2026山賊庵絵日記(夏)     水無月6月となりましたので項を改めます。



6/15
 朝は青空が広がり、きらきらと陽も射し、今日はあれかと思っていたが、立山のライブカメラを見ると室堂から見る
雄山主稜線や、別山から延びる別山尾根も別山乗越はかろうじて見えるが、間もなくガスに包まれそうだ。
 雄山山頂カメラもすっかりガスに飲まれ、弥陀ヶ原もガスがかかってきている。
 梅雨の影響で天気は不安定になってくるのだろう。
 毎年の事だが、この時期は奥地の小屋も物資輸送をして夏山開幕に備える時期。何処の小屋もそれは一緒で、
信州のエリアの山小屋も皆一緒だ。
 当然予定通りはゆかぬ。場合によれば2週間も飛べず、冷食以外の野菜などは腐ってしまうことも有る。
 じっと我慢して順番を待ち、物資がどうやら届く頃は夏山シーズンが始まる。
 親爺も何十回となく同じ体験をした。最期にはヘリ会社のスタッフも喧嘩腰になり、こっちも怒鳴り声が出る・・・。
 が、毎屠蘇同じ繰り返しで、毎年何とかなって行く。オフシーズンにはヘリ会社も合同で、飲み会・・・全てが水に流
れ、新たなシーズンへと向かうのだ。
 忙しくどうやって過ごしたかも覚えの無い日々も、今となっては貴重な思い出である。
 親爺の腰折れ一つ、”紫陽花の花漸くに咲き始め山里の梅雨間もなしとなり”


 梅雨間近山から雲が下りて来て


6/14
 朝は陽も射していたが一寸雲が多くなって、高曇りと云った天気になっている山里だ。
 庭のバラも今を盛りと咲き誇っているが、紫陽花はまだしばらく花の盛りには時間がかかるだろう。毎日見ていると
育ちがとても遅く感じる。
 心平もソロソロ入山だろうが、空輸物資の調達やら、荷造りで大変な様だ。
 気付けば日曜日だが、立山も一寸雲がちな天気の様だ。梅雨入りも近いだろう。
 毎日の判で押したような生活が有難い。静かな普段が有難い。
 バラが花盛りの華やかな庭だ。


 相変わらず大日が山里を抱く様に、上から見守っている。
 

 朝はまだ結構な陽射しが有ったのだが、今は高曇り。チェリーセージと云う花らしい。何となく目に入った。
 


6/13
 いい天気である。気温も先ほどまではたいして高くは無かったが、今は少し暑さを感ずる。
 居間の窓から正面に見える不動山の緑が濃緑に変わりつつあり、朝日の中鮮やかに光っている。木々や草の匂い
が立ち込めているだろう。
 立山も見えているが早朝は上部にガスが掛かっていて不安定だった。10:00を廻った頃からガスも随分晴れた様だ。
 折角の土曜日である、お客も雪の廊下見学の観光客はもう影を潜め、山に入る登山者が増えてくるころだ。
 雪渓もまだ不安定な箇所が多い。身の丈に合った安全登山をお願いします。
 緑がまばゆい事も本当にあるのだと知った。


 昨日、雨で打たれ倒れた紫陽花をオカカが綺麗に片づけた。バラと紫陽花が仲良く並ぶ庭だ。


 山に初夏を告げるハクサンイチゲ。小さく可憐な花である。


 もう10何年か前に親爺が撮った富山平野の夜景。剱御前小舎の親爺部屋から良く撮ったものだ。


6/12
 昨日大分の学生時代の同期の青井が、大きな田植え機をあたつって田植えをする姿を、奥方の上げているSNSの
画面で見て、「あ〜こいつ、まだ現役で農業やってる!!」とちょっと感動した。いや一寸ではなく可成りである・・・。
 学生時代に一緒に過ごした時は二度と帰らぬが、珠玉以上の輝かしい思い出として心に残っている。
 その同期が、74歳を目前にしてまだ農業にいそしんでいる。
 今連絡を絶やさぬ当時の仲間は、東京、千葉、新潟にもいるが、皆第一線を引いて親爺と大同小異の隠居?暮らし。
そんな中で大分の青井が輝いて見える。
 髪も抜け、腹も出て、往年の草刈正雄張りの姿はさすが衰えたが、気のいい九州男児で、頑固だが優しく、孫にもメ
リメロ・・・それでもまだ確り社会参加している。
 親爺、反省する事しきりである・・・。
 昨夜半の大雨で紫陽花が倒れた。写真手前の数本である…。


