令和6年新年度となりました。項を改めます。
5/30
黒部の孫が小学生初の遠足に出かけた。
長女からのLINE連絡によれば、朝6時に御機嫌で飛び起きて遠足、遠足と踊るようにはしゃいでいたそうだ。
孫の喜ぶ姿が目に浮かび、親爺はもう60数年も前の自分の遠足を思い出し、頬が緩んだ。
昭和30年代の前半の頃、かあちゃんが早起きして作ってくれた、海苔巻きと稲荷の弁当をリュックに入れ登校
すると校門の前にはバスが2台ほど来て、待っていた。未だ舗装もされていないでこぼこ道を上級生組を載せた
一台と下級生組の1台は何処か途中までは一緒だが、やがて分かれて各々の目的地に向かった。
3,2,1年生は比較的近い大山寺公園など、6,5,4年生はちょっと遠い高岡の古城公園などが多かった様だが
勿論はっきりした記憶はない。ただ楽しかった事、バスの中でみんなで歌った事、車酔いで吐く子供がいて大騒ぎ
になった事、弁当が普段はめったに食べられぬ海苔巻きやいなりずしだった事。お菓子は個人では持って行けず
みな平等に学校でそろえた駄菓子を紙袋に一つずつ配られた事などを思い出す。
当時我が山里で、例えバスであっても車で出かけるなど滅多に無い事で、車酔いなど全くしたことのない親爺は
元気で、嬉々とバスの旅?も楽しんだ。
今思えば酷い道路事情で、富山地方鉄道のボンネットバスの運転手も大変だったろうし当時は必ず女性の車掌
が乗っており、付き添いの先生たちに混ざっていろいろ世話を焼いてくれたものだ。富山地方鉄道の創立者が我が
村の出で、小学校にもいろいろ便宜を計ってくれたかどうかは知らないが、大人たちが皆親切で温かい目で子供た
ちを見てくれていた気がする。勿論悪さをしたりいたずらが過ぎると、「こら〜!!」とやられたことは言うに及ばぬ。
と、孫の遠足に想いを馳せただけで、我が幼き日々にまで追想が及んだ。
暑からず寒からず今日は良い遠足日和也。大日が良く見えている。

トモちゃんの送ってくれた日ノ出の写真。太陽柱がたっている。

紅白のバラが咲き競い垣根も賑やかになった。

5/29
昨日から雨が降り続いているが、立山は標高の高いところから順に晴れてきている様だ。
雄山山頂は晴れ、室堂も青空が広がる。その下の弥陀ヶ原下部にまだ黒い雲がガスとなって残っている。
我が山里はその雲の下にあり、しつこく小雨が降っているが、恐らく10:00ころからは晴れの予報が出ている。
上空も少し明るんできたような気がする。
昨日丸一日、昨夜一晩中、そして今朝までズット雨だった。まるで梅雨の様だったがきょう午後からは青空が広
がりそうで、そののちは数日晴れるという予報だ。
今日遠足だとばかり思っていた黒部の孫だが、小学校一年生の初遠足に雨が残ると可哀そうだと思っていたら
母である長女の勘違いで、明日が遠足だったそうだ。
ジジババ二人で天気予報を見ながらどうにか晴れてと祈っていたが、とんだママの勘違い。でも明日は晴れの予
報だから良かった良かった、である。
今日も午前中は雨が続きそうな山里、昨夜の続きの大藪ワールドで楽しもう。大藪晴彦描くハードボイルドの世
界、登場する銃器はほとんど知っているものばかり。昔のモデルガンマニアの面目躍如。実銃も猟歴が30年以上
あるから、散弾銃、ライフルなど良くわかる。
だから大藪ワールドは楽しい・・・。
まだ小雨が続く山里。

立山は晴れているらしいが雲の下の山里からは見えない。

剱御前小舎の上を通過する東邦航空のラマ。ラマ引退の頃だから親爺引退の2,3年前だ。

5/28
昨日は25℃を可成り超えた気温だったが、今日は昨夜からの雨がまだ断続的に降り続き気温も昨日よりは
10℃以上低く、最高17、最低15℃という気温になるとの事也。親爺又フリースを羽織り過ごしている。
居間には久しぶりに石油ヒーターを焚き丁度也。
オカカが昨日所用のついでに買い物に行って来たから食料もあるし、外へ出なくても過ごせる。
親爺などいつもの事だが、又本でも読もうと昨夜からいろいろな本を(電子書籍ライブラリに入っている)探し
久々に大藪晴彦を読む事にした。野獣死すべしを開いて、二三ページ読む間に寝てしまった。
この後はゆっくり大藪ワールドに遊ぼう。昨日まで惜しむように読み進んで、ついにしぶしぶ読了してしまった
三面山人記とは全く異なる世界だから、頭のスイッチは直ぐに切り替わるだろう。
明日までには読み切りそうだ。
こんな空だから。

折角花開いたバラが、雨に打たれて花を落とす。

5/27
今日は暗く重ぐるしい朝也。
立山にも上部に雲がどっしりとかかっている。
ライブカメラを見ると弥陀ヶ原は視界が効くが、その上標高2000mから上は濃いガスに覆われている様だ。
山里も午後からは雨に見舞われそうである。
奥三面の記録映画がリマスターされ綺麗な画面で再上映されている様だ。実はこの春先から三面山人記と云う
本を読んでいて、昭和57年ころにダムに水没した村とその生活を記録映画にも収めたとの事も書いてあった。
学術記録フィルムといっても、三面の山村の生活を記録したものである。何とか見たいものだと思っていたら、
DVD或いはブルーレイとして配布する予定もあるらしく、いろいろな情報が出て来る。
まだ時期が早いのかも知れぬが、こういう記録と云うものは広く配布すべきである。親爺など多少無理をして小
遣いを削ってでも欲しいと心待ちにしている。
我が山里も嘗てはそうだったと言う暮らしが、本には沢山書かれており、それが映像として観られるなら、如何に
楽しく懐かしい事であろう。

垣根のバラが花を開いている。今からますます花は増えて来るだろう。

5/26
五月も間もなく終わる。暖かい日と寒い日の寒暖差で体調がおかしくなった月だ。
それでも大きく体調を崩すことは無く、昨日約半日の眩暈程度で、後は比較的健やかに生活できた。
これから6月に入り梅雨となるのだが、親爺はつゆの風情が好きだ。確かにじめじめした鬱陶しさはあるが
紫陽花が雨に打たれている風情など何とも言えぬ。
子供の頃、普段は田や畑に出て家に居なかった祖母や母が、梅雨の間は家で過ごす事が多かった。
それ故、梅雨の間の家仕事も有ったのだろうが、母が障子戸を貼りなおしていて、一日中家にいた日など、
何故かそれだけで嬉しく、自分も外に遊びに行けぬのにウキウキしていた事を思い出す。
尤も、冬ともなれば母や祖母は勿論、山小屋を閉めて立山から降りてきた父もいて、家は雪に閉ざされなが
らも妙に温かかった。
話が脱線したが、鬱陶しい梅雨も気の持ち様一つで風情ある季節ともなるのだ。
五月末の晴天に覆われ緑濃い我が山里である。

立山も晴れている。

常願寺川も青々と緑に覆われた。

5/25
立山は青空が出ている様だが、山里はすっかり雲の下に入っている土曜日だ。
今の土曜日は山小屋にとってはあまりお客様が来ない。これから6月、7月の半ばを過ぎるまで、暇な時期
である。だから山を静かに楽しみたいという往年の登山者には意外と好かれる時期であり、そんな本格的な
お客さんが多いのも今の時期かもしれない。
梅雨と云っても立山は影響を受けにくい。6月にも晴天は結構ある。もちろん長雨もあるが、それはそれで
山小屋でゆっくり時を過ごすのも良いものだ。
昔、親爺がまだ若い頃、藤江幾太郎画伯がお弟子さんたちを10人ほどお連れになって、剱御前小舎で1週
間も滞在した事が数年続いた。昼は蕎麦とかうどんあるいはカレーなどで済ませて頂いたが、晴れた日は窓
を開けて、悪天時も窓際によって、絵をかいていらした姿を思い出す。
我が家にもお泊りになり、デッサンを座敷に広げて見せて頂いたものだ。当時2歳になる前の長女が、ヨチ
ヨチと座敷に来たので慌てて抱っこすると、藤江先生が「お嬢ちゃんジジの画はどうだい?」と声をかけた。
「へたくしょ!!」とにべもない長女の答え。藤江先生も「こりゃ、やられたな。子供の眼は鋭い。」・・・。
「このお爺ちゃんは絵の先生だよ。」と云っても「へたくしょ!!」の評価は変わらず、皆で大笑いしたものだ。
藤江先生も東京でお会いしたのが最後で、もうとっくに旅立たれたが、親爺が結婚した時にお祝いとして頂
いた”タンボチェの鐘”と云うネパールエベレスト街道にある寺院の絵画は今でも部屋の壁にかかっている。
懐かしいお顔を思い出した。

山里はこんな雲がちな天気である。立山は晴れている様だが、弥陀ヶ原の下に見える雲が山里に被っているのだろう。

5/24
若い頃嵌りこんでいた趣味の泥沼?はとっくに脱出して今は忘れていたはずだが、その遺品のような零式
艦上戦闘機のラジコン飛行機を押し入れの奥から引っ張り出し、孫に見せると云う理由で飛ばない機体を改
良しようと弄り始めて、何時しか夢中になっている自分に気付いた。
空を飛ぶ玩具なら、ドローンで今も十分遊んでいて、週2回くらいは飛ばしている。しかしドローンは容易く飛
び、離着陸もよほどのことが無いと失敗はせぬ。そして飛行機のように滑らかな滑空飛行とは縁がない。
飛行機はとにかく止まらず前方に進まねば空に浮いている事が出来ぬ。サメのように泳ぎ続けて居なくては
鰓呼吸ができないと同じようなものだ。
向かい風に乗りたまたまホバリングすることもできるが、ドローンやヘリのそれとは異なる。
だから飛ばしている間中緊張する。そして無事着陸した時のうれしさ・・・。
で、それが面白かったことを思い出し、知らぬ間に抜けだした泥沼に足をまた突っ込んでいる爺だ。
それにしても部品の到着が遅い。
やる気だけはあるのに全く何もできぬもどかしさ。
ラジコン飛行機の世界にまた嵌るのだろう。
これが親爺の性分也。


