8/31
葉月ももはや晦日也。台風騒ぎでそれと意識せぬ間に葉月は終わりに成ろうとしていた。
台風に直撃された大分も、友人宅は無事で、鹿児島のお嬢さんもご無事な様で、先ずは胸を撫で下ろした。
台風の影響で、線状降水帯が伸び、被害が報じられた平塚には甥の嫁さんのご実家もあり、大磯には甥の
新築した家もある。心配で妹を通じ問い合わせたが、無事だった。
テレビの報道は一番ひどい所を主に取り上げるから、ええッと思ってしまうのだ。
特に地理感がないと心配も募る。
今日の土曜日は本来なら山小屋の稼ぎ時、予約もびっしりで満員御礼の出るところだが、今日はいけない。
台風の影響を受けた悪天候で、なん百万円かの予定売り上げがゼロになる。
親爺もこんなことはずいぶん経験した。でもどこからも補償は出ない。
水商売である。致し方ない。
またちょっと体がだるくなってきた。ここらで筆を置こう。
台風を待っていたが今日になって雨がやって来た。これは秋色剱岳。
チングルマの花が散ったあとのほうけたチングルマは秋の寂しげな立山の景色に溶け込む。
大日岳の右手には富山湾が広がる。その向こうの能登半島も見えている。
8/30
カラッとした天気だが、大日がすっきり見えて立山も良い天気の様だ、と思っていたら室堂から下は良いが
稜線部には信州側からガスが押し寄せ、雄山山頂カメラで見えていた剱が、あっという間に見えなくなった。
室堂からの映像を別角度で剱御前、剱の方に向けたカメラではまだ別山尾根も剱も見える。しかし雲足は
速く、明日の土日は本来なら満室状態になるはずの各山小屋も、恐らく台風キャンセルに悲鳴を上げている
だろう。
山里も少し日が陰って来た、少しずつ天気も崩れて来るのかも知れぬ。
台風の進行が遅々として進まず被害が拡大しそうだ。
一番質の悪い台風なのだろう・・・。
地震で始まった北陸の元旦だったが、あちこちで天変地異が頻発している。
静かな日々の有難さに改めて感謝をし、神仏の加護を祈るのみ。
今朝はすっきり見えた、大日如来のまします山。
一昨日は飛行機も上空を通過して行った。ジェット機の音は大きい、静寂を破る音を立てる機体を雷鳥が見上げていた。
雄山山頂からの剱はもう見えぬ。
突如の天候変化の中落ち着いた足取りで登って来るベテラン登山者。
8/29
台風の影響が出ぬ間にと、今朝は久々にドローンを上げて見た。
曇天ではあるが、視界は良く、立山の山並みもよく見えた。
台風は鹿児島に上陸。もたもたと進路が定まらず、被害も出ている様だ。
被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
いつも思う事だが、テレビ報道と云うのはかなりいい加減だ。災害地の惨状を中継した直後に全く関係ない
商品のコマーシャルを流すのだから。この緊急時に白髪染めも染み抜きも相応しくない。どうでもいい老齢女
性が長々とその商品の説明やら効能を述べ立てる。CMあっての民放だとは理解するが、時と場合を今少し
考慮すれば如何なものか?少々腹立たしい。
台風が来ぬ間にと、ドローンを上げて見た。前回が6/21のフライト故2ヶ月余の間が有る。
体調不良もあったし、飛行機作成に入れあげてもいたし、そんな所為だろう。
曇天、さっきは雨がぽつりぽつり。でも視界は良く立山の峰々は見えていた。
例によって縁側からのナマクラフライト。
庭には桔梗が頑張って咲いている。
8/28
台風の進路は定まらず、進行速度も頗る遅い。それ故に愛知、静岡、岩手など飛び飛びに雨の被害が出て
いる様だ。
報道も大げさに過ぎ、早く非難しろと云わんばかりの脅しに聞こえる事が多い。特に「かつて経験したことの無
い猛烈な風雨」などと云う表現が多く、過ぎて見れば幸い大したこともなく、この程度なら過去に何十回も経験し
ていると呟く事も有る。
しかし考えて見れば大雨被害や、暴風被害は出るところには出ており、被災され大変な目に遭っておられる方
方も多くいるのだから、自分の目の届く狭い範囲だけを見て、ごちゃごちゃ言って居るのは井の中の蛙にほかな
らぬ也。
大自然相手の天候予報や、地震の予知など親爺にすれば理解の外であるので、こんな勝手な事を言って居ら
れるのだろう。又住み暮らしている父祖伝来の我が山里が、あまり大きな天災を受けていないから、ここは立山
の神仏の守り給うところだと、信じ、冬の雪にだけ閉口しながらも離れず、住んでいるのだ。
事実大きな自然災害は、経験はない。昔の爺様婆様(今は自分が爺様婆様だが)からも大きな自然災害の事
は聞かなかった。安政の大地震で、大鳶崩れが起きた時も、河岸段丘の高所に位置する故、被害は殆ど無かっ
たと聞く。
ただ昭和44年の夏の、常願寺川の大水害はよく記憶している。我が家の「下野」と呼ばれた常願寺川河床から
2〜3m上に有った田圃が耕作小屋ともども濁流にのまれ跡かたなくなった。
当時父が黒部の仕事で10人ほどの村人を連れて入山しており、家には母と祖母と高校生だった親爺と妹だけで
祖母が「田圃や小屋などどうなっても構わん。母ちゃんも子供たちも絶対に川渕へは行くなよ。」と全員が家の外に
出ることを禁じた。
川が落ち着き、父たちも黒部から帰り、流れた田圃の跡地は全て建設省立山砂防事務所に無償譲渡し、そこに
は頑丈な護岸が作られた。
山里ではその程度の事だが、下流部の被害は甚大なものだった様だ。
脱線して長々書いたが、天才とは如何ともし難きもの、落語にもあるくらいで、早く台風が落ち着いてくれることを
祈るのみ。今朝の山里からの大日岳。
立山の秋色は深まるばかり。雷鳥も今のうちにと餌を啄ばむ。 コバイケイソウも枯れて、立山は冬に向かう。
我が庭の帰京もまだ確りと咲いて、親爺の眼を楽しませてくれる。バラもまだまだ咲き続けそうだ。
8/27
心配していた台風の影響による北陸新幹線の遅れもなく、次女家族3人は今車中の人となっている。
バタバタと廊下を走る足音もなく、ババー、ジジーと呼ぶ声も聞こえぬが、漸く普段静けさが戻ったと云うだけ
の事也。
親爺の学生時代の友人、大分在住のAは、次男家族と同居しており、毎日が随分賑やかで羨ましいと思った。
可愛い孫3人と次男ご夫妻と7人家族で、そこにワン公やらニャン公もおり、大自然に囲まれた山あり海ありの
温暖で長閑なエリアらしい。
今このご時世に孫と同居するなど願ってもかなわぬ夢物語だが、友人Aはそれを実現している。実に実に羨ま
しく思う。
さりとて親爺とオカカの普段を振り返ると、とても真似は出来まい。数日の孫たちの来訪でさえ、草臥れて居る
始末だ。
これからはまた、ただ長閑で暇な日々に戻ろう。
別山の秋は深まって、ほうけたチングルマの中に雷鳥が佇む。
一昨日帰宅の途中で歯が抜けた、歯抜けの可愛い小学1年生。新幹線乗車前のお食事も新幹線ランチ。また来てね二人とも。
今日の山里は29℃程だろうか、青空も少し覗き、アキアカネが飛んでいる。庭のバラもまだ咲いている。
8/26
台風の進行がやや遅れ、明日の27日には影響が少なく、JR東日本も北陸新幹線の運行は通常通り行い、影響
の出始める28日29日辺りに計画運休や大幅な遅れを予告している。
明日帰京する予定の東京の孫と次女夫婦には多分影響はない。という事で老婆心の塊の様な親爺はホッとして
いるのだ。
今日はまた天気が良くなった。昨日一日不安定な大気で、大雨が降ったり、突風が吹いたりしていたが、今日は
落ち着いた空だ。立山もまずまずの空で、稜線部にはわずかなガスもかかるがさほど気にすることもなく登山が楽
しめるだろう。但し山の天気は変化が速い。どう変わるか判らぬことも多い。ご注意を。
幼きは幼きどちのものがたり・・・と云う歌を、孫二人が仲良く笑いながら遊んでいる姿に重ねる。今度も良く遊んだ。
飛行機の修理工場も大繁盛。
昔むかし、ママの作った地球儀に息子が興味を持ち始めた。
8/25
日曜日の今日は朝から涼しい。昨夜半から雨が降ったりやんだりして、焼けこんだ地面が冷やされた所為だろう。
昨夜から黒部の孫も来ていて、我が家は賑やかである。
今朝も6人で食卓を囲む。随分久しぶりだ。眠くて目をこすりながらの食事も、段々目が覚めてきて、速度が上がり
食べ終わるやエナジー満タンと遊びだす。
二人のママが雨の上がった外へ、爺が準備しておいたユニオンのゴム動力零戦を持って出かけた。
前回よりは飛んで、喜んだようだが、ゴムが古くなっており切れて、墜落、小破で帰ってきた。
またジジがその中修理をしておこう。
昨日は高岡にあるお伽の森で、ドラえもんやのび太たちと遊んできた。
まるで本当に一緒に遊んでいる様だね。
家へ帰ってお風呂に入り、すっきりしたところでまた遊びだす。
段ボール製の秘密基地?新聞紙と段ボールでホームレスの家の様だが。零戦はゴムが切れ、ペラがかけ機体にもひびが入る。
8/24
昨日のフェーンによる暑さは少し治まった様だが、未だ最高気温は平野部では35℃になるという。
我が山里の昨日の最高気温は36℃程もあったが、今日は32℃程らしい。
32℃でも親爺には十分な酷暑であり、とても外へ出る気にはならぬ也。
オカカが次女と孫を乗せて、長女と孫との合流場所まで行った。そこで長女の車に次女と孫が乗り換え、二人の
孫はそろって何処かへ遊びに行くそうだ。夕刻にはそろって我が家に戻り、遊ぶのだそうだ。
夜はオカカが手巻きずしを用意し、きっと賑やかな夕餉となる事だろう。
今夜は我が家に小台風が吹き荒れる予定だ。でも多少の被害はあろうが、楽しい事は請け合いである。
もう何年こうやって孫との時間を過ごせるだろうか。孫は年々大きくなるしジジは年々老いてゆく。
まあそんな事を思わず、今を愉しめばいいわけだ。
さて何時に帰って来るだろうか。
朝は一寸ガスっていた今日の山里だが、今はもう憎らしい程の暑い青空だ。
立山からの便りが届く。すっかり秋の気配に満ちているがやや不安定な天気らしく、雲が早く流れる。
大日の彼方に夕日が沈み、山小屋の今日が終わって行く。
8/23
突然暑い日がやって来た。
東京から帰省した次女と孫が、東京の天気まで連れてきた様だ。
孫が来て明るい我が家なれどこの暑さフェーン現象らしい。
夜ともなれば涼風が立ち、アキアカネが飛び、ああ夏も終わるかとホッとしていたが、中々そうは行かぬもの也。
今朝も孫に起こされ、一緒に朝ご飯を頂いたがオカカが6:00前に起きてきて直ぐに孫もババのお手伝いに起きて
来た様だ。
壊した親爺のお古のプラモを修理して、遊んでいる中に親爺のセスナを思い出し、セスナをこの炎天下飛ばしに
行くのも無理なので、廊下で滑走させて遊ばせたが、取り扱いがかなり荒く、壊しそうなので、古い零戦のFF機を持
たせて遊ばせた。まだまだダマシが効くのでありがたい?
