が危ぶまれているようなスキー場が川向に3つある。
 古い順に、粟巣野スキー場、極楽坂スキー場、旧県営ゴンドラ(現在はなんと呼ぶのだろうか、確か雷鳥バ
レーとか何とか。)一番新しい県営スキー場も、県がゴンドラとともに撤退、現在はリフトだけの営業のはずだ。
 娘たちが小さいころは、主にオカカが、どのスキー場へも良く連れて行って、親爺もたまにお供をしていたもの
だ。パトロールやリフト要員など知り合いも多く、ロッジや食堂を経営している、出稼ぎの山小屋仲間?もいた。
 が、続く世の中の変遷で、後発の設備の良いスキー場などが開発され、この3つのスキー場は今や斜陽。
 毎年営業をするのかどうか、このまま存続するのかどうかと、厳しい立場にあるらしい。
 最古参の粟巣野スキー場は、親爺にも懐かしいスキー場だ。何とか営業を続けて欲しいものである。今シー
ズンは幾らか良い様で、親爺も嬉しく思っている。
 車庫の雪が又ずいぶん減った。
 

 今朝は大日がすっきりと姿を見せた。


 向かいの市ッァンとオトシさん宅のストーブも火が入っている様だ。青空が嬉しい。




02/04
 暗く重い空だが今日は立春である。去年のような立春寒波と云う理不尽なものも来ていない。
 戸外は寒く早朝は氷点下だったが、積雪は86cmと山里では少なめである。
 昨夜可愛い孫たちから、交互に節分の様子、豆まきの様子がレポートされてきた。ほぼジジババの予想通りだ
が、お姉ちゃんは怖がりで、数日前からオニシャンが嫌でメソメソシテいたらしい。保育園の豆まきに鬼の扮装の
父兄が参加するからで、先生にお願いして豆を2粒ほどオニシャンに投げれば、避難所に隠れていることにしたら
しい。予定以上の5粒の豆を、泣きながらもオニシャンに投げつけ、無事避難所に隠れていたそうだ。でも鬼が退
散したあと、福の神がお菓子を持って現れるや、ニコニコ笑いながらお菓子をもらいに出てきてはしゃいでいたと
のこと。
 東京のお兄ちゃんは、家で予行練習の豆まきを幾度も重ね、パパの鬼に豆をぶつけるトレーニングを繰り返した
所為か、保育園では頑張って、でも鬼には豆を投げず、おもちゃや、大事な本などを守るため、それらに向かって
豆を投げていたらしい。でも泣かず頑張ったお兄ちゃんだ。
 お姉ちゃんも帰宅後の家での豆まきは、パパ鬼だったせいで思い切り元気に豆をパパ鬼にぶつけていた。
 お兄ちゃんも家でのトレーニング中にパパ鬼に捕まり、高い高いをしてもらい喜んでいた。
 そしてその時の動画が送られてきて、ジジババも一緒に豆まきをした気分になった昨晩だった。
 どんな空でも立春は立春。春が一歩近づいた。


 髭を生やしチョコアイスに挑むお姉ちゃん。 大皿いっぱいのポテトに挑むお兄ちゃん。孫たちの元気な姿が嬉しい。
 


02/03
 今日は節分だ。去年黒部の孫は「オニシャンが来るから保育園ヤダー!!」と登園を拒否していたが、さて今年
はどうったのだろうか。もう、年中さんでおねえちゃんだから、多少はビビっても、我慢しているような気がする。
 東京は3歳でまだ未満児、我慢などないと思うが、さほど怖がらぬ気がする・・・。節分となって、まずは孫たちの
動向が気になってしまうジジバカである。
 近年は恵方巻とやら言う、親爺やオカカには全く縁の薄い太巻きがポピュラーになって、まるで大昔から全国で
ハレの食として認識され祝われていたかの様な定着ぶりだが、これも商魂たくましいアイデアマンが火をつけただ
けの、とても全国的なハレ食、伝統食とは思えぬのは親爺だけだろうか。
 恐らく大阪辺りの商人のでっち上げで、巻きずしをその年年の恵方を向いて食うと運気が上がるとかなんとか・・・
まあ、何の根拠もなく近畿地方の習慣?だったものがアイデアマンのすし職人か商人によって喧伝され、広まった
ものだろう。
 まあ、クリスマスを筆頭にバレンタインデーやら、ハロウィンやらまでを我が国の騒ぎネタにして楽しむ国民柄故、
恵方巻などまだ身近なものではある。が、我が家は精々豆まきの真似事でもして、年の数だけ豆を喰う(70以上と
もなると腹をこわす・・・)真似をする程度の節分だ。
 昔は婆様が昔ながらに無言で豆を炒り、各部屋すべてに豆をまいたもので、3人の娘が小さかったころは、各々
にオカカが紙で折った升を持たせ、婆ちゃんの後について、キャッキャッと騒ぎながら豆まきをしたものだ。
 「福は内、福は内、鬼は外、福は内」が正しい掛け声で、福は内が計三回、鬼は外が一回だった。その家の頭首
夫婦の部屋だけは、婆ちゃんがまじないのような事を掛け声の後に加えていた。大人になった親爺には「朝鮮国の
鏑矢持ってこい」と云うようなことを言っているように聞こえ、婆様(母)に尋ねたが、本人も実家(旧家日光坊)で聞
いただけの掛け声を、音で覚えていただけで、「そんなもん、意味ちゃ分らん。まじないだろう」との事・・・。
 がつい近年になって、母のすぐ上の兄である伯父の書いたものを目にする機会があり、「朝鮮かぶらの種持って
こい」が本来だったと分かった。
 我が婆様は坊家の三女、「女に学問は不要」という環境で、きわめて甘く育てられたようだ。伯父は同じく坊家の
三男ではあったが、「学問で身を立てるしかない」という環境で、厳しく厳しく躾けられ育ったという。
 だから、伯父の書き残したもので、長年の親爺の?が消えた。
 現当主夫婦の寝室で、「朝鮮かぶらの種持ってこい。」なら、子孫繁栄に相応しいまじない?と納得したのである。
 が、豆まきの締めくくりは玄関で、内に向かって二度「福は内、福は内」とやり最後に外に向かって「鬼は外」とや
って閉めるのである。
 この豆まきも婆様が旅立って、オカカがしばらくやっていたが、娘たちも全員独立し家を出、親爺と二人の暮らし
になってからは、袋入りの豆を播き、それで仕舞にしている。そのうち、恵方巻も食卓に出るかもしれない・・・。
 居間の窓から早乙女と思しきところが見えている。節分の朝だ。