これは過日の写真。今日の立山はガスっている。

5/23
零戦ラジコン小型機の改良に意欲を燃やしているが、何分にも機体が古く、パーツも生産されていないの
で、代替えパーツなども国内調達は困難であり、工業大国Chinaから取り寄せざるを得ぬ。
Chinaもサービスを日本から学びかなり速やかにやってくれるが、物理的距離が縮まらぬので、注文品の
到着には時間がかかる。細かいラジコン飛行機用の部品調達にこれだけ時間がかかると、我が改良して飛
ばせたいと云う意欲がドンドン減退していく様だ。がしかしこれは待たざるを得ぬ。
今日は高曇り。視界もクリアで立山はよく見えている。が、暑い。
夜は高山性気候で(標高400mでも)気温は結構下がり、薄い布団では寒く感ずることも間々あるが、日中
は暑く、その寒暖差が大きいので、嫌に体がだるい。
オカカにそういうと、これが特効薬と、キューピーゴールドをくれたので朝の薬に加え飲んでおいた。
そのあと毎朝の習慣になっている極々軽いエクササイズをしたが、元気が出てきたようだ。
ラジコン飛行機をばらしてある、親爺専用の作業机(長女の勉強机お古)前に腰掛け、僅かな作業をする。
今してもどうしようもない作業だが、部品がChinaから届くのがまだ先だから、意欲維持のための作業だ。
で、親爺の長閑な日がまた始まった。

親爺のラジコン再挑戦、全てがこの飛ばなかった零戦墜落が始まり。2秒足らずで墜落した零戦。
我がラジコン操縦士のプライドが許さない・・・・・。万年ビギナーながら・・・。

大体がこのギアユニットの非力、更に製造中の塗料吹付ミスが原因なのだ。発注したブラシレスモーターセット一式7500円也。

スペアパーツも殆ど生産中止。この程度だけが手に入る・・・・・。京商は今殆ど飛行機から撤退状態の様だ。

5/22
昨日の天気は雲海の下に入っていた所為だった。立山は晴天で、空輸作業もオール視界クリアな中で
無事終わった様だ。
たまにこんなことがある。親爺が現役中、山里に居るオカカと電話で話をすると、芦峅寺は一日中ガスの
中だという。富山市内に買い物に行ったらそこは晴れていて立山も見えていたと。
つまり標高400前後までが雲海の中で、大抵そんなときは弥陀ヶ原の下が雲海になって、それでもその
先に富山湾が見えて居たりしたものだ。
富山は海と山の水平距離が近い。20数キロで標高差が3000mなのだ。だから急流も多く、冬ともなると
ドカ雪と呼ばれる大雪が来る。日本海からの水気の多い気流が立山の壁にぶつかり寒気に降れ、雪とな
って野山を覆うという仕掛けらしい。
冬の大雪は嫌だが、ガスに包まれる日があるくらいは何ともない。もう山を下りた今は大人しくガスの中
で本でも読んでいよう。
今日はいい天気也。後でドローンを上げて見ようか。
昨日は偉く広範囲な雲海だった様だ。鍬崎の向こうの山は白山だろう。

立山では空輸作業が無事に終わった様だ。

大日もうすぼんやりと見えている。庭の垣根はバラがぼつぼつと花開いている。

5/21
小ぬか雨降り薄暗く鬱陶しい朝也。
蛍光灯が切れて久々に大型家電店まで出かける。パナソニックの20000時間持つという円形蛍光管のツ
インタイプだが、最寄りの電気屋と云ってもこの手のものはほとんど扱っておらず大手に出かけざるを得ぬ。
こうなると我が山里の山奥感はぬぐえぬが、ついでに買い物もしてきたからまあ良かろう。
今日は寒いので居間ではストーブを焚いている。今宵の夕餉は鶏飯の予定なので、鶏もも肉を仕込んで
スープを煮ているのはもちろんストーブの上である。
鶏飯と云えば山小屋でもよくやった。食品が限られる山小屋で、これは人気メニューで、若い警備隊の連中
など大喜びで食べてくれたものだ。
食い過ぎて動けなくなったもの、心平支配人の分を平らげ、かなりしつこく「俺の分まで食いやがった」と云わ
れ続けた者・・・山小屋ならではの笑い話も多い。
で、親爺もオカカも汁掛け飯が好きなので今宵の夕餉は楽しみだ。
黒部の孫が爺の料理で一番好きなものが、クッパである。これも汁掛け飯で、変なところが似たものだ。
雨がまだ降る。

件の零戦はばらせるだけばらしたが、パーツがまだまだ届かない。胴体と翼の結合補強もやっておこう。

バラがまた裂いた。これからは賑やかになるばかりだ。 近所の銀杏も大欅も青々と派を茂らせ生気にあふれている。

5/20
今日は隠れ里の如くガスに包まれている我が山里也。
大リーグの中継放送も5:00頃からだったようで、親爺が何時もの通り8:00頃に朝餉を頂いている頃には
丁度終わった頃で、結果だけ聞いた。ミーハーな親爺とオカカの贔屓は、大谷であり故のドジャーズで、国
内の野球では勿論巨人で、岡本和真が大好きだ。さらに現在は大相撲の場所中で、郷土の力士休場中な
がら、横綱、大関2人も休場中ながら、大の里(問題児回心中)や、狂い咲きの宝富士の活躍が面白い。
暖かくなったからだろうか、親爺も久しぶりに目覚め、いろいろと手を出し始めている。
その第1が、「飛ばぬ京商ミニューム零戦」の改造で、昨日ついに着手した。
着手の最初は解体である。動力部をバラバラに取り出したところ、プロベアギアに製造中のミスと思われる
塗料を見つけ、その所為でギアのかみ合わせが阻害され、ただでさえ非力なパワーソースが一層非力にな
って居たことが分かった。腹が立ってくる。十数年前の機体ゆえ腹立ちをもって行く先もないが、京商と云う
メーカーは今や人気が無くなっている。特に空物に於いては不人気である。新たなアイデアを出し美しい機
体を発売してきたが、惜しいことに動力部分などが常に貧弱で、故に「格好だけで飛ばぬ京商」と云われる
様になった。
今は興味もなくなったから全く京商の現状など知らぬ。
さて改造は始まった。しかしその先の姿があまり見えてこない・・・。
庭の垣根のバラが咲き始めた。

まずは解体から改造が始まる。先の見えぬ改造だが何故かやる気満々な親爺だ。

朝早いうちはガスも余りかかって居なかった。川向の山のガスが川を超えて我が山里にもかかって来たのだろうか。

5/19
京商と云う大手模型会社がある。もう10数年前そこからミニュームワーバードシリーズと云う画期的なスケ
ール感のある電動小型飛行機のシリーズが発売され、その頃はまだドローンも今ほどは手軽ではなく、ラジ
コン飛行機愛好者であった親爺もそれを買った。
実に見事なラジコン機とは思えぬ作りで飛ばし傷つけるのはもったいないので、ラジコン操縦者としては当
時すでに30年以上のベテラン乍、技能は万年ビギナーであったため、飛行を延ばし延ばししている中に、
「見かけは京商、されど飛ばぬ京商」と云う噂が流れ聞こえてきた。
YouTubeでもそんな動画が多くでて、マニアックな理論解説までする、親爺から見たら若造ながら、技術も
知識も遥かに上級な人たちに散々な書かれ方、証拠動画などで溢れた。
今まで飛ばさず押し入れの奥深く格納していたのは親爺の先見の明ならんか。流石大ベテランであった。
さらに時が流れ、親爺の孫が飛行機に興味を持ち、ゴム動力機を作ってやったら、お兄ちゃんお姉ちゃん
ともに喜んで遊んだ。
で、親爺は彼の飛ばぬ京商を思い出し押し入れから引っ張り出し少し整備をし、ちょっと飛ばしてみる気
になった。よせばいいのに・・・。
でその飛行シーンをオカカに撮影してもらい孫に送ろうと考え、それでも朝の人目に立たぬ時間を選び村
はずれの博物館の芝生広場に行って、飛ばしてみた。その結果はXで呟いた通り。約2秒足らずの飛行の後
即墜落小破したのである。
それを娘らに送り、昔もよく落としていたねとか木に引っ掛けていたとか言う、懐かしい思い出を語られて、
意気消沈どころか、今朝はドローンを飛ばすシーンをオカカに撮影してもらい、再度その動画を皆に送った。
まあ、ドローンは飛ぶし、落ちることは滅多に無い。自立飛行体なのだから。
庭に出てドローン飛ばすや春くもり

ドローンを飛ばす親爺の雄姿を撮影してくれと云ったが、老いた爺様の姿しかない。オカカは一生懸命撮ったのだが。

ドローンはしっかり撮れていた。

5/18
食料の補給に、町場のマーケットまでオカカと一緒に行った。
このままでは親爺が超高齢ニート化するから、たまには運転手にでも引っ張り出してやらねばとオカカが
考えたかどうかは定かではないが、そのきらいは多分にある。
しかし考えてみると親爺の歳ならニートと云うより寝たきり老人と云った方が良いのかもしれぬ。
マーケットで見かけるのはご同年の人々ばかり、どこもかしこもよたよたノロノロ・・・。まあこれではこの国
も大変だろう。働き手の生きの良いのは減る一方、よたよたノロノロが増える一方では。かくいう親爺もその
仲間なのだと思うと、背筋が薄ら寒くなった。
オカカの買い物が終わり、心機一転。若い人の迷惑にならぬ様に安全運転に心がけ帰路に就いた。
もうすでに気温も上がっていて田植えの終わった景色の突き当りに立山が初夏の装いで聳えていた。
山里に帰り見上げた不動の山は緑が盛り上がっている。
初夏到来也。

不動山の向こうには大日が姿を見せ、気持ち良い日也。

オカカが買い求めたカマスを開き物干場で干物を作っている。塩を当て酒を刷毛で塗ってある。

5/17
昨夜はナイター中継も無かったので、久しぶりに映画を見た。韓国映画でマ・ドンソク主演のワンパンチ
シリーズ、最新作で犯罪都市と云うタイトルだった。
昔の韓ドラのイメージはなく、コメディー調のバイオレンス映画とでも言おうか、先進経済大国韓国を見る
様な映画だった。
マ・ドンソクはコワモテの刑事役かやくざの兄貴訳がピッタリの俳優だが、無条件で面白い。ある意味で
元気なころのアメリカ映画の様だ。まあそれだけで内容はさしたるものでもないが、面白く、ついにまたマ・
ドンソク主演のゾンビ映画のようなものまで観てしまった。
面白ければよい。娯楽映画に徹しているのがまた良い。ただそれだけ。
アマゾンプライムだとかネットフリックスだとかテレビを購入した時からついているネット動画サイト(動画
ストリーミングサービス)がいくつかあって、個々の契約もいるが、ワウワウなどの月額契約量よりもかなり
安く、アマゾンに至っては買い物のプライムサービスに加入しているので、それで観る事ができるから気楽
なものだ。
あまり使わない方だが、観出すと面白いし、寅さんのシリーズなど素晴らしい画質で全巻観られるし、老後
の時間を昔の映画で楽しむのも良いものだ。もちろんいい映画なら現代映画も・・・。
標高2500mの大日も、凡そ2000〜2200mから上は見えていない。