今は段ボール箱に入って遊んでいる。
スゲーだろう。おいらがゴムを巻いたんだぜ。
私は小学生だから夏休みの宿題頑張ってる。明日ママと一緒に行くからね。
明日は今日より少し涼しくなるよ。アキアカネの天気予報を信じよう。
8/22
昨日ヨータローは無事下山、しかもヘリに乗せてもらっての山岳フライトでだ。
人生初の航空機飛行が、ヘリによる山岳フライトだったとは流石真砂沢ロッジの息子だと親爺は可笑しくなった。
まあ、心平から前もって聞いてはいたが、不安定なヘリ輸送、その間を縫っての人送フライト、そう上手くゆくかと
心配していたが、実にスムースに云った様で、親爺は嬉しくなった。
さて今日からは東京の孫がやって来る。5歳の年中さんだが、GW以来なので少し成長しているだろうか。
ウンチの玩具に興味を持って、仲良しと二人うんこで戯れている様だが、そういう時期ってあるのだそうな。
まあ、爺の処へ来れば模型飛行機のフライトで楽しませよう。ただしこの暑い日盛りは無理だ。朝か夕方の風穏
やかな頃を狙おう。
5泊するそうで、その中の1泊は黒部の孫も来るそうだし、25日にはお迎えを兼ねて婿もやってくる予定。
しばし賑やかになる事だろう。ジジババ体力の限界に挑む心地也。
人生の初フライトはヘリの山岳フライト。楽しかったようだ。
空き缶つぶしのお手伝いも出来たし、頑張ったご褒美の、心平父ちゃんの心づくしがヘリフライトのプレゼントだ。
山里はヘリならぬアキアカネが飛び回る。
8/21
今10:00に少し前だが、朝から出ていた青空が陰ってきた。凡そ昨日と同じ空模様也。
一先ずクーラーを入れて過ごしているが、自動運転にしているから時々止まる。外気温もさほど高くは無いのだ
ろう。
トモちゃんが送ってくれた写真だが、剱御前小舎に虹の絵が良い。
今シーズンは天気が比較的不安定だから、虹もよく出るのかも知れない。
今日は空輸予定日だが、立山は比較的良い天気で、きっとヘリも飛ぶだろう。
ヨータローがヘリで下山できれば良いのだが。
剱御前小舎と虹。
ヨツバシオガマの花も落ちて、山はいよいよ秋色になって来た。親爺の手製青唐辛子ニンニクオイルが好評だ。
庭の桔梗もソロソロ終わりかと思うが、未だ頑張って新しいつぼみも持っている。
黒部の孫が夏休み前に学校からもらってきて、玄関先で育てていた朝顔がけさ花を開いた。
孫は大喜びで、今日もママに送られ学童へ。
8/20
真砂沢から便りが届き、ヨータローが元気にしている姿が送られて来たので、先ずは一安心。まあ、父親である
心平と一緒なのだから心配することも無いのだが、そこは老婆心だと判りつつも心配するのがジジババである。
剱沢に入り、雪渓上は全てアンザイレンしてロッジまで下りた様だ。慎重居士の心平万に一つの抜かりもない。
「お客様が少ないのでノンビリしています。」との事、喜ぶべきか・・・。
今昼の番組が隣で何やら伝えているが、富山のしまやスーパーでコメが棚に並んでいないとか言っている。
今は丁度新米の収穫が始まり、去年などと比べるとそんなに不作でもなく、通年以上のコメが収穫されつつある
が、インタビューを受けた店長も去年はもっと大量にコメが入ってきたが今年は入ってこない、とか言っていた。
実際東京などではコメがやや不足気味らしいが、こんなことを昼のニュースショウなどで取り上げると、煽りにな
り、我も我もと米を買いに走る事態が起きそうである。
親爺などミーハー代表ではあるが、こんな報道は疑問を感ずるのみならず、どこかの商社とでも結託しての煽り
ではないかと勘繰りたくなってくる。
まあ、それは無いにしろ、もう少し慎重にモノ不足をあおるような報道は慎んで欲しいものだ。
トイレットペーパー不足、マスク不足もついこの間の事だが、今は何だったのだろうというほどの事。
〇△×不足は、実際にあるかもしれぬがそれを煽るマスコミにその責任の一端が無いとは言えぬ。
Amszonなどは便乗値上げの常習犯也。商売は需要と供給故、それを責めはせぬが、商道徳なぞ無い世界だ。
天気が目まぐるしく変わる。曇ってきた。今朝は良い天気だったが。
ヨータロー剱御前小舎通過。
初めての剱沢。しっかりアンザイレン。眩しそうだな・・・。
真砂沢のボロ小屋も住めば都。のんびりハンモックで昼寝。
8/19
昨日心平が息子のヨータローを連れて、真砂沢ロッジに向かった。雪渓の状態は悪いが慎重な心平が付いて
いるから大丈夫だろうし、ロッジへ着けば高度障害も心配のないエリアだ。
夏休みの最終盤、父の仕事を見て来るのも良いだろう。ジジは心配で電話を入れてしまった。元気な声だった。
ボロ小屋にびっくりしつつも、周りの立山の自然に親しんで来ればよい。
親爺にもオカカにも孫同然のヨータローだ。
新平の山小屋経営も、頑ななまで昔かたぎで、儲けを出すことは中々難しそうだが、固定客が付いている。
ヨータローに譲るには一寸大変な山小屋だが、心平1代の山小屋として定着するだろう。
10時を過ぎると陽射しもかげるという予報は見事外れ、暑い。
秋めいて来たと喜んでいたのに、この残暑もどきはきつい。
大日が姿を見せた今朝。
青空が見え、陽が射しているので暑い。
アキアカネが沢山飛び回っていて、気分は秋なのに・・・・・。
8/18
クーラーを使わずとも過ごせるギリギリの温度だろうか、山里はまたどんよりと曇っている。
陽射しがない分涼しいだけで、湿度は高く、Tシャツ1枚でなら何とか耐えられる。11:55分の気温は27℃位で
室温は26℃弱だ。扇風機を回しておけば過ごしやすい・・・いや、何とか過ごせる。
盆は開けたが今日オカカと二人で、オカカの実家の墓参に出かけた。オカカの父母、祖父母やご先祖様が眠
っている。
街の真ん中にある寺なので、お盆の間は混みあってお参りもなかなか困難だ。今日は楽にお参りできた。
高岡の町もすっかり様変わり。郊外へ向け延びる道路は整備され、町中の古い道はそのままである。
待ち並みの保存などいろいろな理由はあるのだろうが、一番の理由は商店街の衰退である。商店街を中心に
栄えた繁華街が廃れ、賑わいを失う。賑わいを失った町はゴーストタウン化する・・・。
今、地方の知らない街の何処へ行っても、凡そ大同小異。昔の光今何処である。
平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の音諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色・・・」こそ世の移ろいを的確に
言い表している。諸行無常・諸行無常・諸行無常・・・・・・が人の世なのだ。
また落日の写真。今まさに落日の頃にある我が身にこれを重ねる親爺なり。
山里はここ数日こんな空模様が続いている。まあ、涼しくて良いのだが。
8/17
お盆もアッという間に終わってしまった。山里では盆が過ぎれば涼しくなると云うのが昔からの言い伝えだが、
昨今は少し事情が違って、お盆を過ぎ長月に入ってさえも暑い日が続くことも有る。
でも今年は7月がやたら暑かった所為か8月の盆前から涼しい日が続く山里也。
今日は台風の影響もあるのだろうが、朝から曇っており、昨夜夜半の雨の所為で、窓を閉め切って寝たが全
然暑くなかった。
今朝は小雨が降ったり、晴れ間が出たと思ったら土砂降りに成ったりと落ち着かぬ天気である。
ただ暑くはないので過ごしやすい。湿度は高いが・・・。
大日岳の彼方に沈む夕日が、ガスににじんでオレンジ色に輝く。
薬師岳は大学時代の4年間の夏を過ごした懐かしの山。思い出が多い。
山里はこんな天気。ジメッとしているが涼しい。
8/16
小雨の朝だったが、止み間を見て墓参に出かけた。車で行ったのだが元は毎朝の散歩コース、家からさほど
遠くはない。
皆止み間を見て出てきたらしく、駐車場には結構な車。我家の墓は少し離れ、祖父の石碑横にあるので、先ず
は家の墓をお参りし、駐車場に戻って親戚の墓も順にお参りしてきた。
我が山里芦峅寺だけの習慣かどうかは知らぬが、13日にご先祖を家にお迎えし、16日の墓参でお戻りいただき
お盆が終わる。
昔と比べれば親戚縁者も減って、我が家へ立ち寄る人も殆どいない。それでも親爺とオカカはそれなりの受け継
いだお盆の習慣通りに過ごしている。
昔から盆と正月が一緒に来るなどと云ったものだが、盆もだんだん影が薄れ、正月も同様だ。
代わりに、縁もゆかりもないハロウィンやクリスマスが幅を利かしている昨今、親爺たちはもう古い人間なのだろう。
まあ、そんなことより、今年も先祖をお迎えしお送りすることが出来た。
盆が終われば秋である・・・。
お盆のお供えも下げ、普段に戻った我家の仏間。
早くも秋めいて来た立山である。別山乗越から雄山主稜線を見、振り返り別山と剱沢を見る。
今朝の山里はこんな天気だった。
8/15
ご先祖様在宅中の朝である。昨夜はぐっすり寝て、それでも明けがたと思しき頃、ちょっと目が覚めた。
隣に寝ているオカカが、いつも暑がりなのにタオルケットをすっぽりと着て、丸く縮こまって寝ている。ああ、寒
いのだ。と思った。確かに昨夜は寒いくらいだった。
隣室の親爺部屋の戸が開け放ってあるはずなのに半分閉じている。きっと寒くて閉じたのだろう。では布団を
出して着せてやろうかと思ったが、せっかくぐっすり寝てるし、余計な事をして暑いなどと怒られるのも嫌だし、そ
のまま目を閉じたら、親爺が次に目を開けた時にはもうオカカは起きてベッドはも抜けの空になっていた。
そのうち親爺ものそのそ起き出して洗面をし、歯みがきしながら外を見ると薄暗い曇天也。
恐らく弥陀ヶ原の下に雲海がありその下に入っているのだろう。上は結構いい天気なのだろうと思った。
また今朝からはオカカとの二人暮らしだ。
ご先祖様もいるのだが、何分心の中にいるだけで、目には見えぬ。それでも不思議な事にいつもより家の中が
賑やかな気がする。もちろん親爺の想いだけの話だ。
仏壇に燈明と香を上げお経も門前小僧式ながら上げてお参りした。
お盆も明日ご先祖様たちを墓にお送りすれば終る。秋がすぐにやってくる。
お供えのお萩を作った。
立山もはっきりせぬ不安定な天気だ。雨上がりに虹が出た。オヤマリンドウが咲く。雄山の名を冠するリンドウだ。
8/14
ご先祖様がいると思うと何となく家の中が穏やかで、賑やかに感じられる。
僅かの滞在だが、いつもいつも親爺の心の中には居る方々だから、お盆と云う宗教的概念ばかりに囚われは
しないが、儀式としてのけじめも厳かで良いものだ。
この後オカカのお手伝いで、おはぎを作りお供えしよう。孫もお手伝いしてくれるそうだ。
朝からどんよりした曇り空だったが、今少し陽が射して来た。暑くなるだろうか。
今朝はご先祖様もいるし、黒部の長女夫婦と孫もいるし、実に賑やか也。
婿殿は今帰ったが、長女と孫は昼過ぎまでいる。
今日は親爺もオカカも頑張ったから、午後は静かに過ごす事にしよう。
ご先祖様方ごゆっくり。
親爺の好きな桔梗の花がバラを従えて昨夜ご先祖をお出迎えした。
台風の影響か、ガスがかかるお盆14日の山里。
8/13
お盆の始まりで、今夜はショウライ迎えの日である。
母の月命日でもあるので今朝は仏壇に燈明と香を上げお参りした。
今宵はご先祖様の中に入り、皆我家へ戻って来る。我が婿と娘が後ほどお迎えに上がります。
8月のお盆と云うと、詳しい事はよく理解していないが、昔なら帰省する人々の移動が多く民族大移動とまで呼
ばれていたものだ。今も交通網が整備され高速道路も整備されたが、帰省ラッシュ、帰宅ラッシュと大移動の混
雑が続いている。お隣の大国でも春節を祝う時期には、帰省、帰宅の大ラッシュが、日本の数倍以上の規模で
ある様で、NHKかどこかの局がそれについて取材をした番組を放映していた。何だか懐かしい情景だった。
若い連中は利口になって、黒部の長女夫婦と孫だけがこのお盆の期間に来るが、東京の次女夫婦と孫は時
期を10日ほどずらし、20日過ぎに来るそうで、松本の末娘も業務多忙で時期をずらすそうだ。
まあそれで良いだろう。受け入れる方にしてもその方が楽だ。
さて、今宵はご先祖様にお越しいただき、孫や娘夫婦と楽しく過ごそう。
山里はこんな天気だ。立山もこれより少しいいくらい。でも雨は降っていない。
オカカがきれいに清め花を飾り、お盆のお供えもした。後はお越しいただくだけ。お迎えの松明はスタンバイ。提灯もスタンバイ。
ショウライ花と呼ばれるミソハギ。庭に少し植えてある。 完成した飛行機は孫と一緒に飛ばしてみようか・・・。
8/12
八月葉月も半ばに差し掛かった。親爺の感覚では明日からがお盆の休みになる。
明日は家にショウライ様をお迎えし、しばし滞在していただくのだ。
迎え火と云う習慣が一般的なようだが、我が山里は松明もしくは提灯を持って、墓までショウライ様を迎えに出向
く習慣で、我が家の前を通る旧立山道には松明の灯が三々五々と通り過ぎる。
我が家も長女夫婦が孫を連れて来て、そのお迎え役をやってくれる予定だ。明日は少し賑やかになるだろう。
パリ五輪も終わった、閉会式もパリらしくゲージツ的に終わった様だ。
日本選手団の残した、海外五輪過去最高と云うメダル数に瞠目。随分楽しませてもらった。
山里は弥陀ヶ原の雲海の下。曇り空。お陰で涼しい。立山はいい具合に晴れている。凄い数の車が登って行く。
すでに涼風の立った山里である。
黒部のお姉ちゃんはいい子のご褒美で、ミニオンズの映画。東京のお兄ちゃんもいい子のご褒美で、パウパトロールの映画。
二人とも黒く日に焼けて、プールでいつも泳いで、元気で夏を過ごしている良い子だ。
今日の立山はいい天気に恵まれ賑わっている。雄山山頂カメラの絵を拝借。
親爺の飛行機作りも大分進んだ。暇を見ては(ずっと暇なのだが、気が乗るのをみては)ボチボチ。
受信機不調で付け替え、手戻し1時間半・・・。胴体組み立てに入ると速い、昔の月刊誌の組み立て付録の要領だ。
胴体をメカ部分に張り付けて、垂直尾翼に水平尾翼張り付けて、後が主翼を張り付ける。でも結構手間がかかる。
楽しみながらやらなくては、とても続かない。親爺には面白いが・・・。
8/11
今日も青空が広がる良い天気で、我が山里は夏盛りの風景だが、気温はさほど高くはない様だ。10:00の室温
で26℃弱也。
同じく10:00現在、立山も落ち着いたいい天気だ。弥陀ヶ原の下に雲が広がるが、その上はほぼ晴天、雄山山頂
も剱までは見通せるか見通せぬかと云った処だが、この後も天気は急に変わる。早めに目的地に着くことをお勧め
する。台風の影響も出て来るかも知れぬので、ご注意を。
飛行機作り中々はかどらぬ。年のせいかもしれぬ。根気がないのだ。昔は徹夜して仕上げたものだが。
いくら面白くとも集中する力がないと、物事はすすまない。
まあ急ぐ仕事でもない、ボチボチやろう。
盆の休み間近、今朝は立山へ向かう車が多かった。
立山からチングルマがほうけた写真が送られてくる。短い山の夏も終わりに近くなってきた。
剱御前山の夕景である。きっと秋の匂いがしているだろう。
親爺のラジコン置き場と化した縁側の飾り床。
8/10
涼しくて朝からクーラーを忘れている。気温は室温25℃、今朝から親爺は飛行機にかかりっきりで、さっき手を
止めたばかりだ。
立山は土曜日で3連休の始まり、そしてその連休はお盆の休みへと続く。
天気も今日は暑くなく登山日和だろうが、稜線などはガスが出ている。融雪が異常に早いので、谷筋のルート
は十分注意が必要だろう。
昨日も地震で驚かされた。東京の次女にすぐ連絡を取ったが、孫が警報の音に驚きビビっていたのが唯一の
被害のようなものだったらしい。一安心。昨夜も涼しく良く寝た。
今朝は飛行機に取り掛かっているのであっという間に時間が過ぎた。一寸受信機にトラブルが出て、付け替え
たりしていたので、時間がかかった。まあ何とか直したが、品質と云う視点で見ると、日本製が優れている。
斬新な小型化や、小さい中への様々なギミックの詰め込みが、無理をしているので当たりはずれがかなり多い。
世界に冠たる日本の商品品質は趣味の世界にも及ぶのである
と、まあ隣国の似非ナショナリズムを真似てみたが、いくら吹いてもホラはホラ。もう真似はするまい。
涼しい気持ち良い日で、五輪の最終ゲームを見ながら趣味のRC飛行機弄り。長閑だ。
午後の山里はガスが出てきた。
中々作業が進まぬ様だが、今やっているのは、機体の心臓部。メカの積み込みと動力の取り付け。一番慎重にやらねばならぬ
作業ばかりである。これから機体の組み立てでこのメカの周りに組み立てていくのだ。
8/9
九州の地震に驚いた。災害は思いもかけぬ時に突然やって来る。今年元旦の震度5弱の揺れを思い出して