 

 鍬崎は良く見える。                                雨戸を半分開けて座敷に光を入れた。
 


02/02
 玄関先の石段は屋根の雪が落ちにくくしてあるが、それでもある程度雪がたまると落ちてしまう。
 流石に石段が埋まっては、郵便や宅急便の配達の方々に不自由をかけることになるので、オカカがすぐ除雪を
する。でも大量に落ちるとオカカ一人の手に余るので、若い友人のモリヤが助っ人に来てくれる。心平も助っ人を
してくれるが、今冬は右肩を怪我しており、いつもほどはできない。小屋に入るまでにある程度治しておかねばな
らぬので、無理は禁物だ。
 親爺もそうだったが、50を過ぎると色々身体にガタが出て、全く無理が効かなくなる。その無理の効かぬ体に慣
れるまでが大変だ。親爺などその前後に病気を患い、一気にダメになった・・・まあ、それでもだましだまし70の坂
を超えたのだから、やわやわと生きてはいられるものだ。
 今陽光が眩しく降り注いできて、これで気温も上がって来るだろう。
 明日は節分、明後日は立春である。



 我が庭も今朝はまだ例年以下の積雪量だろう。去年は雨戸が埋まり出窓の上まで雪が来ていた。
 

 杉木立に雪が付くと一気に冬景色のすごみが増す。


02/01
 今年もようやく二月如月となった。
 別に一月を嫌うわけではないが、雪の一番降るのはなんといっても1月であるから、1月ではなく雪が嫌で1月
が過ぎ、2月となったのが嬉しいのだ。そう、一番寒い日々が去ったという事だ。
 もちろん我が山里、如月とは言え油断はできぬ。去年など2mを超す積雪を記録したのは二月末だった・・・。
 今年は2月が比較的暖かいような予報が出ているので、幾分心穏やかではある。
 今日はオカカと二人、久々に外出し、雑多事や、買い物をしてきた。
 オカカは約9日ぶりの町場だし、親爺に至っては村の外へ出たのが11日ぶりであった。
 熟年(高齢)夫婦にとっては、冬は鬼門、できるだけ家で過ごすことを心がければいい。可笑しなウイルスに感
染する事も少なくなるし、食料と日用品さえ事足りて居れば、慎ましい暮らしの中に楽しみが見えるものだ。
 春になればまた外に出かける機会も増えるだろうし、身体がそのように動き出す。
 長い冬の峠を越えた。それだけで何やら気が晴れる親爺とオカカである。
 ケチって融雪装置を切っていたので一寸雪が積もってしまった我家。
 でもこの程度の残雪なら切っておいて正解・・・。


 屋根は全く雪下ろしなどする必要は無いが、何とか屋根の上で溶かしたい。車庫の上は去年の1/3以下の積雪。
 

 晴れたが、立山は良く見えぬ。昨日より暖かいが、雲量が多い。


01/31
 山里の積雪は一時124cmを記録したが、雪は昨夜半に上がり、今朝は晴れたが気温は氷点下7.1℃まで下が
った。親爺など今朝は夜具の中で寒さで目が覚めた。昔ならこんな程度の寒さ感じもしなかっただろうが、耐寒力
も年とともに落ちるのだろう。
 しかし気持ちの良い朝だ。青空を見上げ、放射冷却による冷え込みだろうと思うと、その冷え込みさえ嬉しい。
立山が良く見えているので、ドローンを上げた。
 立山も綺麗だが、新雪に陽の光がはじけキラキラと辺りを駆け回っているような景色は得も言われぬ。
 ドローンを低空荷下ろし、地上高度20mくらいで撮影をする。
 雪は嫌だが、新雪を被った山里に青空が広がる日の美しさは、遺伝子に刷り込まれているかのように、無条件
に嬉しくなる親爺だ。
 わが故郷の雪景色。


 打越山も真っ白。                              イチョウと大欅も真っ白。
 

 -7.1℃のおらが村の朝。


01/30
 今の処雪は降っていないが、午後からは降るかもしれない。
 山里の積雪は106cm。この時期としては大雪ではない。まだ雪下ろしもしなくていいのだから。
 今冬は気温が低い。だから一度木立に降り積もった雪は、なかなか落ちない。でもその分雪は軽く、気温が上が
ると一気に嵩を減らすだろう。
 毎朝道路は凍結している。今朝もオカカの友人がすってんころりん。幸い何のけがもなかった様だ。
 去年転んでけがをしたオカカは、長靴にスリップ止めの、ゴム製アイゼンもどきを付けている。本当のアイゼンで
はなく、金属は使っていないが細かい吸盤のようなものがついており、まあ気休め程度かな・・・。
 それでもないよりはましで、親爺も一度使ってみたが何となく効いてる気もせぬではなかった。
 今朝の山里。どんよりとした鉛色の空の下だ。