こんな風な空も広がっている山里だが、立山にはかなり色の濃い雲がかかっている。

布橋もいつの間にか緑に覆われ、欄干の赤が際立っている。

5/16
昨夜は少し寝苦しかった。勿論冬布団は止めて、相の薄い布団に代えてあるがそれでも暑かった。
着こんでいる下着代わりのTシャツがトレーナー並みにごつかったからだろう。今夜は普通の薄手の下着
を着て寝よう。昔からパジャマはお邪魔で着たことは無い。唯一春の剱御前小舎ではパジャマの下ばきを
使っていたがそれとて積雪期だけ。
今は年を取って寒さが堪えるのでいろいろと着て寝るが、パジャマは何となく着る気にならない。ルームウ
エア等と云う軽い生地の良いのが上下セットであって、とても着がってが良いので助かる。
今朝ドローンを上げて杉木立の向こうの立山を採ろうとしたら、庭に紫露草が花開いているのが目に入っ
た。ドローンが緑に染まるのではと思うほど辺りは濃い緑に覆われてきた。少し雲足が速くドローンも無理を
せず適当なところで引き返したが、午後から天気が崩れるとの予報が出ている。
つつましやかに咲く紫露草。

布橋もすっかり水泥の覆われている。

我が山里の村も緑に包まれた。

5/15
高曇りだが視界も効いていて暖かい(やや暑い)穏やかな日也。
今朝は車のバックモニターを昨日弄ったらバックギアを入れても映らなくなった。オカカがそれでは不自由だ
から確り元に戻してと云うので、車庫で説明書を見ながらごそごそやっている中に治った様だ。
で、旧道を一回りし、我が家の墓にもお参りしてきた。
バックモニターは確り治って車庫入れもスムースだった。
昨日は東京の孫の誕生日。朝一番でオカカがおめでとうのLINEメッサージを送った。親爺も負けじと送る。
孫はGWに来ていて、誕生日のプレゼントを「ジジシンカリオン買って」と予約済み。
それが一届くのか、気になってしょうがない。保育園から帰ったら届くよ、とオカカが云っておいたそうだ。
夕刻、ママが仕事の都合をつけて早くで迎えに行って、家へ帰ってプレゼントを渡した。その時の写真が送ら
れてきて、ジジババも一しきり楽しんだ。
新緑が茂る山里だ。廃鶏の大日の雪解けもかなり早い。

嬉しい嬉しいお誕生日。5歳になったお兄ちゃんだね。ママも頑張ってプレゼントの玩具もいっぱい届いた!!
おめでとう。元気にすくすく大きくなれよ。ジジババは健康な成長を祈ってる。

5/14
新緑がまさに鮮やかな晴天の朝也。
晴天に誘われ町場へ出る。町場からも立山はきれいに見え水を張られた田の面にその雄姿を写していた。
だが、親爺には妙に雪の少ない立山のように見えた。
歳を取ると記憶もあいまいになって来る。去年一昨年の事さえ怪しいのに、10年前20年前30年前・・・となる
とかなり曖昧どころか、思い違い勘違い間違いの連続で出鱈目に近くなってくる。
しかしそんな中にも鮮明な映像として脳あるいは心に刻み込まれている断片が有って、そういったものは一
概に老人の妄言とも言えぬものもあると思われる。
まあ記憶など実に厄介なものだ。
今読んでいる三面山人記、昔を語る老人の話が実に面白く、我が山里の古の生活もそうだったと一々腑に
落ちる。山での体験、村での体験、全てが目に浮かぶように見えてくる。
雪道でのラッセルの辛さ、アイゼンをつけて踏みしめる氷の斜面の緊張感・・・これは親爺にもほとんど実体
験がある。だから余計にわかるのかとも思うが、親爺以上の年代の雪国の人々には日常だっただろう。
古い生活の記録。大切なものだ。
新緑の鮮やかな彼方に雪をまだ頂く山が見える。日本の風景だ。

今度孫が来たら、この軽量ラジコン機を飛ばせて見せてやろうと、押し入れの奥から引っ張り出して来た。
バッテリーがやや小さく非力そうなので、ちょっと大きめに改造しよう・・・。親爺の楽しみが広がる。

辺り一面新緑に包まれた春の山里也。

5/13
今日は益々天気が悪くなり朝から雨也。
旅を思い切って取りやめて良かった。こんな天気ではどんな綺麗なところでも何も見えぬし、運転も倍程
疲れてしまう。
昨日から越後三面山人記(えちごみおもてやまんどき)を読んでいる。昭和57年ダムの底に沈んだ新潟
北部の山形県境にあった山の村の記録である。当時はまだ古い山の生活を知るご老人方が多くいて、そ
の方々に昔の生活について、特に狩猟を現金収入とした一団の居た村である事から、学術調査の対象と
なったものらしく、ダムに沈む運命を目前にしたこの山の村を、映像として残しておくという目的もあった様
だが、若かった筆者が忠実に古の山の記憶を記した著作となっている。
嘗て同様の山の村でありながら、立山信仰の村として別の切り口から書かれた我が山里の、猟や山仕事
の記憶もこれにほぼ近い。
親爺が若い頃、わが村にも多くの山人がいた。その人々の山語りを聴いて育った親爺には何とも懐かし
い、そして一々思い当たる記録である。
まだ1/3ほど読んだだけだ。読み進むのが楽しくて懐かしくてたまらぬ。
ミヤコワスレが雨に打たれながらも健気に咲いている。

新一年生で頑張っている黒部の孫。 東京もブランコに一人で乗れるようになった。 バラ一輪華を開き雨に打たれている。
5/12
天気が悪くなり空は曇り空である。視界はまだ悪くはない、立山もよく見えている。
昨日午前中にオカカと一緒にアマゾンプライムTVで、映画を見た。最初はゴジラ‐1とか言う比較的新しい
ゴジラを見たが、コンピューターグラフィックを駆使した映像は実に迫力があり、最後には幻の戦闘機震電
が出てきてゴジラを退治した・・・。
で、ちょっと調子が出てきて、ラーゲリーから愛を込めてと云う映画も見たが、これはシベリア抑留の話で
あり、戦後しか知らぬ親爺たちも長じるに及びそんな話を見聞きする様になって、身近にもシベリアへ送ら
れて無事帰国した方々も居られた。
歳を重ねるにつれ緩くなった涙腺がさらに緩み、涙涙で最後まで観切った。
いやいやいい映画だった。で、これで止めておけばいいのだが、更に見たくなって1954年度版のゴジラ
第1作を見た。画像的には円谷プロの特撮で、フィルムもリメイクされてはいるが古い。だが出演している
役者が素晴らしく良く、海上保安庁の協賛を受けて作られた映画で、往時の戦後の雰囲気が横溢していた。
それ故、非常に面白く観た。
実に3本の映画を鑑賞したが、その中の2作が新旧作のゴジラだったと云うのも可笑しな話だ。
疲れて昨夜は熟睡した。ゴジラの夢も見ずに。
曇天ながら視界は効いている。

きっと傘雲だろうが、何と呼ぶのだろうかこんな雲。

大日の下にかかる雲海。

5/11
今日も五月晴れで温かい。恐らく山里でもゆうに25℃を超え夏日となるだろう。
立山はGW明けだが、この明けの土日は結構混む。親爺現役時代からそうで、剱御前小舎など却ってこの
後に続く土日には多くの入れ込みがあったものだ。
GWの混雑を嫌う本格的なガイド付き登山グループが目立ち、個人の方でも常連の写真撮影の方々などが
多く来て下さったものだ。恐らく今もその傾向があるのだろうか・・・。
少なくとも一時期のような観光客は少なくなるだろうが、昨日立ち寄ったコンビニでは派手なアジア系の人た
ちが他を睥睨するような傍若無人な騒ぎ方で、わナンバーの高級車に乗り込み立ち去った。
立山エリアでもこのような外国人観光客が多く、雪の廊下なる観光エリアで日本語は聞こえないそうだ。
山は変わらずとも、人々が変わりゆく。
悠久の時を経てもこの山々の佇まいは変わらない。

夕景の中の大日の頭上に流れる雲。

操作ミスでドローンが緑に飲まれ視界没・・・が直ぐに出て我が頭上に戻って来た。

5/10
今日は青空が広がり陽も射している。
外気温も既に20℃を超えている様だ。昨日一昨日の寒さがまるで嘘の様である。
親爺も衣類を変え、フリースの薄手を、Tシャツの上に羽織っただけにした。
こうも天気が悪くなったりよくなったりで、温度が乱高下すると体調も可笑しくなる。身体を厭わねばならぬ。
身体を厭うと云っても親爺の場合はこれ以上何も必要ない。毎日が休養日だからである・・・。
さて今日もどうやって過ごそうか、長閑な日である。

今日は下界からも見えている大日だが、この時は山里は雲海の下だった。

夕日を浴びる剱

5/9
山里も寒い朝だ。今日も居間にはストーブを焚いている。それで室温は18℃だから寒い朝に決まっている。
と、トモちゃんが朝一で剱御前小舎からの写真を送ってくれた。山里の朝を寒いなどと云っては罰が当たる。
小屋の帳場の窓には氷が付いて剱がようやく見える。ペアガラスにしてこれである。外気温は-6℃程であろ
うか。親爺も嘗ての小屋暮らしを思い出した。
この寒さをもたらしている寒気も午後には抜けそうだ。
しかし標高2750mの別山乗越では、この時期のこの天気は当たり前のことだ。小雪で季節を勘違いしてし
まう今春の山だった。
山里に居ながら、トモちゃんの送ってくれる日々の写真のお陰で、親爺にも山の様子が分かる。有難し。
何とも背中からぞくぞくしてくるような今朝の写真だ。

近年ペアガラスになったから幾らかはマシになったはずだが、こんな環境にある剱御前小舎である。

昨夕も氷点下4℃まで冷え込んで、公衆便所の壁面に雪が張り付いた。

エビノシッポがこんなについている。

5/8
ガスがかかり雨が降っている。気温も低くなり、居間では久々にストーブを焚いている。
孫がいたら暑がるかもしれぬが、親爺とオカカにはストーブの温かさが心地よい。因みに室温はストーブを焚
いて22℃である。
気温の乱高下が極めて酷い。こういう天候にこそ年寄りは気をつけねばならない。
親爺は、冬の厚地のズボンに履き替え、上にも生地のしっかりした新しいフリース(ユニクロの安価版)を着て
いる。安価版であっても新しいからそこそこの保温性はある。
12日からオカカと一緒に富士山を見に行く小旅行を計画していたが、天気模様が芳しくないので、1日ずらす
ことにした。それで予約を変更していて、半日をつぶしてしまった。
ネット上の予約変更は先ずキャンセルを入れ、再度予約し直さねばならぬ。素直にその操作だけならさして時
間もかからぬのだが、どうせキャンセルしたなら他のコース、他の宿もと、又さがし直したりするものだから時間
がかかってしまうのだ。
悪い癖也。
昼になって面倒になって、日時をずらしただけで止めた。
13日は西湖のそばに在るオーベルジュ、二日目は静岡に抜け焼津辺りで干物でも買いこんで、愛知県に入り、
トヨタ博物館などを見学したいと思っている。そのあたりで一泊し、翌日は岐阜に抜け卯の花街道を通り帰路に
就くつもりで、二泊三日の小旅行だ。
去年は4泊5日の旅行だったが、ちょっときつかった。年も考え、ドライブ旅行も無理をせぬことにしたのだ。
雨の山里だ。