身がすくむ思いであった。
被災地の皆様の事を思い、心が重くなった。
しばらく模様眺めをして、大分の旧友にSNSで連絡を取り、無事を確認。大分は国東半島故、震度も3だった
が、ご長女が鹿児島に居る。ちょっと心配だったが皆さん無事だったそうだ。
被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
今朝は父の月命日だった。お盆も間近故、せめて線香立てだけでもと思ってお参りついでに掃除した。それ
を見たオカカが、後を引き受けてくれて、仏壇はお盆に向け綺麗に清められ、扉を閉めておいた。
お盆には長女夫婦と孫が来るだけで、東京は混雑を避け、盆明けに来るそうだ。
父の代には親戚も多く来たが、大半が旅立ってしまい親爺に代替わりした現在は、墓参に来て一寸あいさつ
に立ち寄る程度だ。それも年々少なくなる。
時の流れは全てを変え、その流れに身を任せ親爺もオカカも自然体で生きている。それしか選択肢はない。
ちょっと変わった剱の一枚。ガスで早月尾根が隠れ、別山尾根がくっきりと際立って見える。
トモちゃん撮影也。
トウヤクリンドウが咲いている。別山の尾根だろう。懐かしい。 我が家の庭の朝日の中のバラと桔梗が美しい。
親爺が作成に取り掛かったミニマムRCと云うメーカーのセスナ152。全備重量37gの予定也。説明書英語だが写真で分かる。
8/8
昨日同様の高曇りの日也。
これまた昨日同様、凌ぎやすい日似てクーラーは使わず窓を開けて過ごしている。
立山は室堂から上の方が天気が良く視界もクリアな様だ。平日ながら観光客も多い様だ。
親爺もオカカも体調がなかなか整わない。パリ五輪の所為也。時差で観たい決勝戦が夜中になる事が多くて
変な時間に起きて居たりするからだろう。そこへ以てきて天気も定まらず気圧も定まらず、高温多湿の熱帯の様
な天気の後にすぐ肌寒くなったりもする。高齢者には冬と夏は試練の季節だ。
パリ五輪だが、柔道が終わって寂しい気がしていたがレスリングが始まった。男子グレコローマンで、二人が
金を取って、女子も再有望の須崎が思わぬ敗北をしたが、何と相手選手はその後の試合でウエイトオーバーが
発覚失格して、須崎がいきなり3位決定戦の出場権を得た。でいきなり勝って銅メダルは得た。尾崎選手も敗者
復活戦から銅を得、更に連続130勝以上の戦績を誇る藤波選手が決勝に進んでいる。
何ともすごい快進撃で、親爺もオカカも大喜びだが、12日に閉会式を迎える五輪ゲームの、どんな種目で後幾
つメダルが出るか、聞きなれぬ競技種目の多い中で、それも楽しみの一つ也。
ミーハー万歳。
剱沢が朝日に浮かぶ。
山里もこんな朝だ。
庭の桔梗も朝日を浴びる。
8/7
高曇りですっきりしない山里也。が、その分暑くはならず11:00間近なのに窓を開け放ち網戸を通して風を入れ
て置けは快適に過ごせる。室温は26℃まで行かない。扇風機を弱く回して首振りさせておけばたまにくる風が涼
風に感じられ心地よいのだ。
今朝は野川理髪店のコウちゃんに頭をやってもらいすっきり。
その後、買い物に出かけるオカカを5分だけと引き留め、親爺の飛行機の試験飛行撮影をしてもらった。
残念ながら、ゴム動力改造の機体は上手く飛ばなかったが、以前の零戦よりは飛んだ。
間もなくやって来る黒部には、自信作の複葉機を飛ばしてやって、20日頃からくる東京にはすでに買ってある機
体を作っておいてやろうと、まあ孫達をダシに親爺は自分で楽しんでいる。
立山も天気には割と恵まれている様だが、今日も室堂、弥陀ヶ原は晴れていて、上部の稜線がガスに巻かれて
いる。雄山山頂も薄いガスに包まれている様だ。
山里もアキアカネが飛び回っているが、今ガスが降りてきた。
失敗に終わったテスト飛行。高度が稼げなかったし不安定だった。
立山も比較的穏やかな天気が続いている。大日から弥陀ヶ原やがて富山の平野部そして日本海。
親爺の大好きな桔梗。夜になれば涼しくなり、縁側から眺める街灯に微かに照らされる花が良い。
8/6
間もなくお盆となる。昔からお盆という事で、会社なども4.5日間の休みに入り、田舎へ帰る人などの大量移
動があり、一昔前まではこの時期の帰省ラッシュを民独大移動などと云ったものだが今もその混雑は続いている。
ただしGWなどの長期休暇荷もその現象はあるし、年末年始にも同じ現象が起こる。
隣の大国の春節のような混雑も同質のものだろう。
ただ、70をとうに過ぎた親爺が、お盆てなあに?と問われても明確に答えることもできない。昔からの慣わしで、
ご先祖様が家へ帰って来る日だから、迎え火を焚いたりして家に迎え、目には見えぬが一緒にゆっくり過ごしても
らい、また2、3日が過ぎればあの世とやらへお帰り頂き、墓参などもする・・・・・と云った様な日々だろう。
所どころで、多少の違いはあるだろうが、大体こんなようなものだろうと思っている。
そういえば年末年始も同じようなもの也。
が、ここ10年来、子供たちも混雑を避け来るようになり、親もその方が出迎えや買い物など楽だから、徐々に
日をずらし、単に夏休みの帰省となりつつある。
正月はまだそこまでではないが、こういう時期に海外旅行が増えるなど、休日の過ごし方も変わりつつある。
変わらぬのは親爺とオカカで、帰って来るかも知れぬ娘らや孫たちを待って過ごすのだ。
時の流れの中の変化。受け入れるに抵抗はない。
久々に(何年振りかで)座敷の軸を変えた。座敷は客間兼仏間故リンや木魚も大きなものを出し、ショウライ迎え(精霊迎え)の
弓張り提灯も準備をした。お盆の準備は仏壇掃除とお盆飾りのみだ。
今日は山は見えていないが立山は晴れている。
8/5
何とも暑い日が続く。パリ五輪も柔道など親爺好みの競技が終わった。後親爺が見て面白いのは、レスリング
やクライミングなどだろうか・・・新競技のストリートダンスというのも一寸興味がある。ダンスそのものにではなく、
どんな選手が、どんなことをやるのだろうかと云う興味だ。いい方は悪いが大道芸を見る興味に近い。
陸上の女子やり投げなど有望選手のいる競技は、ミーハーの親爺、心待ちにしている。
まあ、芸術の都パリ〜である。ハイセンスな芸術的趣向が、良いにつけ悪いにつけ凝らされている様だ。
ただし選手村はいけない。居住性が悪く(クーラーは参加国設置)狭く、煩いそうだ。そこへもってきて食事が悪
く美食の国フランスの美名返上らしい。
東京五輪の時散々だった段ボールベッドだが、これはフランスでも採用された。それでも食事などは好評で、隣
国の悪意を持った不味い以外の悪評は聞かなかった。
お国柄もあるだろうが、選手村程度でそんな高級料理など出せぬだろう。食事配給会社のようなところが差配し
ている様だ。
これからも日本人選手の健闘を祈ろう。
今朝はどんよりした山里だったが、10:30現在青空もちらちら見えてきている。
昨日の雨(夕立)に洗われて辺りの緑が清々しい。
強力な助っ人は飲み仲間のサンちゃん。小さいが強い。二人でハシゴダン乗越への渡渉点の橋を復旧。
8/4
猛暑続き、クーラーがほぼ回りっぱなしの昨日今日也。
立山町で最高気温が34℃、最低気温が28℃の予報なので、せめて一雨来てくれれば山里はぐっと涼しくなる
だろうが、このままでは今宵の寝室もクーラーが要るかも知れぬ。単純計算で上記気温より約2℃ばかり低いだ
けの山里だが、いろいろな要素が気温には絡み、実際の体感温度はかなり違う。
が、いつまで続くこの暑さ、デアル。
昨夜の夜更かしの原因だが、パリ五輪柔道団体の決勝戦だ。結果は銀獲得に止まったが、あの銀なら金同様
だろう。
阿部詩も1勝を挙げ、一二三兄ちゃんも1勝1敗ながらこの銀に大きな貢献をした。勿論三四郎選手や巴投げの
角田選手、華やかな技は記憶に止めた。
十分である。柔道日本の名に恥じない戦いぶりだった。惜しむらくは斉藤選手。御父君も努力の人だったが、実
力が出し切れなかった悔しさは残るだろう。まだまだ若い。次は必ず巡りくる。
これこそ惜敗。時の運に恵まれなかっただけだ。
暑い日が続き、外へ出る気はない親爺だが、朝の写真撮影で窓を開けるとき、熱風が顔に感じられる。
ああ、暑い夏だ。
懐かしい剱御前小舎からの夕景。雲表2760m、ここは別天地也。
黒部祭りの最年少踊り子で頑張った孫。鯉の餌槍を愉しむ孫。ママに似て餌やりが好き。夏バテ気味の親爺だが食い気は衰えぬ。
今朝の山里から大日を見る。盛夏の朝だ。
8/3
梅雨明けの一昨日からこっち、葉月は快晴の真夏日が続く。
寝室の隣に親爺部屋があり、夏場はその仕切度を開け放し、立山に向かっている窓を開け網戸にして風を通す。
丁度枕元が真西なのだが、裏の家とその先の3階建てのかつては親爺も勤務していた会社のビルがあり、上手く
西日の直撃は避けられ、夜ともなるとその枕もとの窓も開け網戸にして風を通すのだ。涼しい。
が、年に2〜3度だが、暑すぎてクーラーを入れぬと眠れぬ日も有るが、8月のお盆を過ぎるころになると、今度
は肌寒くなってしまう。
それでも兼好法師ではないが日本家屋は夏に涼しくなる様な作りが良い。クーラーの涼しさも有難いが、天然の
涼風の中での眠りの方がはるかに心地よい。
富山市民プラザと云う所へ、親爺は恐らく初めて行った。孫の画を見にである。
歯みがき週間のポスターのようなものらしいが、1年生1学期に優秀賞を頂いたのだからこれは幸先が良い。
親爺もオカカも大喜びで、出かけ見てきた。欲目8割だが、上手だ。大満足して見ていたら、会場の係の人が、お
孫さんの絵の前でどうぞと写真を撮ってくれた。余程にやけていたと見える。
オカカと町場へ出るのは久しぶりなので、デパートに入っている天ぷらのつな八で、昼食。量が食えぬのが悔しい。
いや孫の画のお陰で、久々の町場を歩いた。が、真夏はやはりいけない・・・・・。
彩雲が出た。五色雲ともいうらしいが、吉兆と云われる。別山乗越にてトモちゃん撮影。
一年生の絵である。二、三年前書いてくれたジジの顔は上下左右判別不能だったがこれは良くかけている・・・・・。
立山もようやく天気に恵まれる日々が始まった。美しい剱の夜明けだ。
8/2
昨日有峰から飛越トンネルを向け飛騨市を廻って帰宅したが、運転時間ほぼ5時間也。
多少草臥れたが、まだこの位なら十分運転できる。ちょっと自信を取り戻した。
身体の動きが悪くなっても、運転移動ならまだまだ大丈夫そうで、今日もこれから孫の画が展示されている富山
市民プラザへそれを見に行くつもり也。
オカカと二人、ジジバカ、バババカ丸出しで、小学1年生の画を見に行くのだから我ながら可笑しい。
でもいいのだ、目の中に入れても痛くない孫の力作だ。ちゃんと見ておかないと後悔するだろう。
まあ、絵の鑑賞は、数分で終わるだろうから、近くにある大和百貨店で、昼飯でも食べて来よう。
今日も快晴。立山登山のヨータローはもう雄山山頂に上っている頃だ。朝から何度もライブカメラを観ている。
山里からの大日もすっきり見えている。
今日は剱もすっきり出ている。登山日和だが暑い。
オカカが地植えにした紫陽花は、来年どんな綺麗に咲いてくれるだろうか。
8/1
今日は心平からの早朝コールで起こされた。
何でも学校行事の立山登山に参加するヨータローが、未だ集合場所に来ないと学校から連絡があり、緑に連
絡したが電話に出ない、ちょっと心配なので覗いてみてくれとのこと。
親爺も何かあったのかと、オカカに家を見に行ってもらったが、鍵がかかり、車もなく恐らく緑がヨータローを乗
せて送って行ったのだろうとの事。すぐその旨心平に連絡すると、直ぐ学校に連絡、ヨータロー到着を確認した。
ちょっと寝坊でもして遅れたのか、まあ元気に立山へ向かった様だ。
明日は雄山登山をして、下山してくるそうで、今夜は室堂山荘に宿泊予定とか、流石地元の学校、高度純化も
心得ている。
小学校6年生の立山登山。結構なことだと思うが、今は専属ガイドを付けるそうだ。
芦峅小学校ありし頃、子供たちの立山登山には父兄が必ず何人か同行したが、皆立山ガイド協会のガイドや
山小屋経営者なども多かったので、左程緊張もせず、万一の対応も万全だったが、これはあくまで特例だった。
普通の小学校でも児童の立山登山には、専門ガイドなどを同伴するのが当たり前になってきた。
まあ、いい天気だから楽しい登山になるだろう。
親爺とオカカも久々の有峰ドライブを楽しんできた。
緑の木々をくぐり吹く、爽やかな涼風が心地よかった。有峰は気温20度也。
本当に爽やかだった。新緑ではないが緑が眩しい程。
例によって飛越トンネルから岐阜県側の山の村に抜け藁ぶき家屋の健在を見て安堵し帰路に就いた。
7/31
時間の経つのは早いものだ。今日で7月が最終日である。夏という目で見ると太陽暦ではこれからが夏本番。
そんな風に考えると重苦しくなってくる。
2週間の天気予報を見た。真っ赤な太陽マークがずらりと並んでいて、山や海への人出が多くなることが見込
まれるが、我が立山の山小屋にもたくさんの人々が登り来てくれることを祈ろう。
天気に恵まれ、穏やかな夏が立山に来ても立山の夏は暑く無く快適で、そして短い。8月も20日を過ぎる頃に
はもう秋風が立ち、秋の匂いがし出すのだ。
秋の山も人気があり、10月の頭までは稼ぎ時が来るが、奥地の小屋は10月の声を聴くと下山準備にかかる。
立山にこの年も稼がせていただいたと感謝し、嬉々として下山してゆくのだ。
確かにシーズン中は寝る間もないほど忙しいし、仕事も大変だ。でも皆それぞれに満足して下りて行く。
嘗ては親爺もそんな生活が続いた。そして今では隠居である。年金生活者ともいうが、この生活は最小で足る
を知る術を心得て居れば楽なものだ。
昔の生活をしのびながら、気楽に日々を過ごすばかりである。
剱御前小舎の夜明け。一昨日だったろうか。トモちゃん撮影。
秋まで咲くピンクのバラが咲き始めた。その垣根の下に、オカカが鉢植えの紫陽花を地植えにした。
親爺の飛行機はやや大きめの2機がラジコンで、座敷縁側に並んでいる
7/30
今朝は大雨だ。10:00現在ほぼ止んだ様だが、小雨ながらまだ降りだした。
雨が降ると涼しくて過ごしやすいが、湿度が高くなり何となくじっとりするのが困る。
しかし関東辺りでは連日40℃の熱帯並みの天気が続いているそうだと聞くと、高くても35℃を超える事のない
山里である。都会の気温が異常なのだが、聞くだに怖ろしい。
山里ですら冷房を使う日が多いが、今日あたりは先ず無用だろう。
雪に降りこめられる長い冬を差し引きすれば、夏は良いところだが、まあ都会も山里もトントンとなる。
朝のこの降り様を見て頂きたい。
庭の紫陽花もオカカがきれいに剪定してしまった。来年の花を愉しむためにはこうする必要があるそうだ。
不動山も雨に煙る。一気に涼しくなった。
7/29
昨日から実に久々に孫が我が家に来ている。今朝もジジババと一緒に甘え放題に過ごしている。
ママは体調不良で少し休んでいるから、今は涼しくした居間にジジババと孫と3人だけである。
小学校はすでに夏休みに入っているので、普段は学童と呼んでいる放課後クラブ?へ大半の友達と一
緒に行って遊んでいるのだが、今日はジジババと過ごしている。
本人には退屈そうだが、ジジババは孫の声がする日を楽しんでいる。
毎日となるとまだ少し幼すぎて、夜にはママが恋しくなるから、もう2年もして3年生くらいになれば、ジジ
ババの家で1週間くらいは預かりたいと思っている。
孫との時間も年々孫が大きくなるにつけ少なくなってゆくだろう。それはやむを得ぬが、寂しいもの也。
立山は曇り、室堂までは天気が良いが、稜線のガスが外れない。天気も良くなって欲しいものだ。
山里も雲がちながら青空が見えている。
ババに寝起きの神を直してもらっている孫。歯抜けが可愛い。
立山の代表的な花、チングルマ。
7/27
山里の天気は朝から青空が出て、陽が射し、おかげで気温も上がる夏空也。
残念ながら立山は稜線部にガスがかかり、室堂以下はいい天気で、視界も広がるが、2600以上は無情
のガスがかかっている・・・いや10:00を廻った今、そのガスも取れ、立山も最高の天気となって来た。
最高の山日和の土曜日也。
ただし高山の天気は急変する。無理をせず早い時間に行動を終了し、小屋なり幕営地なり、に到着して
明日の登山に続けて頂きたいものだ。明日もそこそこの天気になるだろうから。
さてパリ五輪だが、開会式自体が良くわからぬシナリオで進行されていて、その録画中継もCMを入れて
ばかりで何ともつまらぬ。勿体を付けずさっさと終わらせて欲しい。と思っていたら雨の中参加している見物
人や選手たちが気の毒になった。これは失敗だな。奇をてらい過ぎ長すぎる。つまらん!!