 植え替えを繰り返したバジル。そろそろジェノベーゼの材料に。    奥山に咲くコイワカガミは親爺の好きな花である。
 


6/11
 過日婿殿が孫を連れて来て、北海道のお土産をくれた。仕事で北海道に出張していた時に、我が家への土産も買っ
ておいてくれた様で、何とも優しく気配りのできる婿殿だ。
 六花亭のバターサンドは賞味期限も有るので、早々に頂いたが、もう一つずっしりした箱に、「開拓おかき」と書いた
お土産は仏壇に上げておいた。
 今朝になってオカカがそれに気づき、仏壇から下げ、二人で頂いた。
 北菓桜と云うお店の商品で、道産のもち米を使い、道産の海産物、イカ、タコ、昆布、甘エビ、ホタテを練り込み混ぜ
込んだ揚げかきもちである。
 その美味い事に驚いた。流石食材の宝庫北海道である。
 北海道でもち米を収穫できたのは何時の頃だろうか。もち米と特定できぬも1692年に米が渡島地区で作られたと云
うのが初めての事らしい。その後本格的な米作りは、1873年中山久蔵氏により始まったそうだ。
 兎に角大変な苦労があり、開拓された大地に米が実り、現在は国産米生産量2位となっているが、生産量1位の新潟
とは常に順位を競う米所となっている。
 その、全て道産の材料で作られた、開拓かきもち、初夏の朝の心地よいひと時に、番茶を飲みながらつまむと、婿殿
の心遣いと相まって更にうまく感じられる。
 山から届いたトモちゃん撮影の1枚。別山乗越が、嘗ては乗越小屋とも呼ばれた剱御前小舎が確り写っている。


 山里も今日は良い天気。大日が良く見えている。


 白薔薇の散った庭にはテッセンが咲き誇る。その反対側の垣根にはピンクのバラと、紫陽花が咲いている。
 


6/10
 昔、といっても親爺たちが子供の頃、60年ほど前の事だが、猿やカモシカは極めて珍しく、野山を駆け回って遊んで
いても、めったにお目に掛かれるものではなかった。
 カモシカなど特に奥山に行かぬと見られぬ動物であり、立山でもめったに見ることは無かった。
 昭和40年代にかけて、文化庁の主導する風土記の丘構想と云ったものがあり、我が芦峅寺にも風土記の丘が設け
られる事となって、天然記念物のカモシカを捕らえ、カモシカ園を作ると云う話になり、当時の山に関わる芦峅寺の銃猟
経験者が中心になって、カモシカ捕獲作戦が立てられた。
 戦前なら、カモシカ猟も経験がある猟師も多かったやに聞くが、当時は若い衆だった連中も駆り出された。生きたまま
のカモシカを運ばねばならぬので、いくら山慣れた芦峅衆といえど簡単ではなかった様だ。
 で、結局風土記の丘カモシカ園は完成し、人工繁殖にも成功し、他の施設へカモシカを送り出すまでになった。
 が、今やカモシカなどその辺にうろうろいて、我が家の庭にまで入って来るようになった。
 それとともに野猿公も増えた事、増えた事、畑を荒らす立派な害獣である。
 加えて熊、昔はこれを捕るのに、狩り山と云う伝統まであって、宝を得る為の様に危険な山を巡り熊狩りをしたものだ。
 しかし今は害獣、危険極まりない害獣として、人間の生活圏に入りうろつく始末。
 世の中の変化は、野生動物の生態系の変化にも影響を及ぼす。奧山が荒れて下へ下りて来るようになったのではない。
 整備され簡単にえさを取れるエリアに、警戒心、恐怖心を抱く必要がない事を学習したのだ。もう笑い話では済まぬ。
 学者や、自然保護団体など、いくらこの獣の被害を知っているのか?解決策を持っているのか?
 駆除し、獣に人間の怖さを学習させるしかない。
 今日も山は見えない。