爺の作ったゴム動力機は良く飛んだ。でも楽しかったGWもあっという間に終わった。

見送りのババを娘が車内から取った一枚。 今度は夏にまた来るそうだ。

5/7
今年のGWも終わった。今日は皆それぞれの生活の場に帰る。
天気も昨日までは何とか持ったが、今日はもう雨が降り出しそうな気配だ。
GWは子供たちと孫たちが来てあっという間に終わった。賑やかで賑やかで楽しかった。
一昨日黒部が帰り、今日は皆帰る訳で、親爺とオカカは寂しい二人暮らしに戻るが、寂しい暮らしは気軽な
暮らしでもあり、静かな老後の暮らしでもある。
昨日嫌なニュースがあった、松本郊外の高齢者宅に二人組の強盗だ。軽い刺し傷で済んだ様だが心細いは
我々高齢者所帯也。
どう対応できるだろうか。
アメリカのように拳銃でも所持できれば、それなりの防御も出来ようが、世界有数のガンコントロールを敷く
日本ではそれも無理。力体力で劣る高齢者には暴漢への対応能力はない。害獣撃退スプレーでも用意してお
かねばなるまい。更に木刀でも常備しておくか・・・。
治安のよい国であった日本だが、何とも物騒な世になったものだ。
山里も緑が深まって来た。

楽しく皆で過ごしたGWももう終わってしまった。娘達も孫達もそれぞれの生活に戻る。



良い天気に恵まれたGWだった。

5/6
昨日よりはかなり涼しい日也。連休最終日だが曇り時々小雨で、昨日までの快晴が嘘の様だ。
昨夜から風が強く、寝しなに窓を開け網戸越しに風を通していた寝室だが、とても開けたままではいられない
程の風になり全て閉め切って寝た。故か途中で暑くなり安眠できなかった。
だから今朝は何やら気だるい気がする。風もまだきょう一日吹くと天気予報が言っている。天気予報は言って
いるだけで、それが外れても何の責任も取らぬ。その割に近年は”警報級”だとか”経験したことのない”とか言
う大袈裟な形容詞あるいは注釈をつけることが流行っていて、小心な親爺など余計な心配をしてしまう。
繰り返す大きな災害が頻発する中、人々の注意を喚起するために必要な表現なのは解るが、多用し過ぎると
その効果は薄れる。脅しておいて避難勧告に従わせよう等とすると却って老人の頑な心を閉ざさせてしまう。
天気予報など非常に難しい仕事だ。未来を予測するなど神ならぬ身の出来る事ではない。
明日を予測するだに大変なのに、100年200年の単位で未来を予測するなど余程神がかりの教条主義者のド
グマではないのか。
嘗て、20世紀の先進的な科学者がのたもうた。今世紀末には原油が枯渇するなど自明の理ではないか。いつ
まで化石燃料に頼り自然破壊を続けるのか・・・。で、如何すればよいと云う回答は持たずに。
今21世紀、未だ原油は枯渇していない。産油国の贅沢三昧な生活を見てもそれはよくわかる。
温暖化は進んでいる様だ。ではそれを止めるために如何すればいいのか?明確な答えは誰も持たぬ様だ。
その温暖化の原因も明白だとのたもう科学者たちも、今を生きるためにどれほどの事をしているのか。
そしてその明白な原因とは真の原因なのか?
今日の親爺は薄暗い空の山里で、一人妄想の中に憤っている。

雷鳥が見つめる別山の危なげな斜面。今年の雪溶けは一月速い様だ。

昨日の子供の日、孫たちは黒部の運動公園に遊びに行った。楽しかったそうだ。

その前日は立山の運動公園。ゴム動力飛行機を追いかける。

5/5
子供の日を孫とともに過ごしている。大騒ぎで凄まじい騒ぎだが、親爺もわんぱく時代に戻り孫二人を従えて
縁側の滑り台置き場を片付けてドローンを飛ばして遊んだ。
ガキ大将は下っ端のガキどもを気遣う。二人は幼すぎてまだ眩しい戸外にドローンを上げると眼で追えない。
そこで高度をずっと下げ、庭の範囲で低空飛行。それでも喜んでいるが、2分ほどで飽きたようだ。
で、着陸させるがその時はジジの背中に隠れるやら、近づいたドローンの音にビビるやら。
まだまだ爺のわんぱくには及ばぬ孫たちだったが、可愛いものである。
子供の日のお祝いは、一昨日に直接ねだられて即手配しておいたから、両方とも今日家に配送される。
黒部は今宵帰宅するから、直ぐみられるが、東京は7日に帰宅するだけなのでそれまでお預けだ。楽しみは
後に残しておくと余計良い。
立山の多忙も今宵まで。明日からはまた平素の静かな山に戻るだろう。天気は明日いっぱい持ちそう也。
まご二人を従えて、腕白に戻りドローンを披露する爺。

今朝に山里は暑い。緑が日に日に濃くなってくる。

暑くなってくると、雷鳥の遊ぶ傍らの残雪や、剱に続く雪原が堪らないほど恋しくなってくる。

5/4
今日は祖父の祥月命日、GWで家に集まっている家族全員で仏前でお参りした。親爺とオカカ3人の娘孫二人。
総勢7名でのお参りだから、泉下の祖父母や父母も喜んでくれたことと思う。
又奇しくも高岡の義母も祖父に同じ祥月命日である。
娘らと孫は海洋丸パークへ出かけるので、高岡の義母や義父の墓もお参りして来たそうだ。
お姉ちゃん(長女)の発案らしいが流石総領である。実に関心な事なり。
親爺とオカカはのんびり留守番だが、夕食はまた我が家へ全員帰って来る。その準備もせねば。
今夜もまた我が家で全員お泊りである。賑やかでうれしい。
GWが終わればまた皆、それぞれの生活に戻る。そして親爺とオカカにもまた穏やかな日々が戻る。
トモちゃんが写真を送ってくれるので、山の様子もよくわかる。
今年の山は嘗て見たことがない小雪で、雪解けが極めて速い。

何ともにぎやかな我が家である。こんなことは一年の中でもそうはない。GW,盆と正月だろう。

山里は今日も最高の五月晴れ。大日の雪が少なくなっている。

雷鳥平野営場も雪が非常に汚い。黄砂の所為か・・・。 我が山里は長閑な温かい日だ。

5/3
山里も見事な五月晴れ。立山もくっきり見えている。
立山は昨日から天気が良かった様で、山里は弥陀ヶ原の下の雲海にズーッと入っていたようだ。連休の中休
みではあったが、雷鳥沢野営場などは可成りの混み方だった様だ。
今剱御前小舎を経営しているマー君の婆ちゃんが旅立ったそうだ。マー君の婆ちゃんと云うより仙人小屋の名
物婆ちゃんと云った方が良いだろう。長い間病院や施設でお世話になっていたが、90をとうに超えていた。もう、
向こうで超の付く名物親爺だった新生さんの出迎えを受けている事だろう。
懐かしい人たちが次々に旅立って行く。
昨日剱沢小屋の新平が、ご父君友邦兄の別山北尾根あたりで採取した岩茸(イワタケ)のエピソードを自信の
FBに書いていた。別山の岩茸は古い芦峅寺の山人しか知らぬかもしれない。採取方法もあって霧を吹いて湿ら
せて取るのが古の方法であったそうで、祖母から聞くところによれば、祖父宗作など水枕に水を入れ岩茸取りを
したそうで、昔水晶岳から若い親爺が採ってきた岩茸など無暗に掻きとって来たものだから細片ばかりになって
いたが、祖母に渡したら喜んでいた。「もう岩茸は要らんぞ、危ないところにしかないもんだそうじゃから、要らん
ぞ」と孫が危ない岩場に入ることを嫌ったものだ。祖母の遺品の中にその岩茸があった。手つかずだった。
新平の話に、そんな昔のことまで思い出して、昔日の我が山人たちの笑顔が蘇った。
立山も時とともに変わる。そこに生きる人々も変わる。懐かしい日々は戻ることは無い。
孫が来ている朝。

ジジにもちょっかいをかけにくる。 お姉ちゃんはメモを取る。鏡文字が多いなり立て1ねんせい。「どうぶつ・にわとり・いろ・あか」
今日するゲームのデーター収集だそうな。もうすぐ来るぞ・・・。

夕日を浴びた剱岳。雷鳥平野営場はさすがにGWのテントの数だ。装備が悪いと一睡もできぬ雪上キャンプ・・・。

5/2
さてさて今日は居間から富山駅へ孫の出迎えである。まあ連休中休みとは言えまだ多少混んでいるだろう。
孫の送り迎えだから止むを得ぬが普段なら寄り付かぬ場所。
特に大幅改装後の富山駅たるや、路面電車を駅構内まで引き込むために、車利用でやって来る多くの近郊
の富山県民にとって使い勝手が悪く、正面のモータープールにも裏側のそれにも自家用車では入れない。
タクシー、バスなどがゆったりとスペースを使い一般車はかなり距離を置いたスペースをあてがわれている。
何処のバカ役人が考えたのか、一番利用する地元人の利便性を無視し、路面電車を引き込むなど阿呆だ。
路面電車を利用しやすい路線沿いは、過疎化が進み閑古鳥が鳴いている。路線以外の郊外の住民が利用
するのは自家用車だ。
現実を見ず、大きな血税をつぎ込んで馬鹿な改修をしたものだ。
富山駅へ孫を出迎えに行くたびにそう思う。
明日からの連中再開、天気は良くなるだろう。

