9月になりました更新します。
12/31
大晦日の今日までを、無理やり秋の項目の中に分け、日記を書いている。まあ、気にする方は親爺が惚けたと
思って頂きたい。
そんなに大した問題でもないし、年が明ければ冬の項目の中に改めて書き始めるつもりです。ご容赦の程。
今日は今年最後の日。朝は東京の孫が爺の部屋へ飛び込んできて「ジジオキテ!!」とやられた。
今朝はお節の分担分の残り、蕎麦や雑煮用の出汁を引き、生麩を煮上げる。10:00前には終わった。
後は夜に今年の年越しそばを作れば今年の料理仕舞となる。
尤も2日にやって来る長女ファミリーに食べさせる、タンシチューは元旦から煮込みに取り掛かる予定だから、別
に今日が明日となるだけで、大みそかと元旦と云った処で同じではある。
さてなんだかんだと云いながらも2025年も終わり、あすは2026年を迎える。
皆様も良いお年をお迎えください。
雪は9cmしかなくなった大晦日の山里。

お節の手毬麩を荷上げた。 タンシチュー用にタンと香味野菜を赤ワインに漬け込んだ。

打越山の金毘羅の社を囲む杉木立にも雪は全くない。

12/30
青空こそ見えぬし、小雨もぱらついているが、何とも暖かい朝である。が、この天気が明日の大晦日には寒波が来
て、雪が舞うようになるらしい。そして正月元旦から雪模様となるのだそうだが、大した雪にはならぬことを祈る。
今日は末娘と、次女親子も来ており、朝も孫の足音が親爺より一足早かった。幼い声が家内に広がるのは,たまら
なく嬉しい。いつの間にかジジの足元には玩具が散乱、それが又楽しいのだから孫とはやはり無条件に可愛い存在
なのだ。
親爺はこの後焼き豚を作り、鴨ロース煮も作る予定。出来上がった料理はタッパーに入れ、冷蔵庫より温度が低い
座敷縁側に保存する。オカカも今、一番手のかかる筑前煮の仕上げに入っている。
大晦日前日、親爺とオカカのお節もラストスパートだ。
今夜からまた雪になるそうだが、先の雪はもう14cmしかない。

庭の雪は東京の孫が雪遊びを楽しみに来るので少し残してある。 片側は山水融雪が良く効いてほぼスッキリ。

親爺の仕込んだ皮付きパンチェッタも美味そうになって来た。これからは熟成乾燥のみ。

12/29
今日も良い天気になったが青空もこれまでで、当分は見られないかもしれない。
正月に向け寒波が来週するようだが、あまり騒がぬところを見ると大したこともないかも知れぬ、雪は来るだろうが。
山里の積雪は、最大50数cmだったのが、今日は26cmまで減った。
今日は朝から椎茸の甘煮を煮込み、田作りも割と上手に仕上げた。
昨日夕刻に松本から末娘が帰省し、今日も夕刻には東京の次女と孫がやってくる。賑やかになる。
この年末は家を新築した長女は、家族3人でゆったり越年する予定で、年が明ければ婿殿の本家で皆集まって祝い
初もうで客で渋滞する我が家へは2日に来て皆と合流する事になっている。
来年早々は、箱根駅伝もゆっくりは見られぬかもしれぬ。
孫たちが遊ぶ姿を見る方が楽しい事は楽しい。
真っ青な空に雪もずいぶん解け大日がすっきり見えている。

車庫に末娘の車が見える。

椎茸の甘煮も何とか煮え上がった。味付けがやや薄め。 田作りも仕上がった。上手く出来たようだ。

12/28
9:30頃より陽射しが降り注ぎ始めた。
山里は全ての家々の屋根も、辺りの木々も全部雪に覆われて白一色なので、その光が弾け飛び散り、まぶしくて
外に数分いて、家に入ると暗黒の世界に入った様に感じ、目が元の光量に慣れるまで少し待たねばならぬ。
光は雪に弾ける時に、雪も解かす。屋根や木立からしずくが滴る。雪は嵩を減らす。が、何日か経つとまた小雪が
舞う天気となり、雪は少しずつ増えたり減ったりを繰り返す。
この程度の雪で治まれば、御の字なのだが、さてどうなるやら・・・。
雪化粧のお色直しが終わった、大日岳。神々しく綺麗である。
我が屋も融雪装置を5時間ほど稼働させた。庭の雪は山水融雪のお陰で、向かって左の居間側と階段は開いている。
今朝はまだ雲も多かったが、今は快晴だ。

12/27
雪は降り止んだが、思ったよりもよく降って、親爺の予想の2.5倍の積雪、最大55cmを記録した。
その割に立山方面はたっぷり降った訳でもないらしく、山はほどんど見えはせぬが鍬崎あたりで判断すると2000m前後
までは少し降ったように見える。
まあ、これでスキー場は当分困らないだけ雪が来ただろうから、目出度しめでたしではある。
雪は止んで、たまに雲の隙間から陽も射すが、気温は上がらない。10:00代でまだ-1.5℃では可成り寒い。
まあ、徐々に気温も上がり天気も寒波の影響をぬける事だろうが、明日には末娘が松本からやって来るし、明後日には
東京の次女と孫がやってくる。長女は新築なった我が家で越年し、婿の実家で正月元旦を過ごし、2日に孫とともに我が家
来て皆と合流となる。
賑やかな正月が続くだろう。
青空も覗く山里である。

今朝は心平が手伝ってくれて車庫前の除雪が終わった。

1日で50cmはこの時期だと当たり前なのだが、最初と云うのは嫌なものだ。

12/26
今朝起きて窓外に目をやると、ついに来るべきものが来ていた。
薄暗い空の下、かなりの勢いで雪が降り落ちて来て、そこここにと降り積もっている。すでに10cm以上積もっている。
道路にも、庭にも、家々の屋根にも、そこいらの木立にも、山々にもまんべんなく雪が降り積もる。
富山県の積雪情報を見れば、9:00現在、我が芦峅寺の山里が22cmと最高積雪だ。
県西部の、利賀や平よりも多い。
まあ長続きする雪では無さそうなので、じっと我慢である。
雪におわれた窓外の景色。

庭もあっという間に冬景色。

12/25
ホワイトクリスマスは、暖冬でmisty Xmassとなっている。
昨夜はこの時期の山里の気温としては、且て経験のない暖かさだった様だ。
昨21;00に8℃、それから今朝の7:00まで8℃は変わらなかった。その後8:00〜7℃と下がったが10:00現在10℃
となっている・・・・・。
まあ、この暖かさもきょうまで、明日6日には雪となる予報だが、この冬型も左程長続きはせぬ様だ。
余り天気予報を当てにし過ぎても、外れると又悪態をつきたくなるから、雪は来るものだと覚悟を決めておこう。
ただ、年末年始、3人の娘らと孫たちが帰省し又それぞれの棲家に帰る時の、交通が心配だ。それを過ぎれば
多少の雪の事で愚図愚図と云うのは止めようと思っている。今は本当にそう思っている・・・。
これがホワイトクリスマスならぬミスティークリスマスの山里だ。雪はゼロ。

でも親爺とオカカの可愛い孫たちにはちゃんとプレゼントが届いた。嬉しそうなこの顔がクリスマスの
ジジババへの何よりのプレゼント

12/24
もう今宵はクリスマスイブ也。キリスト教徒の身ではないが、進駐軍占領下の影を濃く残す講和条約締結直後
の日本に生を受けたので、物心つく前からクリスマスと云う言葉を耳にし、口にしていた世代である。
昨今のハロウィンには馴染みは無いが、クリスマスなら子供時代から、バタークリームケーキとサンタクロース
のプレゼント(貰った記憶は殆どないが)と云うイメージで、認識していた。ハレの日ではあった。
子供らが小さな間は、ツリーを飾りプレゼントを用意し、正月前のひと騒ぎの日であったし、現在は孫達へのプ
レゼントを手配し、その喜ぶ姿を送られてくる写真や動画で見る日で、矢張り祝い事などはもうせぬが、ささやか
なハレの日である。
ケーキはとても喰えぬので、今日は寿司を用意し、夕食にする予定だ。
あいにくの雨、しかも暖日、明日のホワイトクリスマスは無いだろう。
大日岳も裾の部分が見えているばかり。

山肌も黒々として、雪解けの頃のように見える。 雨が降る暖かい山里だ。

川向のスキー場も雪が無くて大変な状況。

12/23
寒い快晴の朝、綺麗な大日岳を撮ろうと引き戸を開けたが、その寒気に震えあがった。家々の屋根も霜柱
が立って白くなっていたが、朝日が射す所から解けている。
我が山里の雪はまだない。
明日がクリスマスイブだが、気温が16℃まで上がるそうだ。とてもホワイトクリスマスとは行かぬだろう。
処が年末には予報に雪マークも現れ始める。只降雪は長続きせず、積雪量もさほどではないだろう。
まあ、親爺の希望的観測だが、きっと年末年始の交通の妨げにはならぬような気がする。
毎年冬になると、雪の心配ばかりしている親爺だが、今年もこの心配は続くのだ・・・もう疲れている親爺だ。
大日が綺麗な姿を見せた今朝だが、親爺の眼には雪が少ない様な気がする。

過日の剱岳。

12/22
左程寒くはないが、昨日まで続いた暖日は終わり、例年なみの気温に戻りそうだ。
例年並みと云ってもクリスマスイブはまた暖日となりそうで、この山里でもホワイトクリスマスにはならない様だ。
クリスマスと云えば親爺とオカカだけの生活になって、ケーキも買ったことは無かったが、今年は10年ぶり位に
アメリカのコリンストリートベーカリーに缶入りのフルーツケーキを注文した。日本では買えぬので直接メールオ
ーダーだが、値段が高くなって、円も安くなっているものだから、送料も含めると8000円余りになる。
このケーキはいかにもアメリカンケーキと云った、こてこてのフルーツケーキで、これでもかとドライフルーツが
たっぷり入っており、ピーカンナッツで鎧われ赤やグリーンのけばけばしいサクランボの砂糖漬けも乗っかってい
る、ズッシリしたケーキだ。ここまで書けば皆さん、あああれかと思い出すかもしれない。
缶入りで送られてきて、開封後も10日以上も保存できる。
重いから、2〜3cmもカットして頂くと、もう十分満足するし、それ以上は手が出ない。でも懐かしい。子供が小
さかった頃、幾度も取り寄せたが、やはり今時の生クリームケーキが良い様で、親爺一人が時間をかけて食べ
させられた・・・。
この店も普段は忘れているのだが、クリスマス1〜2ヶ月前頃になると、ケーキはどうですかとメールをよこす。
そして久々に注文した親爺だ。ただいま輸送中だそうだ。ボチボチ届くだろう。
全く雪の無い我が家車庫。ここに3m近い雪が積もることも有る・・・。

昨日、大神宮様の新たなお札が配られてきた。で、注連縄も取り換え、掃除も終わり神棚の準備は出来た。

今日の立山は見えない。

12/21
いつもなら降り続く雪への罵詈雑言を書き散らしているかもしれない師走後半なのだが、どうだろうかこの暖日
のポカポカ陽気は。
山里の村内に雪は全くなく、道路も埃が舞っている。昨日は半日床暖を切った、今日もそうなるだろう。
反射式ストーブ1台で、15畳足らずの居間が十分温かい。
テレビでが10月半ばの陽気だと云っているが、親爺もフリースを薄手に着替え前ファスナーも半分以上開けて
いる。
それでも曇天で薄暗い日曜日である。最高気温は10:00の17℃で、それ以降徐々に気温も下がる。明日未明
には少し雪が降る様だ。
去年の豪雪を想うとゾッとする。せめて今年は休み休み雪降りという事にしてほしいものだ。
早朝は大日も見えていた。

村はずれまで軽4WDのバッテリーが上がらぬ様に出た時はもうだいぶ雲が下りて来ていた。

来拝山は僅かに雪が残っているかな・・・?

12/20
もうとっくに冬なのだが、親爺は未だ絵日記(秋)として日々を綴っている。
単に面倒だからで、本来ならもう少しきちんと季節分けをすればいいのだが、そうなると非常に微妙で、面倒な
区分になるので、何となく1〜3月を冬、4〜5月を春、6〜8月を夏、9〜12月を秋と、山里の天気、立山の天気を
中心に区分している。まあ、つじつまの合わぬところもあるが、一夜明ければ元朝の・・・と云う感覚で区分けして
いる。
まあ親爺の日記など大した事もないボケ防止なので、それで良いのだ。
12〜2月を冬、3〜5月を春、6〜8月を夏、9〜11月を秋とすればそれで良いのかも知れないが、12〜2月の間に
は正月があるし、我が山里では雪に埋まって過ごす3月を春とは呼び難い・・・。
まあどうでもいい事をくだくだと書いてしまった。
今日も晴れ気温は10℃越えにますます上がっている。雲がちながら青空も出ている。残念ながら立山はガスの
向こうに入ってしまっている。

頭上にはこんな青空も出ているのだが。

昨日の様な立山は見えない。

12/19
朝は凍みわたり7:00まで氷点下の気温だったが、空は雲一つない青空也。
越年の薬貰いに富山市内まで出て帰って来たが、その道中の富山平野から見上げる立山連峰は光り輝き、美し
かったが撮影するのも町中だと交通の妨げになりそうで、止めた。
修理なったドローンを上げたいのでと云うのが正直なところだが、早々に帰宅し11:00前にはドローンを上げた。
完璧な修理で、文句なし。撮れた絵も新品時同様であった。
いい気分で飛ばしていると、機影を見失った。が、左程慌てぬ。手元のFPVモニターで機体位置は凡そ分る。で、
そのFPVモニターを見ながら、あちこちと撮影し、我が家上空へと誘導し、高度を30mまで下げたら目の前にドロー
ンを視認できた。庭から縁側、室内へと誘導し着陸させる。
機体は200gに満たぬ軽量小型機、DJIミニと云うシリーズの1機。このシリーズになって風の影響を受けない空間
であれば室内でも容易く飛ばせるようになった。昔のラジコン飛行機やヘリの時代を想うと、嘘の様な話だ。
技術の進歩とは素晴らしいものだが、ある意味怖いものでもある・・・。
快晴の立山連峰。

過日の布橋。まだ手すりも覆いがかかっていない。雪はまだ来ぬから良いが。

12/18
昨日とよく似た空だ。所々青空も見えてはいるが、概ね雲の下であり薄暗い曇天であろう。
オカカが買い物に行ったので、軽4WDで、燃料費を払いに近くのGSへ行こうとしたが、又バッテリーが上がってい
てエンジンがかからない。心平に借りているチャージャーで直結し始動。漸く車でお出かけとなった。
GSまでは2キロ足らず、車のバッテリー充電を兼ねて富山市内の病院へ、越年用の薬貰にでも行こうと思ったが面
倒なので、村はずれを一回りして帰った。
村内は雪が少なく、殆どない。布橋も手すりすら覆いを掛けずそのままである。
しかしGSからの帰り道に見た来拝山は雪を被り真っ白に見えた。
雪も少しずつ下りて来ている。不動山上部は少し雪が来たようだ。

孫たちの写真と、未だによく遊ぶ玩具が並べて飾ってある。ジジババの家の居間。 立山方向は何も見えない。

12/17
今日も薄暗く立山も上部にガスがかかり良く見えない。
それでも、昨日修理に出していたドローンが、完全復活して戻って来たので、一フライト試してみるつもりで上げた。
操縦モードが、親爺が古くから慣れ親しんでいるモード1ではなく、モード2になっていたが、幸い親爺はどちらでも
操縦できるので、慎重にフライトさせ、慎重に下ろした。
で、それで撮れた写真が以下の通りなのだが、DJIと云う中国メーカはトイドローンでは世界トップレベルだろう。
しかもそのアフターケアサービスが素晴らしい。先ず修理の依頼も見積もりもオンラインで出来る。それに写真など
を添付し故障の状態を具体的に伝えることも手間いらずである。で、それが済めば宅配便の手配もしてくれ、こちら
は、予め送付されたコードを機体に付箋などで張り付け、適当にパッキングしておけば、クロネコが集めに来てくれ、
で事足りる。
修理前にメールで予算が提示され、それでOKなら直ぐ修理をしてくれ、1〜2日で返送してくれるのだ。
因みに今回の修理も、送料込みで5900円で済んだ。カメラレンズ保護ガラス取り換え、機体ひび割れパーツ交換
更にシステム全般の点検。
明細書もしっかりついて、返送された機体は、絶好調である。スタッフの電話対応も素晴らしい!!
親爺は、嘗てのパナソニックやソニーが全盛の頃の、アフターサービス対応を思い出していた。一流と呼ばれるに
はそれなりの企業努力が不可欠だし顧客への対応のレベルが高くなければならない。
それほど良い天気ではなかったし、風も強かったが、綺麗な絵が撮れた。
今朝の我が山里は雪が殆どない。