 昨日広がった青空は、数時間続いたが雪はほとんど落ちなかった。今朝はこんな薄暗い空だ。
 

 ちょっと上空からドローンで撮影。


 親爺暇だから、オカカの真似をしてあられを揚げてみた。昆布も一緒に揚げた。美味い。


01/29
 1月睦月も今日を入れあと3日。積雪は102cmあるまだ寒の中の芦峅寺の山里だ。
 薄暗い空に慣れてしまった目には、今日の晴れ間は眩しすぎる。やや高くなった陽射しも雪面に当たりはじけ散
るから、写真を撮ろうと玄関を出たところで、目が眩む。
 がこの陽光、まだ木立の雪を落とすほどの力はない。寒気が解けず11:00現在も気温は-1℃である。
 今年の1月は、山里は雪に悩まされることは少なかったが、20日の大寒を過ぎて雪はかなり降った。
 それでも毎日除雪作業に追われるような降り方ではなく、現に今日にしても102cmの積雪程度では例年並みと
も言い難い。
 親爺にとっては有難い冬であるが、今後どうなるかは誰にもわからない。故にに天気である。
 降れば籠り、晴れれば喜び、隠居の身ゆえ許される限り気ままに過ごそう。
 後1月もすれば、春の匂いもしてくることだろう。


 不動もよく見える冬の晴れ間の山里である。大日もしたからガスが切れてきて、新雪をまとった姿をちらりと見せている。
 

 金毘羅宮の社のある打越山も青空にくっきりと映える。          オカカ苦心の山水融雪も庭の雪を上手に溶かしている。
 


01/28
 昨日新番付発表があると勘違いをしていた親爺だが、発表は1ヶ月後だった・・・・・。とんだ大騒ぎをしたもので、
オカカも一緒にテレビのニュースやらネット上の情報を探しまくったが、発表は2月27日であると気付くまで、半日
以上架かってしまった。
 昨晩から新たに33cmの新雪を降らせた冬将軍だが、今、10:10過ぎ弱い陽射しが出てきた。まだ気温はマイナ
スだろうが、新雪の後の陽光ほど眩しいものはない。
 瞬時の晴れ間だろうが冬ごもり中の気が晴れる。
 早く冬には過ぎて欲しいが、この雪を大いに楽しむスキーヤーやボーダーも多い。以前のスキーブームの面影は
無いが、今朝スキー場を目指す車がかなり多かった。スキー場も不景気なうっ憤を晴らすほど盛れば良い。
 まあ、親爺などスキーや、山スキーでの銃猟もとっくに卒業しているから、雪は冷たく邪魔なものにしか見えぬが、
若いころから雪を人並み以上に楽しませてもらった事も忘れない。
 でも古希も過ぎた身には暖かい春が待ち遠しいばかりだ。
 気温が低いから雪は嵩ばかりで、軽い。オカカ奮闘!!


 例年通りの大寒過ぎの寒の中という雪景色になった。山里は雪に覆われて冬を越す宿命なのだ。
 

 


01/27
 今朝も氷点下、寒い朝だ。久々にゴミ出しを仰せつかって、よろよろと凍った道を長靴で歩いた。随分ごつい長靴
で、山靴のひもを締めずにつっかけて外に出たような感じがある。
 凍結路面に雪が付着して更に凍っているから、滑る様なこともないが、バランス感覚が悪くなっているのだろう、
足裏の感覚が脳に伝わり瞬時に細かいバランスをとる事が難しい様で、だから傍目にはよろよろと見えるし、自分
でもおぼつか無い足運びだと感じている。
 今朝はまだ雪は降っていないが、今夕から明日朝にかけてかなり強く降ると予報が出ている。
 今日は大相撲春場所の新番付が発表される。我が郷土の力士朝乃山の新番付が気になる。悪くても十両筆頭、
本来なら十両に置いておく力士ではない。まもなく発表だが・・・。
 山里はこんな景色だ。
 大屋根の融雪装置の効き具合をドローンでチェック。


 今の村の景色。降雪量は大したことが無いように見える。           降雪前の景色。
 

 常願寺川も狭くなった・・・。


01/26
 今日は祖母の月命日。例によって仏壇をお参りする。
 強い寒波も今日はやや弱まり、芦峅寺の山里は雪も一休みである。が気温は-1℃ほど、寒さは厳しい。
 雪は大したことは無く、一時的に1mとはなったものの、現在積雪は80センチ代後半で、寒中のこの時期としては
決して多い方ではない。しかもべた雪ではなく軽い雪なので一寸陽が射し気温が上がるとあっという間に沈み、嵩
を減らすことだろう。
 それよりもこの低温で、今まで何ともなかった給湯ボイラーがどこかのパイプ詰まり。素人ではどうにもならず、結
局、施工会社の職人さんに来てもらう事になった。
 約40分、今復旧したようだ。なにぶん山奥の事、職人さん達は来るだけでも大変だったことだろう。
 これで嫌いな風呂も入らねば叱られるが、まあ入れば入ったでぽかぽか温まるから良いとしておこう。
 いまだに車に閉じ込められている方もいるし、停電で不便な思いをしている方もいるのだから、風呂ギライなどと
贅沢を言っていると罰が当たる。
 山里はまだ氷点下の気温である。不動山も凍てついている。