今日は山はまだ見えないが雲の動くが早い。明るく開いている個所は緑がきれいに輝いている。

5/1
今日は朝から小雨の中掛かりつけの医院まで出かけ、血圧測定、血中酸素濃度測定などをしてもらい、薬を
貰って帰って来た。これで6月まで薬の心配は不要で気が楽になった。
10:00前に帰着し、大リーグ小谷の試合を見ようとテレビを入れたが、珍事が勃発試合が開始されない。
何とバックネット上部に急に蜂が団子状に群れ集まり、何か営巣しようとでもしているのか、その蜂団子は大
きくなって行って、危なくて試合が出来ず、駆除業者を手配しているそうだが、もう1時間余り試合は遅れている。
球場はアリゾナダイヤモンドバックスのホームグランドの様だ。
まだ業者は来ていないが、日本なら休場の管理責任者などがやかましく責任追及されるだろうが、かなり長閑
で親爺など喜んでその様子を眺めている。
明日は昼頃の東京の孫が来る。富山駅までお出迎えである。明後日には黒部の孫も、松本の末娘も来る。
親爺は明日からちょっとだけ、いや大分忙しくなる。
全くどんよりとした暗い空だ。

我家の周りも庭も車庫の周りも、全て緑に包まれて、小雨がぱらつき薄暗いが、冬では無く春だ。

4/30
窓の外に目が行くと青々とした若葉がそよぎ、今が春と優し気な女神がほほ笑んでいる。
が、昨日までは女神も暖かい微笑であったが、今日は少し疲れたのだろうか、暗く重苦しい様子で涙雨も時々
流している。昨日までの連休に明るい笑顔と暖かい光を振りまき過ぎて、少し疲れたのであろう。
立山も今日は一休み姿を見せてくれない。
山里では、オカカが帰省してくる娘たちや、可愛い二人の孫も来るので、食材の買い物に出たり、夜具や部屋
の準備をしたり大変だ。ここでも親爺は役立たず、精々食事メニューのいくつかを受け持ち作る程度。それでも
既に孫からリクエストされている、クッパや参鶏湯風スープは喜んで食べる孫の顔を思い浮かべつつ、食材の買
い出しをオカカに頼んでいる。
東京の孫がゴム動力機に少し興味を持っている。空物は爺の得意分野。早速アマゾンを検索し良さそうなもの
を見つけ送らせた。2機である。黒部の孫も欲しいと云うに決まっていて、もしなかったらへそを曲げる。そんな可
哀そうな思いを愛しの孫にさせるのは嫌だから、二機準備し、二人がそろうまでには組み立てておこう。
立山は今日は終日見えまい。

縁側には滑り台、居間にはトランポリンを組み立てたのはオカカである。親爺の縁側ドローン空港はしばし閉鎖。

4/29
連休三日目だが今日も天気が良い。爽やかな若葉をくぐり吹く風が心地よい。寒く無し暑くも無し。ボーッと
した春ならではの長閑さだ。
が、立山のみならずこの時期に客を受け入れ商いをする観光地の関係者は、目の回るような忙しさであろう。
でもこの稼ぎ時が終われば、その成果は忙しさに正比例しているから喜びもまたそこにあるはずだ。
まあ精々頑張って稼いでいただきたいものだ。
隠居の身ともなると気楽ではあるが、実入りなど何もない。唯一年々目減りする年金だけ。それでも気の持ち
様次第で、飢え死にすることも無ければ、医者通いで健康管理もできるのだから、心配は要るまい。今の処は。
そういえば連休の所為で薬を貰いに行く日が、ちょっとズレて、明日にでも医院へ行って来なくてはならない。
親爺の心配するのはその程度の事である。
働きが悪くなる分欲望も抑えて過ごせばいいだけの話。身の丈に合った生活を楽しん太平楽を並べて居る。
トモちゃん撮影の剱岳。

親爺のドローンに反応したのか燕が周りを飛び回る。すごい速さだ。

不動の山桜今が盛り。

4/28
良い天気だ。流石の親爺も作務衣に着替え、オカカが買って来たあずきキャンデーを齧っている。そんなに
暑い訳ではない。しかしこの前までの寒さから一気に24℃と云う気温である。これでは暑いと感ずる。
青空の下の木々が緑の若い葉を輝かせ、風にそよいでいる風景は春と云うより初夏である。
秋空のような澄明感はなく、矢張り遠景は幾分靄っているので春の空らしいぼんやりとした暖かさが有って
親爺などどこか虫のいない場所を探して、1日中横になってゴロゴロして居たい。
起きているのやら寝ているのやらと云う状態で、1日を過ごしたい。
まあ、現実はとてもそうはいかぬが、とにかく気持ちの良い日である。
今朝ドローンを上げた。緑に覆われた山里の向こうに立山が峰を連ねている。

春の温かい光に包まれた我が山里。茫洋とした大気に包まれ心地よい。縁側で、ドローンを上げている親爺ちゃんと起きている。

剱と雷鳥。良い組み合わせだ。

4/27
卯月も末となり本日はGWの始まりの日。立山も雲が少々多いがすっかり晴れ、視界も広く効いている。観光
客が多いだろうが、登山客もいるし、スキーやボードが目的の客もいるだろう。
しかし、公共交通機関で入れるとは言え雲表の世界、足下も頭上もよく観察し行動しないと痛い目に合う。
事に本シーズンは雪が少なく、何時もなら雪上歩行で難なく通行できる箇所もクラックが入っていたり雪が極
端に薄くなっていたりするので、これはスキーもボードも同様だが、大きな事故が起きなければいいが。
無理に未知のエリアに入り込まぬ様、そこには何が待っている解らぬ。
我家のGW前半は静かだが、後半には東京、黒部、長野から娘らが集合する。勿論ジジババは二人の孫が
来て泊まるので、嬉しく待ちわびているがその受け入れ準備にオカカは大わらわだし、親爺もあれこれ娘達や
孫に食べさせる料理を考えながら愉しんでいる。
まあ、台風が来て通り過ぎるようなものだと、覚悟もしているが、その台風の最中が嬉しいのだから可笑しな
ものだ。
今日は穏やかに過ごせる連休初日である。
雷鳥の一番はまだ雪色の姿だが、間もなく迷彩色に姿を変えるだろう。

山里も木々に若葉が茂り、雪の早乙女や大日もだんだんと、雪衣を減らしてゆく。親爺も今日は作務衣に着替えた。

親爺が作る佃煮。アサリの佃煮は某有名店のしぐれ溜り(佃煮の煮汁)を購入して、それをメインに好みの味付けに調整
して冷凍アサリを解凍し煮上げるから美味い。ちりめん山椒は自分好みに砂糖を使わず、醤油、酒、味醂で甘くならぬ様に
煮上げる。実山椒は去年和歌山から取り寄せあく抜きして冷凍保存してあったものを使う。いずれも飯の友だ。

4/26
心平が真砂沢ロッジのHPをツィッターに移動したので、見ていたのだがその中ツィッターはXと云う実に愛想
のない名称に変更し、親爺も嘗て登録はしていたはずなのだが、そのアカウントなどをすべて忘れ、縁遠いXと
なっていた。でも全く見なかった訳ではなく、心平が開いたページなどはこのページからリンクできるようにして
置いた。
で、最近そのXのアカウントが気になって、いろいろ調べて見たら、親爺は二つのアカウントを持っていて、何
れも2020年から更新してない。まあ、アカウントは作ったが、このHPだけで充分ボケ防止になっているので、又
所謂その他のSNSでもFBやインスタ等もたまに写真などを投稿しているし、YouTubeなども気まぐれに動画を
投稿しているので、時間つぶしには事欠かない。
が、元々がずぼらで不精な性なのでしかも群れることが大嫌いなので、仲間の輪とかは広げる気など全くなく
何となく投稿しているだけだ。
で、今回もXの二つのアカウントをどうしようか迷っている。写真1枚と短文で、まさしく呟くだけでいいから楽な
のだが・・・。
一つはKSaekiもう一つは山賊庵で出て来るはず。
Xもたまには覗いてみてください。同じ文章、同じ写真も間々あるだろうけれども。
それにしてもツィッターのままが良かった。何なのだXとは・・・。
トモちゃん撮影の御前山から見下ろす大日。

親爺が見上げる今朝の大日。

山里は随分緑が増えて、温かくなってヘコキムシが大量発生している。。

4/25
朝はストーブを焚くほど気温が低かった。その後徐々に青空が広がり暖かくなってきたので居間のストーブは
消した。朝起きた時には丁度良かった親爺の衣装だが、一番着続けて生地の薄くなった前開きのフリースでも
やや暑く感ずる様になった。
しかし空はまだ雲が多く強い陽射しは続かない。これ以上気温が上がると暑すぎるのでこれで良い。
外を見ていると不動の山が緑に包まれ始め、山桜も咲いている。近所の銀杏と大欅も青葉をつけ風に揺れて
いる。
暦を見れば卯月も終わりにかかり、GWが間もなく始まる。
今や隠居暮らしで曜日に縛られぬ日々休日であるので、GWの休日にほとんど関心がなくなっている。山小屋
親爺現役の頃はまだ連休の続き具合など注意して見ていたものだが、今は娘たちが孫を連れて里帰りするのを
楽しみに待っているばかりだ。
緑に覆われた不動山に山桜が咲いている。

近所の銀杏も大欅も緑の若葉に包まれ始めた。

庭の垣根のバラも間もなく花芽を吹きだすだろう。 オカカが紫陽花を鉢植えしている。

4/24
春を楽しんでいるが、桜も終わってちょっと曇天が続き、寒さもなかなか去らぬ。
これで陽射しが出て、降り注ぐようになれば暖かくもなるだろう。
昨日ツィッターの古いアカウントを発見?最終更新が4年前になっていた。ツィッターはXと名を変えたが親爺
も古希を過ぎまもなく72歳になる。で、昨日投稿などのやり方を思い出して、山賊庵のアカウント一本にして他
のアカウントは抹消しておいた。他のアカウントと云うのはフェースブックなどのアカウントを流用して予備的な
意味で作っていたものだが、本命さえ忘れるものを予備など要らぬと判断したからだ。
多分Xで、山賊庵と検索すれば出て来る。皆様又見てやってくださいお願いします。
頭の体操がてら、このHPと、学生時代の友人の奥様がやっている、インスタグラムと、たまにFB、そして今度
はXである。まあ、このHPは毎日だが、後はボチボチ、気の向いたときにとして、世の中に取り残されぬ様、頑
張ってボケ防止に努めているわけだ。
いやいや、最近の物忘れ、人の名前、物の名前の出てこないこと・・・老いるとは辛いものだ。
4月23日の写真だ。小屋の裏側なのだが親爺には信じられぬ雪の無さだ。