 遠景は皆ガスに飲まれて見えぬ。


6/9
 熊の個体数が増えていて、これを間引きせねば人間の絶対安全圏は対野獣と云う面で、ますます狭くなってくる
事だろう。
 宇都宮の町中を野生の熊がうろついている。これは危険な状況である。
 猟銃は手続きが面倒で、20歳から30数年これを所持していた親爺だが、余りの煩雑になり過ぎた手続き、管理
に辟易し、身体も若い時ほどの元気がなくなり、当時はまだ山小屋経営をしていたのでシーズン最盛期の経験者
講習会などもあり小屋への上り下りもヘリを使ったりしていたので、嫌気がさし空気銃、散弾銃、ライフルまで、全
てその年に返納(所持許可、及び銃器)してしまった。
 ちょうどその頃我が父たちの世代も高齢を理由に銃器の返納を行い、親爺はまあ父たちの直後だったろうが、
気付くと村の銃所持者は激減し、心平も親爺同様の理由で銃器返納を行い、ついには2人が現在銃器保有してい
るだけとなった。
 所謂猟師の野生獣閉じ込め圧力が激減したのだ。これに更に犬の放し飼いの絶滅。犬の放し飼いも大きな野獣
閉じ込め圧の一環となっていたのだ。
 人間にやさしい都市部やその近郊は、野獣にも怖いものなしの餌場となっている。
 熊の出没が見られぬ我が山里だが、カモシカやサルは常に身近に感ずる。


 今日も雨。鬱陶しいが静かな日だ。


 どくだみの一叢。十薬と呼ばれるほどの薬効成分を持つ。


6/8
 関東の梅雨入りが昨日だったので、北陸もすぐだろうと思っていたが、去年より遅く20日頃ではという事だ。
 まあ、別に梅雨入りが早まっても、遅くなっても生活に支障は無いわけで、山小屋親爺業も仕舞った後の隠居の
身には何の心配もない。
 それでも日本の四季を味わう上で、梅雨と云う季節も素晴らしく趣のある季節だと思う親爺で、梅雨と云うのは
初夏から夏にかけての雨の多い時期を云うのだろうと気楽に考えている。
 洗濯ものが乾かず、食べ物にすぐにカビが生えたり、鬱陶しい事はこの上ない季節だが、雨の降る情景はまた
得も言われぬものがあり、雨に打たれる紫陽花などを見るのは親爺も大好きだ。
 梅雨が終われば夏。若い頃は嬉しかったものだが、今はどうやって暑さを遣り過ごすかばかり考えている・・・。
 まあとにかく、かくして月日は過ぎ巡り行く。
 終着点にはまだ少しあると思うが、天の配剤には従うしかない。行く日々をゆっくり見つめ惜しみつつ。
 写真はトモちゃん撮影。鹿島槍を過る自衛隊機。


 種植えのバジルが、植え替える度に大きく育つ。ソロソロバジルソース、ジェノベーゼも出来るだろう。


 この先に立山が見えるはずだが、今日は見えぬ雲海の底。


6/7
 昨日は朝から外出、午後になって黒部の孫と婿殿が来た。婿殿北海道出張の土産を届けてくれたのだ。次に行く
場所が決まっていたらしく、2時間程、孫の可愛いおしゃべりを聞いて楽しい気持ちになった。孫は可愛いものだ。
 で、15;00過ぎにごろりと横になっているといつの間にかお昼寝、目が覚めたら16:00頃・・・ボケ防止ページの更新
がまだだと解っていたが、面倒くさくなってサボった。
 早めの風呂はいつも通り、夕食も18:00前に食べ終わり、中継が始まった巨人VS.ロッテ戦を見た。長々と同点が
続き、ついには12回引き分け。山場も有ったがそんなに楽しい試合ではなかったが、大城のHRが光った。
 昔のファイルから漫画を引っ張り出して、読もうと思ったが、結構面白い。夕べはそれを読み乍ら寝てしまった。
 相変わらずの隠居暮らしだ。
 山からトモちゃんが別山山頂社の写真を送ってくれた。
 雄山山頂峰社の遷宮時、大汝峰仮社を置き、遷宮完了時にその仮社を別山山頂に運び、以前よりあった帝釈天
の鎮座する社が倒壊していたため、この仮社を新たな別山山頂帝釈天の社とした。
 その時、社は石垣も何もなかったが、剱御前小舎を経営していた親爺が、来日していた親友のアンテンバシェルパ
の申し出により、暴風石垣を積んでもらったのが、今でも確り残っているのだ。
 アンテンバはネパール隊単独でのエベレスト登頂を果たし、当時のビレンドラ国王から勲章を貰った有名な登山家。
 もう初孫を手に悠々自適のビッグサーダーである。
 そんな懐かしい事を思い出しながら、トモちゃんの写真を眺めた。