 雪自体は軽い雪で、昨日の吹雪で舞った分、積雪は大したことがないし、立山のような吹き溜まりも見当たらぬ。
 


01/25
 昨日9:30から降り始めた雪が、70cmも新たに降り積もり、まだ止まず降り続いている。
 現在我が山里芦峅寺は積雪95cm超、気温は−7.5℃だ。
 寒い!! 
 ガスボイラーの給湯が止まったが、床暖は正常稼働している。施工会社に問い合わせたら内部の給湯管の中
で凍結しているらしいので、しばらく様子を見てくださいとのこと。
 水は出ているし、お湯が出ぬのは我慢。風呂も我慢。(親爺はこれには全く困らぬ風呂ギライ)
 雪の予報が見事に当たり、しかも山雪。が、我が山里の雪はまだ三尺である・・・。


 まあ、これが本来の我が山里の大寒過ぎの姿だが、この程度の雪ならまだ雪少なめの寒の中だ。
 


01/24
 山里は予報より一足早く9:30過ぎにもう雪が舞いだした。
 雪はもう本降りである。
 雪が降り出す前に、ドローンを上げた時には、何と薄ぼんやりとだが、暗い空の下に立山が見えていた。
 今窓外に目をやったら、いかにも積もりそうな雪が降っている。嫌な空だなぁ…!!
 この雪の下に埋もれて、何日もふて寝をする腹積もりだったが、いよいよ雪が降り始めると一気に気が滅入る。
 さて、キーボードもいい加減ここらで止めて、ふて寝に入ろう。何せ、外は吹雪…でもないが雪だから。
 行くの降り出す直前。立山もうすぼんやり見えていた。



 

 我家の近所雪降り前の景色。上空から見た近所。旧立山道が県道と分かれ南に向け延びる。県道の分岐点から先は旧福泉坊屋敷があった。
 


01/23
 かなり大きな寒波が来ているらしく、テレビでは低温や大雪に対する注意を呼び掛けている。
 大寒を過ぎ、一年でも一番寒い今だから多分雪もたっぷり来るだろう。我が芦峅の山里ではこの時期当然の事
だ。でも今冬は雪の少ない良い正月だったし、今日現在も30cmの積雪しかない。
 この後、1mの雪が来たところで、例年並みかやや少ないから、ひどい雪降りの日は、家にこもって過ごそう。
 オカカが今日食料や日用品を買いに行った。それで冷蔵庫を満タンにして外出無しとして過ごす予定だ。
 雪などやり過ごすに限る。
 まだ降りもせぬ雪を想像しながら、もう降りこめられた気分になっている親爺だ。
 長女が買ってきてくれた金沢名物の「柴船」を緑茶でいただきながら、馴染み深いクンブーの名峰アマダブラムの
クライミング記録映画を見ている。
 かつて立山を駆け回り、世界の山々へも飛び出した我が先輩たちの眠る墓地が、布橋の先に広がる。


 山里は今こんな程度の雪だ。


 長女にもらった柴舟が美味い。


01/22
 今日は寒い。流石に寒の中だ。が、今の処雪は少ないのが救いだ。
 寒さなんぞは、いよいよになれば夜具に潜り込んで、毛布の一二枚もかけ増せばどうにでもやり過ごすことが
できる。が雪はそんなわけにはゆかない。片付けだけでも大変だ。
 どうやら25日辺りを中心に大きな寒波が襲ってくるようだ。雪はどれだけ運んでくるのだろうか?
 オカカと二人食料や薬などを確保し、一切外出せずにその大寒波をやり過ごそうと話しているのだが、冬籠り
が本格的になるだけの話で、毎年のことだ。
 今は冬ごもりと云っても、道路は確保され、こんな立山のふもとまでも、予ほどの事がない限り、宅急便や郵便
は毎日来てくれるし、水やガスや灯油もまず途切れることは無い。一番大事な電気も、大雪で停電したなどとは
我が山里に限って言えば、もう記憶にない程長い間無い気がする。
 宮仕えをする身でもなし、仕事を持っているわけでもない楽隠居。他に迷惑をかけぬよう籠っていよう。
 寒いは寒いが、雪は今の処殆ど無い。一昨日の木立の雪は寒いのでまだ落ちない。


 立山は雲の彼方。全く見えない。


 小さなつららが一つ、寒さの証拠品。
 


01/21
 昨夜から雪が降り始め、今朝までに新雪が20cmほど降り積もった。
 我が家の屋根は積雪ゼロだったから今日は20cmの雪が乗っている事だろう。外はマイナス2.6℃で、ちょっと
出る気にならないので、確認もしていない。
 9:30には雪が止んで、今は空もやや明るくなっている。予報では明日、明後日までは大丈夫そうだ。が、24日、
25日、26日は雪の一つマークの予報で、この3日間で恐らく数十センチほども来るかもしれぬし、28日29日も雪の
一つマークだから、子の積雪を加算すると100cmの大台を超す可能性もある。
 しかしこの時期に1mの雪なら驚くほどの事もない。我が山里は毎年それ以上の積雪の下に暮らして来た。
 ただ、恐るべきは、ここに住み暮らす住民の高齢化で、除雪能力は10年前と比べても半減しているだろう。
 雪国の豪雪地帯の山村には、もう未来が見えない。
 一夜開ければこの景色。寒い。