富山市の方向(西)は青空が見えた。

嬉々として修理完成した機体を飛ばす親爺。まだ元気ですよ。

12/16
今日も雪ならぬ雨が時折ぱらつく薄暗い日也。
10:00現在の気温は5℃前後、師走半ばの山里としては、特に寒い日ではなく、むしろ雪の無い分暖かい日なのだ。
未だ当たるかどうかわからない天気予報だが、今年はさほど大雪にはならず越年できそうだ。
年末、年始には娘たちがそれぞれにやって来るので、天気や交通状態をいつも気にかけている親爺だ。
今の処雪は殆どない山里、川向のスキー場はちょっと辛い日々だろう。
師走ではあるが隠居暮らしの親爺は時間を持て余しているので、昨日は佃煮を二品煮た。
浅草の老舗、鮒佐風の甘味のほとんどない佃煮が好みだ。これはなかなか難しい。一子相伝のレシピなど公開さ
れる訳もなく、曖昧な味の記憶を頼りにそれらしく煮るしかない。
でもそんなことをしているのが、実に楽しいのだ。
今日も立山は見えない。

ごぼうの佃煮は大分うまく煮あがった。一寸自慢したい自己満足の味だが。うなぎの佃煮は白焼きを買って煮込んだ。美味い。

今朝の我が家の庭。踏み後はオカカだろう。

12/15
親爺もうっかりしていたが、昨日は赤穂浪士吉良屋敷討ち入りの日だった。
昔は必ずどこかのテレビ局で、忠臣蔵を放送していて、親爺もよく見た記憶が有るが、今はVODとか云われる動画
配信サービスも多くあるので見ようと思えば何時でもどこかで観られるはずだ。
と、思うと季節の野菜の季節が無くなった様に、忠臣蔵の季節感も薄れてしまっている様な気がする。
まあ、時の流れと云うのは全てを変化させる。日本人の遺伝子も忠臣蔵に感応する部分が薄れているのだろう。
とか何とか云いながら、すでに高齢者である親爺、日本人の古い遺伝子をしっかり持っているのだろう。VODの中に
忠臣蔵を探してみようかと早速思い始めた。
今朝は雪が少し積もった。

雪少し積もりし庭の足跡はヨロリヨロりの我が歩みなり

12/14
小雨がぱらついているのだが、気温が4℃程も有る。寒いは寒いが雪が降らないので、心穏やかだ。
孫も昨夜からお泊りできている。約3ヶ月ぶりだが、賑やかで面白い。面白いが手がかかる。親爺は面白がっている
がオカカは、ババババの連呼で、ちょっと疲れている。
午後にはもう帰るそうだが、ジジババの家は退屈でしょうがない様だ。外に出たいが雨だから・・・。
まあ、今度は正月にはまた来るから楽しみだ。
東京も今日はまたママと二人USJに出かけている。先週は千葉の勝浦にパパも一緒に出掛けていた。
まあ、交通の便が良いキャピタルシティーであるから、日本全国どこに行くにも都合はよい。それにしてもタフだ。
雨だが黒部の孫のお陰でにぎやかな日曜日だ。
不動の山も小雨がぱらつき、靄が立ち込めている。師走半ばまだ雪には覆われていない。

退屈なジジババの家だけど、タブレットは時間延長・・・。 パパと釣り堀で岩魚釣り。6匹も釣って塩焼きを食べた。

昨日庭の残雪を集め作ったゆきだるま。もう雨で溶けてしまった・・・。

12/13
今朝はオカカが40年以上愛用している目覚ましの誤作動で、起床時間より約1時間早く起こされたので、眠い。
でも午後から久々に孫がお泊りに来るので、楽しみだ。
オカカは手巻きずしにすると材料調達に出かけ、矢張り久々の孫のお泊りが嬉しい様だ。
残念ながら今夜は村の役員会が有る。小一時間ほどそれに出席せねばならぬので少々いまいましい。まあ村の
役員としてのお勤めももう余すところ2ヶ月。昔なら親爺の70歳過ぎは役員など免除されたものだが、限界集落の悲
しさ、若い者が居ない。
村祭りだ、初もうでだと人手のいる行事は縮小せざるを得ない。物理的に無理なのだ。70過ぎの高齢者ばかりで
何が出来よう。哀しいがこれが現実である。
僅かでも雪が解けているのだろうか。寒い日だ。

オカカの涙ぐましい山水散水で、庭の雪は少し減った・・・少なくとも玄関先の石段通路は雪がない。

12/12
昨夜は寝しなから寒かった。明け方が最も寒かった様で、−0.6℃程。雪も来たが数センチも積もっただろうか?
それでも家々の屋根は皆白くなったし、木々も庭も真っ白だ。雪はちらりら降ったり、止んだりでもう峠は超えた様
である。明日は気温こそ上げらぬが、晴れそうだし明後日も曇りから雨の予報だが、気温は高い。
テレビではクリスマスから年末に大きな寒波来襲は無く、比較的降水量も少なく温かいと云っていた。
こういう自分に都合のいい話なら直ぐに信ずる親爺である。
何せ冬は雪の心配ばかり。これから約3ヶ月程、雪との付き合いが始まる。
お向かいのオトシさんとイッチャンの家は今朝も煙突から煙が出ない。イッチャンの写真展で遠出しているのか?

不動山もずいぶん白くなった。

我が庭の山水融雪はけっこう効いている。石段も雪がない。

12/11
昨日は気だるく、ずぼらに負けて何もせずゴロゴロ過ごした。
体調不良という訳でもなく、何となく怠けたかっただけだが、何かしようと云う意欲が無くなるのは高齢者にとって良
くない事らしいので、親爺も十分気を付けねばならない。
惚けてしまっては生きている値打ちもない。せめてもう数年は元気な老人でいたい。
趣味の模型でもいいし、ドローンいじりでも良い。何か楽しく出来ることが有るうちは大丈夫だろう。
今の処、読書にはまだ飽きず、大好きな池波正太郎や藤沢周平は、常に手の届くところに置いて読み返せる様に
しているし、その他の古今東西の名作も電子書籍の中に大量にある。
本には飽きて来ぬが、プラモはここ何年か遠ざかっている。指先を動かす事も惚け封じの一つらしいので復活をしよ
うとひそかに思っている・・・・・。
しかし正直な話、根気とか集中力は徐々に無くなってきている事は否めない。
老いとは悲しいものだが、その老いの中でも出来る事は有る。とにかく自由になる時間は多いのだ。
で、今朝はまたドローンを上げて撮影をして楽しんだ。
薄暗い高曇りの日だが、視界は効いている。
我が山里の今朝だ。

立山の峰々も見えている。鍬崎もまだ雪が少ない。

ドローンの電子ズームで1.7倍にしたが光学ズームではないので画素が荒くなる。

12/9
昨晩寝しなに大きな地震が有った。驚いて色々調べたが、寒いのでしかも寝室にはテレビは置いてないので手元
のタブレットで地震を知った訳だ。
例によってNHKの放送では津波警報の連呼で、真夜中11:20過ぎだったので映像も届かない・・・。
いらいらしながらあれこれ手を尽くし携帯や、タブレットで情報を集めた。
人的被害も少なく、家屋の被害も火災が1件発生した様だが、それは今朝分かった事。取り急ぎ震度3だった東京
の娘にラインを送ったら、長い揺れで怖かったけど、孫も婿殿も目を覚まさなかったそうだった。
そこで親爺も寝入ってしまい、後は今朝になっていろいろ知った事。後発地震注意報なるものが発令されたことに
ちょっと驚いた。一体どう注意しろと云うのだろうか?避難路確認、避難場所確認などなど備えを怠るなと云う事なの
だろうが・・・。
師走に入り慌ただしく、しかも雪が降り出すエリアで、地震被害では青息吐息にとどめを刺されたような気分だろう。
被災地の皆皆様に心よりお見舞い申し上げます。
雪に備えて山水の散水消雪を供えた我が庭。左側の緑のホースから水が出る。

青空も出ているのだが立山は山裾がわずかに見えているだけ。 車庫はまだ雪がない。

12/8
前回の雪は大分姿を消したが、もう直ぐまた雪が来るだろう。冬の山里は約7割の確率で大雪となる。これは親爺
が生きて来た年月の間の、親爺の大まかな記憶が根拠だから八卦よりはよく当たる。
昨日メルカリで蜜柑を取り寄せた。有田蜜柑小玉と検索し、出てきた中で中ぐらいの価格、5kg2300円だった。
送られてきた蜜柑は3Lサイズ〜Mサイズが主で、5kgではあったが騙された感が強かった。
確かに当初は、ミカン農家から直接取引できたが、箱詰めやら発送の作業は大変だ。これを代行する業者が出て
きてメルカリショップとなり、中には騙された感が残る商品が届く事も間々ある。
発送品には小玉と謳いながら、3Lが3割も入る。確かにサイズ混合となっているのは商品説明をよく読まぬ所為。
だから、無事届いた旨連絡をして、商品も良かったとしてしまう。が、実は良くないことも有り、面倒だから連絡を切る。
当たりも良くあるが外れもそれなりにある。
冬枯れの木立寒々雪布団待つ
小玉蜜柑に3Lサイズが3割以上混ざる大きいと美味くないメルカリは要注意! 山水散水復活。庭の消雪に大活躍だ。

大日も山裾だけがぼんやり見えている。

12/7
昨日よりは雲がちで、陽も射したり隠れたりと忙しい。天気はやや不安定だが午後からは昨日並みの晴天となる
だろうと予報は云っている。
かえってこの位の方が過ごしやすい気もするが、雪はもうずいぶん解けて風も少し吹いているから、益々雪は解け
るだろう。
親爺の予想通り根雪にはまだ早い。
昨夕の夕日が大日を赤く染めた。何とも美しかった。
日中の町場から見た大日も素晴らしくきれいだった。

鍬崎も電線がさえぎってはいたが白く美しかった。

12/6
昨日の薄暗い雪振りの空から、打って変わった晴天日となった。
朝一番でドローンを上げ、写真を撮ってからオカカのアッシー君で外出。
正月の来る娘ら様に、新米を10kgばかり精米し、その足で町場まで出て買い物。親爺はただ運転手である。
で、今日の夕餉用の寿司を昨日のうちにオカカと二人でネットで選択し、持ち帰りの予約を最寄りのスシローに入れ
て置き、今日の10:45分回収しに行った。支払いはカードで精算済みで、送られてきたQRコードを携帯に入れて持ち込
み、店のリーダーで読みこめば商品がロッカーから取り出せる。
便利で良い。今宵は寿司である。
持ち帰った寿司は新聞紙に包んで保冷袋に入れ、気温の低い空き部屋に置いてある。数時間は飯が硬くもならず、
上身のネタも鮮度は殆ど落ちぬ。夏場はそうは行かぬが、気温の低い今の時季なら大丈夫だ。
もう量は食えぬし、安いイワシやサンマの握りが喰いたかったので楽しみだ。
凍てつきし大気の中をドローン飛び立山連峰撮り帰り来る

大日を廻り込み町場に出なくては剱は見えない。

一気に雪景色となった我が山里である。

12/5
昨日久々に野球の珍プレーだとかファインプレーを取り上げて放送する番組が有った。
普段はニュースを見た後は、殆どテレビは見ぬ親爺だが、シーズンが終わり少し寂しい思いをしていた野球関連
の放送なので、見て見ようとテレビの前に座ったが、生憎と民放のコマーシャル流れる番組である。
一寸盛り上がって来るとCM・・・・・約3分・・・本題が冷えて進む。また見出し、少し面白くなってくるとCM・・・約3分
・・・番組に戻り繰り返しが有り(何を見ていたか忘れるので)又見ているとCM・・・これの繰り返しで定かに時間を計
った訳ではないが、番組放送時間とCM放送時間はどっちが多いのか分からない。
さらにCMなど、感心して見るのは万に一つ。大半はどうでも良い売り込み宣伝である。
NHKの受診料が高いとばかりは言えぬ様だ。
昔よりCMの入れ方に節度がなく、押し付けがましい様な気がする。むかしのCMを上品なデパートなどの店員の
お勧めとするなら、いまのCMは詐欺まがい商法の強引な売込みであろう・・・くらいに感じた。
VTRに撮っておいてCMを飛ばしながら見るのが良い様である。特にガチャガチャしたバラエティーなど見る値もな
いが、大食い大会に相撲取りが出ていたりするとついつい見たくなる。でまた、CM攻撃にやられギブアップなのだ。
NHKよ国営放送をと云うならもっと視聴料を適正にして、徴収方法も変え、スクランブル放送をした方が良い。
CMの無い番組は有料、国営放送も有料・・・何とかならぬかね。
雪国の長い冬、老人夫婦が楽しめる番組をせめて国営放送ならもっと増やしてくれ。
雪は断続的に降り続いている。

まあ、根雪にはならず又解け切るだろう。

12/4
窓の外には雪降りの薄暗い景色が広がっていて、今は冬だと嫌が上にも思い知らされる。
背中の方から寒気が這い上がって来るので、オカカに頼んで使い捨て懐炉を背中に貼って貰った。でも今日は
入浴の日なので、着替えると又張りなおさねばならぬ。勿体ないし面倒だから懐炉を張り付けた中着は着替えぬ
ことに決めた。肌に触れる下着さえ着替えておけばいいだろう・・・。
大嫌いな入浴だが、こう寒くなるとかえって楽しみになる。雪の降る外を意識しながら暖かい湯につかっていると
頗る気持ちが良い。浴槽の窓を開け雪を見る気にまではなれないが。
今朝の山里は一気に冬である。

向かいの家もすっかり雪化粧。

我が家の庭にも雪が積もった。山水散水除雪で玄関前と石段に雪は無い。

12/3
天気予報通り天気が推移している。昨日夜遅くから雨になったが気温は下がらず暖かい夜だった。
今朝も雨は降ったり止んだり。
この雨が今夜から雪に変わり、明日いっぱい、そして明後日の午前中まで降るらしい。
富山県の、再稼働した降雪予測では、約70cm程も積もると云っているが、さてどうだろうか?
何れにしても雪が来て我が山里は冬本番を迎える。
嫌な事だがどうにもならない。雪あってこその我が山里の明け暮れ、切実な春待つ気持ちもこれで良まれる。
今日はオカカの云う冷たい風が吹き始め、雪降り直前のお膳立ても整ってきた。
寒々とした景色が雪に包まれるも間もなく也。

外はまだ見通しがきいて大日がぼんやり見えていた。 居間は勿論ストーブが赤々と燃えて、床暖も入っている。

12/2
月は師走なれど、親爺は全く忙しくはない。
いつも通りの平和な生活が続いている。静かで長閑で、隠居暮らしには最高の環境である。
まあ、いよいよ雪になるが、山里の冬は雪がつきものである。温暖化が進み山里も昔と比べたら雪は少なくな
っていると思っていたら、それは違い場合に依れば多く降るのだそうだ。
でも親爺の感覚とすれば、雪は少なく感ずるのだが、これは日々の機械力を導入した除雪による交通網の確
保等が大きく影響しているかもしれない。
昔はある程度の除雪、雪下ろしはしたが、今ほどきれいに除雪すると云うことは無かった。
何処の家も玄関まで下り坂の雪の巣スロープだった。道が圧雪で高かったのだ・・・。思えばおおらかで長閑な
冬の明け暮れだったかもしれぬ。
全て今は昔。
冬の雪も考え方ひとつなのかもしれない。
今朝もドローンを上げて見た。

親爺未だ操縦は問題なく出来ている。

今日の山里はまだ、初雪こそ降ったがそれ以降の雪は無い。

12/1
月も今年最期の月の師走と改まった。隠居生活の我が家故、特に忙しくなることもないし、日々つましい暮らし
故幸い借金の返済に無理算段して駆け回る必要もなく、精々月半ば前後から来るだろう雪の心配と、これは半
分楽しみなのだが、お節料理作り位で忙しくなるだけだろう。
比較的入手し辛い鴨ロースや、年の瀬には高くなる生麩、数の子などは既に手配済みであり、準備も既に取り
掛かっている。
今年も順次それぞれに3人の娘も里帰り、或いは年始に来てくれるだろうし、親爺とオカカはそれが楽しみでも
ある。孫の顔も見たいし、賑やかな年末年始も良いものだ。疲れはするが・・・。
さて師走とは言え隠居暇な日々・・・である。
オカカが昔作った木目込み人形とクリスマス飾りで何となく12月の風情を玄関先に作った。

今朝はうす暗い曇りの日だが、暖かい。

庭もオカカが紫陽花を剪定し、このまま雪の下に埋める。

11/30
霜月晦日の今日も良い天気になった。
例年よりちょっと早く、我が菩提寺立山寺の光昭和尚が、檀家廻りでお参りに来る予定。
年に2回の和尚の檀家廻りは、昔からで、親爺が物心ついた時からの習慣だった。
菩提寺は立山寺と云う天台宗の寺なのだが、芦峅寺に有った寺はもう廃寺状態で、実態は伴わぬが、富山市内
にある富山県唯一の天台宗の寺、円隆寺の住職も兼務の和尚である。
円隆寺と云えば、戦死した我が母の兄、つまり親爺には伯父に当たる上出行忍和尚(母の実家日光坊の次男で
上出家へ養子となった)が跡取りとして修業した寺でもあるので、縁は深い。
この光昭和尚の、お盆と、暮の2回の檀家廻りが、歳の暮を知らせてくれる。今年は例年より少し早い様だが。
晴天で、大日もよく見えている。