と云いながらついつい見てしまう。ミーハーである。
とにかく日本選手の健闘を祈り、観戦させていただこう。
ユリ科ヘメロカリス族ニッコウキスゲ。我が地ではゼンテイカと呼びならわす。
朝日に花開き、夕日に花落とすと云われている。
今日はとにかく暑い。朝からクーラーが稼働している。外には決して出ず、家でお籠りの日也。
7/26
今日も雄山神社峰社本殿の例大祭である。山里の雄山神社祈願殿もかつては同日だったが、今や少子高
齢化でそれもならず・・・とは昨日も書いた通り。
立山の天気は幾分好転したが、雄山山頂はまだ濃いガスに巻かれている。室堂から下は概ね良い様だ。
オカカが今朝墓の掃除に行ってくれたが、ブヨが出ているので驚いたそうだが、この時期はブヨが出た当た
り前なのだ。
山里ではブヨをオロロと呼ぶ。素早く飛び回り食いつかれるとそこは腫れ、かゆみが長時間残る。こんな質
の悪い害虫もないものだ。
川原などでは集団で釣り師等を襲うし、河川工事の作業に従事する人たちも良く襲われる。
こいつにたかられ、叩き潰してやろうとしても動きが素早く、これを追い払おうとする人の動きがオロオロす
るからか、動きが激しく素早いこ奴が飛び回る様子からか、オロロとは良くぞ名付けたものだ。
だから今、戸外に出て何かしようとすれば、防虫剤を体の露出部に塗って行かねば酷い目に合う。
オロロとは本当に嫌な害虫也。
山里からは大日が薄っすらと見え始めた。
桔梗は日々花を開かせている。
別山乗越もこんな具合にガスがかかっている事だろう。
コイワカガミはひそやかに咲いているだろう。
7/25
本来なら山里も夏の例大祭の日であるが、今は雄山神社本殿の峰社で執り行われるだけで、山里の方は急
激な少子高齢化、過疎化により盛大な雄山神社例大祭を行う体力が無くなってしまった。
今は、25,6日両日に一番近い土日をもって、村祭りを行うのみとなった村での祭り、高齢化に歯止めのかか
る訳もない山里の事、村内の神輿巡行と子供神輿の巡行も無くなり、神社境内だけを巡り終わる。
またそれとて高齢者ばかりの村にては、いつまで続けられるものか分からない。
立山の舞の奉納も踊り手の若い娘が居なくなり、やがてできなくなるのは目に見えている。
露店も出なくなり(商売にはならないから)何とも寂しいが、これが日本全国の「ふるさと」の現実也。
華やかな大都会に憧れ、実は超過密状態の薄汚い都会に生活の場を求める若い衆よ、大都会など棲家とす
るな。自らの故郷に住みやすいオアシスを自ら作れ・・・。
老人はそんな繰り言を並べる。
我が孫が、小学1年生の1学期を恙なく終えた。何かのお絵かきで賞をもらったらしく、それが富山市民プラザ
に展示されるらしい。勿論ジジババは観に行くつもり也。
東京の孫も元気で、毎週ママと一緒にプールや遊園地を飛び回っている様だ。こっちはラインで大量の写真が
送られて来て、ジジババの楽しみになっている。
山里はまたどんよりした日である。立山も雄山山頂は雨の様だ。
1年生1学期終業式直後のお姉ちゃん。今日は制服だね。よみうりランドのプールで。ジェット機型浮き輪でパイロット。
ジジババの宝二人が元気なのがジジババにとっては一番嬉しい事。二人とも健やかにゆっくり大きくなれ。
庭先に鉢植えされていた紫陽花も剪定されたが、生垣の紫陽花も一部を残してオカカが剪定。綺麗な一輪が玄関先に。
7/24
昨日の暑さは何だったのだろうかと思わせるような、涼しい朝だが、これは夜半からの凄まじき雨の所為也。
今もまだ降ったり止んだり。
窓を開けて風を通すと涼しいを通り越して少し肌寒い。親爺には極めて快適な気温也。
昨日我家に立ち寄ってくれたトモちゃん、今日は入山との事なれど、この天気では少し心配である。まあ、ベ
テラン故、心配はあるまい。
今日が土用の丑となるが全く暑くない。親爺とオカカは昨日の中に安価なチェーン店のうなぎを頂いた。まあ、
普通の店と比べたら半値である。それでも味は決して悪くなく、臭みもない上等なうなぎ蒲焼であった。確かに
海外で飼育されたうなぎであるが、所謂ジャポニカ種で日本うなぎである。職人の技を云々されると、とても専門
店には及ばぬという事で、裂き、串うち、焼きなどの行程は全て本部で行い、半完成の状態で各支店(チェーン店)
に送られる。そこで研究を重ねた蒲焼製造機?を設備して、だれが焼いても上手な蒲焼が完成すると云う仕組み
になっているのだそうな。
でも通常なら4000円半ばの値段になるうな重の、同程度のものが2000円余りで頂ける。
同程度と云うのは、見た目であるが、食べて見て美味ければ完全に同じレベルのうな重と云えるだろう。
で昨日テイクアウトで持ち帰り、オカカと二人頂いた感じでは、香り、味ともにほぼ同レベルと思えたのだが、細
かい事を言い出すと訳が分からなくなりそうだし、香りもよく、タレ味もよく、うなぎも生臭さや皮の堅さも全くなく、
きめの細かい美味しさであったという事を記しておこう。
ただ、老夫婦には量が多すぎたようなので、次回は松竹梅の梅クラスにしようと思っている。
いやコストパフォーマンスの高いうな重であった。
立山は悪天、雄山山頂は雨模様。
たまに雨が降り止み視界が良くなったりもしている。
桔梗も雨に打たれているがまだまだ花をつけるだろう。 垣根のバラは雨に打たれ花びらを散らす。
7/23
今朝は心地よい涼気に二度寝を決め込み8:00を過ぎて起きだす。
富山市内にウナギ屋は数店あり、親爺もうなぎ好き故たまに取り寄せたり、食いに行ったりもするが、値段の
高騰は、年金生活者には中々手の届かぬものとなって行く。
まあ、食うだけの楽しみだから、ちょっと贅沢だと思いながらもたまに食べているが、ネット通販のうなぎなどは
当たり外れが大きすぎるし、概ねうまくない。多分安い訳アリなどに手を出すからだろう。
そこへ行くと娘から送られたうなぎなどは頗る美味い。吟味して送ってくれるからだろう。
そんな昨今、全国にチェーン展開を始めた「うなぎの成田」なる店が富山市内にもできた。気になる値段が安い。
安くて悪いわけはないが、松竹梅の真ん中、竹のうな重で大振りのうなぎが1本入って、2200円である。
普通のうなぎ屋なら4500円位だろうからほぼ半値也。
いくらチェーン店でも何か訳はあるはずで、一番先に思い当たるのはバカ高い国産うなぎを使っていない事だ。
台湾産のジャポニカ種を使っているそうだ。台湾産うなぎは比較的よいと云われるが、親爺は一度はずれをつか
まされ美味くなかった記憶がある。
台湾産もピンキリ。国産ウナギでもピンキリで外れをつかまされることも有る。
で、さて全国規模のチェーン展開をしている店とはどのレベルの味なのだろうか?
この暑い中、わざわざ富山駅の近くまで出向き、試しにテイクアウトで買ってきた。今宵はその味見也。
明日が土用の丑、そのためのうなぎにと、過日発売された日清食品の「謎うなぎ飯」を買ってあるがこれはまるっ
きり植物由来の原料で作った人造うなぎである。カップ飯にお湯を注ぎかき混ぜると出来上がるらしい。テレビで見
て取り寄せた。我ながらミーハーなり。
まあ、ウナギでも食おうかと言いたくなる暑い日だ。
大日が見えている。
10年前、山の上から富山平野を見下ろし、暑いだろうなと思ったが、今はその暑さを自ら味わっている。
富山平野ならぬ山里でも、あついあつい!!
7/22
昨夜はさすがの山里も寝室のクーラーを2時間ほど稼働して休んだ。
21:50頃寝室に入ったが、我が家の寝室は2階にあるので、熱気がこもって、夕刻雨さえ降っておらねば窓を
開け放し、網戸越しに外気を通すのだが、昨夜はそれでも26℃程の気温だった。
先に寝室に入る親爺なので、その暑さはたまらない。ベッドに横になってみるが暑い。
で、たまらずクーラーを入れた。ほぼ2時間余りクーラーを稼働させた後、小用に立ったついでに廊下の窓か
ら涼風が入るのに気付き、寝室の周りの窓を皆開け、風が心地よいのでクーラーを停めた。
さてそのあとの心地よさは、クーラーの比ではない。天然涼風を感じている中に寝てしまった。
気温が24℃以下なら、親爺もよく眠れる。昔はクーラーの下で寝ても快眠できたが、今や老体はなかなか難
しい。クーラーの下だとのどがイガイガしたり、足が攣りそうになったりすることも有る。
春夏秋冬、夏と冬は嫌いである。
剱御前小舎の朝。懐かしい景色である。ここは真夏でもストーブが要った。
立山では今頃はチシマギキョウが咲いている。
我が庭の桔梗も次々と花が咲く。
7/21
暑いとただでさえ出不精な親爺は、益々戸外へ出なくなる。戸外へ出ずとも屋内で充分暑い。
が、今朝は今トチ狂っているRC飛行機の、リンケージ用のピアノ線を探しに、車庫裏にある親爺作業部屋?
へのそのそと出かけた。ピアノ線は見事発見、更に思いもしなかった、古い小型の零戦と、多分20年以上前の
京商の電動ラジコンを見つけた。
「忘却とは忘れ去ること也」と云う君の名はのオープニングの名セリフを思い出す。
完全に忘却の彼方に忘れ去っていた二つの機体。何れも当時はしりの電動機だった。
しかし時期が早すぎた。当時のニッカド電池と、非力なブラシモーターではなかなかその機体を引っ張る推力
を出しえず、やがてもっと軽いバッテリーや強力なモータや軽量な電子機材が出来たら改造しようと思い乍ら、
忘却の彼方に消えて行くままにしていたのだ。
いや嬉しい。早速そのうちの一つを持ち帰り、図面まで用意していた96式艦戦は一先ず先送りし、その後継
機たる零戦の小型機をリメークしようと思っている。楽しみがまた一つ増えた。
立山は見えぬも天気は少しずつ好天するだろう。
庭の桔梗が花を咲かせ続けている。
キャノピーが黒く塗りつぶされているがユニオン辺りの機体かな・・・?とにかく簡単に飛ぶ機体にできそう。
この機体も完成しているがこの暑さが過ぎてからテスト飛行だ。
7/20
7/20の土曜日は夏山シーズンの幕開けである。晴天に恵まれれば何よりであったが生憎の荒天、雨とガス
である。
だが天気はこれから良くなるようだ。立山も午後からはガスも上がり雨も止むだろう。そして、明日、明後日
には梅雨が明けるのではないだろうかと、隠居親爺は考えている。
山里にも陽が射して来た。立山の方も明るんできた気がする。
長期天気予報を観たが、明日から晴れマークがずいぶん続いていて、当分最高の夏山が続くだろう。
ただし、当然のことながら、雨具や足下装備、着替えなど、十分な装備を持たぬと、3000m級の高山の急
変には対応できない。山の神の気まぐれはつとに有名だが、山の神の気まぐれとは急に変化する高山の気象
状況の事に他ならない。更に気圧も低く、酸素濃度も薄く、体調の変化も急にやってくる。
山を楽しむには、それなりの経験と、装備(準備)、情報収集が必要だ。
今年も大きな事故が起きぬ様、立山の神仏の加護を祈ろう。どうぞ良き夏山とならん事を。
今朝は立山はガスの彼方。
庭には桔梗が咲く。蕾もいくつか膨らみ、まだ少し賑やかなるだろう。
ハンゲショウも葉を白くし地味な花も咲かせている。
7/19
昨日の日中の暑さは凄まじく、富山市内では猛暑日となる。我が山里でも33℃までは気温が上がった様で、
様でと云うのは親爺は一歩も戸外へ出ず、過ごしたから也。
居間の室温が26度まではじっと耐えていたが、オカカが街の暑気とともに帰り着て、室温はついに27℃を超
えたり。ためらわず空調を入れ、室温を下げた。高齢者に暑さの我慢はいけない。
夜までクーラーは回していたが、21:00を過ぎた頃、玄関を網戸にしてある廊下の方が涼しいと気が付き、窓
を開けクーラーを止めて快適に過ごした。
流石山里、夜ともなれば涼風が流れて網戸にさえしておけば冷房は要らぬ。
二階寝室も風を通し、あっという間に涼しくなった。
今朝は高曇り。強い陽射しが射さぬ分だけ過ごしやすい。
ドローンを上げて久々に立山を撮ったが、連峰の峰部は雲に覆われていた。
我が山里の村も上空には切れ切れに青空が広がる。今日も暑い日だ。
庭の桔梗は元気に咲いているが去年より少ない。 96式艦戦の三面図を確保。模型の寸法を決める参考に。
7/18
今日は暑くなるそうだ。予想気温は立山町で35℃也。
我が山里でも33℃弱までは気温が上がるであろうと、親爺はぞっとしている。
10:00現在の、空調無しの居間の室温は25℃、親爺が扇風機だけで我慢できる気温也。が、27℃を越せば
ためらわず冷房の世話になるだろう。
オカカが出かける前に冷たい番茶を魔法瓶一杯に詰めていってくれたので、親爺はそれを飲みながらキーボ
ードを叩いている。
夏は山小屋時代は稼ぎ時で、山に居るから暑さ知らずだったが、隠居して下で暮らす今は嫌いなシーズンだ。
寒いのも嫌だが、暑いのはもっといやだ。
外へ出る気もせず、心は飛行機に逃げる。96式艦戦が作りたい。デテール機で良いから嘗ての組み立て付録
宜しく、作ってみようかと、もう三面図を入手した。
大日が黒々と見え、立山も全体に晴れている様だ。
青空が広がっている山里、今日はこの夏一番の暑さになりそうだ。96式艦戦良い飛行機だ。
三面図も手に入れた・・・・・。
7/17
朝、富山市内の医院へ向かい家を出るときは土砂降りだった。しかし、隣の千垣集落を過ぎ、千垣トンネルを
超すと、雨は小ぶりになり、間欠ワイパーで充分になった。
そのまま岩峅を超す自分にはワイパーは不要となり、無事医院まで着いた。