 床暖だけでは心もとないので、反射式のストーブは常時焚いている。  で今朝のように寒い時はもう一つ温風ヒーターも焚く。
 


01/20
 今日は大寒の朝。でも雪が少ない山里だから、気分は悪くないし、少なくとも今日の雪の心配はしなくて済む。
 が、この大寒から来月如月の4日の立春までの2週間ほどが、油断も隙もない雪降りの日々となる可能性は高い。
 今日の天気予報でも、雪の一つマークの日が約5日ある。でも考えてみると2週間ほどの間に雪と断定できる日
が5日しかないという事だから、仮に一日30cm降っても積雪としては100cm程にしかならぬはずだ。
 30X5=150となるが、雪には沈みがあるし、降雪と降雪の間が開くと溶けて減る。だから親爺の計算はほぼ
正しいヤマ感計算で、実際はこれより下回るだろうという、希望適時観測も入っている。
 大寒の日の我が家の玄関からの景色がこれだ。
 雪は僅かで、朝陽さえ射している。


 立山大橋の上から眺めた川向の眺めもまるで雪解けのころの様だ。常願寺川の水も結構多く澄んで清らかに流れている。
 


01/19
 朝から良い天気だ。青空が広がり気持ちが良い。カメラを変えて初めての青空なので、早速寒い朝の中で氷に
乗らぬよう気を付けながらシャッターを切ってみた。
 青が強いような気がしたが、暖色系を強く調整すれば済むことだし、好き好きだ。光学ズーム20倍、それ以上に
なるとデジタルズームだが、デジタルでもまずまず綺麗だ。
 親爺の使うカメラだからこれで十分だ。
 今、散髪がてら外を回って写真でもと、軽4WDを運転し外出したが、県道へ出たところで、やたらスリップをしだ
して、何とか減速して、路肩に車を停め、小学校前の坂道に至る前にUターンし(実に慎重にゆっくり)這う這うの体
で家に帰った。それにしてもこんな凍結は久々だ。所謂ブラックアイスバーンで、道路は凍って見えぬが、実は薄い
嫌な氷に部分部分覆われているのだ。
 4WDもこうなるとあまり意味をなさぬ。特に親爺の軽はホイールべースが短いので、くるくると回りやすい。
 オカカが買い物に行っているので、心配になって電話したら、やはり思わぬところでスリップし、が飛ばさぬので、
無事走って来たそうだ。流石に新しい4WD車、新しいスノータイヤ、親爺の車より幾分強い。帰路は大半がのぼり
だから左程のことはあるまい。
 朝からどっきりとした運転である。古希を過ぎた身である。運転は慎重を旨とせねばなるまい。決して無理はしな
いことだ。
 久々の青空の朝。


 大日もよく見えている。20+αのデジタルズーム領域での一枚。      朝日に向かって強い逆光での一枚。
 


01/18
 今日は一昨日のように、静かに暗い空から白いものが落ちている。
 雪には間違いないのだろうが、半日この状態が続いても、積雪は2cmにしかならない。まるで春先の淡雪の様
にも見える。
 我が山里は観測点で積雪24cm、気温は0.7℃だそうである。
 この時期としてはひどく積雪量が少ない。
 これから大寒の20日を過ぎ、又かなりの積雪が来るかもしれぬが、少なくとも雪のない正月が楽しめたのだから
有難いことであった。
 明日を思い煩うことも有るまい。降るべきは降るだろうし、積もるべきは積もるべきは積もるだろうが、温かい春も
必ずやってくるだろう。
 今日は久々に夕食にかけそばを仕込んでやろう。鶏南蛮などが良さそうだ。
 玄関の飾り棚、正月飾りは取り下ろされ、雪靴が飾られた。


 相変わらずの冬空。雪が落ちている。


 我が家の庭にも雪がない。例年だと山盛りの雪を解かすオカカの山水散水融雪が稼働するのだが・・・。
 


01/17
 正月も半ばを過ぎて、松も取れていて世の中はすでに普段を取り戻している。
 親爺とオカカの普段も、とっくに戻っているが、風邪が長引いたりして、しばらく落ち着かなかった。ここ二、三日
でようやく静かな普段を取り戻した気分だ。
 しかし、今は中日を過ぎた大相撲の開催中で、親爺もオカカも相撲が大好きなのでひいきの力士の星取勘定に
忙しく、午後はテレビ前の桟敷席で夢中になる。
 嬉しいことに協会の無情な重すぎるペナルティーに大関から幕下まで落とされた、我が郷土の力士、朝之山が
好調に星を重ねており、十両ながら9勝無敗である。
 本来なら、厳重叱責、出場停止3場所が妥当なペナルティーだった。それを6場所も出場停止にするとは、短い
力士生命の、1番大切な時期を奪ってしまったことになる。あの馬鹿げた事件がなければすでに綱取りに2度は
挑戦していたはずである。
 とにかくこれからも白星を重ね、取りこぼすことなく連勝街道を走り、遅くとも5月場所には入幕せねばなるまい。
 もちろんそれより早い入幕も、人材不足故可能かもしれない。
 早く大関に復帰し、綱を取れ、朝之山!!
 今朝は不動山もよく見える。