こんな天気も今日いっぱい。

11/29
今朝は素晴らしい天気で明けたが、放射冷却で寒かった。まだ寒いと云っても明け方の6時〜8時までの間が1℃
だった程度の寒さで、10:00現在は7度も有る。
気温そのものよりも外に出ると陽射しが温かく、一寸そのあたりを軽4WDで回って来たが、日当たりの良い場所
からは湯気の様に靄が立っていた。
うっかりと以前の古ぼけたカメラを持って出たので、又カメラだけではなく親爺の腕も良くないので、これと云った
良い写真は撮れなかった。
親爺のボケ防止で続けているこのページに載せるだけなので、まあ、良いだろう・・・。
大日が目の前にどんと聳えていた。

雄山の社もぼんやり見えていたし、浄土から先へと続く稜線も白く見えていた。

鍬崎も真っ白にはなっていないが薄く雪を被っている。

11/28
朝から暖かく7℃前後の気温が13:00近い今までず〜っと続いているが、雨も又続いている。
薄暗い曇天で、一時的に陽も射すが、今はまるで夕方の様な薄暗さだ。でも、寒くもなし、降って来るのもすぐ流れ
消える雨であるので、心穏やかにいられる。
昨夜はもっと気温が高く、かえって寝苦しかった。変な時間に目が覚めてその後しばらく寝付けなかったからか、首
も寝違えたようで、首のみならず背中や胸の上部まで痛い。
歳をとると色々なところが痛むようで、膝や腰はまだ大丈夫だが、肩や首回りがいけない。
病院で湿布薬を出していただくが、痛みの有る時貼るだけだから知らぬ間に湿布薬も貯まってしまう。
でも時たまに腕や足なども傷むので、その時は助かっている。
老いて、ガタだらけの体故、せめて膏薬くらいはふんだんに使って胡麻化してやらぬと持たないのだ。
庭の紫陽花が大きくなって青々と葉が枯れないので、中々始末がつかぬと思っていたがついに黄色く枯れだした。
もう、こうなれば早い直ぐに枯れて落ちるだろう。

大銀杏も大欅も完全に冬の枯れ木姿になった。

11/27
今日は朝からオカカは買い物也。親爺一人で留守番している。
保険代理店を立ち上げ頑張っている、もと銀行マンのK君が年末のあいさつに来たが、親爺一人と気付いて早々に
退散していった。年末挨拶など面倒な事はもう良いのに律儀な男だ。こういう真面目で律儀な男だから代理店もうまく
回転している様で、一人息子もソロソロ中学生かな・・・?
銀行などと云うところは人材を見る目の無い組織だと思う。変なプライドや中央集権の古い体制が依然としてある。
親爺も商売がら、色々な銀行員と付き合ったが、こいつは良い奴だと思っていると直ぐ移動である。
顧客と担当者が親しくなることを喜ばぬ。金を扱う商売だからか、嫌なものだ。
行員自体も、そんな体質に嫌気がさし、人柄の明るい人から順に辞めて行く。転職して上手く云っている人も何人も
いて、そういう人たちとの繋がりは今も続いている。
高曇りで山は見えている。大日の雪が減った。

庭には薄日が差している。

11/26
ガスがかかり薄暗い朝だ。
山里もいよいよ冬に向かい、雪との戦いが始まる。雪と戦うと云っても親爺など何の役にも立たぬ。
また心平やモリヤに頼んで、必要最小限の除雪をして貰わねばならぬ。去年使えなかった山水も戻ったので、玄関先
や庭の消雪散水には役立ってくれるだろう。
大雪にならぬことを祈るまで。
ガスの中で、さて何をして今日は過ごそうか。

ガスは見る見る濃くなって、不動山も隠れた。

銀杏や閻魔堂脇の綺麗だった紅葉の葉が吹き飛ばされ、我が家の車庫前に吹き寄せられている。

11/25
立山室堂周辺の山小屋と云うよりもう立派な温泉旅館だが、3軒とも営業を終えた様だ。
これで、立山山荘組合の宿泊施設は、全閉鎖されたことになり、来春4月までは何処も無人となる。
アルペンルートも間もなく終わる。11/30には営業を終えるだろう。まあ、実質的には室堂周辺の宿泊施設は無いのだ
ろうから、素通りのお客さんばかり、それも大半がその日の天候で運休になる可能性が大きい不安定な状況となるのは
大自然の中かなり無理をして運営している交通ルートだから止むを得ない。
立山にも静けさが戻り、雪の下冬ごもりとなる。山にも休養期間は必要だ。
今朝も山里は寒くはない。どんよりとした曇天の下だが、寒くなって雪は来ない方が良い。まあ、スキー場の事も有るか
ら余り雪よ降るなとも言いにくいが、スキーができる程度で収まって欲しいものだ・・・。
大日が遠く見えている。雪は少なめだ。

我が山里の最上手からの集落一望。全戸120軒前後だろうか

鍬崎山も雪が少ない。スキー場の雪も解けてしまった。

11/24
昨日屋根の融雪装置の点検に来てもらったが、これで冬の雪への備えは出来た。
後は雨戸をシッカリ閉め、ロックするばかりである。
歳とともに体が云うことを聞かず、親爺の様に肺に疾患があり長時間動けに見には、寒い冬の雪との戦いが出来ぬ
ので、嫌である。
兎に角冬はじっと籠って、雪の降り具合ばかり気にしているだけだ。
まもなく雪が来る。ああ嫌だいやだ。
親爺のぼやきを、大日岳が苦笑しながら見下ろしている

まだ雪の無い庭から、否、縁側からドローンを上げている親爺。

まあ、立山もまだ見えてはいる連休最終日である。

11/23
中国との関係が悪くなっていて、余り恥を知らぬ誇大主義の国民性と云うか、言いたい放題を言って居る様だ。
元々の話は、中国の台湾に対する干渉である。
民主的な平和な中国の文化を受け継ぐ国として機能している台湾を、80年前の状況を根拠に自国であると主張する。
100歩譲ってそうだとしても、武力を以て自国に編入し服従させるなど、ロシアのウクライナにも似て、大国のエゴ、領土
拡大主義としか見えない。
それをまた我が国日本の、権力志向の塊の様な、政治家共が喧々諤々と、なりたて総理に言わずもがなの答弁をさ
せてしまったから、中国にすれば答弁の揚げ足をとって、言いたい放題の難癖をつけて来た。
それを大きく報道ネタとし、余り責任の無い文化人やら有名人やら、はてはお笑い界のタレントまで動員してお祭り騒
ぎ。これが報道の自由だそうな。日本のマスコミはシビアな国際ニュースもバラエティーにしている。
デリケートな問題をそう認識しながらも気付かぬうちにポロリと漏らす・・・。
一国の総理の発言、覆水盆に返らずは当たり前だ。
中国の立場に立てば尖閣諸島どころか沖縄も我が領土と、倍返しの発言も生まれる。言ったもの勝ちの国柄である。
沈黙は金。政治家もマスコミももう余計な事は云わず沈黙するべき。
ハッキリさせる事ばかりが正しいとは、歴史も証明していない。
晴天の下穏やかな山里だ。

東京のお兄ちゃん、来年はピカピカの1年生だぞ!! 黒部のお姉ちゃん、従妹のコウちゃんをお守できてうれしいね。

11/22
暖かく青空が広がっている土曜日だが、立山へ向かう車の音はあまり聞こえない。
立山も室堂も稜線も晴れているが、雄山山頂画面は北方向のレンズが雪がついて見えぬ。南側は綺麗に見えている。
山里からも大日の下部に雲があり山はほとんど見えなかった。ドローンを上げて見たがレンズのトラブルでボケボケ。
とにかく我家南側の物干場に陽が射し、隣接する居間まで暖かい。引き戸を開けて暖気を取り込むと暑い程だ。
この三連休は暖かいとの予報。うれしいことだ。フリースを脱いでいる親爺だ。
さっき撮ったドローン写真、ややボケボケだがお笑い種に。
我が家上空から。

村の真ん中を走る富山立山公園線。現在130戸程。広い手前空き地は親爺が産まれた母の実家日光坊跡地。

11/21
昨日とはくらぶべくもない薄暗い雨模様の朝だ。
しかし暖かく、昨日が放射冷却でピリピリした肌を刺すような冷たい大気だった事を想うと、寒くはあるが気が緩むような
7℃程の気温である。
まあ僅かな温度差なのだろうが、この季節になると1℃、2℃の違いが大きく感ずる。夏でも同じかもしれぬが・・・。
今ストーブを焚いているので、暖房の他にも湯は常に沸かして置けるし、鍋に入った煮込み料理などには、このとろ火が
誠に都合が良い。
で、今夜は、昨夜オカカと寝物語に決めて置いた、ふろふき大根がコトコトと煮えている。居間の中は少しにおいが漂うが
今宵頂く料理の匂い、左程気にならぬし、煮え過ぎぬ様鍋の位置をずらせば長時間の保温も出来る。
適する料理は、シチュー、おでん、煮込みなど。今から欲しくなる料理が多い。
薄暗い雨の晩秋、いや十分に初冬だろう。
ふろふき大根ををストーブにかけてトロトロ煮込んでいる、山里の親爺とオカカである

紅葉のみあかあかのこる初冬かな

11/20
昨日は半日ほど日が照っていたから、山里に降った初雪も、昨日の中に解け切って痕跡も残っていない。
今日は朝食後直ぐに、愛車4WDのバッテリー充電を兼ね、旧立山道をゆるゆる一巡り。
黄色い大銀杏の葉が散り、布橋まで敷き詰められていて、ああこの秋も終わったとしみじみ感じた。
祖母に抱かれてか手を引かれてか、この道(立山道)は良く歩いた。バッタを見つけて「ばばこれは?」と、言葉も覚えた
て、話したての回らぬ舌で聞いたら「ヘリコプターじゃ。」と答えてくれた。それ以来バッタをヘリコプターと記憶した幼い頃
だが、長じて思い出してみると、なるほどと納得した。
その時分のヘリコプターは大体がトラス構造の骨組みに金魚鉢のイメージだったから、バッタを例えるにはぴったりだっ
たのだ。頓智の聞いた話が上手な祖母だった。
立山道を10分余りウロウロして、そんなことまで思い出して、道沿いにある墓で、車を停め手を合わせてきた。
今日は陽が出て暖かくなった。積雪にはまだしばし時が有る。

昨日朝まで残っていた初雪も、今日は全くない。天気も良く、大日もよく見えているが大した雪ではなかった様だ。

11/19
昨晩は初雪を見てやや興奮したから、眠れぬかもしれぬと思っていたが、温風ヒーターを低い温度で焚き、冬用の
夜具に潜り込んで、何度も繰り返し読んで居る、池波正太郎氏の”食卓の情景”を読み始めた。
時計を見ると0:00を少し回っている。これはもう寝ないとと、枕もとの明かりを消し、夜具に潜り込んだ。そこで記
憶は途切れ、次に目覚めたのは7:45のアラームで、実に深い睡眠だった。だから今朝は洗面の後直ぐに、初雪の
景色を撮ろうと親爺部屋の窓を開け、冷気に触れても心地よく、写真を撮った。
まあ、初雪だから大した雪景色もないが、冬が来た記念日である。あまり嬉しくはないが、冬の始まりの記録だ。
昨晩寝しなに撮った写真。白くなっている。我が庭も向かいの家の屋根も白い。

まあ、大日の山裾が白くなった程度で、初雪は根雪にはならぬ。
11/18
何となく何もする気が起きず、昨日は一日HPの更新もせず、ゴロゴロと寝たきり老人を決め込んでいた。
が、流石にこれではいけないと、昨夜もやや寝不足(読書ばかりしていた)の体に気合を入れて、せめてもの仕事
代わり、ボケ防止にと継続しているこのHPの更新に取り掛かった。
やればやれるものである。何となく文章も出て来るし手指もキーボードを確り打てる。
近頃テレビをを賑わすのはクマ被害と中国とのピリピリした緊張関係である。二つとも楽しい話題ではないが、マス
コミには良い記事の種で、煽る様な表現が多い。
まあその辺の解決はエライ責任のある立場の方々にお任せし、気楽な庶民の隠居生活を楽しもう。
山里は昨日までの晴天が嘘の様な寒々とした風景。川向の山の端には雪が来ている。
此方も近々雪景色となりそうだが、立山はもう真っ白。昨夜は暖かかったが時間とともに気温が下がって来ている。
9:00現在の気温3.6℃で、8:00には3.8℃だった。
車もスノータイヤを履いたし、山水散水も準備出来た。まあ、雪は少ないに越したことは無いのだが。

立山は雪。不動にはまだ降っていない。

11/16
今日も良い天気。日曜日なので山を目指す車が多くて、クマもウロウロは出来ない。バイクなどあの排気音が良い
らしいが、興味のない大多数の人々には単なる騒音。あのバリバリ云う音をもっと規制できないのだろうか?
が、クマよけにはなっているかも知れぬ。
我が山里も熊はあちこち出ているらしいが、昔から平野部の村と比べると多かった。今も常願寺の川を横切って、
川向の本宮集落と我が山里を行き来している熊がたまたま目撃されているが、村人の被害は無い。
庭に入って来るのは野猿公ばかりなので、今朝もオカカに脅されて隣の庭に居たボスざると子ザルが逃げ去った。
オカカも親爺のガスソフトBB銃の使い方を覚えて、窓を開けて撃とうとしたらしいが、他日親爺に撃たれている為、
ボスも子分も一気に逃げ出したそうだ。
野猿公程の知恵なら、痛い目に合わせておけば、それを学習して暫くは寄り付かなくなる。でも小ずるい処もあるの
で、様子をうかがいに斥候を出してまたやって来る・・・そんな繰り返しだ。
猿も野生の獣、相手が弱いと見れば向かってくる。大きな猿だと大人も簡単にやられる。が、得体の知れぬ銃を持
っていると見るや余程のことがない限り向かってはこない。
害獣駆除で出動し、銃を背中に隠し近づくと、大ざるがこっちを歯をむいて威嚇する。銃を出し猿に向ける間も有ら
ばこそ、ちらりと銃を認めるやその逃げ足の速いこと早い事。脱兎のごとくを超える、ましらの如くである。
害獣駆除の成果はさして上がらなかったが、抑止力にはなった。
いよいよ山も枯れて、冬が近づいて来た。
紅葉も終わり、上から山は枯れ色になってくる。来拝山だ。

霜月半ば過ぎ、晩秋の山里だ。

この川を渡り熊が本宮村と我が芦峅寺村を行き来している。

11/15
朝は穏やかに晴れて、大日岳も綺麗に見えていたが室堂はやや曇っている。山の端が黒く見え雪も多くは無い様
だ。雄山山頂カメラで見ると。信州側(南側)から暑い雲の塊が覆ってきている様だ。
予報に依れば来週は寒気が入り、下でも雪が降るかもしれぬとの事。
親爺とオカカ連れだって、近くの蕎麦屋へそばを食べに行って、ついでに行きつけの修理工場でタイヤを冬のスノ
ータイヤに履き替えてきた。
まさに転ばぬ先の杖。因みに親爺の軽4WDは一年中スノータイヤのママである。
この後、瓦屋のMさんが屋根の融雪装置の点検試運転に来れば我が家の冬支度は終わる。
今年は山水も何とか取り戻したので、庭には散水融雪が戻る。後は雪がどれだけ降るかと云う事が問題だ。

薄く白くなった髪が一足早く冬の様だが、恐らく生粉打ちの田舎蕎麦、美味い事は美味いが、腰が強すぎて啜れぬ。

オカカが若い頃に作った木目込み人形。手芸が好きなオカカだ。

11/14
外は紅葉もほぼ最終番で、今日の様な高曇りになると同じ気温でも、その景色と薄暗さで寒く感ずる。
霜月ももう半ば、一月前は暑いと感ずる日も有ったのに、冬が近づいているのが良くわかる。
アメリカ大リーグでは大谷が満票でMVPを獲得、3年連続4回目の事らしい。去年今年と30チームのトップに立った
のだが、その中でのMVPだから素晴らしい。それにつけても連覇したドジャーズのロバーツ監督には最高監督賞の
投票で、1票も入らなかったと云うのも可笑しな話である。
2連覇もして気の毒な監督だ・・・。
黄色く染まりきって後は落ちるばかりの銀杏の葉・・・。