 バラが咲き、紫陽花も一生懸命蕾を膨らませている。


 大日も一寸アイが掛かって見えている。


6/5
 一寸日が陰って来たが、朝は青空が広がり飛行機雲が一筋くっきりと見えた。その後トモちゃんが送ってくれた別山
北尾根から写した鹿島槍の写真に、頂上付近を飛ぶ飛行機が写っていた。方向的に観てこれかもしれぬ・・・。
 もう山はガスで覆われ見えない。
 爽やかな天気だったが、ガスのふたがかかり、一寸暑苦しく蒸して来た様な気がする。
 さっき、と云っても2時間ほど前だが、別山北尾根の先端から20倍望遠鏡でトモちゃんが仙人ヒュッテを観たそうだが
何の被害もなく建っていたそうだ。雪が少なかったから大風にでもやられぬk切り大丈夫だろう。
 今朝の我が庭は花盛り。白薔薇とテッセンが紅白にめでたく咲いている。苔むした材木石も庭の隅押さえの風格あり。


 今朝は大日もすっきり見えていた。


 黒部の孫が遠足で、爺にはもう分らぬリクエストの弁当をママが一生懸命作った。


6/4
 オカカの野球熱は相当高く、親爺も勿論、大谷や、和真、村上たちが活躍する大リーグの試合放送も見るし、日本
のジャイアンツをメインとした試合も、楽しく観ている。だが、親爺は試合に集中せず、タブレットを片手に、本を片手
にのながら観戦である。
 格闘技などを見る時はそれなりに集中するが、相撲となると好みの取り組み、気になる取り組みしか見ないのと同
じで、ズーッと2時間3時間を観続ける根気がないのだろう。
 だから野球観戦していても大詰めのシーンは大概観ていて、これはオカカが、ヤッターとか、あ〜ぁとか思わず漏ら
す喚声につられ画面に目をやるからで、オカカのお陰であることが多い。
 昨日の巨人軍VS.オリックスの交流戦でも、丸が放った逆転満塁ホームランは確り観る事が出来た。
 故長嶋茂雄監督の一周忌にあたる昨日の一戦だった。
 いやいや、何やら前監督の家庭トラブルでの急な辞職のあと、チームは落ち着いて昨日の勝利を手にしたのだろう。
ホームランを打った丸がスキップをして塁を巡ったのは、故長嶋監督の天真爛漫な魂が天から下りてきたような気が
したものだ。素晴らしい台本無きドラマだった。
 今も大谷の試合を見ながらこれを書いている。
 紫陽花がつぼみを持ち、ぐんぐん大きくなっていく。雨に打たれ良い風情を漂わせている。