 雪がわずかに降り積もり辺りが一気に明るく輝いた。冬景色に雪はやはり欠かせない。
  
 
 親爺の好きなプラモデル。懐かしいスバル360を買い込んだ。ボチボチと長い冬の手遊びに。


01/16
 我が家の屋根の雪は解け切った。もちろん融雪装置のお陰もあるが、雪が少なく温かい日が続いているからだ。
 親爺にとっては理想的な、楽な冬である。
 雪が少なくさえあれば、寒さはさほど厭わぬ。寒さをしのぐ方法はいくらもあり、親爺でも左程の苦労はない。
 が、雪が積もるとこれは体力がないと何ともできない。除雪作業など何の生産性も持たぬ、単なるエクササイズ
で、まあ、若いころならその程度の肉体労働は、歯牙にもかけなかったが、老いの身にはきつい。
 だから、今冬のような雪の少ない冬は気楽である。
 写真も相変わらずの薄暗さである。


 不動の山も見えず。


 打越の山も見えず。
 


01/15
 気温が高く雪が解け、まだ1月半ばだというのに花霞がかかった。
 昨日の雨、そして季節外れの温かさ、これでは花霞もかかろうというものだ。
 雪のない正月を過ごし、若干の降雪もあったが、除雪車が出動した朝は1回きりだ。さて、20日の大寒までは
さほど大きな降雪も予測されぬが、ラニーニャ現象はまだ続いていると云うし、予報では大寒を過ぎた1月末か
ら、大きな寒波が断続的に流れ込み、北日本日本海側は大雪に見舞われるそうだ。
 外れて欲しい。例年より寒く雪の多いはずの1月が温かく、半ばに花霞がたつとは予報にはなかった。
 霞む窓外を眺めやりながら、親爺の日曜日は過ぎてゆく。
 こんな薄暗い日だが、傍らに可愛いおしゃまが居て、何となく楽しい。


 屋根の雪は融雪のお陰で殆どない。                     72mの地上高度から村を見下ろす。
 

 閻魔堂の木立に囲まれた日陰でも、雪が無くなった。



01/14
 今日は黒部の孫がやってくる。コロナやら何やらで、もう2ヶ月ほど来ていないし、今年は正月も来れなかった。
 寂しいのはジジババだが、孫も「正月いけなくなった」とテレビ電話で泣いていた。
 今年初めての黒部の孫、5歳を過ぎてすっかりおしゃまになって来た。早く来ないかと首が伸びる思いの爺だ。
 さて、昨日新しいカメラが届いて、今朝薄暗い曇天の中外へ出て、辺りを撮ってみたが、何便未だ使い勝手が
悪い。馴染むまでには相当の時間がかかるだろう。更に薄暗い景色なので、まあ何やら訳の分からぬ写真ばか
り、しかも日付が一日遅く入り・・・まあ、そのうち馴染むだろう。
 屋根の雪がほとんどなくなった我が家。入れるつもりのない日付が、しかも一日遅れて入っている。


 今朝はとにかく薄暗い。今にも雨が来そうな空だが・・・・・。
 


01/13
 母の月命日なので、例によって仏壇に燈明と香を上げ、下手な門前小僧流の経を読んだ。その後軽い体操をし、
毎朝のルーティンを終えPCの前に座り込んだ。
 今朝はトーストだったので、飲み残した珈琲を飲みながらPCのキーボードをたたいている。
 今朝も快晴!!朝は冷えが残るが時間とともに気温も上がり10:00頃にはずいぶん暖かくなっている。因みに芦
峅寺観測点の10:00過ぎの積雪は35cm、気温は7.9℃である。睦月十三日の陽気とはとても思われぬ。
 こんな冬ならちっとも苦にならない。雪さえなければ天国だ。いくら寒くても家の中で温かく暮らす手はいくらもある
し、温かい夜具に湯たんぽでも入れて潜り込めば十分温かい。
 このまま立春を迎えられたらどんなに幸せなことだろう。雪に悪態をつかずに済む…。
 杉木立の向こうに大日が白く輝いている朝。


 鍬崎山も低い位置から朝日を受けすっきり姿を見せている。


 隣家の庭に残る折れた桃の根。折れ口にはまだ生気が宿る。      打越の金毘羅様の社の木立も青空に突き刺さる。
 


01/12
 今朝も昨日同様ガチガチに凍って明けた。氷で滑らぬよう十分気を付けて、それでも多分はた目にはよろよろと、
はす向かいにある車庫の愛車軽4WDに到着し乗り込んだ。
 ギアを4WDにし、最低速で雪道を進み、良い被写体を見つけると停車し、車から降りてシャッターを切る。
 が、今朝は思うように写真が撮れなかった。愛用のルーミックが美味く動かない・・・。
 山小屋時代から使っているので、もう10数年は酷使しているだろう。使い勝手がってが良く光学ズームも30倍で
しかもコンパクトなポケットサイズ。親爺に手洗い扱いによく耐え、バッテリーケースはカバーが銅テープで補修され
ているし、あちこち傷だらけ。多分限界だろう・・・。
 そろそろ買い替えることになるだろう。
 車庫から眺めた我が家。雪がほとんど解けた。


 昨日午前中はまだ杉木立にこれだけの雪が残っていた。


 今は杉木立に雪は無い。


01/11
 晴れては居るがガチガチに凍てついた寒い朝だ、我が家の石段など氷が張り付いて危険この上ない状態である。
 去年オカカがここですってんころりんとやって、背骨の圧迫骨折をやったことが忘れらぬ・・・。
 不動の山も真っ白に雪を被っているが、青空が広がり陽が射しても、気温が上がらぬので雪はおちない。
 さっき親爺も車でそこいらを一回りしてきたが、寒くてせっかくよくなった風邪がぶり返しそうなので、早々に逃げ
帰ってきた。
 これは今夕まで雪も落ちないかもしれぬ。寒い日だ。