暇な親爺の作品だ。ちりめん山椒、ホタルイカオイル漬け、ワラビの山菜漬け。

山里は雨の朝。 垣根のバラの若葉が雨に打たれ光る。

4/23
朝はガスに覆われ隠れ里状態だった我が芦峅寺だが少しずつ明るくなってきた。
昨日トモちゃんから送ってきた写真や、連絡から、山はかなり雪が少なく、沢筋には一か月ほど早い状況が
出ている。別山から剱沢下る斜面ではいくつか破断面も見える。
稜線も御前から御前山三角点までの登山道は雪を踏まずに行けるそうな。
別山もずいぶん雪の付きは少なく、稜線は開いている。
いつもより山が変わっている。昔のこの時期、何処へ行くにもアイゼンをつけぬと歩け無かったものだが。
今はトモちゃんが入山して色々写真と情報を送ってくれるので、家に居ながら山の状態が分かる。
折角インバウンドの客も多くなっているのに、雪の廊下だけ見せて返すのも失礼だ。今少し奥地まで案内し
愉しんでもらえるようにした方が良い。
積雪期の立山では、あるレベルのガイドを伴わねば入山を規制することも考慮すればよい。
雄山日帰り、浄土雪上日帰り、等々レベルを考えたコースを、インバウンド客に勧めれば、登山事故防止に
もつながるだろう。稜線ルートはほぼ開いている。
剱沢へのまのずった跡がよく見える。

山里は庭の垣根のバラが新緑の葉を吹き出している。 朝は隠れ里、何も見え間かった。

4/22
トモちゃんから剱の写真が送られて来た。今シーズン初の剱だ。雪はやはり少ない。
山里は桜がようやく終わり、いろいろな花が芽吹いている。我が家の庭の垣根のバラも、オカカによれば花の
蕾を膨らまして来たそうだ。
我が家の庭の草花は100%オカカの管理下にある。親爺はほとんど関心も興味もない。
バラが咲けば最多で綺麗だと思うし、オカカが親爺のためにプランターで栽培している唐辛子も、食材としての
興味はあるが、それ以上ではない。
今日はオカカがいつもの場所で、ワラビを採ってきた。約20分で1.5kg程の収穫だ。採れば後始末もあるのだ
がワラビは比較的簡単で、綺麗に水洗いし、全部はいる様なパットに並べ、重曹を適量降りかけ熱湯をかけて
一晩あく抜きをする。翌日水を何回か代え、きれいな水になったら完了だ。後は好きなように調理すればよい。
醤油漬けが親爺の好みだが、昆布締めも美味い。
今シーズン初の剱だ。もちろんトモちゃんが撮って送ってくれた。

今日の山里はこんな天気。雨は降っていないが曇りで、肌寒い。

オカカの採って来たワラビ。結構大きく太い。これが一山750g、ふた山で1.5kg。オカカも大したものだ。

4/21
高曇りの静かな日曜日の朝だ。
昨日剱御前小舎への第1回目空輸が行われた。ヘリ要員のトモちゃんは荷送りを確認後、アルペンルート利用
で剱御前小舎に向かった。が、立山駅が大混雑、13時代のチケットしか取れず閉口したとの事。「インバウンド混
み?」であった様で、台湾語、韓国語などが溢れていたようだ。
で、室堂着が14:30、トモちゃんの足だからそこから2時間前後、16:30前には小屋に入ったそうだ。
まあ、アルペンルートにしてみれば今が雪の廊下見物の稼ぎ時。インバウンド様御一行大歓迎だろう。
日本が経済好調で円も高くまだ国民も元気だった頃、アウトバウンドで世界に金をまき散らした。今、無能な総理
の経済引き締め一本やりで、日本経済は冷え込んでいるが、このインバウンドは細やかながら日本経済に弾みを
つけてくれて居る。
以前の世界でまき散らした金と元気を取り戻したいものだ。
雪がずいぶん少ない。昔のこの時期は、剱御前小舎の前でスキーを履いて、そのまま下れることも多かった。
少ない雪の部分部分が黄砂で汚れている。

山里からは大日がこんな具合に見えている。雪は少なく黄砂がまだ残っている様だ。

オカカが植え付けたシバザクラはどうにか根付きそうだ。水仙は花が枯れた。

4/20
葉桜になってしまうと桜も余り振り向かれることは無くなる。人の目を楽しませるばかりか心まで浮き立たせてく
れる桜だが、その花も葉も塩漬けで食用として用いられているし、山桜の樹皮などはそれ自体が工芸材料となる。
枯れ木となってもその木材は、燻製用の燻木として用いられる。誠に役に立つ桜だ。
ただ、毛虫が付きやすくそれだけはいただけない。
昔、芦峅寺の保育所が有って、我が娘らが通っている頃、その裏側に桜木があったがそれに毛虫が沢山付き
主任先生が困って、業者を頼んで駆除してもらったことも有った。保育園には向こう見ずな勇者が数多いたから
その勇者たちに怪我でもさせたら大変だ。
末娘が保育所を出てからもう30年・・・大分昔の事だ。
その保育所が今「曼荼羅食堂」やら、地域交流センターとして、今は親爺たちと全く縁遠くなっている。
子供らの声や足音が響き渡っていた保育所のあの頃が、芦峅寺の村にとっても一番良い頃であっただろう。
葉桜は餅と湯になり生き返り

春一陣の小屋開け入山後、初めての空輸作業が行われた。この空輸は芦峅寺スキー場から行われていたが
立山町がスキー場撤退、後にできた施設がゴミなどを散乱させているため使用困難になり、今は川向の旧ゴンド
ラスキー場駐車場に頼んで、春の下界からの空輸を行っている。
剱御前小舎への食糧資材が飛んだ。(空輸要員トモちゃん撮影)

4/19
9:00過ぎにトモちゃんが顔を見せに来てくれた。今日午後からのヘリ空輸要員で、第一陣は小屋開けに入
って居るのだが、このヘリが飛び終わってから、明日上る予定だそうな。
岐阜のスキー場でパトロール要員として一冬を越してきたトモちゃんだが、御父上と一緒に大分の国東に引
っ越したそうだ。大分は良い所だ。
親爺の古い友人の住む海辺の町よりやや山へ入ったところらしいが、何となく友人の住むエリアという事で
親爺も馴染みのある所なので、縁のようなものを感じた。
さて明日トモちゃんが入山すると、親爺の処に写真が送られてくるから、このページの写真のグレードもかな
り上がる事だろう。
天気は午後に向けて良くなりそうだ。
朝はまだ黄砂の影響が残っていたので、山は見えなかった。

シバザクラと水仙は一寸元気を取り戻している。

閻魔堂石段脇の桜は、もう葉桜めいて来た。今年も良く咲いてくれた。

4/18
昨日から大発生のヘコキムシ対策でオカカは大忙しだった。
オカカは親爺より5歳ほど若いので、かなり元気である。非常に動きの悪い親爺に付き合ってなど居られぬ様
である。
今朝も、そろそろ出るかもしれぬ蕨を見に出かけ、まあ家から5分ほどの我が家の所有地の斜面に出かけた。
結果、まだちょっと早いが、約550gのワラビを採って来た。
オカカは携帯電話に、メモ書きを残す事をしている。で、去年は16日にワラビを初採取、1.1kgだったそうで、
そのあとも何日後にどれだけ、更に何日後にどれだけと几帳面に記している。
で、それがワラビ採りにはいい参考になっていて、今年は4月が寒かったから少し遅れていると見当をつけて
18日の今日550gを採取した。こうなれば後又見当をつけ、あと何回か最終をする訳だ。
親爺は食うだけで、採集には全く役立たない。これは昔からそうで、イワナ釣りや鉄砲撃ち、鮎の投網などは
夜討ち朝駆けで熱中したが、山菜採りと云うのは性に合わぬらしく大嫌いである。その分オカカがワラビだけだ
が頑張っている。まあそのワラビ採りもここ10年ほどの事なのだが。
でもお陰で、ワラビの醤油漬けが大好きな親爺、この春も味わえる。
黄砂が来て埃っぽい今朝の山里だ。

さっきオカカが30分ほどの間に採って来たワラビ。550gある。今年の初物。

常願寺の茱萸だろうか、若葉がきれいだ。

4/17
鬼さの本を読んで、久々に鬼さの肩を揉まされた頃を思い出し、鬼さの顔が懐かしく蘇った。
鬼さはもうずいぶん前に亡くなっているが、81歳まで生きたそうだ。親爺が初めて会ったのは恐らくまだ60前で、
非常に元気なころだったと思う。
可成り若い時に(大学1年生の夏)立山から出て尾根通しに薬師、太郎平から上の岳、黒部五郎、三俣、水晶
野口五郎、烏帽子、取って返して、雲ノ平、薬師沢、高天原などなど、鬼さが活動したエリアにも重なる山域を高
山植物パトロールのアルバイトとして2夏歩き、その後の2夏の間も山小屋のアルバイトで同様の山域をうろつい
た親爺なので、越中の立山衆には間違いないが、薬師から黒部源流に当たるエリアも親爺にとっては、懐かしく
忘れがたい山域なのだ。
昔は我が立山の山里芦峅寺にも、鬼さと同じような山人は多かった。我が父の仲間やその先輩方である。
事の真偽は時の彼方だが、春の狩り山、内緒のシシ猟等で黒部の谷を挟んで鬼さたちと鎬を削った猛者も多
いやに聞いている・・・。
北アルプスのみならず山国日本全土に山人たちはいて、それぞれに伝説を残している。そんな聞き書きの本も
多くある。親爺の本あさりがまた始まる。
イッチャンとオトシさんの家の裏の、恐らくミズキだろうか、やや貧弱な木だが若葉が吹き出して来た。

満開を過ぎ花を散らしているところに雨が降り、一気に寂しげな桜。こちらも雨に打たれ可哀そうにしおれているシバザクラ。

この次にはこんな本を読みたいと思っている親爺である。日本は広い・・・・・。

4/16
久々の雨空で薄暗く、寒くはないが暖かくもない。
で、居間にはストーブが燃えているが一番その近くが親爺の定席なので、少し暑い様な気もする。
昨日の晴天でにつられた訳でもなかろうが、ミニ水仙の周りに何やら綺麗な花が咲いている。オカカに尋ね
たら、オカカが昨日植たシバザクラだそうだ。雪の下になるからどうなるかわからないが、今の処綺麗であり
寂しげに一人咲いていたミニ水仙も何となく引き立っている。
今日のような曇天でも、彩り豊かな庭の一角が引き立って目を楽しませてくれるのは嬉しい。
今日はドローンも上げられず、立山の方もかろうじて見えているばかり。
庭の片隅の彩りが美しい。