大日の山裾さえ僅かに見えているばかり。 雄山山頂はすっきり晴れて雪の剱もよく見える。写真拝借。

11/13
クマがあちこちにウロツイテ、人間にも被害をもたらし、中には喰われて命を落とした方も居られる様だ。緊急事態
である。自衛隊の装備銃の口径云々の話はおかしい。口径が小さくとも貫通弾にならぬ様弾頭をソフトポイントに差し
替えれば例えヒグマでも致命傷を与えうるし、もっと口径の大きなライフル銃もあり、対猛獣用の弾丸も有るはずだ。
何も戦争をしろと云うのではない、害獣駆除に手を貸せと云う話しなのだ。これも災害救助要請と同質である。
今更熊殺すななどほざく馬鹿には、熊駆除の手伝いをさせればよい。その中で殺さず話し合いで山に帰って頂く事が
出来れば大手柄である。出来るわけないよな猛獣相手ではこんなこと。じゃあ黙れ!!
ついさっき若い女性が訪ねて来て、志鷹さんと云う28才程の男性の家を訪ねた。志鷹は確かにこの山里独自の姓だ。
で、少し話を聞いてみたが分からない。「トモキ」が下の名だそうな。
分らぬ旨話したが、一寸気になったので「それはいい話なのか、嫌な話なのか」とだけ聞いた。「いい話ですよ。私同
級生です。」とのこと。其れは気の毒だが分からないと云おうとしたら、突然紙切れを親爺に渡した。なにこれはと、目を
通したがほぼ意味不明の宗教勧誘の匂いのする紙切れ・・・。
「うちは先祖伝来天台宗だから、宗教勧誘はストップ」とまだなんか話しそうな女性にストップを繰り返す。
どうも年寄りとみて侮られた様だ。
玄関先はクマに注意!おかし気な勧誘や詐欺にも注意!何とも過ごし難い世になった事よ。
昨日昼食に出かけた上市から見た雪の剱岳。

上市にある日本料理店は華生(はなしょう)。ランチだと3000円台で頂ける。因みに昨日ランチで頂いたミニ懐石。
海老の湯葉あんかけ 蕪蒸しも優しい味だった

造りは、タイ、カツオ、カンパチ。満足できる包丁也。 剱の山裾の上市の料理屋。街の真ん中だが緒と車で移動すると剱が見える。

ランチの八寸だから前菜盛り合わせと云うより弁当のオカズ風。飲まぬ客には食事と一緒に出してくれるから有難い。
昨日も満足して帰って来た。これで3300円(税込み)は良心的価格であり、味も手抜き無し。
わか大将が頑張っている。
11/12
快晴乍ら寒い朝也。放射冷却現象とやら。
布団の背中部分が寝がえりでも打った時に捲れたらしく、背中がゾクゾクして目が覚めた。
因みに6:00〜7:00の間だろうと思うが、この時の気温は1.3℃〜1.5℃だったらしい。寒いはずだ。
今日はオカカと久しぶりに外でランチを頂く予定で、11:20には家を出る予定だ。医者通い以外に時間を決めて家を
出るのは滅多に無い。
たまには外へ出て他人と顔を合わせねばなるまい。元々人混みが嫌いな親爺だが、このままでは惚ける。
立山も良い天気だが新雪はあまり降っていない様だ。
朝日を浴びる銀杏。

朝日に対抗して写すものだからこんなハレーションがはいる・・・で、頭切れの写真にした。

11/11
今日は青空が見える天気になった。
ライブカメラで見る室堂も良い天気だが、雪は思った程積もっていない。雄山山頂もレンズに着いた雪が落ちない
のでまだよく見えないが快晴の様子だ。
弥陀ヶ原の雲が遮るのか山里からは大日など余りすっきり見えない。
過日オカカが買い込んで来てくれた牛筋を、朝から親爺は煮こぼして、綺麗に洗い鍋に入れて薄い味を付けた。
それを居間のストーブに載せて、コトコトと煮込んでいるので、居間はまるでどこかの厨房の様な匂いが漂う。でも
この匂いは嫌いではないので親爺は全然平気だしオカカも平気である。しかも嗅覚は慣れやすい。
あと2時間ほど煮込めば素晴らしい牛筋煮込みが出来上がる。
今日も好きな様に時間を使っている。長閑な晴天で心地よい。

銀杏の葉も黄色くなって散り始めた。

11/10
今日も薄暗い雨降り也。朝暖かかったのに時間経過とともに気温も下がって来る、おかしな天気だ。
ライブカメラで見ることができる立山は、弥陀ヶ原でボタン雪が降っていたが、室堂も雄山の山頂もレンズに雪が
ついて、或いはガスで、何も見えない。だが雪には間違いない。
雪がだんだん下に降りてくる。いやな事だが又山里にも雪が来る。
雪の日々を思うと又げっそりしてしまうが、獣害やら雪害やらと山里で生きるのも大変だ。
秋田県など熊の被害が人命に及び、自衛隊にも出動要請が有った。武装が戦争用のもので害獣駆除には適さ
ぬとか、解った様な事を云う御仁もいるが、銃器の扱いは日ごろの訓練で素人ではない。猟銃を扱うのも自衛隊員
には左程難しくはないし、高齢化した猟友会が苦労する、駆除後の獣の処理やら運び出しには素晴らしい力を発揮
してくれているように見える。
この際猟友会の猟師諸氏の熊狩りの技術を、若い隊員の皆さんにもぜひ学んで頂きたい。
元へっぽこ猟師の親爺からもくれぐれもお願いしたい。
我が車庫の裏にも秋の色来る。

ガスもかかって不動山も見えず。こんな薄暗い日には大学芋でも頂いて、のんびり茶でも啜っているしかない。
11/9
日曜日は雨で明けた。昨日は天気が良かったから雄山のライブカメラに人の姿も見えていた。が、今日はレンズに
雪がついたのだろう何も見えぬ。
室堂もガスっていて雪が降っているのかもしれないが、カメラでは見えぬ。
山里は9:00現在で14℃を超える温かさ。
親爺は「島耕作シリーズ」に嵌って、電子書籍で読み耽っていて、今朝は3:00に就寝しただけで、頭もかなりボーっとし
ている。余り物語に没頭しすぎるのも良くない。特に漫画は絵という直接視覚に訴える表現なので、怖い。
昔は漫画は子供には毒であると昭和のPTAなどには謂れのない虐待を受けた。が、親爺たち戦後の漫画世代ももう
古希の前後に差し掛かり、高齢者と呼ばれる年齢となり、未だに懐かしい漫画を電子書籍などで見つけると購入し楽し
んでいる。
漫画に対する偏見などは毛頭ないが、昨今の漫画は量の多い分質が低下している。
近年文化勲章を貰ったちばてつやの「のたり松太郎」や「オレは鉄平」などが座右の漫画であり、「紫電改のタカ」に至
っては親爺にはバイブルである。
紙書籍で全部購入しただけでは足らず電子版も取りそろえ、タブレットに入っている。
雨の薄暗い日には読書。漫画もその中に入れても良いだろう。
銀杏がついにまっ黄色になった。

昔作った記憶が有る自衛隊のセイバー。ジェット練習機だったろうか。今は退役しているのかな・・・?
自衛隊の機体にはあまり詳しくない親爺だ。

11/8
今日もまぶしいほど明るい晴天だが、立山も良い天気らしい。ライブカメラで見る雄山山頂からは剱もよく見えている。
雪は2000m前後まで見えているが、例年と比べやや少ない様な気がする。
この天気も今日いっぱいで、日曜日はまた雨になるらしい。
我が山里の紅葉も既に終わりに近づいている様だ。
さて、もう明日から大相撲が始まる。11月九州場所である。野球シーズンが終わり寂しくなって来たので、次は2週間
だが、連日の相撲を楽しもうという訳だ。
強い横綱大の里も楽しみだが、新関脇になったウクライナ出身の安青錦も楽しみである。この人の相撲が昭和の力
士で潜航艇と呼ばれた岩風に実によく似ているからだ。
岩風関は相撲は強かったが極端に無口で風変わりな人だった。引退後は荷車を引いて生計を立てていたとかいう話
も有った様だ。昭和40年引退の力士だが、妙に印象に残っている。
極端な無口、人付き合いの悪さ等々はともかく、低く相手の懐に潜り込んでの相撲は見応えがあった。
安青錦は左程、無口ではなさそうだし潜航艇の様な相撲が強い。懐かしいような気持ちでこの力士の相撲を見ている。
山里の紅葉は今が最高かな・・・。

大日もずいぶん白くなっている。

11/7
今日は立冬である。心なしか空も鉛色の雲が出ているが、雲に切れ間が有り時折明るい陽が射す。真冬の鉛の壁
が空を塞いでいる閉塞感はない。
それにつけても不動山の紅葉が艶やかだ。一昨日も写真を撮ったが、曇天の弱い光の下でさえ華やいで見える。
色が一段と濃くなったような気がする。
寂しげで色濃い秋の気配である。
昨日年始欠礼のハガキを頂いた。京都の中の良かった又従弟の奥方からである。山が好きで若い頃から我が家へ
も、母の本家へも、叔父の家にも度々顔を出していた。山小屋へも何度か尋ねて来た。
警察官として定年まで勤務し、今は孫と遊ぶのが楽しみと言っていた。
明るく、気の良い男だった。享年70、少し早い旅立ちだった。
昨日より色が濃くなったような気がする不動山だ。

11/5
孫が二人いる。その二人がボイスメッセージをくれた。嬉しい昨日の73歳誕生日だった。
娘が三人いてその娘達からもそれぞれに誕生日の贈り物が届いた。
長女はうなぎのおこわ。何とも美味そうである。次女は首のストレッチ健康まくら、肩こりが取れるのでオカカと一緒
に使おうと思っている。具合が良い。そして三女は600g以上も有るチャーシュー、豚ロース煮、ベーコン、フランクフル
トソーセージなどの段ボールにびっしり入った詰め合わせ。美味そうで食いでが有りそうだ。
三者三様の贈り物の向こうに娘一人一人の顔が浮かんで来て、わが顔が緩んでくるのが分かる。
オカカも鯛の造りや塩焼きを作ってくれて夕餉は心和んだのであった。実に幸せな73歳也。
不動の山さえも綺麗に色付いて親爺に微笑んでくれている様だ。

うなぎおこわとは珍しい。松本の桜や以来である。 1日10分これを使うと首が楽になり肩こりも取れる様だ。

親爺によく似て居る末娘。豪快なプレゼント!! オカカからは云わずと知れたこのカード。有難し。

11/4
誕生日を迎え73歳になった。昔ならかなりの高齢者だが、今はまだ平均寿命までしばしある。元気で頑張ろうと思
う。男性の健康寿命は73歳弱。これは曲がりなりにもどうにかクリアした様だ。
まだ人手を借りずとも車の運転も出来るし、一寸した長距離運転も可能だ。自力歩行も今の処大丈夫だ。
但し力仕事や、山歩きなどはもうできず、元気に山を歩き回っている諸先輩が羨ましい。
頭も大分タガが外れているが、未だ読書をしようと云う気も難解な古い文章を読もうと云う気力も有る。耳は遠くなっ
た。人と話をすることは苦にならないが、的外れな受け答えや、頓珍漢な話題変更は耳の所為である・・・。
まあ人並みにあちこち不自由はあるが、家族に迷惑をかけるような事はない、と自分では思っている。役に立つ事
もないかも知れないが・・・。
人生終盤に差し掛かり残された時間が少ないことは確かだ。
そんな事を想いながら生きていても面白くない。身近にある事々を楽しみながら、心豊かに生きてゆきたい。
73歳の朝思ったことだ。
綺麗にお色直しをした大日だ。

雄山主稜線から浄土、竜王、鬼、獅子へと続く立山の山並みだ。雪は結構積もっている様だ。

布橋の向こうに立山が見える。我がご先祖様もその向こうで山を見上げている。

11/3
立山は雪が積もりつつあるようだ。
雄山山頂も、室堂もカメラに雪がついて、或いはガスで何も見えぬ。
山里は雨が結構強く降っている。3連休は全く天気に恵まれなかった。山里も静かだし、立山も静かだったのでは
なかろうか。
雨で寒くて外には出られない。別に食料も有るし薬も有るし外出する用もないので全く問題ない。
こんな日は何時ものように本の世界に遊ぶのが一番良い。オカカも好きな様に、本を読んだり韓ドラを見たり。
まあ、長閑な月曜日の連休最終日は静かに終わるだろう。

雨で寒い日だ。

川向の山々も随分色付いている。

11/2
昨夜夕食時に何やらムカついて、飯が喰えなくなった。その直前に鶏団子を油で揚げていたのと、食卓に着いて
正面から温風ヒーターの熱風を受けていた所為かも知れぬ。愛用の胃腸薬キャベジンを一服飲んで居間で横にな
っていたら、しばらくしてすっきりしてきた。
夕刻風呂に入った時も何やらスッキリしなかったので、風邪気味なのだろうかと市販の風邪薬も飲んでおいた。
20:30頃にはすっきりして来て、何やら腹も空いて来た。で、軽く一膳うなぎの佃煮とアサリの佃煮で茶漬け。鶏団
子の甘酢掛けも2個ほど頂いて、腹も満足、気力も横溢し、たちどころに普段に戻った。
自分の胃腸炎が感染かと心配したオカカもホッとしたそうだ。
今朝はすっかり普段通り、ドローンを上げて曇天の山々を撮ったりしている。
綺麗に色付いてきた不動と薄い雪化粧の大日。ひっそりと曇天の下。

ドローン着陸態勢我が山里も秋である。
親爺はすっかり体調を戻し、朝からドローンで遊んでいる。

昨日はアサリの佃煮も煮た。貝新の浮かせ煮を想像しながら・・・。

11/1
今日は霜月朔日也。
我が立山大権現様も出雲からお帰りで、村の真ん中にある雄山神社のお社に鎮座されている事だろう。きっと村中
の御不在中に積もった罪穢れをサッと一祓いされて社に鎮まられた事だろうから、親爺もオカカも体調まで良くなった。
不動山が綺麗に色付いた。が、ガスが掛かったりしてすっきりと姿を見せてくれない。お帰りになられた大権現様に
恐縮して慎み深く、艶やかすぎる姿をガスで隠しているのかも知れぬ。
そんな事を想い乍、さて穏やかな日をどう過ごそうか、今日こそ冷凍してあるアサリを時雨煮にするか・・・。
穏やかな明け暮れに感謝しつつ、ゆったりと過ごさせてもらおう。
銀杏はまだ色付かず、大欅は葉を散らしている。

ちょうど10年前、ドローンではないクワッドコプターという名で京商が売り出していたカメラ付き飛行物体?
安定が悪く、画質も悪く、それでも喜んで飛ばしていた。貴重な写真???

雄山ライブカメラから拝借の昨日の剱。

10/31
神無月も今日まで。恐らく出雲に行っている我が立山大権現も明日にはお戻りになり、変わらぬ山里のお社に鎮座
され、山里の村を護ってくださるのだろう。
今朝は比較的気温が低く、肌寒い。ストーブを焚いているが居間の気温は20℃を切っている。
ライブカメラで見る室堂も雪が少し減って居るし、久々にカメラの氷が解けた雄山山頂からは剱も見えている。
今シーズン初雪後の剱が初めて見えた。
今日は金曜日なので、オカカが掛かりつけの医院に行ってまだ少しすっきりせぬ胃の薬を貰ってくると出かけたが、
医院の先生の診察も丁寧で、間違いなく胃腸炎で、もう快方に向かっているから心配なくと診察され、薬を1週間分だけ
貰ってくるそうだ。親爺もそれを聞いてホッとする。
穏やかな暮らしが続くことを願うだけ。
親爺部屋から撮った、雪の有る大日。

近所の銀杏はまだ色付かぬが、欅はもう葉を散らしている。明日からは霜月也。

10/30
昨日心平が車のバッテリーチャージャーを貸してくれて、それで我が軽4WDは息を吹き返した。
いつも車のバッテリーのチャージは、他の車から直結ケーブルでチャージしてもらう方法ばかりだったが、チャージャーを
使い家庭用の100V電源から充電すると云う方法は気付いてはいたが、そんな方法は修理工場やガソリンスタンドの様な処
でするものと云う固定観念があり、ついぞやろうとは思わなかった。
が、心平の今は亡き父上(本当に良い人であった。流石心平の父上)が、ヨータローが産まれて、松江から芦峅寺に足げ
く通い、ヨータローと過ごす時間を大切にしていた頃、心平宅に預けておいたバッテリーチャージャーだそうだ。
全く問題なく、一発で問題解決。軽4WDは生き返った。
それで親爺の写真撮影徘徊も復活。
村の下側はずれ、村の入り口にある旧保育園、現曼荼羅食堂から立山の山並みを撮った。
向かって右から龍王、浄土、一の越のコルから雄山主稜線が屋根型に伸び富士の折立から真砂岳のたおやかな尾根
に下る。初雪は来たが大分溶けた。

村下の北に通称北山の稜線があるまだ紅葉には早い。

村の上はずれ不動山の円城寺壁あたりは紅葉が始まった。

10/29
立山に初雪が来たのだが、天気が悪くて山を見る事が出来なかった。
今朝は数日ぶりの晴れ。青空が広がっている。
これはもう軽4WDを駆って、そこいらを一回りと思ったが放置していた軽はバッテリー上がり。急遽オカカのノートで出
かける。
この前の車プリウスも何故か運転が馴染まぬ車だったが、良い車で12万キロは乗り回した。がやや車体が大きくて取
り回しがし難いので、コンパクトな現在のノートに乗り換えた。
燃費は僅かにプリウスが良いが、ノートとて21〜2km/Lは走る。しかも4WDだから冬でも安心だ。
そしてコンパクト故取り回しが楽だ。税金も安い。もうオカカと共同で3年乗っている。
結局写真は僅か2,3枚撮っただけだが朝のドライブも良い。川向の旧大山町に渡り立山駅に下りて村に戻って来た。
紅葉も少しずつ進んでいるが初雪同様遅い。
大日も雪化粧。恥ずかしげに慎ましやかに佇む。