 大日もよく見えているし。


 杉木立も雪も一向に落ちる気配もない。


01/10
 今朝は新雪が20cmほど降り積もった。この程度の雪なら大丈夫だが、気が滅入る。
 明日明後日としばらく晴れ間が続くそうだから、それを期待してこの雪をやり過ごそう。
 風邪の症状がなかなか改善しない。最初は数日でよくなると思っていたが、最初にかかった医師が沈痛解熱剤
しか出してくれず、本当は抗生物質が欲しかったのだがその薬でごまかしているうちに、悪くなった。
 さっさと抗生物質を出してくれればいいのだが、すべてコロナの疑いを持つ医者ばかりでは何とも不快だ。
 検査を拒否したペナルティーのような投薬投だと想った。
 今朝は体調が悪く、雪まで降り出したので親父は機嫌が悪い。
 もう間もなく止むだろうが、嫌な雪だ。


 シガレットココアに初対面。ジジがテレビ電話でポーズを付けたらそっくり上手にまねをして、ママが大うけ。
 東京の孫はママと二人でドクターイエローを東京駅まで見に行った。新幹線小僧だ。
 

 ジジババの家はこんな雪に襲われている。まあ、大したことは無いが。



01/08
 松も取れ、正月も終わった。
 本来なら寒の中で、雪も降り積もり、寒さも厳しいはずなのだが、嬉しいことに今年は雪も少なく青空の多い穏
やかな陽が続いている。
 20日には大寒となり、いよいよ雪も降り積もり、寒さも一段と厳しくなるかもしれぬから、今冬が暖冬だなどと
決め込んでいると痛い目を見るかもしれない。
 親爺も去年、立春寒波と云う訳の分からぬネーミングの大寒波で懲りている。待ちわびた立春に寒波に襲われ
大雪の下になったダメージは忘れがたい。
 しかもその寒波の後にはまだ2回ほど寒波が襲来し、何と2月末に昨冬の積雪のMAX188cmを記録しやがっ
たのだ。弥生半ばになってようやく雪が落ち着いた昨冬は、寒く雪の止み間が雪降りの間より短いような、実に性
の悪い降り方をした。そして立春前に十分積もっていた雪が120cmより減ったことも少なかった。その上に新た
な雪が降り積むのだから、堪ったものではなかったのだ。
 まあ、現在の我が芦峅寺の積雪は34cm。このまま立春を迎えられれば幸せなことだ。
 今日から大相撲初場所が開幕だ。
 我が郷土の力士、朝乃山が十両に返り咲き、不当としか思えぬ協会の弾圧を跳ね飛ばし、いかんなく実力を見
せつけてくれる場所になる事を期待している。
 ”晴れ晴れと土俵に挑めや朝乃山太刀山白く朝日に映ゆる”


 隣家の庭に桃の老木が消えて、ちょっと寂しいが根っこから新芽が出てくるだろう。


 閻魔堂の杉木立は、正月松の中が過ぎたばかりだというのに、花粉の準備ができ黄色くなってきた。


01/07
 正月も今日まで。我が山里の習いで、今朝はお飾りをすべて撤収し、一部は七草がゆに入れ頂いた。
 オカカが婆様から受け継いだ、我が山里スペシャルの七草粥は年に一度の味わいであり、それ故懐かしくしみ
じみと口中に広がり、温かく風邪気味ののどを通り、胃へと治まり身体を温めてくれる。美味さを感じさえする。
 今年の冬は豪雪に悩まされると覚悟をしていた。そんな予報が出ていたからだ。
 が、近所の元雑貨店(現在は閉店)の女将さんで、オカカの友達の一人が、「カマキリの卵の位置がずいぶん低
いから、ひょっとすると雪は少ないかも・・・」と、言っていたとか。我がオカカなど、この村にもいろいろな雪予報が
あるのだが、何れも当たるより外れることの多い言い伝えに過ぎず、信じておらぬが、「ねえ、なんかこの話信ぴょ
う性が高そうじゃない?」と、期待していたものだから、この雪の少ない正月で、この友人の雪予報にすっかり感心
してしまった様だ。
 まあ、カマキリにすれば命を伝える卵を、どこに産み付けるかは本能に依るものだろう。豪雪が来ると余り低い
位置では卵が雪の下になってしまう。故に低い位置の場合はこの辺りまでしか雪は積もらないと、本能が知らせる
のだろう。
 親爺も自分の都合の良い、予報等はすぐに信じてしまう口だ。
 ちょっと遅くなりましたが新年のご挨拶です。