小雨模様の朝、閻魔堂石段脇の桜も雨に打たれている。立山は大日岳も微かに見えているだけだ。

オカカは親爺用の唐辛子を今年もプランターに植えてくれた。これや、ミント系のハーブはカメ虫よけにもなるそうだ。

4/15
鬼さ事、鬼窪善一郎さんの話を今少し書こう。
鬼さは嘗て、黒部の谷を縄張りにした遠山富士弥を頭?とした山賊グループの一員だった、と書いたのは前
三俣山荘オーナーの伊藤正一さんだった。その著作「黒部の山賊」は親爺も若い頃面白おかしく読ませてもら
ったが、その信州グループがグループで激しく行動したのは終戦前後の一時期に限られる様だ。
伊東正一さんの本は、大方正確ではあるが、フィクションとしての面白さもあるのかも知れない。
親爺の若い頃、或いは子供の頃、芦峅寺にはその時代、或いはそれ以前から信州のヤマドと接点のあった芦
峅寺の古老たちが結構残っていた。我が祖父佐伯宗作は昭和10年に旅立ちもういなかったが、信州の山人との
交流も多くあったと聞いている。
その祖父宗作と同年代で黒部の主と呼ばれた志鷹弥三太郎爺は隣の家で、一寸風変わりな爺さんだった。
遠山富士弥の父、品衛門と弥三太郎の黒部での出会いは山の中で久しぶりに人に会った時のような和やかな
ものだったらしく、まだ若かった弥三太郎に品衛門はその岩魚漁の拠点を引き継がせた様だ。
五色が原で山小屋をやっていた、叔父である佐伯友治の小屋で、海軍から復員した父宗弘も、五色小屋を手伝
う傍らガイド修行に明け暮れていた。
その頃であろう。遠山富士弥グループと、芦峅寺の山人たちとの間の一触即発と云うかなりシリアスな話を聞い
たものである。
富山県警の管轄内での密猟(カモシカ、クマ)は許さん。信州人グループによる良からぬうわさもある。そのグル
ープが我が管轄内に狩り小屋等を建てているという情報がある。芦峅の若い衆に頼む。そのようなものを見つけ
たら直ちに破壊し場合によっては火を点け燃やしてしまえ。と、まあ穏やかならぬ依頼があったのだそうだ。
終戦直後の事、その程度の事はあっただろう。
海軍航空隊帰りの父たち復員組の若い衆は、血気盛ん。ためらわずその依頼に従った。いくつかの狩り小屋を
焼き払った。が、しかし自分たちも春先には似たようなことをやっている。でも、自分たちの縄張りを信州グループ
に侵されては黙っている訳に行かない。
信州グループも仕返しをした。芦峅衆が拠点にしている山小屋の留守に、タバコや食料などをごっそり盗まれた。
川を挟んでにらみ合う危険な状況もあった様だ。
古老たちが中に入って話し合ったのか、やがて信州グループは黒部の谷から徐々に姿を消し、黒四ダム建設の
槌音が響く喧騒の谷となって行った。
が、しかし鬼窪善一郎さんが、遠山富士弥グループに加わっていたのは本の一時期、或いは狩り山の一時、イワ
ナ漁の一時と、極めて限定的であったのではなかろうか。
小屋番をしたり、高天原の大東鉱山への歩荷稼業、駆り出されて遭難救助、山小屋建築の資材運搬など獣猟や
イワナ漁やという事で生きていたのだろう。確かに小さな体に鋼が入ったような強靭さがあった。
昭和46年、鬼さは多分まだ60前だったと思う。雲ノ平の小屋で営林署のパトロールのアルバイトで居候を決め
込んでいた居た親爺と親爺の同い年(源次郎の孫)二人に、突然やって来た鬼さが「越中の若い衆はだれだ」と
声をかけてきた。
「ハイ。」と鬼さの前に進んで、挨拶をすると。「そうか、おめぇ等かい。わけぇなあ。」と笑顔が優しかった。小柄だ
が顔は真っ黒に陽にやけ坊主頭にハチマキ。昔の芦峅寺の爺様たちにそっくりだった。
弥三太郎爺の事は覚えていて、当時まだ健在だったので、それを伝えると喜んでいた。我が祖父宗作や源次郎
の事は時代が違い知らなかったが、「話にゃ聞いてる。」と云ってくれた。鬼さのリップサービスだったかも知れぬ。
芦峅寺の若い衆と聴いて、懐かしくて来てくれたようだった。「おい、越中の若い衆。オラァ肩凝ってたまんねぇだ
から、ちょっと揉んでくれ」と云われ、はい、と答えて肩もみをし出したが、その固い事・・・「まだだ。まだだ。」とやら
れ、小一時間も相棒と二人で交代で揉まされた。
手は疲れたが、肩もみをさせながら、いろいろ語ってくれた鬼さの話は面白かった。もう50年以上昔の話だから、
その面白かった話は、中々正確には思い出せない。
大きなほら噺も有ったろうし、真実辛い話もあったかもしれない。
昨日の夜、鬼さの語り下ろし?の電子書籍を読み乍ら、今はもういない我が父や祖父の時代の山人に想いを馳
せた。ああ、あの時代の山人たちに、もっともっと話を聞いておけばよかった。悔いが残る。
今日も素晴らしい天気だ。

鬼さの語り下ろしの一冊。心和んだ。 我が芦峅寺も細やかな桜満開を迎えている。

4/14
朝からヘコキムシとの戦いで疲れている親爺だ。
天気が良く温かくなってきたので、恐らくどこかに冬眠していたヤツや、外からミリ単位の隙間をくぐり抜け、家
に侵入してくるヤツもいて、温かい窓とカーテンの隙間にモゾモゾ蠢いている。
コヤツは臭い体液を噴霧する。それ故ヘコキムシの名を冠されているのだが、所謂カメムシである。
病原菌を媒介することは無い様だが、その臭い体液が目に等はいると炎症を起こす。また強烈な悪臭は中々
取れず、服などについてもくさい。
またこいつに有効な殺虫剤はまだない様で、忌避剤なども売ってはいるが、試したことは無い。
ミント系の匂いを嫌がるらしいので、ミントの鉢植えを並べておくと良いかもしれない。
今はガムテープ捕獲が専門で、適当に切り取ったガムテープで、体液噴霧射せぬよう抑え込み丸めて捨てる。
でもこれも切りがない。何とも厄介なヘコキムシである。
大日がきれいだ。この写真を撮るとき、親爺はヘコキムシを二匹捕った。

名古屋の鉄道博物館に出かけた次女と孫。 ランドセルが歩いている桜並木。ピカピカの一年生だ。

通学は運動服でするのだそうだが、やや大きめの服が一年生。オイラは昔の特急あさかぜに乗ったぞ。年中さんのお兄ちゃん。

4/13
今日も良い天気。昨日のタイヤ履き替えの帰路に立ち寄った、旧大山町上滝地内にある常西用水の桜はほぼ
満開状態で、風が吹くと花弁が舞っていた。
今朝、閻魔堂石段脇の我が家から見える唯一の桜ももう8分咲きだ。小鳥が花をついばみに来るのでこれで終
わるかも知れない。何とも涙ぐましい程の短命の桜である。
桜はこの桜に関わらず、皆花をつけ美しく咲いたと思うや潔く散る。それゆえに桜なのだろう。
古より”世の中に絶えて桜の名かりせば春の心はのどけからまじ”と平安貴族が歌い、その潔さは武人軍人に
常の心構えとして愛された。日本人にとっては何とも特別な花なのである。
携帯カメラで撮った写真ばかりなのだが、昨日の常西用水沿いの桜である。

全く去年と同じ服装で花見をする親爺。 もう一枚はちょっと離れた旧大山寺遊園の駐車場(現大山寺駐車場)の桜。

4/12
朝起きぬけに桜が花開いているので嬉しくなって、ドローンを上げて電線の邪魔者を入れず写真を撮ろうとドロ
ーンを上げた。
高齢で寝起きが悪い上に、喜びすぎて唯でさえ鈍っている五感が、更に鈍くなっていたのだろう。
写真は逆光だし、アングルも朝陽に目を眩まされパッとせぬ。時を待てばよいのが待ちきれぬことがもう老いだ。
その上ドローンを下ろすときに誤って操作、本体墜落数メーター。大きなけがはなかったものの、少し傷がついた。
これは気の短い年寄りの焦り。何を焦ることが有ったろうかと、猛省。
サルでもできる反省とならぬよう、そのあと立山町に出かけスノータイヤを普通タイヤに履き替え、帰路に旧大山
町の常西用水に沿ってある桜並木を見物してきたが、運転は慎重そのもの、車も迷惑にならぬ様心掛けた。
この桜並木は、常西用水の水の流れと、花と、白い立山の峰々が一幅の画を思わせる穴場。
オカカと二人毎年花見をしているが、年々見物客が増えている。折角の穴場だったが。
その写真は明日掲載することにして、今日は山里の閻魔堂石段脇の桜の桜の開花を載せよう。

ご機嫌で通学している黒部の一年生、給食も美味しいそうだ。 東京も年中さんになって元気にわんぱくぶりを発揮している。

大日も機嫌よく姿を見せている。アルペンルートも間もなく開通するようだ。

4/11
今日も良い天気だ。昨日よりは幾分雲が多いが、温かい穏やかな春の天気だ。
こんな気持ちの良い日だが、親爺は通院日。まあゆっくり行って来よう。今日は眼科の定期検査で、
半年に一度ほど受けている視野検査だ。かれこれもう20年以上通っている。
目と云うのは実に重要な器官である。親爺は40代で高眼圧症が見つかり、それ以来緑内障になると
困るので、点眼薬治療を受け、視野検査も定期的に受けている。幸い今の処大きな視野欠けはないが
視力は最後まで保ちたいから、点眼も欠かさない。
内科にも定期的に通っているから医者通いは多くなる。それでも転ばぬ先の杖と思い、真面目に通院
している。
写真の中に燕が移っている。何時もより来るのが早いと思うのだが・・・。

東京の孫も元気にキリン組さんに進級。頑張って保育園に通っている。食べているのはキッザニアで自作
したピザだ。割と近くにあるキッザニア、オイラは常連だい!!