我が家からは聞かりの具合が悪くこんな見え方。

不動山も結構色付いてきた。

10/28
不安定な天気で、朝から雨降りで寒かったが、富山市内へ向かうと晴れてきて、用事を済ませ帰路にはまた雨となる。
今日は月一の内科医院での薬もらい、ついでに3月に一度の眼科へも回って来た。
オカカの体調不良も回復。もう家事も親爺には手を出させない。
でも今宵の親子丼は親爺が作る予定。昨夜のうどんも親爺が昆布と鰹節の出汁を丁寧にとって作った。
まだ食欲が完全には戻らぬオカカに消化の宵良い食べやすいものをと親爺なりに考えている。
年寄り二人と云うとオカカが怒るが、まあ高齢者所帯ではある。身体に気を付けねば、とつくづく思う。
金毘羅宮のある打越山にも薄いガスがかかっている。

タンボ沢下部まで雪が降りて来た。東一の越黒部川斜面である。 ストーブを焚いて野球でも見ているのが一番良い。

10/27
今日も昨日同様薄暗いが、雨が降って、時折風も吹き暴風雨と云った状態にもなった。
だが寒さは感じない。
ストーブを焚いていたが暑くなって、火を消した。其れでも寒さは感じない。
が、ついに立山に初雪が来た。雄山山頂はライブカメラに雪が吹き付け雪景色を見ることはかなわぬが、レンズに
吹き付けた雪が何よりの証拠。
室堂ライブカメラで降雪を確認したし、天狗平山荘の賢輔親爺がFBに写真を載せてくれた。
山里が温かく、15:00現在13〜4℃有る。薄暗く雨交じりの嫌な天気ではある。
不動の山は僅かに色付いてきた。

我が庭は雨に打たれただ静か。 天狗平の初雪を賢輔親爺のFBから拝借。遅い初雪だった。

10/26
妙に生暖かい雨の日曜日。薄暗く気も滅入る。
オカカももう快方に向かっているが、昨日午後から体調不良でダウン。今朝は大リーグ野球を観られるほどに回復。
親爺も少しでも役に立とうと、うろうろするが殆ど役には立たず・・・。
マア、そうこうしている中にも時は過ぎて行くが、こういう薄暗い日はさっさと過ぎて欲しい。
親爺はせめて邪魔にならぬ様、読書でもして静かに過ごそう。
生暖かく薄暗い山里だ。

不動の山もガスに覆われている。まだわずかに色付いたばかり。

我が庭も今は青々している紫陽花が葉を落とせばすっかり冬景色になる。

10/25
気付けば10月ももう最終番である。暑さに閉口しながら過ごした夏は過ぎたと思う間もなく涼しいが肌寒いになり居間
のストーブも稼働し始めている。
昨日古い山仲間の森爺さんが、親爺の大好物、五郎丸屋の銘菓「薄氷」を持ってきてくれた。
78歳で、未だカクシャクたるもので、延べ50年以上立山を歩き続けている。未だ現役と云うのが凄い。
去年は親爺にネパールの往復航空券を手配させ、1月余をクンブートレッキングに費やし、若い連中に負けぬパワー
で、楽しんで来たようだし、今でも北海道の丹頂鶴撮影には、ほぼ毎冬通っている。元気だ。
2時間程馬鹿話をして帰ったが、元気な姿は少なくなった親爺の古い山仲間の最期の方の一人だ。寂しい事だ。
今日は高曇りながら、立山は雪も来ず、雄山山頂の気温はずーっと氷点下也。
昨日の有峰から薬師、太郎平を望む。

山里高曇りなれども大日はすっきり見ゆ。
今日の雄山山頂。レンズに氷がつき早朝は見えなかったが、雪は無い。

10/24
昨日は有峰林道、および小口側林道を巡って、最期には飛越トンネルをくぐり飛騨に出て帰宅した。
約5時間余の山道運転で、親爺もクタクタに疲れたが、助手席のオカカも親爺の運転を信じていないのでかなり緊張
して、飛騨路に入ってから1時間余を運転してくれた。
半世紀前の話だが、当時の立山砂防事務所が管理していた祐延ダムエリアを含む無名ピークの雨量計設置のバイ
トの話が、叔父を通じて親爺に舞い込んだ。約20kgの雨量計を、その目的地まで人力荷揚げ、つまりボッカするので
有る。
登山道の入り口、有峰までは役所の車で行き、担当者のY氏が同行。1泊2日の行程であった。
Yさんは叔父の友人であり、山が大好きで、設置予定ポイントから徒歩1時間足らずの処に、祐延ダムもあった。
上手く設置を終えさえすれば、後は釣りもできるし、好きなように時間を使って良いとの話だった。
若い親爺には嬉しい話で、2つ返事で引き受け、さてボッカになったが20kgの雨量計はどう見ても10kg余りだし、同行
のYさんも、山捕り盆栽に凝っているらしく、「俺は設置が終わったら花を探しに行くから、後は好きにして良いぞ。時間が
余ったら、日帰りも出来るからそのつもりで、陽の高いうちにここで合流だ。」との事。9:30頃に登山口を出、11:00にはも
う設置まで終え、役所提出用の写真を撮った。
予定を大幅に上回って、仕事は済んだから、後は祐延ダムまで走り下りて、岩魚やらニジマスを釣った。Yさんも予定
どおり目的の草花の採集ができたそうで、当日の内に下山した。
後日貰った日当は、1日8000円の二日分で16000円、若い親爺には嬉しい金額だ。半世紀以上前の話だ、叔父もYさん
もとっくに旅立っている。林道が出来、すっかり変わった祐延ダムだが、昨日10数年ぶりに車で出かけた・・・。
綺麗な紅葉が、今を盛りと親爺とオカカを出迎えてくれた。

有峰の紅葉はまだ早かった、と云うより例年より1週間ほど遅れているように感じた。

祐延へ寄り道し、やや疲れたが、又有峰へ戻り飛越トンネルを超え飛騨路へと回った。山の村のかやぶき屋根の家も健在。

10/22
立山も奥地の小屋がみんな閉めて下山したので、新鮮な撮れたての写真はもう掲載できなくなる。精々山里から見た
立山の写真位だろうか。たまにはドローン写真も入るだろうが。
寒くなった。今日から居間のストーブも初焚きである。ストーブを入れて1時間以上たつが、居間の温度は19℃也。
厳冬期には床暖も併用せねば過ごせない山里だ。
昨日新内閣が発足し、日本初の女性総理大臣は104代目にあたるそうだが、女性ならではの政策も期待したい。
寒冷地に住む高齢者には、暖房に掛かる灯油やガス電気の補助もぜひ願いたい。
ああして欲しい、こうして欲しい・・・言い出せば切りがないが、どう考えても庶民の目線では考えられぬ、国営放送局の
幹部職員の給料だとか、政治家や高級官僚の報酬などもぜひ見直し、少なくとも公僕たるもの庶民の平均収入の倍なら
ともかく、10倍ともなれば目くじら立たぬ庶民の有ろうはずはない。
上を見て配慮してはいけない。下を見て配慮してこそ政治家である。
長い間、そして今でも高い山に囲まれて上ばかり見ている親爺、いよいよ首が回らなくなりそうである。
それにしても立山の雪が遅い。初雪すらまだ・・・。

昨日又安いうなぎの白焼きを煮て、ウナギの佃煮を作った。前回よりやや溜りを少なめに使い薄い色に似揚げた。上手く行った。

日本初の女性内閣総理大臣、104代目首相誕生である。ネット上で拾った似顔絵を拝借。期待してまっせ!!。

10/21
剱御前小舎も昨日閉めて全員下山したそうだ。心平の真砂沢ロッジも一昨日下山した。
心平は一昨日顔を出してくれたし、トモちゃんも昨日立ち寄ってくれた。
心平は疲れが顔に出ていたが、足掛け4か月の山暮らしで、下山無しで一人で頑張っていたので疲れも一入だった
のだろう。
トモちゃんは相変わらず元気な山女で、疲れはうかがえなかった。何でも今年は大分の、くじゅう森林スキー場でパ
トロール隊員として勤務するそうだ。トモちゃんにとって大分は御父上の故郷故馴染みが有るのだろう。
大分と云えば親爺の親友Aも仏の里と呼ばれる国東に暮らす。学生時代そのA宅に転がり込んで世話になった事も
忘れえぬ思いでである。
ちょっと黄ばんできた眼前の不動山。

トモちゃんが下山直前に撮った、剱御前山の稜線からのぞいた大日山裾の色模様。

10/20
今日は上皇后陛下の誕生日である。親爺の母も誕生日が一緒だったので、自分の誕生日の度に美智子妃殿下
(当時は皇太子妃殿下)の誕生日は自分の誕生日だと云い云いしたものだ。
芦峅寺の一山家で育ち、父は天台宗の僧侶、兄は神官と云う、神仏習合の家に育ったのだから皇室への崇敬の
念も強かった母であった。
美智子妃殿下が皇后陛下になって、数年で旅立ってしまった母だが、自分の誕生日も位が上がったと思っていた
かどうかは知らない。底抜けのお人好しで、明るく誰にでも優しい母であった。
親爺が40年にわたり経営した剱御前小舎。今日が小屋閉め下山日だそうな。

山里は相も変わらず曇り空である。

10/19
弥陀ヶ原までは先ず先ずの天気で、視界も良い立山だが、何となく天気は不安定で、午後には崩れそうである。
我が山里は弥陀ヶ原の下にある大きな雲海の底にあるので、見事な曇天。薄暗い海底と云った処也。
心平が足掛け4か月ぶりに下山してきた。もちろん小屋を仕舞って来たのだ。
あの小屋だから儲けもこそ左程あるわけではないが、心平の人柄を慕ってくるお客様もボチボチ着いて来た様だ。
今少し商売気があれば、とも思うが場所が場所、小屋が小屋であるので、心平なりに十分やっているのである。
明日他は剱御前小舎もマー君トモちゃん以下全員下山するそうだ。
これで別山尾根を越えた向こうの奥山に、山小屋の灯は全てなくなる。今年も無事終わった様だ。
雪が遅いので、新雪を踏んでの小屋閉めは、奥山については無くなった。
この後は立山から雪だよりがやってくる。
雲海の底の薄暗い山里なり。が、時々日も射してくる。

庭の垣根のバラも、とっくにオカカが剪定していた。すっきり冬支度。

弥陀ヶ原ライブカメラの写真をちょっと拝借。弥陀ヶ原下にはこんな雲海が広がっている。

10/18
日本の銃規制は強すぎる。特に猟銃に於いては酷い。
狩猟法に基づく講習を受けねば、射撃用などの例を除けば銃の所持許可は受けられぬ。
外国ならスーパーでも買えそうな空気銃でも同様である。所持した後も講習会や、銃の検査などが結構頻繁にあり
これを怠ると所持許可取り消しとなる。
親爺も30余年間、散弾銃、ライフル銃、空気銃を所持していた。ライフル銃は散弾所持歴10年以上の経験が必要
なので、ライフルだけは20年余となる。
講習会、更新手続きなど若いが故に左程苦にせずこなしたが、今それをやれと云うと・・・。
親爺は60歳になる前にすべての銃を返納(警察に所持許可返納とともに処分を委託)してしまった。
猟のための山歩きが困難になって来たからであるが、今となれば熊や猪の害獣駆除用に、ライフルだけでも残して
おけばよかったと悔いている。
最後に所持したライフルは豊和30カービンオートで、軽量でヒグマまでなら大丈夫だった。
後悔先に立たず。今はクマよけスプレーしかもっていない。

大欅は黄色くなってもう葉を散らし始めているが、銀杏はまだ色付いてもいない。

10/17
やはり晴天日は良い。立山もすっきり見えるし、ライブカメラで見る立山も青空の下にきれいな紅葉を見せている。
紅葉は青空だと映える。曇天時の倍以上綺麗に見える。
今年は立山の雪が遅い。積雪はまだまだだが、初雪で辺りが白くなることも未だない。
雄山山頂の自動記録されている気象データーを見ても、今日漸く4:00代に氷点下1.6℃となっている。初氷はとっ
くにあったから、氷点下になるのは珍しくないだろうが、初雪が遅いのだ。
まあ、こんな年も間々あって、楽な小屋閉めもあった。
去年、一昨年の心平の真砂沢ロッジ小屋閉めも雪にたたられ、酷い目に合っている。今年はもし今日下りてくれば
最高の小屋閉めとなるだろう。

カメムシが飛び回る我が庭も花は殆ど無くなった。

10/16
今日もやや肌寒い朝也。どんよりと曇った空は冬の空の様だ。とは言えまだ寒くてストーブを焚くことは無い。
雄山山頂のデーターでも8:00の気温が6℃程もあり、夜間も氷点下には下がっていない。考えてみると立山での初雪
もまだである。
初雪はその年によって大きく違うが、早ければ10月の前後に来ることも有り、スポーツの陽の連休に雪にたたられて
まるっきりお客さんが来なかった等という事も良くある。
今はちょっと早くなったが、剱御前小舎の小屋閉めの20日頃は、雪が早いか下山が早いかと云うことも有った。が、
それは積雪が早いか下山が早いかと云った意味で、初雪はもうとっくに来ていた。
まあ、山里の雪はまだ1月半余も間が有るだろうが、立山の初雪が遅いのが気になる。
昨夜は久々に古い友人が訪ねてくれて、しばし話が出来た。友人と話す時間が楽しい。
こんな薄暗い毎日では一寸気も滅入る。すっきりした秋晴れの空は恋しい。

10数年前も秋の剱岳、天気さえよければ・・・。

10/15
昨夜キノコの話をテレビで見た。かなりのキノコマニアがベニテングダケを焼いて試食し、覚悟の上とは言いながら
独にやられ悶絶するると云う話で、これは無事、事なきを得たらしいが、昔親爺もツキヨタケにやられたことが有る。
元某有名山岳雑誌の編集長を務めたY氏を同行した、小口川上流の祐延ダムの直下の通称サカシマ谷と云う当時
は可成りの山人しか行かない否行けない谷だった。
その途中の登山道(らしきもの)脇の緩い傾斜地にテントを張り、キャンプというかビバークと云った感じでの一夜、
夕食に、インスタンドの味噌汁に途中で採ったモタセ(ムキタケ)を放り込食べた中にツキヨタケが入っていたようだ。
吐き気、腹痛、下痢と順に続き、テントの周りは凄まじい汚れ様だったろうが、そんなこと気にしている余裕はない。
胃液まで吐き切り、猛烈な下痢が出尽くし、漸く少し眠れただろうか、朝日に目覚め、もう軽く食えるし珈琲も飲める。
で、そのまま下山せず、目的地まで行き、目的の岩魚やニジマスをたっぷり釣って片道3時間の山道を下山した。
その時の話はY氏があちこちの紙面に面白可笑しく書き散らし、「いい経験と金儲けもさせてもらったよ。」
あの時の奥山釣行に同行した叔父、従兄は早々と旅立ち、Y氏も今や連絡は取れず・・・・・。
もうずいぶん昔の事だが、秋が深まって来るとフッと思い出す。
今朝はどんよりと雲の下に居た山里だ。

青空の下の晩秋の剱岳

10/14
昨日とよく似た空模様だが、気温は少し低くなった様だ。
立山の雄山山頂の温度計は、明け方の一番冷える時間帯でも4.8℃もある。これでは雪にはまだなるまいが、突然
ドカッと雪が来ても不思議ではない。
山の天気は急変する。それが怖いのだが、ガスが突然晴れて青空が広がり、上がり行くガスに虹まで光らせ人間を
幻惑する。そして突然雪の牙をむく・・・。
長い間山で生きていると、そういう事も何となく分かって来るものだが、それでも天気に騙される事は四六時中だ。
昨日もガスが突然晴れ、青空が覗き陽が射し虹まで出た様だ。良い方に変わったのだから何も問題ないが、騙され
たという点では親爺など立派に騙されたことになる。
トモちゃんが夕刻に送ってくれた写真で驚いた。下から山を眺めているばかりなので、上に晴れ間が出ていたとは思
いしなかった親爺である。
別山乗越のガスが切れこんな青空が出たのだ。

こんな風に突然ガスが切れだしたのだろう。

今朝の山里は昨日より幾分山が良く見える。大日の山裾が見えている。

10/13
三連休も今日が最終日也。立山の紅葉が素晴らしかったこのシーズンだが、天気には恵まれなかった。
山里も昨夜から妙に温かい。フリースに衣替えした親爺だが、作務衣に戻りたいと思った。昨日13:00には27℃まで
気温が上がり、今朝もまだ7:00で19度近い気温であった。
今は雨降りで、連休最終日は静かなものだ。立山も賑わいは無い様だ。
季節の変わり目と云うが、10月に入っても結構寒い日が有ったと思うや、又驚くような暖かい日が来て、唯でさえ老体
故の不都合を抱えている身が、季節の変わり目を何度も短時間の裡に迎え、益々おかしくなってくる。
まあ、これ以上書き続けると老いの愚痴になるので、筆を置いて(キーボードを閉じて)、ここまでとしよう。
雨で雲も低い山里だが、寒いどころか18℃以上もある。