検査結果は良好で、普段の生活も息切れ、動悸などに気を付けて居れば大丈夫との事だ。
6月の血便から、胃腸の内視鏡検査、ポリープの切除、そして24時間心電図・・・と少し大変な目に遭ったが、
今となればそのお陰で、肉体的な心配がずいぶん減った。
もちろん肺気腫と云う持病もあり、人並みに山登りをしたりは出来ぬも、間もなく72歳と云う歳で、未だ大きくは
惚けもせず、好きな飛行機やドローンを弄ったり飛ばしたりもできるし、料理をしたり、オカカと二人気楽なドライ
ブ旅行に出たりも出来そうだ。
この一月余は医師に世話になりっぱなしで、自分自身もやや暗い生活だったが、その分今は解放感に溢れる。
さて、無理はせぬが、やわやわとオカカと一緒に楽しもう。
今日はさっそく親爺の注文していたセスナ152の模型が届いた。
富山市内、南富山で踏切で停止した。富山地方鉄道の2両編成の電車が通過して行った。
立山町の水田単作地帯も曇り空に覆われていた。田の緑が美しい。
最近親爺がお気に入りのミニマムラジコンの飛行機キット。セスナ152の組み立てモデルである。100g以下で仕上がり、日本の
航空法の規制には一切引っかからない。伝統あるラジコン趣味まで法で規制するとは、オヤクショJapanならでは・・・。
7/16
山里には青空も広がる、梅雨の中休みだが、朝一番で富山市内の医院へ急いだ。
今日は24時間心電図検査。毎年受けているが、肥満漢故の心配もある。若い頃に山で随分酷使した心臓だ。
72歳に間もなくなる訳だが、よくぞ今日まで壊れもせず動き続けてくれている。わが身の中乍ら、大感謝。
山里は青空も見えているが、ライブカメラで見る立山は弥陀ヶ原から室堂、雄山山頂まで皆ガスに覆われ、山
頂は雨も降っている様だ。
幸い富山市内まで出たが、大して暑さは感じなかった。山里も青空が出ている割に暑くはない。
それでも帰宅するや、Tシャツ一枚になって寛いでいる。夏だなと思い知る。
青空の出た梅雨の中休み。
相変わらず飛行機弄りを愉しんでいる親爺。宗谷の搭載機セスナ180「さち風」も以前から気になっている。セスナ152は購入・・・。
7/15
曇天の下、雨もまた降りそうな空也。
昨夜は夜中に目が覚め、そのあとなかなか寝付けなかったから、9;30を廻った今、眠気が来ている。が、今寝
てしまうと、今夜がまた眠れない。少し我慢して眠気を遣り過ごそう。
天気予報が良い方に外れ、雨のはずの空が急に晴れ間が出てきている。
今日は娘が車で松本へ向かうので、空が気になっているのだ。
今朝も雲が空を覆ている。
我が家の庭の紫陽花も今が盛りで、間も無く枯れる運命だがよく楽しませてもらった。ハンゲショウも葉を白くし花が咲いた。
知る人ぞ知る、ユニオンと云う模型飛行機のメーカーがあった。ゴム動力気がメインで、小型モーターを載せた
機体も発表していたが、何時の間にか無くなった。そのユニオンのゴム動力零戦は、もう四半世紀前のものだ。
片翼がもげて押し入れの奥に入っていたが、見つけ修復した。愛おしい程の愛着を覚えた機体だ。
実は箱入り、未開封のユニオン零戦も一機温存している。
修復した機体は下手に手を加えず、そのまま飾っておこう、
7/14
晴れたのは昨日のみ。空輸作業も終わった様だ。先ずは一安心。
今朝は雨が降り出した。早朝から雄山神社の除草作業で、村中が勤労奉仕に出ていたが小一時間で終わった
様だ。
オカカも8:30前に帰って来た。その直後に雨が降り出した。勤労奉仕作業のさなかでなくて良かった。
親爺の飛行機弄りも一段落と云うか、もう弄る飛行機が無くなった。未組み立てのものはあるが、搭載する電子
機器がもうないので、試験飛行をして機体が壊れたら、それから電子機器を取り出して再利用の予定也。
静かな日なので、読書でもして過ごそうと思っている。
その前に初めて扱う食材の、豚のタンをした処理せねばならない。この豚のタン、自分で注文しておいてその事
を完全に忘れ、届いた商品に心当たりがないと、ひと騒ぎ。しかし中身を見ると豚のタン、そこで親爺が少しずつ思
い出した。
寝しなにいろいろ検索して、メルカリで注文したのだ。
「寝る前に注文するのは止めないとだめだよ!」と、オカカにやられた。唯でさえ記憶中枢が弱っているのに、寝し
ななどもっと脳がぼんやりしているはずだ。
親爺我ながら惚けたかと少しショックを受ける。老いるとはかなり情けないこと也。
静かな雨の山里、読書日和也。
親爺の好きな桔梗が花を咲かせた。
立山も昨日の晴れ間に空輸が終わった様で、先ずは良かった。
7/13
今朝は間違いなく我が母の祥月命日故、仏前に燈明を上げ、香を焚き又下手な経を上げた。
末娘も帰省していて、一番の婆ちゃん子だったので、仏壇に手を合わせていた。母が旅立ったのは末娘が小学
校五年生の時だった。49日まで毎日仏前で経を読んでいたら、いつも親爺の隣に座って同じ様に手を合わせてい
た。幼いなりに祖母の死を受け止めようとしていたのだろう。未だに経文を覚えておりさっきも読んで居たようだ。
門前の小僧習わぬ経を読むとか、我が父も叔父二人が天台宗の僧侶だった故、その口で、普段は仏前で経を
読む等と云うことは無かったが、良い機嫌で酔っぱらうと経を読んだりした。本格的な経で、門前の小僧だった事
は一族皆知っていた。
親爺も母方の祖父が天台宗の僧侶で、祖父には縁の薄い親爺が生まれる前に他界していたが、母の実家は村
でも有数の一山家「日光坊」だったから、普段は全て神道式で伯父は神官の位を持っていたが、元来が神仏習合
で、ご先祖には神主、僧侶が数多いるらしい。
我が家は祖父宗作が一山権右衛門家の分家の分家として興した家なので、余り宗教色には染まらぬ家のはず
だが、祖母も宝伝坊と云う一山家の孫だし、まあ、わが村は立山信仰に生きてきた村故、多少は皆立山信仰の神
仏混淆の教えの中で、神様も仏様も同一視して敬い信じて生きている。
村で生れ落ち、他出せずこの村でずっと育った親爺など立山信仰など殆ど意識せぬも、何となく山の神様や、閻
魔様が幼い頃より、村に同居しているという感覚は、我ながら可笑しいくらいに身に染みている。
まあ、若い衆も激減したが、親爺たちの世代がそんな立山の申し子の最後だろう・・・。
立山は今日は晴れた。
山里からも久々に立山が見えている。
ハクサンイチゲが咲き、コバイケイソウも咲き始めた立山である。天気さえよくなれば、ヘリさえ飛べば・・・。
7/12
母の祥月命日を1日前倒ししてお参りした親爺だが、これは勘違い。明日の祥月命日はもう一度確りお参りしよう。
今日は松本に居る末娘が久々に里帰り。三連休に富山時代の友達と会うのだそうだ。
で、親爺は今朝から、末娘に食べさせるつけ麺の支度をしている。
スープを煮て、チャーシューも煮て、メンマモ煮た。大変とは思わず楽しく料理をした。
外は雨。ガスまでかかり立山は全く見えない。が、弥陀ヶ原の下に雲海が広がり、その上は視界がすっきりとして
いる。雨が少し落ちて居る様ではあるが、雲海を越して長野側からヘリが来れば空輸作業も出来そうだ。全てパイ
ロット判断という事になるが。
今日帰ってくる末娘も、車で安房トンネル経由で来る予定だが、道路が大丈夫だろうか。後で調べて見よう。
親爺は親爺なりにあれこれ心配もあるのである。
まさに、天地は全て雨なり・・・の山里である。
親爺の大好きな桔梗が咲いた。
昨夜は西瓜も頂いた。今年の初物だった。美味かった。
立山にも間もなくこの空が戻ってくるだろう。
7/11
オカカは買い物に行った。親爺は例によって留守番である。
雨が降っていて、昨夜は明け方寒くて目覚めた。薄いタオルケットではどうにもならぬ。親爺は起きだし薄手の
布団を引っ張り出しそれにくるまって二度寝を決め込んだ。朝まで3時間余をぐっすり寝込み、今朝はオカカに起
こされたのが8:00頃である。まあ、隠居の身故の気楽さだが、朝飯が片付かない・・・。
まあ、起きてはみたものの、作った飛行機の試験飛行もままならぬ雨空なり、大谷出場の大リーグの試合を見
ながら、このHPの更新作業である。
立山は雨、今日もとてもヘリ空輸は出来ぬだろう。朝夕の晴れ間を狙って、突然飛ぶことも有るが、今日は難し
いだろう。
親爺もさて今日は何をして過ごそうかと呑気な事を考えている。
梅雨の雨に打たれる紫陽花が美しい。
川向の山も雨に打たれている。我が山里との間を流れる常願寺川の水音が轟々と響く。
試験飛行を待つ複葉のアメリカ軍機ペラも安定してアイドリング。 ゴム動力の零戦も修理を終えた。20年以上前の機体だ。
元爺様隠居部屋は今は親爺の隠居部屋。作業机の上が賑やかになっている。
7/10
無情の雨がぽつりぽつり、いや、立山はもっと強くガスもかかっている。
今日も弥陀ヶ原までは視界クリアだが、その上はガスが覆い、雨まで降っている。空輸物資は届かない。親爺
の時代にも同じ経験は多い。自然相手の仕事だ。その都度どうにか無い知恵を絞ってくぐり抜けて来た。若い連
中ももっと素晴らしい知恵を出してこの程度の物資不足はくぐり抜ける事だろう。
7月もまだ10日だ。本番は20日過ぎからである。気を取り直しめげぬことが一番。
めげぬと云えば親爺である。ほぼ収集不能状態の模型飛行機工作も、なんとかつじつまを合わせ、作り上げた。
重心も上翼前縁から45o〜50oに合っているし、パワーソースも今まで経験のない力強い引きだ。
電子機器の配線が多少かたずかぬが、これとて飛行には問題あるまい。後は「メイデンフライト」である。???
聞きなれぬ言葉だ、テストフライトの事らし。何時からこんな言葉を使うようになったのか、親爺は浦島太郎である。
少し雨降る山里からは今日も立山は見えぬ。
バラの手前に桔梗がつぼみをつけ始めた。お分かりいただけるだろうか。雨が落ちてきたりしている山里だ。
修理した零戦は宗谷上空の直掩人任務に就いている。 久々の複葉機、電子機器の配線整理がつかぬままも完成也。
で、親爺は押し入れの奥から、知る人ぞ知るユニオンモデルのゴム動力零戦を見つけ出していた。
満身創痍、墜落機のような状態で風防ガラスも変色している。有機硝子だから茶色く濁る。結構修理は
楽しく進みそうだ。親爺の飛行機道楽、益々旺盛なり。
7/9
今日も陽の光は見えず、暑い雲に覆われている山里だが、かえってその方が気温も上がらず過ごしやすい。
オカカが胃カメラ検査やら、外科への薬もらいに行っているので、親爺は一人留守番だ。
まあ、未だ留守番位は役に立つ。
少し前から組み立てにかかっている、複葉機だが、造りが弱弱しく、昨日からギア(脚)のいい加減さに閉口
している。少なくとも着陸時には大分衝撃がかかる部位だから、恰好だけの代物はいただけない。何とか工夫
してもう少し実用に耐えるものにせねばならぬ。
まあ、それやこれややって楽しんでいるわけだ。
何日か作業をしている、元爺様の部屋。ソロソロ掃除機をかけ、机上も片付けておこう。
せめて、剱もこれだけでも見えてくれればいいのだが。
今日はもっと濃いガスに包まれていると思う・・・。
山里から望む立山もほとんど見えていない。
今日はこれに脚を付けてリンケージを終わればほぼ完成なのだが、機体制度も悪そうだ・・・。
7/8
昨日は天の川を見なかった。もうこの年になると織姫と彦星のデートにも興味は無くなるのだろうし、巨人VS.
ヤクルトの試合が18:00時から始まり、先行攻撃の巨人がいきなり4点も取ったものだから、俄か野球ファンなが
ら、親爺とオカカは大騒ぎしながら、テレビで野球観戦だったのだ。
まあ、天の川のデートはどうでもいいやと、なってしまったのである・・・。
3人の娘たちが幼い頃、爺ちゃんが竹を切ってきて、オカカの監督の下、3人3様の短冊やら飾りをつけ、七夕
を過ごしたものだ。幼い子供のいる家庭ではきっと今でもそうなのかもしれない。
今日は曇り。その分気温も上がらぬが、ムシムシと嫌な暑さだ。
昨夜は寝苦しく5時前に目覚め、堪らずクーラーを入れ寝なおした。気温ではない湿気に閉口したのだ。
立山もとてもヘリは飛ばぬ空也。
山里もどんよりと蒸している。
庭の紫陽花とバラはきれいに咲いている。
飛行機作りも順調だったのが、手順のミスで胴体を真っ二つに切り分けて修正。その後胴体を接着。
かなりの手戻し、荒療治也。親爺の仕事はこういうポカがつきもの。でも何とか帳尻は合わせる也。
何とか受信機も取り付け、ブラシレスモーターなのでアンプも取り付けた。低翼部はほぼ完成・・・。
7/7
昨夜は雨が上がったので、窓を開けて網戸にしておいたら冷風が入り着て心地よく眠れた。
4:00頃明るくて目が覚めたが、すごく良い天気だ。カーテンを閉めなおし戸を閉め暗くしてもうひと眠りした。
今朝は陽の射している窓を開ける気にならない。ペアガラスを通して外の熱波が伝わってきている。
真夏の朝だ。
恐る恐る窓をそ細めに開け外を見ると、うっそうたる杉木立の向こうに大日が黒々とした夏姿でぬっとそそり
立っていた。
まあ、これで立山は空輸作業が何とかなるだろう。順番待ちの順番が来ぬのだから致し方ない。昔はいよい
よとなると、スーパーピューマなどを投入してくれて、通常は500kgの荷物だったが、1.5トンずつも運んでくれ
あっという間に作業を終わらせてくれたものだったが・・・まあ昔の話はするまい。
今は若い連中が独自の知恵を絞り上手くやっている事だろう。
大日も見えているが外には出たくない天気だ。暑い!