 山もガスに隠れ見えぬ今朝の山里だ。


 雨に打たれるバラは何となく気の毒な様に見える。



6/3
 山里は昨夜から雨で、今朝は肌寒い。
 一昨日は馬鹿な暑さ、昨日はまあまあの気温、今日は肌寒いと来た。ガスに巻かれた空の下に居るからか、寒暖
計は22℃を指しているのに肌寒いと感ずる。
 身体が気温に順化し、暑さに対する耐性ができてきたところへの22℃だから、寒いと感じても不思議はない。
 真夏のクーラーを精々25℃に設定して過ごす事を思えば、22℃がいかに涼しいかわかる。しかも今朝の親爺の格
好といえば、薄手の夏用作務衣なのだから・・・。
 昨日はオカカと久々に食事に出かけた。夕食ならぬ昼食だが、3〜4千円で、ミニ懐石を出す店が車で30分程の処
に出来、ここ1,2年はたまにここへ食事に行く。夜も使ってみようかと思うのだが、夜道の運転が嫌になって来たので
ランチタイムの方が良い。
 3月以来だから2ヶ月半ぶりか、まあメニューの大筋は変わり映えせぬが、たまのことだから美味しく頂いて来た。
 たまにはこの位の贅沢なら、許されるだろう。これもボケ防止の一環と考えている。
 昔は素晴らしくお気に入りの洋食店も有ったのだが、いつの間にか閉店され、寂しい思いをしたものだ。
 新規の店も開拓すればいいのだが、どうにも億劫だ、歳とともに世間も狭くなる。
 今朝、ガスに閉ざされる前の不動山。


 川向の山も見えていたし。大日もこの時は見えていた。


6/2
 昨日より気温が7度下がった。と、言っても昨日が暑すぎたのだと思う。
 で、今朝は21℃有るので、寒くはないが、昨日の今日で肌寒く感ずるのだろう。天気は高曇り。薄暗いが視界は利い
ており、遠くまで見える。
 立山も同じような状況でまだ雨も降っていない。
 台風の影響は左程ないだろうが、立山では風雨が強まるだろう。明日が最も接近し影響が出るらしい。
 冬に雪でいじめられているからか、台風などには立山が盾になって我が山里をかばってくれる。昔から台風による大
きな被害は余りない。親爺が子供の頃、当時雄山神社境内にあった開山堂が倒木で潰されたという記憶はあるが、恐
らくそれが唯一の被害だったろう。
 しかし、あれは夏の終わりか、秋の始めだったと思う。6月に台風の影響を気にする事はなかった。
 北側の垣根一面に白いバラが良く咲いたが、今度は下からテッセンが伸びて、白一色の垣根を紅白にしてくれた。


 旧立山道に面した、東側の垣根には薄ピンクのバラと、鮮やかなピンクのバラも咲き出した。
 


6/1
 最近のメールと云えば迷惑メールが大半で、中でも覚えのない金額の要求をする詐欺メールの多さに辟易している。
 自社の商品を購入いただきたいと、新聞の折り込み程度のメールでも迷惑メールではあるが、詐欺メールと云う悪意
のメールに比すれば、被害もないだろうし愛嬌もある。
 有名な通販サイトや、銀行、電話通信社、などなど何にでも化け、かたり、平然と手を変え品を変え・・・。
 こんなものの相手をして貴重な時間を潰される位なら、メールなど止めてしまおうと思うのだが、色々なインターネット
サービスを受けるための窓口として必要なところもあり、止めるにやめられぬ・・・便利ではあるがこれを悪用して儲けよ
うなど、実に卑しい奴ばらの多い事か。
 嘆いていても仕方ない。騙されぬ様気を付けよう。皆様もメールや電話に騙されませぬ様、重々お気を付けください。
 それと気になっているTVコマーシャル。ハヅキルーペ!!プラスチックの凸レンズにフレームを付け、老眼鏡ならぬル
ーペとして売り出しているが、性能から言えば100均の老眼鏡に等しい。
 性能じゃないデザインだと云えばそれまでだが、コマーシャルの中では馬鹿らしいような説明だけ。限りなく詐欺に或い
は誇大広告に近い一品と思う。値段は10000円を超すのがバカバカしい。何処かのヒャッキンメーカーで同じものが容易
く出来るのではないか。命名はハヌケルーペとでもして、1000円で売っても十分売れるだろう・・・。
 高齢者や子供など、弱者を狙った悪質極まりない犯罪には毅然とした重刑をもって、抑止力とすべし。
 庭の垣根のバラが、蕾を持った紫陽花に寄り添うように咲いている。初夏真っ最中也。


 早朝は薄靄もかかるが大日もよく見えている。雪解けが早い今年だ。


 庭の玄関口の新顔はブルーサルビアだ。綺麗な花を咲かせている。

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