実に薄暗く来るべき冬を想わせるような空だが、妙に温かい。

10/12
立山の天気がすっきりせず、室堂から上はガスの中であった。でも昨日より少し良い様で、紅葉酣の弥陀ヶ原で
は紅葉が鑑賞できるほどには晴ている様だ。
山の天気は気まぐれである。秋晴れの晴天は無理な気がする。
紅葉も高所から終わりつつあり、弥陀ヶ原から下に向かっているし、稜線を超えた向こうの奥山なら真砂沢ロッジ
付近から仙人あたりまでが素晴らしい紅葉を迎えている様だが、今日の天気では・・・。
アルペンルート沿いなら登山経験のない観光客でも、バスの中から紅葉を楽しめるだろうが、奥山に分け入るの
は上級者限定である。営業中の小屋も真砂沢ロッジだけ、しかも予約必須だ。
朝は青空が出ていた山里もどんより曇って来た。静かな日曜日也。
晴れた日の剱と剱沢。雲海の向こうは後立の峰々。雲海の底は黒部川。

岩陰に潜む雷鳥。今少しすれば白一色の冬羽に変わる。

大日も上部の紅葉は終盤だ。

10/11
昨夜から少し寒くて、朝方は寒くて目が覚めた。で、またひと眠りしたのだが起きだした後はフリースを引っ張り
出して着込んだ。
立山は雪かなと思って、ライブ映像を見たがガスで、同時に配信されている温度を見たが6℃程も有る。これで
はまだ雪にはならないが、高山の天気は急変する。登山者の影も見えたが少し心配だ。
折角の3連休の初日なのに、弥陀ヶ原辺りの紅葉も酣となっているのに、真砂沢の心平も最後のお客様を迎え
る予定だったのに、この天気は何とも残念也。
居間の温度が21℃になったので温風ヒーターの設定温度を18℃の下げた。この辺りの気温だとフリースのジッ
パーは半開きである。
まあ親爺の制服の様なフリースも、山小屋現役時代はパタゴニアの比較的高価なものばかりだったが、今や年
金生活の身故最近購入するのはユニクロばかり。値段の割に良くなって来た。
が、一番着こんだのはパタゴニアで、20年以上着て、もう生地が薄くなっているが未だ手放せない。
非常に良かった今年の剱沢の紅葉も、上部はもう終いで、段々下って、今は真砂沢ロッジ辺りが酣だろう。

雨こそ降っていないがどんよりした曇り空の山里。

数日前のこの空が恋しい。

10/10
今日は体育の日だったのだが今は第2日曜で、スポーツの日と改名されている。連休作りでは合理的な事だ。
へコキムシ(以下へクと略)は本当に面倒な嫌われ者だ。
先ず殺虫剤が殆ど効かない。効いてはいるのだろうが、簡単には死なぬ。ではと、ハエタタキの様なもので叩き
落としても、臭い体液を噴霧する。これが頗る臭くて手など洗ってもなかなか取れない。
この体液噴霧を屁と云っているのだ。故にへコキムシ。この虫の一番嫌われる所以がこれである。
さらに嫌な事に、この連中はゴキブリよりも薄っぺらい、小指の爪大のムシで、人家に潜り込んで越冬する。数が
多すぎて人家に潜り込めぬ奴らは、倉庫だろうが物置だろうが、戸外の薪の山だろうが隙間と云う隙間にびっしり
入り込む。
人家に入り込んだヘクは人間の暖房の恩恵で、冬眠から覚め暖かい部屋に探検に出る。そして飛び回ったり壁
や床を這いずり回る。うっかり手を付いたところにヘクが居たりするとたちまち屁をひりかけられ、臭い臭い目に合
う。人間もヘク対策に、あの手この手を用意するが、今の処一番我家で活躍しているのは、電動掃除機に装着して
こ奴をとらえる捕虫器だ。吸い込まれたヘクは希釈洗剤入りのペットボトルに捉えられ、臭い屁がこけなくなる。
洗剤はヘクの噴霧穴を塞いでしまうのだそうだ。
オカカがヘク捕り名人で、多い日には20匹を駆除する。
良い天気なので大日の山肌が色づいているのも分かる。

三田平の池塘に映る別山の紅葉。

紅葉の中の小屋閉めを終えて人気のない剣山荘。

10/9
山里も今朝は雨。だが室堂から上は青空が広がっていた。弥陀ヶ原は真っ白ガスに覆われている。
こんな天気もちょいちょいある立山だが、剱御前小舎へ向うのに山里の家を出て、桂台料金所、美女平と曇天
だが、高度があがってブナ坂辺りでガスがかかり、弥陀ヶ原、美松を越し、天狗の辺りで急に開ける。そこは青空
の別天地で室堂から上はすっきり晴れていた。で、親爺は警備隊によって馬鹿話をし、コーヒーを頂きゆっくりと
剱御前小舎に向かったものだが、森爺さん辺りと一緒だと2時間を切って剱御前小舎に着いた。
若い頃の話であるから、森爺さんではなく森さんだったたが、この人は足が速く、山も良く知っていたので、親爺
と一緒に遭難者捜索に駆り出されたりしたものだ・・・。
まあ、今は昔の話である。
小屋閉めのこの季節は、何となく寂しくそして約半年ぶりに奥山の仲間が山里でそろう楽しい時期でもあった。
心平もさて、どんな顔をして降りてくるだろうか?少し儲かっていれば良いが。
立山も少しガスが出て来だした。剱沢の方はガスがかぶった様だ。
ハマグリ雪渓も解け切る寸前だ。今年は暖かかったのだろう。

昨日親爺が作った、京都和久傳風ちりめん山椒と東京浅草鮒佐風アサリの佃煮。ま、素人料理、上手く行った方だろう。

10/8
トモちゃんが送ってくれた写真の数々を見て、今年も山に行ってきた気分になっている親爺だ。
一昨日の晴天に撮ったという剱沢の素晴らしい紅葉は、久々に昔の山を思い出した。昔の山には昔の仲間も
元気にいて、今も元気な森爺さんや、可成りの慌て者で早々と別天地に旅立った仲間たちもいるから賑やかで
楽しい。今は夢の中でしか山歩きが出来ぬ我が身が情けない。
今日の立山はすっかりガスがかかって、何も見えない。山里も雨こそ降っていないが曇り。その雲もだんだん
下りて来て、川向の山の端にはガスがかかって来た。
買い物に出かけたオカカもボチボチ帰って来るだろう。親爺はアサリの佃煮を煮て、山椒ちりめんも煮る予定。
右手は剱沢小屋、中央左よりは文登研前進基地。後ろは別山の山並み。

今日の山里は曇り。雲が下に下りて来て、今は川向こうの山の端までガスっている。

10/7
昨夜木暮理太郎の「黒部川奥の山旅」という記録を読み切った。だから、今でも頭は黒部の谷の地図が明滅
している。
地図を確認しながら読むと、時間はかかるが全く知らない山域(片貝川)からの入山なので、新鮮である。
しかし当時の人の凄まじいまでの体力には瞠目する。とは言え都会暮らしの人の山の紀行文には結構誇大な
表現が多く、割り引いて読まねばならない・・・等と木暮理太郎の記録を大げさなどとは云うべきではないのだ。
何しろ当時の奥山には名前もない人跡未踏のエリアが多く、案内人すら初めて足跡を残すエリアが至る所に
あったのだ。
兎に角読み乍ら疲れてしまう様な山行記である。当時の瑞々しい手つかずの山にそれ程読者も没頭するのだ
ろうか。
青空文庫で発掘する山行記もなかなか捨てたものではない。
立山は稜線がガスに覆われている。やや不安定な天気也。
昨夜の月見も不発・・・少し遅れた。月明かりが戸外を照らすが屋根のひさしの上まで月が移動して・・・。

この時期限定の月餅にはアヒルの塩漬け卵黄が入っている。これが堪らなく美味い。

今朝は山もほとんど見えない。稜線部がガスに包まれているのだ。近所の大欅は葉がかなり黄色くなって来た。

10/6
一昨日の項に、青空文庫の事を書いた勢いで、その後しばらく青空文庫の中を散策した。
そこでまた幾つか気になる作品を見つけ、特に大正初期の小暮理太郎の、宇治長次郎(旧大山町和田)や、
佐々木助七(黒部音澤)を伴った2つの作品を拾い出し、縦書に変換し自分のブックリーダーで読める様にした。
興味深い話が、自分の知るエリアの昔と云う事で描かれており、嘗て読んだ話ではあるが、また読み耽った。
昔の人たちは、歩くことに関しては驚くほど強い。今、車や鉄道で走っていて、登山のエリアからは離れてしま
った箇所も全て足で歩くしかない時期の話である。
宇治長次郎の人柄などは近隣の人故、いろいろ伝わっており、何となくイメージは出来るが、佐々木助七など
音澤の人に関しては情報がないし、我が集落芦峅寺程山だけに頼って生きて来た集落ではないので、山案内人
の伝説などは残りにくいのだろう。
我が長女の婿は音澤の生まれであり、その父君にも訪ねたことが有ったが、昔を知る人はもういない様だ。
大正初期とは言え、もう110数年以前の事、書かれてあることで往時を伺うしかない。
その他にも冠松次郎を検索したが青空には無い様だ。
またしばらく古い登山記録を漁るかもしれない…
山里は曇天。室堂は晴れているが弥陀ヶ原もガスの中・・・。

暑くもなし、寒くもなし。木々は少しずつ黄色くなってくる。
10/4
電子書籍を読むのは電子ペーパー仕様の画面のブックリーダーだが、出来る限り紙に近い画面で、目にも優し
く消費電力も少ないそうで、親爺は読書にはもう何年もこれを利用している。
仕事でネパール通いをしていた頃、良き帰りの飛行機の中や、ホテルでの夜間に備え、可成りの量の本をトラ
ンクに入れ持ち歩いたものだが、50を過ぎた頃、二足の草鞋生活がきつく成り、勤めを退き、山小屋親爺一本で
やる様になっていた。その頃に電子書籍リーダーが出て来始め、読書画面も電子ペーパー仕様と云うものが出て
来た。ほぼ文庫本サイズの大きさで、成程読みやすく、これなら眼にも負担は少ない。
しかも山小屋の様な夜間照明がない処でも、バックライト内蔵で読めるし、文字の大きさも自由に調整できる。
そして何よりこのサイズのママ、重さも何も変わらず、数百冊の本が持ち運べる。更に本屋に行かずとも、居な
がらにして本を購入でき、すぐ読める・・・。
更に子供のころから読み漁った多くの古今の名作は、青空文庫などで無料ダウンロードして読める。15少年漂流
記や、三銃士、モンテクリスト伯、トム・ソーヤやハックルベリー、にんじんや小公子などなど。日本では下村胡人の
次郎物語、岡本綺堂の半七捕物帖を見つけSDカードに保存し、山小屋の夜に読み耽った。明治の文豪の本などは
漱石、鴎外、一葉、などなど青空文庫に所蔵されている。このページを訪れる度に思わぬ発見も有るので、楽しみだ。
勿論大好きな池波正太郎や藤沢周平、北杜夫、井上靖、内田百閧ネどなども青空になければ電子書籍を再購入
してプールしている。
便利な世の中になったものだ。
外は気温が低い。これを書いている中に、オカカが帰って来た。

昨日今シーズン最後の空輸作業が終わったそうだ。御前山も色付き今度は雪を待つ立山である。

10/3
昨夜、漸く携帯電話のほぼ完全な復旧がなった。まだ体力仕事ではないのでこの種の作業なら出来ると、少し
自信を付けた。
が今朝になって冬になったら一番よく使う富山県道路積雪情報などのアイコンがないことに気付き付け加えた。
今度こそ完成(復旧)だと思う。まあ、後は気付いた時に手直しして行けば良いだろう。
昨夜は、一日中携帯の液晶画面を見ていたからか、中々寝つきが悪く、どうにか1:30頃には一度寝入ったの
だが2:30には目が覚めてしまった。眠れぬと余り良い事を思い出さず、もう最終章の「土」を読み切ってしまおうと
読書に掛かり、2時間せずに読み切った。長塚節の余りにも詳細な情景描写にややもすると辟易し、読みづらさ
に閉口する事も間々あったが、あの圧倒的な北関東の情景描写の中にこそ「土」の真価が有るのかもし知れな
いと思う。73歳間際の爺様の読後感だった。
が、気付くと時は4:30になり少し薄明るくなってきている。
慌ててオカカが5rの睡眠薬を半割にしてたまに使用するそれを飲んで、ベッドに戻った。
まあ、いつも通り7:45のアラームで目が覚め起きだした。
完全に睡眠不足のはずだが、意外とすっきりしている。
今日の立山も高曇りの様だが、視界は良く、紅葉もまずまずのようだ。
近所の大欅が少し色付いて、山里も秋が深まりつつある。

庭のバジルが花をつけている。東京の孫がこの匂いが大好きだ。

寝転んだまま居間で一枚・・・新携帯カメラのテスト???

10/2
昨日は携帯電話を新規購入。前の機種が生産終了で保険に入ってはいたが故障し修復不能。6600円で同様
の機種と取り換えするとの事だが、データーの移し替えが出来ない。しかもお渡しする機種は生産中止故中古し
かお渡しできぬとの事。
結局どうせ金を払うならと、22000円のギャラクシーA25という機種を購入することになった。
グーグルのアカウントが有ったので、連絡先などは比較的簡単に復旧、膨大な写真や動画記録はSDカードと
グーグルフォトで無事。まあ、PCの新機種の初期設定よりは楽におおよそできた。それでも細かい設定がまだ
できていない。一番困ったのはアカウントの認証。何処もここも二重認証やらで、セットアップ中の携帯を使うもの
だから益々やりにくかった。
まあ、これからゆっくりこのPCを使って気にいる様にセットし直そう。其れも有る意味楽しんでいるのだが。
今回勉強した事、月々オカカと二人で1700円余り払っていた保険は、親爺やオカカの様に最底辺の安価な機種
を使っている場合、全く役に立たぬ。直ちに解約した。これで月々いくばくか節約できるだろう。
この年になっても日々勉強也???
朝は気持ち良い晴だったが少し雲がかかって来た。大日もよく見えていた。

これが親爺の携帯。ケースに入れてもいないのに、今朝庭で落とした。エッジに少し傷がついただけでセーフ。

新携帯で撮った今年最期の朝顔。近間やスナップ程度は綺麗に撮れるが、電子ズームは全くダメ。

10/1
神無月となった。
今日は携帯電話が壊れて、近くの(車で30分)携帯電話販売店へ出かけねばならない。
携帯など電話でしか使わぬつもりが、LINEや音声検索やカメラや・・・・・ついつい便利なものだから手元に置
いてほぼ肌身外さず使っていた。
だからそれが電源が入らず起動しないという、致命的な故障に見舞われた時は自分ではどうにもならない。
専門家に修理を依頼するか、保険利用で新品交換し、データーも全て移行してもらわなくてがならない。
もう長い間携帯を使っている。所謂スマホにしてからも8年以上経っている。
使い始めはもうずいぶん前で、所謂ガラ携で、山小屋での利用を目的としていた。少なくとも20数年は経って
いるだろう。月の一番安い契約料金が15,000円ほどだった。しかも満充電での待ち受け時間は5〜6時間しか
無いという代物だった。
しかし富山の電波塔が見通せる雷鳥沢上部から家に電話し、小屋開け入山完了を電話で告げた時の感動
は忘れられない。
まあ、携帯にまつわる話は山ほどある・・・。
さて、今から携帯電話の営業所へ行ってきます。
2016/10/02に撮影した剱。これはカメラで撮影で剱御前小舎ではまだガラ携を使っていた。

今日の山里は朝は良かったがもう雲に覆われている。

浅草の鮒佐の佃煮、それもごぼうが食べたくて、いろいろトライした。煮上げかごなど無いので網ざるに煮上げた
ごぼうをすくい取りタレを切る。

何とかそれらしく煮えたが、味も結構なものだ。もちろん本物には遠く及ばぬが。

9/30
9月も今日で終わる。
山里も立山も明日からの月替わりに備え、10月らしくなってきている。栗はイガを開き実をこぼし、紅葉こそ
立山には比ぶべくもないが、秋の気配は満ちてきた。
親爺とオカカの食卓も、キュウリの酢の物が消えて、濃い味の佃煮が常備菜として並び、暑い日にはとても
食べられなかった、芋飯や、暖かい麺なども顔を出し始めた。
歳の所為もあり若い頃の様な脂っぽいものは中々頂けないが、脂の乗ったサンマの塩焼き位ならまだまだ
いける。食欲の秋というではないか。が、一回の食事量は若い頃から半減し、その分口卑しく菓子器に出てい
る小菓子などはついついつまんでしまう。其れも粟おこしや、かりんとうなど昔懐かしい駄菓子が主だ。
まあ体はそれなりに老いているのに食い意地ばかりが治まらぬのかも知れぬ。
朝と比べたら、だんだん雲が広がって来た。山も少し雲が広がって来たようだ。
今朝の大日。