親爺が40年経営した剱御前小舎。幾多の思い出が刻み込まれている山小屋だ。
今親爺が作っているのは、アメリカの複葉戦闘機ステアマン。主翼面積が広く(複葉だから当然)飛ばしやすいだろう。
ゆっくりフライトが出来る様選んだ。パワーソースはmp05ブラシレスモーター、翼スパン50cm程度の小型モデルだ。
もちろん総重量は100gを遥かに下回りそうだ。所謂ディテール機だ。昔の少年雑誌の組み立て付録式也。
7/6
今日も暑くなりそうだ。土曜日だが山を目指す車もさほど多くはない様だ。
天気も余り良くない。明日はどうやら1日晴れそうで、今日の午後から天気は好転するのだろうが、稜線部ガス
に覆われ、尾根歩きも一寸危ぶまれる。
山小屋も生鮮食料の確保が、空輸作業の遅れでできない様で、例年の事ながら困った困った・・・。
山里も昨日よりは涼しいが、ムーッとした湿気は強く感じられ、僅かながら昨日より高い。幸い夜になれば流石
山里の事、窓を開ければ網戸越しに涼風が流れ込み、二階にある寝室も雨で窓が開けられぬ限りクーラーを使
うことは無い。ただしコレもいましばらくの事、梅雨が明け本格的な夏が来るや、クーラー常用となるだろう。
冬は融雪に暖房費。夏も冷房費。日本は快適な生活を送れるが、金もかかる。
これ以上は考えない。政治家先生や、役所の偉い人たちが、「富裕層(なんといやらしく人を金で計る言葉だろう
かこんな言葉使用禁止にせよ)の事ばかり考えて、クマや猪と暮らす田舎の高齢庶民の事を忘れはせぬだろう。
政治、役所仕事は富裕層のためにするなかれ。貧しき庶民のためにこそせよ。
と、声を大にしていって今日は仕舞也。
紫陽花が庶民の庭に咲いている。
立山はガスに覆われている。早く晴れろ! ゼラチンならぬ寒天のコーヒーゼリー、否、珈琲羹?
7/5
朝から良い天気だ。立山の山小屋の空輸日故、もう隠居の身ながら親爺もホッとしている。
昔から、夏山営業開始直前の今は、一番生鮮食品などを上げたい時期なのだが、梅雨時期にかかり天気もはっ
きりせぬ上に、他のエリアの山小屋も同じ条件なので、一か所遅れるとその影響が全体に及び収拾不能となる。
書き出せば切りのない話だが、其れこそ如何ともし難い。
まあ、今朝の天気に感謝し、順番待ちをするだけだろう。
立山の神仏よ何卒守り給え、輸送ならしめ給え。と立山の山小屋のために祈るだけの親爺也。
ちょっと怪しげな雲あるも立山方面も良く晴れている。
昨夕はこんな落日だったのかも知れぬ。これは他日の夕日。昨夜1時間半かけて内部メカを交換したら何とか調子が出た零戦。
7/4
今日も昨日のような空也。晴れて陽が射したと思えば陰り、気温も少しづつ高まり、湿度はもう60%を超えてきた。
流石の親爺も暑いと感ずる。で、Tシャツ1枚で過ごしている。
一昨日所用で下山してきた心平だが、今日は入山しただろう。天気があまり良くないので気を付けて行かねばな
らぬが、慎重居士故酷ければ、剱御前小舎か剱沢小屋に飛び込むだろう。
親爺も隠居の身ながら、空輸作業が上手くいくように祈っている。明日は午前中早くに晴れ間が出てくれることを
祈るしかあるまい。何分ヘリコプターは今の山小屋の生命線である。
今朝の山里だ。
梅雨の間の緑の茂りに包まれて布橋欄干赤際立てり
スーパーの安売りで1300円ほどで買った中国鰻・・・これは酷いカスを掴まされた。やや生臭く皮が硬いので佃煮に
したが、実山椒を入れて煮てもだめ、粉山椒でごまかしてもいけない。恐らくジャポニカ種ではない鰻だろう。参った!
オカカが丹精している長女からもらった紫陽花、卵の殻の粉末が効き目を現し花がピンクに染まって来た。
7/3
雨は中休みだが、青空と黒雲の両方が見える天気だ。山里は青空のエリアがやや多い様だが黒雲エリアの立山
は、雄山山頂で雨、室堂もまだガスが巻いているが、弥陀ヶ原は晴れて、下から順に晴れて行くのかも知れぬ。
ヘリが順調に飛ばず、困っている山小屋が多い。空輸作業の遅れは例年の事だが、こればかりは空が相手だか
ら思い通りにはならぬ。数十年以上の昔に戻って、ボッカに頼ろうにも、荷を背負い歩ける若者も少なく、本職の歩荷
など絶えて久しい。
恐らく立山最後の職業歩荷だった魚津在住のTさんもすでに旅立たれているだろう。
タンボ沢(黒部平)から東一の越の登山道整備で、このTさんが約80sの荷を背に1日2往復したのが、親爺が見た
最期の職業歩荷だった。
Tさんこそ立山最後の歩荷だった。この当時Tさんは60を大分超えていたやに思う。Tさんの両肩にはラクダの様な瘤
があり、長い歩荷人生の勲章だと本人も笑いながら語っていた。
「もう年で、これが精いっぱいですちゃ。若いきっつい(強い)時なら30貫担いで日に3,4へんは行けたれどねぇ。」
独特の下新川訛りで、吶吶と語るしわの深い顔をフッと思い出す。もう40年も昔の話で、当時山小屋に歩荷はいなか
った。だからTさんも仕事がなく、山岳工事でヘリの使えぬ場所の資材運搬などで働くしかなかった。
「普通の土方仕事ならいっぱいあるがですちゃ。ほでもゼン高(しかし金高)安うて、身体殺しゃゼンになる歩荷程ちゃ
稼がれんですちゃ。」とも言いていた。歩荷は昔から1貫いくらで、貫目さえ増えれば高額な日当になった。だから身体
を殺す(身体に無理をさせる)事で、高額な日当を稼いだ。
子供の頃、父の経営していた剱御前小舎で、歩荷衆と一緒に寝たことがあった。しかし歩荷衆は身体に非常な無理
をさせているからか、寝ながら唸り声を上げた。
子供心にそれが怖く、父の処へ駈け込んで「父ちゃん、歩荷のおっちゃんたち病気かも知れん。寝たまま唸っとる。」
と告げた事があった。
父は笑いながら「歩荷衆は身体の使い方が荒いから、寝て唸るものなんだ、心配要らんぞ。」と子供の私に教えてくれ
た。が、私は歩荷衆の部屋に戻らず、それからは父と一緒に寝ることにした。
今は昔の話也。
庭の紫陽花が日に日に色を濃くして行く。
今朝の立山には黒雲がかかっていた。雄山山頂は今も雨だ。 ところが北側の打越山上空には青空が広がっていた。
長女がオカカにくれた鉢植えの紫陽花はオカカが卵の殻を粉にして撒いて、少しピンクがかった色が出てきた。
親爺のラジコン飛行機熱は止まず。今これだけの機材(全53g)を小さな機体に搭載する方法を考えている。脳トレ也。
7/2
今日は朝から過日取ったポリープの病理検査の結果を聞きに、富山市内の病院まで出かけた。雨はすっきり上
がり晴れている。朝ピッカリかなと思いながらも立山を見るがガスで見えぬ。
検査結果も異状なく、掛かりつけの医院への報告書を貰い、掛かりつけの医院へ回るが、すごい混みようなので
受付で報告書を預け、帰宅した。どうせ2週間後は24時間心電図検査を受けに行く。
帰宅してこのHPの更新に取り掛かる。
立山のライブカメラを、雄山山頂や室堂、弥陀ヶ原と見るもいずれも良い天気也。稜線部にわずかなガスが見え
るが、視界もクリア。立山は昨日夕刻から晴れているが、山里は昨日一日雨だった。
さて病院も一段落。再燃しているラジコン飛行機の趣味は、今や楽しみの大きな一つとなってしまった。
まあ、どれだけ楽しめるか、身体と頭がまだ確りしている今を感謝しつつ楽しもうとやや開き直っている。
立山は昨日夕刻から晴れた様だ。
帰宅して目に入るのは垣根のバラと紫陽花の清々しい姿。ピンクのバラと青い紫陽花が可憐な姿で親爺を出迎えてくれる。
7/1
立山が酷い雨ふりに祟られている。特に心平の様に沢に小屋を置く者は大変だ。昨日電話がっ有って「芦峅寺
の山里は大丈夫ですか、こっちは酷い降りで、辺りの沢がかなり増水しています。」と云ってきた。
こっちは大丈夫だし、ヨータローや緑の事は心配いらぬ、何かあれば家へ避難していればいい。と伝えておいた。
山に居て、里に残し来た家族を心配する気持ちは親爺にもよくわかる。しかし山里は断続的に雨は降ってはいる
がそう心配することもない。その旨心平に伝えておいた。
今日久々に川の轟々と流れる音が気になって、ゆっくりと立山大橋まで車で見に行ってきた。
確かに上流では相当降った様だ。この水量は年に数度のものだ。
山里自体は水害には縁がないが、土砂崩れの心配はある。それも村内の民家よりは村に続く道路の方で、立山
に続く道路か、町に続く千垣集落より下流の横江地内に入ってからの道路である。
10年に一度ほど1日位の通行止めと云う小規模な災害ではあるが。が、油断は出来ぬ、相手は自然である。
立山大橋から下流を見る。結構な水量だ。
我家の垣根の紫陽花が雨に濡れ佇む。何とも言えぬ梅雨の風情を感ずる。
立山もこんな穏やかな日は、荒れてガスに覆われる日より多くはない。でもこの山に巡り合いたくて山へ入りたくなるのだ。
親爺の趣味再燃も、海外のキットを取り寄せるに至った。病膏肓に入る也。
6/30
薄暗い梅雨が戻った雨の日曜は6月最終日也。
雨こそ思い出したようにぱらつくだけだが、立山へ向かう車もまばらだ。弥陀ヶ原から上はガスに覆われている
様子だ。
体調は殆ど戻ったが、食い過ぎると良くない様だ。食欲との戦いが大変だ。
最近ブラシレスモーターの力強さを知って、(実はドローンでとっくに知っているはずだが、それと気づかぬ処が
親爺である。)少々感激し、折角ギヤモーターで改良を終えた零戦をまた改良しようとバラシ、そのギヤモーター
を孫のゴム動力機に転用した。
がここまでは良かったが、ばらした零戦にブラシレスモータは楽につくが、付属するレシーバーやアンプが嵩張
ってとても小さく狭い零戦の機体内には治まらぬことに気付いた。
で、さてどうするか、余計な事をしなければよかったと悔やんでいる親爺也。
立山は見えず。
日当たりの関係でだろうか、垣根の内側の紫陽花は色が薄い。 鉢植えはオカカが母の日に長女からもらったもの。
これは昨日の別山乗越から見た大日。
零戦はまたこの状態・・・右手のメカを積み込めない・・・。他の方法を考えよう。
6/29
今日は梅雨の休み也。雲足こそ早けれ山もたちまち青空が広がっている。
トモちゃんが早朝から別山の方へ出むいた様で、いろいろ写真やら動画を送ってくれた。親爺居ながらにして
立山を散策している様だ。トモちゃん有難う。
山里も、うっかり立山側(東)に面した縁側の引き戸を開けようものなら、真夏の熱波がブァーと入り来て慌て
て戸を閉める。だから庭に咲き誇る花々や彼方の大日が雲のベールを引きちぎるように脱いで姿を現す景色
は、分厚いペアガラス越しに見るしかない・・・。
だが、この真夏日も今日の一日だけである。明日からは傘マークが日々並ぶ予報で、梅雨が戻る。
梅雨の雨は農作物にとっては慈雨。われわれ人間もこの雨無しでは食べ物が口に入らなくなる。慈雨が途絶
え、じりじり照り付ける炎天が続き作物は実り、涼風の吹き過ぎる秋ともなれば実りがもたらされるのだ。だが、
昨今はこの繰り返しが自然破壊により乱れているらしい。らしいと云うのはそれが真実かどうか断言できないか
らで、それを断言するのは講釈師か昨今の環境保護団体位のものだろう。
脱線は未然に止めて、とにかく夏は立山にも来た。
山里から見る今朝の大日。雲足がかなり早かった。
我が庭も夏の盛り。親爺(孫)の改造飛行機ももう一度改装。プロペラを大径のギア式のものに換装した。
場所は特定しないがこの野鳥の卵、立山に生息する岩ひばりの卵である。親が卵を抱えている。
立山も花盛りである。
6/28
雨がしとしと降り続いて、時折ガスが架かったりする山里だ。
実に静かに時が流れてゆく。音と云えば、テレビの無意味な音と、親爺がキーボードを叩く音しかない我が居間
である。
親爺は飛ばぬ零戦を修理したがまだ試験飛行はしていない。孫のゴム動力機も電動ラジコンに改修し終わった
がこれもまだ試験飛行前である。
実はそれぞれに理由が有って、零戦は今一つ馬力不足の動力。
孫の飛行機はプロペラ径が小さすぎて力が出ないかも知れない。とそれぞれに不安があるのだ。
とまあ、そういう事なのだ。
で、今度は零戦に載せるブラシレスモーターの都合がつき、非常に上手く高推力を発揮できるのでこれを零戦に
乗せ換え、零戦の大口径ギヤダウンペラシステムを孫の飛行機に乗せ換えてやろうと、目論んだ。
おそらくこれだけの事を手際よくやればほぼ当初の目論見が達成する。よし、やろう。
親爺は今朝静かな中でそう決心した。
垣根の外側に花を開いている和紫陽花が美しい色であった。
順調な回転を見せるブラシレスモーター。これで親爺もこの強力なパワーを和が機体に組み込むことができる。
零戦は機種のギヤモーターを孫の飛行機に譲り、強力なブラシレスを載せる。孫達の機体は貧弱な機種を大口径な零戦のものと換装。
さて、親爺の思惑通りに行くや否や・・・・・。
6/27
今日は朝、大谷のホームラン25号目を見て、心楽しくオカカと連れ立ちて庄川の鮎を食べに出かけたのだが
11:35のいつもの鮎の里に到着するも、入り口から早長蛇の列也。
並んでものを喰う事を極端に嫌う親爺なので潔く、さっさとUターン。1時間10分かけての到着乍、もの食う為に
並び待つという事を平時の己が嗜好と食を満たす為にのみはしたくないし、決してしない親爺なのだ。
その事に全く意味はない。ただ嫌なだけだ。
で、その足で第2希望の店に向かうがそこも駐車場が一杯なので、パス。予定変更し、ちょっと高級なでも予約
の要らぬはずの店に向かうが、何とそこは臨時休業!!