 例年と比べてもかなり雪が少ない。                        まあ、これで雪が少ないのだから豪雪地帯ではある。
 


01/06
 昨日午後の新幹線で孫息子と次女が帰京した。風邪気味でちょっと心配した孫息子も、食欲が戻り、鼻水も止
まり、かなり元気になって来た。家でダンスをし、マックにかじりつく動画が送られてきた。ジジババはほっと安堵
する。多分孫の風邪がうつったのだとのどのイガイガだけなので、行きつけの耳鼻咽喉科を訪ねたが、まだ休診
中だったので、隣の内科医院へいった。
 幸いすぐに診てもらえたが、何気なく入った医院で、発熱もない状態で風邪の諸症状が出ている場合でも2割の
確率でコロナにかかっている、検査を受けますかと云われたが、5回もコロナワクチンを打っているのにという思い
があり、何となくこの医院の対応に非難のまなざしが感じられ、ちょっと戸惑ったので、検査は受けなかった。
 で、出された薬も沈痛解熱剤だけ。こっちとしては一寸不快になって早々に引き上げた。しかも院外薬局ではポ
ストでの薬品の受け渡し・・・・・そうかこれがコロナの現場かと驚きもした。
 医師の説明によると今年一月から風邪はコロナ同様の扱いとなったのだとか・・・。
 間医療現場の一線で働いている医師や看護師にとっては当然のことだろうが、なかなか一般の風邪ひきぐらい
と思い込んでいる、知識も防疫意識もない患者には戸惑うばかりであった。
 雪の少ない良い正月だが、コロナはまだ沈静化しない。


 未だ松の内だが、明日の七草がゆをいただく前に、我が家の玄関の靴が一気に少なくなった。
 

 まあ普段道理の山里なのだが、雪は少ない。
 


01/05
 昨日安房トンネル経由で帰った末娘だが、3時間半余りで松本に着いたと連絡があった。往路は高速で来たの
だが、天候に恵まれ快適でゆっくり4時間足らずで来たそうだから、復路の安房トンネル経由が速かった事になる。
 昨日は高速道路が、上越から妙高高原にかけ、降雪がかなりあって、ライブカメラで確認したら白くなっていた
ので、やはりライブカメラで奥飛騨温泉道路や、松本建設事務所で提供している、安房トンネル出口(松本側)から
松本に至る国道158号線の各所の状態を確認して、少なくとも降雪中ではないこのルートを選んだのだが、これが
大正解だった様だ。
 まあ、便利な世の中になった。道路状態をライブで伝えてくれるこのシステムは有難い。
 と、今日は次女と孫息子が東京へ帰る。昼過ぎにジジババは富山駅まで二人を送らなければならない。もちろん
寂しくなるだろうが、少々ホッとするだろう。昔からジジババの心情を「来て良し、帰って良し」と云うではないか。
 でもこの正月来られなかった黒部の孫娘もまたこの3連休辺りに、長女と一緒に来るだろう。楽しみではある。
 凍てついた氷点下の朝だったが、青空が広がった。


 冬の青空は嬉しいものだ。特に今春の様に比較的穏やかな雪なら、なおさらそう思う。我が家の車庫の屋根が積雪のバロメーター。
 


01/04
 朝から雪が降っていたが10:00現在ほぼ止んで来た。新たな積雪は5cmほど。
 今日は松本の末娘が帰る。ルートを検討したが、高速は妙高を中心に降雪が多く、飛騨路から安房トンネル
軽油が雪も少なく楽そうだと、安房トンネル越えに決めたようだ。飛ばさねば大丈夫だろうし、軽4ながら4WDだ
から強い。
 孫息子も今朝は元気が回復。食欲も少し戻ったので一安心。親爺もオカカも多分うつった様で、のどがイガイ
ガし鼻水もでる。まあ今日からは大半の医院なども開いているが手持ちの市販薬や葛根湯で様子を見よう。
 今年は黒部の孫が正月に来られず、ジジババも寂しかったが、孫娘も寂しかった様で、テレビ電話で泣き顔だ
った。まあ、ジジババの風邪が癒えれば、1時間圏内だからすぐに来られる。
 今朝は一寸白くなった。


 ママと一緒にケーキを作った。家でゆっくり正月の孫娘。東京は愛嬌を振りまいたが、風邪をひいてしまった。
  

 やはり雪の正月。我が庭に雪は降り積む。                    杉木立も雪を被った。
 


01/02
 昨夜からわずかに雪が降ったが、山里は穏やかな正月だ。
 今日2日は箱根駅伝、朝から雑煮を食べながらテレビ観戦している。何と1区で17位、2区に入った今は19位
と一層順位が落ちている。これはもう、下から二番目・・・何位まで上がれるか・・・
 ここ20年は、正月2日には箱根駅伝を見るのが習慣になっている。学生時代の友人と連絡を取り合ったりす
るのも、箱根駅伝を見ながらである。
 が、今年は一寸勢いが悪すぎる。
 と云いつつ、ごく親しい3人の旧友に電話した。大分に千葉に東京だ。
 いや若返った。
  ”雪上がり 古き友らに 電話魔す 母校東洋 振るわぬ箱根”



 杉木立の雪も落ち始めた。青空がかすかに見える。


 閻魔堂も通り道は、毎朝親爺の若い友人モリヤが通り道を除雪する。


01/01
 我が山里は穏やかな正月となっている。毎年のようにやってくる年末寒波もやってこなくて、クリスマス
寒波の残雪が残っているばかり。もう数日空から白いものが落ちてこない。
 で、迎えた元旦の今日、積雪はわずか38cm。気温も9:00現在で2℃程もある。穏やかだ。
 穏やかな山里の正月、この冬がこのまま穏やかに過ぎるとは思えないが、まあ年頭の穏やかさが、世
界に広がりに、コロナも治まり、戦も治まり平和な世の中となるように願わずにはいられない。
 雪が少なければ良い正月だ。


 玄関に市販のしめ飾りをぶら下げ、仏間兼座敷には正月のお飾りをし、お節は重詰めしてスタンバイ。
 

 元旦の立山は見えぬが、山里の雪はこの程度だ。

inserted by FC2 system