庭の花もバラが少しだけとなってしまった。

薄暮の剱岳

9/29
昨日とは打って変わった雨空の今日也。
紅葉は今盛りで、天気さえよければ綺麗な紅葉を楽しめるだろうが、昨日の日曜日の立山は良かった。
オカカが買い物に出かけ親爺は留守番。なんとなくBS4 でやっているプレミアムカフェの昭和の映画を観ている
が夢の島の少女と云うタイトルで、当時としては斬新な手法で撮った映画なのだろうが、このページを書きながら
見るとはなしに見ているものだから、殆ど頭に入ってこない。
雨の月曜日、世間では皆さん勤務に取り掛かり、長い週の日々をしり目にため息をついているかもしれない。
今は昔勤め人だったことも有る親爺、その気分は嫌というほどわかるが、怠惰な隠居の日々に慣れた親爺は
毎日気の向いた事、好きな事しかせぬ生活なので、そういうストレスとは無縁だが、それに伴い社会とも無縁に
なりつつあるようで怖い気もせぬことは無い。
17年前の今日の大日岳だ。

今日の山里は朝まで雨が残っていた。

9/28
昨日の夕方はオカカと二人、テレビで野球、巨人対横浜の試合を見ながら、相撲も2画面にしてみると云う忙しい
時を過ごした。巨人が負けると横浜のセリーグ2位が決まるそうで、今にも負けそうな試合が延々と続いたが、9回
の表で、佐々木のタイムリーで大逆転、その裏をマルチネスが見事に押さえ勝利を手にした。親爺もオカカも大喜
びで、ヒーローインタビューまでしっかり観て、チャンネルを相撲に固定した。
相撲も千秋楽前日、優勝を掛けた取り組みがある。残念ながら久々に頑張っていた琴桜が足のケガで休場、横
綱大の里が不戦勝となり、結びの横綱豊昇龍と関脇若隆景の一戦に期待が集まった。が何だこれは、とても横綱
相撲とは思われぬ、勝負にのみ拘った立ち合いの変化。関脇の挑戦にこの騙し技で勝ちを掴んだ豊昇龍。
勝ちにばかり拘った立ち合いの変化など、横綱の相撲ではない。ガッカリした。
日下開山を名乗る以上、こんな相撲は取るべきではない。平幕が目上の三役力士に立ち合いの変化で奇襲を
かけたのなら面白かろうが、実につまらぬ相撲だったし、つまらぬ横綱であった。
なりふり構わぬ相撲は晩年の白鵬にもみられたが、それ故日本人好みの大横綱にはなれなかった。ただ優勝
回数と勝率の高いだけでは大横綱とは呼ばれぬ。一番一番の相撲内容にこそその風格が現れる。
日本人特有の美学があってこそ、日本国技なのだと思う。
雷鳥沢の紅葉。

山里も穏やかな天気に恵まれている。

秋の空気故、大日もかなりすっきり見えている。

9/27
昨日トモちゃんが写真を送ってくれた。それを見て紅葉の盛りになりつつある雷鳥沢など、良い紅葉が進んでいる
と思った。
まだ少し赤が足りないような気もするがこれも時間の問題。一晩で色が濃くなる。
恐らくこのエリアの紅葉の盛りは10月の頭だろう。
勿論、室堂や天狗平辺りも益々紅葉が進む。
昔先代の剱沢小屋の親爺だった友邦兄と二人ヘリの相乗りで下山した時の、国見の山裾の紅葉に驚いた記憶が
あるが、あれを上回る紅葉が観られるかもしれない。
あの年は、剱沢も雷鳥沢も皆素晴らしい紅葉だった。
友邦兄もすでに旅立ち、今は天上から立山ばかり観ているだろう。
我が山里の山人もほぼ滅亡した。
今立山に居る若い人々も、昔ながらの山人では決してない。時の流れの中で人々も変わって行くのだ。そしてそれ
で良いのだ。昔ながらの山の生活など今の人たちが好んでする事もなかろうし、出来もせぬ。
雷鳥沢の紅葉である。

今日の山里は雲海の下に入った様だ。所々青空も見えているが。

この22日に初氷を見たそうだ。小屋の壁に並べてある腰掛に氷柱ができた。

9/26
薬もらいで朝からドライブの日だ。昨日までよりやや暑さがぶり返し、富山市内は28℃程もあり暑く感じた。親爺
の服装も山里の気候では薄着位なのだったが、矢張り3℃程の違いは大きい。もっと薄くても良かった。
富山平野も黄金色の田圃がほぼ7割ほどは収穫を終え、所謂晩生の品種なのか、残った稲穂が重く頭を垂れて
秋の陽を浴び輝いていた。
立山は峰部に雲がかかり全景は見えなかったが、徐々に晴れて来ている様だ。
紅葉も間もなく見ごろになるだろう。
11年前の今頃、雷鳥沢の紅葉。

チングルマ爆ぜて辺りを赤く染め

風立ちぬの映画の中の次郎少年の夢の飛行機が御前山を背に飛んできた・・・・・。

9/25
朝一番でラインが来たので、今日は初孫の8歳の誕生日だと気付いて、おめでとうのメッセージを送っておいた。
昔から7〜8歳は自我がめばえ、幼子から少年少女へと成長する時期である。「七つ八つの憎まれ盛り」などと
昔からこの時期の子供については上手く表現している。
お風呂も、寝んねもジジと一緒だったのが、「もう大きいから」と「ジジと一緒」という声は聞こえなくなって、ジジと
しては一抹の寂しさも有るが、成長したなと喜んでもいる。
東京の6歳は爺とのお風呂がまだ楽しみで、可愛いものだ。1歳半の歳の差と云うのはこの時期の子供には大き
い様だ。小学校2年生と、保育園年長さんの差は大きい。
それでも新築なった黒部市の家を見がてらお祝いを持って行ったときには、ジジとババに何だか小さなままごとの
皿の様なものに、グミ2個と、ラムネと塩キャラメルを一粒ずつのせて、テーブルに持って来た。
ママのお手伝いで、ジジババへの接待のつもりである。まだまだ可愛いオシャマである。
元気ですくすくと、みんなに可愛がられ育って欲しいものだ。
さて、ジジも老人ニートにならぬ様、今日はオカカのお供で買い物に出て、蕎麦でも食べてこよう。
立山は今日は見えていない。

昨日は鍬崎山も綺麗に見えていた。

雄山主稜線もはっきり見えていた昨日である。

9/24
彼岸の中日も過ぎ、山里の秋は少しずつ深まっている。先ず涼しいし夜は寒くなった。
彼岸と言えば、昔から墓参をするのが当たり前となっている様だが、何故か我が山里に彼岸に墓参すると云う
風習は無かった様な気がする。
閻魔堂で僧侶が経を上げ仏事を執り行うのが中日の村の行事であるが、個々の墓参はなかった。
最近は彼岸中日の墓参などを、マスコミが取り上げる所為か、墓に花を備える家も有るようだが、おお盆の墓参
が当たり前で、彼岸の墓参は余りなかった我が山里である。
どんなわけか分らぬが閻魔堂の仏事にはその家の大概がおばあさんがお参りし、若い人たちは普段通り過ごし
た様だ。
ご飯に小豆が混ざっていたのを薄っすら記憶している。お萩なども有ったかもしれない。
昨日の我が家では、赤飯を蒸した。親爺が好きなので、たまに赤飯を作ってもらうのだが、彼岸に赤飯と云うのも
ありで、これを仏前に供えることも有るそうだ。
まあ、それやこれやで秋分の日も昨日となった。
今朝は久しぶりにドローンを上げて見た。やや朝もやの中だが立山もよく見えた。
。
ドローンを操縦する親爺。好きな事だけやっているので、機嫌が良い。

この時期の剱岳。

9/23
山里の閻魔堂では、彼岸の中日という事で仏事が行われている。カンカンカンと云う閻魔同の玄関先で叩く鐘
の音が、家が近いので居間に居ながら、耳の遠くなっている親爺にも良く聞こえた。
彼岸の中日は秋分の日であり、昼夜の時間の長さがほぼ同じになる。いよいよ秋の夜長となり、読書には持っ
てこいの季節。しかも暑くもないし寒くもない。
最近は大相撲九月場所が後半に差し掛かり、毎日熱闘を楽しく見ている。
名力士だった安美錦、現安治川親方の弟子で、安青錦が素晴らしい相撲を披露している。親爺はこの安青錦
の相撲を見ていて、懐かしい岩風と云う昭和の関脇を思い出した。その低く潜る取り口から、潜航艇と呼ばれた
人である。実に地味な人で無口不愛想な力士だったが相撲は強かった。何分昭和40年には十両まで落ちて引退
した力士だから、そんなに強いインパクトは無かったが、潜航艇岩風と呼ばれた最盛期のこの人の取り口が安青
錦の取り口に似ており、やや猪の首の体形などもよく似ている。安青錦はウクライナの人だが恐らく剛力だろう。
岩風も家が鉄骨屋でかなりの剛力だったそうだ。関脇まで行った人だが親方株が買えず退職。晩年は余り恵ま
れなかったそうだ。56歳で旅立っている。
今日の山里は涼しく、立山も比較的穏やかな天気だが、立山はもう寒いだろう。

庭のバラもすっかり寂しくなった。いよいよ秋が深まる。

9/22
今朝は布橋の辺りから村はずれまで車で一回りしてきた。
今度、「無明の橋」という映画が封切られるそうだが、富山県出身の映画監督が、立山信仰の中で女人救済を
うたい文句に行われていたと云われる布橋灌頂会をテーマにした映画だそうだ。
立山は女人禁制の山であった。だから極楽も地獄もあると云う立山に参拝し、極楽往生を願う事は女性には許
されなかったそうだ。その哀れな女性に、芦峅寺の姥堂を参拝し極楽往生の免罪符を得る機会を与えると云うの
がこの布橋灌頂会であった、そうな・・・。女性蔑視も甚だしいが、江戸時代の事である。
姥堂に渡る橋を布橋と云い、寄進された布を橋に敷き、これを踏んで渡り出迎えの総領に先導され姥堂に入る
のだが、その前に焔魔堂で真っ暗な中、念仏を唱え、念仏三昧となったあと、目隠しをされ、目隠しをされたまま明
念坂を下り、橋を渡り始める訳である。
故に布橋は無明の橋なのであろう。
まあ、我が地元を舞台にしてくれる映画なので、どんな映画なのか楽しみではある。
実は限界集落で、若者の住まぬ村なのだが、先行きがどうなるやらは誰にも分らぬ山の村である。
左明念坂、旧立山道を挟み、右下に見えるのが布橋。

布橋の向こう、今は姥堂基壇しかないが、そこからは雄山主稜線が望まれる。

山でこんな夕景に巡り合い、昔の人たちは何を感じたのだろうか?

9/21
昨夜は酷い雨だった。雷もベッドの中に入ってもなり続いていた。一番近い雷でも閃光が閃いてから音が聞こ
えるまで数秒はあったから、1.5q以上は離れていただろうが、その音は凄まじかった。しかし、その後の大きく
長々となる雷は、10数秒もの間があったから、数キロの距離が有ったので、音も大して気にならなかった。
ベッドに入ってからも雷は続き、足元の方の窓のカーテンが光って、遠くゴロゴロと音が遅れてくる。
そんな雷と雨の中でいつしか眠ってしまった。
ほんの数分前、懐かしいネパールの友人ミセスパッサンがナシと蜜柑を手土産に我が家へ寄ってくれた。嘗て
親爺の剱御前小舎でもしばし滞在して手伝ってくれた彼女だが、そろそろ孫も出来ようと云う歳で、旦那のアンノル
ーは親爺の教え子研修生の1期生である。
今日隣のヤンジーに送られて、成田から帰国するそうだ。元気な顔が見られて嬉しかった。
さて、日記も記したし、長塚節の世界に戻ろうか。
向かいの山にさえガスがかかっている。

心平の送ってくれた写真。真砂沢も剱沢本谷も増水し、濁流となっている。

これは剱御前小舎の石垣に居るオコジョ。もう12年ほど前の写真だが。

9/20
今日も秋の朝である。気温は21℃代、肌寒くもう甚兵衛などでは過ごせぬので、相の作務衣を出して着込ん
だ。それでも十分ではなく、気が付くと靴下をはく習慣を放棄していたので、慌てて靴下もはいた。
本当はストーブに火を入れたいのだが、オカカに叱られるだろうからやめて置こう。
まあ、一気に過ごしやすくなったものだ。もう少ししてフリースを着歩けるようになれば、小旅行にも出かけよう。
オカカと二人、色々なところへ行った。日本国内でもう出かけていないのは、長崎と佐賀の両県だけだ。それと
吾乍ら意外な事に北関東と呼ばれるエリアも、余り足を延ばしていない。
千葉や埼玉、群馬、栃木はまだしも、茨城県は通過しただけで宿泊した記憶はない。で、今度は茨城辺りを訪
ねる小旅行を計画したいなと考えているのだ。
気候が良くなったので気分も外へ向くようになって来た。
薄曇りの山里は初秋の気候也。

雨も降らず静かな土曜日。立山はガス。昨日YouTubeで戦前の映画、加藤隼戦闘隊を観て早速「隼U型」を飾り棚から出して撮影。

9/19
昨日の雨で、今朝は山里も一気に秋の空気がみなぎって来た。涼しく快適である。
昨夜は寒いくらいで、週間天気予報を見ても、最高気温が30℃を超す日が、ほぼ無くなって、最低気温は20℃を
下回る日が多い。
しかもこれは立山町の週間予報だから、我が山里はこれより一律2度は低くなる。残暑は去った・・・。
いよいよ過ごしやすく今朝もクーラーも扇風機も使っていない。
が、山里は油断がならない、間もなくストーブが恋しくなりそうだからである。
暑い暑いとこぼし乍らも又、一夏を無事過ごした。これからほぼ1ヶ月が一番良い時期だろうか。
11月になれば冬に供えねばならぬし、その後は来春まで又、雪との戦いである。
ようやく夏が過ぎたのに、冬を想うとは取り越し苦労も良い所、鬼が笑っているかもしれない。
不動山が目の前にくっきり見える。青黒くまだ秋の気配はない。

9月20日前後の剱の夜明けだ。この時期は五竜よりさらに南の鹿島槍辺りから陽が登る。もう17年前の今頃の写真だ。

今朝は肌寒い程の山里だった。

9/18
昨日は穏やかな天気だったが、かなり暑かった。
久々に何かうまいものを食べに行こうかとおオカカと話していたが、上市町にある和食の店の予約が取れたので
そこへ出かけた。
町場はもう結構な暑さで、やや閉口したが、車の中はクーラーが効いているので、駐車場から店に入るまでの50歩
程が暑かった。が、直ぐに案内された部屋はクーラーが効いていて快適だった。
近頃和食が食べたくなる。でも気軽な和食はそうは無い。
結構な懐石風ランチを、極めて手ごろな値段で出してくれる店なので、気楽に食べに行ける。
ランチだがたっぷり1時間をかけて頂いてきた。美味かった。
横殴りの雨に襲われた今日の9:15頃。雨はまだ続いていて、雷も鳴っている。

冷やし鉢から始まり、 お造り

蒸し物、これが頗るおいしかった。 焼き八寸と称するメイン。これに食事とデザートの抹茶アイス。
このミニ懐石と云うランチメニューは非常に手ごろで、1人前税込みで3,300円である。初物価高騰の折、良心的な価格だ。

昨日出がけに、最期の一花を咲かせていた朝顔

9/16
連休明けの立山は穏やかな天気に恵まれている。ライブカメラで見る限りだが、雄山山頂から見える剱まで、秋の
うろこ雲の浮かぶ穏やかな天気である。ゆっくりと山歩きをするには持ってこいの天気だ。
連休明けなので、室堂周辺には観光客も多いが、登山者のエリアには左程の混雑はあるまい。
山にも行かずライブカメラや、トモちゃんの送ってくれる写真を見ながら立山にいる気分になれる。長い間過ごした
山域故、大概の事は解るのである。
山を離れ、一抹の寂しさは今なおあるが、それでは山へ戻れるかと云うと、先ず身体が無理だと一番に音を上げる。
長年のタバコをはじめとする不摂生は60を過ぎた頃から、体のあちこちに現れ始め、気ままに山をぶらつくなどと云
う我儘は許されぬ様になった。
まあ、もう古来希なる年齢をいくつか過ぎた身である。好きな様に、ゆっくりと時間を使い過ごそう。
今日は大日もよく見えた。