まあ、こんな日もある。で、体調不良では決して食えぬ富山のラーメン老舗的存在である大喜の真っ黒なラーメ
ンを食べに行き、そこは昼過ぎになっていたのでゆったりと頂けた。
若アユが黒いラーメンに化けた日である。それでも満足感は十分。美味かった。
帰路迂回して、パンダパンダのカツサンドとソーセージパンを買って、これは今宵の夕餉とする予定也。
まあ、庄川まで出かけ鮎を喰わずに帰ったのは初めての体験かも知れぬ。
これは昨日アップし忘れたページ用の写真也。ゴム動力機をラジコン電動機と成す。
機首にはモーターとペラ。バッテリーに受信機も見える。垂直尾翼、水平尾翼は糸リンケージだが操舵できるようになっている。
昨日の写真だが、謙ちゃん家の西洋アジサイの色がきれいだ。川向のスキー場続きの山の背も上に青空が覗いている。昨日也。
6/25
気付くと6月もずいぶん押し詰まって来た。水無月とは言えど梅雨の季節也。九州地方では雨に被害を受け
た皆さんも多いと聞く。被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。
幸いなことに我が山里のエリアは、クマやサル、イノシシの農業被害こそ常態化しているが、それ以外の自然
災害と云えば、冬の大雪位で、春夏秋には余りない。勿論長雨による土砂崩れや、台風による風の被害などは
色々細やかなものが無い訳ではない。しかしこればかりは大自然相手、所謂天災である。注意し乍らも避けえ
ない事も多々あろう。
孫をダシにして、昔取った杵柄のラジコン飛行機の世界に戻った。
ちょっとした浦島太郎気分である。万年ビギナーは自認しているが、今や内燃機関のエンジンなど特別なマニ
アだけの世界で、電動の飛行機ヘリが主流也。その電子機器の発展はめまぐるしく、親爺も嘗て手も足も出な
かったヘリに変わる、ドローンに嵌って、かれこれ10年は経っただろうか。
で、又飛行機に戻った親爺は、そこでドローン技術により大きく変化した、無線機器に驚き、使い方が分からぬ
のにへたな結線をして最新型受信機をこわしたり、ブラシレスモーターと云うドローンでは当たり前の強力なモー
ターの回し方に戸惑ったり・・・とにかく簡単にはゆかぬのである。
ドローンは出来合いのものが当たり前。ばらしてもメンテナンス程度の事。とても内部の制御機器などはメーカ
ー任せで、こっちは飛ばして楽しむのみである。もちろんそれでも最初はバインドという事がぴんと来ず単なる送
受信機の同調の事だと判ってなるほどと思った。は、gpsなど頷くだけのもの。理屈も分からずそれなりに飛ばせ
て、登録も済ませ(オヤクショ様よ、趣味にまでくちばし入れるとは・・・。)遊んでいる。でも理屈はいまだに分から
ない。
3wsx67yhg 09olk ¥^[]:¥/ で、昔から変わらぬブラシモーターなら1234780-−さへ理解して居れば回せる。その世界に戻り、今は頑張っている。
強力なブラシレスモーターは、もう少し勉強してからだ。
梅雨気なる空の下、親爺は遅々と飛行機修理である。
別山北尾根に夕日があたり、後立ての山々も雲に浮かぶ。
孫たちが遊び倒したゴム動力機、当然ボロボロで翼もちぎれている。皆、薄いスチレンペーパーで裏打ち。
重量がかさむがやむを得ない。まあぼちぼち、爺の手慰みだ。
6/24
今朝は青空が広がっていたが、もう雲がどんどん出てきて怪しげな空模様になってきた。
が、時折陽が射し、予報通り気温は上がるのだろうか。いやだいやだ、一番嫌いな猛暑の日々がまたやっ
て来そうである。
今日で、ポリープ切除を受けて6日目也。明日はいよいよ食事制限が無くなる丸1週間目、ちょっと嬉しい。
今日はまだ夕食を氷見うどんで済ます予定だが、焼きサバ(薄塩サバ代用)ソーメンもどきに作る予定で、
親爺の食い意地全開也。
また今日は、孫との約束の良く飛ぶ飛行機にも着手予定で、孫との約束は親爺の良いわけかも知れぬが。
いろいろなものに興味を持つ余裕が出てきて、いろんなものを取り寄せて小遣い事情は悪化の一途。まる
でばらまき浪費に明け暮れるNippon政府の様で、しかも取り寄せ(ばらまき)の効果は一切見えぬ。
まあ親爺のボケ防止への投資と思えば安いもの、たかが3,4万円ではないか。
それにしても小遣いが厳しい也・・・・・。
山里は今青空が広がり始めたが、雄山山頂は雨である。
庭の紫陽花は去年の母の日の長女の贈り物。綺麗なピンクだったが植え替えて今年は白になった。今から
未だ色が出て来るだろうとはオカカの弁。
親爺取り寄せの機体DH88コメット双発機。組み立てが難しいので制作は先送りにし、先ずは過日孫たちに作ったゴム動力機
を電動ラジコンに改造しようと考えている。一昨日、昨日の思い付きの機体は更に先送り也。
山小屋の空輸は無事終わったそうだ。東邦航空が飛ぶ。
6/23
梅雨の始まりで、昨夜から雨が降り出した。今朝も雨はやや弱まったとはいえ降り続いている。
朝、窓を開け外を見た時に、常願寺川の轟々と云う音を聞いた。随分遠くなって余りあてにならぬ我が耳だ
が川音ははっきり聞こえた。
若い頃勤務していた建設会社で、会長の河川視察に連れ出された時の事を思い出した。
会長は我が叔父の同級生で、大親友だった。そして若い親爺もずいぶん可愛がっていただいた。
会長の川の流れを見る目はさすがに大したもので、災害が起きそうだと判断するや、土石採集担当、生コン
担当、土木工事担当の各責任者に、連絡を取り、河川工事に入っている現場は撤収を含む業務停止を指示
し、緊急体制を速やかに陣頭指揮されたものだ。
そしてそれが杞憂に終われば、心から嬉しそうに、何事もなく良かったと喜んでおられた。
工事の手戻し、停止による遅れなど、金額にすれば大きなものになるはずだが、そんなことは毛ほども表情
に現わさなかった。素晴らしい大きな度量をもっておられ、恐らくそれは天性ではなかったろうか。
そんな方だったから、どこか叔父とも波長の合う方だったから、親爺も会長は心から敬っていた。いや親爺だ
けではない、いかに多くの会長ファンがいた事だろうか。
河川視察だけではなく、親爺はちょいちょい会長のお供を言いつかり、会長の昔語りを聞いた。その話は今で
も親爺の心に残っている。面白い話をなさる方で、独特の飾らぬ語り口が忘れられぬ。
親爺が退社し、山小屋一筋になった後も、会長は出合うたびに声をかけてくださった。
70台に差し掛かり3年も経った頃叔父が旅立った。会長の嘆きは大きく、会長も体調を崩された。
しかし周りの温かい世話で、会長は90歳の大往生を遂げられた。
親爺は今でも、叔父やそして懐かしい会長を、折につけて思い出している。
常願寺川の川音が未だしている。昨日梅雨入りしたばかりの山里だ。
昨日作ろうと思い至った96艦戦はかなり難しそうだ・・・。プラモの様にはゆかない。紫陽花に笑われた。
97戦。こっちの方がシンプルかな・・・。
6/22
親爺は現金な程体調が良くなった。とは言え未だ食事は制限中だが、体重が3〜4kgも減った分体の動きも
良くなったのだろうか?
まだ家の中乍、あっちへウロウロこっちへウロウロ、二階へあがったり下へ降りたり、階段も左程息切れが気
にならない。いやいや現金なものだ。
体調不良になる以前に、古いラジコン飛行機が飛ばせなく、飛ばせるように修理しようと手を染めていたが、
体調の悪い時も、気晴らしにいろいろ飛行機の事を調べて気を紛らわしていた。
が、良い機材(例えばマイクロ受信機、マイクロサーボなど、かつては夢に見た品々)が出ているのを、考えも
せず次々取り寄せて、知識不足で使いきれず、その挙句弄り壊してしまう・・・。
ラジコン歴が半世紀を超すが、しばらく遠ざかっていた10数年の間に、ドローンの出現に伴い電子部品は格段
の進化をし、ジャイロが機体姿勢を自動制御するのが当たり前となっていた。
機体の正確な作成と、操作だけで飛行させていたワクワクドキドキの機体など、ムサシノ模型飛行機研究所の
キットが残っているくらいだ。(懐かしい。ここの舘林茂雄先生にはずいぶん教えて頂いた。)
と云う次第で小型化した受信機やジャイロ感度の操作・・・もうついてゆけぬ。
しかも中国製が多く、説明書もついていないのが当たり前。マニアックな店に問いあわせる術も知識もなく、壊
してはぶん投げた。都合25000円余りを無駄にして、当座の小遣いに事欠くようになる。
まあ、やった事は仕方がないし、そんなに大きな金額をしくじった訳でもない。パチンコで負けた程にもならぬ。
が、困ったのは親爺はこれで懲りたわけではなく、又飛行機に夢中になってしまったのだ。
まあ老いの趣味の一つ、ボチボチ空物を弄って、空に近づこうかと納得している。
立山も山里の様な天気だが、今日北陸は梅雨入りした。
我が家のバラの垣根も賑やかだ。 隣の謙ちゃん家の庭では西洋紫陽花が綺麗に咲いている。
このラジコン修理がそもそもの発端だ。親爺の次の目標は96式艦戦。これを昔の雑誌付録の平面紙細工式で小さなラジコンに
仕上げようと目論んでいる。搭載する機材はモーター、受信機、サーボ2個、バッテリーで15グラム前後。機体はスチレンペーパー
なら20gほど。その他接着剤、塗料やらもろもろで40グラムほどなら、十分親爺でも飛ばせるはず也・・・。
6/21
本日は夏至也。一番日が長い今日の山里は梅雨の気配が濃くなって来た。
昨日までの快晴の空が重苦しい鉛色になり、ドローンを上げて見るも立山は霞み、上部はガスの中也。
体調はかなり良くなっているが、何せ食事を制限しているので、それすらも少量ずつ分けて頂いているような
状況故まだ完全に復調とは行かぬが、一時期から見ると身体がずいぶん楽だ。
悪性のものは何もなかったという検査結果、しかもポリープはすでに切除され、これで三日目なのだから毎日
時が過ぎてゆく中で、身体も気持ちも良くなってゆくだろう。
病は気からとは言い得て妙。人間気持ちの持ちようと云うは重要也。
朝からドローンを上げたり、電子部品のはんだ付けにしくじって高価な基盤をパーにしたり、親爺の日常は良い
につけ悪いにつけ、皆無事に戻ってきている。
楽しい日々をこれでまた、しばらくは継続できる。
トモちゃんの送ってくれる山の写真は、山人たる親爺の元気の元也。
今朝は元気にドローン飛行も楽しんだ。我が家の庭はバラが咲き、気持ちよくドローンを飛ばせた。
今朝の山里。緑濃い夏至の当日也。
梅雨に一番似合う紫陽花も咲いている。
6/20
昔の芦峅寺の山人達は、大半の人々が猟をしたし、川に入れば岩魚釣りもした。銃猟や岩魚の毛ばり釣りは
当時の芦峅寺の山に生きる男にとって、重要な心得であり嗜みでもあった。
山にお客様を案内するのが主な仕事となり、所謂山案内人、山岳ガイドとなって行くのだが、山岳ガイドの黄金
期と云われた大正末期から昭和かけてさえ、多忙なガイド業の合間に、嗜みとして猟や、谷筋を通るガイドでは
岩魚釣りも当夜の食料として釣りお客様に振舞った。
名ガイドと謳われた我が祖父の残された写真を見ても銃を持っている写真が多いし、岩魚釣りに関しては今西
錦司先生が著作の中に「無形文化財にしても良い釣り姿」と書いておられた。
父の話によれば祖父の毛ばりは針の返しを落としてあり、食いついた岩魚を右手に持ったタモ(祖父は左利き)
に瞬時に取り込み次の瞬間はもう針を別のポイントに振り込んでいたと云う。
熊を追う狩り山も大戦力としてグループの要をなしていたし、ウサギなどはそれこそ朝食前にスキーをつっかけ
そこいらを一回りして数羽を捕り、腹を出して始末し、軒先にぶら下げて居たそうだ。
杣仕事でも人並み以上の力量が有って、左利き用の鉈を使っていたなどという事も聞いた事がある。
所謂真の山人であり、スキーも上手で、岩登りなどでも他の追随を許さなかったと云う。そして昔日の我が芦峅
寺にはそう云う山人たちが沢山いて、今に続く立山ガイドの名を残したのである。
今のガイドは、山案内に特化し、サバイバル技術(猟や岩魚釣り、山菜採り加えて焚火の技術)はほとんど持た
ぬ様に見える。今は国立公園で焚火など出来ぬし、猟もできぬ。(そしてこの過剰な鳥獣保護が現在のクマや猪
、猿、カモシカ、シカ等による農業被害、人的被害につながっている事は、どんな愚かな自然保護運動家にも解る
はずである。野生の世界も適度な間引き、つまり猟師の圧力が要るのだ。)
町場には出ないはずのクマが街の真ん中に出る。イノシシもシカもカモシカもしかり。そしてこの野生の生き物が
野生を知らぬ街人を襲うに至って大騒ぎとなっているが、役所のすることなど緊急時の役に立ったことは無い。
まあ、野生に支配されつつある我が山里などは、高齢化により人間力が弱くなり、やがて人の住めぬ野生の王国
になるのだろう。
昔日の山人たちよどうぞ蘇り、山里を守り、そして町場も守ってやって下さい。
サバイバル技術を身に着けていた山人は、決して山を荒らさない人々だった。獣を狩り過ぎず、川魚も釣り絶や
さず放流し、木々や草花も決して絶やさぬよう心掛けた。そうしなければ代々にわたり豊かな山の恵みを頂けぬと
知っていたからである。
机上の空論で自分の意見がすべてとする教条主義学者。それを有難がり法制化する役人。決してそこで暮らし
山で慎ましやかな恵みを頂き、山とともに生きてきた人々の云うことを聞かず取り締まるばかりだったオヤクショ。
この悍ましい繰り返しが今の野生獣を抑えきれぬ様になった現実に直結しているのだ。
古の山人のサバイバル技術こそ、全てを含め現在に必要とされる技術なのだ。
気づいたら長々と老いの繰り言。
失礼仕り候
体調戻り、毒舌も出るようになりたれば、心より剱御前小舎を懐かしむ余裕も又産まれる也。
ハクサンイチゲが咲き雪が解け青空の下に佇む剱御前小舎。懐かしく良い日々の思い出が次々浮かび来る。
山里の夏の朝。体調日々に戻り爽快也。
垣根のバラは今盛り也。
6/19
親爺の体調不良も、昨日の内視鏡検査で腸内のポリープを取ってもらい、一段落。後は1週間ほどの食事制限
と安静(これは何時もの事ゆえ大丈夫)で、普通に戻れるとの事也。
食事の制限が大嫌いな親爺だが、余すところあと6日、しかも徐々に普段に近づけて良いとの事なれば、我慢も
いと易き事、今朝も卵入りのおじや一椀で不足なし。
何よりも体調不良の原因が判明、悪性ではない旨が分かった事が心を晴らしてくれた。
夜中に腹痛下痢血便で、慌て何やらもやもやとした気分で過ごした日々よさらばである。人間とは老いて尚生に
執着の強くある事を思い知った。名僧一休和尚にしてから、最期には「死にとうない。」と云いながら旅立ったそう
だから、現代のミーハー代表の親爺ごときは狼狽え鬱として当たり前である。
普段に戻れる有難さ。何もない細やかな普段の生活の尊さを改めて痛感した。
昨夜オカカと一緒に見た、2022年制作の「西部戦線異状なし」にも奇しくも家に戻り普段の生活に戻りたいと、強
く思い乍ら、無謀な老害将軍によりその思いを断たれた兵士たちの姿が描かれ、涙ながらに観た。
大災害は天のなせる業なれど、戦と云う愚行もまた人類の悪業のなせる業か、未だに繰り返されている。
立山は快晴。山里も快晴。親爺の心も晴れた。
立山も今日は快晴也。