東京など花はもう散り始めている様だが、山里は漸く開花が始まったばかり。ミニ水仙も咲き出したばかり・・・。

4/10
いよいよ、小学校一年生になった黒部の孫である。
制服は特別な日だけで、普段は体操着での通学となるそうだが、昨日は入学式で、ハレの日故制服。
なかなか可愛らしくて、直ぐ大きくなるからとてちょっと大きめのぶかぶかサイズで、空のランドセルが
大きくて、このミスマッチがピカピカの一年生のトレードマーク。
式の様子はビデオで見せてもらったが、皆同じような格好で、ちょこまかと可愛い。
名を呼ばれ、人一倍大きな声でシッカリと「はい。」と答えられた。エライエライ!!
まずはパパの実家へあいさつに行って、その可愛い姿をご披露。14:00過ぎに立山のジジババの家
にやって来た。

先ずはランドセルを背負ったままババに飛びついて一甘え。

ジジにも抱っこされてもう一甘え。

山里の さくらつぼみを 色付かせ 孫小学生と なりて来りし

閻魔堂石段脇の桜がつぼみを色付かせている。 雨に打たれていたミニ水仙も元気に朝日を浴びている。

4/9
朝から結構強い雨が降っている。
気温も昨日と比べると、7〜8℃かそれ以上低い様だ。
こんな空の下、黒部の孫の入学式である。学校までは車で両親と行くから、心配はないものの、桜の
花の下で入学式を迎えさせてやりたかった。
まあ、本人は全く気にしていない様だ。パパの実家へ最初に挨拶にいき、そのあと午後からは我が家
へ来るそうで、親爺もオカカも楽しみにしている。
ババが抱っこして寝かしつけ、目覚めれば爺が抱っこして人間ゆりかご。可愛くて可愛くて堪らない孫
がついに小学生。嬉しさと一抹の寂しさと、妙な気分である。
午後になって元気な声が我が家に響くのが、何とも待ち遠しい。

折角咲いたミニ水仙が雨の洗礼を受けている。 自生したフキノトウ採らずにおいたら黄色い蕾を頭に伸び切った。。

下戸のくせにジンの香りと味が好きで、本物のジントフィーズを少しずつ舐める様に味わってい親爺だが、
何とノンアルのジントニックが出てきた。これは嬉しい。匂いは今一ながら、苦い味が良く再現されている。
何でも出来るものだなと、感心した。

4/8
今日は曇天ながら立山はまだ見えている。
昨日の大相撲地方巡業場所は楽しかったが、会場の出入り口が1箇所しかなく、中に入るまでが大変で
しかも中には売店が並んでいるので、人混みが凄まじい。
何が嫌だと云っても人混みと行列が一番嫌な親爺、もし大相撲でないならとっくにUターンした。でも溜り
席3列目で、本場所では余程運かコネが無いと取れぬチケットを取っていたので、我慢して人混み行列の
中を目指す席に向かい、小さな座布団に腰を下ろした。すでに幕下以下の稽古が始まり通路には大の里
が姿を見せ、10分もすると席取り連中が次々と現れ、親爺とオカカの席が西溜りだったから、2m程の処
に、立ち並んだ。
琴の若は大関、同門の若手たちが挨拶に来て、水をつけていく。流石大関になると廻りの扱いも違うの
だと思った。
テレビで見慣れた、若い者頭の親方や、鳴戸親方、高砂親方等の他に呼び出しもいる。ひそかに贔屓し
ている呼び出し隈次郎を探すも見当たらず少し残念だった。
狭い溜り席、足のしびれや腰の痛みを耐えながらの観戦だった。本割は基より地方巡業故本気は出さな
いがソレなりに見て、弓取り式まで観ての帰宅だったが、場内の混雑、誘導の悪さには辟易。
開けて今朝、昨日の後遺症がやや残り、足腰に疲労感。曇天ながら立山は見える。
朝之山が抱っこして土俵入りした赤ちゃんは、親戚の子か、全く泣かず抱っこされていて、可愛かった。
地方巡業ならではの一コマ。



今日は曇天ながら、立山が見えている。午後は天気が崩れるそうだ。

4/6
待望の青空が広がり、とは言え春独特のアイ(靄)のかかった空ではあるが、寒い日が続いた後なので
決して贅沢は言わず、喜んでいる。
立山もボーっと霞みつつも見える。早速ドローンを上げて見たり、庭に出て見に水仙がつぼみを持って
いるのを見つけ喜び、その横に小さな花の一叢を見つけ又喜んでと春の楽しさを体感した。
見つけた小さな花は何か親爺にはもちろんわからず、ネット検索でコハコベだと知った。
気温が高くなったので、ストーブを切り床暖だけで室温は22℃ある。
立山の室堂周辺の山小屋の連中はもう入山したらしい。剱御前小舎のマー君も一陣は15日に入山する
そうだ。山を仕舞い隠居の身となって、そんな小屋開けの話も遠いものになった。
親爺の厚着は大失敗。昨日までの肌寒さも何処かへ行って春の女神がついに腰を据えてくれそうだ。
大日が姿を見せている。

去年はとっくに咲いていたミニ水仙も、漸くつぼみを膨らませ始めた。傍らの小さな花、コハコベというそうだ。可憐である。

4/5
ガスこそほぼ上がったが、矢張りすっきりせぬままの今日の空だ。
朝方少し冷えたが、川向のスキー場跡の上部には上がりゆくガスのベールの後ろに、新雪が見えた
様な気がした。
何とも早、薄暗い日の続く事か。東京は桜満開で浮かれているが、山里はしつこく冬空が残っていて
とてもうきうきした気分にはなれない。

昨日オカカが摘んできた葉ワサビは、綺麗に洗い刻んで、僅かな塩と砂糖で揉み、それを沸騰前の8,90℃
のお湯にくぐらせて絞り、チャック付きのビニール袋に入れ、醤油をふりかけ袋で揉み馴染ませ密閉し保存。
これで、美味しい葉ワサビのしょうゆ漬けとなる。今朝味見。辛い美味い!!

4/4
朝からガスがかかって、我が山里はまるで隠里のようにガスに覆われていた。今は雨が降り出した。
雨の降りだす前に、親爺はドローンを上げて、ガスに覆われた幻想的な写真でも撮ろうと試みた。
撮れた写真はただの薄暗い写真ばかりだが、それでも見る人によって、良い写真だという人もいる
かも知れない。まあいないことも無いでは無かろう。
等と頼りない事を思っている中に、オカカがワサビ菜を何所からか摘んで来た。
去年は3月中に出ていて、オカカが摘んで来て、ワサビ菜の醤油漬けを作って頂いた。段々ワサビ
漬けの腕も上がり、辛くならないことは無くなって、鼻に抜ける爽やかな辛みが楽しみになっている。
これからは蕨やウドも出て来る。楽しみな事だ。
今日は隠れ里の趣だった我が山里だ。今は雨。

閻魔堂の参道を真上からのぞいた。石畳が落ち葉に埋もれている。山里はガスに覆われていた今朝だ。

昨日はオカカがイワシのピカピカしたのを買って来た。オリーブ油にニンニクと唐辛子を入れ低温で
約3時間煮込んで、コンフィーにした。ガラスのタッパーに入れ保存した。

4/3
黄砂がまだ残っているのではないかと思われるような外の景色だ。
今日も立山は見えてはいるが、薄暗い中にボーっとである。青空が更に出ないので春の明るい、温
かいイメージが全く湧いてこない。
今朝も何やら中途半端で、雨こそ降っておらぬが、風が出てきてドローンも上げたが直ぐ下ろした。
こうも薄暗く静かだと、何やら眠気がさして来る。
米国の作家コールドウェルは、タバコロードで有名だが、大学の教養課程で英語(米語)の原書読本
として、コールドウェルの短編集を宛がわれた。その中にSmall dayと云うのが有って、まずこれは「小
さな日」などと訳すと誠につまらぬ作品になると仰った蝶ネクタイの教授(名を失念。半世紀前の事だ。)
の言葉を未だに覚えている。
成程、翻訳と云うのは原文の意をくんで、相応しい日本の言葉を紡ぐ事なのだと、思い至ったのだ。
何分新米大学生、ひげも生えそろわぬ若造の、当たり前と云えば当たり前すぎることに気付いただけ
の事なのだが、そのレベルの事でも心に残した、山出しの若き日の親爺だったのだ。
で、蝶ネクタイ教授の訳は「つまらない日」であった。
これだけ長く思い出を書いて、つまり今日がSmall day であることを言いたかっただけだ。
嗚呼つまらない日だ。この写真の色合いが既に薄暗くつまらない。

すっかり雪が解けた閻魔堂も何やら埃っぽく春の様ではない。

大日から早乙女山にかけては、雪がずいぶん解けた。

4/2
昨日富山へ用足しに出かけた帰り、郊外にある富山ブラックラーメンの元祖、大喜の支店に寄った。
常願寺川にかかる大日橋そばの支店だ。
昼少し前だから混んではいなかったが、入店しても「ラッシャーイ」とも声がかからず、随分静かだ。勝
手に2人駆けのシートに座り、注文を取りに来るのを待っていたが、壁にタッチパネル注文ボードが掛り
どうやらそれで注文をする様だ。まあ、最初は勝手がわからず、少してこずった。
味・濃いめ、普通、薄目。麺・固め、普通、柔らかめ。コショウ・多め、普通、少な目。とチョイスできる。
数量2とし、注文ボタンで確認画面、そして注文。
実に無言で注文ができる。以前来た時は確かコロナ前、だから4,5年前だったのだろうか。それにし
てもこれが大喜のラーメン屋か・・・。
比較的スムースに注文の品が出てきた。そこで初めて「お待ちどおさまでした。」と人の声を聞いた。
そして味はやや気の抜けた大喜であった。
客の好みなど聞かず、塩辛く真っ黒なスープに太い硬い麺を入れ山盛りの焼き豚を積みあげ支那竹
をのせたこれが大喜の中華そばだ。メニューは大と小だけ。と云う昔の狭い本店の味を知る者にはかな
り面白くない。店が自信をもってこれだという味を出してくれた方が有難いし美味い。
塩辛くスープは飲み干せずともそれが大喜の味だった。そして「ラッシャイ。」「アリアトゴザイマシタ。」
のこの二声が必ず客に向けられ「ゴッソーサン。」の客の声も親方に向けられたものだ。
何とも合理的なシステムの導入は時代だろうが、店が自信をもって出す味まで変えることは無い。
中途半端な富山ブラックを喰った気がした。ああ面白くない。
今日は黄砂が抜けややすっきりした。

そんなにひどく不味くはないが、気の抜けた大喜の中華そば・・・。因みに麺柔らか目、スープ普通の注文。

旧立山道上空から我が家方面を見る。恩師宅はすっかり取り壊された。

まだ遠景は靄っている様だが、これは春のアイであろう。ズームの先の大日岳はだいぶ雪が解けた。

4/1
いよいよ卯月4月1日新年度の始まりである。役所と云わず会社まで、凡そ新年度で動いている日本
では、皆さま襟を正し心新たに新年度を迎えられた事だろう。
我が孫も一足遅くこの10日に、小学校の入学式を迎えるので、その姿が今から目に浮かぶ。
黄砂の影響もほぼ取れて、今朝から立山が春のアイにボーっと霞んで見えていた。
東京の孫ももう新年度のクラスに、今日から行ったそうだ。少し風邪気味で、3、4日休んでいたので
今朝の登園は渋々だったようで、それは仕方あるまい。年中さんになった。
朝一番のドローン飛行で撮った今朝の立山。
3月に雪が多く降った様で、少ないと思っていたが雪は例年並みだろう。

ドローンを飛ばす親爺。流石に冬の衣装は脱いでいる。 鍬崎山も顔を見せていた。

オンバダン(御姥谷)も雪解け水が多い。布橋はまだ手すりの覆いを外していない。