山里の空にはうろこ雲が見える。

大日に続く稜線も秋色になった。

9/15
連休最終日ながら、立山の天気はパッとしない。ガスに覆われている・・・と書いていたが、山里から見えなかった立山
の方が明るくなり山も見えだした。
直ぐ雄山山頂のライブカメラを見ると、明るくなって剱も辛うじて見えている。さっきまでのガスは高山性の朝靄だった
のだろうか。青空も垣間見える。
まあ今はもう連休の終いだが、せめていい景色も土産に下山して欲しいものだ。
山里も色々な博物館のイベントやら有った様だが、村の中まで観光客がぞろぞろ歩き回り、何となく落ち着かぬ。
観光地と云うものは、お客様に来ていただいてこそのものだが、自らの棲家を観光客の目に晒すのは嫌なものだ。
昔オカカと、京都の美山の集落へ行ったことが有るが、未だ住まいとして残っている家々も散策路の中にあり、昼寝
中のご老人などが窓越しに見える。ご本人はもう慣れて気にもしていない様だが、少し違和感を覚えた。
まあ立山曼荼羅の里、立山信仰の山里と、何時しかにそんな呼び方もされている我が山里也。
嘗て立山ガイドの村などと呼ばれたが、今はその伝統も消え果た。寂しいが如何ともし難い。この村に若者はいない。
赤とんぼかシオカラトンボかは良く知らぬが、ガスのスクリーンに影は映っていた。

随分すっきりと整理された秋の庭だ。もう三月もすると雪が来る。 かろうじて残された玄関策の鉢植えに蝶が止まっている。

9/14
今日は長女の新築した家を見せてもらいがてら、お祝いに出かけた。
黒部市まで車で高速を使わず、1時間余。地鎮祭にも出ていたので、迷わず到着した。
今の若い人たちの好みだろう、実に機能的でさっぱりした作りである。親子3人の住宅としては十分すぎるほど。車庫
が玄関間近に併設されているので、頗る便利だ。
孫のもてなしの可愛さに大喜びしつつ、家を見せてもらい早々に帰宅した。
まあ、親としては子の家の新築は嬉しい。さてこれからもこの棲家で子育ても頑張れ・・・!!
山里は朝まで雨が降り続いていた。

折角の連休だが、立山も今一つパッとせぬ天気。
9/13
やや不安定な空だが、立山も雨が降っておらず視界もかなり効いている様なので、草紅葉も観られるし、室堂周辺
の散策なら出来るだろう。まあ、かなり不安定な天気ではある。
山里も雨の後で、非常に涼しく、朝の気温も23℃余りだった。9:00現在には27℃まで上がったが、暑さなど感じない。
今日は自家製タバスコをもう1瓶作る積りだ。オカカが収穫したしし唐は物干場にぶら下げられているが、未だ乾燥
前で瑞々しいうちの方が色鮮やかなタバスコができる。塩と酢と好みのワインなども入れ、ミキサーにかけるだけ。
そんなに難しくはないが、手製は何でも美味い。
冷凍保存してある青唐辛子も時機を見て、これは唐辛子味噌が一番うまい。
オカカのお陰で唐辛子は青も赤も十分収穫し、楽しんだ。もう少しすれば乾燥鷹の爪で、七味などもトライしたい。
平和な大きな変化のない日々に感謝。
昨夕も強い雨がしばらく降った。

庭もオカカが綺麗に冬支度。 不動の山もまだ色付かぬが雨に濡れて一息ついている。

9/12
昨日は映画観賞で富山市内へ出た。オカカに依れば数年ぶりとの事で、富山の米騒動の映画以来だと・・・。
今回は歌舞伎の世界を描いた「国宝」という映画で、オカカは既に途中までながら原作を読んで居たようだ。
オカカの古いママ友が歌舞伎が好きで、6月の封切時にこれを見てきて、オカカに是非観てと勧めていたし、親爺も
歌舞伎は好きなので、昨日の映画館行きとなったのだ。
オカカの説明で、主演の二人の役者も分かった。一人はNHK大河の渋沢栄一を演じた人で、今一人は今年の大河
の主役、蔦谷重三郎を演じている人だそうで、そう言われると役者の名は解らぬも、顔がすぐ目に浮かんだ。
思っていたよりドロドロした、梨園の御曹司と、才能を持った部屋子の話。
前述の役者がよく似たタイプで、顔つきも今どきの若者の顔で、親爺にはその区別がつきにくかった。しかし、大名
跡を演じた渡辺謙などはよくわかった。
まあ、絢爛豪華な舞台の陰にある、歌舞伎界の生まれつきで決まる襲名制度やらなにやら・・・面白かったが・・・
字幕のエンディングに嫌気がさし、暗がりを移動中に緩い階段でよろめいて、こけてしまった。怪我などは全くないが
立山の峰や沢を駆け下りた我が足がこんな処でモツレ様とは。老いては階段の上り下りも慎重にしなくてはならない。
今朝の大日はすっきり見えていた。

秋の気配濃厚な我が庭に、未だ色どりを添えてくれる桔梗とバラの名残の花。

昨日見てきた映画国宝のポスターより拝借の1枚。渋沢と蔦重の二人道成寺。

9/10
もう9月も10日になり、この月の1/3は過ぎてしまった。時の経つのが歳とともに加速度的に速くなっている気が
する。自分がこの世に居られる限られた期間の、残りがだんだん少なくなってくるからだろうか?
明日は久々に映画館へ行ってくる予定だ。車で45分程の富山の真ん中に大きな映画館がある。駐車場も併設
されているので、意外と気楽に使える。しかもシニア割りで、オカカと二人で2600円だ。
何でも「国宝」という映画が掛かっていて、これは歌舞伎を舞台にした映画だそうな。親爺も歌舞伎は好きだし、
配役もNHK田がドラマでおなじみの役者が出ていて、まあ面白そうだ。
開演時間が昼過ぎだがコンビニのおにぎりでも持って入れば十分だ。
考えてみると映画館で映画を観るなど何年ぶりではなかろうか、まあたまにはいいだろう。
本当は戦後まで生き延びた駆逐艦「雪風」も見たかったが、1日に2本は学生時代ならともかく今は無理だ。
今日の立山は穏やかな晴れ。良い登山日和の様だ。
山里も穏やかだ。

オカカが鷹の爪を刈り取って、乾燥させている。

恐らく今年は最後の花を咲かせる桔梗。

9/9
昨日とは打って変わって、今日は良く晴れた。
立山もライブカメラでは全域が晴れているように見える。草紅葉が進み山肌は随分黄ばんできた様だ。
この夏の本格化する前から、オカカには買って何処かへ旅をしてこようと誘っていたが、暑さが厳しくなって来て
これは涼しくなるまでお預けだな、と涼しくなるのを待っている状況だ。
考えてみれば出不精になったのだ。
それでも春と秋にはちょっと足を延ばしゆっくりしたいものだ。まだ残暑の中だから、身体の管理をしておいて、
元気に旅行に行ってきたい。それにパスポートが切れている・・・二人ともとっておくか・・・。先ずその辺からだ。
今朝は旧立山道を一回りしてきた。

立山に向かって走っている時は、右手常願寺川を挟み桑崎山が見える。

別山乗越から見下ろす雷鳥坂や大日も山肌が秋色になって来た。

9/8
雨の日曜日也。昨晩より立山博物館では曼荼羅ウオークなどと云うイベントをやっていたが、随分静かだった。
途中で結構強い雨が降ったので、一間余り集まらなかったかも知れない。
立山曼荼羅の世界など一般にも分かりやすく仏の功徳や地獄の禍々しさを。絵を使って解節するのものと認識
しているが、それを抽象的な表現で現わすのだから、よくわからない・・・
個人的な見解だが好きではない。まあ親爺の好き嫌いなど如何でも良いが、今、カモシカ園になっている場所や
曼荼羅遊園になっている場所は嘗て三十三枚田と呼ばれたエリアで、ヤマドリが良く捕れた。そんな昔を知る人も
いないだろう。短期間だったと思うが村の共同火葬場もこの辺りにあった。
変わらぬ様で、我が山里もずいぶん変わっているのだ。
古きを知ると云っても親爺の歳なら、高々60年ほどの事だが、戦後の高度成長期にかかるこの時期の変化は大
きい。都市部の変貌のお余りを貰うように、地方の僻地と呼ばれたエリアも変化を重ねた結果だ。
立山の自然とて、環境省の監視下でさえ随分変化が有るように見受けられる。
何処もかしこも変化から逃れ得る事はできない。大自然も人もである。
雨の降る山里、気温は23℃代だ。

剱沢を駆け上り別山乗越を超え国見HPへ次の荷を取りに行く東邦のへり。

9/7
昨日長塚節の「土」を引き合いに出して「野菊の墓」を再読した話を書いた。そして単純な親爺である、土を
再ダウンロードして、漱石による序文から読みはじめた。
漱石は土を高く評価し、朝日への連載も漱石の推薦により明治43年から始まっている。漱石はまた野菊の
墓も高く評価している。
野菊の墓は明治39年初版で、土はその6年後に出版されたそうだ。
方や豪農の家の息子の悲恋物語、方や農民の悲惨な暮らしを写実的な筆で書き綴った物語。
漱石と云う人はこの両作品を何れも高く評価している。その懐の深さに驚き、流石明治を代表する文豪だと
再認識した。
野菊の墓は涙なくして読めぬ。土は涙など出ず、厳しい当時の生活を目の前に突き付けられる心地で読む。
読みごたえと云う意味では、土に軍配が上がる。読後感では重ぐるしさはいずれも有るが、甘い風が吹き抜
ける野菊の墓に軍配が流れそうになる。
まあ率直な親爺の感想だが、土の幾度目か分らぬ再読は昨日始まったばかり。読了には尚数日かかるだ
ろう。呑気な隠居生活故許される貴重な時間である。まだ涼しい中に、読みに掛かろう。
山も晴れて、空輸なった昨日。

強い陽射しに弱い、サンパチェンス(ようやく名を記憶したが、1時間後はわすれている。)は玄関の中に入っている。

今朝の山里の空。うろこ雲が出ている。

9/6
青空が広がる晴天の日が戻って来た。が、山里はまだ涼しい。恐らく25℃程だろう。
台風が去って、立山も影響下から外れ晴天になっている。ヘリも無事飛んで、3日待たされた早月小屋も今日
は無事飛ぶだろう。
久々にトモちゃんから写真が送られてきた。久々と云っても10日程の事なのだが、元気なトモちゃんも体調不
良になっているかもしれず、ちょっと心配していたのだ。
が、天気が悪く写真が撮れず送れなかった由、体調不良でさえなければそれでよし。ホッとした。
歳を喰うと余計な事ばかり心配するものだと我乍ら可笑しくなってくる。
それでもまだ、野菊の墓をしばらくぶりに読んで、その悲恋物語に心ゆすられる感性は残っている。
同時期の作品としてはむしろ長塚節の「土」はもう五回以上再読しているほどなのだが、野菊の墓は若い頃の
方が心に響かなかったのは何故だろうか。それが70歳を過ぎて再読して心ゆすられるとは、若い無垢な時代へ
の憧憬の念が加わるからだろうか。
まあ、せめて好きな本の世界には自分の歳など持ち込むまい。
立山も良い天気だ。大日も少しすっきりと見えている。

天狗平ではイワイチョウが秋を知らせている。

我が庭も花が落ちてもう少し涼しくなったらオカカが剪定するだろう。

9/5
雨が降って居るので、気温も上がらず外気温も9:00現在で22℃と非常に過ごしやすい。
こんな天気になるとあの猛暑の日々は忘れてしまう。食べ物も何となく冷たい料理は食べたくなくなって、今夜
はチキンピラフを作る予定だ。最近読んだ艦隊のシェフと云う漫画に出て来た一品である。
火の前での調理も苦痛にはならず、材料もシンプルだし、詳細なレシピも出ているので、その通りに作ろうと
思っている。
旧帝国海軍の料理は結構洋風、中華風のものが多く、味も日本人の口に合う様アレンジされている様だ。
最近の漫画の中では、親爺の年代にも読みやすい。単行本で10巻も続いていた。
涼しくて、雨まだ止まぬ山里だ。

山小屋でもお客様の少ない雨の日には、プラモおたくを発動して、こんな飛行機を良く組み立てた。

あめつちはすべてあめなり・・・・・と云った我家な里である。

9/4
今日も良く晴れているが、9:00の気温は26℃だった。もちろんこの陽射しだからこれから気温も上がりそうだ。
立山町の最高気温は32℃と予報が出ている。まあ町場の話だが、山里でもひょっとすると30℃位にはなるかも
知れない。
今は陽射しを避ける遮光カーテンを閉め、もうクーラを入れている。
オカカは今日は2ヶ月に一度の病院薬もらい日。早朝より出かけた。帰路買い物をしてくるから昼頃まで帰ら
ないだろう。
親爺はお留守番である。とにかく暑いので外に出ない。
立山もまずまずの天気のようだ。高所はガスの中だろうが。
チングルマが花を落とし綿毛状になり、紅葉の時期が来る。立山の季節の巡りは早い。

昨日は夕刻から夜半にかけ雨だった。

シャインマスカットは高いが、バラは幾分安く買える・・・。1kg2500円送料込み・・・。

9/3
少しまとまった雨でも降るかと思っていたが、線状降水帯も我が山里にはほとんどかからず、流石に高所の
立山には影響を及ぼした様だが、東北秋田では大変な被害が出ている様だ。
被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
しかし、偏西風の影響だと云うが、暑い夏に豪雨、しばらくすれば今冬も酷寒に豪雪と来るのだろうか・・・。
真夏の暑さに辟易しながら、冬の雪の心配をしている親爺だ。
今日も気温は30℃を超すだろう。
立山は上部が濃いガスに包まれている様だ。

収穫した青唐辛子を次々に辛いもの好きの婿達や、近所にも少しずつお裾分けしているが、親爺もあれこれ調べて
中華式醤油漬けにトライ。唐辛子を一度油で煮て、醤油味醂半々の甘いたれに漬けるだけで、ニンニクも少し加える。
これが思いのほか美味い。辛味も抜けず、唐辛子も柔らかい。他の料理にも使えるだろう。

桔梗はもう最後だろうか。まだ2輪花をつけている。 雨に打たれ萎れた朝顔に、土蜂がどこからか来て、止まった。土蜂は射されると痛い。

9/2
今日も晴天。立山もスッキリ晴れている様だ。
晴れると気温が上がる。気温も上がって貰わぬと困るのだが、30℃を超え、標高400m以上の山里でさえ昨日
の最高気温は38℃となったとなれば、これは酷暑日で、とても9月1日の気温ではない。
暑すぎるので閉口している。この暑さを何とか冬までため込んで、冬の暖房や融雪に使えぬものかと夢見る。
蓄熱、蓄電の技術がもっともっと開発され、画期的な新技術でも生み出されれば生活しやすくなるだろう。
何処かのヒステリックな少女の様に、大人の責任ばかりを追及して、今ある暮らしを有難いと思う以前に全否
定して、世の中を変えろ変えろと叫んでも、じゃあどう変えて、如何するのかと云う答えは見つからない様だ。
こんな少女を、ジャンヌダルク宜しく祭り上げて、付和雷同、騒ぎを起こしまくる大人が、グリーンピースの様な
過激パフォーマンスばかりの正義のグループと自称しているのだろう。
今度はガザに支援物資を届けるそうだ。マスコミが面白がって飛びつき、報道する。だから有頂天になり、次々
と騒ぎを引き起こす。
でも元は少女らしい夢想家で、冬の寒気を冷房に、夏の暑気を暖房にと考えていただけかもしれない・・・。
周りが無垢な、無知、無経験な存在を、やや悍ましい怪物に作り上げてしまうのだ。
が、少女ももう立派な大人である。自分の行動には責任を持つこともそろそろ覚えねば・・・。
若気の至りだけでも人生を狂わせるものは多い。
今日も日照りが強く暑くなってきた。

もう収穫の時期を迎えた富山平野のはずれ。

暑くて暑くて、日照り状態だが、草木は青々としていて心落ち着く。

9/1
もう、九月長月になった。戸外はとても秋の始まりの9月1日の気温ではなく、予報では最高気温が立山町で
39.7℃だとか。恐らく立山町でこんな気温になるとすれば、観測史上最高気温となるのではと面白がっている。
馬鹿な親爺だと我ながら呆れるが、今予報を見直したら何時の間にか最高気温38℃に偏向されていた。これ
親爺だけが見た予報ではなくオカカも見ているから見間違いではないはず。
まあ、当たるの八卦当たらぬも八卦である。
今日はマイナカードの更新に立山町役場まで行ったが、朝一の事で左程暑くは無かった。これからだろう。
家は出かける時にクーラーを稼働して行ったので、帰宅しても今は冷えていて心地よかった。これからは居間
以外には出来るだけ移動しないでおこう。さりとてトイレや食事は致し方なし。
9月1日は風の盆。越中八尾ではおわら街流しが行われ、全国から観光客が集まる。
妹が八尾に嫁いでおり、一度皆で街流しを見に行ったことが有る。哀調を帯びたメロディーが比較的静かに流
れ幻想的なものである。八尾は坂の町、狭い土地に町屋が立ち並ぶ。妹夫婦も引っ越して新居を構え、郊外に
移ってしまった。
いずことも同じ地方の少子高齢化には歯止めがかからない。
暑い町場から見た立山。

黄金の波が豊かに広がる。

庭のプランターに実った見事な鷹の爪。この赤い実をもいで、親爺は昨日自家製タバスコを仕込んだ。最低二週間ねかせる。