父の日に、三人の娘たちは親爺の好みをよく知っている。それぞれに親爺の喜びそうなものを選んで送ってくれた。
その日に来合わせていた孫が一緒に喜んでくれた。頭のプチプチはお嫁さんのベールだそうな。
6/16
孫がいる朝は、それだけで嬉しい。
昨日の午後からきて、ジジに甘え、ババに甘え、それだけで家がパッと明るくなるのだから不思議なものだ。
昨夜は21:00を過ぎるころ眠くなって、ジジとベッドに入ったが、昔話を2話読まされた。2話の終わりごろには
もう寝そうだったので、ママが来て自分の寝室に連れて行ったら直ぐね寝たそうだ。
今朝までぐっすり。8:00頃までぐっすり寝ていた。
山里は町場よりだいぶ涼しい様で、寝汗も書かず天然の涼気の中で熟睡できたのだろう。
今薄日が差してきたが、立山は雄山山頂では雨だった。室堂も弥陀ヶ原もガスに包まれている。
梅雨が近づいてきたのだろうか。
僅かな雨だったが山肌を表れて、少し緑が際立つ不動山。
乳歯が抜けて永久歯に生え変わる。この時期の歯抜けは可愛い。庭の垣根のバラは今が盛り。
6/15
朝から親爺も半そでTシャツ一枚で居間には扇風機が回っている。
今日は久々に黒部の孫がやって来る。五月には一度顔を見せてくれたが、小学生ともなると忙しい様で、一月
半ぶり位だろうか。
孫はもうジジババの家へきても遊び相手も居らず、ジジババに甘えて過ごす時間だけでは退屈なのだろう。
それだけ成長したのである。でも小さな姿ばかり思い浮かび、可愛い可愛いの時代が、爺の中では止まってい
るのである。
まだまだ可愛いもので、その無邪気なおしゃべりや仕草がジジバカには楽しみである。
オカカも何を食べさせようと朝一番で買い物に出かけた。
ジジババの家は何時までも孫には居心地の良い、安心して過ごせる場所である。
まさに真夏の朝である。
父の日のプレゼントを貰って親爺大満悦也。 剱の朝焼けも美しい。
6/14
今日も暑くなりそうな快晴の朝である。オカカと二人静かに日を過ごしている。
親爺の体調もほぼ戻った。後は検査と検査結果待ち。あまり考えぬことにしている。
食事もほぼ戻りつつあり、空腹をおぼえるまでになって、元々卑しい口を何とか我慢させている状態也。
朝のリハビリ体操もしているし、もうすっかりいいような気分だ。
さて今日は何をして過ごそうか。明日には久しぶりにかわいい孫がやって来る。例によって爺のラーメン食べた
いとリクエストも届いた。孫の可愛い姿とおしゃべりが楽しみな親爺である。
立山の初夏。朝陽に浮かび上がる剱岳。
少し前の寒い朝。霜柱が立つ。
みくりが池の氷が解け始めた。 我が庭はバラの垣根が花盛り。
6/13
やや暑い夏の朝である。
山里からは昨日より大日がはっきり見えているが、雄山山頂カメラなどで見るとガスの動きがあって、良い天気
ではあるが、見通しは余りよくない様だ。
山里も空に浮かぶ雲の形が、夏の入道雲のように見える。梅雨入りはまだだが、夏は始まっている。
ここ数日体調の所為で、満足に喰えぬ所為か、頭がボーっとしているような気がし、これは惚けの始まりではな
いかと心配になる。
今の世ではまだ十分な年寄りではないが、まあそれなりの高齢者ではある。
素直に医師の言う事を聞かなくては健康が保てないかもしれない。
上に雲を被りそうだが、昨日より良く見えている大日だ。
庭にはバラの垣根とムラサキツユクサが咲き競う。 室堂から閻魔台へ向かう石段の道。ここは観光客のエリアだ。
6/12
昨日の朝は少しふらついて、体の力も抜けたような脱力感に加え、眠気もなかなか取れないようなフラフラした
感じであった。
今朝はそれに比べるとすっきりとは言わぬも体に力も戻り、頭もかなりすっきりし眠気も起床して洗面している
中にとれた。
昨日朝より普通食に戻ったせいもあるだろうが、胃はともかく庁がまだすっきりしないので消化の良いものを選
び頂いている。朝は白飯茶碗半分弱に炒り卵梅干し程度。昼は白飯茶碗半分に親子丼残りを二口、エビシュウ
マイ3個冷ややっこを頂き、夜は鰆の西京漬け1切れ茶碗蒸しで白飯を半膳。これだけ也。
少々空腹は感ずるも、虫塞ぎに玉子蒸しパン(小さな鶏卵大)を分けて頂き、軽いせんべい2枚はお八つだ。更
にキャンディー2粒も頂いている。
書いてみると結構いただいており、身体が楽になるのも尤もである。
とに角、体調が戻るまでは節制に努めねばと思うがこの節制は親爺の最も苦手とするところ也。
今日も夏日になるらしい。立山も見える。
雷鳥は抱卵気に入っている。
一昨日のみくりが池大分溶けた。
6/11
掛かりつけの医院と、紹介いただいた内視鏡内科をまわり、午後に予約を貰って胃の内視鏡検査を受けた。
異状なしでホッとしたが。普段の不養生が祟っているのだろう。
昨日一日で富山市内まで二往復したので、しかも内視鏡検査のため飲まず食わずだったので、可成りくたびれた。
その疲れが今朝まで尾を引き、眠い様な、頭がすっきりせぬような、ふらふらするような・・・・。
まあ、昨夜から粥に親子丼の飯ぬきを少し食べ、キャンディーも2個3個舐めた。夜も目覚めず朝まで寝たのだが
何やら寝足りない。昼寝など何時でもできるので、少し休もう。
歳をとり健康を保つことは大変な事である。少なくともずぼらな親爺にとっては。
ハクサンイチゲが咲き出した。トモちゃんが休暇で下山中にとって送ってくれたのだ。
大日が良く見えている熱くなりそうな朝だ。 庭の垣根のバラが綺麗に咲いて賑やかな我が家の庭だ。
雄大な山の写真は心を高ぶらせてくれる。
6/9
体調不良はまだ続くが、腹痛は殆ど治まっている。
それでももう粥食生活も三日目だから、明日の月曜日は掛かりつけの医院で受診しようと思っている。
歳をとると身体は中々思うように動いてくれぬし、健康管理も心掛けてはいるが中々思うように行かず、あっちが
治ればこっちが傷みで、際限無く修理を繰り返しだましだまし乗るポンコツ車の様だ。さりとて車ではないので乗り
換える訳にも行かず、行けるところまで行かねばならない。
まあ生活をもとに戻すと云っても、元々がごろごろと過ごすずぼら生活だったから、そんなに難しくはないが・・・。
今日もずぼらに過ごしてしまうだろう。
庭に下りて垣根のバラの花をカメラに納めたり、大日を撮ったり。穏やかな日曜日也。
バラが一斉に咲き始めた。豪華で綺麗だ。
つくばいには山水が流れる。 バラはまだ蕾をたくさん持ち次々と開かせる。
6/8
突然の体調不良で、昨日はほとんど寝て過ごした。
まだ復調はしておらず、明後日には掛かりつけの医院で診て貰おうと思っている。
昨日からおかゆしか食しておらぬが、食欲も余りない。でもキーボードを打つくらいの事は出来る。
そしてかえって何かしていた方が気がまぎれる。
昨日も夕刻修理途中だったラジコン零戦に新モータギアユニットを組み込み、お色直しも終え、機体を手持ちで
ペラを回してみたが、以前より大きな推力を感じた。
まあ、ぎりぎりだがこれなら飛ぶだろう。体調が戻れば試験飛行だ。
体調を考えて、今日はこれまでにしておこう。
山里は朝から夏の天気だ。
一応修理を終えて、機種もエポキシで取り付けた。プロペラ部分が大きく改造したところ。スケール感は無視し、
ペラも効率の良い2翅ペラにした。多分飛ぶだろう。全備重量53g也。
庭の垣根のバラがきれいに咲き誇り、未だ満開ではないそうだが秋まで楽しめるそうだ。
6/6
月一の薬もらい日で、今日はたまたま先生の手が空いていたから、種々の検査を受けてきた。結果大きな異状
はなく、気が楽になって眼科医院にも立ちより視力検査、眼圧検査などを受けここでも良好で点眼薬を貰い帰宅。
誰でもそうだろうが、医者通いは親爺も好きではないが、おかしな病で入院などはもっとごめんだ。だから転ばぬ
先の杖で、薬を切らさぬ様通院している。
もう十分生きたような気もするが、まだまだ楽しみたいし孫の行く末も見守りたい。だからまだ死にたくはない。
毎日毎日オカカと二人相変わらずの日々だが、この穏やかな変化の少ない日々の有難さは重々承知している。
だからこの穏やかな日々を愉しまねば勿体ない。
そこで、孫にことよせてラジコン飛行機の趣味の復活也。が浦島太郎のごとく技術進歩についてゆけず諦めそう
になったりもするが、昨日、もっとも安易な改造方法で零戦復活のめどがついた。
プロペラが十分な推進力を発揮できず、飛ばなかった小さな零戦の機種部を切断し、動力源を取り出し、昨日届
いた新たなギヤダウンユニットをテストしたら、恐らく十分と思える推力が得られた。
後はこの動力部をいかに上手に取りつけるかだ。それはこれからだが、990円の出費で目途がついた。
今までの20000円余の出費は・・・この後の新たな勉強で、何とか無駄にしたくはないのだが、今の処先には僅か
な光明の見えるだけである。
まあ、この試行錯誤が楽しみなのだ。
医者帰りで、大きな異状なしの親爺の気分を、綺麗に咲き誇る垣根のバラが弾ませてくれた。
首なし機体(本当は飛燕の話)の零戦の動力部が届いた。オリジナルよりかなり強力だ。
今日の立山はややガスがかかっている。これは他日の写真。大日に雲かかる。
6/5
弥陀ヶ原の下に雲が固まっており、山里はその下にあるものだから、たまに暗くなったり青空が広がって明るく
なったりと目まぐるしく天気は変わっている。
立山はライブカメラで見ると快晴で、雄山から剱もよく見えている。
ドローンを飛ばす事には慣れた親爺だが、DJIと云う中国のメーカーの機体に巡り合って、その飛ばしやすさ安
定性にすっかり慣れ切って、空飛ぶものもここまで来たかと楽しんでいる。
が、昔から楽しみ、半世紀を経た今もビギナーであるラジコン飛行機は同じ空物とは言え別物であった。
ジャイロなどが付いて安定性は良くなったというが、それでは操縦も面白くないだろう。古い飛行機を引っ張り出
して、解ったつもりで最新の小型受信機や小型ブラシレスモーターなどを取り寄せ、悦に入って改造を試みていた
が、親爺の思惑は次々に外れ、送信機まで取り寄せ大散財するも全くいけない。
まあ、購入したものは致し方ない・・・。
で、結局アマゾンで探したギヤダウンモーターユニット990円也を取り寄せ、それを移植し改造を終了する事にし
たのだ。世の中日々進化。ラジコンの世界も進化している様だ。付いていけない。
剱を右に見る別山尾根の上で、剱御前山の最高点の岩峰を過ぎ回り込むように下りた処から鋭く立山川に落ち
込んでいる岩肌が険しく見える。新雪に覆われるとその険しさも際立つ。トモちゃんが寒い中で撮った1枚。
山里は連日こんな空だ。 バラが一斉に花を咲かせ始めている。
別山乗越に建つ剱御前小舎。
6/4
朝一寸晴れ間が出て陽光が射したが、直ぐ薄い雲で陰り室温は18℃だった。
これは今朝の親爺の衣装では少し肌寒い。温風ヒーターを稼働させた。6月にストーブを使う事はそんなに無い
のだが、矢張り肌寒い日はある。
歳をとると寒がるというが、親爺も徐々にそうなって来たのかもしれない。
靖国神社の落書き事件は外国人の仕業だったが、この上海在住の男は他を慮ると云う気持ちが全く無いのだ
ろうか。もし自国のために命を落とした人々のメモリアルに、他国人が侮辱的な落書きをしても平気なのか?
いやこういうやつに限り泡を飛ばし抗議するだろう。自分の価値観のみを人に押し付け、それを唯一無二の正
義とする独裁国家で育った弊害だろうか。自国内では何ら行動できず、日本と云う自由主義国家では傍若無人
何ともやり切れぬ思いがする。
自らの信ずるところはどうあれ、他国の伝統的習慣や宗教に、侮辱的な行為をするなど良識ある人間のすべ
きことでは無い。経済大国とはなったが、民度ではまだまだ発展途上。
いや嘗ての日本もそうであったやも知れぬ。
新雪を薄く纏った6月3日別山乗越剱御前小舎と御前山、大日。
剱岳本峰も6月の雪化粧。八峰の岩峰にも薄く雪が付いた。別山尾根剱御前からの撮影。
6/3
今朝は地震の緊急警報で目を覚まさせられた。オカカが6:00前に起きて行ったときは親爺も目が覚めていたが
それからまたひと眠りした様だ。
で、6:30過ぎの警報に起こされ、同時にガタガタと大型ダンプでも通過したのかと云うような揺れを感じたが、そ
れが能登の震度5の地震だった。
今回はさほど大きな被害はなかった様だが、寝ぼけ眼でタブレットの防災ニュースを見た。
ちょっと落ち着いたかに見えた能登なのに、住民の皆様は又大きなショックを受けられたことだろう。
心よりお見舞い申し上げます。
今朝も寒い。6月で梅雨前だというのに、ストーブを焚くほどの寒さだ。
昨日は立山で雪。立山の今朝は室堂でも青空が出ていて、雄山主稜線も新雪を纏って綺麗だ。
例によって弥陀ヶ原の下あたりに雲があり、我が山里はその下にある。
天気はこの後良くなってくるだろう。
昨日の雪に降られた剱御前小舎の辺り。トモちゃん撮影。寒いそうだ。山里さえ寒い。
寒さや地震にもかかわらず、庭のバラは次々と花を開き垣根は賑やかになってきている。
今朝の室堂の写真を富山チューリップテレビのライブカメラより拝借。
6/2
寒いと思って朝着込んだフリースをオカカに見とがめられた。10年以上、山小屋親爺時代から着慣れたパタゴ
ニアのフリースだが流石に草臥れて「襤褸をまとった浮浪者の様」と云われる。
新しいユニクロのフリースに胸ポケットを付けてもらい着替えた。何時もTシャツの上に着るので、前開きのジッ
パーの開閉で、多少の寒暖は調整が効く。が、新しいフリースはさすがに暑い。着こんで擦り切れ薄くなったフリー
スならこれからの梅雨冷にも着られるが、これは一寸無理かも知れぬ。
そろそろ作務衣に着替えようか・・・。
我が庭の垣根のバラも、ちょっと遅いかなと思っていたが、いよいよ咲き出した。
赤い花芽が沢山見える。
立山では山のシンボル雷鳥が、冬毛から夏毛に変わる衣替え。これから抱卵期に入る。
部品の手配に手間取って、全く進捗せぬ零戦改造。パーツが殆どChina製しか入らず、Amazonを利用しても実態はChina。
注文から1週間待って届いた品物は欠品だらけ。説明書など見たくてもない。欠品を送れと連絡するも帰ってきた返事は「ok」
の一言。何やかやで10,000円出費。更にまた・・・。気力の前に小遣いが無くなった・・・。
故にしばし改造計画は延期也。
6/1
今日からは6月也。台風の影響から抜け見事な快晴の朝立山もよく見えている。
強い陽射しで空気が温まり、物干場との仕切戸を開けておけば暖気が入って来る。6月とは言えまだなったばか
り故、湿気も感じない。
立山もいよいよ夏に向かう。夏山シーズンはまだ先だが、小屋に居ると布団干し水の確保雪の下から全部顔を
出した小屋の周りの整備等々、お客さんこそ少ないが次々と仕事が出て来る。
親爺の話など今は昔の話だから、現在がどうなのかは良くわからないが、まあ同じようなものだろう。
人があまり来ない時期こそ山を見ながらボーっとして過ごせる。
根がずぼらな親爺には今の時期の山小屋はかなり快適であった。まあ、商売にはならない時期だったが。
御前山の稜線から剱を眺める。トモちゃんの写真だ。
山里からは少しもやって大日が見えている。 庭の垣根のバラの花も次々と花を咲かせている。